58
これで王宮の中の魔物も比較的弱い魔族も一掃した。
残るはアハマドらしき半魔族とフートの部下であろう魔族の二体。
空間断絶に閉じ込める事が出来なかったので
おれの最低二倍強い事は明白。
下手したらそれ以上だ。
父さんはおれの四倍程強いようだが倒せるだろうか。
いや、英雄王と名高いこの人が真っ向勝負で負けるはずがない。
しかし……
人質を取るような真似をする魔族の話は聞いたことはないが
万が一があってはいけないし
おれは留守番をしていた方が良いのじゃないだろうか。
一度沈んだ心はなかなか浮上せず悪い事ばかり考えてしまう。
「お前はアハマドをまだ救いたいと考えているのか?」
広場に向かった時の速度と比べると随分ゆっくりな
おれの速さに合せて走る父さんには聞こえない声で後ろから声をかけられる。
先に歩き始めたのはジューダスだが
おれが追い付いた時点で予定通りの陣形をとった為
今おれの背後にはジューダスがいる。
息を切らすことなく走り上下する身体に揺さぶられることなく
言葉が発せられているこの違和感。
こいつ、本当に人間か?
と疑いたくなってしまう。
正直おれは今の速さで全力疾走一歩手前
風精霊の補助があってようやく息をさほど上げることなく走れる
と言う程度なのでおしゃべりが出来るような余裕はない。
何度か頷き意思表示をする。
ゴンドワナ大陸で起きた魔族による被害の原因はアハマドだ。
リネアリス村の蹂躙に始まり
ヴェーダ大陸の魔薬問題
霊力枯渇に市民の一斉失踪
瘴気の充満に魔族による支配。
全てアハマドが自分勝手な欲を満たすために起きた惨劇が起点となっている。
しかしそれも全ての元凶は魔族がアハマドを唆したからと言える。
罪は多く重いが人間に戻すことが出来るのならきっちり償って欲しいし
イシャンとラシャナと言う最大の被害者である我が子にまずは謝罪をして貰いたい。
その思いは変わらない。
意志表示をした後
ジューダスは小さく『そうか』と返しただけでそのあとは黙り込んだ。
呆れられたのだろうか。
いや、既に散々呆れられているのだから今更か。
どうせおれのあずかり知らぬ所で盛大に溜息をついているに違いない。
ビィの魔族達が通って来た道を進むよりも罠が確実にないと言える元来た道を戻った。
再び玄関へと至る。
その一歩手前。
玄関へ出る寸前に首根っこをつかまれ思いっきり後ろに放り投げられた。
首が絞まったじゃないか!
殺す気か!?
文句を言いたくても咳き込んでしまって言葉が出ない。
犯人であるジューダスをねめつけようと上を見上げると
珍しく拳を握りしめ焦った様子が伺えた。
首を傾げその視線の先へとおれも顔を向ける。
広い、玄関とそこの中央から上へと伸びる無駄に豪華に装飾された階段の手すりも
おれたちが来た方向とは逆方向へと延びる廊下。
何も、変わった事はない。
ただ、さっきまでおれの数歩前を走っていた父さんの姿がどこにもなかった。
「領域に囚われたようだな」
視えないか?
と言われ片眼鏡を取り出して視てみると
確かに玄関と廊下のちょうど境目に
薄い膜のようなものが張っていて空間が微妙に歪んで見えた。
片眼鏡を外して目を凝らしてもそれは視えない。
おれよりも上位の術者によるものだと言う事だな。
おれが使った空間断絶のもっと上位に位置する術で
空間に捕えた者を術者の影響下にある場所へ
意のままに転移させることが出来る術があるそうだ。
戦力を分断させたり
罠だらけの空間に転移させたり出来るので籠城する側には
とても便利な術なんだって。
同時に敵本陣へ乗り込む時に最も注意すべき術だと教えてくれた。
そんな術初めて聞いた。
しかし実はおれが知らないだけで身近にあった術だそうだ。
村へと続く森の途中に展開されている術なんだって。
だから村へたどり着けない人が多いのね。
納得。
とどのつまり。
村の長である父さんには馴染みのある術だろうにまんまとかかってしまったと。
走っていたとは言え気づこうよ…
いや、微塵も気づけなかったおれが父さんを責める事は出来ないか。
乗り込んだ時には無かったので
侵入に気付いた残りの魔族が張った罠だろう。
そうなるとこの先が危険だからと回れ右して他の道を選んだところで
同じようにどこかしらに転移の罠が張ってある可能性が高い。
今回はジューダスが気づいてくれたから良かったけど次もそうなるとは限らない。
これ以上戦力を分断されてしまってはいけない。
おれが死ぬ。
どうせ二の足を踏むことになるのだ。
それならきちんと準備をしてから領域内に進めば良い。
転移と同じで肌と肌が触れ合っていれば
確実に分断されることなく転送されるという事で
仲良し子好しお手々を繋いで玄関へ踏み込むことになった。
おれは指の部分が露出している手袋を付けているので外す必要はないが
ジューダスは白い手袋を付けているため脱ぎ終わるまで待つ。
父さんの事は心配だけれども三人の中で一番弱いのはおれだ。
一人になった時最も危険なのはおれなのでおとなしく良い子にしています。
面倒くさそうに手首や腕に巻いている組紐と手甲を外し
口で中指部分を咥えた後無造作に腕を動かし長めの手袋を一気に外した。
神経質なように見えて意外といい加減な奴らしい。
外した組紐とか全部適当に胴締と服の間に突っ込んでるし。
「ん」
手袋を咥えたままなので喋れないのか鼻から出されたような
篭った音と共に手が差しだされる。
とっつきにくそうな奴だと思っていたのに
父さんと久しぶりに会ったせいなのか言葉に引き続き行動も砕けてきているな。
差し出された手を取ろうとしてたがその手を見て思わず動きを止めた。
「……別に、怪我の痕なんぞ珍しい物ではないだろう」
確かに、父さんだって今では世界で一番強いと言われる程の強者だが
若い頃は勿論今よりも弱かったし無茶もしたからと
身体のあちこちに古い傷を持っている。
切り傷もあるし、穴が塞がったような痕もある。
だけど、父さんは剣士で治癒の精霊術が使えないから痕が残っているのだと思っていた。
回復薬や薬草では瞬時に傷は癒えない。
どうしても痕が残りやすい。
しかし治癒術が使える術師は傷が化膿する前に傷口が痛む前に治癒する事が出来る事の方が多い。
だから傷跡は残りにくい。
おれも、全くとは言わない。
だがあまり身体に傷は残っていない。
治癒術を上手く使えなかった時に負傷した痕と
覚えのない痕がいくつか残っている位だ。
ジューダスにも未熟だった時があったという事なのだろうか。
いや、これ程大きな傷だ。
痕が残る程放置していたら手を切り落とすか
下手をしたら死んでしまう程の失血したに違いない。
そこから生還しているのだから
今と比べたら劣る所はあるのだろうが昔からジューダスは凄い術師だったのだろう。
掌一杯に広がる
剣で貫かれたのかと言う程の大きな傷痕を見て色々想像してしまう。
手を取るのを躊躇っているように見えてしまったのだろうか。
手袋をせず手甲とそれを留める組紐だけ装着し
甲側を向けて改めて手を差し出してくる。
別に傷痕を見て触れたくない位に気持ち悪いと思った訳ではない。
しかしせっかくの気遣いを無碍にするのもいけないので
差し出された手の指を取る。
……手甲をわざわざ嵌めて手を出して来たって事は
甲側にも傷痕があるってことだよな。
磔刑にでも処された事でもあるのか?
ふと思い至った想像に思わず頭を振る。
英雄相手に失礼な事この上ないから。
それもあるがもし万が一でもこいつの首や心臓付近にも
同じように貫かれた傷があったら失礼うんぬんよりも恐ろしいと思ったからだ。
顔を覆うように目深にかぶった帽子や
全身を隠すようにゆったりとした外套を羽織っている。
その上精霊術なのだろうが自分を認識させないようにしている所から
こいつ、実は過去物凄い犯罪を犯して
古代魔王の討伐を模した処刑方法をされたんじゃないだろうか
と想像してしまったのだ。
まぁ、その処刑方法だと大抵の国では手首を切られる訳だけど。
どっかの国では両手・首・胸を剣で突き刺す処刑方法を取っている
と言う話を聞いたことがあるし。
可能性が無い訳ではない。
エルフの血を引いていると長生きする
という事から世界的な犯罪を犯して逃がした凶悪犯罪者は
指名手配所に有効期限や時効は存在しない。
だから自分を認識できないようにしているのかも?
三英雄の一人
という事で最後の一突きだけされずに済み
今も生きているという事もありうるかも?
悶々と想像、と言うよりは妄想に至ってしまったため
考えがだだ漏れになったのか稜地から突込みが入り思考を止めた。
これだけ阿呆な突拍子もない事考えられるくらいに余裕が出来たのだ。
ジューダスは嫌がるだろうが妄想はかどる傷を持っていることに感謝だな。
そのジューダスに手を引かれ、領域へと二人同時に侵入した。
めまいを起こしたかのように景色が歪んだ後
眼前に広がるのは玄関ではなかった。
謁見の間なのだろう。
ごてごてし過ぎた悪趣味な事この上ない過度な装飾。
何メートルあるのか高い天井まで伸びる石像。
数段高い位置に玉座が据えられそこに頬杖を付いて一人の男が座っていた。
他に気配はない。
もう一人は父さんが飛ばされた方に向かったのかな。
目の前の男の気配は異様。
索敵をした時に感じたものも確かに異様だったが
対峙すると余計にその異質さが分かる。
追放されたとは言え一国の王族の末裔だからか元々霊力値は高かったのだろう。
その元来持ち合わせた霊力と
濃度の高い瘴気に侵され続けたせいで進行している魔族化現象が
現在進行形で体内でせめぎ合い拮抗している。
一体いつからその状態だったのだろうか。
瘴気に肉体や精神が侵された場合
自身の霊力によって瘴気が排除されるか
瘴気によって霊力が侵され精神や肉体に異常がきたされる。
そこにそれ程の時間は必要とされたない。
どれだけ長くても数日で充分だ。
しかし目の前のコイツはその拮抗した状態である意味安定しているように見える。
陰陽太極図のようだ。
想像力の欠如を指摘されたからか
先ほどまで阿呆な妄想をしていたからか
怖い想像に至ってしまった。
コンパス・キーを使おうとした時
霊力と魔力を同時に込める方法が解らず
少しの力しか流していないのに大爆発を起こしてしまった。
もし。
もし今のコイツがあの時のおれと同じ状況を作れるなら
ここら辺一帯吹き飛ばせるくらいの力が余裕であるのではないだろうか。
おれはあの時意識して同時に二つの力を少しだけ出したが
拮抗した状態で安定しているコイツなら
意識せずとも文字通り爆発的な威力を持つ攻撃が出来るだろう。
魔力を無効化する場合は同等の霊力をぶつければ良い。
しかし、二つの力が混ざり合っている力に対抗するにはどうすれば良いんだ?
「貴様がアハマド・フィルテュムか。
グンドゥ及びルェソーヨの名の下に裁きに来た」
「ちょっ!
ちょっと待って!!
イシャンとラシャナの為にも説得させてって言ったじゃん!!!」
「お前がいつまで経っても行動に移さないからだ」
ぐるぐる考えていたらジューダスが一歩前へ出て宣戦布告をしてしまう。
不平を唱えたら全く以てその通り、としか言いようのない反論を喰らう。
ぐうの音も出ない。
《グンドゥにヨゴスにルェソーヨか。
よくもまぁ、揃いに揃ったものだ。》
……また、ヨゴスか。
何で魔族はおれのことをヨゴスと呼ぶのだろうか。
《残念だが、私には私の願いがある。
どのような思惑でヨゴスが私に何を語りかけようとしているのかは知らないが
それを聞き入れるつもりはない。》
言葉と共にこちらへとかざされた掌からこぶし大の力の塊が放たれる。
嫌な予感とは当たるもので
想像通り霊力と魔力両方含有されている力の塊だ。
ひぃぃぃっっ!!!
内心悲鳴を上げつつ逃げようとしたが忘れてた。
手を繋いだままなのでジューダスも同じ方向に逃げてくれないと避けようがない。
体当たりでもかまそうと思ったら繋いでいる手を引っ張られ背後へ匿われる。
想定外に力強いこと!
呆気にとられている間に逆の手でビィの魔族を倒した時のように空中に円を描く。
光の砲撃で弾き返そうとでも言うのだろうか?
疑問はすぐに否定される。
何の音もなく衝撃もなくその円に吸い込まれた力の塊は消失した。
絵面は地味だが凄い!
王宮が吹き飛ぶくらいの力を秘めていただろうに。
そこまで考えてようやくおれの取ろうとした行動の浅はかさに思い至る。
もしおれが避けていたら。
領域により空間がどのように捻じ曲げられているかは解らないが
下手に攻撃を避けたりこちらが外したりすると
父さんや街の人たちに被害が行く可能性が高いのだ。
頑丈に作られている王宮が簡単に吹き飛ぶくらいの力が街中に出現してみろ。
メネスの半分が跡形もなく消えてなくなるだろう。
文字通り死ぬ気で相手の攻撃を無効化しつつ
こちらの攻撃は外さないようにしなければならない。
それはさすがにちょっと、無理じゃない……?
「歪な力を持つだけあるな。
レジストするのに意外と骨が折れる」
難なく無効化したように見えたけど結構大変だったみたい。
ジューダスがきついって言うならおれがそれするのってやっぱ無理でしょ。
諦めて敵前逃亡したくなる。
いや、しないけど。
聞き分けが悪い奴を力でねじ伏せ聞き入れ体制無理矢理作って説得をするのだ。
「……この力、どこで手に入れた?」
静かに怒る、と言う器用な事をする奴だ。
ジューダスは言葉こそいつも通り平静なのだが気配に怒気がこもっている。
鳥肌が立つ一歩手前のざわついた気持ちにさせられる。
繋がっていた手を離し思わず後ずさってしまう。
《想像はついているのだろう?
…………魔王様だ》
アハマドの言葉と共に一気に場の空気が変わった。
瘴気に満ち重苦しく吐き気を覚える雰囲気が
眩暈がする程に煌く結晶化した霊力が降り注ぐ神秘的な気配に呑まれる。
息を飲むとは正しくこの事だろう。
ラシャナのお腹の中の子が辺り一帯を浄化した時の比ではない。
前が見えなくなる程の霊力。
その中心に居るのはジューダスだ。
こいつたった一人がこれだけの力を持っているという事か。
しかも漏れ出ているだけでこれって……
圧倒的、と言う言葉では言い表せられない程の力を前に目を見張る。
可視化出来る程の魔力と言うのが瘴気ならば霊力の場合は何て言うのだろうね?
なんてのんきに考えている余裕はない。
いや、考えたけど。
脳みそが現実逃避をしようとしたせいだ。
逃避する暇があったらおれがどうするべきなのか考えなければ。
瘴気とは違い吐き気を催したり身体が重くなったり
不都合は生じないがここまで霊力が溢れていると前が見えない。
それはつまりアハマドの姿が視認できないという事だ。
ジューダスに注視している間にどうにか攻撃をしかけられないだろうか。
圧倒的な力により金縛りにあったような身体を無理矢理動かし
二歩、三歩と霊力の渦から後退し場の状況を確認しようとする。
≪主、呆けている所悪いけど……
ごめん、限界だ≫
呆けているとは失礼な。
文句を言う前に中に引っ込んでいた稜地が姿を現し謝罪を述べた直後に
おれの身体の中からはじき出されるように顕現した。
多すぎる霊力の影響下に無防備にいたせいでその霊力を取り込んでしまい
おれがその影響を受けないようにとしていたら意図せず肉体を得る事になったそうだ。
瘴気が身体に悪いのは当然として。
霊力も多すぎると身体に悪いのだろうか。
なんか力が強くなりそうな気がするんだけど。
実際、今の所おれはなんともない。
≪風船に息を吹き込み過ぎると?≫
あ、破裂しますね。
そう言う事ですか。
稜地がそうならないように目減りしていた霊力の補充も兼ねて取り込んで居たそうだが
許容量の限界が来て肉体を得るまでに至ってしまったんだって。
稜地が顕現しても尚場の霊力は静まることなく場に満ちている。
むしろどんどん増えていく一方なんですけど。
これ、どうしましょうかね。
原因であるジューダスに冷静になって貰うのが一番だが
そのジューダスの位置すら今では把握できない。
あいつから放たれる霊力が満ちており気配が部屋全体に及んでいるのだ。
輝石の結晶の輝きのせいで姿を視認する事すら出来ないし。
『稜地が顕現できる位の霊力があるってことは
火の大晶霊や白亜も顕現したら少しは落ち着くんじゃない?』
≪俺は主と契約しているから顕現できるの。
紅耀も白亜も主人が居る訳じゃないから無理だよ≫
火の大晶霊はわかるけど…
白亜ってジューダスと契約しているんじゃないんだ。
名前の認識が出来るから契約済みなんだとばっかり思っていたんだけど。
因みにそのせいで何度聞いても火の大晶霊の名前を覚える事が出来ないでいる。
呆け老人にでもなった気分になるのでちょっと物悲しい。
色々聞きたいけれど今はこの溢れまくっている霊力をどうにかするのが最優先だ。
ジューダスとアハマドの姿が見えない今
多すぎると害になり得るこの霊力をどうにかするのがおれの役目だろう。
どうせこれだけの霊力があるならゴンドワナ大陸中
それにとどまらず世界中に霊力を送りたい所だ。
火の大晶霊は自分の領域だったアガンジュ遺跡から離れていること
主人もいないため霊力の循環機能はどうしても劣ることを挙げながらも
≪効率的に霊力を世界へ還すことは出来ないけれどしないよりはましだから≫
と言って地面を爪先で蹴り方陣を描いて何やら詠唱をし出した。
簡単な動作一つで強力な術を放つことが出来る大晶霊が
詠唱をするなんてどんな規模の事をしようとしているのだろうか。
稜地は本来の領域こそドハラ神殿になるが
おれと契約する事でおれの周囲が領域になっているから問題なし
と言って火の大晶霊から少し距離を取り同じように地面に方陣を描き出した。
守護を与えたり自分の力を及ばせることができる意味の領域ではなく
輪廻へ干渉し霊力を世界へ巡らせる事を効率的に行える場所も"領域"と言うそうだ。
それぞれの大晶霊がいる場所は元々そう言う意味の領域に該当するらしい。
そしてその領域は世界の根幹が輪廻と共に繋がっている。
だからアガンジュ遺跡で結構あっさり葵帷さんを召喚できたのか。
繋がっているなら干渉もしやすいだろうからね。
そして輪廻へ、世界そのものへと霊力を還す方法を教えてくれた。
稜地がおれを通して場に満ちた霊力を世界へと送り込んでいく。
最初は水滴ほどの量を少しずつ
おれに余裕があると判断したのか稜地は送り込んでくる量を徐々に増やして行く。
小雨が降り注ぐように小さい霊力の塊を流していたのが
雨粒を大きくしそれを断続的に変え
小川の流れへ河川の規模へ
最終的には滝が落ちるかの如く霊力が叩きつけられる。
その激流に押しつぶされないように踏ん張り
稜地に指定された方陣に手を付きそこへ霊力を送って行く。
耳飾りや指輪がその霊力に反応しおれが方陣へを送り損ねた分を貯めて行く。
壊れやしないか冷や冷やする。
しかし目に入った輝く指輪を見て思いついく。
以前指輪の力を使って稜地は顕現したことがあった。
つまり指輪と大晶霊は連動している。
方陣を通して世界へと送った霊力は各地にいる大晶霊の管理の元
世界中へ均等に巡らせられるという。
だが今霊力を切実に必要としているのは瘴気が溢れかえっているゴンドワナ大陸だ。
ならばゴンドワナへの魔族の出入りを制限し浄化を担ってくれている葵帷さんに
指輪を通し意識してこの場に溢れている霊力を直接流せば
他の街に居る魔族を弱体化させ
うまいこと行けば皆避難までしなくても良くなるのではないだろうか。
今のおれでは離れた場所にいる葵帷さんに語りかけることは難しい。
不慣れな事をして話すことに集中してしまうと
霊力を世界へ送るのが疎かになってしまう。
そうなるとおれの体が弾け飛ぶ危険性があると言われてしまっては
現状維持は必須だ。
心の声がだだ漏れにならないようにしていた防御を外し
稜地に考えついた事を伝える。
≪細かい調節はまかせて≫
と快く了承してくれた。
考えこそ単純だが実際にやろうと思うと
やはり大変な部分が出てくるのか。
不甲斐ない主人で済まないねぇ。
任せた、と一言お願いし左の親指にはまっている蒼く輝く指輪に意識を向けた。