閑話 後編 ニコラスのお祝い
ディーン視点
今日も坊ちゃんの代わりにお嬢様の護衛についている。
坊ちゃんはいつまで王宮騎士団の訓練場に乗り込むんだろうか。こないだはお嬢様が止めたけどまだ続けるんだろうか。あんまり坊ちゃんが王宮騎士団の訓練場で暴れるのはまずいよな・・。なにより突然、俺に斬りかかるのをやめてほしい。
「お嬢様、騎士団の騎士とどんな話をしてたの?」
「内緒です」
「じゃあ今度から坊ちゃんのことは俺に相談してください」
「ディーンはいつもいません。」
「イラ家門の騎士でもいいですよ」
「ニコラスに内緒にできないでしょ?。騎士団の方々は親切だし安全よ」
ある意味危険です。常識と気遣いに欠如した騎士も結構いますよ。お嬢様に言っても伝わらないか・・。
「坊ちゃんの贈り物失敗しませんでした?」
「ニコラスに聞いたんですね。何が気に入らなかったんでしょうか。最初は喜んでたのに、気づいたら破かれてしまいました。」
「もし坊ちゃんが喜んで花街行ったらどうしたんですか?」
「騎士ってそういう生き物でしょ?」
純粋に首をかしげるお嬢様は大丈夫だろうか。
「ノエル様も行くんですか?」
「お兄様は花街なんて行きません!!お姉様一筋です。きっと。だって私のお兄様だもの。」
お嬢様が一瞬眉をひそめた後、穏やかな顔を作ろうとしたけど、うまく作れていない。
坊ちゃん、破ったの正解ですよ。たぶん喜んで行ったらお嬢様に軽蔑されましたよ。ノエル様が花街へ行くことへの拒否が強い。
「レトラ侯爵は?」
「怒りますよ。お父様も行きません。私のお父様は花街に行くなら帰ってきて、一緒に過ごしてくれますもの。」
お嬢様に睨まれている・・。お嬢様は騎士達の話、不快だったんだろうな・・。あいつらお嬢様が年頃の侯爵令嬢って絶対に忘れてるよな・・。
「お嬢様、俺も花街には行きません。花街の話を聞いてどう思いました?」
「価値観はそれぞれです。騎士にとって心身共に癒してくれる憩いの場でしょ?危険な仕事を引き受けてくださる騎士の方々を癒やしてくださるありがたい職業だと思いますよ」
「他言しません。もちろん坊ちゃんにも。花街に坊ちゃんが通ったらどう思います?」
「別になんとも思いません」
「坊ちゃんがノエル様を連れて行ったら?」
「許しません。お姉様を悲しませ、私とお兄様の時間を奪うなんて。行くなら一人で行けばいいんです。最低」
静かなお嬢様ってこういうことか。冷笑を浮かべるお嬢様なんて初めて見た。騎士の前では社交モードってことか。
「ニコラスと話をしてきます。」
「お嬢様、坊ちゃんも花街なんて行きませんよ。花街好きは王宮騎士だけですよ」
「え?」
「あそこで聞いた話は王宮騎士の話です。イラ家門は違いますよ」
「よくわかりません。」
「あそこで聞いた話は坊ちゃんや他の男には当てはまらないんです」
「全部?」
「はい」
「嘘なの・・。うん。そうですよね。わかりました」
お嬢様が理解してくれてよかった。これで坊ちゃんの苦労が減るだろうか。
「ニコラスが妬いてるなんて嘘だったんですね。あまりに真剣に話すからちょっとだけ信じそうになってしまいました。」
可笑しそうに笑うお嬢様を見て、俺は余計なことをしたかもしれない。坊ちゃんがお嬢様と仲の良い騎士に嫉妬してるのは本当だ。とりあえず清々しい顔のお嬢様を追いかけよう。坊ちゃんに余計なことを言わないように。俺は坊ちゃんの機嫌を直したいのに、一歩間違えれば逆効果だ。
「でも違うんだ」
嬉しそうに笑うお嬢様に俺はどう反応すればいいんだろう。なんでそんなに嬉しそうなんだろうか。
「いつかニコラスもお酒と女性に溺れるひどい人になったらどうしようかと思ってました。両手の数の女性を相手にして一人前ではないんですね」
飲みの席でも思ったけど、えぐい内容聞かされてるよな。俺はあの魔石を渡せなかった。どこまでお嬢様が意味をわかっているか知らないけど。
「坊ちゃんはたった一人を大切にする人です」
「それならきっとその人は幸せですね」
お嬢様は寂しそうに笑っている。
そのたった一人が自分とは思えないんだろうな。
「お嬢様、伝えたい言葉は素直に伝えたほうがいいですよ。騎士なんて危険と隣り合わせ。いついなくなってもおかしくないんです」
「生き汚さのイラ家門の騎士とは思えない言葉ですね。ディーン、何が言いたいんですか?回りくどくてわかりません」
お嬢様に静かに見つめられる。お嬢様は命に対して敏感だ。自分は無茶をするのに、他人の無茶は許さない。お嬢様は自身の無茶を無茶と思ってないけど。ここで下手なことを言うと余計にこじれる。
「坊ちゃんはお嬢様が騎士団で聞いた男とは違います。他人の言葉ではなく、お嬢様の見てきた坊ちゃんを信じてください。人は突然変わりません。人の言葉を聞くのも大事ですが、本質は自分で見ないといけません。それに相手が喜んでも自分が嫌なことはしなくていいんですよ」
「ディーン?」
「お嬢様、本当は坊ちゃんに花街行ってほしくなかったんでしょう?」
お嬢様がしょんぼりした。さっきまでの威勢のいいお嬢様との違いに笑いたくなるのは我慢しよう。
贈り物、失敗したこと気にしてたのか。
「ニコラスに喜んでほしかったんです。」
「そういう時は本人に聞いてください。できないなら他の男が考えたものじゃなくてお嬢様が一生懸命考えたものを贈ってあげてください」
「喜んでほしいのに」
「坊ちゃんはお嬢様が一生懸命考えて贈ってくれたものなら喜びますよ。どうしても相談したければイラ家門の騎士に聞いてください。内緒にしてってお嬢様のお願いなら皆聞いてくれますよ」
うちの騎士もお嬢様には甘いから・・。それに坊ちゃんよりお嬢様のお願いを優先しても奥様が許すだろう。
「わかりました」
「じゃあ坊ちゃんの機嫌を取ってください。」
「え?」
「坊ちゃんはお嬢様に変なことを教えた騎士達に怒ってます」
「嘘!?」
「本当です。セノンは使わずにお嬢様が機嫌をとるんですよ」
「私は餌付けとセノン以外の機嫌の取り方は知りません」
残念ながらセノンで坊ちゃんの機嫌は取れません。
無自覚って恐ろしいよな。俺はお嬢様以上に坊ちゃんの機嫌を良くできる人物に思い当たらない。
「素直に謝ればいいんです。変なもの贈ったんだから。あれを女性に贈られたら普通の男は引きます」
お嬢様が茫然としている。丁度坊ちゃんが帰ってきたな。あの汚れ方はまた今日も騎士団に派手に乗り込んだな。
「リリア、どうした?」
呆然としているお嬢様に坊ちゃんが駆け寄った。
「ニコラス、ごめんなさい。あの、変なものを贈って。本当は嫌だったけど、喜んでほしくて、いつもお世話になってるから。感謝したくて・・・・。そんなに怒ってるなんて。ごめんなさい」
お嬢様が泣きだした。あいつらはお嬢様は泣かないって言うけど、結構泣くんだよな。
「ごめんなさい。怒らないで」
まさか自分が怒られてると勘違いしたか・・。坊ちゃんが自分に洗浄魔法かけたな。
坊ちゃんは泣いてるお嬢様の顔を覗き込んでいる。
「リリア、怒ってないよ。嫌だったの?」
お嬢様が静かに頷いた。坊ちゃんの機嫌はよくなっても、騎士団への怒りはおさまらないよな。
こんなに優しい声で話す男が先ほどまで騎士に血の雨を流させたとは誰も思わないよな・・。
「嫌なことはしなくていい。俺はリリアが傍で笑っててくれればそれだけでいいよ」
「お祝にもお礼にもなりません」
「じゃあ今度一緒に買い物行こうか。礼服リリアが選んで。俺、自分の選ぶの苦手なんだよ。夜会の時見立ててよ。」
「そんなことでいいんですか?」
「凄く助かる。」
「わかりました。お任せください」
お嬢様が涙を拭いてにっこり笑った。坊ちゃんもその気になればお嬢様の扱いうまいんだよな。坊ちゃんの機嫌も良いしこれで俺が突然斬りかかられることもないか。騎士団の奴らは自業自得だから放っておこう。俺は自分が無事ならいいか。悪い、この件は俺には手に余る。旦那様に報告してあとは任せよう。あんまり坊ちゃんの行動が目に余るなら旦那様が止めるだろう。




