第九十六話 お祝い
男爵令嬢からの連絡はありませんでした。ただある男爵家一族が突然姿を消したと噂されてますが、まさかねぇ。領民が残されたので、一時的に王家預かりになり、また新領主を任命するそうです。かのご令嬢かは知りません。ですが、自分で選んだのなら本望でしょう。領民を置いて逃げ出したことは貴族として、いかがなものかと思います。陛下がきちんと納めるでしょう。無能な領主がいなくなったことは歓迎されるかもしれません。領民を置いて逃げる領主など貴族の恥ですもの。
そういえば、ミンス公爵家が取り潰しになってしまいました。動いたのは第二王子派です。公爵家を取り潰しすほどの怒りを買うなんて何をやったんでしょう。せっかく追い詰めようとしたのに残念です。オリビアに毒をもったこと、証言させようと準備してましたのに。まぁ終わったことは仕方ありません。
私は17歳になりました。時が経つのは早いものです。王位争いはいつになれば決着がつくんでしょうか。今日は側妃様にお呼ばれしました。お茶も浄化も終わったのでもう帰ります。側妃様には黒い靄が時々見えるので、定期的に浄化魔法をかけてます。側妃様も体が楽になるのか、時々指名で呼ばれます。もしかして、側妃様と親交があるので、第二王子殿下と親しいんと勘違いされたんでしょうか。最近は側妃様は王位争いに心を痛めていらっしゃるのに・・。側妃様自身は穏やかな方なんですが、生家と取り巻きの方々がノリノリで王位争いに参戦しているようです。
そういえばニコラスが成人したのになにもお祝いをしてませんでした。成人の儀式のあとの祝いのパーティではニコラスと一緒におもてなしで忙しく忘れてました。
遅れてしまったので、せっかくなので喜んでもらおうと顔見知りの騎士に取り寄せていただきました。絶対に喜ぶとお墨付きです。まさか花街の紹介状が騎士への成人祝いの定番とは思いませんでした。男の宿命ですって。正直いかがなものかと思いますが、お世話になってますし喜ぶならいいでしょう。本当はお兄様が帰っているので、家にいたかったのですが、真面目なニコラスが出かけるためにイラ侯爵邸本邸にお泊まりさせていただくことにしました。
晩餐も終わったので送ってくれたニコラスを部屋に引き入れます。いつもは別邸に泊まる私が本邸に泊まることが不思議なようです。
「遅くなりましたが、成人のお祝いです。おめでとうございます」
封筒に入れた紹介状を渡します。ニコラスが珍しく照れてる気がします。
「自信作です。お部屋で見てもらっても構いません」
「ここで読んでも平気なのか?」
そわそわしています。自室まで待ちきれないんですね。相談してよかったです。男って最低だなという思いは隠してにっこり微笑みます。
「どうぞ。」
ニコラスが封を開け中身を読んでます。固まるほど嬉しいんですね。お兄様も同じなんでしょうか・・。お兄様やお父様は違います。騎士だけです。きっと。
「ここが有名で人気と聞きました。気を付けて行ってきてください。イラ侯爵邸から出ないので護衛はいりません。朝食まで部屋から出ません」
「リリア、これは贈る相手を間違えてないか?」
「え?ニコラスのために用意しましたよ」
ものすごくがっかりされてます。ニコラスの手が勢いよくビリビリと紹介状を破ってます。何度か瞬きしても破かれてるのは見間違いではありません。嘘でしょ!?
「なんで、どうして、店が気に入らなかったんですか!?」
「そもそも花街に興味はない。」
「高かったのに・・・」
「どこで手に入れたの?」
「内緒です。嬉しくないんですか?」
「全く」
せっかく用意したのに。一瞬崩れ落ちそうになりました。これを手に入れるために、興味のない花街の良さの話に付き合ったのに・・。
「ニコラスは騎士じゃないの?」
「騎士のつもりだけど」
複雑です。喜んでもらいたかったのに。いつもお世話になってるお礼に驚かせようと思ったのに。
頭に手を乗せられてます。
「祝ってくれる気持ちは嬉しいよ。」
「せっかくだから」
「じゃあ、リリアが成人して初めて酒を飲む機会を俺にちょうだい。」
「お酒が好きなんですか?」
「そうじゃなくて、リリアと一緒にお祝いの酒が呑みたい」
「そんなことでいいんですか?」
「こんな紙切れよりよっぽど嬉しいよ。」
ニコラスが嬉しそうに言うなら本当でしょう。
「わかりました。初めてのお酒はニコラスと飲みます」
「約束な」
「はい。せっかく本邸にお泊まりしたのに無駄になってしまいました」
「今度は直接聞いて。誰に聞いたの?」
「内緒です。お休みなさい」
ニコラスが部屋を出ていきました。こんなに破かなくても・・。奮発したのに、残念です。でも行かないんだ。ちょっとだけ見直しました。いつの間にかビリビリに破かれた紙はゴミ箱におさめられたました。初めてのお酒を一緒に飲みたいってそれまで傍にいるかわからないのに。でも、もしそれが叶うなら幸せですね。好きな人たちと年を重ねることは尊いことです。去年死ぬと思ってましたが、生きてることに感謝です。
「リリア?」
「セノン、もし叶うなら1年後3人でお祝いできたら幸せだね」
「お祝い?」
「うん。」
「リリア、楽しい?」
「もちろん。セノンはブドウジュースとプリンを用意するね」
「ミルクは?」
「そんなに飲んだらお腹が痛くなりますよ」
「セノン、強い」
セノンは可愛い。せっかくだから今日は早く眠って、明日はニコラスの好物でも作りましょう。明日の予定は夜だけなので、ニコラスはきっと訓練するでしょう。
ニコラスの好物を作って、差し入れに渡したら嬉しそうに笑いました。こうゆう顔は昔から変わりません。花街の紹介状よりも食べ物を喜ぶニコラスにほっとしたのは内緒です。私はいつもの特等席で本を読んで、ニコラスの訓練がおわるのを待つことにしました。どうしてカイロス様と全然会わないのでしょうか。もしかして避けられてる?いえ、きっと偶然です。




