64
翌朝。
メネスを発ち合間に休憩を挟みつつも10時間程でミネスに到着。
代表者たちの凱旋だ!
と盛り上がりを見せて出迎えがあっても良さそうだが
残念ながらそこは全員の避難が終えており、もぬけの殻状態。
逃げ遅れた人や取り残された人が居ないか街中を見て回ったが
静まり返った都市に人影は微塵もなく
戸締りも何もされていない家屋は出火などの問題もない。
予定通り、想定通りの状況なのだけど……
ちょっと物悲しい。
予定よりも早くミネスに到着することが叶ったが
普段街から出ずふんぞり返っている街長や商会長達を
夜通し移動させる訳にもいかない。
連日の激務や不慣れな長距離移動による緊張で体調を崩したら
父さんからの信用を失くす事になるからな。
諸々の確認後イシャンが鍵を持っていたアハマド商会の支部を借りて一泊した。
道中立ち寄った寒村も
バルナ共和国三大都市の残る一つマネスも同様に誰もいない事を確認した。
目指すは隣国のリヤド共和国、その首都だ。
マネスからリヤドの首都が置かれるサウィーヤまで
集落があると言う情報はない。
たまに魔獣や野獣に襲われる以外特に問題もなく順調に街道を進む。
うん、そう。
特筆するような問題はない。
が。
「も~!ちんたら歩くの疲れた!
ちょっとチビ太!
どうにかならないの!?」
馬車を挟んで対角線上にいる人物が声を張り上げてくる。
今回の一件でおれの身長はかなり伸びた。
まだ声の主には届かないかもしれないが
昔みたいに何十センチも差がある訳ではない。
小さい呼ばわりされるのは非常に不本意だ。
そう文句を言い返してやりたい。
言い返した途端驚異的な身体能力を全力で使い
幌を踏み台にして飛び蹴りをお見舞いされるので言わないけど。
経験済みである。
そう何度も昏倒するような一撃を入れられてたまるか。
何度目か数えるのすら億劫になるその文句と難題に小さくため息を吐く。
周囲を見回し脅威を目視出来ない事。
半径数キロに及んで魔獣などの存在が無い事。
足場を見下ろし腰を落ち着けるのに問題が無い事。
それらを確認し後続の馬車に合図をかけて静止させた。
最初は苦笑交じりに聞いていたその言葉も
二、三時間おきに必ず一度は発せられるので皆慣れてしまっている。
丁度良い間隔なので文句が出たら小休憩を挟むのが暗黙の了承となっていた。
点呼を取り積荷の確認をした後
各々凝り固まった手足を伸ばしたり
馬車の影に隠れて用をたしたり思い思いに過ごす。
おれは気を抜く事なくその人達に被害が及ばないよう
苦言を大声で漏らしてきた人物の元へと向かった。
女性にしては高い身長。
長く伸ばした母親譲りの明るい髪色は太陽の光を浴びて輝いている。
父親譲りの人懐こさを覚える顔立ちは身内のおれが言うのもなんだが美人である。
黙っていればさぞかし男性受けが良いだろうに。
しかしその整った顔は険しく吊り上がった瞳によりその印象を変えており
どれだけ命知らずな女たらしでも本能が拒否して
決して相手にしようとはしないだろう。
怒りを爆発させようとしている雰囲気を前に踵を返し
脱兎のごとく逃げ出したい気分にさせられる。
こんなんが諜報活動出来るのかよ。
そう思わずにはいられないがその実優秀な工作員だというのだから驚きだ。
喜怒哀楽の激しい隠密なんて聞いた事ない。
四つの感情のうち怒りばかりが目立っているので
他の感情まで豊かなのかは不明だが。
何せ久しぶりに行動を共にしている上に昔は避けられていたからな。
性格はなんとなく分かるが
どの表情筋をよく使っているかなんて把握していない。
大抵おれを前にすると彼女の眉間には皺が寄り
目じりは吊り上り口角はその反動のように下がる。
そういう時は土嚢の代わりに大抵打撃技の的にさせられるのだ。
それ以外は基本無視。
それが目の前のこの女
義姉セリエルのおれに対する不変の態度だ。
『バルナ共和国における主要都市において人民の避難は全て終わっている。
小さな村はその限りではないので一つ一つ確認しながら
十日以内に長達を無事リヤド共和国まで届けるように』
それが父さんから課せられた初任務だ。
既にギルドへ届け出されているそうだが……
おれは一体いつの間にその依頼を受託したのだろう?
請負う際必ず署名が必要なはずなんだけど。
まぁ、父さんの頃だから何か抜け道のようなものを知っているのだろう、きっと。
旅慣れた者なら何事もなければ七日程の道のりだが
余裕を持って期限は十日と定められた。
予定通りおれとジューダスがいれば護衛は十分。
しかし瘴気が中和されているとは言え
浄化しきれなかった魔獣や魔物が居ないとは限らない。
運ぶ物が多い分どうしても馬車の列は長くなり
実力は十二分にあるとは言え二人の護衛では心もとない。
それを理由に父さんはセリエルを押しつけてきた。
その程度の理由ならどうにでもなるし、いらん気遣いはしないで下さいと
断固反対したのだが彼女を連れ歩くのを任務として追加されてしまい
セリエルとお互い気は進まないが致し方なく共に旅をする事となった。
おれと彼女はまさに水と油
犬と猿の如く互いに反発し合う仲だと知っているのに。
何故こうも機会を作り一緒に行動させようとするのだろうか。
父親としては愛娘と義子の仲が悪いのを見過ごせないんだろうけど……
あっちが歩み寄ろうとしてくれないのだからどうにもならない。
おれ自身は別にセリエルの事を嫌って居る訳ではないから
率先して声をかけたり情報収集して人となりを把握したり色々してるんだけどね。
心の距離を縮めるための小細工は悉く捻り潰され今に至る。
その上昔から命の危険に及ぶまで新しい精霊術の実験台にさせられたり
組手と言う名の一方的な暴力の犠牲になったりしていたので
情けない話だが恐怖の方が勝つ。
その上手作りの自信作を出来上がった直後
目の前で破壊され心に深い傷を負わせられた事まであるのだ。
あれ程効果的に人の心を痛めつける方法何て早々ないと思う。
いや、さすがにそれは言いすぎか。
しかし精神年齢一桁の時にそんな事をされたら
寅馬とやらを植え付けられても仕方ないと思うんだよね。
嫌ってはいないが怖いし苦手。
実戦時死に対する恐怖に肉体が固まってしまうなんてことが起こらないために
身近な脅威で恐怖を克服するのは良い機会なのかも知れないけどさ。
いい迷惑だと思わずにはいられない。
そんなことを考えながらセリエルが放った火の玉を手を前にかざし無効化する。
葵帷さんと契約する事により氷の精霊術は低級のものなら
無詠唱でも想像力を働かせる暇がなくても使えるようになってきている。
慣れればより高度な術も使えるようになるだろう。
目眩し用の火の玉を放つと同時に詰められ一気に間合いに入られる。
正拳突きを躱し膝蹴りをいなし
そのままの勢いで放ってきた後ろ回し蹴りを紙一重で避ける。
しかしいつもならここで一度距離を取るのに今日は裏拳まで飛んで来た。
定石から外れたその一撃は避けきれず
しかし鉢金に当たったおかげで事なきを得た。
拳が当たったとは思えないぎゃりぎゃりと言う不快音が頭蓋骨を振動させる。
脳震盪を起こしかねない衝撃が襲ってくるが
地面に片手をついて後回転をし距離を置く。
「…………ふんっ!」
セリエルは立派な拳だこからにじみ出る血を忌々しそうに見て踵を返す。
今回は痛み分けか。
攻防戦終了、と見たのか遠巻きに見学していた長達から拍手が上がる。
セリエルの鬱憤発散の為に手合せをするのが
彼女が癇癪を起す度のお決まりになっているのだが
長達は十分に距離を取った安全圏でおれたちのどちらが勝つのか
賭け事を長旅の娯楽として開催している。
最初はおれにかけてくれる人も居たのだが
今では引き分けかセリエルが勝つかの二択になっているようだ。
盛り上がりの様子を見るとセリエルが勝つ方に賭けている人が多かったのかな。
メネスを発った時点では実力差があまりなかったはずなのに
手合せの回数を重ねるごとに異常な速度でセリエルは強くなる。
せっかく縮まったはずの実力差が手合せするごとに開かれてしまうのだ。
これも一つの才能なのか。
その成長速度は羨ましく感じると共に妬ましくも感じる。
まぁ、その掴みきれない一進一退を繰り返す俺たちの実力差のお陰で
なかなか白熱した賭け事になっているようでなによりだよ。
……イシャンの裏切り者は賭けに負けたらしくお金を巻き上げられていた。
ざまぁみろ。
けっ!
勿論、おれだってただやられている訳ではない。
妬んでいじけてやさぐれてるだけじゃないのだ。
強くなるって決めたからな。
馬車を走らせている間は索敵しつつ周囲の様子を伺いつつ
セリエルの手を封じる方法や反撃する機会の作り方を
頭の中でおさらいしつつ想像している。
だがなかなかうまくいかない。
戦闘の経験値も才能もあっちが上手過ぎるのだ。
こっちが先読みした範疇外の手を出してくるんだもの。
経験の差というものは努力だけでは賄いきれない。
まだまだ伸び代がおれにもあるんだとはなんとなく判っているが
少しでも早く少しでも強くなりたいと思うと焦りが生じる。
実力差にさほど開きがないからこそ
何度やっても勝てない現実は重くのしかかる。
武器使ったり上位の精霊術使ったり出来ればまた変わってくるんだろうけどね。
それをしては護衛の意味をなさなくなってしまうから禁止されてる。
限られた状況で一戦でも良いから勝ちたいものだ。
いや、何で素手限定かっていうと
おれもセリエルも扱える霊力が多すぎて本気を出してしまった時
ここら辺一帯無事じゃ済まなくなってしまうからなんだよね。
なので自分から勝てる手段を手放しただけなんだ。
完全なる自業自得。
武器も精霊術も使わない素手での戦闘はセリエルの最も得意とする戦闘方法だから。
そりゃ勝つには一筋縄ではいかないよな。
おれは契約した大晶霊が増えた分まだ今の状態に感覚が慣れていない。
そのせいで加減が出来ず氷の矢を数本出現させようとしただけで
氷の槍を何十本と出現させてしまったり
セリエルの周りの足場を崩そうとしたら半径数キロにわたり
地面を陥没させてしまったり。
『悪気がないだけタチが悪い!』
って散々怒られた。
怪我人が出なかったのが不幸中の幸いだな。
セリエルも手加減なんて器用な事出来ない。
大雑把が服着て歩いてるような奴だからな。
なので何の取り決めもされずに行われた一戦目の惨状を鎮めたジューダスから
素手のみでの手合せにするようにと厳重注意されたのだ。
怪我人こそ出なかったが荷物はその限りではなかった為だ。
護送内容には積荷も勿論含まれてるからな。
余波で破壊され使い物にならなくなった荷台部分や幌の中にあった荷物は
陳謝と共に二人で被害相当分の金額を受取って貰う事でお咎めなしとなった。
喧嘩を吹っかけられたから応戦しただけなのに、と思いはするが
買った時点で連帯責任だ。
きっちり折半して支払わせて貰った。
しかし、まぁ、多めに支払ったとはいえ金を払えば良い訳では本当はない。
依頼内容を反故にすることになるから。
それも勿論あるがそれ以上に国民全員が難民として大移動している現状では
お金があった所で物資を販売している所がない。
そもそも販売する側の人達が今回の護衛対象だ。
おれたちが破壊してしまった物品は全て難民として保護され
長期の避難生活を強いられている人達に渡るべきものだった。
おれたちの『ついうっかり』で駄目にして良いものではない。
充分に反省し補填出来るものは旅の道中で補填した。
壊してしまったのは幌と荷台の骨組み一部。
荷物は薬や保存食といった消耗品。
一応、代替品の用意できる取り返しが付くものが多くて良かった。
手持ちの薬草や街道沿いに自生している原料から薬を作り納めさせて貰った。
まぁ、骨組みを作れるような木材は砂漠地帯では調達できないので
ひたすら平謝り案件だったが。
保存食に関しては魔獣は浄化すれば野獣になる。
魔獣は一般人が食べると毒になるようだが野獣は普通に食べられている。
野獣を家畜化して育てている場所もあるのだし当然だ。
襲ってきた魔物や魔獣を戦闘中に浄化しとどめを刺す前に野獣にする。
これが結構霊力の加減が難しいので良い訓練になっている。
それこそセリエルとの取っ組み合いも中々訓練として生きているって事だよな。
どうしても刃物を使えば威力が上がるので
浄化する前に死んでしまう確率が跳ね上がってしまうからな。
父さんに稽古を付けられていたので基礎は学んだが
素手だけて戦う事をあまりしてこなかったので良い機会だ。
どうせ依頼が終わるまでは共に行動しなければならないし
定期的に手合わせもしなければならない。
学べる所はあるのだから貪欲に吸収してやるさ。
「よ~、兄ちゃんは反撃しないんかぁ?」
「したくても隙が無くて出来ないんですよ!」
「英雄様がつけてくれるだけあって、あの姉ちゃん強ぇもんな。」
「オッズも均衡し出しちゃって賭け甲斐無くなってるし
もっといい娯楽作れないかね。」
「参加人数二人じゃ仕方ないだろ。」
「そも闘技場なんてカハマーニュの二番煎じだろ。
商機ってモンは自分で作るモンだ。
独創性あってこそだろ。」
「アンタは一代で成功しただろうけど大抵の奴ぁルート開拓したり
仕入れのタイミング見極めて
ベースにある物をよりよくすることに心血注いでんだよ。」
「一発屋の成金がしゃしゃり出てくんな!」
「その成金に資産負けてる奴の言う事なんざ負け犬の遠吠えにしか聞こえないね」
「あんだと!?」
「なんだよ!!?」
「まぁまぁ、落ち着いて……」
「「親の七光りがでしゃばんな!」」
「言って良いコトと悪いコトの区別もつかないのか、このオッサン!!!」
あぁ、もう。
また始まった……
「はいはい!
休憩終わり!!
出発しますよ!!!」
手を叩いて休憩時間の終了を宣言し先頭馬車へと駆けて戻る。
取っ組み合いを始めようとしていた商会長達は慌てて立ち上がり
置いて行かれないようにと火の後始末をして足早に自分たちの馬車へと戻る。
横の繋がりがしっかりしていて素敵!
意外と人情家なのね!!
商売人を見る目が変わったわ!!!
……な~んて思っていたのもほんの一時期の事。
イシャンが立ち直って気遣う必要が無くなった途端
各商会の長達は口汚く罵り合ったり軽口が喧嘩に発展したりと
おれとセリエル以上に険悪な雰囲気になることが多い。
セリエルの爆発が休憩開始の合図。
商会長達の口論が休憩終了の合図となっている。
顔を合わる時間を長く取り過ぎるとすぐ喧嘩を始めるのだ。
良い年したおっさん達が。
酒が入って居る訳でもないだろうに。
やれやれですよ。
一つ溜息を吐き周囲に改めて薄い膜を張るように霊力を伸ばしていく。
常に展開させておくべきなのは分かっているのだが
意識しないと術を発動させておくことは出来ない。
その上メネスでは魔力を使用したものだった。
霊力を消耗しての索敵はまだ慣れる事が出来ず休憩中だけは
ジューダスにお願いして気を抜かせて貰っていたのだ。
精霊術と違って純粋に自分が持っている霊力を扱うので
詠唱を唱えたら渡す霊力に応じて適当に精霊たちが動いてくれる訳ではない。
今まで使ったことの無い精霊を介した術以外も扱えるようになったり
体術を鍛えることが出来れば強くなる近道になるかな
とおれなりに考えているのだよ。
近道しようとすんなよ
と突っ込みを入れられそうだけどね。
仕方ないじゃないか。
リヤドに着くまでに現在──メネスを発った時
に数値化された実力の倍近く強くならなければ
おれの身は業火に焼かれることになるのだから。
≪ケツ叩かれなきゃ真面目にやろうとしない主君がいけないんじゃん?
嘘にならなきゃ問題ないよ≫
≪主、がんばれ~≫
小憎たらしい声が頭の中で響いた後、間の抜けた声が応援してくれる。
別にせっつかれなきゃやらないって訳じゃないやい。
自分を甘やかすのが得意だから真剣みは足りないように映るかもしれないけど。
≪それがダメなんだって。
集中してやるか、そうじゃないかで得られるモノって随分変わるんだよ≫
≪好きこそものの上手なれって言うもんね~≫
≪そうそ!
兄さんの言う通り!!
僕の主君になろうって言うならやっぱそれなり以上の力がないと。
実力が伴わないなら契約反故にされても仕方ないじゃん?
どうせ僕を満足させられるだけの力がないなら
後々頓挫するのなんて目に見えているんだし。
命かけた現状で出来ないならこの先一生
どれだけ時間があっても出来ないのは明白なんだし。
せいぜいガンバッテ~≫
いや、うん。
そりゃ正しく一生懸命の状態に追い込まれても尚成し遂げられないなら
生涯通したって無理
って理屈は分かる。
分かるよ。
だけどさ。
護衛依頼こなしている時にしなくても良いんじゃないかと思う訳ですよ!
どちらも疎かに出来ない分重圧半端無い。
特におれの中でイシャンの護衛依頼は失敗だと思っている。
彼はよくやってくれたと言ってくれたけど
元々受けた依頼のうち、守られたのなんて彼の命を守るって
五つあった項目のうちのたった一つだけだ。
特に何より優先しなければいけなかった
彼が一番大切に想っていたラシャナを守る事が出来なかった。
冒険者証を破棄したい衝動に駆られる程の失態だ。
しかし大晶霊と契約を結ぶ冒険を続け
父さんから依頼の斡旋をして貰う以上は冒険者証は必須。
魔王が復活したと言う事は魔族の動きも活発化する。
そうなれば魔族の被害に遭う人は確実に増える。
瘴気の発生も抑えにくくなるだろうし魔獣や魔物も
今まで以上にはびこるようになるだろう。
冒険者の質が突然向上する事は有得ない。
ほんの一握りの冒険者にしか解決できない事はどんどん増えてくる。
なのにそのほんの一握りであるおれがそれを放棄するなんてとんでもない。
だから、冒険者証の返納はしない。
痛い、決して忘れてはいけない出来事。
それと同じような犠牲者を増やさない為にもおれは冒険者を続ける。
世界のために犠牲になる人も
理不尽な理由で犠牲になる人を少しでも減らせるように。
これ以上増やさないために。
その為にもまずは火の大晶霊:紅耀に焼き殺されないのが目下の目標だ!
……いや、もう、本気でさ。
なんで身内に命の危険に晒されなきゃならないのよ。
泣きたくなる。
父さんに借りていたレーヴァテインを返却する頃には
短刀程度の長さだった彼の剣は中脇差程度の長さまで成長していた。
肉体が成長したことによるものなのか
王宮での一件で霊力を扱うのが上手になったからなのか
いまいち自分では『成長した!』と言う実感が無い為判らない。
しかし確かに試練の剣であるレーヴァテインが成長した事
アガンジュ遺跡で分身体とは言え火の大晶霊を倒した事。
二つが評価され火の大晶霊との仮契約を結ぶ運びとなった。
本契約ではないのは火の大晶霊がおれと言う人物をどうしても好きになれない
と言うなんとも私情を挟んだ精霊の長とも思えない発言によるもののせいだ。
ここまで嫌われる経緯があったか??
と思い返してみたのだが特に覚えはない。
ヴェルーキエで瘴気に侵され自分を失っていた火の大晶霊と神威をした
アデリナは好きと言っていたから単なる年上の女性好きの可能性もあるかも?
もしこの幼い見た目で実際にそうだとしたら犯罪臭い。
古代魔王に似ているのが嫌とも言っていたか。
やっぱり見た目重視なのだろう。
精霊の王の癖になんと我欲にまみれた奴なのだ。
うん、まぁ。
人間臭さで言うなら稜地も負けていないし元人間なんだし当然と言えば当然か。
本契約に至る為の条件として
メネスを発つ前のおれの強さを数値化したすてーたす?を
一つでも良いので倍の数値にすること。
霊力の内包量を増やすこと。
霊力の扱いを緻密に出来るようになること。
一度に使える霊力の量を増やすこと。
あとは四つだと数字が悪いからと
以上の四項目をジューダスの手を借りずに行うこと。
と付け加えられた。
今の数値がどんなものなのか数値化されてもよく解らなかったのだが
体力や霊力の上限と現在の状態
速度や力などの実力が数字として表して貰えるのはなかなか便利だと思った。
なんとなく、誰かと比べた時におれの立ち位置はここ位の実力
とふわっとした想像しか出来なかったからな。
金の冒険者として昇格したがその”金”の中でも強さは違う訳だし。
もっと気軽にステータスが分かるようになれば
依頼の斡旋をする側も無茶振りせずに済むし
受ける側も自分の身の丈に応じた仕事が出来るようになるし良いのにね。
参考までにセリエルとジューダスのステータスを聞いたら
具体的な数値はぷらいばしーの侵害?にあたるから言わないと首を横に振られた。
一部抜粋するならセリエルの素早さはおれの1.5倍。
曖昧な表現をするならジューダスはステータスが全体的に
最低でもおれの10倍は強いとか眩暈がするようなことを言われた。
参考までに父さんのことも聞いたのだが
≪だいたい3~4倍程度、かな??≫
と疑問形で言われた。
突っ込みを入れたいのはやまやまなのだが
父さんとジューダスの実力差が倍以上違うと言う事実に恐れ戦いた。
ジューダスの方が強い、とはなんとなく分かっていたけど
まさか父さんとの差ですらそんなに離れているとは……
本気で、ジューダスって何者だ??
三英雄の一人、と言うのは本人は肯定していないが
周囲の失言や話から想像するにまず間違いないだろう。
それは良い。
この際置いておこう。
でも、人一人が抱えられる力なんて限度がある。
世界最強と言われる父さんの何倍も強いなんて
生来の才能
と言う一言で終わらせられるような力ではない気がする。
因みにオラクルは父さんの倍くらいの強さだって。
三英雄の中で一番弱いんだ、父さんって……
失望するではなく他の二人の段違いの強さに眩暈を覚えるだけだ。
しかし数値はあくまで参考値。
相手や状況によっていくらでもそんなものはひっくり返せるのだから
ステータスに振り回されすぎないようにと注釈を入れられた。
全体的なステータスを見れば確かにジューダスは父さんよりも何倍も強い。
しかし腕力は父さんの方が上だし人徳に至ってはジューダスは零。
短時間で友達を何人作れるか!?
って勝負なら父さんに勝てる人は早々いない。
……そんな勝負あるのか?
と突っ込みを入れたくなるが、まぁ、例えが何とも言えないが
言わんとしてることは分かる。
適材適所。
得意な所を伸ばして苦手な部分は誰かにサポートして貰えば良い。
その為にも自分の伸ばしやすい得意分野が何なのか
自分で気づけるためにも短時間でステータスを倍にしろ。
そういう事だ。
すばしっこさに定評のあるおれだが流石にこの短期間で
倍の速度で移動できるようになるのは無理がある。
筋力だってそんな一朝一夕で増やせるものではないし
増やせたとしても落ちやすく質の悪い筋肉になってしまう。
それは良くない。
消去法で行くと霊力に関する分野が一番練習しやすいし
鍛えやすいので霊力の扱い方を意識するようにしているのだ。
索敵をする際どれだけ薄く張れるか
どれだけ広範囲に効果を及ぼせるか
索敵に引っかかった敵を離れた場所からでも把握できるか。
並行して複数の術を使えるようになるのも良いだろう。
あとは霊力を練る時間と比例して術の威力が増すのは当然の事だから
短時間でどれだけの霊力を出力する事が出来るかも課題だ。
意識してやるか否かで随分と成長度合いが変わる
と気付いたのはつい最近だ。
今まで感覚でなんとなくでしていた事を意識する事によって
抽象的だった想像が具体的に変化する。
想像した結果が鮮明であればあるほど精霊たちは力を貸しやすい。
使い慣れた術の威力が増すのもその為だ。
頭では分かっていたはずなのに
いざ実際にやってその結果が出ると驚きが伴うのは不思議なものだ。
霊力ばかり鍛えても良くないからと
セリエルの鬱憤晴らしのために組み手を始めたのも実は紅耀からの提案だ。
彼にはステータスが見えているだけあっておれと彼女の実力差を把握している。
手合わせするのに実力差がありすぎると良くないからな。
ステータス的に拮抗している所に目をつけたんだろう。
あとは彼女の得意分野に目をつけ
そこからおれのステータスで伸ばせる分野を見出したのかも。
……そんな優しい奴には思えないが。
ジューダスの手を借りちゃいけない時点でかなり厳しいもんな〜
セリエルとの手合わせも嫌がらせに思えてしまう。
定期的に憂さ晴らししないと何をしでかすか判らないし
せっかくの機会だ。
休憩する度瓦斯抜きに付き合い盗める技術盗んで
向上できる箇所を少しでも増やそうとしてやる!
転んでもただじゃ起きないぞー!
セリエルとの手合わせにおいて目指すは反撃する事と一発で良いから入れる事。
商会長のおっさんに返した通り
反撃の余地やつけ入る隙が見つけられないんだもん。
恐怖により身体が強張るのが原因の一つだ。
一瞬でも刹那でも隙ができればそこを見逃すような手合いではない。
強さは近づいた
と思っていてもそれは霊力や精霊術の差があってこそだ。
セリエルは先天的な才能も有って昔から霊力の扱いが上手かった。
内包量は多くないんだけどね。
その為少ない霊力を効率的に身体強化に宛てて攻撃力を上乗せし
純粋な武の技術を磨き実力を上げた。
接近戦において彼女に勝てる人は早々いないだろう。
勝気なことも相まって相手の懐に入る事に躊躇しないし
定石よりも半歩、一歩前へ踏み込む命知らずな度胸もある。
下手に武器を持たせるよりも彼女は身一つで戦った方が強い。
自分の長所を理解し生かした戦い方に特化している。
おれとは全く違うその戦い方から学べる事は多いはず。
あとはセリエルを見習って自分にどういう戦い方が向いているのか
いい加減把握しないとな。