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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
火の章
89/110

57




空間断絶の何が良いって

その範囲に閉じ込めたヤツに問答無用で攻撃を仕掛けられることだ。


葵帷さんと契約した今

どれだけ霊力値が上がっているのか把握するためにも

やってみたい事があったんだよね。

父さん達に大体の事は告げ許可を貰い早速実行に移す。


──我が意を酌みて 胆礬の結実へ 仇成す者たちを牢籠せよ

 空間断絶


一部索敵出来なかった個所を除いた範囲の全ての空間を切り取り

廊下や調度品などのは除外し魔族性の者全てをそこに閉じ込める。

この術、別の名前を付けていたのだけれどジューダスが空間断絶と言ったので

そうか、この術はそういう名前なのかと学びこの名称へと変更した。

独自性のある術を作りたい訳ではないので

一般的な名称があるならそれを付けた方が精霊たちも混乱しなくて済むだろうからね。

その証拠と言わんばかりに消費霊力が少なくて済んだ。


索敵した時と同じように中庭、玄関一回全域、二階へと断絶区域を広げていく。

弾かれたのは王座に居る二人。

アハマドと、フート直属の部下だろう。

つまりこの二人はおれの霊力の倍以上の強さだという事だ。


敵の戦力把握が一気にできてその上離れた所から攻撃まで出来るなんて

なんて便利な術なのでしょう!

感激するのもそこそこに、すぐに次の術を唱える。


──地上に舞い降りる聖なる翼よ

 白亜に煌めくその羽を裁きの輝きとし

 邪悪なる魂を還らせたまへ

 光翼殲滅舞


浄化の羽を降らせる術を元に組み上げた光属性の攻撃術。

ぶわっとおれの周囲の霊力が一気に上がり外套をはためかせ光り輝く無数の羽が出現する。

それらの羽はおれの想像し操る通りに

空間断絶によって隔離された空間内部に瞬時に移動し

そこに居る魔物や魔族に向かって光の刃となって襲い掛かる。

羽刃に内包する魔力を切り刻まれた魔物たちは

その姿を魔獣へそして野獣へと

変化させ次第に脅威となり得る存在から無害なものへと変わり

空間断絶をすりぬけいずこかへと逃げて行った。

跡形もなく消え去った魔物も居るがそういう奴は既に肉体が消滅してしまっていたのだろう。

せめて輪廻へと還る事が出来れば良いのだが。


それにしても、初めて使う術になるので威力がどのように発揮されるのか不安だったが

葵帷さんと契約して霊力が上がったおかげだろう。

空間断絶の範囲内に居た魔物は全滅させることができた。

索敵に引っかかる気配が随分とすっきりした。


魔族はさすがに一撃では倒せなかったのか

弱体化させるまでは成功したもののまだ気配はある。


倒せたら万々歳。

そうじゃない可能性の方が高いからと既に二人には伝えてあるし

次の行動も決まっている。

正面突破だ。



空間断絶の効果を及ぼす範囲を狭め消費霊力を最低限に抑える。

魔物は居なくなっているのだから無駄に広げて置く必要はないからな。

とは言っても弱体化しているとは言え魔族だ。

気を抜けば破られる危険性があるので術の強化もしておく。


父さんが派手に扉を蹴破り玄関へ突入。

そこには力を殺がれたため人間の形を保てなくなったのか

妙に細長く関節が増えななふしのような見た目になっていたり

眼球が埋まって居るべき場所に口がそこに収まって居るべき舌が耳から生えていたり

頭足類のように頭から直接足が何本も生えていたり

肩から足が腰から腕が生えて奇妙な動きで歩いていたり

合成魔獣のように色々な動物の器官を持っていたり

蠕形動物のように地べたを這っていたり


そういう魔族がうごうごと……


「ひぃぃぃッッ!!!!!」


気色が悪くてつい不愉快極まりない外見の魔族が大集合している様子を見て引いてしまう。


空間断絶の範囲を縮小した時に

余りの弱体化っぷりに存在を認識できなかった魔族を

一か所に集めてしまったようだ。

六体居るので数はそうね、合ってるね!

コイツら一掃したら残るはビィが二体に

捕える事すら出来なかったヤツが二体だね!!

四体も残っているんだもの。

精神衛生上宜しくないしさっさとこいつら屠んなきゃね!!!


「魔族が人の形を取るのは基本人を自分の意のままに操りやすくするためだ。

 力が殺がれ余裕がなくなればその形が崩れるのは当然だろう」

「なんだ、レイシス。

 あの手見るのは初めてか」


醜怪生物博覧会の会場となっている玄関を見ても英雄二人はどこ吹く風といった様子。

流石推定年齢千歳以上。

こういうヤツらを見慣れていらっしゃるのね。


あ~、やだやだ。

怖気が走る。


今度は無作為にではなくきちんと狙いを定めて浄化の術を使う。

一度使ったので光翼殲滅舞の感覚はつかめたし

その規模を小さくした術なら詠唱をしなくても使えるだろう。


──煌羽!


魔族六体を鷲の羽程の大きさの光が貫き、あっさり消滅する。

無事に浄化できたのかそれぞれから

ふわりと綿毛のような儚げな魂がいくつも昇って逝った。


ふぅ。

とりあえず雑魚は倒せたな。

魔族をこれだけあっさり倒せるようになったなんて

おれも成長してるじゃん?


「フート支配四

 クヤタ支配一

 ジズ支配一って所か」

「やはりフートの影響が強いな」


「これだけ出来るならレイシスも戦力として扱えば良いんじゃないか?」

「……イヤ、浄化ではなく消滅させる術ならば一発で全て片付いていたはずだ。

 魔族相手に手ぬるい事をしているようでは無理だ」


自画自賛し霊力の大体の残量を確かめながら二人の会話にそば耳を立てる。

フート以外の二つの名前は……魔王の下に十柱いるって言っていた強い魔族の名前かな?


おれを戦力に、と言った父さんの言葉はすぐにジューダスにより却下された。

理由も延べずに駄目、と言うのではなく父さんには理由も言うんだね~

けっ。

まぁ、いじけてもしょうがない。

手を抜いた覚えはないが、奴の目にはそう映ったようだ。

なぜだろう?


浄化ではなく消滅させるべきだった

となると詠唱の組み立て方ではなく言葉選びが間違っていたって事だよな。



該当する言葉は『還らせる』の部分だ。

そこを『屠る』『滅する』とかにすれば良かったという話をしているのだろう。

しかし、少なくとも魔物の大半は元野生生物だ。

魂まで消滅させてしまい輪廻へと還る魂が減ってしまえば

現生と輪廻を巡る魂の均衡が取れなくなってしまう。


実際現在本来現世にいるべきではない魔族達がこちらの世界に入ってきているせいで

その分巡るべき魂が減り

世界中に満ちているはずの霊力に偏りが出来て日々の生活が脅かされる事態に陥っている。


それを正すために大晶霊全員と契約しなければならないなんて面倒くさい!

なんて思っているおれが率先して均衡を崩すような事は出来ない。


浄化できる者は浄化し

還るべき魂を還らせることが出来たのだから

それで良いじゃないか。

弱い魔族も消滅させられたし。


残りの弱体化させた魔族はどこに行ったのかな?

二階にいた弱い魔族まで意図せずだが玄関に運んでしまったのだ。

ビィの二体も最初に感じた場所とは違う所に居るだろう。


二人がまだ話し込んでいるので索敵に意識を向ける。


弱体化しているせいで気配が変わっているように思えるが

対象の魔族は一目散にどこかへ駆けて行く。

目的地は同じ場所らしく一階の奥、随分と大きな広間のようだ。

大晶霊と同じく半精神体なのだからパッと移動することが出来るはずなのに

わざわざ遠いそこまで走って行くという事は

それをするだけの魔力が残っていないという事か

もしくは転移が出来ないようになっている場所なのか。


いずれにせよ移動速度を考えると

ここで悠長に話している暇があったら迎え撃つためにおれらも移動するべきだ。



二人に声をかけ右に伸びる廊下を走る。

侵入者対策だろうか?

微妙に曲線を描き緩やかな勾配がある廊下を走っていると

平衡感覚を失ったようなめまいを起こす。

それに気を取られていると

先に走り出したのにあっという間に二人に追いつかれ追い越された。

頭を振り意地になって霊力を足にまとい必死について行く。


目的地を告げずともどこへ行くべきなのか解っているようで

あっという間に離されてしまったのだ。

追いついたとまとう霊力量を下げるとすぐにまだ離される。

意地にもなるさ。


稜地に手伝って貰い意識しないと脳内地図を描けないおれと違い

二人は難なく自然と描くことが出来るのだろうか。

索敵も特に前動作なくしているものな。

これが経験値の差というやつか。


見える廊下と体感する廊下、脳内に描く地図その全てがちぐはぐで

頭が混乱しているせいで吐き気がする。

二人は涼しい顔でひたすら走る。

おれはそれを必死に追いかけた。



想定よりも魔族が目的地に到着するのが早かった。

待ち伏せ出来ると思ったのだが広間の扉の前で遭遇してしまった。

あの廊下の作りのせいでおれの感覚は完全に狂わされていた。


中衛に位置するべきおれを置いてけぼりにしてでも二人が急いだのは

おれよりも正確に魔族達の移動速度を把握していたからだろう。



父さんが大きく横に飛びジューダスが一歩前に出る。

ジューダスが空を指で撫でるように円を描くと

そこの中心から精霊術が打ち出される。


詠唱をしている様子はない。

力ある言葉も発していない。

ただ、何もない空間に円を描いただけだ。


打ち出された光は反応が送れた魔族の片方の腕を吹き飛ばす。

肉体を持たない魔族は肩から血を流すことなく

代わりに黒い靄がそこから立ち上っている。


奇怪な動きで身を翻し光を避けた魔族がジューダスに襲い掛かる。


しかし牽制の為に放った細い光が消える前に

両手で大きく描いた円の中心から光属性の術がソイツ目がけて一閃、放射される。


空を蹴り一歩二歩と大きく下がりそれでも襲ってくる光から逃れようと

身体をよじり元来た道を向かってくるよりも速く逆走したが

あえなく飲み込まれ消滅した。


最初炎の矢のようなものがいくつも弾き出されたのかと思ったのだが

円から放たれた光は一条。

一体の魔族が消滅した後も断続的に帯状にその場にとどまっていた。

時間にして十数秒。


しかしその十数秒と言う時間がどれだけけた違いな時間なのかおれは知っている。

断続的に高威力の術を使い続けるのは非常に骨が折れる。

光翼殲滅舞は詠唱を終えてから出現させ威力の固定をさせるのに3秒ほどかけ

そこから一気に目標に向かって降り注がせるので

術を維持させるための霊力はかからない。

それだけでもかなりの霊力を消耗するのだ。

維持しようとしたら何乗分の霊力を消費するのか解らない。

その上集中力がどれだけあっても難しいだろう。


消滅した魔族もその先入観があったのだろう。

避ければなんとかなる

と思っていただろうにどれだけ距離をとっても

左右に回避しようと意味をなさず

自尊心が高くそれを誇る魔族には致命的な逃亡を選んだにも関わらず

あっけなく、消えた。


術の威力を維持させる最たる術は翔風陣か。

飛び続けるために重力に逆らい

その上風の壁を作り続けるのは実はかなり辛い。

集中力が少しでも乱れれば飛ぶ高さを維持できず速度も落ちるし

風の壁は瞬時に消え失せる。

消費する霊力自体はさほど多くなくても

翔風陣が上級精霊術に該当するのも頷けるしんどさだ。


ジューダスが放った術がどれだけの威力を持つのかは解らないが

最初に放った細い光の帯でも避け損ねた魔族の腕が簡単に消滅し

直撃したおれでは相手するのに骨が折れるだろうと判断された

ビィの強さの魔族が弱体化しているとは言え一瞬で消え失せた。


光の術が当たった壁には傷一つついていない。

精神体にのみ効果があるという事だ。

かなり高度な術だという事だろう。


放たれた光が細くなった瞬間を見測りジューダスに向かって

腕を復活させた魔族が両手に可視化出来るほどの魔力をその腕に込めて振りかぶった。

危ない!

と思った瞬間には既に父さんに斬り伏せられ

こちらもあっさり消滅した。



待ち伏せは出来ない。

広間の手前で対峙する事になるだろうと予想した直後

おれが視界の端に二体の魔族を捉えてから一分もかかっていない。

弱体化していたとは言えヒト型が保たれていたし充分相手は強かったはずだ。

ジューダスに放たれるはずだった攻撃は

おれだったら間違いなく全力で防がなければ無効化出来ない程に強力だった。


それが放たれる前に

正しく一瞬で斬りふせた父さんも

ソイツが放とうとした魔力による被害を出さないように無効化したジューダスも

おれの遥か上を行っていた。


四倍、なんて簡単に考えてしまったけど

本当に父さん達に追いつく事なんてできるのか…?


「減点だな」


上がった息を整えようとする意識も働かず呆然としていると

ジューダスがぽつりとつぶやく。


「……は?」


何度か目を瞬かせようやく口から出た言葉はかなり間の抜けた言葉だった。


「さすがに厳しすぎないか?」


ジューダスは納刀しながらこちらへ戻ってきた父さんを一瞥し深いため息を吐く。

父さんは多少呼吸が乱れ汗もかいたみたいだけど

精霊術がほとんど使えない父さんは術によって移動速度を上げる事が出来ない。

純粋に筋力だけであの速度を出したのだからそりゃあ疲れるだろう。

むしろあれだけ速く走った直後に魔族を倒したのにもかかわらず

この程度の疲労で済んでいるのが化け物じみている。


強いことは知っていたけど目の当たりにすると震える程に強い。


「空間断絶でこちらに被害が及ばぬように隔離する事

 強化術をお前にかける事

 戦闘が終わった後の安全確認をする事

 弱いなら弱いなりにいくらでも出来る事はある。

 それを思考と共に放棄したのだ。

 減点されて当然だろう?」


父さんの言葉に再び深いため息を吐いたジューダスの指摘に再び呆然とする。

いや、この際は愕然、だな。

脳みそに酸素が行き渡り始めて頷く以外の事が出来ない意見を聞き

追いつきたい、強くなりたいと思うばかりで

今の自分に出来る事すら経験不足や力量差のせいにして放棄した自分自身に対して。

さっき大量の魔物を倒せて自画自賛していた自分をはり倒したい。


反吐が出る。


「対魔族のイメージトレーニングすらする暇が無かったんだ。

 あんま厳しくし過ぎると折れるぞ」

「この程度で折れるような心ならば再起不能になるまで徹底的にへし折って

 オルサに放り込んで二度と出られないように鎖にでもつないでおけ」


仕方がないと弁明する父さんとそれを一蹴するジューダス。

反論すら出来ない自分が情けない。


でも、ジューダスが言うように村に戻るのは出来ない。

村を出て三年以上経っても全然前進していない。

父さんより強くなりたいと思い目標にして少しは強くなったけど

まだまだ手の届かない域だと実感したし

記憶は片鱗も戻っていないし

途中で旅の理由として追加された大晶霊との契約も何体もいる内のやっと二柱。


今すごすごと戻ったら単なる負け犬だ。

かばってくれている父さんも巻き添えになって信頼度が下がってしまう。

そんなことしてはいけない。


「役立たずなのは今更だし!

 その程度の言葉じゃ折れないし!!」


ジューダスを睨み付けた後ずかずか大股で魔族の目的地だった扉の前に立つ。

気圧されたのか大人しくおれに進路を譲ってくれた。


脳内地図では詳細が表示されない広間。

魔力による封印がされているのか押しても引いても開かない。

弱体化したヤツらが一目散にここを目指したという事は

魔族が失った力を回復したり強化したり出来る施設や設備があるのかもしれない。

魔力溜があったり瘴気が充満していたりするのかもしれない。

いずれにせよ潰しておくべきだろう。

戦闘で役に立たないならそういうサポートと言う物に徹するべきだ。


なんだっけ?

父さんが寝物語で聞かせてくれた開かずの扉をこじ開ける言葉。


──開けっ!!!ごまっっ!!!!!


なんでごま?薬味として使われることが多い主役になれないごまが呪文なの??

ごまを開いたところであいつは種だから中に入っているのなんてせいぜい胚だよね???

と悩みに悩んだことがあるがそれはこの際どうでもよろしい。


解りやすく『開かない扉をこじ開ける』ための言葉で該当したのがこれだったのだ。

扉を封印している魔力よりも上回る霊力を無理矢理叩き付け

滅茶苦茶ではあるが力ある言葉となったごまを鍵として扉を力任せに開く。


「辞めろっ」

「馬鹿っ!」

≪主!目閉じて!!≫


三者三様の静止の言葉は、少し、遅かった。


視界を支配しているモノを頭は理解・認識することなく本能的に拒絶をし

口いっぱいに酸っぱい液体が上がってくる。


「う゛っぇ……っ」


見るからに高級だと分かる防音性に優れている分厚い敷物の上に

おれは無様に吐しゃ物をまき散らした。



「落ち着いたか?」


父さんが覗きこんでくる。

不甲斐なさは倍増するが正直、心配してくれること自体はうれしい。


しかしあの沢山のこちらを見てくる虚ろな目を思い出すから辞めて欲しい。

色々気遣って嘔吐してすぐ扉の前から引きはがしてくれたり

口をゆすぐように飲み水を用意してくれたりしてくれたのだけれど

今はただただ視線が気持ち悪い。


ジューダスは淡々と水の精霊術を使って吐しゃ物の処理をした後

いつもより外套の帽子を目深にかぶって一定の距離を置いて座っている。

そちらの方が対応としては冷たいように見えるが

おれとしては有難かったりする。


挽回しようと勇んだ癖に逆に迷惑をかけるわ時間を取らせるわ。

おれは馬鹿か?

馬鹿の子か??

いや、こういう言い方をすると父さんが馬鹿のようだ。

父さんは愛すべきお馬鹿さんだと言われるが決して愚かではない。


あ゛~…色々しんどい。


開いた扉の奥には魔力溜がある訳でも特別な設備がある訳でもなく

ただただモノのように扱われ積み上げられていた

無数の人間が山積みになっていた。


魂は既にそこに無く肉体の機能が停止するのを待つ肉の塊。

いや、既に死体になってしまったのだろう。

折り重なった下の方では粗雑に扱われたらしく

身体が変な方向に曲がりそこから肉が見え蝿がたかっていた者も居た。

排泄物や血の他に腐臭も漂っていたし。


……思い出したらまた気持ち悪くなってきた。


死体は、嫌な事に見慣れている。

年月としては短いが冒険者しているんだ。

当然だ。

だけど……あれだけの量と人形のような虚ろな瞳に視られるのは初めてだ。


……初めて……?


記憶の奥の、奥深くに閉じ込めた扉の鍵が開かれる感覚がしたので

慌てて頭を振り意識を逸らす。

あんな惨状と結びつく記憶なんてろくなものじゃないだろう。

これ以上精神状態を悪化させるわけにいかない。

どれだけ切望している失われた記憶だろうが今は押し込めておかねば。



魂が肉体から離れている時間がさほど長くなければ復活する事も可能なはずなのだが…

魔物や魔族を倒して解放された魂はいくつもあるが

あの扉の向こうで誰一人として復活した様子はなかった。

一日二日では済まない随分長い時間が経ってしまっているのだろう。


それを考えると少しでも早く荼毘に付したい。

あんなの、死者への冒涜だ。


あの広間を目指した魔族達は弱体化した自分の力を

人間を喰う事で回復させようとしたのか。


想像しようと思えば出来たのに考えに至れなかった。

こういう所が駄目だ、と言われるのだろう。

考え付く限りの想定を改めてしておかなければ咄嗟の時に行動に移せない。

ジューダスに指摘されたばかりだったじゃないか。

それで重ねて迷惑かけるとか、本当、おれって駄目だな……


「落ち着いたのなら先へ進むぞ」


落ち込み始めた所でそんな暇はない、と言わんばかりにジューダスが立ち上がる。


「おい、アーク……」

「落ち込んでいる暇があるなら被害がこれ以上増える前に元凶を始末するぞ。

 この位では折れないのだろう?」


呼び名を間違えた父さんを一瞥した後

挑発するような目でこちらを見下ろしてくる。


ここで『やっぱ無理』と言って膝を抱えた所であの人たちは助からない。

どう足掻いたってその事実は変えられない。

なら、おれに出来る事はジューダスのように

被害がこれ以上出ないようにする事、少しでも被害を少なくすることだ。


メネスの人口がどれだけなのかは解らないが

扉の向こうに押し込められている人たちが全てではない。

索敵した時に確かに都市にしては少なかったが人の気配はした。

今まだ助けられる人達だけでも助けたい。


おれのせいで無駄な時間を過ごしたのだ。

吐き気が治まって考える余地が出来た途端に落ち込んで陰鬱な気分に浸るくらいなら

建設的な行動を取るべきだ。


「……ごめん。

 ありがとう」


「なんでありがとう?」


「父さんは心配してくれて。

 ジューダスは、鼓舞してくれて」


自分でもぎこちないと思うが虚勢でも良いじゃないか。

精一杯笑って見せた。


父さんは優しく微笑み頭にぽんぽんと軽く手を置く。

ジューダスはこれ以上引っ張る事は出来ないだろうに帽子部分を更に引っ張り

『礼を言われる覚えはない』

と言って踵を返しすたすたと歩き始めてしまった。


≪照れてる≫

「な~」


にしし、と父さんと稜地の二人は悪戯っ子のように笑いあい

おれの背中をぽんと一回たたいた後ジューダスを追いかける。



まだ、遺体の処理は出来ない。

遺族のために骨を残そうとすると焼くのに時間がかかるし

あれだけの数となると霊力をかなり消費する。

聖水の手持ちも多くないし今はどうやったって無理だ。


残る魔族二体を倒したら手厚く葬るから

それまで待ってて下さい。


手を合わせ一礼し父さん達を追いかけた。




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