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大きく息を吐き、気合いを入れなおす。
まずは相手の属性を知ることが大事だ。
「エリーヤ!
おれはあいつの弱点を調べる。死なない程度に時間稼ぎしてくれ!」
識別用の片眼鏡を取り出し装着。
エリーヤの返事も待たずに精霊術を展開する。
──しなとの風より芽吹きし萌葱よ
菊の露より生まれし縹の雫よ
全てを飲みこむ深緋の業火よ
殃禍より守りし金色の大地よ
蓮葉穿つ青藍なる凍て瀧よ
神の瞋恚を具現せし紫紺の稲妻よ
森羅万物時交わさず六色の弓矢と成りて瑕疵攻め入り剿滅せよ!
詠唱の途中から煌きだした杖の先端に付いた透明の石が6色に光り輝き、杖を振りかざすと弓矢と化した精霊の力がエリーヤを追い越し9つ首目がけて一斉に襲いかかる!
おれが扱える数少ない、地水火風雷氷それぞれの属性を持つ弓矢を作ることが出来る精霊術だ。
単体の属性攻撃をした方が、当然威力は上がる。
しかし、せっかく唱えた精霊術を無効化されたら時間の無駄になってしまうしその分こちらが負ける確率が高くなる。
下手をしたら自属性の精霊術を吸収して回復したり、術自体をはじき返して来たりされるかもしれない。
竜種の場合単発攻撃だと全属性の攻撃をはじき返すが同時攻撃だと一部の攻撃は有効、と言う面倒臭い厄介な敵がいるのだよ。
六属性同時に攻撃されれば、どの属性攻撃がより効果的かの傾向が解りやすい。
どうしても相反する精霊術を同時発動させようとすると制御が難しくなってしまうので一本一本の威力は弱いが、相手の弱点を探るにはこれで充分。
9つ首に四方八方から襲い掛かる霊力の込められた6色の光の矢。
当時に赤と緑の弓矢が掻き消え水色の弓矢が肉薄するも蒸発。
かろうじて青と紫の弓矢が浅く鱗を破り傷をつけ、茶色の弓矢が深々と9つ首の左腕に突き刺さった。
ぎぃゃあああぁぁおぉぉっっ!!!
大げさに痛がる9つ首の隙を見逃さず、大きく前進していたエリーヤが隙を見逃さず飛びかかり大剣をその首の一つに振りかぶり、切り落す!
その勢いを借りて更にもう一つ、近くにあった首にその剣を深々と刺し横に薙ぐ。
よし!よくやった!!
流麗とした動きに思わずこぶしを握る。
この短時間で一つの首を落とし、一つの首をちゅうぶらりん状態にするとは、なかなかやるな。
先ほどまでの間抜けっぷりが嘘のようだ。
どうやら9つ首は火と風の属性に特化しており、水の属性攻撃は威力が強くないと効かない模様。氷と雷の攻撃は比較的有効で、一番効くのは土の攻撃と言うことになる。
もしかしたら水の属性攻撃は、同時攻撃じゃないと効かないかもしれない。
とりあえず弱点はわかったわけだし、あとはどの程度の威力の攻撃なら致命傷になりうるのか。
それと、通常の物理的な攻撃がどの程度効くのかも試してみなければ。
エリーヤの扱うような遠心力により攻撃力を倍増できる重量級の大剣での攻撃が有効だとしても、おれの武器はどちらかと言うと軽く手数で攻める仕様なのだ。
竜殺しの属性がついていたとしても、おれの非力さ故に致命傷を与えられなければ意味がない。
「エリーヤ!
土属性の攻撃の手立てはあるか!?」
「無茶言うな!
精霊術は使えないと言っただろう!!」
油断せず、残った7つの首と鱗に覆われた尻尾とを器用にうまくかわしながら応戦しているエリーヤに届くように声を張り上げる。
が、そんな勇士と相反した悲しい答えが返ってくる。
うん、確かに自己紹介の時に言われたけどさ。
何かしら隠し玉があるのかな~とかさ。
属性が付与されている武器を持っているとかあるのかな~とか思っただけでさ。
仕方ない。
──柑子に輝く豊穣なる大地のしもべよ
彼のものに恩恵をもたらしたまえ
地属性付与の呪文を唱え杖にその効力を封じ込めておく。
こうすれば待機状態としていつでも術を発動できる。
エリーヤの身体に付与すれば防御力が上がるし、武器に付与すれば攻撃力が上がる、支援に特化した土の精霊術である。
む。
そう考えると同じ術をもう一回唱えて待機状態にさせておいた方が良いな。
ごにょごにょと先ほど唱えた術を反復し、杖に封じ込める。
あとは近づくだけだ。
あの首がびゅんびゅんと入り乱れている所に飛び込むとなると、それが難しい気もするが。
3つまでなら待機状態にしたままでの実戦経験があるし、その時と違って今回の術は支援系統の初級術だ。
少々程度の精神力を削られるが、大丈夫。
同時進行で攻撃呪文も唱えておこう。
──琥珀に埋もれし太古の御霊よ
我が意と成りて
今その嶽ぶる力を解放したまえ
道具袋から琥珀の欠片を数粒取り出し9つ首──いや、いまは7.5こまで減ったけれど──の足元に投げつける。
エリーヤにはあらかじめ霊紐を渡して置いたし術に巻き込まれる心配はないから大丈夫!
な!
はず!!
──大いなる大地よ!
隆起せよ!!
大きな術は集中力を高めるためにも結びの言葉を必要とする。
当然、初級術と違って結びの言葉を言わなくても任意で術は発動するが、結びの言葉を言った方が威力が上がるし杖などを媒体にしなくても、自分の身体自体に待機状態に出来る。
今は待機にする必要はないので術を唱え終わると同時に発動することを思い描く。
投げつけた琥珀の粒から薄茶色の光が爆ぜて地面が乱れ狂ったかのように隆起し、その盛り上がった地面がいくつもの円錐状の突起物となり9つ首へと襲い掛かる!
その足に、腕に、首に突き刺さった土の槍から逃れようと、先ほどよりもけたたましい声を上げながら暴れもがこうとする。
が、そんなことされたらエリーヤが弾き飛ばされて色々まき散らしてぺったんこになりかねない。
──土蛇よ!
捕縛せよ!!
今度は細かく砕いた黄玉を地面にばらまき結びの言葉のみを唱える。
精霊に呼びかける言葉の後、霊力を注ぐことを怠らなかったので省略しても土の精霊は呼応し術を展開してくれる。
地面が蛇のように細く長い自由に這う流動物と化した後、9つ首を一気に捕獲し動きを止める。
更に力を込めて一本一本の強度を増し、紐から縄程度まで太さを増す。
土で出来た縄と縄の間からそれぞれの首が出ており、噛みついてこようと鋭い牙を見せ威嚇してくるが、胴体を動かせなければ行動範囲も限られてくる。
捕獲するとき、首を一方向に向けるのではなく全て適当な方角にずらしておいたので、炎を吐いてきたとしても威力は落ちるだろうし、致命傷には至らないだろう。
さるぐつわみたいに口元も縛ろうと思ったのだが、意外とあごの力が強く、口元に絡みついた土蛇は全て砕け散ってしまった。
油断さえしなければ、一つ一つの頭を落として核となる部分をそのあと探して絶命させればよいだろう。
安全策を選ぶに越したことはない。
今は身じろぎが出来ない状態だが、おれが土蛇に込めた霊力が枯渇したりしたら当然捕縛は解けてしまう。
急いでエリーヤの武器を土属性にして首を落としてもらおう。
おれの力だと時間がかかるかもしれないし、属性を付与しない大剣だと手こずる可能性がある。
確実に、確実に。
未だに待機状態の精霊術が込められたままの杖を片手にエリーヤに駆け寄る。
彼は土の槍で傷を負った、と言う訳ではないだろうにしりもちをついたまま微動だにしない。
訝しげに思いながら顔を覗き込もうとすると、顔面蒼白にしながらぎぎぎっと顔をぎこちなくこちらに向ける。
「お、おま……っ」
?
おれから死角になるようなところで9つ首から攻撃でも受けてしまったのだろうか?
上手くしゃべれないのか、陸に打ち上げられた魚のようにぱくぱくと口を動かしている。
回復術でも唱えた方が良いのだろうか?
思案していたらエリーヤの怒号が響き渡る。
「おっまえ!!
滅茶苦茶強いじゃないかーーー!!!!!」
え、え~っと…
おほめに預かり、光栄です??
馬鹿丁寧な口調は素ではなかったのか…
人格崩壊起こしかけてる口調だけど、大丈夫??
「おれ、自分が弱いなんて言った覚え微塵もないんだけど…
と言うか、最初から許可さえ出して貰えば一人で遺跡攻略するって言ったよな?」
「だからって規格外過ぎるだろうが!
なんだ、さっきの精霊術は!?
地面から槍を出す術なら私も知っている。しかしあんな桁外れな数を出せる術師など今まで一人も居なかった。
奴を捕えた術もだ!
長さを充分にしようと思えば強度が下がり、強度を上げれば短くなるから、攻撃が単調なウリボア程度の大きさの魔獣を捕えるのが精一杯だと。
国所属の上位術師がそう言っていたのだ!!
お前の術は規格外過ぎる!!!」
え~、そう言われても困るぞ。
おれは村では中の上か、上の下位の術者だったし、エリーヤの国の術者の程度が低いだけなんじゃ…
とりあえず、両肩つかんでがっくんがっくんと前後に思いきり揺さぶるの辞めてほしい。酔うとかじゃなく、単純に首が痛い。
「言いたいことあるのは分かったけど、とどめ刺さないと。
……あ゛」
敵を目の前に完全に気を逸らしてしまっているエリーヤに呆れつつ、9つ首の方に視線を向ける。
と同時に顔が引きつる。
それにつられてエリーヤも9つ首の方を見て顔を青くする。
5ふん?位保てれば良いよなと思って居たのだけれど、想像以上に9つ首の力が強かったらしく固定している土の縄に少しずつ亀裂が入り始めて居た。
しかも、それぞれの口から明らかに攻撃の意志がこもっている炎が徐々に大きくなっているのが見て取れる。
やばい。
エリーヤに土属性付与・強化の術かけて、9つ首の残りの首の半分を切り取るまではしたかったのだが…仕方ない。
「黄金の恩寵 櫨の恩恵」
青い顔をしたまま固まっているエリーヤの身体と武器とに、待機状態にしていた術を更に強化した術をかけて胸倉を掴み、あさっての方向に放り投げる。
9つ首の巨体の上空を経由し放物線上に部屋の奥へと言葉にならない悲鳴を上げながら遠ざかっていくエリーヤ。
じゃま。
ただでさえ固まっていた所に、突然思いっきり放り投げられるという余り予想できないことをされたせいか、受け身も取れずに顔面から壁に激突した。
……まぁ、生きているだろう。
土属性の防御力上げたし、ぶつかったのは土壁だし。
それにしても、まいったな。
失礼ながらエリーヤの実力でも首の一つを簡単に落とせていたから、6つ首の時と同様見てくれだけで実はさほど強くないと言う事なのかと思っていたのだけれど…
5ふん程度保てれば良いや、と思って術を発動させたのは事実だ。
だけど、それは5ふん程度は確実に拘束できると言う自信を持ってかなり強固な作りにしたが故の“5ふん程度”である。
火事場の馬鹿力とも言うし、絶体絶命の危機に対して9つ首が予想をはるかに超える力を持って抵抗してくる可能性があったから。
なにせ、自分の首を一個一個切り離そうとする敵が目の前に居るのだ。
死んでたまるかと必死に抵抗するのは当然である。
おれらで言うなら手足一つ一つ落とされている感覚…よりもたちが悪いか。
何せ首だもの。
甘く見ていたが、決して油断はしていなかったのだ。
なのにも関わらず、9つ首はおれの術を予想よりも遥かに早く破ろうとしている。
甘く見過ぎていた、と言う事もないと思うのだけど…
結果として、9つ首はおれの予想の上の遥か上の力を持っていた、と言うだけの単純な話なのだが、心理的な衝撃がじわじわと襲ってくる。
おれよりも明らかに弱いエリーヤの事を気にしながら戦闘態勢に入るのは確実に悪手だからと最低限の術を施して放り投げ退場して貰ったが、だからと言っておれの勝率が上がるかと言うと…
正直、微妙だな。
──高麗納戸の苦楚囹圄
錆御納戸の憂苦囹圄
彼の者を戒めよ
距離が近すぎたので後方に大きく飛び間合いから外れつつ、雷と氷の束縛系精霊術を発動する。
攻撃としては土系の呪文が有効でも、束縛系だと違う場合も一応あるし、あえて土属性の束縛系精霊術を重ねて施すことは辞めた。
勿論、既に9つ首を拘束している土縄に霊力を込めて強化することは忘れない。
時間稼ぎなり、あからさまに高まっている炎の力を無効化・減退化出来れば良いのだけれど……
勝算がない戦闘なんてするだけ無駄だ。
確実に勝てないなら逃げるが最高。
かなりの巨体なので、こいつはこの部屋から出られない可能性が高い。餌になるような他の生物がいないにも関わらず虚弱化をしていないように見えるし、この遺跡の霊力を喰らって生きているのだろう。
他の部屋よりもここの霊力は高いように感じられるし、部屋を出る必要がないとも言える。
だが、侵入者撃退の命を下されていたのか、ただ単に縄張りに入ってきたものを排除しようとしたのか、扉を開けた途端に攻撃を仕掛けてきた。
それを踏まえるとこの部屋から出て遠ざかれば追ってくる確率は低いだろう。
一番良いのはさっさと尻尾を巻いて逃げるという選択肢だ。
だが、それは却下だ。
絶対的な負け戦はするつもりはないが、何かを得るためにある程度の危険を犯したり命に関わらない程度の犠牲を出したりするのはある意味当然の事。
虎穴に入らずんば虎児を得ず、と言うしな。
エリーヤを投げ飛ばした方向──9つ首の巨体の向こう側の壁に、扉が見えた。
元は全面土壁で覆って偽装していたのだろうが、年月の劣化によってその土が剥げてしまったのだろう。
所々、過去に見たことがある鈍色に光る特徴的な物が見て取れた。
そう、だから逃げの選択を選ぶことをしたくない。
間違いない。
ここは“あたり”の遺跡だ!
ここの奥には古代、もしくは神代の遺跡が眠っている。
村を出てから三年──
ようやく初めて見つけた記憶への糸口だ。
多少の無茶はしなくちゃな!
拘束呪文で時間稼ぎをしている間に、巨体の奥に見える扉を開けてぱっぱと先に進むのがおれにとっての最良だ!!
9つ首をわざわざ相手にすることはない。
そのためにエリーヤを部屋の奥に投げたんだし。
彼が気が付いて扉を開けてくれたら良いんだけど、精霊術が一切使えないと断言していたし、霊力に反応する形式の扉だとしたら確実に無理だ。
そうじゃなくても、彼が扉を開けられる可能性は極めて低いだろう。
おれが過去に見たことがある古代の遺跡が封じられている扉は、すでに開いていたからどういうからくりで扉が開くのかきちんとは知らない。
だが、ある程度の条件があるのだと父さんから聞いているから、普通の扉のように取っ手がついている訳でも、蝶番がついている訳でもないのだろう。
捻って開けたり、壊して開けたりはできなさそうだ。
お前なら開けられるだろう、って父さんは言っていたけど……どういう意味か判らない現状、エリーヤが扉を開けられる可能性は極めて低いと判断する。
まぁ、でも万が一、と言うことも考えられるから彼を向こう側に放り投げたのだ。
邪魔と言うのが一番の理由だが。
最悪なのは、扉が開く条件と言うのが、9つ首が番人的存在で、こいつを倒さないと扉が開かない場合。
確実に勝てる訳じゃない相手に勝負を挑まなければいけないということになる。
正直、面倒臭い。
死ぬのは嫌だしな~…
どうしようかな~…
刹那の間思考を巡らせ、腹をくくる。
仕方ない。
手加減しない、じゃなく本気を出さなければ。
二度手間になると生存率も下がってしまうし、倒そう。
こいつを。