閑話 困った令嬢
俺は王宮騎士団の騎士だ。外交官を目指しているのに恐ろしいほど強い友人が訓練場に顔を出した。幼い少女を連れている。
「リリアを預かってくれないか?」
「ノエル、子供の遊び場じゃない」
「騎士の訓練を見ても驚かないし邪魔しないよ。治癒魔法の練習相手を探してるんだ。ここならたくさんいるだろ?リリアは騎士を見慣れてるから訓練を見ても怖がらないよ。」
「は?」
「イラ侯爵家はリリアの遊び場だ。」
「リリア・レトラです。ご迷惑はかけないのでよろしくお願いします」
「リリアには言い聞かせてある。ただリリアに危害を加えたり、余計なこと教えたら俺の魔法の餌食だからな。俺は殿下に呼ばれてるからあと頼むな」
「お兄様、いってらっしゃい」
笑顔で手を振るノエルの妹をどうしようか。
「私は隅っこで構いません。」
礼をして訓練場の隅に行こうとするリリアを止めた。目の届くところに置いておこう。何かあったらノエルが怖い。俺はノエルが妹を溺愛していることを知っている。
俺の班の訓練場所に椅子を用意すると静かに座って手合わせを見ている。手合わせの終わった騎士に挨拶をして魔法の練習をしている。
目を輝かせて怪我人のもとに行き、治療が終わると申し訳なさそうに謝るリリアに笑ってしまった。覚えたての魔法を試したい気持ちはわかる。治癒魔法の効果があると嬉しそうに笑うリリアは可愛い。幼女趣味はないけど。最初は詠唱してたのに、気付くと無詠唱で魔法を使っている。
「リリア、魔法の練習もういらないだろ?」
リリアに声をかけると首を横に振る。
「駄目です。こっそり治癒魔法がかけられるようになりたいんです。相手に見つからないように」
「なんで?」
「ニコラスとイラの騎士様に内緒にしてくれますか?」
ニコラスは確かイラ家門の嫡男か・・。遊び場ならニコラスとも仲がいいのかもしれないな。
「ああ」
「ニコラスは無理をするのが趣味です。だからこっそり元気にしてあげたいんです。堂々と魔法をかければ、きっと隠れます。プライド?を傷つけないためにはこっそりです」
「リリアはニコラスのために、魔法の練習を?」
「うん。でもニコラスはリリーが自分のために頑張るのは嫌いなんです。絶対に止められます。リリーはニコラスには敵いません。だからここで一人で頑張るんです」
やる気に満ちた顔をしているリリアを抱き上げて肩にのせると、きょとんとして嬉しそうに笑った。こんなに幼いのに男のためとは。将来有望かもしれない。ノエルが妬かないといいけど。
ノエルはリリアの様子を見て預けても大丈夫と判断し、リリアは一人でも王宮騎士団に来るようになった。怪我に目を輝かす態度は不謹慎だけど、怪我を一生懸命治すリリアに騎士達は微笑ましく見守っている。子供のすることだからな。それに必死に訓練しようとする姿勢を否定するような愚かなやつはいない。
***
今日もリリアがいつもの席に座っている。俺がいない時も同じ班の奴が面倒を見てくれている。
手合わせを静かに見ている侯爵令嬢か。やっぱり目を背けないのが凄いよな。剣と剣の音なんて怖いだろうに。リリアは手合わせ中に話しかけられない限り声を出すことはない。殺気が飛び交ってもぼんやり眺めている。
周りの騎士のざわめきに目をむけると腕が血で染まっていた。
やばいな。ざっくり切れてんな。新人通しの手合わせは大怪我がでることが稀にある。
出血多量で医務室直行だな。特等席に座って見ていたリリアが震えていた。さすがに大量の血は怖いか・・。抱き上げて顔を覗くと、目を輝かせている。
「中級魔法をかけてもいいですか!?」
リリアを降ろした。大丈夫そうだな。新しい玩具を見つけたような顔をしている。リリア、俺の心配を返せ。
「どうぞ」
リリアが走って騎士に近寄り魔法をかけている。周りの騎士は黙って見ている。興奮してリリアを投げ飛ばすやつがいなくて良かった。中級魔法はまだ詠唱するのか。リリアは普段は無詠唱だからな。ノエルは闇属性魔法が得意で妹が聖属性魔法の使い手ってレトラ侯爵家って何者なんだろうか・・。俺は風と火と水の魔法しか使えない。二人以外に闇と光属性魔法を使う人間には神職以外で出会ったことがない。もともと魔法が使える人間も少ないけどな。特に貴族の令嬢が魔法を使えるなんて噂は聞いたことがない。
傷が塞がったな。リリアの魔法は見事だ。本人はまだまだ綺麗に使えないらしい。俺には魔法が綺麗の意味がわからないけど。
にっこり笑った後に慌てて謝っているリリアを回収するか。怪我に喜ぶのは不謹慎とわかっていても隠せないらしい。まだ子供だもんな。
リリアは自分の服を見て顔を青くしている。
「どうした?」
「お洋服が・・。お母様に怒られてしまいます。」
まだ洗浄魔法は使えないのか。洗浄魔法は水属性の下級魔法。リリアに魔法をかけて綺麗にしてやることにした。
「ありがとうございます。今度は汚れなように頑張ります」
「魔力わけてやろうか?」
両手を伸ばすリリアを抱き上げて、魔力を少し送ってやる。朝からずっと魔法を連発して、中級魔法を使えば疲れるよな。
***
一度、ニコラスが訓練場に現れてからはリリアの毎日の訓練場通いは終わった。ニコラスはイラ家門の御曹司だけあって強かった。子供が成人の大人と手合わせしてあっさり勝つとは・・。
リリアがニコラスの訓練は時々見えないと言っていたから魔法も使えんのか。末恐ろしい。
ただリリアが時々、一人で遊びに来て魔法の練習をするのはかわらなかった。訓練場には騎士が弟や親戚の子を連れてくることもある。手続きさえすれば訓練場内への立ち入りは許される。なぜかリリアは顔パスだけど。武門貴族の紹介状があれば手続きを省けるから、その子供が乗り込んでくることは時々あるけど。ニコラスが来たときはディーンがイラ侯爵の紹介状を渡してきた。これでニコラスはうちの騎士にさえ声をかければ自由に訓練に参加できる。
リリアは最近は魔石を用いた治癒魔法の練習をしている。リリアは何を目指すんだろうか。リリアの持っている魔石の純度の高さに驚いた。あんなに純度の高い魔石は俺には作れない。あれで9歳か・・。
リリアは怪我をした騎士の弟に手当をしてにっこり笑って立ち去っていった。あの笑顔はお前に向けられたものではなく、魔法が成功したことへの喜びだから勘違いすんなよ。手を握られ、笑顔を向けられて赤面する気持ちはわかるけどな。歳が近ければだがな。
それから騎士の弟はよくリリアに話しかけるようになった。リリアは興味がないせいか素っ気ない。怪我人を見て目を輝かす令嬢はやめた方がいいと思うけど。手合わせを見ていてほしいという誘いもリリアは断っていた。
「あの、」
赤面した少年を見てリリアが額に手をあてた。あれは治癒魔法かけてんな。リリアが自分から人に触れるのは魔法をかける時だけだから。俺はノエルの友人なので、別らしい。ただリリアが大人しく抱っこされるのは騎士団の中では俺だけだ。
「もう大丈夫です。お大事にしてください」
リリアは少年を残して去っていった。少年は赤面して固まっている。
翌日もリリアに話しかけに行く少年の根気強さに勝算をおくることにした。
「あの、俺は」
「どうしました?」
「こないだありがとう。お礼に今度」
「気にしないでください。失礼します」
リリアが立ち去っていく。少年はまた茫然としている。少年とリリアのやり取りは日常の風景になっている。
「好きです」
「お戯れを」
リリアが見たことない笑顔を浮かべて断っている。即答だった。崩れそうな弟を見て兄が笑っている。
「なぁ、止めないのか?」
「経験だよ」
「厳しいな」
リリアが俺の所に来た。俺がノエルにリリアを任されてよく面倒を見ていたせいか、暇だといつも俺のところに来る。昔は魔法で遊んでやってたから余計に懐いてるのかもしれない。少年、俺を睨んでるけど、俺は子供に興味はないよ。さすがに可哀想かな・・。
「リリア、もう少し優しくしてやれば?」
「私はオリビアやニコラスみたいに優しくないから無理です。お父様の命もありません。必要ですか?」
訳のわからない顔をするリリアの頭を軽く叩くと頬を膨らませて睨んでくる。
「もう少し男心というものを」
「よくわかりません」
「将来、彼がリリアの騎士になるかもよ?」
「ありえません。」
「なんで?」
「ニコラスがいます。」
「彼は筋はいいから強くなるかもよ?」
「ニコラスのほうが強いですよ。」
まっすぐに俺の目を見て言うリリアの瞳に迷いはなかった。これはイラ家門の御曹司が強くなるよな。一心に信頼されたら強くなるしかないよな。俺はニコラスがリリアを追いかけてるのかと思ったけど、違うらしいな。ディーンに話せば喜ぶだろうか。まさか俺の知らない所でリリアに余計な知識を与えたバカ達の所為でニコラスが苦労をすることになるとは思わなかったけどな・・。




