第八十七話 夜会
私はイラ侯爵邸で夜会の準備をさせてもらい馬車に乗りました。
なぜかイラ侯爵夫人が私の支度の指示を出していました。盛大に着飾られそうだったので必死に止めました。夜会で目立ちたくありません。それに気合いをいれて支度するほどの夜会ではありません。
支度の終えた私の疲れた顔を見てニコラスは笑っていました。
夜会がはじまる前から疲れました。一息ついたらニコラスに確認することを思い出しました。
「ニコラス、本当にシロをクレア様に譲っていいんですか?」
「ああ。うちにいるよりもいいだろう」
「イラ侯爵家の方々はシロがいなくても」
「うちには動物はたくさんいるから大丈夫だよ。今は飢饉も起こらないから食べ物に困ってないしな。非常食の備蓄もある」
恐ろしい言葉が聞こえました。
「え?」
「うちにも色々事情があるから。よくあるから気にすんな」
「そういえば、昔、買ってきた鳥を丸焼きにしてましたね・・・」
「シロも丸焼きにしたかった?」
「しません。恐ろしいこと言わないで」
ニコラス、笑いながら言う言葉ではありません。シロには申しわけないですが、クレア様に引きとられたほうが幸せかもしれません。思い出すと、ニコラスの所には食べられる動物しかいませんでした・・。
「そういえば、今日の夜会は大丈夫なのか」
ニコラスの言葉に現実に戻されました。
「参加することに意義があるのです。挨拶して踊って、壁の花が目標です」
「第二王子派の夜会だろ。そんな簡単にいくかよ」
「第二王子殿下も来られるかもしれません。公爵家からの招待なので断れません。第二王子殿下も勢力的に動いてます。しっかり招待客を目に焼き付けてオリビアに伝えます。ニコラス、今日だけは傍を離れないでください。」
「リリアこそ離れんなよ。いつもどこか行くのはリリアなんだから」
まだ昔、迷子になったことを根に持ってるんでしょうか。否定はできないので静かに頷きます。
ニコラスにエスコートされながら公爵邸に入ります。私、ここの家に来るのははじめてです。
ここの公爵令嬢は社交界にも顔を出さないので、面識がありません。
公爵夫妻がいらっしゃったので挨拶しないといけません。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「ようこそ。レトラ侯爵夫妻はいないんだろう。大丈夫かい?」
「ええ。滞りなく。」
「なにか困ったらいつでも頼りなさい。」
「お気遣いありがとうございます。」
「羽を伸ばして楽しんでいきなさい」
「ありがとうございます。失礼します」
挨拶はおわりました。
羽を伸ばしてなんて言葉は信じてはいけません。醜態をさらせばよく時に噂にされます。さらに気を引き締めました。
会場を見渡すとうちの派閥の方はいません。なんでうちに招待状が来たんでしょうか・・。
壁の花になって観察しましょう。まだ始まるまで時間があります。
第二王子殿下はいません。
見覚えのない方が多いのは何ででしょうか。
「そういえば聞きまして、最近サン公爵令嬢が孤児院への視察に行かれたのよ」
「まぁ、公爵令嬢自ら?」
「あんな下賤な場所に足を踏み入れるなんて」
「あれが将来の王妃なんて」
この夫人達は私に聞こえるように言ってます。
下賤な場所ではありません。子供は国の宝です。孤児院の視察は大事な役目です。
直接言われなければ相手にしてはいけません。ここで私が喧嘩を買えば立派な醜態です。
私がオリビアと仲が良いと知ってわざと仕掛けてきてます。今日はレトラ侯爵令嬢として来ているんです。わかっているけど、イライラします。
「レトラ侯爵令嬢」
ニコラスに手を強く握られて話しかけられていることに気付きました。笑顔をで挨拶します。
「ごきげんよう」
そこまで大きくない伯爵家の当主ですね。本当は下位から話しかけるのは失礼にあたりますが、気にするのはやめましょう。
「最近、他国で流行りの薬草があるんだ。ただこの国では認可がおりなくて。なんとかならないか。他にとられる前にうちで広めたいんだ。もちろんお礼はするよ」
やっぱり碌な話ではありませんでした。
私は買収されたりしません。
「レトラ侯爵家、もしくは国あてに認可の申請をお願いします」
「サイン一つでいいんだ」
そのサインはそんな簡単にできません。
「申しわけありません。サインする前に調査と審議が必要になります。」
「治療に役立つのに?」
「はい。申請をお願いします」
「命よりも手続きが重いと」
「安全性がわからないものを容易に受け入れるわけにはいきません。」
「私が安全と言っても駄目なのか」
当然です。有名な医務官の言葉でもきちんと調査で裏をとります。
「申しわけありません。緊急案件であれば王宮に申請をお願いします。レトラ侯爵家としては特例として扱うことはできません」
「小娘が」
立ち去っていく伯爵を見送ります。先ほどまでの笑顔が嘘のように忌々しい物にかわりました。
伯爵家が侯爵家への無礼な態度をとるのは本当なら許されません。まぁいいでしょう。
新たな物を輸入し、商売をはじめる時は手続きが必要になります。特に薬草などは危険なので厳しい調査が行われます。自由貿易ですが、それは申請が通ったものだけです。危険なものを国内に入れるわけにはいきません。
隣のニコラスに小声で話しかけます。
「ニコラス、もしかして終わるまでこんな感じなのかな。あれ、引き受けたら絶対にまずいものだよね」
「だろうな。うっかりサインをしたら侯爵に大目玉だったろうな。」
「きっと私が子供だからよね」
「まぁレトラ侯爵家じゃリリアが一番意のままに動かせそうだもんな・・。」
否定はできません。
今度は令嬢が近づいてきました。
「ニコラス様、よければ一曲お願いできませんか」
「申しわけありません。私は婚約者以外と踊らないと決めているので」
「そんな」
「失礼しますね」
ニコラスに腰を抱かれて移動させられます。
あっさり断りましたね。令嬢の誘いを断るなんて紳士にあるまじき行為ですが私が口を出すことでもありません。でも令嬢の視線が背中に刺さって痛い・・。断ったのニコラスですよ。私は関係ないって言い訳したくても口にするわけにはいきません。
「少し踊るか」
了承も得ずに人を連れていくのもどうかと思います。
ここで断るのもおかしいので2曲ほで踊ってまた壁の花になりました。
「レトラ様、イラ様ごきげんよう」
声をかけられましたが初対面です。
「ごきげんよう」
「レトラ様はいつもイラ様と一緒なんですね」
「ええ」
「イラ侯爵家嫡男を護衛に連れまわすなんて良いご身分だこと」
意図はわかりました。
ドレスを見ると私より上位ではなさそうです。
「両侯爵の命ですので。どうしても野外での執務も多く」
「過ぎた行動は控えた方がいいわ。平民向けの記事にのるなんて」
あれは確かにまずいです。でも不可抗力です。
「私は王太子殿下の命で励んでいたので、気付きませんでしたわ」
「記事の取材は俺が受けたんです。他の男への牽制になるかと。俺の婚約者はこんなに魅力があるから不安でたまらないんです」
突然口をはさんできたニコラスに戸惑います。
「ニコラス?」
「だから記事のことで責めるなら俺を責めてください。」
「イラ様」
「ご令嬢を誘いたい男に嫉妬されたくないので、どうぞ俺達の事は気にせず。」
ニコラスも、容姿端麗なんですよね。甘い笑顔に令嬢が見惚れてます。ニコラスの腕を引きます。
「俺達はこれで失礼します」
バルコニーに移動します。
人目がないのでニコラスが楽しそうに笑っています。私はため息をこぼします。
「リリアは苦手だよな」
「オリビアを見習わないといけないんですが、中々。え?あれって」
「リリア?」
「あの下に人がいるんですが。」
「流石に抜け出せないよ。たとえ探してる少女がいても今日は駄目だ」
「愛しい少女の相手を知りたいのに。私はこの公爵が第二王子の後ろ盾についた理由がわからないんですが」
「ここの令嬢が第二王子殿下を慕っているらしい」
「ご令嬢は婚約者がいますよね?」
「いや、いないよ。婚約者候補はリリアの探す黒髪の少女に心を奪われて、婚約の話は破談」
「え?ニコラス、初耳なんですけど」
「聞かれなかったから」
「酷い、ねぇニコラス、あれまずいです。」
女性に数人の男性が近づいていきます。
「ここの護衛がなんとかするだろ。俺はリリアの傍を離れてまで、動く必要は感じない」
「それは騎士としてどうなの?」
「うちは他とは違うからな。それに剣ないし」
「短剣隠し持ってるのに?逢引なら構いません。もし襲われているなら見過ごせません。私はここで大人しくしてます」
「俺が行かないならどうするの?」
「私が行きます」
ニコラスに抱き上げられました。
「リリア、俺にしっかり捕まって目をつぶって黙ってる。守れる?」
ニコラスの首に手を回して目を瞑ります。
待って、もしかしてこのまま行くの!?
浮遊感。2階のバルコニーからためらわずに飛び降りてます。
揺れます。
「わぁ」
声が我慢できませんでした。静かにしないといけません。ニコラス、笑いをかみ殺してるのバレてますよ。
「あの人は」
「来ませんよ。お嬢様、俺達と遊びませんか」
放っておいてはいけない案件でした。
「ニコラス、降ろして、私が行きます」
「リリア」
ニコラスの腕から降り、腕を抱いて令嬢に近づきます。
「何事ですか。」
「お前は」
警戒した顔を向ける男性を静かに見つめます。
「迷ってしまいまして。ご令嬢を複数の殿方で囲むなんて、紳士の行動ではありませんわ」
「嬢ちゃんはこんなところで逢引かい」
「人酔いしまして。散歩をしてましたの。無粋なことはおやめくださいませ。私は目の前で野蛮なことは見たくありません。なんとかしてくださいませイラ様」
「イラだと!?」
イラ家門は武門貴族として有名です。スペ家門には負けますが、この国の騎士の3大名家に入ります。
「去るなら見逃すけど。彼女が目をつぶっている間に終わらせてもいいけど」
男たちは化け物を見るような目でニコラスを見て、慌てて逃げていきました。
「ありがとうございます。さすがイラ家門。どなたか存じませんがお一人は危険ですわ。一緒に屋敷に戻りましょう」
「えっと・・」
「他言は致しません。でも護衛もつけずに、外を歩くのは不用心です。公爵邸まで送ります」
戸惑う令嬢の手をとって公爵邸に戻ります。
見覚えありませんが、ここにいるなら招待状があるはずです。令嬢が公爵邸に入ったのを確認したので側を離れました。
「リリア、いいのか?」
「隠れてあのような場所にいるなら特別な理由があるのでしょう。無粋なことは致しません。ニコラス、私達がこれからどうしましょう・・。」
「そっと会場に戻って挨拶して帰るか。最後までいる?」
「いえ。もう充分です」
「仰せのままに」
私はニコラスに任せて、人込みに紛れて会場に戻り、挨拶をして退席しました。
今日は疲れました。
レトラ侯爵邸に帰ると、クレア様が待ってました。
明日帰国されるそうです。1日で全て解決するなんて、さすがお姉様です。
今夜だけはクレア様におつき合いしましょう。




