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『腹が減っては戦が出来ぬ』
誰が言った言葉なのだろうか。
いやはや。
先人から伝わっている言葉は生活に密着した教訓が多く、共感できるものが多いね。
おれは食いしん坊と言う訳ではないが、やはり何事も、特に大事であればある程行動を起こす前に、まず、食事を十全に摂らなければと思う訳ですよ。
頭の栄養不足になれば、考える事が出来ない。
イライラしやすくなるし、思考の妨げは死を意味する。
肉体が栄養不足になれば、動く事が出来ない。
身体が重く満足に動かせなければ、やはりそれも死に直結する。
食事大事。
これ真理なり。
特に朝ごはんはその日一日を滞りなく過ごすためには必要不可欠。
極度の緊張感や寝不足により胃が収縮し、食物を受け付けないような時でも、比較的消化に良いものを無理矢理にでも食べる。
それがおれの旅で心がけている事だ。
村にいた時は、朝食を抜かしてしまい低血糖や貧血で眩暈を起こしたとしても、誰かが補助に入ってくれ命に関わるような危険に陥ったことは無いが、今は一人旅。
どのような状況に追い込まれようとも、ご飯は絶対に食べますよ。
稜地に教わりながら香辛料を調合しつつ鍋を煮込み、飯盒の火加減も時折確認する。
鍋の方は、多少の焦げ程度なら隠し味で済むかもしれないが、飯盒の方は焦げてしまったら洒落にならない。
大事な任務の前だからこそ、ゲン担ぎというのは必要だからね
と説得し稜地にわがままを言って出して貰った、精製済みの久方ぶりに見た純白の小さい宝石のような粒たち……
炊けた所を想像するだけでよだれが頬を伝いお腹が鳴りそうになる。
そう!
おれは!!
久方ぶりに白く輝くふっくらとしたお米が食べたいのだ!!!
基本的に世界各国の主食は麦である。
播種時期をずらすことによって収穫時期を年二回迎える事が出来るのだ。
同じ穀類を育てるなら、そちらの方が一年無駄なく田畑を使えるし、餓えずに済む国民が増えるのだし当然と言えば当然か。
米を育てている地域がない訳ではない。
しかし、市場を覗いて出回っている物は、おれが慣れ親しんだ米とは違うのだ。
匂いがきつかったり、形が細かったり、色がついていたり。
試しに買って食べてみた事もあったが、まずくはないが、想像していた物と違って肩を落としたことは数え切れぬほど。
食べ物って懐郷病の元になると思う。
所々違う米を買って食べては、母さんの作るご飯が恋しくなって、村に帰りたいと何度思った事か。
いや、まぁ。
懐かしむ程度で、本気で帰りたいって思った事は片手で足りる程度の回数だけどさ。
そんなしょっちゅう帰りたい帰りたいって思っていたら、それこそ精神病に罹っちゃう。
例にもれず、ゴンドワナの主食も麦が主流だ。
あとは、とうもろこし。
その年の収穫量で比率が変わるそうだが、小麦粉ととうもろこし粉を混ぜて、薄くのばして焼く平べったいパンが主食になる。
平民以下は、二つの粉を混ぜる際に、そこに更にコロハって名前の香辛料を混ぜて長期保存を可能にさせているんだって。
一度に大量に作って保存して、手間を少しでも減らそうという。
生活の知恵って奴だね。
その香辛料、薬としても使われる漢方としておれも知っている。
身体にも良いのだし、御貴族様たちも使えば良いのにねぇ。
おれも水分量の少ないパンを携帯食として持っているけれど、一気に栄養を取るために乾燥させたり酒に浸けたりした果物が入っているので、おやつには向いているけれど、ごはんには不向きだ。
保存食となると、パンの方が優れているんだよね。
ほしいいは手間がかかる割には美味しくないし。
保存食、とか旅のお供、と言うよりは完全野戦食。
揚げたりゆでたりして手間をかければ美味しくいただける。
しかし、そんな腰を据えてお料理教室開けるような機会なんて、野宿では早々ない。
そうなった時はパンの方がお手軽だし栄養も摂れるし、まぁ、不味くはないし。
適材適所ってやつかねぇ。
流石にパンは発酵する時間も取らなければならないし、なにより焼き上げる窯をいちいち作らなければならないのも手間なので、今回の朝食分のパンはイシャンから提供して貰うつもりだ。
おれは食べないし。
『おれの米が食えねぇって言うなら自分の主食は自分で用意しろ!』
と言うつもり。
むしろ、お米食べたいって言われても少ししか分けてあげないよ。
だって、5合しかないんだもん。
おれ一人で3合食べるし。
水から煮た肉も野菜も良い感じに柔らかくなっている。
野菜がものによっては煮崩れを起こしているが、まぁ、それはご愛嬌と言う事で。
そこに調合した香辛料やら調味料やら適当に放りこんで……牛乳でもあれば、辛味が抑えられて良いんだけどな。
馬乳……は、さすがに駄目か。
乳糖含有量が多過ぎる。
おれ、乳糖摂りすぎるとお腹痛くなるんだよね。
潜入中に厠を借りる訳にはいかないからな。
そもそも、あれだけ大きな馬車を曳く馬たちが雌なわけないし。
お粗末にも、美味しそうな色とは思えない茶色い液体が鍋一杯にぐつぐつ沸騰している。
でも、香辛料のおかげか滅茶苦茶良い匂いなんだよね~
え?何作っているかって??
皆大好き!カレーです。
朝からカレーってちょっと胃もたれするかしら?と思ったから、ちゃんと胃腸に優しい香辛料多くしたし!!
具も多いから問題ないさ!!!
だって、大人数にふるまう料理なんて煮込み料理しか作れないもーん。
まだ日が昇っていないから肌寒いとはいえ、これからどんどん暑くなるのに大人数で鍋をつつく訳にもいかないでしょ。
我慢大会か、って突っ込みが入ってしまう。
ちゃんとした設備があるならまだしもさ、限られた道具しかないのに大人数が満足できるような食事なんてそうそうないからね。
それに、街から離れた場所でする野宿でカレー食べれるってだけでも贅沢じゃね?
干し肉や乾パンみたいな携帯食とか、乾燥野菜の汁物とかが野宿で食べるものの主流な訳だし。
ま、イシャンは大きな商隊を抱えている。
当然、積載量の多い馬車を扱っているので、自分たちの道中の食事も結構豪華にしていたけれど。
いや、違うか。
ラシャナがいるから豪華にしていただけに違いない。
経費削減をモットーにしている奴が、部下たちの食事なんて経費が分かりやすくかかる所を無駄に豪華にする理由がないもんな。
「おはよ~。
なんか好い匂いするね。」
匂いに誘われたのか、イシャンが幌から顔を出して声をかけてきた。
服くらい着てから顔出しなさい。
よくあの寒さの中、何も着ずに寝られるな。
下世話なこと言うなら、激しい運動した後の汗をキチンと拭かないまま寝ると風邪ひいちゃうんだぞ。
お前は良いけど、ラシャナが風邪ひいたらどうするんだ。
まさかよもや、馬車の中で火を焚いて暖を取っていた訳でもないだろうに。
そう言う気遣いは大事だぞ。
「まだ時分としては早いけど、朝飯食うなら準備して。
ぱっぱと食って、ぱっぱと用事済ませた方が良いだろ?」
「りょ~か~い。」
言って荷台に引っ込み、少ししてから着衣を整え、けだるそうな顔をしあくびを噛み殺しながら火の近くに腰を下ろした。
『昨晩はご盛んでしたねぇ、げっへっへ』
とでも言えれば良いのだろうけど、これは違うな。
イシャンの奴、寝てないんだ。
目の下の隈とぎこちない作り笑いがそれを物語っている。
緊張で寝れない、なんて意外と繊細な所もあるのね~とからかって場の雰囲気を和ませることが出来れば良いけど、ある程度の緊張感と言うのは必要だし、おれ自身も、緊張していないと言えば嘘になる。
イシャンと違ってぐっすり寝たけどね!
寝るのも仕事の内だもの。
当然でしょ。
「飯は食えそう?」
効果的ないじり方が見つからなかったので、見て見ぬふりを決め込むことにした。
予定では、失敗できないとは言え、ほんの5分程度しかかからない事なのだ。
さっさと終わらせて、夜明けまで…だと短いか。
出発時間を少し遅らせて、それまで仮眠でも取らせれば、今日の予定に響く事もあるまい。
事が終わってスッキリしない限りは食事も満足に喉を通りません、と言うのなら、仕方ない。
主に動くのはおれだしな。
彼がするべきことは過ごし慣れている私室のへそくりを回収するだけ。
重いものを動かさなければならないならおれが持ち上げるなりどかすなりすれば良いし、足場が不安定な高い所にあるならおれが代わりに取れば良い。
精霊術が使えるってやっぱり便利ね。
「あ~、少しなら。
レイシスの作るご飯おいしいし、喰わなきゃ損だしな。」
「褒めても何も出ないぞ~
むしろパンが食べたいなら出してこい~」
笑いながら受け応えると、
『カレーにアエーシは必須だ!』
とか言いながら、ラシャナが寝ているのとは別の馬車へと走って行った。
あの平べったいパン、あえーしって言うのね。
割とどうでも良い知識が増えた。
「起きた途端、騒がしい奴等だな」
それを言ったら、あんたは口を開けばお小言ばかり吐いているね。
イシャンと話をしている間に歌の披露を終えたのか、ジューダスが悪態をつきながらイシャンが向かったのとは反対方向からこちらへ近づいてくる。
先程まで周囲を浄化させていた綺麗な歌が同じ口から紡がれているとか、世の中ってなんともまぁ、理不尽なことばかりである。
「ジューダスも。
拝聴料あげるしパンかお米か選んで、ごはんの準備して」
「…聴こえていたのか」
「割と、耳が良いもんで」
聴いてはいけなかったのだろうか?
頭を抱える、まではいかないけど額に持って行った手が苦悩を表現しているように見える。
≪苦悩だなんて大げさよ~
照れてるだけよね~?≫
「うるさい」
照れ!?
よもやお前、ツンデレと言う属性か!!?
白亜の言葉に否定も意見もしないってことは、本当に照れているのか。
それを隠すかのように、外套と同じ色の頭巾を目深にかぶってしまった。
無理矢理引っ張ったせいか、頭巾を固定するための紐の一部が解ける。
おっ!
これは素顔を見る好機か!!
と期待したのだが、慌てるそぶりすら見せず、一瞬で手早く結び直してしまったため微塵も見る事が叶わなかった。
ちっ。
手馴れていやがる。
「あ、そうそう。
外套ありがとうね」
言いながら近くに畳んでおいたジューダスの外套を引き寄せ渡そうとする…が。
たき火の光によって、キラキラ光る部分を発見。
あれ?おれ涎垂らして寝ちゃった??
最初見た時は、たき火による光源が小さかったせいで気付けなかったのか。
もしくは、もともとが微妙な色合いの外套なので、濡れている間は気付けなかったのか。
どっちにしろ、貸してくれた物を汚れたまま返す訳にはいかない。
「ごめん。
汚しちゃったし、後で洗って返すよ」
「イヤ、元々お前が使用していたマントでは防御力が心もとない部分があった。
好い機会だ。
やる」
え、防御力にも保温機能にも優れていたとしても、こんなけったいな色の外套なんて身に着けていたら、通報されちゃうじゃないですか。
や~だ~
って言うか!
旅支度している時に父さんがくれた物なのに悪く言うなよ。
父さんのお古だって話だったけど、どの街の防具店覗いても、これ以上の品は無かったんだぞ。
愛着もあるし、これを手放す気はさらさらない。
「アスラも旅をしている最中は、その短いマントの下に、長いマントを身に着けていたのだ。
お前が旅立つタイミングでは長いマントを引きずってしまう懸念があったから、物理防御力に優れた短い方だけ渡したのだろうな。
……これを受け取ったら、アスラとお揃いだぞ?」
う゛っ。
こ、こいつ…
おれの扱い方完全に把握していやがる。
父さんに強いあこがれを抱いていること。
この外套を手放したくない理由も父さんであること。
その二つを熟知した上で
『イマイチな防御力の向上』
を角を立たせることなく、どうやっておれに了承させるか。
全てを的確に悟られてしまっている。
『父さんとお揃い♡』
なんて言われたら、受け取らずにはいられないじゃないか!
ムムムムっ!!と眉間にしわを寄せながら考える事数秒。
すごすごとお礼を言い外套を改めて受け取った。
「古龍の革で作られた、ある程度の精霊術なら無効化してくれる効果と、魔族の領域下でも行動しやすくなる守護がかけられている。
細かな付加はまだあるが、まぁ、大まかに言えばこの二つが大きい。
今後魔族を相手にするなら、常に身に着けて置け」
──ウェシィム
なんだか使い慣れてます!って感じの好い発音でジューダスが原初語を一言いうと、おれの手の中に収められていた外套がふわりと宙に浮き水に包まれたかと思ったら、一瞬で
あら、まぁ、びっくり!
綺麗な白い色に変わった。
綺麗って言っても、純白ではなく、生成り色だが。
え、あのけったいな色、まさかよもや全部汚れだったってことないよね??
寝惚けて引き寄せた時、良い匂いしたんだけどな~
まさかの!不潔の塊!!?
や~だ~
「古龍の素材には持ち主の霊力に呼応し進化する性能がある。
術師が持つ杖に古龍が使われることが多いのはその為だ。
私の霊力に染まったままでは扱い難いだろうからそれをリセットした。
力が有り余っている時に霊力を込める癖をつけて置け」
多少の怒気を孕んだ口調で
『決して汚れていた訳ではない』
と説明をしてくる。
ふむ、つまり…
あのけったいな色がジューダスの霊力の色だと言う事かい??
それはそれでさざ波のように引きたくなるのだけれど。
確かに、お値段の高い杖には触媒に古龍の髭や角が使われることが多いと聞く。
使えば使うほど霊力の伝導率が高くなり、性能が増す。
地精霊術が得意な人が扱えば触媒は橙色に、水と風精霊術が得意な人が扱うと青緑色に変わる。
使い込まれれば使い込まれるほどそれは濃く色づく。
その為に年季の入った古龍の素材が使われた杖は、一本で家が買えてしまう程の値がつく事もあるとか。
あとは、古龍の鱗は精霊術を弾き返すとか、吸収するとか言われていて防具に使われる。
それもお値段は滅茶苦茶高い。
精霊術を介さない、物質を燃やした炎によって加工する事が出来るので、基本少量の鱗を熔かして金属と混ぜて防具を作るんだって。
古龍は目撃されることも少なければ、打ち倒されたり死骸を回収されることが百年に一度あるかないか、って位貴重ため、使用できる素材の量が限られているんだ。
加工できる職人も殆どいないそうだし。
精霊術を使わずに金属を融かすなんて、余程大きな設備がない限り出来ないから。
お金もかかるし。
イェジンに一人、かなり良い年した爺ちゃんで武具の製造をしている有名な職人がいるんだけど、その人は過去に幾度か古龍の鱗や髭を使った事があるって言っていたな。
あとは、ブリタニアにいるらしい、と言う程度しか知らない。
それだけ貴重な古龍の素材。
鱗があるのに革、と言うのがイマイチ理解できない生物だな。
鱗に覆われているなら皮いらなくない??
まぁ、古龍にはお目にかかれた事がないため判断も想像もつかないが、通常生息している竜とは違う生体なのだろう。
その古龍の革のみを使った外套。
いったい、いくらするのだろうか…
想像しただけで恐ろしい。
危険を犯すくらいなら、これをイシャンに譲ってタンス預金は諦めろ、と言った方が良いのではないか?
と思わずにはいられないが…
多分、と言うか絶対。
この外套の方が高いだろうな。
それに今後の旅の必需品のようだし。
売ったり盗まれたりしないようにしなければ。
試しに、白い外套に霊力を込めてみる。
これから作戦決行だと言うのに、霊力の無駄遣いは出来ないので多少だけだけど。
自分の霊力なんて、可視化して見る事なんて術を使う時位だから、自然とわくわくと胸が高鳴る。
だけど、その直後。
おれは心底後悔することになる。
両掌に置かれた外套。
白かったそれは霊力を込めた途端……ジューダスと同じ、けったいな色に変貌した。
しかも、霊力量の絶対的な差があるせいか、何十倍もうす~くした、くすんだ色に。
……おれ、制御できない位に風精霊に愛されているし、今は稜地もいる。
緑か橙色になるのかな~
とか思っていたのに。
なんだよ、この色。
父さんとお揃いって聞いたから受け取ったのに!
なんでジューダスとお揃いにならなきゃならないのさ!!
泣いちゃうぞ!!!