9
──絶対零度の青藍の輝き
すでに半壊されほとんど意味を成していない土・氷・雷の檻を解除すると同時に氷系の精霊術を発動。
両手に構えた投手剣へとその力を封じ込める。
──絶対熱の緋色の瞬き
炎系の精霊術は拳へと込める。
相反する属性の精霊術を同時に発動するのはかなりの精神力を消耗する。
さっさと片を付けなければ。
檻解除の際にいったん退いた間合いを一気に詰め、拘束が外され自由の身となった9つ首の上空へと大きく跳び、その投手剣を放つ。
霊力が込められたそれらは、いくつかは的を外れ地面へと刺さり、いくつかは残っている7つの首へと突き刺さった。
致命傷には当然至らない。
だが、問題ない。
おれの意図する所は別にある。
着接と同時に、突き刺さった刃の先から放たれた霊力がみるみるうちに9つ首と地面とを凍てつかせ磔にする!
地面に突き刺さる前に掠めたられた9つ首の身体の一部もわずかながら術が発動し、青白く輝く薄氷が広がっていく。
見た目的に掠った部分は鱗の表面を軽く削った程度。
やはり、6つ首よりも鱗の防御力が高いな。
6つ首程度の防御力だったら肉まで達してくれていただろうに。
だがしかし、無事に突き刺さってくれた部分に関しては、血液を通してかなり深い部分まで凍っているはず!
「うるぁぁあっっ!!」
気合い一発、一番深く投手剣が刺さった場所を目がけて炎の霊力を込め握りしめた拳を思いきり振りかぶり、殴りつける!
実際の絶対熱の温度、とまではおれの霊力的にいかないけれど、かなりの高温をまとわせた拳で凍った部分を殴られ、首の一つが砕け、はじけ飛んだ!!
一つ一つの頭に意思があるようで、凍った首は後方へ下がり、ほぼ無傷の首がこちらに向かって接近してくる。
後方へと退いた凍っている首は、器用に口に溜めていた炎で互いの首を温め何とか回復を試みているようだ。
自滅してくれればとっても助かるんだけどな。
自然回復能力は低いか…そもそもないのだろう。
胴体と頭部の中間を凍らせられても動ける所を見ると生命力は滅茶苦茶高い。
通常の生物なら内部まで凍ってしまったら外部からの刺激を与えなくてもぽっきりと折れているだろうに。
思ったよりも術の効果が薄いのか?
蜥蜴を主とした合成生物だったら今の術でほとんど動けなくなると思ったんだけど…見通しが甘かったか。
知能は結構高いみたいだ。
竜種によっては人語でも精霊語でも話せるものもいるみたいだし、魔物の分類の中では知能はずば抜けて高いのだろう。
こいつは竜種こそ入って居るのかもしれないが、しゃべる気配がないし、人語は話せなさそうだが。
話が通じるなら交渉とかしたかったんだけれど……
まぁ、自分の首のいくつかを狩り取った相手と交渉の場なんて設けてくれるわけないか。
って言ったって、最初に仕掛けてきたのは向こうなんだけどさ。
突っ込んできた首はこちらをかみ砕こうとしているのか、至近距離で炎を吐こうとしているのか、口を大きく開けて肉薄してきた。
いや、炎を吐くことはないな。
霊力が高まっている気配を感じない。
氷を融かす方で手いっぱいなのかな?
一時的でも戦力を下げることが出来たならその隙を利用しない手はない!
拳に炎の霊力を込めたまま小太刀を抜き逆手に構え攻撃の機会をうかがう。
先走って失敗したら命に関わるからな。
懐に閉まってある折り畳み式の棒術用の棍棒を口の中に突っ込んで口を閉じれなくしてやろうかとも思ったのだが、大きく開いた口はおれの身長よりもなお大きく開いているので残念ながらそれは無理そうだった。
長さが足りない。
というか。
蛇も混ざっている合成生物なら、いくらでも…と言う訳にはいかないにしてもかなり大きく口を開くことが出来るか。
蛇の魔獣が人間どころか牛や馬を丸呑みした、なんて話聞いたことがあるし。
その際は、頭から順番に足先まで段階を踏んでもぐもぐごっくんしているのだろうけれど、今までで確認されている蛇型魔獣の最大値は80尺程だったかな。
でかすぎて何とも言えないが、9つ首はその倍の大きさはありそうだし、おれくらいなら縦で丸呑みとかも出来てしまうのだろう。
それに…
目を見た時に6つ首と同様、瞳が縦長だったからその可能性高いよなって思っていたんだけど、こいつ、毒持っていやがる。
でかい、硬い、毒持ち、9つも首があるから死角はほぼなし。
しかも炎まで吐くって反則じゃないか!!?
毒腺にどれだけの毒をため込めるかなんてわからないけれど、下手に牙が危ないからと折ってしまったら貯えている毒を浴びかねない。
防御系の精霊術は風が基本だから苦手なのに…
土壁で防御すると、こちらに隙と死角ができるからそれはなるべく避けたい。
しかし一度入り込んだ懐から、攻撃を避ける為だけに外れてしまうのはもっと避けたい。
蛇の特性で温度差によりおれの認識自体は出来ているようだが、でか物なだけあって、視認は出来ていないらしく、先ほどから攻撃する前に首を大きく後ろに引いて、おれの姿をきちんと確認している。
几帳面な性格のようだ。
複数の首があるにもかかわらず、同時攻撃はして来ないし、自分の肉体を効率よく活用する術を身に着けていないのかもしれない。
侵入者が今までほとんど、もしくは全く居なかったのなら当然と言えば当然なのか?
戦い慣れていない奴の場合、戦闘の癖がほぼない上に突拍子もない攻撃を繰り出してくる可能性がある為、それはそれで注意が必要だ。
何度か同じ単調な攻撃を繰り返されているが、次こそ毒液かけられるかも!?とか思うと尻込みしてしまう。
強敵を相手にすると、おれは意外と慎重になるようだ。
……自分よりも強いかもしれない相手と戦うと言う事にあまりなったことがないから少々びびっている、と言うのも事実である。
一度でも毒液攻撃の放つ瞬間を見ることが出来れば、攻撃前の特徴を掴むことが出来るのだが…
当然浴びる訳にいかないし、一進一退の攻防戦を繰り広げて居たら、確実におれの体力の方が先に尽きる。
えぇい、ままよ!
ぐぐっと後退したのち、勢いづけておれの方へ大口を開けて襲い掛かってきた頭の一つに向き直り、小太刀を横に構え攻撃をぎりぎりでかわした所で、首が突っ込んできた勢いによってあごを上下にさばく。
力の込め具合を誤り、一瞬小太刀ごと腕を持っていかれそうになるが、なんとか踏ん張る。
腕を通じて小太刀にも炎の力が付与されているので、何とも言えない匂いがあたりをただよってくる。
育ち盛りには少々辛い匂いである。
醤油が欲しい。
と言っても、当然相手を殺すための攻撃術をまとっている訳で、食すにはだいぶ焦げてしまっている。
炎を吐く割には肉はきちんと火で焼けるのだから不思議なものだ。
余裕があれば、竜の肉は高く売れるのでなるべく大きく切り取り冷凍して商品価値が下がりにくくするのだが、今はそんなことを言っている場合じゃないし。
夕飯確保の前におれがこいつの夕飯にされてしまう。
肩で息をしながら汗をぬぐう。
これで残りの首は5つになったわけだが…
残りの首の個数に応じて、あの6つ首と同じくらい弱くなってくれていれば良いんだけど、当然そうはいかないし。
エリーヤはまだ目を覚ましていないみたいだし。
そんな強く放った覚えはないんだけどなぁ…軟弱者め。
……ん?
あれ?
視認できる首が、4つしかない……?
地面から直接生えていたように見えた首の一つが消えていた。
が、気づいた時にはもう遅い。
そいつが突如地面から出現!
襲い掛かってくる!
ぱっくりそのまま食べられた方がまだましだったかもしれない。
鋭い鱗をまとった胴体に、まるでおろし金ですられたすずしろのように、咄嗟に防御した両腕を削り取られてしまった。
あと半拍だけでも良いから気づくのが早かったら…
後悔しても遅い。
骨こそ見えていないが、袖に隠していた暗器と一緒に前腕の肉の大部分を持っていかれてしまった。
痛いなんてもんじゃない。
防御がてら多少でも後退したことと、炎をまとわせていたから相手の攻撃自体を弱体化出来た事でこの程度で済んでいるが、直撃したら防御もへったくれもない。
腕ごと落とされるか、下手をしたら身体の全てをえぐられていたかもしれない。
上半身がひき肉になって下半身がさようなら、なんてことにならなかっただけ運が良いと思えば良いのか…
一発で死ねた分、その方が楽だったのだろうか…
痛みと出血で気がそぞろになっていた所に第二撃。
今度はろくな防御も出来ず、精霊術の盾で勢いが多少弱まっただけの所に遠慮なく尾による攻撃が左腕をへし折りろっ骨を砕き、いとも簡単に部屋の奥へと吹き飛ばされる。
ひゅぅっこふっ かはっ げほっ
無理矢理肺から空気を押し出され、本能で息を吸い込もうとするも、ろっ骨は折れているわ内臓は損傷しているわで上手く呼吸が出来ない。
しかも血まで吐いてしまっていますよ。
熱い…?
いや、寒いし……
やばいな。
朦朧としてきた。
魔獣や魔物には負け知らず。
村を出る頃には父さん以外の村の人にも負けなしで、旅に出る許可が出たのも、一回だけだけど父さんに勝てたからだ。
そのせいで天狗になっていたのだろうか。
……そうだろうな。
負け知らずで調子に乗って、どこかで
『おれは大丈夫』
『おれは死なない』
そう思っていたのだろう。
結果がこのざまだ。
呼吸が出来なきゃ詠唱が出来ない。
無詠唱による術の発動も一応は出来るけれど、それに集中するだけの余力もない。
エリーヤだけでも、逃がしてやらなきゃ……
一度は引き留めてくれた、正義感の塊である巻き込まれただけの存在だ。
帰してやらなきゃ。
騎士団長と言う肩書があるのだ。家族は当然待っているだろうし、家族が居なかったとしても、国が待っているだろう。
ふらふらと足元もおぼつかない中、あんな攻撃を受けても落とさず握っていた小太刀を支えに、何とか立ち上がろうとする。
死にかけているにも関わらず、戦うための道具を落とさなかったのか。
偉いな、おれ。
心の中で苦笑し、心に多少の余裕を持たせる。
うん、そうだよな。
おれも、生きて帰らなきゃ。
「───!?────っ!!?」
いつのまにか、エリーヤ顔面蒼白で覗き込んでいた。
何か言葉を発しているのはわかるのだが、何といっているのか認識が出来ない。
「ドゥンムテ ワンリャー…」
大丈夫。
そう言おうと口を開いたが、何か別の言葉が出る。
……?
血の失い過ぎで、脳みそおかしくなったのか?
正常とは言い難いが、先ほどよりも思考は動いているのだが……
片膝をついた状態から、勢いに任せて立ち上がろうとした。
が。
足に力が入らずそのまま後ろに転倒しそうになる。
寸での所でエリーヤが腕を出してくれて、身体に衝撃があまり来なかったが、壁に頭を打ち付けてしまう。
かばうならきちんとかばってくれ……
悪態つけるだけまだ大丈夫だな。
問題ない。
相変わらず、エリーヤがなんて言っているのか認識できないけど。
《な──のここ──にゆだねよ──》
ふと、気もおぼろげになっていた頭に、直接、声が響いた。
エリーヤの声ではないようだけれど……?
うまく聞き取れなかった……
《汝の心を我に委ねよ──》
意識を集中させたおかげか、今度はきちんと言葉を認識できた。
声の主を探そうと視線を巡らせると、おれが激突した衝撃でえぐれた壁の下から、鈍色に光る金属の平らな壁がのぞいていることに気付く。
部屋に入った時は、所々しか顔をのぞかせていなかった、それ。
あぁ、やっぱりここはおれが求めていた遺跡だ。
まちがいない。
村の近くにあった遺跡にそっくりだ。
求めた所で意味をなさないとは分かっていても、ほとんど機能していない手を伸ばし、そっとその壁に手を触れる。
≪──血の盟約は交わされた──≫
頭に言葉が明瞭に響いた。
途端に。
轟々と地響きを立てながら土の壁がぼろぼろと崩れ落ちてくる。
慌ててエリーヤがおれに覆いかぶさりかばおうとする。
しかし、淡い琥珀色に光る透明な壁がおれたちの周りを囲っており、崩れてきた石や岩がそれに阻まれ本来落ちるべき所から軌道を変えて落ちていく。
エリーヤは呆然とその様子を見て何かを口にするが、やはり、言葉の理解が及ばない。
9つ首はおれにとどめを刺そうとしているのか、落ちてくる岩壁を気にも留めずひっきりなしに噛みついてきたり尾を振り回したりと攻撃を試みているようだが、やはり琥珀色の壁に阻まれてそれが叶わず終わっているようだ。
あ、やばい。
目も霞んできた…
最期に見るのが半分近く首がもげた怪物なんて嫌だぞ、おい。
≪──契約者よ、汝の名を告げよ──≫
なまえ……?おれのなまえは──
目を開けている事すら既に億劫になっている、混濁とした意識の中、頭に響く声に応える。
≪──我が名は──≫
おまえのなまえは──
告げられた名前を反復すると、ふわふわとした浮遊感の中漂っている、重力を感じさせない妙な感覚が支配し、痛みも感じなくなる。
幻聴まで聞こえてきているみたいだし、ついにおれもお迎えとやらが来てしまったのか…
父さん、志半ば、巻き込んだ人間すら助けられない不甲斐ないおれを呪ってやってくれ……
……ちがう。
ん?違うぞ。
正しく、今、覚醒した。
がばっと起き上がると、目の端にぽかんと間抜けに呆けたエリーヤが映る。
あたりは、琥珀の壁はなくなり、先ほどまでの血なまぐさい殺伐とした雰囲気は消え失せ、代わりに緑が広がり、所々色とりどりの蕾がほころんでいる。
エリーヤが居なければ『ここが極楽浄土です』と言われたらなるほど納得するような現実離れした景色だった。
なにより現実からかけ離れているのが、地面が盛り上がった所から生えた蔦が9つ首の身体を這い、捕え、締め上げ、更に傷口からは毒々しいまでに赤い花が咲き乱れている様だ。
巨体がなんとかその蔦から逃れようと苦しみもがいているが、びくともしない。
見るからに先ほどまでの威勢が感じられないので、もしかしたらあの蔦か花は毒性なのかもしれない。
それか、9つ首の生命力を吸って成長をしているのか…?
見ようによっては、ぞっとする光景だ。
ふと腕を見ればその9つ首によってえぐられた傷が跡形もなく消え、気づけば呼吸も楽になっている。
腹部を押さえても痛みや違和感を覚えることもない。
エリーヤも同様に、9つ首との戦闘で最初の方に付けていた細かい傷や、おれが放り投げた時に負ってしまっていたであろう傷の一つもない。
何が起きたというのだろうか──…?
考えられることと言ったら、頭に響いた、あの、声だ。
「──“稜地”──?」
≪お呼びか?主よ≫
その時、その声に告げられた名前を呼ぶと、今度は頭の中だけでなく、きちんと大気を震わせた声が応える。
どこからともなく現れた“それ”に、ついにエリーヤは腰を抜かす。
漏らさなかっただけましだと思えば良いのだろうか。
なにせ、現実の物とは到底思えないような存在だったのだ。
一言で表すならば、神々しい、だろうか。
威風堂々とした姿は見るだけで魅了されるような美しさをまとっており、荘厳と響く声は思わずひれ伏してしまいそうになるほどに気高く響く。
男性をかたどっている精霊──いや、精霊ではない。
きっと、この存在は、大晶霊だ。
感じ取れるだけでも、その力の強大さにおののきそうだ。
何かの間違いじゃないだろうか…?
吟遊詩人が語り継いでいる夢物語や、下手をしたらおとぎ話の世界の住人だぞ。
それが、おれを“主”と呼ぶ。
低級の精霊なら、自我を持たないと言われていて、過去には特殊加工された入れ物に飼う事は出来たそうだ。
しかし、上級の精霊や大晶霊と呼ばれる存在の場合は信仰心を認められ力の一部を術者の霊力をほとんど使わず貸して貰うか、協力関係を仰いで同盟を組んでばっちり霊力を消耗し力を貸して貰うか、霊力をがっつり消耗し一時的に召喚をして術を行使するたびに更に霊力を使って力を貸して貰うか、の三択である。
主従関係を結ぶなんてありえない。
あくまで、精・晶霊の立場が絶対的に上である。
あぁ、半殺しにして無理矢理使役する、という方法もあったそうだけれど、自我を持っている精霊は恐ろしく強いそうなのでほぼ無理だろう。
そもそも、自分に負ける程度の力しか持っていない弱い存在を使役した所であまり意味をなさないし……それなら、行きずりの精霊をその都度召喚した方が危険も手間も少なくて済む。
それこそ、おとぎ話に出てくる、大昔に存在したと言われている大賢者オラクルは精・晶霊に愛された存在で、大晶霊自ら望んで使役されていたそうだが……
おれが?
大賢者に匹敵する存在だとでも??
そんな馬鹿な。
冗談も大概にしてくれ。
「れ、れれれレイシス!
いっちゃいどうなっているんら…!?」
おれ以上に動揺していることが丸分かりな位に不審な動きと舌をかみ過ぎているエリーヤの言葉に思考の泉から浮上、我に返る。
うん、自分以上に混乱している人間を目の当たりにすると、落ち着くね。
冷静になれるね。
…と言うか、今は普通に言葉が理解できるな。
さっきのあれは、死にかけていたせいで脳が上手く動いていなかったということなのかな?
なんとも言えない生暖かい目でエリーヤを見た後、空中に浮かんでいる土の大晶霊──稜地の方を見上げる。
「たぶん、この遺跡に封印されていた大地を司る大晶霊だ。
封印されていた依代に、おれが血の付いた手で触ったから封印が解けて、んで、封印を解いたおれが契約者になった?みたい??」
≪ふむ…… 晶霊と言う言葉は、所詮はヒトの子が勝手につけた名称に過ぎんし、いくつか訂正したい言の葉もあったが……
まぁ、良い。
稜地と言う名を賜っている。
よろしく頼むよ。≫
おれの言葉に小首を傾げ否定しつつも、自己紹介の際には肩に担いでいる大きな斧をおろし、優雅な礼をしながら言葉を発する稜地。
いちいち動作が人間臭いと言うかなんというか。
人型だし、空中に術の発動もなしに浮いていたり、現実離れした力がなければ『絶世の美丈夫』で通じそうだ。
礼の仕方が一般的な方法と違うし、過去、誰かに使役されていたというのは本当なのかもしれないな。
その時に、主人の癖がうつった、とか?
だとしたら更に人間臭い。
≪世界の危機に東奔西走なんのその、天資英邁に驕らず現神子自ら出向くとは思わなんだ。
碧血丹心を込めて雨過天晴となるよう助力しよう。≫
「は?」
「へ?」
『ん?』
……意味が理解できない言葉が多かった。
なんだって??
とりあえず……
「世界の危機――――っっ!!?」
こういう慌てふためき素っ頓狂な大声を出すのはエリーヤの仕事だろうが、彼の言葉を待たずに堪らず声を荒げる。
そのエリーヤに至っては、おれ以上に理解が追い付いていないのか、おれと稜地を交互に見ながらぽかんと口を開けたまま呆けている。
『ちょっと自分探しの旅に行ってくるわ!』
と辺境の村から出てみれば……話の規模が大きすぎないか?
もしかして、これが世界の常識とか?
いやいや、エリーヤも同様に混乱しているのだからそれはないだろう。
≪……主は要望要請を受け我の下へ参ったのではないのか?≫
ぶんぶんと勢いよく首を左右に振り否定する。
世界の危機なんて一体誰から教えて貰うんだよ!?
井戸端会議している奥様連中ですらそんな噂話なんかしていなかったぞ!!
≪……はて?≫
あごに手を当て、首をかしげる稜地。
『はて?』じゃないよ。
一体全体、どうなってんだよ……
≪主は、アレが何か判るか?≫
あれ、と言って指差したのは、一体どれだけの生命力があるのか想像しただけで気が滅入る、未だ息絶えず弱弱しくも蔦の束縛から逃れようとあがいている9つ首。
わざわざ晶霊様がその正体を質問してくると言うことは、一般的な魔獣や魔物の類とは違う、と言うことなのか?
≪世界の危機、と言われても感じ取ることが出来ないようなのでな。
ご説明しよう。
ここより東の土地で行われた虐殺の元凶も、彼奴も、世界を滅さんとする者達の製作物だ。ヒトには一緒くたに魔物と呼ばれているそうだが……彼奴等は魔物と違い自然発生するものではない。
其奴等が素質ある者に因子を植え込まれた、生物の規格から外れた哀れな存在だ。
我らの楔が何らかの理由で綻びが生じているようでな。
近年、異常気象や大規模な彼奴等による災害が多いのもそのせいだ。≫
言って、ぱちんっ、と9つ首に向かって指を鳴らす。
すると蔦が急成長を始め9つ首の身体全体を覆い、今以上にきつく締め付け──ばきんっ、とも、ぐしゅっ、とも、何とも言えない音を立てていともあっさり絶命させた。
蔦は更におびただしく地面を流れる血へと、その成長を早め伸びていき吸収していく。
血の一滴たりとも残さない、執念すら感じられるほど執拗に。
まばたきを幾度か繰り返す程度の時間が経過すると、蔦は綻び地面へと落ち着き、生物然とした動きを止め普通の植物になった
。
跡には9つ首が存在していた痕跡の片りんすら残っていなかった。
殺されかけた相手に同情をするつもりはないけど……一瞬でやれてしまうと、いたたまれない気持ちになるな。
と言うか、強すぎだろ、大晶霊……
≪まだ目覚めて間もないものでな。
あの程度の輩に気を込めねばならない程弱体化しているが、上手く使ってやってくれ。
宜しく頼むぞ、主。≫
にっこりとほほ笑む稜地を前に、打ちひしがれそうだ…あれで弱体化してるとか。
本来の力は如何ほどに??
強すぎだろ、大晶霊……
思わず脱力し四つん這いになる。
く~ きゅるるぅ…
大晶霊の言葉に、弱いくせにいきがっていた黒歴史に打ちひしがれ落ち込んでいるおれと、それを微笑ましく空中で器用に足を組んで見ている稜地、そして状況を飲みこめていないのかおろおろするばかりのエリーヤ。
その異様な光景を終わらせたのは、何とも場違いなおれの腹の虫の音だった。
なんともまぁ、恥ずかしい…
「とりあえず、外に出ようか。
ここに留まっている理由もないわけだし、他のフロアの魔獣退治は後でもできる訳だし。」
魂が口の中に戻ったのか、自分で恥ずかしさの追い打ちをかけて顔を上げられないおれの肩に手を置き、エリーヤは保護者よろしくな感じで行動を促す。
こいつは、おれのせいで死にかけたというのに……懲りない奴だ。
まだおれと関わりを持とうと言うのか。
せっかく無傷のまま助かったのだし、無力なおれなんぞ置いて、さっさと退散すれば良かったと言うのに。
苦笑し、起き上がるとエリーヤと目線が合い、自然とお互いに微笑み合う。
「なにより、今の状況がどうなっているのかもさっぱりわからないのでな!
説明して貰いたい!!」
……相も変わらず、単なる馬鹿だったか。
少し感動したおれは更に大馬鹿者だ。
顔が引きつることを隠すこともせずに呆れてしまう。
とりあえず、危機的状況を回避できたことを幸運に思おう。
脅威を感じさせない、遺跡の中なのに緑生い茂り花が咲き乱れる現実離れした空間で、ほっと1つ、ため息をついた。