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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
火の章
75/110

43



場を支配する重圧感や息苦しさにも少し慣れて

体制を整えたその直後に開かれた扉の前に立っていたのは

かつて名もなき村で対峙した幼女の姿をした魔族

……ではなかった。


魔族ではあるようだが、あの時のフートよりも

散々脅されてかなり強く想定していたフートよりも

今まで見て来た何よりも、コイツは強い。


いや、強いなんて言葉で表しても良いのだろうか。

底が知れない、と言うのはこういう奴に使うべき言葉だろう。


まじか。


精霊がそうであるように

領域の強さや範囲がそのままそれを展開した魔族の強さと考えて良いだろう。


扉一枚隔てた状態でなんとか立てた上体は

直接対峙したことにより再びこうべを垂れ

まともに相手の姿を捉える事すら難しくなっている。

一瞬でも気を抜けば、無様な蛙のような格好にさせられることだろう。


押しつぶされそうな程の、圧。

まともに向き合う事すら出来ない。

これが、コイツの強さの片鱗。


こんなもの、感じた事ないぞ。

いや、あると言えば、あるのか。


ジューダスが白亜と神威をした時に近いかも知れない。

あちらは晶霊をまとって居たからか

圧こそすごかったが不快な感じはしなかったけど。

確かに殺気がこちらに向いた時には漏らすかと思う位に

尻込みしたし死ぬかとも思いはしたが。


目の前のコイツは………違う。


片眼鏡をかけていなくても可視化されるほどに

空気を渦巻く墨を落としたかのような瘴気をまとい

この場に居るだけで絶命してしまうんじゃないかと

錯覚する程の悪心が体中をかけめぐる。

涙が自然と滲んできて奥歯が噛み合わずかちかち音を鳴らしている。


ジューダスの時は本能的に敵わないと悟り

死を覚悟したが、そうじゃない。

本能的に死を選びたくなる

いや

()()()()()()()()()()』と思わせる何かを持っている。


一歩間違えたら死んでいたと言う毒を喰らった時とも

重傷を負いその上霊力枯渇を起こした時とも近い気がするが

その時は本能で生きなければならないという考えが支配していた。

死にかけて、死んだら楽だろうな、とは思いはしたが

今は違う。


義務や強迫観念とも言える死への誘い。


ただそれよりももっと……そんな何年も前の話ではなく

もっと最近

もっと近い感覚に、おれは支配されそうになっている。


いつだ?


ヴォーロスの母親が封印されていた魔石と対峙した時?

違う。


あの時も黒い感情に支配されそうになったが

アレはあくまでおれの中にあったもの。

内側から湧き出てきたモノだ。

今の感覚はあくまで外から来るモノ。


いつだ?


9つ首に殺されかけた時?

……そう、だ。


稜地からの問いかけとかぶって聞こえた()()()

瀕死に窮した、あの時。


この声は、どこからともなく聞こえた、あの誘う声そのままだ。

何と言っていたか……


”《汝の心を 我に委ねよ》”



《──私を前にひれ伏さないとは、大した胆力だ》


「ぐ…っ」


ヤツが口を開いた瞬間、くぐもった声と共に胃液が上がってくる。

吐きそうになる。

口の中が酸っぱ苦い。


あぁ…、うん。

感覚器官全部やられたんじゃないか

と思ったけれど味覚は生きているな。

大丈夫。

おれの肉体も頭もまだ死んでない。


思い返していたせいであの声が頭の中で木霊して

意識を乗っ取られるかと思ったが……問題ない。

おれは、おれのままだ。


心が折れるんじゃないかと心配もしたが、死を選ぶような事はしない。

生きて、帰ると約束したからな。


時間の感覚が狂っているせいで正確な事は判らないが

約束の10分はとうに過ぎてしまっているだろう。

お仕置きとか、懲罰が怖いな~

何させられるんだろ。


気持ちを持ち直したお蔭か

霞がかり朦朧としていた頭も少しずつ動いてきた。


うん、なんとかなる。

まずはここから離れる裁断を整えなければ。



相手を観察してみよう。


未だこの瘴気に侵されないようにするだけで精一杯で

重圧に慣れる事が出来ず顔を上げられないが

足元を目測して割り出される身長は180センチをゆうに超える。

声からして、男性型。


精霊と同じく魔族には生殖機能が無く性別がないとされているから

姿かたちを変える事は可能だろうが必要な時、意図しなければ変える事はない。


人を騙したり、欺いたりするような時ね。


平常時に取られる姿は、これだという事だろう。

この場から無事に逃れられればもう二度と会いたくない相手だが

特徴は覚えておくに越したことはない。

これだけ身長が高い人物は早々いないし、良い目印になりそうだ。


精霊が頭の中に語りかけてくるように発せられた声は

それを聞くだけで脳神経を破壊されそうな

精神を汚染されそうな凶悪さを持っている。


魔力に対する抵抗値があるとは言え

こんな中に長時間居たらどうなっていたか解らない。

イシャンを逃がせて、本当に良かった。


長く一緒に居たくない

決してオトモダチになりたいと思えない類のヤツだな。


度胸を褒めて貰ったが

確かに並大抵の精神力だったらその声を聞くだけで

いや、この場に居るだけで壊れて廃人化してしまうだろう。


そこにいるだけで魔族の器大量製造機になれる。

全く、なんて奴だ。


魔族にこれだけの力を持っている奴がいるとはな。

今まで見て来た魔族なんてコイツと比べたら

蟻と象位の差があるぞ。

かつておれが苦戦した魔族の何百倍。

油断していたらおれも殺されてしまう、と言われ

想像していたフートよりも何十倍も、強い。


いや、勿論

おれが想定を甘く見過ぎていただけって可能性もあるけど。

だって、本気であの時のフートって今のおれの強さと比べたらてんで弱かったし。

本来のフートがコイツと同等くらいの強さだったら

確かにおれ程度簡単に殺されてしまうだろう。

ジューダスでも、苦戦を強いられ勝敗が解らない戦いをすることになるだろう。


こんなヤツがあちこちに溢れていたであろう時代に

消滅・封印して世界中回っていた父さんたちって本当凄いんだな。

そりゃ、父さんにもジューダスにも勝てる訳がない。



《──うん?

 読みにくいな。

 貴様、何者だ?》


読みにくい?

……あ、心がってことかな。


稜地たちに自分の心の内を覗き見され放題なのも嫌だし

魔族と戦闘になった時に自分の手の内を読まれると絶対的に不利になるから

と思ってなるべく心の声を閉じる練習をしていたんだよね。

そうか、まだ上手くできないと思っていたけど

警戒している相手に対しては有効か。


一つでも努力して居た事が結果に結びつくと嬉しいね。

こんな状況じゃなければ小躍りの一つでもしたかったところだ。


「誰が…教えるかよ……っっ!!!」


何とか上げる事が出来た顔でヤツを捉え睨み付け

悪態を吐くと同時に

相手の動向を探りながら内側で練りに練っていた霊力を一気に開放する。


交差した目を見開き驚愕の表情を浮かべる

どこかで見た事のある、顔。


イシャンを転送させた時に使用した霊力よりも何倍も多い霊力の塊は

転移しやすいようにおれにまとわりつく瘴気を分断し

こちらに飛んだ時に力を貸してくれた晶霊の気配を探り当て

強制的に無理矢理繋がり力をぶん取り術を展開。

この領域下でもわずかにか細く残っていた霊力の糸を手繰り

その先に目印として居てくれる

そこから繋がりをより強く感じられるようにしてくれている存在の元まで

空間を繋ぎ

時間を操り諸々の法則を捻じ曲げながら爆発的な霊力をもって、転移する。


兇悪な領域の支配者はそれを邪魔するでもなく攻撃してくるでもなく

ただただ呆然とその場から消え行くおれを見ていた。



《……メイヤ…》



転移の瞬間、ヤツの小さく呟いたはずの言葉が

やけに大きな音として耳の奥こびりついて、離れなかった。



無我夢中で展開した転移の術。


ギリギリの精神状態で発動させたせいなのか

瞬時に目的の位置へとたどり着くことが出来ない。


何とも言えない

自分が向いているのが上なのか下なのか

それすらも判断できない状態でぐるぐると錐揉みしながら何の抵抗も出来ずに落ちていく。

落ちていく、と言うのもおれの感じているもので

もしかしたら昇っているのかもしれないし

ただ平行移動しているのかもしれない。


霊力の溢れる荒波の中で体制を整え、何とか薄目を開くと

そこには見慣れぬ景色が広がっている。

下に青い空が見える事と上にそびえる地面に少しずつでも近づいていることから

今は仰向けで落ちているという事がわかる。


解った所で、着地姿勢ととれるだけの身体の感覚はまだ戻ってきていないし

減速させるだけの霊力もかなりの量を消費してしまっているせいで残っていない。

ただただ無抵抗に、おれは朦朧とした意識の中落ちて行った。



転移の術というものをおれは、扉を想像していた。


目的地の座標を指定し目の前に扉を作る。

そこまでの道のりは時の精霊の力を使い無理矢理捻じ曲げ圧縮し

目的地にも扉を作り、そこへ繋ぎ

自分の目の前に作った扉を開き、至る。


実際、その想像で何度も転移の術には成功しているし

間違っていないと思っていた。


しかし、目の前に広げる景色はどうだ。


メネスから遥か遠い所に、今、おれは居る。


ヤツが追いかけてくる気配は、ない。

微塵もヤツの気配を感じられない。

あれだけ強大な魔力と瘴気をまとって居るのなら

ちょっとやそっとの距離が開いた程度でヤツの気配を感じ取れなくなる

なんてことはないだろう。


開いた扉は、既に閉じている。

それを加味しても、だ。


反して、確実に目的地であるジューダス達の元へ近づいている。

気配で判る。

近づいてはいる。


ただ……扉と言うのはどういう原理だ?


その一枚の板の向こうが目的地なら

開いたらそこにはおれが行きたかった景色が広がっているはず。

イシャンが居て、ラシャナが居て、ジューダスがいる、砂漠地帯が。


なのに、ここは全くの別の場所だ。

いや、そもそも空間が異なっているように思える。


霊力が足らなかったせいでどこか別次元に迷い込んだのだろうか?

精霊が棲んで居ると言われる異次元とか

魔族が封印されていると言われている異世界とか。

だがもしそうなら、そもそも術は発動しない。


それに、両者は物質が存在しない精神体のみで構成されている

と言われているし、ここはそのどちらとも違う。


どういうことだろう?

今おれの眼前に広がるのは、見慣れぬ風景だ。


勾配差のある川が流れ

山や丘や平野、様々な地形があちこちに点在し

今まで旅してきたどの土地とも違う

聞いてきたどの土地にも合致しない。

そこには空の模様が映る大きな輝く巨大な岩がいくつか生えて

いや、埋まっている。


不思議な、景色だ。


時の精霊による空間の圧縮が上手くいかず

目的地と繋がる扉の間に廊下のようなものを経由しているのだとしたら

見慣れない、と言う程度の認識の光景が広がっているのも解らなくはない。


だが、ここはそもそもゴンドワナ大陸ですらない。

砂漠も聞いていた岩石地帯も見当たらないし

ゴンドワナに草木生い茂る平地はない。

火の精霊に偏った気配もしないし

燦燦と輝いているはずの太陽による痛い位の熱射もない。



言うなれば、ここは想像にたやすい楽園のようだ。



野獣や魔獣も類も居らず、人の姿も見えない。

精霊の気配も違う。

本来ならばあるはずの霊力のむらが微塵もない。


本当、全くの別空間、と言う表現しかできない。


いや……目測で言うとおれの着地点になりそうな小高い丘の崖際に

一軒の家と、人を見つけた。

生き物が一匹も見当たらない土地に、人が、一人。


本来ならば違和感を覚えるべきなのは野生生物が居ない事なのに

この景色の前では人が居る事の方が不自然に思えてしまう。


大きな輝石の付いた杖を持った、その人物が振り返る。


まさか、上空に居るおれに気付いたのか?

視力が良いと自負しているおれですら

相手の顔を認識する事が出来ないというのに。


目が合ったと感じた、その瞬間。

ぐん、と

引っ張られる感覚によって視界が一度閉ざされる。



いや…ほんの刹那の間、気を失ったのか。



安全な姿勢も取れず、頭から転がり落ちるように無様に着地をすることになった。

()()()()()()()


土埃が舞う中目を開けたのでなかなか痛いが

心配そうにのぞき込んでくる人影を見て

思わず安堵の溜息が漏れた。


「……ただいま」


息する事すら億劫になるほどの瘴気が溢れているでもない

生命が居ない楽園のような景色でもない

ここは、見慣れた景色、見慣れた人物がいる

安全が確約された場所だ。


良かった。

戻って来れた。


片手を上げて挨拶をすると、いの一番に、まさかのジューダスが抱き着いてきた。

聞き漏らしそうな程小さな声で『良かった』と

緊張していた糸が切れたように力なくつぶやいた。

心なしか、震えている気がするのは

先ほどまでの事を思い出しておれ自身が震えているからなのか。


いや、実際にジューダスも震えている。

父さんにおれのこと任されたのに万が一があったら困るもんね。


肩越しに影を見上げえると

イシャンとラシャナが隣り合って

目じりに涙を貯めながらも無事を喜んでくれているかのように微笑んでいる。


白亜も、あの場では見ることも声を聞くことも叶わなかった稜地も

おれたちの頭を撫でて良かったと口々に言ってくれている。


おれはジューダスを抱き返しそのぬくもりを感じ

無事に戻ってこられたことを実感して

「ただいま」

ともう一度言い、少し、泣いた。





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