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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
火の章
80/110

48




敵の前だというのに思わず閉じてしまった眩んだ目を薄く開く。

するとドハラ神殿で見た時と同じように

色とりどりの花が視界いっぱいに狂い咲いている。


花を咲かせずにはいられないのか、こいつは。

いや、おれが想像した時あの時の景色を思い浮かべたせいか?


咲いている花々があの時見たものとは違うのはこの土地の固有種が芽吹くからなのだろうか。

暑い地域だし極彩色のどきつい色の花が咲きそうなものだが

意外とおとなしい淡い色合いの小さな花があちこちに咲いている。

アゼルバイカンの露店で見た覚えがあるな。


あ、石鹸体まである。

この状況でどーんと大きく身厚な葉や茎があちこちに

鈴なりのような状態になっているのがなかなかに場違いだな。

あれに擬態した魔物もいるんだよな、確か。

カクトゥスだっけ?

棘を飛ばしてくる頭に大きな花を付けたやつ。



今がどんな状況下も忘れて口を半開きにして360度ぐるりと見渡すと

なぜか方陣が放つ光を失い効力が消え去っている。

イシャンも思わず術の維持を忘れてしまったのか

掌で揺れていた灯も消えて居た。


今この瞬間火の大晶霊に攻撃を仕掛けられたり

葵帷さんがまた命令を無視して暴走したらやばい。


思いそちらを振り返ると二人ともその場にへたり込んでいる。


火の大晶霊は浄化の余波で瘴気が一時的にだろうが吹き飛ばされ

内包する力が減少、弱体化したのだろうと予想をつけられるが

葵帷さんは何でだ??


まぁ、良いや。

安全な内に方陣の再起動をしよう。


敵に背を向けるのなんて言語道断だが

今動けるのはおれしかいないのだから仕方ない。

ここら辺一帯が浄化されたおかげで身体も軽いし、すぐ終わる。


「イシャン、ちゃんとラシャナ守れよ」


颯爽と駆け寄り、言って地面に両手を付け方陣に霊力を注ぎ込む。

方陣は完全に霊力を失った訳ではなく

効力を充分に発揮する程の霊力が残っていなかった

と言うだけらしい。

すぐに透き通った分厚い氷の壁を再び形成してくれた。


おれの言葉に正気に戻ったイシャンは慌ててまた篝火を呼び熾す。

うん、こっちも大丈夫そうだな。


確認すると同時に背後から熱の塊が迫ってくるのを察知したので

振り向きざまに刀に風精霊術をまとわせ切り裂く。

ただの暴風で覆っただけだったので瞬間炎は勢いを増したが

慌てて周囲の空気をゼロに調節したので無事音もなく炎は消えてくれた。


化け学的な話はエリアンニスには通じなかったが

真空状態にすると精霊術により作られた炎も燃焼しないんだな。

それとも、風精霊術によって作り出した真空空間だからなのだろうか。

霊力の含有量が術者の手を離れた後どのように変化するのかとか

精霊術で作り出した炎と物理的に発生させた炎と本質が変わるのかどうかとか

色々実験してみたいものだ。


しかし、今はそれどころではない。

覚書をしたためている場合でもない。


今火の大晶霊から発せられた火球の威力は全然なかった。

おれが手抜きして作った火球と同じ位だろう。

咄嗟の攻撃なら分からなくもないが

未だに地べたを這っている所を見ると随分弱体化したようだな。

この間にジューダスが根本の浄化をしてくれるととても良い流れなのだけど。


そうは思ったが周囲に咲き乱れていた花たちは

次第に枯れ落ちごつごつした岩肌がのぞき始める。

稜地の浄化の効力よりも瘴気の汚染による浸食率の方が高い

という事だろう。


まぁ、仕切り直しが出来るだけの時間は稼げた。

ありがとう、稜地。


あとで檸檬玉髄と言う名前の輝石をあげよう。

瑪瑙に近い種類の輝石だそうだが

産出量が少なくその上小さい粒でも内包している霊力量が多いという事で

結構なお値段がする、とっておきだ。

たまには違う系統のおやつもあげなきゃね。


おれだって、いくら白米好きとは言え

たまには玄米食べたいとか炊き込みご飯食べたいとかあるもんな。


……霊力を結構消費してしまったせいで腹が減って

そっちの方に思考を持って行かれてしまうな。

やばい、やばい。

ご飯は火の大晶霊を浄化してからだ。



心の中で葵帷さんを呼ぶと

よろめきながらもこちらの方まで下がってくれた。

やはり、さっきまでは無視をしていたようだね。

文句の一つでも言ってやりたい気持ちが湧き出てくるが

彼女のおかげで学べたこともあるし状況も好転している。

苦言を漏らして士気が下がってもいけないし、ここはおさえよう。


何故反対属性でもない稜地の領域下で弱体化したのかは不明だが

こんなへろへろのままではまともに戦えないだろう。

瑠璃や青色珪灰石を何粒か渡す。


ただ霊力が減っただけなら

先ほどまでがんがん遠慮なくおれからぶん盗っていたのだ。

これだけ弱っている状況なら注意を受けた直後でも

問答無用で盗って行っていることだろう。

なのにそれをしないという事は

おれの想像できないような理由があるのだろうし。

輝石は精霊たちのご飯やおやつのようなものであると同時に

薬や滋養強壮作用も若干ながらあるそうなので

渡して無駄になるという事はあるまい。


まぁ、効果は奇跡の種類や質によるけれど。

葵帷さんに渡したのは粒こそ小さいが不純物の少ない

品質としては悪くないものだ。

回復すると良いんだけど。


≪…………これをどうするんですの?≫


ゑ!?

どうするって言われても。

稜地なんかはぽりぽり駄菓子でも食べるかのように口に運んでいたけど…

美味しいものかもわからないのに食べろと勧めるのもちょっとなぁ…


だからっておれが試しに食べたらお腹壊しそうだし。

その前に歯が砕けるか。

硬度としては歯の方が高くても砕ける時は砕ける。


≪輝石に流れる霊力を感じろって言って。

 たぶんそれでわかるだろうし。

 別に食べなきゃ吸収出来ないってものじゃないから≫


『おれに言わずに直接葵帷さんに言えば良いじゃないか。

 さっきから何でおれが伝書鳩のようにお前の言葉代わりに伝えなきゃいけないのさ。

 仲でも悪いの?』


≪……………≫


あーっ!都合が悪くなるとすぐ黙る!!

実体があって目の前にいたら蹴り飛ばしてやるのに。

ぶーぶー!!!


「輝石の中を流れる霊力を感じ取れば吸収出来るそうだよ」


渡すだけ渡して無駄になっても勿体ないしとりあえず稜地の言葉を伝える。

首を傾げながらも掌に置いてある数粒の輝石をじっと見つめる葵帷さん。

すると、石が弾けてきらきら輝きながら消えて行った。

心なしか、葵帷さんの表情が明るくなったように思える。


≪だいぶ楽になりましたわ。

 恩に着ます。≫


言ってこうべを垂れる。


おぉ、存外素直だ。

それじゃあこちらの気持ちも仕切りなおして共闘しようじゃないか。



学校で習った精霊同士の優劣関係では

火に強いのは水で、氷は火に弱い。

しかし氷は水と合わさる事で相乗効果を生み出し

水単体での攻撃よりもより強力な火を打ち消すことが可能になる。


六角形の鈍角の頂点にそれぞれ火→氷→風→土→雷→水→火と書かれ

その対岸する属性同士を結び正三角形が合わさったような図を思い出す。

水と同様、氷の特性を生かせる属性がもう一つ存在する。

それが、土だ。


水と氷、水と土の相性が良いのはなんとなくわかる。


氷は水の派生属性と言われているし

もとは同じ晶霊が統括していたとまで言われている。

氷の術を扱うのが苦手でも

水の術を使って下地さえ作ればその水を生かして

強力な氷の術を作り出すことも出来る。

逆もまたしかり。

いや、氷の方が扱いが苦手と言う人の方が多いので

逆の例は聞いたことがないが。

それでも、想像し納得する事は出来る。


だが土の場合は、どうも首をかしげてしまう。


水と土を合せれば泥になる。

泥を作りだし敵を足止めする術があるし

逆に指定した地面の水分を奪い足場を崩してしまう術もある。

相性は良いと言えるだろう。

しかし、氷と土の相性が良いというのがいまいち理解できない。

二つの属性を混ぜ合わせた術と言うのもおれは知らない。


その上稜地は葵帷さんの事をあまり得手としていないようだ。

なんか、さっきから接触を避けている。


どう考えても相性が良いとは言えそうにない。


それでも、学校で習った事が間違っていないのなら

二つの属性を合せると相乗効果により強い術になるはずだ。


打ち消し合わなければ、まぁどうにかなるだろう。


制御はまかせろ。

刀を鞘に納め、集中する。

ごめんよ、アオエ。

また出番少なかったね。



想像するのは巨大な腕。

既に発動させている巨傀の握緊に氷の属性を付与する。

土に混ざっている水分を操作し均一にした後それを凍らせ

より拳を強固により大きくする。

それを更にもう一つ作る。

両手分だ。


それと足を守るための脛当と立挙も。

これは直接自分の脚に取り付ける。

なるべく作り出した巨大な腕だけで対処したいが

接近戦の癖で蹴りを咄嗟に出してしまい

脚が焼け溶けました

なんて事になったら目も当てられない。


四肢欠損を治せるような高度な治癒術はあるにはあるが

霊力消費量が半端なく多い。

国お抱えの術師が総出で三日三晩詠唱し続けるほど長い文句を

延々唱え続けてようやく生やす事が出来る程度の代物だ。


確かにおれは一人でもっと短縮した詠唱で同等の効果を発揮する術を使える。

瀕死の人間を寛解させるような術も使える。


しかし生やすまでは出来ても

その生えた腕なり脚の神経や筋肉は

失われる前の高性能な状態のものではない。

能力回復の訓練が必要になる。


今そんな事になったら足でまとい確定なので絶対避けねば。

いや、それ抜きでも手足失うのは嫌だからね。

頑張るよ、うん。



──巨傀の冰巌(きょかいのひがん)


巨傀の握緊を基盤にした、混合術と言う奴だな。

両手とも、おれの手に合わせて動くことを確認し構える。


コアがここに無い為か、火の大晶霊は丸腰だ。

稜地の領域によりこのまま浄化されて正気に戻ってくれないかと期待したのだが

残念ながら弱体化はしたもののこちらに敵意を向けたままだ。


武術を扱えるのだろうか?

拳に赤く燃える炎をまとわせ、ふらふらとおぼつかない足取りではあるが

おれと同様構えている。


淡黄色の炎をまとって居た事を考えると随分と無理をしているのだろうな。

さっさと浄化してくれ、ジューダス。

弱い者をいたぶるのは趣味じゃないぞ。



半身を後方へずらし軽く跳躍をし律動を刻む。


戦闘には必ず癖がでる。

仕掛ける前後の呼吸や足運び。

ほんの些細な指の筋肉の強張りや視線の動かし方。

それを悟られにくくすると同時に

この場の空気を読むため流れを自分のものにするため

とくに接近戦をする時は一定の律動を刻むように教わった。


冷静に、相手の力量を見極める。

自分を過大評価するのは論外だが過小評価するのも良くない。

律動が乱れやすくなる要因になるからだ。


自分の律動に相手を引き込み流れを自分のものにするだけで

勝敗が決まると言っても過言ではない。


ジューダスと対峙した時

呼吸を整えることすらせず

相手の力量も測りもせず無謀に突っ込んだ。

何をされ負けたのか把握すらできなくて当然だ。

自分を見失い焦ってまともな判断が出来なかったからな。


今は、違う。


今の火の大晶霊とおれとの力量差は相手の方が上だ。

純粋な力比べだけなら同等と言えるだろうが

おれは生身で相手は半精神体。

傷が付けば動きが鈍るし体力に限界があるおれとは違い

相手は物理的な攻撃はろくに効かず傷もすぐに修復され半永久的に存在し得る。

今以上に弱体化させ身動きが取れなくすることは可能だが

その頃にはおれの精魂枯れ果てそうだ。


しかし、おれには稜地と葵帷さんがいる。


二人が本気を出せば取り押さえることなんて楽勝でできるだろうが

それには神殿内の安全と後ろに控えているイシャン一行を

強大な力同士のぶつかり合いにより犠牲にしなければいけない。

おれの身の安全も同様だな。


だから、主人であるおれが舵を取り二人の力を制御しなければならない。


武器は使えない。

二人の力に耐えられる強度の武器はないからな。

今後の事を考えると用意せねばならない。

事が片付いたらジューダスに相談してみよう。



否が応でも接近戦になる。

しかし幸いなことにおれはこう言う戦いを何度も経験している。


相手の体力が底なしで身体能力的にこちらが圧倒的に不利でも

初めて使う大晶霊の力を制御しながらになっても

その経験があるから

余裕で相手の力を抑え時間稼ぎが出来る自信がある。


村で一番の精霊術師が好んだ戦い方と言うのが

火精霊の力をその身にまとい

燃える拳で、脚で攻撃を繰り出してくるものだった。


ぎりぎり紙一重で攻撃を避けてはいけない。

傷が付けばそこから血液が焼かれる。

接近状態で息を吸えば肺を焼かれる。

そうでなくても皮膚が焼かれ固まりろくに動けなくなる。

当然、皮膚呼吸が出来なくなるほどの火傷を負えば死に至る。


水精霊術をまとえば互いの間で爆発を起こすし

氷精霊術をまとえば温度差でこちらの腕が吹っ飛ぶ。

風精霊術をまとうと炎が勢いを増し相手が力を制御できなくなり

炎に巻かれ自滅する事になるがおれもそれに巻き込まれ共倒れになる。

雷精霊術は調節が難しいのでまとうこと自体が困難だ。

色々生傷絶えない実験を繰り返した結果

おれはあいつと組み手をする時は土属性の籠手と脛当を作り対抗していた。


あらゆる武術を扱うあいつとの乱取り稽古において

勝率は二割を切るが、散々鍛えられた。

旅に出てからは武術なんて一通りの型を鍛錬の一環でなぞることしかしていない。

それでも、痛めつけられた記憶は身体が覚えている。


陽動や牽制をかけてくることのない単純に火力に頼った攻撃だ。

足と腕は冰巌で、身体は外套で守られている。

熱波が襲ってきても顔さえ守れば問題無い。


相手の律動は読めている。

顔面への攻撃を仕掛けてくる時の癖も読めた。

その時だけ大きめに距離を取り息を止めやり過ごす。


隙が大きくなりやすいのは蹴りの直後だ。

後ろに引いた足を二回踏み込むように躍動させ

三度目の踏み込みと同時に回し蹴りを放ってくる。

見た目からは想像もつかないようなかなりの力で

受けた時は蹴り飛ばされ岩壁に叩きつけられた。

いなそうと試みたが叶わず冰巌が程度の差こそあれ幾度も砕かれた。

それでも

なんとか堪え踏みとどまることさえ出来れば

その一撃さえ避ける事ができれば

決着をつける事が出来る。


砕かれた冰巌の維持は葵帷さんがしてくれている。

その奥の肉体の痛みは得意分野では無いだろうに稜地が霊力を注ぎ治してくれる。

心強い味方が二人もいてくれる。

その事実が心に余裕を生み力を与えてくれる。


幾度目かの攻防の定石をなぞる。

右上段、左下段、突いてうけて流し

右正拳突きが入り半身下げ掌底、更に圧拳…………

ここだっ!


繰り出された蹴りへ誘われるように手を出す。

()()()()()()()()


二度三度程度では無い。

何度も同じ乱取りをし相手は無意識に回し蹴りの前

定石をなぞるような攻防を繰り返し、踏み込むのだと思っていた。

しかしわざと隙を作りそこでおれにとどめを刺すための罠を仕掛けていたとは。

正気を失っているのだと思って油断した。


あぁ、もう、本当に。

なんでこう言う場面ですらおれは油断するんだ。

ある意味それがおれの戦闘における癖と言うことか。

悪癖にも程がある。


後悔しても、もう遅い。


軸足をずらされ蹴りの着地点の目測を誤った冰巌は空を切り

橙色の炎をまとった脚が眼前に迫っていた。




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