第九十ニ話 災難な社交
私はミンス公爵家からお茶会の招待状をいただきました。
ミア・ミンス公爵令嬢からなんですが、お会いした記憶がありません。ミンス公爵家はニコラスと一緒に夜会に参加しました。ミンス公爵令嬢は夜会に参加されませんでした。ミンス公爵家は第二王子派閥です。嫌な予感しかしません。
「お母様、これはやっぱり行かないと行けませんか?」
「行ってらっしゃい。」
駄目でした。仕方ないのでミンス公爵家に行きます。ニコラスは護衛でついてきてますがお茶会までは参加してくれません。お茶会にはミンス公爵令嬢以外に見知らぬ令嬢が二人いました。
「お招きありがとうございます。お初にお目にかかります。リリア・レトラと申します」
「ようこそ。どうぞ」
席に案内されますが、第二王子殿下の派閥は挨拶しないんですのね。あのお二人の令嬢が誰かも知りません。夜会でお会いした記憶もありません。
出されたお茶が、凄く熱いんですけど…。ブクブクしているお茶ははじめて見ました。
「どうぞ。レトラ様」
「いただきます」
手をつけない私に公爵令嬢がじっと見つめました。お茶を勧められたらお断りするのはマナー違反です。
仕方がないので、カップを手に取り魔法で冷やして、飲むことにしました。高温で淹れられた所為かあんまり美味しくありません。蒸らしの時間も足りないでしょう。茶葉がもったいないです。令嬢達が驚いた顔で見てますが、何がしたいんでしょうか。令嬢達の話の中には入れません。誰も名前を呼ばないのはどういうことでしょうか。笑顔で相槌をうちながら受け流します。
「レトラ様、第二王子殿下とお手紙のやりとりをしていたのは本当ですか?」
ミンス公爵令嬢の言葉に驚きましたが、顔には出さないように微笑みます。
「昔、外国語のお勉強にとお手紙の交換をしたことはありますよ」
「どのような内容ですの?」
「申し訳ありません。昔のことなので覚えてませんわ」
「殿下からのお手紙なのに?」
「はい。子供の頃のことなので」
「第二王子殿下と子供の頃からお付き合いがあったのにどうして王太子殿下を選んだんですか?」
「レトラ侯爵の決断に従います」
「個人としては?」
「レトラ侯爵令嬢には個人の意見などありませんわ」
「無礼講よ」
公爵令嬢の言葉は無碍にはできません。
「幼い頃より王太子殿下とは王家のお茶会で親しくさせていただきました。臣下として尊敬しております。」
「貴方を誘って断られたと言っていたわ」
「私はレトラ侯爵に従います。個人としても友人のオリビア様と共に王太子殿下のお役にたてるように励めることに嬉しく思います」
「お友達となれると思ったのに残念。」
笑って流すしかありません。第二王子殿下派閥には入るつもりはありません。
「良ければお菓子も召し上がって」
変なものが入って足りしませんよね?念のため解毒魔法をかけてみましょう。効果あるんですね。クッキーを口に含みます。味は普通です。驚いた顔をして見られてます。早く帰りたいです。
勧められたクッキーを食べていると隣の令嬢が頭からお茶を被りました。
「ひどいわ!?レトラ様」
「きゃあ!!」
騒がしい令嬢は無視して立ち上がります。使用人は駆け寄ってこないんですね。
「火傷してませんか?」
役にたたない使用人を見て、治癒魔法をかけて、風魔法で乾かします。
「きゃあ」
風に驚いた令嬢が声をあげました。多少風が強いのは許してください。私はニコラスほど風魔法はうまくありません。ご令嬢は乾きましたが、ドレスのシミは消えません。
「リリア!?」
令嬢の悲鳴を聞いて、人が集まってきました。遅すぎませんか?
ニコラスに肩を抱かれました。
「ご令嬢がお茶を被りまして、乾かすことはできてもドレスのシミは消せません」
「レトラ様が私にお茶をかけたんです。気に入らないって」
「え?」
「私も見てました。止めたんですが間に合わずに」
私はそんなことをしていませんけど。責めたてられてます。
ニコラスの背に庇われました。
「彼女、ドレスに染みはありますが、濡れてませんよ。お茶をかけられたんですよね?リリアのお茶はカップに残ってますが、どういうことでしょうか?」
「護衛が口を挟まないで」
ご令嬢がニコラスを睨んでます。
ニコラスのこと知らないんでしょうか。護衛だけど侯爵家の嫡男です。礼儀を持って関わらないといけない相手です。
「申し遅れました。リリアの婚約者のニコラス・イラと申します。」
「え?」
「リリアの護衛の責任者でもあります。リリアがもしもご令嬢にお茶をかけたなら謝罪させますが、嘘なら覚悟してください。婚約者に不名誉な言い掛かりをつけられ見逃せるほどうちは甘い家ではないので」
「なんで、護衛なんか」
「家にはそれぞれ事情があるのはご存知でしょう?リリアにお茶をかけられたんですか?」
ニコラスの顔が怖いです。令嬢を威圧しないでください。
ニコラスの腕をとり首を横に振ります。その威圧抑えてください。
「私にそんなこと言っていいの?」
「どうぞ訴えたければ申し立てください。」
「彼女がお茶をかけたわ。そうよね」
「ええ」
かけてない。なんで、こんなことになってるんでしょうか。
私はお茶をかけてはいけないことは知ってますよ。
「神に誓えますか?」
「神?」
「そんな、おおげさな」
人にお茶をかける令嬢がいれば、大問題ですよ。令嬢として許されません。
お茶を被るのは醜聞にならないんでしょうか・・。
「リリアは誓える?」
「私はそんなことしてません。もちろん誓えます」
「そうか。」
「お茶会は終わりよ。覚えてなさい」
「リリア、行こうか。失礼します。大丈夫だから」
ニコラスに促され礼をして退席します。
馬車に乗りました。
「ニコラス、あれは大丈夫ですか?」
胸のリボンをニコラスが取りました。まさか・・・。
「映像撮ってあるから。問題ない」
「私の醜聞を作るために招待されたんでしょうか」
ニコラスが映像を見ています。
「オリビア嬢に渡して有効活用してもらうか。」
「え?」
「公爵家には公爵家だろ?邪魔なら潰せばいい。ミンス公爵家よりもレトラ侯爵家のが強いけどな」
名前ばかりのミンス公爵家よりうちのほうが強いのは事実です。こっそり映像魔石を仕込むのやめてほしいです。家に帰ってお母様にお話したら、綺麗に笑われました。
「リリア、残念ながら予想通りよ。あの家のお茶会に呼ばれた時点でね」
「私はどうすれば良かったんでしょうか」
「今回はこれでいいわ。後はお母様に任せなさい」
「お母様、私、お名前のわからない令嬢が多いんですがどうすればいいんですか?」
「名乗らない無礼な貴族なんて捨て置きなさい。お茶会の同席者はニコラスが調べてくれるから平気よ」
お母様のニコラスへの信頼が相変わらず厚いです。
「お母様、出されたクッキーが毒入りのときはどうすればいいんですか?」
「毒だと!?」
声を荒げたニコラスの腕を掴みます。落ち着いてください。
「解毒魔法を使ったから大丈夫です。食べたら驚いてました」
「リリアは魔法が使えるから便利よね。今度は解毒してないものを持って帰るのよ。たぶんリリアのこと嫌いだったのよ」
「なんでです?」
「嫉妬よ。この令嬢達は第二王子殿下の取り巻きよ。第二王子殿下がリリアと自分達より親しいから妬いてるのよ」
「親しい?」
「第二王子殿下が名前で呼ぶのはオリビア様とリリアだけよ」
「そんな…。」
「ご苦労様。今回はまだ浅はかな令嬢が相手だから良かったわ。次もあるかもしれないから気をつけてね。今日はもう休んでいいわ」
お母様の不穏な言葉にめまいがしました。
どうかこれ以上厄介なことに巻き込まれませんように。
私は部屋に戻って、魔石作りを再開させることにしました。




