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【TEIZI】 (パラレルワールドの旅) 全9作

作者: 東 宮

1サラリーマン村井貞治

村井貞治はごく普通のサラリーマン。ある時北鎌倉は円長寺の山門に腰掛けていると老僧が声を掛けてきた。

老僧のすすめで初めて座禅を組んだ貞治は座禅中に不思議なビジョンが見えた。そのごある本と出会いパラレル・ワールドの存在そしることになる。貞治は会社を辞めて思いついたこととは?


2テロリスト・テイジ

テイジは5階建てのマンションの屋上にテイジは立っていた。飛び降りようとしたその時、「待った!」大きな声が胸に響いた。意識を内に向けた。「パラレルの君が

大変なことになっているんだ。君の助けがほしいから死ぬのを少し待って欲しい。そう言われたテイジが訪れた別世界にはもう一人のテイジがテロリストを計画した。


3KY・TEIZI

音楽好きのテイジは他人のコンサートに訪れては自分の歌を披露しようとする。その手段とは、誰の許可も得ず勝手に他人のコンサートのステージに上がり出すという奇想天外な方法をとる。自分勝手な空気を読まないテイジの行動とは。


4禅僧定慈

かつて自分が修行していた寺を追われて全国行脚の修行に出た禅僧定慈は20年ほど前にお布施を持ち逃げした僧侶だった。その寺に20年ぶりに戻った定慈は自分の

20年間を見つめ直す。


5貞治のタイムマシン

ヘルシーバイクを制作中に従業員のカズノリがその装置に高圧電機を流してしまった。その瞬間タイムスリップしてしまう。それを聞いた貞治は早くして交通事故で死んだ母に会いに行く。母は思わぬ言葉を言って吐いてしまう。


6ショップTG(シゲミ編)

小樽のスピリチュアルショップTGで、働くことになったシゲミが繰り広げる奇想天外な発想を描いた作品。シゲミの販売方法にクレームをつける主婦連とのやり取りを見守る店長でオーナーのテ~ジの心理とは?


7ショップTG(アヤミ編)

店の運営がマンネリ化した時にテ~ジはシゲミから新商品のアイデアを聞く。そのアイデアを双子の姉アヤミが制作して販売する。そんなところに消費者センターから来たという名刺も持たない不穏な婦人が店にやってくる。そこでとったシゲミとアヤミの対応は?


8アカシックマスター貞司

元ホストの貞司はスナックを営んでいた。そのスナックとはアカシックカードを使った占いや人生相談が売りの店だった。貞司はカードを駆使して客の相談に乗る。


9フゴッペ村中学生

占い兼スピリチュアルカウンセラーの京子は、毎年蘭島中学の生徒から依頼を受けて、札幌駅側のカラオケボックスで個人相談を受ける。今年の生徒との会話はいかに。


【TEIZI】全9


1「サラリーマン村井貞治」


 紫陽花の咲く頃、北鎌倉の円長寺山門でひとりの青年がたたずんでいた。彼を近くで見たいたその寺の老僧が青年に声を掛けた。


「中に入ってみませんか?今は紫陽花が綺麗に咲いてますよ、私が50年程前からずっと手入れしてきました。綺麗ですよ、良かったら見てやってください」


老僧の深くて慈しみのある声。


「紫陽花ですか・・・あっ、はい観させて頂きます」


青年は山門を潜り境内に足を勧めた。禅宗ならではの

質素ながら風格のある凛とした建物が青年を迎えた。


初めて修行寺というものを目にした。ここから沢山のお坊さんが日本各地の禅寺に散らばったんだろうな・・・


先ほどのお坊さんがまた声を掛けてきた。


「禅寺は初めてですか?」


「はい、本格的な修行寺は初めてです」


「そうですか・・・ここは日本各地の臨済宗のお寺から若い僧侶が修行しに来るんですよ。最近は世界的に禅ブームとかで外人さんも多く入門されます。


今日は一般参加の座禅会があります。もし良かったら禅を無料で体験されませんか?」


「禅ですか?」


「そう、座禅です。何も難しいことを考えずに、

只々座れば良いんです」


急の誘いに少し困惑したが、禅を組んでみたくなった。


「はい、座ってみたいです。お願いします」


老僧は禅堂に青年を招き入れた。

禅堂の中には3人の墨染めの衣を着た僧侶と私服を

着た一般の参禅者が30名ほどいた。


先ほどの老僧が青年に「これを使ってください、

座布といいます。座禅を組む時に尻に敷くんです。

背筋が真っ直ぐ伸びて安定し禅を組みやすくします」


黒くて丸い20㎝ほどの厚みのある固めの円形座蒲団

だった。


「はい、ありがとうございます」


青年にとって、僧堂はもちろん禅じたいが初めての体験だった。


老僧が簡単な説明をした。


「目は半眼にして、視線を1メートル先に落とす。

手はみんなと同じように右手を下にします、親指どうしは少し離します。これを法界上印といいます。

背筋を伸ばし、呼吸は鼻からゆっくり吸って、

ゆっくりヘソ下の炭田に落し、そのまま止めます。


止めた呼吸は背筋を通って登り口からゆっくりと

吐きます。舌は上顎に軽くつけます。

それが禅の姿勢と呼吸法です。


あの棒は警策といいまして、雑念が入ると自然と親指がくっついたり、大きく離れたりします。

その手や姿勢を目安に警策を持った僧が禅者の前に立ちます。そしたら合掌して静かに身体を前に倒して下さい、警策を左右の肩から背中にかけて二度づつ打ちます。

以上が簡単な禅の作法です」


その後、鈴の叩く音がした。禅の開始の合図だった。


禅堂内に緊張と静寂が同時に訪れた。青年は禅僧の云われるままに呼吸を整えた。どの位い経った頃か警策を

持った僧侶が目の前に立った、


青年は姿勢をを前屈みにし警策を左右二度ずつ叩かれた。その跡がヒリヒリと痛くそして暖かく感じられた。


青年は妄想に入っていたが、また我に返り座り直した。

しばらくすると鈴の音がした。張り詰めていた空気が

一瞬で溶けた。


後ろから「どうでしたか?」先ほどの老僧だった。


「なんか緊張してして、気が付いたら終わってました」


「気が付いたら終わってたということは、禅に入っていた証拠ですよ。初めて禅を組む人は、頭の中にたくさんの思いが過ぎってしまい、足が痛く時間が長く感じるんです」


「そうですか、いい体験させて頂きました。

今日はどうもありがとうございました」


「良ければ、毎週日曜日の朝は、一般参禅の

日ですから、禅を組にまたいらっしゃいませんか」


「はい、ありがとうございます」



青年は円長寺を後にし、そのまま細い道を通って

八幡宮へ向けて歩き出した。



 青年の名は、村井貞治30歳独身、仕事は大手建築

メーカーの設計士を8年勤めてきた。

ごく普通のサラリーマン。


30歳を期に突然疑問に思うことがあった。


それは、僕がこのまま死んだらどうなる?何をしにここに居るんだ?僕って何に?こんな単純なことが何で

解らない?そんなことを考えることが変なのか・・・・?

もう、ひと月も考えている。


そんな悶々としたある日曜の朝のことだった。


貞治は気が付くと北鎌倉の駅で下車し、円長寺の山門前でたたずんでいた。その時に老僧が声をかけてきたのだった。



自宅に戻った貞治は円長寺での座禅を振り返った。


座禅中に感じたことがあった。もうひとりの自分がいるような気がした。それが何処にいるのか全然解らないけど・・・でも、その存在も貞治を意識してるのがなんとなく解った。


翌日には普通通り会社に出社していた。


鎌倉で禅を組んでから一週間が過ぎ、又円長寺の禅堂で座っている貞治がいた。


そう貞治は、あの経験が忘れられずもう一度、円長寺に足を運んだのだった。


禅を組み、最初は呼吸に気を取られていたが、徐々に意識が鮮明になり、そのうち例のもうひとりの自分が

存在することが前回より明瞭に確認できた。


同時に二つの意識がそこにあった。ひとりの自分は座禅を組んでいる自分。もうひとりは小説を書いている自分。


同時に感じられる意識だったが、比率からすると小説を書いている意識が優位。書くといってもパソコンのキーボードを叩いている自分だった。


小説の内容はパラレルワールドを題材にしたもので、

文面は解らないけど書こうとする内容は何故か理解できた。


次の瞬間禅を組んでいる自分に戻った。

座禅後はお粥をいただいて会は終了した。


あの老僧に挨拶した。


老僧から「今週もお出でになりましたね。何か座禅を通じて見えたことでもありましたか?」


「はい、座禅中にビジョンが見えました」


「ほう、どんなビジョンでしたか?」


貞治が視たビジョンをそのまま話した。


「それは自分の中にあるもうひとつの世界が視えたのかも知れませんね。仏教では三千世界といって、沢山の世界が存在するといわれてます。

それを垣間見たのかもしれません。


禅の世界では絶えず今を大事にしますから、ビジョンが視えてもビジョンはビジョンであり全てではありません、ビジョンに囚われないで下さい。それが禅の見解です」


「解りました」


貞治はなにか釈然としないけど老僧の言葉を心に

止めた。


もうひとりの自分をそれほど鮮明に感じたからだった。

その後、円長寺に参禅することはなかった。



 また、いつもの会社と自宅の日々が始まり、円長寺のあの経験からひと月が過ぎた頃。


本屋で立ち読みしてると一冊の本が目に入った。


ONEという本だった。著者はリチャード・バックとあった。内容がパラレル・ワールドといって、同時に複数の宇宙が存在するという内容だった。


本を購入し、その日のうちに読破したがもっと知りたいという思いが敏郎を駆り立てた。


座禅中に経験した小説家の自分ももっと知りたい・・・


思ってはみてもどうやって知ればいいのか皆目検討が付かない。家で座禅をしてもあの感覚になれない。

でも、どうしても知りたい。


だんだんと会社に行くのも辛くなってきた・・・

体調にも変化が出て来た。

食欲不振・下痢で微熱が理由もなくつづく。


次に思ったことが死にたい・・

小説家の自分が気になる・・・


誰か・・・


教えて・・・


会社も辞めた。


というか続けられなかった。


僕って誰?


人って?


貞治は会社を辞めて2ヶ月が過ぎた。


精神科に行こう。


もう自分では何も出来ない。


何もしたくない。


お母さんごめんなさい。


僕は・・・先に逝くかもしれない。


嗚呼、今日も目が醒めた。


その時だった。


自分の奥深いところで声がした。


「大丈夫」


「えっ?」思わず聞き返した。


もう声はなかった。


「何が大丈夫なんだ・・・?」


誰の声だ・・・?


しばらく考えたが解らない??


何日ぶりかで窓を開けて朝日を見た。


その瞬間だった。


意識が飛び出てパラレル・ワールドの貞治と重なった。

その貞治は淡々と小説を書いていた。


何処からか湧き出るような文章をキーボードで打ち込んでいる自分がいる。


なるほど・・・こんな感覚で執筆してるのか・・・


貞治はパソコンに向かった。

書ける・・・あの感覚と同じだ。


あとはテーマが必要だ・・・そうだ建築設計に

ついて書いてみよう。


書ける、頭で考えなくても文章が勝手に出てくる。

ほぼ4日で原稿用紙300ページ出来上がった。


妙に面白い。他のパラレル・ワールドも視られるのかな?

・・・?結婚してる僕がいるのか視てみよう。


意識を集中した。


いた。結婚してる自分がいた・・・しかも子供が2人いる、2人とも男の子だ。しかも僕ソックリだよ。

嘘っ・・・


嫁さんは?・・・えっ、これって・・・もしかしてノ・リ・コ・・・?

そうだ幼なじみの紀子だ。パラレル・ワールドの僕は紀子と結婚してたのか。


あまりにも身近すぎて考えてもみなかった。


で、仕事はなにを?


あっ、建築設計だ。


こっちの僕と同じか・・・


そっか、パラレル・ワールドの僕はこっちの僕と

無関係ではないんだ。

なんか似たようなところがあるんだ。


もしかしたら何処かで繋がってるんだ、これは面白い。

もう少しパラレル・ワールドを研究してみたい。

幾つのパラレル・ワールドと繋がってるのか?


パラレルって並行。ワールドは世界か。

並行してる世界という意味か。


並行ということは同時進行か・・・

同時に並行している複数の世界という意味か。


パラレルの僕と話が出来たらいいのに・・・

そう思った瞬間だった「出来る」


「えっ???」頭の中で声にならない声がした。


「誰?」僕は頭の中に問いかけた。


「パラレルの君」


「なぜ?」


「なぜって?君が話しかけてきた」


僕はハットした。


「君は何をやっている僕なの?」


「その質問のしかた面白いね、僕は小説を書いてる」


「他にもパラレルの自分を視たことあるのかい?」


「僕は4人まで視てきた。こうして会話したのは

君だけだけ」


「みんなどんな仕事してたの?」


「小説家・建築設計・イラストレーター。みんな創造性ある仕事」


「こっちの僕は会社を辞めてから鬱状態が続き、死まで意識し始めてるんだ。笑っちゃうだろ・・・」


「そんなことない、始まりはいつも順調とは限らない。

ゼロやマイナスからの出発もある」


「なるほど・・・君いいこと言う僕だね・・」


「君いいこと言う僕だね・・・それも面白い。

小説に頂く」


「どうぞ」


「で、会社辞めたしこれからどうする?

君も小説書かないか?」


「どんな?」


「パラレル・ワールドをもっと視てきて、

文章にするのはどう?」


「それらしい事は、もうやってるけど」


「じゃぁ、やってみなよ」


「うん、考えてみる・・・」


「じゃあ、又来るから書いておいて」そう言って

小説家の僕は消えた。


どうせ、今の僕はなんにもやることないし、

とりあえずPCの電源を入れた。


一太郎の原稿用紙を出して書き始めた。


まず題名は・・・「テロリスト・テイジ」よし。




2「テロリスト・テイジ」


 昭和32年5月に村井テイジは誕生した。


テイジは子供の頃から人と同じ事をするということに

ずっと抵抗を感じていた。


当然、学生になっても性格は変わらず、クラスみんなから何時も離れた存在だった。なぜクラスのみんなと順応できないのか?


そう、テイジには普通のみんなと違う世界が視えていたのだった。

いつも周りと温度差があり馴染むことが出来ずにいた。


それは高校に入学して間もない頃。新しい学校とクラスに早くなじもうとしてた時、同じクラスの斉藤正治の視線がやけに気になっていた。


ある日の放課後だった。

その正治君が「おい村井」声をかけてきた。


「なに・・・?」


「チョット体育館の裏に顔貸せや」正治の威圧的な態度。


「いいけど・・・?」


2人は体育館裏にいた。


正治君は急にテイジの胸ぐらを掴んだ「こら、村井おめえ生意気なんだよ。むかつくんだ・・・」と言い終わらないうちにテイジの顔面をいきなり殴った。


不意のパンチにテイジは驚いた。


「正治君、僕は君に何をしたって言うの?」


「何時も俺に眼飛ばしやがて・・・」


テイジは意味が解らない「なんで僕が正治君に??・・・」


「うるせんだよ・・・」そう言って一方的に正治君は

その場を急ぎ足で去っていった。


その場に一人残されたテイジは狐に摘まれたように呆然と立ちつくしていた。


その日テイジは、夕食が終わり部屋に戻り、なんとなく殴られた左頬を触った瞬間だった。


突然、目眩がして目の前が暗くなった。一瞬昼間の後遺症か?と思った。


が、次の瞬間視界が明るくなった。


でも感覚が何んか変・・・どこか違う?


でも見覚えのある教室がそこにはあった。


視線の先には自分と斉藤正治の二人だけがいた。


もうひとりのテイジが斉藤に向かって怒鳴っていた。


「おい正治。少し金カンパしてくれ、3千円もあれば

良いからよ・・・」


テイジは正治を恐喝していたのだった。


「テイジ君、勘弁してよ・・・なんで僕が君にカンパするの?その理由が解らないんだけど・・・」正治の声は震えていた。


瞬間テイジは正治の顔面にパンチを見舞った。


そしてテイジは自分に戻った。


???今の・・・なに???


「君のもうひとつの世界」心の奥で声がした。


どういう事?テイジは自問した。


「パラレル・ワールド」


パラレル・ワールド???聞いたことのない言葉だった。


また自問した?


それ何?


「平行する複数の世界と自分」


聞いたこと無いけど?


「この世界以外にも複数の世界が存在。その同時に進行する世界がパラレル・ワールド」


今度はその意識をハッキリと感じられた。


「じゃあ、今日の放課後に正治君に殴られたことと、

今僕が正治君を喝上げしたことと関係があるの?」


「正次君も別世界の僕の君への恐喝を視てきた。それを、恨みに感じて放課後こっちの君を殴った」


「今起こった恐喝を、なんで昨日僕を殴った正治君が知ってるの?」


「時間が軸が無いから」


時間軸が無いっていう意味が解らないけど・・・


「そのうち解る」


「別世界の僕が正治君を恐喝したから。それを知った

こっちの彼が放課後、僕へ復讐したって云うことなの?」


「ピンポーン、当り!」


「君でもピンポーンっていう云うんだ・・・」


「僕は君だから・・・」


「話し戻すけど、僕がそもそもの原因って事なの?」


「正解」


腑に落ちないテイジだった。


翌日、学校でテイジは正治に近寄った。


「意味が解ったよ、君もあっちの世界視えるわけ?」


正治はなんのことか理解できなかった。


「おい、村井もう一回殴ってやろうか?」


「???なんだよ、もういいよ・・・」


テイジは頭が混乱してきたので席についた。

そして、もうひとりの自分を念じて目を瞑った。


「どうした?」返事がきた。


「どうしたのじゃないよ。正治君に全然無視されたけど」


「彼は潜在意識で反応してたんだ。だから表面意識では全然解ってない」


「じゃあ謝った僕の立場はどうなるの?」


返答がなかった。


「無視かよ・・・・!心に呟いた」



テイジはその後パラレル・ワールドにトリップすることが増え、向こうの世界に親友と彼女が出来た。

こちらの世界の興味がだんだんと失せてきた。


高校を卒業して社会に出たが全てにおいて仕事に身が入らず、ある時この世を去る決心をした。



 村井テイジ22歳。梅雨の時期で濡れた紫陽花から淡い香りのする頃。


こっちの世界はもういい・・・ハッキリいってこんな僕つまらん。

5階建てのマンションの屋上にテイジは立っていた。


飛び降りようとしたその時「待った!」大きな声が胸に響いた。


久々の感覚を感じ意識を内に向けた。


「パラレルの君が大変なことになってるんだ。

君の助けがほしいから死ぬのを少し待って欲しい。

死ぬのはそれからにしてくれないか?」


テイジは思った。


「こっちの僕も死のうとして大変なのに・・・

なんでパラレルの僕の手助けをしないといけないの?」


なんの返答もなかった。


死ぬ気が失せたテイジはその場に倒れ込んだ。



 気が付いた時には何処か知らない街を歩いていた。


「ここは何処・・・?」


辺りを見渡すとアーケードがあり扇町と書いてあった。


「大阪の南森町にある扇町商店街?なんで?この街に?」当然の疑問である。


商店街を歩いていると後ろから声をかけられた。


「テイジやんか」


テイジは後ろを振り返った。そこに立っていたのはいかにも極道風のこわおもてのお兄さん。


「どなたですか?」


「なに、ねぶたい事言うとんねん!」


「な、なんですか?」テイジは少しムッとした。


「ほう、なんですか?ときたか・・・このボケが。

しばいたろか~ほんま」


「僕はあなたのこと知りませんけど・・・」


「なんやて?お前は村井テイジちゃうんかい・・・こら!」


「はい、確かに村井ですけど、おたくの言ってる村井さんとは違うと思います。僕は今、ここへ来たばかりですけど・・・」


「なにこらっ!しょうもない標準語使いよってからに」


そうこうしてるうちにもうひとりの村井テイジが現われた。ふたりのテイジはお互い、顔を合わせたまま止まってしまった。


大阪のテイジが言った「あんさん、どなたはんでっか?」


「僕は東京から来た村井と申します」


「わては、村井テイジ言いマンネン」


さっきの極道風のお兄さんは気色悪そうに去っていった。


「あの極道風のお兄さん、いきなり言い掛かりつけて

来たんで困ってました。いったい何なんですか?」


「すんまへんな・・・悪う思わんといてや。あれがこの辺の挨拶なんや。とでも謝って欲しんかい?ボケが・・・

それより、あんたに興味ありますねんけど・・年は幾つ?」


「22さい・・・」


「歳もわてと一緒やん。それはええけど折角の初顔合わせや、お好み焼きでも食べながら話さへんか?・・・」


「良いけど僕、お金持ってないよ」


「お金はかまへんからわてに任せて。

けどお金持たんと、どないして大阪に来たん?」


「うん、好み焼き食べながらゆっくり話すよ」


2人は店に入った。


「いらっしゃいませ???あんれ、たまげた・・・

テイジはん、あんさん双子でおましたん?」


「いや、今日初めて会うたんや初顔合わせ。

お好み焼きでも食べながらゆっくり話そかって

言うことになってん」


「そうでっか、それにしてもよう似とりまんなぁ・・・」


水を差し出しながら2人をじろじろ見る店員だった。


「豚玉でええか?」


「うん、それで」


鉄板にお好み焼きをセットし終え、東京のテイジが「君もパラレル移動出来るの?」


「パラ・・・?パラレルって・・・それ何の話し?」


「平行宇宙だよ」


「平行宇宙って何・・・?」


「解った、じゃあ質問を変えるね。君、最近困ってる事無い?」


「お宅はんも初対面の相手に失礼なこと聞きまんなぁ。

一発どついたろか・・・」


「あっ、気悪くしたよね・・・そうだよね・・

ごめんなさい」


「まぁええけど。それより何かしっくりきいへんけど、

何か事情あってここ大阪に来たんか?」


東京のテイジは今までの経緯を全部話して聞かせた。


「ホンマかいな?」


「本当だよ。これ見る?」


取り出したのは運転免許証。


手に取ったテイジは「ホンマや住所以外、ワイと同じや。

でも、待ってや??このひらなりって何?」


「ひらなり?・・・ああ、平成ね。・・えっ?」


大阪のテイジが財布から免許証を取り出した。


「ほら、比べてみいや」


「平成がない・・・西暦表示になってる?」


「なんや、そっちの世界はまだ天皇の元号制があるの?

こっちは昭和の天皇が亡くなった後、昔からある元号制の廃止があって西暦表示に変わったんや」


「じゃあ天皇家は?」


「普通にあるよ。変わったのは元号だけやけどな」


その時、大阪のテイジの携帯が鳴った。


「もしもし、へい・・・そうですか・・・解りました。

今、食事してますので食べたら行きます。ほな」


「ゴメンな急用やさかい、急いで食べよか!オッチャン先におあいそしてんか」


2人は店を出た。


「ところで、これからどないしますの?」


「別にあてはないけど・・・」


「じゃあ、ワシと一緒に行きまひょか」


「いいの?お邪魔じゃないの?」


「かましまへん」



 2人のテイジは、雑居ビルの地下にいた。


「お待たせ・・・です」


「なんや?お前、兄弟おったんか?」


「はい、そんなようなもんです。東に児童の児と書いて東児と言います。訳あって離ればなれになっとりました。こいつは東京で自分が大阪です」


「テイジに東児か・・・俺、ヤスシや。宜しく」


「東児です。宜しくお願いいたします」


「テイジ、ここのことは説明したんかい?」


「いえ、まだです」


「そうか、東児くん、よく聞いてや。他言したら大阪湾に沈みますが聞きますか?それとも即刻帰りますか?どうします?即決で返事してくれます?」


テイジはこの事かと思い「聞きます」答えた。


「じゃあ簡単に話します。ようく聞いておいてや。

そして聞いたら最期や。もう一度聞きます。

どうします?」


「聞きます」東児は即決した。


「よっしゃあ!我々はある国からの指示で動いていて

総勢56名からなる組織や。56名ほぼ全国に散らばり情報屋として活動してます。


目的はひとつ、この日本国を解体して北海道はロシアに、東京以北は韓国に、そこから南は中国に譲渡される予定で動いとりまんのや。


その切っ掛けを与える仕事をわしらがするという

段取り。これから徐々に、そしてこの先5年かけて

実行に移す計画や。


具体的な計画は今の段階では言えんけど。もう、実行部隊が動いとります。テイジの仕事は、ネットでの情報かく乱と情報の伝達。これからの日本は面白くなりまっせ」



テイジには単なるテロとしか思えなかった。


大阪のテイジとヤスシは40分ほど打合せをし

その場から離れた。


「テイジ君は間違ってると思う。僕と一緒に

大阪から逃げようよ」


「もう無理なんや。わしは組織の中枢にいる人間やから、組織を離れる言うことは死を意味するんや・・・


それに組織の奴ら俺の家族にまで害を及ぼす。

過去にそういう例をわしはこの目で見てんのや。

気を使こうてもうてありがとう。テイジくん」


テイジはなんでこの大阪に来たのかが解った。


でも、この先どうしたら良いのか見当が付かない。

何かハリウッドのテロ映画かドラマの世界に思えた。


その日はミナミの町に出て漫画喫茶で話しをした。

テイジはテロに反感を感じているのも解った。

この先、正直行き詰まりを感じた。



テイジが大阪に来てから半月が過ぎ、集会にも何度か顔を出したが、少し気になることがあった。


組織の首謀者が誰なのか全然解らないこと。


解ったのは、実行のさいの段取りだけが先行され、声明文や目的の核心が不明確・・・という事。


大阪のテイジやそれ以外の仲間も解っていないようだ。

全員に共通するのは、何かに怯えてるという点。


ある時、大阪のテイジにこんな話をしてみた。


「ねぇ、このことが実行され成功した時、

一番得するのは誰・・・?」


大阪のテイジは返答に困った。


「お前、なんちゅうこと聞くんや、しょうもない・・・」


「誰にどんなメリットがあるの?簡単な疑問だけど」


大阪のテイジは宙を見た。


「そうやな、みんな違う方に気をとられて、肝心要なこと見落とすところやった。単純なことやがな。

誰の為にやるのやろ?中国?ロシア?韓国?アメリカ?


せや、これがホンマに日本の為になるんか?

なんや、怖くなってきたで、どないしよう?

東児、なんか言ってえな・・・」


2人の間に沈黙が走った。


しばらくして、東京のテイジが「とりあえず、

この組織の一番の頭は誰なの?」


「・・・解らん?」


東京のテイジは言葉を失った。


「解らんって・・・じゃあ、誰が何の為に?」


大阪のテイジは頭を抱えうずくまってしまった。


「中止しよう!」東京のテイジが呟いた。


「もう無理や・・・今日が実行日や」


「えっ?!」またも言葉を失った。


「実行場所は何処と何処なの?」


「東京発、福岡行きの新幹線と福岡発、千歳着の飛行機。

東京国会議員会館の3ヶ所で正午丁度に時限爆弾が・・・」


聞いたテイジは固まってしまった。

実行まであと1時間しかない。


「もう、中止出来ないんや。数ヶ月前から爆弾は解らないようにセットされてるし外そうものなら、その場で爆発する仕組みになってるんや。もう遅いで・・・」


東京のテイジは時間が止まったような感覚になった。


そうだ!パラレルのもうひとりのテイジに相談してみよう。


テイジは集中した。


即、返答があった「どうしたの?」そこにいたのはイラストレーターのテイジだった。


挨拶もそこそこに事の経緯を説明した。


そして出た解決策がこうだった。


3人各々に新幹線と飛行機に乗り込み、時限爆弾を外し抱えたまま瞬間移動して棄てるという、漫画のような無謀な案だった。


タイミングが悪ければ当然その場で爆死。

テイジは早急な結論をせまられた。


残り時間10分に迫った。


外して太平洋に瞬間移動するまではもうぎりぎりの時間。3人のテイジは決心した。


3人は固い握手をして消えた。



 新幹線に乗り込んだのは大阪のテイジだった。


「しゃあないなぁ、他の2人に迷惑かけてもうたがな。

わては死んでお詫びしよう。

2人のわて、ゴメンなさい・・・」



博多から札幌への飛行機にはイラストレーターのテイジが乗り込んだ。


「寒いなあ、ここは荷物室か?・・・突然の事で心の整理も何にも出来無いまま、ここに来てしまった。夢なら早く覚めてほしい」



「僕はビルから飛び降りようとしたんだから、このまま場所が変わっただけだし。人を救って死ねるんなら光栄だと思う。ただ、イラストレーターのテイジには申し訳ないと思う。テイジさん、ごめんなさい」


次の瞬間、ビルの屋上にテイジはいた。


「なに?今の?超リアルなんだけど・・・?大阪のテイジやイラストレーターのテイジやこの僕など・・わけ解らないけど・・・それに、なんで僕がテロからこの国を護らないといけないの?」


テイジは自殺するのが面倒くさくなったので辞めた。


END

3「KY・TEIZI」


「帰れ!・帰れ!・帰れ!・帰れ!・帰れ!」


コンサート会場は突如、帰れコールに包まれた。


ステージから「う~~るせんだ~~つぅの!帰りたがったらおめえらが帰れや!

俺は俺の歌を聞きてぇ客がいるから歌うそんだけ・・・

なんか文句あっか!このやろう・・・」


「ば~~か。おめぇが帰れ!・・馬鹿野郎が!

おめぇは誰だ・・・?」客席からの罵声がつづく。


「誰だ!今、馬鹿野郎と云ったのは?どいつだ~

出てこいコラ?」


ステージと客席は大荒れ。


ステージ横では本日のメインミュージシャンのリョウが見守っていた。


スタッフから、ところであいつ誰だ?関係者は誰も解らない。そのうちスタッフが気ぜわしく動き始めた。


「あいつ、もしかして部外者じゃねえのか?」誰かが叫んだ。


「マジで?」


「ウソでしょ・・・」


「オイ!誰か引きずり下ろせ!」チーフリーダー久慈の声だ。


ステージにスタッフの4人が出て、その男を羽交い締めにし退場させた。


会場は笑いの渦に包まれた。


会場から「あいつ誰?・・・馬鹿だけどおもしれェ」


「はははは・・」会場は笑いでどよめいていた。



楽屋では「あんた、いったい誰?誰かの関係者?

警察に通報するよ」


「俺、ミュージシャンのTEIZIだけど・・・」


「えっ???」


「TEIZI」彼は満面の笑みで答えた。


スタッフは「解った。で、今日は何?」


「何って・・おめぇ、一曲歌おうかと思ってステージに上がっただけだんべ」


「一曲歌う???で誰が許可したの?」


「許可っておめぇ・・・??必要なの?」


「当たり前だ」


TEIZIは辺りを指さして「そっだらこと何処に書いてあるんだ?オイ」


「じゃあ聞くけど、ステージに勝手に上がって良いって

何処に書いてありますか?」



「書いてねえけんども、客が暇そうだったから、ここらでオラが一曲、歌ってやんべかと思って・・・そしたらおめえ、帰れ帰れって人っこの歌を聞く前に言うもんだから、礼儀を教えてやろうと思ってつい・・・

なっ、オラ悪くねっぺ・・・?」


「悪いです」


「あ~~んら、おめっ!礼儀、教えることのどこが

悪いってんだ?」


「あんたねぇ、時と場所があるでしょ。

あんたは勝手に他人の家に入ってきて、

礼儀が悪いとどやしつけてるだけなの」


「う~ん、なるほど。おめぇは頭良いな。

さては、おめぇ大学出が?」


「で、どうなんです?」


「オラが悪かった。どんもすみませんでした」スタッフに深々と頭を下げた。


「あっ、解ってくれれば、それで良いですけど・・」


スタッフはTEIZIのあっけない返答に拍子抜けした。


「じゃあ、今日のところは大目に見ますから、おとなしく帰って下さい」


「はい!失礼しました」いさぎよい返事だった。


TEIZIは楽屋を後にした。


リョウのコンサートは無事終わりアンコールの拍手が始まった。



リョウが渇いた喉を潤し、ギターをもって再びステージに向かおうとした時だった。会場で歓声が上がっていた。


一瞬リョウは戸惑った・・・なに?何にが起こったのか解らなかった。


ステージ上ではギターを持った、あのTEIZIが立っていた。


「さっきは、どうもごめんなさい。皆さんが暇そうにしてたから、僕が、歌ッこさ一曲歌おうと思いまして、

そしたらあんな事になりまひた。どうもすみまへんでした・・・」


客席から「おう、素直に謝ったから許す。にしても、

おめぇ・・なんでギター持ってんだ?」


観客はどっと笑った。


ステージ袖では「あいつ、まだいたのか!とっととつまみ出せ~」


リョウが云った「チョット待って。一曲、聞いてみない?客も喜んでるし、僕も興味あるんだ・・・」


「僕、TEIZIって云います。王貞治の貞治と書いてTEIZIと読みます。青森から来ました。

チョット訛ってます」


「だいぶ訛ってんぞ」客が言った。


「すんません、歌います」


「曲は、オラのオリズナル曲でねぶたの星」


客席はまた沸いた。


歌は最悪だった。


そのうち客席から「おめぇ青森に帰れ!キャラは面白いけど歌は辞めたほうがいい」


「いや、心はある。顔は悪いけど」


客席は歌を聞くというより、野次合戦に変わっていった。


TEIZIの歌が終わると同時に、会場にはリョウのアンコール曲のイントロが流れた。客は大盛り上がりで会場は揺れていた。


興奮の中、コンサートは無事終わった。


リョウが楽屋に戻る途中の通路にあのTEIZIが立っていた。


リョウは笑顔で通り過ぎた。


TEIZIはまたスタッフに呼ばれた。


スタッフが「あなた今度はなに?」


「いや、謝りたいと思って・・・」


「なんでギター持って行くの?」


「あっ、はい・・・いえ」


「で?TEIZIさんは何が言いたいのですか?」


「いえ、帰ります・・・」


「今度は無いと思うけど、あったらその時は本当に警察呼びますから。じゃあ、そう言うことで・・・さようなら!」


TEIZIは会場を後にし駅へと向かった。


そして、そのまま青森行きの新幹線に乗り帰って行った。


新幹線の中で「どうしたもんかなあぁ~~なんで解ってくんねぇかな~や。」


あくまでも自分は最高のミュージシャンだと思っていた。



「帰れ!・帰れ!・・帰れ!」


コンサート会場は帰れコールに包まれた。


ステージからは「う~るせんだ~つぅの!帰りたかったらおめえらが帰れ!」


どこかで見たことのある場面だった。


「俺はリョウからも前フリ頼まれて歌ったことあるんだぞ・・・だからこうして・・・&$%$(’%」


例のTEIZIだった。そして警備員に強制退去された。


「あんた困りますよ~~。何なんですか?

あんたは誰・・・?」スタッフの強い口調。


「TEIZIだよ・・・」


「TEIZI?・・で、なんなの?」


「いや、客が暇そうだから・・その・・・」


「暇そうだからどうしたの?」


「歌を・・・その・・一曲・・・僕が」


「一曲どうしたの?」スタッフの語気は荒かった。


「挨拶代わりに・・」


「なんで、あんたが挨拶するの?ここは、アヤカのステージなの。みんなこれから興奮する為に、嵐の前の静けさをあえて作ってるの。エネルギーを充電してるの・・・わかる?」


「会場のみんなは、一曲目から弾けるために、今はエネルギーを充電してるとこなのね。それを、あんたがたった今、台無しにしてしまったの。どうしてくれるんだ!・・・警察呼ぶか・・」


「僕、みんなに謝ってきます」


「どうやって?」


「いえ、ステージに立って・・・・」


「お・ま・え・は馬鹿か?おい、誰か警察呼べや。コイツは俺らではどうにもならねえ。思考回路がブッ飛んでるぞあとは警察に任せようぜ」


「あの~う、チョット待って下さい」アヤカ本人だった。


スタッフが「アヤカさん、こいつは・・・」


「いえ、すぐ終わります。ごめんなさい」


アヤカ.は振り返ってTEIZIに視線をむけた。


「TEIZIさん・・・と云いましたね。私の歌、聞いたことあります?」


テイジはアヤカに視線を向けて云った「???あんた誰?」


スタッフが「コイツ、やっぱ、つまみ出せオイ!」


アヤカは微笑み淡々とした口調で「私がそのアヤカと申します」


「えっ?お姉さんがか・・・?僕、ファースト・メッセージのアルバム持ってます。なんか、アルバムの写真と実物では全然違うはんで解りまへんでした。アルバムはやっぱり綺麗に修正するんだな~や」


「どっちが綺麗ですか?」


「アルバムだな」即答だった。


スタッフが「おい、やっぱ警察呼べ・・・」


TEIZIは言った「メモリーや、はぎの月は確かに良いけど・・・オラ個人的には時を返してと日常の物語が好きだな」


「どういうとこが好きなの?」


「日常の物語は静かなメロディーでいて、しっかりとしたアヤカらしいアレンジがオラは好きだ。

時を返しては歌詞が好きだ。特に2番目の歌詞の始まりは良いな~あのアルバムは良く出来てると思ったよ」


「君ね、いい加減にその生意気な・・・」


その時、アヤカはスタッフを制した。


「ちゃんとアルバム聞いてくれてるんですね、ありがとうございます。皆さん、今日は大目に見てあげて下さい。本当に私のアルバム、聞いてくれてるみたいで、アヤカ嬉しいんです。どうか私に免じて何とぞお許し下さい」


「アヤカさんのお気持ちは解りました。でも、コイツは・・・解りました・・

アヤカさんがそう言うなら・・但し、今度、なにかしでかしたら即刻警察呼びますからね・・・」


TEIZIが「アヤカさん、よかったね」


スタッフは「あんたね・・・まっ、いいかこのまま帰って下さい」


「僕、チケット買って青森から東京さ来たんですけど・・・客席から見させて下さい・・・ほらプレミア席だんべ・・・なぁ」


スタッフは係員に「席にお連れして」


アヤカがステージに立った時、プレミア席にTEIZIの姿を確認した。

歓声の中でもひときわTEIZIの大きな声援がアヤカの耳に残った。


コンサートは何事もなく終了した。


TEIZIは会場を後にし東京駅へと向かい、そのまま青森行きの新幹線に乗って帰って行った。


新幹線の中で「どうしたもんかなあぁ~~なんでみんな解ってくんねぇかな~まだオラを理解するのには少し

時代が早かったようだな・・・?」

 


 ある土曜日の夜、井の頭公園の野外ステージに

あのTEIZIがギターを抱えて座っていた。


TEIZIの廻りにはビールの空き缶が散乱していた。


そこに中年の男が近寄ってきた。


「よう、兄さんなんか歌ってくんネエかな?」


「おい、じじい。他人にものを頼む態度がいい年こいて

解らねえようだな~~や」


「なんじゃいおめぇ・・・偉そうに。青森で相手にされねえもんだから東京に出て来たか?」


「えっ・・・?おめぇさん、オラのこと知ってるだか?」


「いや、おめぇの事なんか知らねえ、その訛りは青森しかいねえべ。バーカ」


「おめぇさん、洞察力あんな。見上げたもんだ。

きっと名のあるお方か?」


「そういう問題じゃあねえ、その訛り聞けば誰でも

青森だって解るってぇの・・・」


「いや、てぇしたもんだ!おめぇ様、なになさってる

お方だ?」


「そんなこといいから。なんか歌うのか?

歌わねぇのか?どっちなんだ?めんどくせえ」


「解ったよ。歌うけどリクエストなんかあるけ?」


「ビバリの愛凛々でもやってくれよ」


「じじぃ、・・・ちゃんとさんを付けろや・・・

ビバリさんと呼べ!ビバリ先生とか言い方あるべ」


「おめぇビバリ好きなんだか?」


「いや!そうでもねぇけど。どうしてだ?」


「いんや、面倒くせからいい・・・」


「解った。じゃあ『川の流れたように』歌います」


「おめぇ!一曲歌うまで長げぇよ・・・」


「すらず、すらず歩いてきた、細く長いこの道~」


男性は「まったく、人の話し聞いてねえし・・・」


「青森兄さん、もういい・・・」


「どうしたんだ?これからだべ???」


「兄さんと、この歌の意見が合わねぇようだな。

まっ、そういう事もあるさ。次、歌おうや」


「・・・そっか?なに聞きてぇだ?」


「そしたら、最近の歌いこうか?アヤカなんてどうだ?」


「あぁ、つい最近彼女と会ったよ。彼女、僕を気に入ったみたいでさ、スタッフに僕のこと紹介してたよ。

さすがの僕も少し照れたけどね・・・」


「兄さん、急に標準語になったけど・・・どうかしたか?」


「そんなことないよ」


「めんどくせぇ・・・いいから歌えや」


「じゃぁリクエストに応えて。アヤカのアルバム・ファーストメッセージから『はぎの月』聞いて下さい・・・」


「ずっと一緒にいた 二人で歩いた一本道・・・」


TEIZIが歌い終わった時には爺さんの姿は

消えていた。


「みんな、アヤカの曲の良さが解らねんだな・・・」



 翌日も朝早くから井の頭公園でギターを抱えて

池を眺めていた。池の向こうに知った顔があった。


おっ、昨日の爺さんだ。


「お~~い爺さん」大きな声で叫んだ。


爺さんは知らん顔して足早に去ろうとしていた。

明らかに避けているとしか思えない足取り。


TEIZIは執拗に追いかけて爺さんの前にでた。


「爺さん、おはよう!」満面の笑みを浮かべていた。


「おう、昨日の君か?ワシは用事があるんで。

それじゃあな・・・」


「昨日、急にいなくなってどうした?」


「腹が痛くなってのう、折角歌ってるのに水を差すようで悪いと思ったで黙って帰った」


「そっか。心配したぞ。んで、もう大丈夫か?」


「いや、まだ少し病むけど昨日よりは良くなったよ」


「昨日の続き、歌おうか?」


「いや、そそそれにはおよばん。ワシは急ぐんで、

それじゃ。兄さんがんばれよ・・・」


老人は去っていった。



なんだよ、ひとが折角、青森から歌っこさ歌いに来たのに・・・聞いたのは途中で腹痛くて帰った爺いだけか・・・


また、誰かのコンサートに飛び入りすっぺかな・・・。


吉幾二にすっぺか?


百昌夫か?ドリカムもいいな・・・


なんかワクワクするな・・・・




4「禅僧・定慈」


 禅宗の僧侶定慈。彼は30歳になり思うところがあり全国行脚の旅に出た。それから20年、雲水をしながら日本全国を托鉢して歩いた。


普通の職業僧侶と違い、定慈の宗派は禅宗であったが、行く先々で要望があればどんな宗派のお経もあげられる宗派に囚われない僧侶だった。


彼が好きな言葉はずばり「雲水」流れる雲と水のごとし。

だから、彼は自鉢という木の器と網代笠にワラジのみで全国を行脚した。


京都を出てから20年という歳月を掛け、北は稚内。

南は沖縄の波照間まで日本一周ひとりで托鉢した。

そして今、20年ぶりに京都へ戻って来たのであった。


宇治にある報国寺の山門前に定慈は立っていた。


この山門を出たのが20年前・・・懐かしさがこみ

上げてきた。


「拙僧のことなど覚えてる僧はいないだろうなぁ・・・20年は長い・・・」


寺務所に声を掛けた「ごめんください」


「はい!いらっしゃいませ」定慈を見た僧侶は

合掌をした。


「拙僧は20年前、この寺から行脚の旅に出た定慈と申します。当時は栄源僧正に師事しておりました。

その頃すでにご70歳過ぎの高齢で、今はもうおられないと存じますが、その栄源僧正ご存じの方はおられませんでしょうか?」


「はい、お待ち下さい」


ほどなくして僧は戻ってきた。


「栄善という僧がおります。20数年前から当寺におります。今、こちらに来ますのでお掛けになってお待ち下さい」


引戸が開き栄善と思われる老僧がやってきた。


「お疲れ様です。拙僧が栄善です」


定慈に見覚えはなかった。


「拙僧は定慈と申します。栄源僧正に師事しておりましたが思うところがあり、20年前、全国行脚の旅に出て

ただいま戻りました」


「はあ??・・・20年前、栄源僧正ですか・・・?

拙僧は25年前から在籍してますが・・・

そのようなお名前の僧侶に記憶にありませんが・・・」


「待って下さい。100年前ならいざ知らず、たかだか20年。私はともかく僧正の記憶も無いとは信じられません。もう一度よく思い出して下さいませんか?」


「それは良いですけど、本当に報国寺で間違いないですか?」


「報国寺・・・?ここ報国寺って云うの・・・?」


「ハイ、禅宗別格本山報国寺ですけど・・・」


「応国寺では??」


「応国寺さんは隣の小さいお寺でしょ?


・・・あっ!思い出した。そういえば、20年位い前にお布施を持ち逃げした僧侶がいて、それっきり帰ってこなかったと・・・あっ、名前が確か・・・てい??何とか??それってもしかして御坊では・・・?」


「拙僧の勘違いでした・・・失礼致しました!」


定慈は報国寺から逃げ出すように出て行った。



あっ、思い出した。20年前、応国寺のお布施を勝手に持出し、すき焼き食って見つかり咎められ、その後、

托鉢に出てそのまま旅に出たんだった・・・

どうしようか??とりあえず応国寺を覗いてみよ。


あっ、こっちだ・・・この寺だ。思い出した。定慈は山門を入った。本堂の前に僧侶がいたので声を掛けた。


「あのう・・失礼します」


「ハイ」僧侶が振り返えり


定慈の顔をジッとみつめた。


「・・・お帰り。確か貴僧は定慈・・・だったね?」


「はい、定慈でございますご無沙汰しておりました。

義道さま」


「ほう・・ワシの名前を覚えておったか。

ところでお布施を返しに来たのかな?」


「いえ、まだでございます」


「・・・では、なにをしに?」


「近くに来たものですから、懐かしくて思い立ち

寄りました」


「そうか、茶でも飲むか?」


「はい、頂きます」


「では、入りなさい」


二人は釈迦如来の座像に線香をあげ茶室に入った。


「貴僧がこの寺を出て何年になるかのう?」


「はい、20年になります」


「その20年、どうしておったのじゃ?」


「全国托鉢行脚の旅をしておりました」


「20年もか?」


「はい、20年ずっとです」


「で、何か解ったかのう?」


「今だ、解らないことだらけです」


「何が知りたいのじゃ?」


「何を知りたいのかも解らないのです」


「困ったもんじゃの・・何故、歩くのじゃ?」


「雲水ですから」


「しからば、雲水ってなんじゃ?」


「行く雲,流れる水のごとく」


「定慈を見ていると、雲水が雲水のごとく雲水を楽しんでるようにも見えるがのう」


「私が雲水を楽しんでる・・・ですか?」


「そう、雲が雲水を楽しんでるようだ。禅僧の目的はなんじゃ?」


「座禅を組んで悟りを開くことです」


「そうか・・・悟りを開くために座るのか・・・

では、禅を組まぬ人間は悟りは遠くにある。

ということか・・・」


「・・・・いいえ、そういうわけでは・・・」


「では、なにゆえに座る?」


「只、只、座る・・・只管打坐」


「座ってどうする?」


「草になり・山になり・雲になり、空になります」


「空になって、そこになにがある?」


「何もありません」


老僧は煙管に葉を詰め一服し「貴僧定慈は20年ひたすら行脚する。何処か間違っておるか?」


「いいえ・・・なにも・・・」


「ところが大きく違うんじゃ。今の定慈には解るまいのう」


「何処が違うのですか?」


「まっ、慌てなさんな。ゆっくり考えなさい。

それが解ったらどうするかもう一度考えなさい。

解るまでここにいて構わんよ・・・その代わり

作務はきっちり頼む・・・」


「義道さま、宜しくお願いいたします」


定慈は入山後、来る日も来る日も頭の中が雲水でいっぱいだった。


若い修行僧の慈雲が義道に「義道様、あの定慈さんは毎日毎日口癖のように『雲水・雲水』って唱えてますけど如何なる修行なんですか?」


「定慈は自分の20年間を見つめ直してるんじゃ」


「20年ですか?」


「そう20年じゃ。だが、ただの20年とちがうぞ。

その20年が今後の20年にもなりうるし、過去の20年にもなりうる。そういう20年なんじゃ」



定慈が応国寺に来てから1年が過ぎた。もう誰も定慈の噂をする者はいない。与えられた仕事はきっちりとこなし、修行も熱心に励んでいた。


そんなある日、空を眺めていた定慈はこんな事を思った。


雲・風の吹くまま


水、高きから低きへ


流れのままに・・・雲水か


・・・そっか!そうだったのか!なんだ!


自分は目的が間違っていたのか。

この20年間、目的が悟りから遠いところを歩いていた。


雲水は雲水であってはいけないのだ。


よし、寺を出よう。


「義道様、長らくお世話になりました。

また、旅に出ます」


「そっか、なにか得るものがあったようだな。

また何時でも帰ってきなさい」


「はい、今度の旅は短いと思います。帰った時には世話になります」



 旅立ちの日が来た。


「これは、この一年間の労賃とワシからの餞別じゃ。

お疲れ様。21年前、寺が定慈に貸した千円はこの中から返してもらった。これで、貸し借り無し。大手を振って何時でも帰ってきなされ・・・」


定慈は深々と頭を下げ、山門を出ていった。


定慈51歳の春。






5「貞治のタイムマシン」


 「カズノリ、お~~い、カズノリ」


「はい、貞治社長。何か?」


「貞治は付け無くて良い。何回言えば解るんだ?」


「すいません・・・社長」


「それは良いけど、昨日お前に頼んだ家庭用ヘルシー

バイクの組立はどこまで進んだ?」


「もう出来てますよ」


「どこだ?おまえ、また嘘ついたな・・・

この会社辞めるか?」


「貞治社長、僕、ウソ言っててません・・・」


カズノリは村瀬研究所所長で村瀬貞治の同級生。


「何処にあるんだ?」


「ほら、そこに・・・??あれれ???昨日、

確かにここに置いて帰りましたけど・・・?」


「どこにある?」


「いやだなあ社長・・・俺を騙そうとしてる?

それとも、自分で片付けたの忘れました?」


「カズノリ!」


「はい!」


「おめぇ・・・クビだ!」


「社長、冗談はよしこさんですよ」


「誰がお前に冗談言わねえとなんねぇだ?」


「ですよね???」


二人は工場の隅々まで捜したが見つからない。

貞治が床の傷と歪みを発見した。


「おい、ここに置いたって言ったよな?」


「はい、その辺です。そこに4つの傷があるでしょ?

そこです間違いありません」


カズノリがその場に近づくと軽いモーター音がした。


次の瞬間。探していた家庭用ヘルシーバイクらしきシルエットが突然なにも無い空間から浮かび上がってきた。そして徐々に輪郭がハッキリして、ヘルシーバイクが姿を表わした。


二人は呆然と立ちつくした。


「カズノリあんちゃん、お前なにやった?

この機械に何か細工したのか?」


「そういえば昨日の帰り際、そのヘルシーバイクから

変なモーター音がしたから・・・」


「したからどうした?」


「したから・・・200ボルトの電流を流してやりました。貞治社長すいません。すいません。どうかクビだけは勘弁して下さい!」


貞治はヘルシーバイクをくまなく調べた。


「解った。もういい、お前このバイクに乗れ!」


「乗りますけど、電気流さないで下さいよ」


「ああ、流さないから、とっとと乗れ!」


貞治は下を向き不気味な笑みを浮かべた。


「約束ですよ」


「ああ、解ってる」


カズノリがヘルシーバイクにまたがった瞬間貞治は

剥き身の200ボルトの線をバイクの金属部に当てた。


瞬間、カズノリが悲鳴を上げた。


「嗚呼!!!・・・て・い・じ・てめぇ、このやろ・・・」


と同時にさっきと同じモーター音がし、そしてカズノリはバイクごと影が薄くなり消えた。


「消えた・・・???」貞治は小さな声で呟いた。


カズノリは意識が遠くなった・・・


そして、気が付くと景色が変わっていた。

あれ?さっきは作業場だったのに・・・

ここは?どこ・・・?


空き地のど真ん中でヘルシーバイクに乗っていた。

どこだここは??なんか古そうな町並みだな?


バイクから降り町を眺めた瞬間、カズノリは息を飲んだ。

なんか知ってる・・・この町に見覚えがある??


あっ!


これって確か貞治と6年間通った小学校?

ずいぶん新しく見える。


でも、もう取り壊して存在しないはずなのに??

あっ、あの車はコルト1000しかも新車?


ここはいったい?


もう一度ゆっくり辺りを見渡した。そこへ通りを

歩いてくる丸刈りの小学生がいたので声を掛けてみた。


「ぼく、ここは何ていう町なの?」


「ええ??ここ知らないの?吉祥寺だけど」


「今、何年?」


「何が?」


「西暦だよ」


「西暦か・・・1957年だよ。そんなことも知ら

ないの?おじさんなんか?・・・どっから来たのさ?」


「いや、いいんだ。ありがとうね」


なんだ?これって昭和にタイムスリップしたのか?しかも生まれる前か?だから小学校がまだ新しかったんだ。


だんだん不安になってきた。


どうやって元に帰る?


とりあえず、ヘルシーバイクに乗ってみた。


なにも変わらない・・・


ダイナモを回してみる。回し始めて数十秒後、

急にあのモーター音がした。


同じ音だと思った次の瞬間、目の前に貞治社長が

立っていた。


「おう、戻ったか!大丈夫か?・・・で、どうだった?」


「あっ、社長!俺、戻ったんですね。これ凄いですよ・・・

歴史が変わりますよ!」


「どう変わると?」


「知りたい?」


「もったいぶるな!カズノリ・・」


「あれ?俺がバイクに乗った途端、電気通したのは??

誰だったか覚えてるのかなあ~~?

しかも200ボルトをむき身で・・・」


「あっ、あれは手が滑ったんだ。すまない・・」


「手が・・・滑った???あの離れた位置にある

電線が手が滑ってここにある????」


「カズノリ・・・ゴメン・・・ゴメンなさい」


「おう、今度は素直だね・・・貞治さん」


「もう、俺が悪かった。給与上げるからひとつ」


「解った、じゃあ説明するよ。これはとんでもない

機械だよ。気が付いたら別の世界にいたんだ。


たぶんこの工場が出来る前で、ここは原っぱだった。

しかも1957年で、そばにあった小学校も全然、

新しいままだった。


俺たちの生まれた昭和32年なんだ。そこに通う小学生とも話ししたよ。年数はその子から聞いたんだけどね。これは、とんでもない機械というか発明だよ!」


「そっか・・・俺も体験しようかな。どう思う?」


「うん、まだ全然解らないけど、ライトのダイナモを

回してみたら戻ってきたよ」


「そっか、解った。俺もやってみる・・・」


そう言って貞治はヘルシーバイクをこいでみた。


しばらくこいだが何もかわらない。するといきなりカズノリが200ボルトの線を鉄部に当てた。


その瞬間、例のモーター音が聞こえてきて貞治は消えた。



意識が戻った貞治はヘルシーバイクを物陰に隠し

一目散で走り出した。


足を止めた場所は井の頭公園の外れにある一軒家の前。


そこに洗濯物を干している女性の姿があった。


瞬間、貞治の眼から急に涙が溢れてきた。

視線の先にあったのは若い頃の母親シゲミだった。


シゲミは貞治が中学校に入った年、交通事故で他界していた。


気持ちを静めた貞治は、母親の方に向かって歩き出した。


「あのう~~すいませんが、この辺で村瀬さんのお宅、知りませんか?」


「村瀬ならうちですけど?」


懐かしい母の声。また涙が出そうになったのを

必死にこらえた。


「ご主人は何時頃お帰りになりますか?」


「だいたい6時半頃には帰りますけど・・・。

どちら様ですか?」


「はい、御主人のケンエイさんの知人で、久慈カズノリと申します。じゃあ、6時15分頃、駅で待ってれば会えますね?」咄嗟に名前を偽った。


「はい、その頃には・・」


「じゃあ、そうさせてもらいます」


シゲミは主人の知人にしては珍しく年配だと感じた。

と同時に不思議な親近感も感じていた。


貞治は父の帰宅まで時間があるので、いったん元の

世界に戻った。


工場に戻った貞治はいかに父親に自分を認めさせようか考えた。


父のケンエイは中学校の教師で堅物な性格。


「なあ、カズノリ。俺、今日の夕方6時頃、母親の件で父親に会おうと思うんだ。知ってると思うけど母親は

13年後事故死した。それを父親に知らせたいと思う。だけど、どうやれば信用するか考えてるんだけど・・・」


貞治は珍しく真剣にカズノリに相談した。


「貞治、気持ちは解るけど、それって歴史を変える

ことにならないの?」


「うん、少なくとも我が家の歴史と、その取り巻きは

一変するだろうな」


「もしかしたら貞治だって、この会社立ちあげるか

どうかも解らないし?」


「それは云えるけど・・・母親が生きていてくれるならこんな会社無くたって構わないよ・・・」


「お母さんの死まで、まだ13年あるよね。この装置を上手く操作出来るようになったら、お母さんが亡くなる1日前でも事故は回避できるって事だよね」


「つまり何が言いたいわけ?」


「この機械を時空設定可能に出来るようにすれば、

事故直前に行って回避出来るよね。

最悪まだ13年あるんだから、そっちを考えない?


もしそれが可能になったら世界は変わる。この村瀬研究所から世界が変わるんだ・・・どう?」


「お前、たまには良いこと言うな」


結局その日は父親に会わずに終わった。



 二人は翌日から装置の開発に没頭し、完成までに

10年の月日が流れ、そしてついに実行の時を迎えた。


「貞治、10年前にも言ったけど、歴史が変わるかも

知れないよ。心して頑張ってほしい・・・じゃあな」


貞治は手を振って微笑んだ。


次の瞬間、事故の当日にタイムスリップした。

事故直前だった。井の頭街道に貞治は立っていた。

事故の予定時刻10分前、貞治は母親に声を掛けた。


「お母さん、僕は未来から来ました。もうすぐここに

ダンプカーが飛び込んできます。危ないのでこのまま

帰宅しませんか?」


「誰ですか?貴男は何を云ってるの?全くお話しに

なりません。失礼します」


貞治はこう来るだろうと読んでいた。


「私は未来から来た貴女の息子、貞治です。

父はケンエイ、中学校の先生。


3人暮らし。貴女の父はミノル、母はアケミ。

貴女のすぐ上の優しいお姉さんは結核で早くに

他界しました」


母親は貞治の言葉を遮った。


「それがどうかなさいました?そんなこと私の

履歴を見れば簡単に解ること。いったい何が

目的ですか?」ムッとした声だった。


これも想定内・・と貞治は思った。


「じゃあ、最期にします。僕が来た世界では、

貴女の死後、タンスの中から一遍の詩が出て

来ました。花という詩です。


貴女の故郷、小樽の海岸に咲くハマナスをテーマにした詩です。高校時代に書いたお気に入りの詩のようです。


詩のおわりには美鈴と書いてありました。

父に聞いたら貴女のペンネームだと聞かされました」


母親は貞治の言葉を止めた。


目には涙が滲んでいた。


「解りました。お前は本当に貞治なのかい??

今、年はいくつになるの?」


貞治は涙ぐんで「56歳だよ・・・」


「良い人生を歩んでいるのかい?」


「うん・・おかげさまで・・・」


「家族は?」


「妻と2男1女の子供の5人家族。孫は2人で

もうすぐ1人増えるんだ」


「そうかい、幸せなのかい?」


「うん・・・」話しながら子供に戻っている自分がいた。


「それは良かった。未来のお父さんは元気なのかい?」

母親も大粒の涙をためながら言った。


「うん、元気だよ。今だ、ひとり身なんだ。

母さん以上の人出てこないみたいだよ・・・」


「お前がここに来るということは、何にも聞かされてないということなのね・・・」


「??えっ、なにが??意味が解らないけど?」


「私はもうこの世から去る運命なの。たとえお前が

その事故から私を救ったとしても、私の寿命が

尽きる時がもう目の前まできてるのよ。


そう、私は末期の癌で医者のいう余命を過ぎて

しまってるの。未来では癌の特効薬はあるのかい?」


「・・・・まだ」


「いっとき延命しても結果は大きく変わらないのね。

そうかい、父さんから聞かされてなかったのかい・・・


父さんを宜しくね。今日はありがとう。


最後の最後に、お前の成長した姿をこの目で拝めたんだから、母さんはそれだけで幸せ。ありがとうね貞治。


歴史を変えたら駄目。世界はこれでも上手く廻ってるの」


数分後、救急車の音が吉祥寺の町に響いていた。



貞治はその後、塞ぎ込む事が多くなった。


「社長、元気出していきましょうよ」


「なぁ、カズノリこの装置解体しようかと思うんだけど」


「えっ、長年の労力をフイにするの・・・?どうして?」


「母さんの『歴史を変えたら駄目よ、これでも世界は上手く廻ってるのよ』っていう言葉の意味が気になるんだ」


「僕も最近、考えてたことあるんだ。神は人間に必要なものは全て与えてるってね。時間もそのひとつかと思う。


だから、必要以上のものは逆に害になるかもって?

原子力のようなものは害になるかも知れないってね」


「カズノリ、お前は何十年に1回良いこと云うな。

この装置を設計図ごと破棄しようや・・・

長年手伝ってもらったのにごめんなカズ・・・」


「うん好い経験させてもらったし・・・破棄賛成」


大発明タイムマシンは日の目を見ないまま破棄された。


だがその後、二人は未来への移動装置を考えていた。


懲りもせず・・・




渡辺敏郎は4編の短編小説を一気に書き上げた。

そこへもうひとりの僕が突然やってきた。


「やぁ!小説、書けたかい?」


「あっビックリした!本当に来たんだね?」


「冗談だと思ったのかい?」


「そんなことはないけど・・・最初はパラレルを意識して書いたけど、途中でどれがパラレルなのか解らなくなってしまったよ」


「君から出た君の物語は全部、僕達のパラレル・セルフだよ。僕達の中に無いものは創造できない。だから書けない」


「そういうものなの?」


「そういうもの!但し、デタラメは別」


「パラレルの仕組み、簡単に教えてくれる?」


「前にも言ったけど、パラレルは平行。ワールドは世界or宇宙。セルフは自分。つまり同時進行する別宇宙の中の地球や自分。


もっと簡単に言うと、無数の隣り合わせの世界の自分。


自分は宇宙なんだ。その宇宙の中には無数の世界が存在し、そのどれにも自分がいる。似てはいるが確実に別物なんだ。同じ自分は万に一つも存在しない。


だから、今のこの自分が一番大事な存在なんだよ」


「その数は?」


「無限」


「じゃあ、ここにいる君もその地球から来たのかい?」


「そういうこと」


「じゃあ絵描きの僕も居るのかなあ?」


「当然、存在する」


「なんで解るの?」


「君が思うことは偶然だと思うかい」


「言ってる意味が解らないけど?」


「頭にあるものは、形になるんだ。君は、警察官の自分を思い浮かべたことある?」


「警察官は無いけど」


「僕らのパラレルに警察官はたぶん存在しないからね、

だから想像すらしないと思うよ。

なんで君や僕が小説を書くか・・・という事なんだけど、

創造の訓練でもあるのさ」


「創造の訓練?・・・つまりどういう事?」


「僕達はトータルした制限の中で活動しているのさ。

社会・地域・家庭・そして自分。それらには勝手なルールと言うか取り決めがあって自然に従ってるのさ。


身体だってだんだん老いていくだろう?本来は好きなだけ生きてかまわないんだ。近年では寿命は80歳以上とされてるよね?でもひと昔前は寿命50年とも云われていたんだ。どこが違うと思う?」


「医療の進歩や食生活?」


「それも一理ある、でも字のごとく一理ね。集団意識の違いなのさ。皆が寿命意識を80歳以上に引揚げたからその位は生きるという意識が当前働くんだ。もしそれが120歳だとしたらその位までは生きられるよ。

この肉体もその意識に従うからね。


極端な話し、ある集団がこの人間社会から完璧に離れ何処かの山の中かジャングルで生活すると仮定する。


現代の人間の作ったルールなんて全く関係なく生活するんだ。当然、寿命という言葉も無い。そうすると病気や死の概念も変わる。結果、年齢は300歳・・・だってありえるんだ。


これは近年、紹介されたんだけど、ヒマラヤに住むある

修行僧集団がいるんだ。裸で雪の中に寝る場面が紹介されたんだ。


たぶん、どんな医者に聞いても首を傾げると思うよ。

そんなの不可能とね。一笑されておしまい。


でも彼ら修行僧は知ってるんだ。雪の中でも裸で暮すことは可能なんだってことをね。


出来るという肯定した意識が働くから本当に出来ちゃう。我々現代人は制限に縛られてるのさ、無意識に。

それが今、変わろうとしてる。地球ごとそっくりね。


またひとつのパラレル・ワールドが作られるよ。

話し戻すけど、君の書く小説はSFファンタジーが多くないかい?」


「ああ、よく解るね。そう言われたらそうなんだ・・・」


「僕もそうだからね」


「なんで・・・?」


「創造の訓練をしてるんだ。固定観念に縛られない自由な発想を。まっ、そういう事だからこれからも創造し続けなよ。

書くということは創造が形になる前の第一歩だからね。

僕達はいや、人類は絶えず創造し続けるんだ、永遠に永遠に」


そう言い終え、もうひとりの敏郎は消えた。






6「ショップTG(シゲミ編)」


 観光の町小樽に中高校生相手の小物店があった。


店の名はスピリチュアルショップ・TG。ここはメイン通りから少し奥に入った、間口3.6mの小さなショップ。

知る人ぞ知るスピリチュアル小物専門店。


スピリチュアルに関する物なら一通り扱っていた。

水晶・占い各種カード・仏像・ロザリオ・本・お香など、手ごろな価格が学生には買いやすく、店はそれなりに

繁盛していた。


「いらっしゃいませ。ご自由に見て下さい」今日も修学旅行で小樽に来た女子学生がやってきた。


「あの~う、こちらでお客の相性にあった水晶を選んでもらえると聞いて来たんですけど・・・」


「はい、あなたですか?」


「いえ、彼なんですけど・・・」


「結構ですよ。彼の写真持ってたら見せてもらえますか?」


「どうぞ・・・彼です」


「ハイ、解りました」


店主のテ~ジはその写真に手をかざし眼をとじた。

次の瞬間、数ある水晶の中から、ひとつの水晶を選び

「これですね・・・」と言いながら手にとり、

そっと女の子に渡した。


「これが彼のエナジーとあなたのエナジーの調和を司る水晶ですね。あなたも購入されると良い効果が生まれるかもしれません」


「じゃあ、私のも選んで下さい」


「はい、ありがとうございます。ひとつ1500円ですけどふたつだと2500円になります」


そばで見ていた女の子も「あの~私もお願いします」

その子も携帯の写真を見せた。


ひととおり客が帰った。


昨日から店で働くことになったパート従業員のシゲミが「テ~ジ店長さん、凄いですね・・・私、そんな能力全然ありません」


「僕もそんな能力ないよ・・・」笑顔で答えた。


「えっ??でもさっき・・・??」


「あっ、あれね。あれデタラメ・・・」


シゲミは我が耳を疑った。


「嘘なんですか?」


「嘘じゃないよ、デタラメだよ」


「??どう違うんですか?」


「嘘は故意的につくもの。デタラメは、かも知れないということ。もしかしたら当たってるかも知れないでしょが?鰯の頭も信心からって言うでしょう?

当のお客も半信半疑だからいいの。今までクレームも

無いし・・・」


瞬間、シゲミは就職先を間違ったと後悔した。


その日の夕方、同じように水晶を求める女子学生の団体が来た。


シゲミが応対していた。


「すみません」と云いながらスマホの写真を見せた。


シゲミは躊躇せずに手のひらを水晶にかざし眼を閉じた。とっても順応しやすい性格である。


テ~ジはしっかりとその様子を見ていた。


今日も店が開いた。


「いらっしゃいませ~~あなたに合った石探しませんか?当店がお手伝いさせてもらいますよ~~」


テ~ジが指示していないのに勝手に呼び込みをやってるシゲミがいた。この娘に天性の素質を感じた。

久々のヒット!・・・と思った。


「オネエさん、すいません」


「はい、なんですか?」


「あの~、手相占いの好い本ありませんか?」


「この辺の本が初心者にお勧めですよ・・・」


「じゃあ、これ下さい」


客が帰った後テ~ジが聞いた。


「手相占い、詳しいのかい?」


「いいえ、知りません」


「だって、さっき客に・・・」


「あっ、あれはデ・タ・ラ・メ・・・です」


テ~ジはまたまたシゲミに天性の才能を感じた。


ある時、店に手紙が届いた。


「先日、水晶をふたつ購入した学生ですが、おかげさまで彼との間が深まりました。水晶の効果に驚いています。ありがとうございました」


テ~ジはシゲミに手紙を渡し「デタラメとはこういう事を云うんだよ・・」訳の解らない理屈を力説した。


「お姉さん、私のお母さんが体調を崩して入院してるんです。お守りにどれか効く石ありませんか?」


「ありますよ」


なにも考えずシゲミは即答した。


「このムラサキ水晶なんか病気が癒えそうですよ・・・」


「じゃぁ、これ下さい」


「はい、2000円です」


客が帰ってから頃合いを計りテ~ジは「大事なこと云うの忘れてたけど、身体に関することはコメントしないでね。当事者にとっては大事なことなんだ。責任が負えないコメントはくれぐれも避けてね・・・」


「は~~い」シゲミは案外軽かった。


それからひと月後、店に一通の手紙が届いた。


「ひと月程前、母の病気が癒えるようにと紫水晶を購入した女子学生です。あの石を選んでいただいた綺麗なお姉さん、ありがとうございました。


お姉さんに選んでいただいた石を母親に渡してから体調が日に日に良くなり、先日無事退院できました。後から聞かされたんですけど、母親は癌だったようです。

母親の回復を医者も不思議だと云ってたそうです。


それだけではありません。昨日、私が学校行くのに家を出て直後、急に紫水晶が気になったので家に戻り母親から石を借りて家を出たんです。


いつも乗るバスに間に合わず、ひとバス遅れて乗りました。そして次のバス停の前で悲惨な光景を目撃しました。私が乗る予定だったバスがダンプカーと激突し横転してたんです。


あのバスに乗ってたら災難に遭っていたと思います。

私が無事だったのは、この紫水晶のおかげだと思って

おります。


この石を勧めてくれたお姉さんに感謝します。 

スピリチュアルショップ・TG 素敵なお姉様へ  

山口ミオ」


それを読んだシゲミは「あっそう」と、そのまま手紙を丸めてゴミ箱に棄ててしまった。シゲミにはどうでもいいことだった。


それを物陰から見ていたテ~ジは思った「この女ただ者でない・・・」


「今日から世の中4連休。忙しくなるから頼むね・・・シゲミちゃん」


シゲミは4連休か・・・ちぇっ、めんどくせ~~と心で思っていた。


「いらっしゃいませ~~。

あなたの意識を波動チューニングしませんか~?」


テ~ジは思った「この娘は、どこでそんな言葉を覚えてきたんだ?」


この仕事が天職のようだ。


久々のホームランか?盆と正月が一度にきたようだと

思った。


3人の女子高生が入ってきた。


シゲミが「いらっしゃいませ」


3人は店内を見渡していた。


1人が「このタロットって本当に当たるの~~?」


シゲミが答えた「当たりますよ、タロットの歴史は古いですから。今でも存在するっていうことは、当たるからだと思いませんか?」


見本用のタロットを手にしたシゲミは「1回やってみます?」


「えっ、いいですか?」


タロット用のフェールトを取り出しテーブルに広げた。


「で、なにを占いたいの?」


「私は大学受験と看護師と進路を迷ってます。私に向いてるのはどちらかタロットで解りますか?」


側で聞いていたテ~ジは「シゲミでもタロットは無理だろう」と思った。


「解りますよ」カードをシャッフルし作業に入った。


一枚のカードを取り出し「はい、このカードがあなたの未来を暗示してるの。よくみるのよ。いくよ・・・」


シゲミは、これ見よがしにカードを開いた。


「はい、結論から言うと看護師ね。あなたは勉強はあまり好きでない。あなたの持って生まれた武器はズバリ!母性愛ね。看護師は天職かも。考えた事無い?」


「あります、あります」


「ありますは1回でいいの」


みんな爆笑すると同時に驚いていた。


残り二人も占ってもらった。


「いいかい、タロットは誰でも出来るの。カードに大まかな意味があるから、まずそれを覚えること。

それを元にインスピレーションを働かせるの。


世の中には偶然がないの。どんな占いにも偶然は無い。ただし、同じ内容で何回も引かないこと。たとえそれが意に反するカードでもね。


どうしても再び占いしたい場合は期間をおいて半年後にすること。


未来はたえず変化するの。決まった未来は無いからよ。


あなた達にも簡単にできるわ・・・どう、買わない?たったの3500円。3セットまとめたら300円引きの3200円でどう?あのハゲ店長に内緒よ」


3人は口を揃えて「頂きます」


「ありがとうございました~!」


3人が帰った後テ~ジがやって来た。


「シゲミちゃん、タロット出来るの?」


「出来ない」


「??えっ・・・だって今の彼女たちに???」


「あれ全部デタラメです。わたし一度だけ、姉が持ってたタロットの本読んだことあって、たまたまそのカードの内容を覚えてたの。


でも、3人目の髪の長い娘のカードは解らないから直感です。テ~ジさんも占いましょうか?」


「いや、僕はけっこうです・・・」


テ~ジは、この女・・・完全に俺を上回ってると思った。



 ある時、店に少し派手目の女性が入ってきた。


シゲミは「いらっしゃいま・・・なにしに来た!」急に言葉を荒げた。


「あんた、お客にその態度はどういうことよ?」


「ひやかしはお断りしま~~す」


「バッカじゃないの?・・小樽の客は観光客が多いの。

観光客の多くは冷やかし。小樽の店員ならよく覚えておきな・・・」


「ふん、なに偉そうに・・・なにがひやかしよ。

ひやかしみたいな顔してさ・・・バ~~カ!」


「ひやかしみたいな顔ってどんな顔よ?」


「そんな顔よ・・・バッカじゃねぇの?」


それを聞きつけたテ~ジがやってきた。


「どうもすみません???プッ・・・」客の顔を見た

瞬間吹き出した。


同じ顔の二人のシゲミが言い合いしていたからだった。


客のシゲミが言った「お宅が店主のテ~ジさん?

いつもこのお馬鹿な妹がお世話になっております。

双子の姉のアヤミです。どうも・・・」


「お姉さんですか?シゲミさんにはお世話になってます。私が店主のテージです。初めまして・・・」


「あなたがデタラメに石を売ってらっしゃるテ~ジさんですか・・・?」


テ~ジはシゲミの顔を睨んだ。


シゲミが「で、今日はなに?」


「用事でそこまで来たからチョット寄ってみたの」


「買わないなら、商売の邪魔だから帰ってくれますか・・・?」


「なによ、水晶でも買おうかなって思ってるのにその態度は。テ~ジさん、私に合った石ありますか?」


「勘弁して下さいよ・・・」テ~ジが頭をかきながら

言った。


それを見ていたシゲミが「お客様、私が選んであげましょうか?」


「あなたに解るの?」


「商売ですから・・・」


無作為に石を選び「これなんてピッタリですよ、失恋の痛みを忘れさせてくれますよ・・・」


「な~に~!てめ~~シゲミ・・・こら!」


アヤミは最近、彼に振られたばかりだった。


「まあまあ冷静に・・二人とも。喧嘩は家に帰ってからご自由に」


「この店、気分悪いから帰る・・・」アヤミはそう言い残して店を出た。


「テ~ジさん、塩蒔いて!塩!」


「シゲミちゃん、折角様子を見に来てくれたんだからさ・・・」


「すいませんでした・・・」


お客が入ってきた。


「いらっしゃいませ~~」満面の笑みを浮かばせた

シゲミだった。


女は怖い・・・テ~ジは思った。


仕事を終え、シゲミは自宅に帰った「ただいま~~!」


アヤミが近寄ってきた。


「お帰り!楽しかったねぇ!あの店主の顔見た・・?」


「見た見た。あのビックリした顔。面白かった~最高!」


母親の京子が近寄ってきた「あんた達、またやったのね!・・・で、どうだったの?母さんにも教えてちょうだ~~い」


「ガ・ハ・ハ・ハ・」3人の笑い声が家中に響いた。   


「おはようございます」シゲミは出社した。


「おはようシゲミちゃん。昨日帰ってからまたお姉ちゃんと喧嘩したのかい?」


「いえ、普通ですけど・・・」


「あっそう・・・」昨日のあれはなに?と思った。


「いらっしゃいませ~~」


今日もショップTGの1日が始まった。



 「店長、水晶の在庫少なくなって来ましたよ」


シゲミが入社してから水晶とタロットカードは以前の

3倍売れていた。今では、そのふたつを目当てに客が増えた。中には小樽に来られない友達の分まで購入する客も多くいた。


小樽のショップTGの水晶とタロットが中高生女子の

間で人気があった。


特にシゲミという店員が触れた水晶はご利益があると

噂された。



「ごめんください」


「いらっしゃいませ」


テ~ジが接客した。


「 私、ショッピング北海道編集記者の小黒タカコと

申します。実はこちらの店員さんの触れた水晶になにか不思議なパワーが秘められていると聞いて取材に来ました。どなたか責任者の方にお話しを聞きたいのですが?」


「僕が店主でオーナーの村井と申します。そんな話し聞いたことありませんけど?」マズイのが来たと思った。


「えっ?今、若い子の間では有名ですよ。小樽のパワースポット・・・と言ってる人もいるんですよ」


「いや~僕は初めて聞きましたけど?・・・」


「こちらにシゲミさんという従業おられて・・・?」


「はい、彼女ですけど」テ~ジはシゲミを指さした。


「オーナーさん、彼女にお話ししてもよろしいですか?」


「彼女に聞かないと解りませんし、店内は狭いので他の

お客さんに迷惑かと・・・」


「じゃあスタッフは表で待ってます。私が彼女に取材の許可を取ってもかまいませんか?」


「・・・あっ、それでしたらどうぞ」断る理由が無くなった。


心の中では「シゲミ、拒否しろ~~」と念じていた。


「あのう、シゲミさん。取材の件でお時間、宜しいでしょうか?店長さんの許可はもらってますけど・・・」


「店長はなんて?」


「シゲミさんが許可したら、かまわないと言われました」


「そうですか。じゃあ、手短にどうぞ・・・」


「では、表で店をバックに写真を一枚撮って、それから簡単なインタビューお願いします」


「あいつインタビュー受けやがった・・変なこと言うなよ!」テ~ジは頭の中で祈った。


「では質問しますから答えて下さい」


「どうぞ」


「この店は中高生の間で有名になってることはご存じですか?」


「いいえ、知りません」


「小樽のスピリチュアルショップ・TGのシゲミさんは、

お客様の顔とバイブレーションを視てその客に相応しい水晶や小物を選んでくれるって。

そして選んでくれた水晶に特別のパワーがあるとう評判

ですけど・・・それについてどう思われますか?」


「そうですか、そんな噂が立ってるんですか・・・知りませんでした。私がやってることは宝石や服をお奨めするのと同じですけど。あなたは宝石や服を買いに行きますか?」


「ハイ行きますけど・・・?」


「似たような指輪があった時、どれにしようかと悩んでいるところに、それを察知した店員さんが来て『こちらの方がお似合いですよ」って話しかけてきたら?


私のやってることは、ただそれだけのことです。

あとは、買った人が勝手に解釈してるだけだと思います。


そんな効果のある石があったら私が買います。

そして高く売りつけますよ。そんな中高生の噂で小樽

までわざわざ取材しにご苦労さまでした。以上」


シゲミは何事もなかったように店に入っていった。


小黒タカコが視線を落として言った。


「今日は取材になりませんね、撤収しましょう。

彼女の云うとおりよね。噂に惑わされるとこだった。

まったく・・・撤収、撤収」


難を逃れたテ~ジは、シゲミは本当に素晴らしいと思った。敵に回したら怖いタイプとは彼女のこと・・・


石の売り場ではシゲミが「オネェちゃん、この石の効果知ってる?普通の水晶と少し違うのよ・・・

私が選んであげる。今も札幌の雑誌社が噂を聞きつけ、取材に来たとこなのよ」


シゲミの神経は図太かった。





10「私はアヤミだけどなにか?」


 「いらっしゃいませ~~」ショップの1日はシゲミの一声から始まった。


「テ~ジ店長、最近石もカードも売上悪いですね。

同時に客も少ないと思いませんか?なんか客引きの

新商品考えましょうよ」


「うん、解るんだけどね~~シゲミちゃんなんか考えてくんない?・・・そうだ、考えてくれたらその商品の

利益の10%を謝礼として給与に加算するよ、どう?」


そう言われたシゲミは、俄然やる気に火が付いた。


「いらっしゃいませ~~」


女子高生が入ってきた。


「あっ、シゲミさんですよね」


「はい、シゲミですが・・・」


「私に合う水晶を選んでもらえますか?」


「はい、承知しました」


シゲミはいつものように無作為に石を選んで渡した。


「えっ、もっと小さいの無いでしょうか?


出来ればストラップの様なのが希望なんですけど・・・」


「当店には無いのね、ごめんね・・・」


結局、客はなにも買わずに帰っていった。


それからのシゲミは店の空いた時間や帰宅後も真剣に

なにか書いていた。


数日後、テ~ジにノートを無造作に渡した。


「どうしたの、これ?」新商品原案と書いてあった。


テ~ジはノートを開き真剣に見つめた。


<シゲミ手作り水晶アクセサリー>


シゲミの水晶ストラップ・水晶ヘアーゴム・水晶バレッタ・水晶リング・ペンダント・ブレスレット・etc


「これ面白いね、でも発注は?製造は?」


「アヤミ姉ちゃんなら出来ると思います。以前、全国を旅しながら路上で売ってたことあるみたい」


「よく路上で商売してる、あの手作りアクセサリー?」


「そう、あれです」


「以前ここでシゲミちゃんと大げんかした?・・あの・・・アヤミさん?」


「そう、あの・・アヤミ姉ちゃん・・あっ、でもそれはもう大丈夫です」


「そう、よかった・・」


それから数日して各2個づつサンプルが出来てきた。


「テ~ジ店長、見て下さい」


テ~ジは鋭い目で一つ一つ丁寧に眺めた。


「凄いよ、これは思ってた以上の出来だよ!

で、仕入れ原価はどの位になるの?」


「高くても2300円です。ストラップだと800円」


「じゃあ、1,5倍ぐらいで店に置いてみようか?」



 早速、特設コーナーを設置し商品を並べた。


結果、その日の夕方には全20品すべて完売した。


テ~ジは気よくし「シゲミちゃん、早速お姉ちゃんと契約したいので、すぐにでも店に来てもらえないかなぁ?」


「はい、言っておきます」


早速、アヤミが店にやってきた。


テ~ジは不思議な感覚だった。どこが違うんだ?・・・この二人は?


商談はすぐ成立した。


店を、見渡していたアヤミは畳一枚ほどの空きスペースを指して呟いた。


「シゲミ、ここで週2回、実演させてもらえない?

あんたが休みの時でいいからさ。どう?」


テ~ジは了承した。


シゲミの休みの時アヤミが公開作業することになった。


だが、ただの公開作業ではなく、見学に来た中高生相手に「貴女にあったアクセサリーを作りませんか?」

という触れ込みで作成するというもの。



初日から客がきた「じゃあ、この石でネックレスお願いします」


「この石、持ってみて!」アヤミはもっともらしく石を手のひらで転がした。


「う~~~ん?これ駄目ね。こっちの石持ってみて~~。うん、これピッタリよ!これどう・・・?」


「じゃあ、お任せします・・・」


「じゃっ、これでね。で、デザインはどれにする?デザインに相性はないから、お好みのをどうぞ・・・」


「これでお願いします」


「はい・・30分位待ってね、急いで作るから店内見ててね!」こんな具合にオーダーに答えていた。


近くで見ていたテ~ジがアヤミに聞いた。


「もしかしてアヤミちゃんも石と客の相性解るの?」


「やだ~~店長・・・私も解りませんよ。シゲミがそういう言い方すると中高生は喜ぶよって。まっ、リップサービスです・・・」


テ~ジは思った。この姉妹は恐るべし・・店の方向性が変わってきたぞ。


アヤミが来てから3ヶ月が過ぎた。


「シゲミちゃん家族って凄いね」


「なにがですか?」


「だって、まずシゲミちゃんが来て売上が上がって、

アヤミちゃんへのオーダーも多くて店は大繁盛だよ・・・助かるよ・・・」


「良かったですね、店長」


「どうだろう、今晩アヤミちゃん誘って閉店後に食事行かない?好きな物ご馳走するよ。どう?」


アヤミと連絡を取ったシゲミはテ~ジにOKサインを出した。


3人は繁華街にやってきた。


「いや~あ、3人での食事初めてだね。なに食べる?」


二人は口を揃えて「寿司!」


その頃、母京子は「あの子達、まさか『寿司』って言わないでしょうね?」京子に悪寒が走った。


「へい、らっしゃい!どうぞ!」


小樽でも老舗のみどり寿司。


「まずは、乾杯!好きな物、食べていいからね」


シゲミとアヤミは顔を合わせてニヤッとした。


シゲミが「とりあえず、ウニとイクラとトロとアワビ

6人前」


テ~ジは一瞬ドキッとしたが「どうぞ、どうぞ・・・」


アヤミが「私も同じのでいいで~~す」


同じのでいい?ってことは・・・もしかして、僕の分は入ってないって事?


シゲミが「店長は食べないの?」


「いっ・・・いや・・僕は青肌が好きだから・・・」


「やだ~~うちのお母さんと一緒・・・」


テ~ジには彼女らの母親の気持ちが痛いほど解った。


「店長、このあとカラオケ行きませんか?」


「いいね、いいね、カラオケならいいね!」


「私達、ザ・ピーナッツ歌います」


さすが双子!いい選曲だ。でも、二人は異常に音痴だった。 マイクは二人が占領し、結局テ~ジにマイクは一度も廻ってこなかった。


「もう、帰ろうかね?」


アヤミが言った「店長ったら、まだ1時ですよ。こんなに早く帰ったら、神様のバチがあたりますよ~~」


テ~ジはもうバチは当たってると思った。


翌朝、母親がシゲミを起こしにきた。


「今日はシゲミの出番でしょが・・・早く支度しなさい」


起きてきたシゲミに母は言った「昨日は遅かったの?」


「1時半頃だよ~~、おぇっ・おえっ・・・」


「なんだい二日酔いかい?」


「チョッチね~~」


「ところでお前達、寿司屋は行かなかっただろうね?」


「寿司屋だよ。久しぶりに高いの食った食った~」


「あ~~あっ。店長さん、今頃死んでるよ、きっと・・・」


「大丈夫だよ。私達食べ方セーブしたし、店長は青肌とイカやタコばっかりだったから・・・」


台所の影で「店長さん、ごめんなさい」と合掌する母だった。


「店長、おはようございます」


「おはよう」小さな声だった。


「昨日は楽しかったです!ごちそうさまでした。また、ご馳走して下さい」


「・・・・・」テ~ジは無言だった。


「たぶん今度は無いと思うけど」小声で呟いていた。


「あなたに合った水晶、見つけませんか~?オリジナルもお作りしますよ~」シゲミは今日も絶好調。



 「ごめん下さい」


PTA風の女性が入ってきた。見るからにクレームを言いたそうな雰囲気。


「この店の責任者の方おられて・・・?」


「は~~い、店長~!お客様ですよ~~」


「???・・・店長の村井ですが・・・」


「あなたにお聞きしますけど、この石を言葉巧みに理屈の解らない若い子相手に売りつけてるって聞いて抗議に来ました」


「失礼ですけど、どちら様でしょうか?」


「誰でもいいでしょ!」


「そうはいきません。私どもが法に触れる売り方をしたんであれば、まず、その内容をお聞かせ下さい。

お宅様のお名前も・・・」


婦人は店長の言葉を無視して「この石のバイブレーションが合うとか合わないとか、子供達に巧みに嘘をついて、売りつけていいものでしょうか?」


「私どもは売りつけておりません。どれを買うのかは、お客様の自由意思です」


「ここにシゲミっていう店員さんおられます?」


そばで聞いていたシゲミが「はい、私がシゲミと申しますがなにか?」


「あなたね、あなたの販売の仕方に問題があると言ってるの」


「はあ?・・・具体的に云ってもらえますか?」


「今、云ったでしょ!何度も云わせないでよ」


「私は聞いてません。あなたが店長に勝手になにか話したんでしょ?私に言いましたか?」


「わかったわ。あなたの水晶の売り方に問題があるって云ってるんです。」


「なんで?」


「なんでって?こんな水晶の波長が人間の波長となんの関係があるっていうの?」


「はぁ?私にもなんの関係があるか解りませんけど・・・」


出た!シゲミの、いつものおとぼけトークが出た~~!とテ~ジは思った。


「なにを今更、言い逃れをしてるの?・・ったく!子供達がそう言ってますの」


「じゃあ、お聞きします。さっきあなたは理屈の解らない子供に売りつけたような言い方しましたよね?」


「ええ、言ったわ。それがなにか?」


「いいですか、その理屈の解らない子供のいう事を

一方的に真に受け、判断しているあなたはどうなの?」


「どうなのってなによ・・・」


「そう言うのを偏見って言うのよ。ハッキリ言ってその様な、いかがわしい販売は当店ではしておりません。

オープン以来ひとつもその類のクレームを受けたこともありません。

例えば、お正月にみなさん神社に行って商売繁盛のお札や御守り、破魔矢を買われますがあれはどうなのよ?


あんなお札で商売繁盛に繋がると思いますか?御守りで災難から逃れること出来ますか?


あれこそ本当のまやかしじゃあないですか?あの売り

方こそ異常じゃないですか?


あっちは合法でこっちの売り方は違法ですか?

私に解るように教えて下さいませんか?・・・」


明らかに形勢は逆転した。


テ~ジは「シゲミは天才だ!俺、彼女に付いていこう」と思った。


「今日は帰るわよ。必ずシッポ掴むからね・・・」


そのPTAは捨て台詞を吐き帰って行った。


シゲミはいつものように表に出て


「いらっしゃいませ~~!あなたに合う水晶どうですか~~?お手伝いしますよ~~」


テ~ジの心は完全にシゲミ依存症になっていた。


数日後、アヤミの出番の日、あのPTA風の女性がまたやってきた。今度は他に3人の助っ人が加わっている。


「先日はどうも、この方達は同じ会の同士です」


「はあ?誰?・・・」


アヤミはシゲミからはなんの説明も受けていなかった。


「どちら様ですか?」


「あなた、人を馬鹿にするのもいい加減におし!」


「はあ???あなた誰???そしてなに?」


「奥様達この方よ。インチキ石を高値で売りつけてる

店員は」


一緒に来た助っ人が「まぁ!ふてぶてしい面構えだこと」


即、アヤミはぶち切れた。


「オバサン方、誰に物言ってるの?」


「あなたよ、他に誰かおられて?貴女も面白いこというのね・・・ほっほっほ」


「喧嘩ならいくらでも受けて立つけど、その前に聞かせな。あんた達は誰で、なんで私に喧嘩売るの?

まずそこからハッキリさせな・・・」


「なに偉そうに・・この前の威勢はどうしたのよ?」


「チョット待ちな」


アヤミは携帯でシゲミから話を聞いた。なるほどね・・・勘違いか・・・


「オバハン方、ちょっと待ってな、もう少しで面白いもの見せてあげる」


15分後、スクーターに乗ったシゲミが現われた。


「お待ちどうさん」


シゲミを見た4人は言葉を失った。


シゲミが「なんだ、またあんたなの?今度はなに・・・?」


アヤミが割って入った。


「チョット待てや・・・その前に私に謝れ・・・

おい、そこの二人!それが礼儀だろうが?いきなり人を捕まえて、『なに偉そうに・・この前の威勢はどうしたのよ』って言ったね・・・えっ!常識を語りたいなら、最低限の常識を守りな、そこの二人・・・」


二人は小声で「ごめんなさい・・・」


「声が小さい!聞こえない」


「ごめんなさい」


「はい。シゲミ、バトンタッチ」


「今度はわたしね。今日はどうしたって?」


アヤミに出鼻を挫かれた4人だった。


「もういい、今日は帰る・・・」


シゲミが「どうしたの?言いたいことあってここに来たんじゃないの?」


「だから、もういいって言ってるの」


「良くないよ。ここに来たって事はだよ、自分達は間違ってないって思うから来たんでしょ?だったら言いなよ。私、聞くから・・・」


アヤミは思った。シゲミのこのパターンは超しつこいよ・・・フフッ


シゲミが「私が言おうか?中高生相手にくだらん石を売ってからに、少し懲らしめてやろうか・・てか?

4人もいたらびびるだろう・・・ってね」


「いや、そこまでは言ってませんけど・・・」


「だったら、なにが言いたいの?・・・えっ!」


「だからもうよろしいの・・・」


「いい、もう一度言うよ、私は石を売りつけてません。向こうが自分の意思で店に来て買っていくの。前にも言ったように買う側の問題なの。こちらからは何も云ってないの。


神社でも安産のお札なんかは、このお札は安産に効きますなんて神主さん絶対言わないの・・・そんなこと言っちゃいけないのよ。

買う側の問題だから。解ったら商売の邪魔になるからお引き取り下さい」


側で聞いていたアヤミは、あいつ、いつも言ってるくせに・・・よく言うよ・・たく。


4人は返り討ちにあい無惨に退散した。


その後テ~ジが店に帰ってきた。


「あら、シゲミちゃん休みなのにどうかしたの?」


「店長の顔が見たくてきました。なんか店長のその間の抜けた顔、毎日見ないと不安なんで~~す」


「いやぁそんなぁ~~」


アヤミが「店長なに照れてるの?からかわれてるの解らないの?・・・」


「シゲミちゃん本当に僕のことからかってるの?」


シゲミは「いえ、からかってませ~~ん」


テ~ジはアヤミの方を振り返って「ほらっ・・・」


「シゲミいいかげんにしな・・・」


シゲミが「そんなことないですよ、店長また寿司食べに行きましょう。私と・・・ふ・た・り・で・・!」


瞬間、テ~ジはみどり寿司を思い出し顔が青くなった。


「さっ仕事だ仕事、アヤミちゃん仕事しよう。あなたに合った水晶見つけませんか~~水晶で作るオリジナル

アクセサリーもお作りしますよ~~」


騒動を何も知らないテ~ジだった。



「ごめんください」


「はい、いらっしゃいませ」


「私、札幌の消費者保護の部屋の久慈和子と申します。

こちらの店の代表の方おられますか?」


「ハイ、僕ですがなにか?」


「こちらの商品の売り方でお聞きしたいことがありまして訪問させていただきました」


「どういう事ですか?」


「こちらで水晶石の販売をなさってますね」


「はい」


「その売り方についてお聞きしたいのですが?」


「はい、どうぞ」


「こちらでは水晶に何かしらのパワーまたは御利益があると言って販売なさっているとか聞きましたが事実なんでしょうか?」


「い~えその様な売り方はしておりませんが」


「そうですか?私どもに苦情が寄せられておりますけど」


「もし苦情であれば直接その水晶をお持ち下さい。事実関係を調べた上で私が責任を持って返品させていただきますけど」


「こちらにシゲミさんという店員さんおられますか?」


「はい、あの娘ですけど」


「シゲミさんお仕事中すみませんが・・・」


「はい、なにか?」


「今店長さんにお話ししたんですけど」


「あなたの販売の仕方に・・・」


最後まで聞かないうちにシゲミが「あの~~う、今仕事中なんですが行政指導か何かですか?消費者保護の部屋って公設ですか私設ですか?」


「私設ですけど何か?」


「名刺はあります?」


「いいえ、必要ありません」


「じゃああなたを証明するもの何かあります?」


「いいえ、私が言ってることはそうじゃありませんの」


「ちょっと待ってね『そうじゃありません』って、

そのそうはなにを意味してるの?」


「いえ、その」


「公でもない、名刺も無いって私はいったい何処の誰と話してるのかしら。ただのいちゃもんなら業務妨害で

警察呼ぶよ・・・どうなのよ?」


「話しても無駄ね・・」捨て台詞を吐いて帰って行った。


シゲミの3連勝目であった。


「シゲミちゃんまたうるさいのが来たら頼むね。僕シゲミちゃんの言い方聞いたらホッとするんだ・・・」


シゲミは店長の顔を見て「おめえがしっかりしろっ!」


「はいっ!」


瞬間二人は大声で笑った。



 それから数ヶ月なにもなく経過した。非番のアヤミが突然店を訪れた。


「シゲミうちの店の丁度裏手にスピリチュアルショップがオープンするらしいよ」


店長が「えっ、今改装中の店はスピリチュアルショップなの?シゲミちゃんどう思う?」


「結構なことじゃないですか」


「小樽の観光客は半数がひやかしなんだし、向こうに来る客はこっちにも顔出しますよ。どうせならスピリチュアルエリアに知名度が上がれば楽しいのに」


テ~ジはシゲミのこういうポジテブな発想を尊敬していた。


そんな時「あの~~すいません」


テ~ジが「はい、なんでしょうか」


「この度、裏にオープンするスピリチュアルショップの大広と申します。開店の挨拶に伺いました。どうぞ宜しくお願いいたします」


上品そうな女性だった。


「それはご丁寧にどうも・・・初めまして。僕が店主の村井です。頑張って下さい。解らないことあったらいつでも気兼ねなく聞いて下さい」


「助かります、宜しくお願いいたします」


帰ったあとを潤んだ目線で追うテ~ジがいた。


「店長・・・!」


「なに?」


「目が星になってんぞ」シゲミが言った。


「そんなことないサ~~」


「あんたは沖縄人か?」






8「アカシックマスター貞司」


 僕は貞司、スナックを経営してます。元ホストでした。常連さんには、その時のお客さんが多く今でも、

長い付き合いさせてもらってます。


このスナックの売りは、ずばりアカシックカード占いです。僕のアカシックカード占いは当たると評判なんです。


アカシックとは、異次元のデーターバンクでこの地球が始まってから終わりまでの全ての情報。当然総ての人間の情報が詰まってる霊界(宇宙)の図書館のような場所。

そのアカシックレコードにカードで繋がり、そこにある個人情報を相談者に伝えるという方法。


スナック経営は僕の趣味でやってます。一度飲みにきて下さい、絶対損はさせません。


あっ、肝心なこと忘れてました。店の名前は「アーバン」よ・ろ・し・く。



 「明美さんいらっしゃい、今日も美しいねその指輪」


「指輪かい・・・誉めるところもっと他にないの?」明美が返した。


「顔はいつも綺麗だから今更誉めないよ・・・」


「言うことが相変らずホストくさいのね」


「そうかい・・・」


「今日はタロットお願いしたいの好い?」


「お任せあれ、ところで何を視たらいい?・・・」


「私、転職しようかどうか悩んでるの、その仕事って

看護師なの当然看護士の資格は持ってる。


今の仕事はアパレル関係なんだけど、先のこと考えると不安もあるの・・・転職の時期かどうか視て欲しい」


「なるほど、明美さんは看護師の資格持ってたんだ・・面白いね」


貞司はカードを並べた。


「はい、看護師は、ある意味明美さんの天職と出てるよ、逆になんでアパレルやってるの?」


「親への反発なの、子供の頃から親の引いたレールに乗っかってきたの、その事への反発だったのね」


「なるほど、でもカードには人の世話を示す暗示が

出てるよ。他にはっと?チョット待ってね・・・」


違うカードをめくった。


「そこには人生を左右する人か出来事があるかもね」


もう一枚カードをめくった。


「うん、これは人ね。ずばり出会いだと思うよ」


「えっ、出会い解った。マスターありがとう勇気が出た」


「はい、頑張って。いい出会いがありますように」


これがスナック・アーバンの売りだった。



「いらっしゃいませ」


「マスター久しぶり」


常連の横井茂夫が赤い顔してやってきた。


「横井さん今日は結構飲んでますね?」


「うん今日はやけに酔いの廻りが早いよ・・・

ヘネシーロック・ダブルで・・・」


「ハイ、お待ち下さい」


配膳室の脇には客から見えないスペースあって

客に言ってないカードが常備されていた。


客の様子に異変を感じた時にはそこでカードをひくのだった。カードはウェルネスの逆パターンが示された。

意味は、不満と病気の暗示を示していた。


「どうぞ、ヘネシーロック・ダブルです」


「ありがとう」


「ところで横井さんはなんのお仕事されてるんですか?」


横井は仕事の話しを語ったことが無かった。


「なんだと思う?そのカードで当てたらマスターの

好きな物ご馳走するよ」


「そこまでは解らないと思いますよ・・・

でも興味あるからやってみますね・・・

当たったら正直に言って下さいよ」


そう言いながら貞司はカードを手にした。


「う~~と、建築に関係する仕事で美を表わす・・・

表具・塗装・左官???」


一瞬横井の指と爪の間に小さな赤色が見えた。


「解った・・・ペンキ・・・塗装やさんですか?」


「うそっ!マスターそこまで解るのかい?」


「いや、最後の塗装は、横井さんの指のペンキらしい

赤い色を見たんですよ、僕はそこまで読めませんよ・・・」


「いや、でも数ある職業から塗装屋を言い当てたのは

本物だよ・・・立派。マスター好きな物飲んでよ」


「はい、じゃあビール頂きます」


二人は乾杯した。


「体調はどうなんですか?以前より少し痩せたような

感じがしますけど?」


「食欲が無いだけだよ」


「そうですか塗装やさんは体力使うから、

気をつけて下さいよ」


「ありがとう・・・マスター・・・

もう知ってるね?」


「えっ、なんの事ですか?」


「身体のこと・・・この俺の」


「さぁ~なんのことか解りませんけど」


「まっいいさ、今言ったこと忘れて」


二人に沈黙が走った。


ドアの開く音がした。


「いらっしゃいませ」


ホステスのANNAだった。


「ANNAちゃん今日は早いね」


「今日のお客がイヤな奴でさ、そいつ、まだ帰りそうもないから先にこっちが帰ってきたの」


「それはそれは」


貞司は氷の入ったグラスを出しバーボンを注いだ。


「ハイ、どうぞ」


「ねぇ、マスターは苦手な客が相手の場合はどう

してるの?」


「黙って話しを聞いてるだけだね」


「なんで?」


「なんでって言われても・・・ここに来るお客はお

金を出して酒を飲むと同時に雰囲気や会話を楽しみに

来られるよね。


ただの酒好きなら自分の家が一番安いわけだし。

飲みに出るって言うことは接待は別かも知れないけど、今言ったそれ以外のものがあると思うから・・・


折角うちに来てくれるからには最低限のおもてなしは

必要かなって思うんだけど。


僕はそれ以上の難しいこと考えたこと無いけど」


ANNAが「確かにそうだけど・・・でも苦手な客いるんだよね」


「当然いると思うけど、高い金出して来るわけだからね・・・もし客を選ぶんだったらこの商売辞めた方が・・・」


横で黙って聞いていた横井が口を開いた。


「僕は客の立場だけど・・・僕の場合はほとんど仕事の付き合いで飲みに出てるんだ。

仕事といことは会社の大事な経費だよね。


僕は塗装屋だからペンキの一塗り一塗りで稼いだ

大切な金でもあるんだ。だから経費は一滴の血とも

言えるよ。


姿形は違うけどさ、自分の大事な血を飲んでるかも

しれない。ANNAさん気悪くしたらゴメンね!」



「いえ、生意気言ってごめんなさい。私、勘違いしてたようです。私の立場ばっかり考えてました。明日から出直します・・・馬鹿なこと言ってごめんなさい」


三人は笑いながら飲み明かした。


「マスター今日は楽しい酒だった。ANNAさんも

明日からガンバって!」


「横井さんも今度当店においで下さい、お待ちしてます。今日はありがとうございました。

『経費は一滴の血』この言葉ドキッとしました」


その後、横井茂夫は来店することはなかった。



数ヶ月後、店にANNAがやってきた。


「マスターお久しぶり・・」


「いらっしゃい、いつもので?」


バーボンで乾杯した。


「マスター、あのペンキ屋の横井さんその後ここに

来てないの?」


「僕も人づてなんだけど、体調良くないらしいよ」


「あん時は楽しかった」ANNAは呟いた。



それから数年が過ぎた。


貞司はアカシックカードを使わなくても自由にアカシックレコードを視ることが出来るまで上達していた。


それに伴い客の半数が相談事の客だった。


ホスト時代からの常連ヒデミが言った「マスターさあ、最近やたら相談事多くない?なんかこの店の

客層変わったよね」


「そうなんだよね、僕がアカシック占いをした

せいなんだよ。今更辞めたって言えないし」


「だったら日中何処か小さい店借りて、

そっちで占い専門にやったら?」


「わかるけど、こっちの身体がもたないよ」


「この店が夜9時オープンの2時閉店で5時間でしょ。9時か10時に起床・・・11時から5時頃まで占い出来るじゃない」


「そうなると、なんか働きどうしみたいだね・・・」貞司は呟いた。


「夜の仕事は助っ人頼んだら?ホスト時代の友人いないの?出来れば若くていい男なんてどう!」


「うん、考えてみるよ。アドバイスありがとうね」


まもなくして貞司は商業ビルオーナーの客から、

ビルの一角にスペースを借り日中の6時間を

アカシック相談として営業し、夜は知り合いの

元ホストのトミーに手伝ってもらった。












9「フゴッペ村中学生」


 札幌の町で占い師をしている女性がいた。

名前はTeiko。


彼女はは5年前フゴッペ村中学生の要請で占いを

頼まれて引き受けた。それが最初の切っ掛けだった。


フゴッペ村は、札幌の西50キロに位置する

人口千人の小さな村。


フゴッペ村中学校では5年前から極秘の伝統がある。

それは、卒業を控えた3年生の有志が占い師Teikoを招き、札幌のカラオケ店でフゴッペ中3年生の集団相談会を開催するというもの。


5年間続いた行事で、生徒会長が発起人となり学校や親に知られないよう口伝で受け継がれた。


その札幌の占い師の名前はスピリチュアル

占い師Teikoという女性。


Teikoは5年前からフゴッペ中生徒の要請で

毎年開催された。


会場は札幌駅近くのカラオケBOXのパーティールームひと部屋と個室をひと部屋借り行われた。


時間は人数にもよるが4時間で予約されていた。


最初の2時間は個人の相談、後半の2時間はTeikoとの質疑応答。後半のギャラはTeikoの好意により無料。


今回の参加者は9名、女生徒4名。男子生徒5名。


前日の放課後9名が最終打合せで教室に集まった。


幹事の生徒会長の三浦祐里子が「いよいよ明日だ、小樽駅さ各自11時集合ね、ほんで全員で札幌さ向うべ!

たぶん札幌駅には12時前には到着すっからぁ、札幌駅の地下で昼ご飯食べて1時にカラオケさ向うべし」


ミツオが「おれ、先輩さ聞いたけんど、田舎もんは都会さ出ると目が泳いでいるからすぐバレルらしい、

んだからおめぇら絶対キョロキョロすんなよ、ひとりが田舎もんだと解るとみんなそうだと思われるからな」


「一番キョロキョロすんのはミツオお前だんべ!」フゴッペ村の暴れん坊マサが言った。


「言えてる・・・」ハチが手を叩きながら言った。


「ハチ、そんなに笑うところでねぇべ、だから女は・・・」


巨漢ミヨリが「女がどうかしたぁ・・・?」


育代が「おぃ、ミツオ・・祐里子は今そんな話しでねぇべ!おめぇ・・話し最後まで聞け!・・・ったくもう」


「ゴメンな祐里子」ミツオは下を向いて頭を下げた。


祐里子が「以上です!」話はそれで終わった全員こけた。



 札幌駅地下街で軽く昼食を済ませることにした。


9名は田舎から出て来たことを悟られまいと容姿や言葉遣いに注意した。


だが男子生徒全員がジーンズの下に革の紳士靴という目立つスタイルだった。


どう見ても集団で田舎から来ている集団にしか見えなかった。誰が見てもひと目でわかる。


駅の地下のフードコートに全員座った。10分しても

注文を採りに誰も来ない・・・??

全員の目は完全に泳いでいた。


マサハルが「オイ、もしかしてここはセルフでねぇのか?」


全員、ほぼ同時に気が付いて各売り場に向った。


エイジが「普通メニューさ持ってオーダー捕りに来るのが当たり前ぇでねえのか?ここの責任者はなにやってんだべな?」


トッチが「こんな店、長く続かねぇぞ・・・

そっだらこと俺でも解るべや」


ブツブツ言いながら昼食を食べた9人はカラオケ

に向った。


「でっけえビルいっぱいあるな~~や、小樽とも

違うな。都会ってこういう街を言うんだぞミツオ」


「ば~~か、オラは2回目だから知ってらべ・・・」


特別室に9人全員通された。


「なんか緊張するな・・・」マサハルが言った。


「Teikoってどんな人なんだろうね?綺麗って言うよりも味があるって聞いたことあるけど」育代は期待と不安でいっぱいだった。


ドアがノックされた時計の針はちょうど一時。


「こんにちは、Teikoと申します・・・」


全員に緊張が走った。


「今年で6回目ね、私毎年楽しみにしております。

お招きいただきありがとうね。私もあれから6年

すっかり年を重ねました」


エイジが「もう、立派なオバサンさんだな~~や」


がははは、全員爆笑した。


「君なまえなんて言うの?」


「はい!エイジです」


「そう、エイジくんねあとで顔貸せ・・・」


が・・ははは、全員爆笑した。


「まっ、そう言うことで三浦さんに話しておいたけど、最初の2時間は個人セッション。今日は9人だから、

そこのエイジ・・・120分割る9はひとり何分?」


「チョット待って下さい」エイジは指を使い始めた。


「いまどき指使う生徒いるんだ・・・もういいよ。

三浦さん何分?」


「はい、ひとり13分です」


「じゃあひとり15分目安だから・・・一問一答って

とこかな?複数聞きたいことある人は無駄を省くため

質問内容を簡単に言えるようにしてね。

エイジくん解った?・・・」


応答がない。


「おい、エイジ!」


「あっ、はい・・・なにか?」


「なにかじゃないよ、指使って何やってるの?」


「ひとり15分だから9人で何分かなと思って・・・」


「まだそこかい・・・」


全員が笑った。


「三浦さん後で彼に教えといてね」


「そのあとの約100分は全員で質疑応答とします。

いいね?だから誰もが思うような質問は、個人の時に

聞かないようにね持ち時間の15分もったいないから、

あくまでも個人的な質問にしたほうが良いよ」


「はい!」全員が答えた。


「じゃあ最初の人から別ルームに来てくれる。エイジくん解りましたか」


「なにが・・・?」


「おまえねっ、3回ぶっ飛ばしてやる」


全員爆笑した。


「じゃあ、最初の人、私と行きましょう!

最初は誰ですか?」


「はい」


ミツオとTeikoは別室に向った。ほぼ予定通り13~5分で全員の個別相談は終わり、最後の三浦と

Teikoは大部屋に戻ってきた。



「はい、今日はどうもお疲れ様でした。

エイジ・・・私の話きいてるかい?」


「聞いてま~~す」


「ハイ、良い返事です。エイジも人並みに悩みがあってTeiko嬉しいです。

でも、あとで必ずぶっ飛ばすから逃げないように。

逃げてもフゴッペ村まで追っかけるからね」


エイジは頭をかいていた。


また、全員爆笑した。 


「え~~、Teikoも今年でここに来るのは6回目になります。合計で約60人前後の生徒とお話しさせてもらいました。


そこで、相談内容にある共通する事があるの、それは依存なの、小中高生はまだ親の保護下にあるから仕方ない部分はあるけど、これから社会に出て自立したら基本自分のことは自分で責任を負うわけだからね。


まずは自分で解決しようとする癖を付けるのよ。

自分の目の前に出て来た障害は自分の為にあるの。

これ私というよりも商売上の経験なの。


そこから目を背けても、形を変えて何度でも君たちの

前に現われるからね、逃げないで正面からぶち当たって下さい。


私はこの商売やってて何人も視てきたの。


あと多いのが、他人のせいにする癖をつけないこと。


自分が失敗してもすぐ誰かのせいにする人、

結構いるでしょそういうタイプの人。


これだけは覚えておいてよ・・・他人のせいはひとつもありません、全ては自分のせいなの、ここは重要なポイント。エイジ解った?」


「はい」


「なにが解ったの?」


「他人のせいにするな、全ては自分のせいだっぺ・・・」


「ちゃんと他人の話し聞いてるんだ・・・」


「Teikoさん、オラを馬鹿にしたら駄目だ、ひとの

こと馬鹿にしたら自分も馬鹿にされっど・・・」


全員爆笑した。


「解ったけど・・あんたの訛りすげえな・・・

話し戻すけど自分で解決できる癖つけなさいね。


自分に解決できない障害は目の前に現われないの、

目の前にある障害は自分で解決できるだけのパワーが

既に備わってるともいえるの。


解決できる時期が来たの、それと解決できるパワーがあるから目の前に現われたの。


現われた時が解決のチャンスです。言い方を変えるなら自分のためにだけある障害なの。

これは覚えておいて邪魔にならないと思います。


私の商売上の経験です。


え~~次はみんなの疑問に答えたいと思います。

但し私の占い師としての経験上のね」


マサハルが手を挙げた。


「ハイ、どうぞ」


「僕は空手をやってます、一生懸命練習をしてるけんど、どうしても勝てない人がいます、どしたらもっど強くなれますか?」


「武道のことあまりよく解らないの、でも、ひとつ解ることあるよ。芯を自分の中心に置くこと、芯がぶれると身体や技にもブレが出てしまうのね。


合気道創始者の植芝盛平って人を視たことがあるの。

あの人は凄いよ。芯がぶれてないから絶対に負けないと思った。


細かいことはあの人の本を読んだ方がいいわ。

武道をする人は必見です。他は・・・?」


育代が「はい、Teikoさんはなに占いですか?どうしたらTeikoさんみたいになれるんですか!」


「私は波長解読とガイドからの伝言。誰でもなれるよ、コツさえ覚えたら簡単、後は、数(経験)をこなす事。

それと基本は人を好きになることよ」


ハチが「好きになることとどう関係あるんですか?」


「好きっていう好意は、肯定的?否定的?どうですか?育代さん」


「肯定・・・」


「そうね、つまり肯定は理解する又は理解しようとする好意。それに比べて否定はずばり拒否または無視。


肯定は発展性あるけど、否定はなにも産まない

そこで終わり。


この商売は相談者に来た客をまず先に理解する必要があるのね、つまり、相談者を肯定しなくちゃ次進まないのよ。

悩みや問題が何処(原因)から来てるかを知らないと相談できないの。人を好きになれば、だんだんと色んな物が見えてくるよ。


色んな物が見えたら、あとは相談者と照らし合わせるの、

そしたら解決策も徐々に見えてくるの。それを瞬時に

判断し解決策を考えるの。


今日もそう、みんなが部屋に入ってき時、まず先に私が

したことなにか解る?三浦さん」


「生年月日と名前と好きなこと」


「そう、生年月日と名前と好きなこと、これはある意味自分だけのことでしょ。

自分のことを云うっていう好意は、自分の中にいちど意識を入れる必要があるの。


名前を聞くだけだと聞かれ慣れてるから表面だけで答えちゃうでしょ、でも生年月日は答え慣れてないから

意識をもっと深く持っていくの。


その時に私も一緒に中に入るの一瞬でね、だからある

程度君達を知ることが出来るの。


あとは相談内容に応じて君達に一番良い方法を言葉にするの。


場合によっては君達のガイドに聞くこともあるけど。


これは難しいことでないの。みんな出来る能力よ。

ただし、人が好きな人はね・・・


人が嫌いな人は出来ません。ハッキリ言います。

これは、君達が社会に出てから死ぬまで人の世の中で

生活するの。


人との対話の基本は人の話を聞くことからなの、

一方的に自分の話しや主張をする人いるけど・・・


あれは会話とはいえない、たんなる自己主張だけよ。


恋愛でも結婚でもそう・・・これも私の所に来る相談者が多いの。彼が、主人が、私のこと全然解ってくれません・・・てね。


私は逆に相談者に聞くの、あなたはどうなの?って

恋人やご主人のこと解ってあげてますか?って。

多くの人は『私なりに考えてます』とか云うの・・・


じゃあどういう風に接したら相手があなたのこと理解してくれるか解るのでは?って聞き返すの。

そこで相談者の言葉は止まるんだけどね。


いいですか、恋愛は相手を理解することが大事だと私は思います。

理解してあげることが大事、この商売を通じて私が思うことなの。


当然三者三様あるでしょう。それをこれから皆さんは社会に出て学ぶことなのね、障害から逃げずにガチで勝負して下さい。


障害から逃げる人は逃げる癖が付きます。

他人に頼る人も頼り癖が付きます。

自分の目の前に出て来た障害は自分のためにある

障害なの、既にその障害を乗り越えるパワーがあるから

目の前に現われたの。今が乗り越えるチャンス。


逃げても違う形で何度でも何度でもやってくるわよ。

向き合う姿勢が出来た人は、まわりも必ず変わるよ、

もう一度言います。今がチャンス」


エイジが言った「だったらTeikoさんの商売いらねえべ!」


全員がエイジはTeikoさんに向かって、

なんという質問をするの?・・・


「エイジ好いこというね・・・今日一番のヒットよ。

いい、今言ったことが解らないから私の所に来るの。

社会に出てから簡単に私のところに相談に来るんじゃないよ、来る時は最後の最後にしなさいね。


遊びに来るならいくらでも来て下さい。


フゴッペ村中学生ですってね。そしたら私が言います。

それがどうしたの?ってね・・・」


全員こけた。


「今日はお招きありがとう。気をつけて帰ってね、

それとエイジ表に出たらぶっ飛ばすからね・・・

逃げるなよ」


フゴッペ村中学生9人は深く頭を下げ別れた。


渡辺敏郎は小説を書き終わった。体調もよくなり、

大空を舞う小鳥を眺めながら呟いた「な~~んだ」


THE END

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