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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
火の章
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39




少しの肌寒さと耳心地の良いかすかに聴こえる歌声で、ふと、目を覚ます。


瞼ごしに感じる外はまだ暗く、光を感じられない。

夜も深い時分だと言う事が分かる。

辺りに細く響く歌声は、どこから聞こえて来るのだろうか。

耳心地の良いその音を子守唄代わりにもう一度寝なおそうと外套を引き寄せ、ごろりと寝返りを打つ。

すると、ふわりと何かが香った。


……おれの外套じゃ無い?


そこでようやく寝惚けた目を開き、世話がされていない為小さくなってしまった、ちろちろと燃えるたき火の灯りで先ほど手繰り寄せた外套を見てみる。


灰色とも、茶色とも違うけったいな色。

寝起きに見るにはなかなかキツイ色味である。

いや、勿論。

蛍光色とか原色を見るよりは易しいけどさ。


これ、ジューダスの外套か。


薄手にも関わらず、おれのものよりも随分と質の良さを感じる外套を広げて観察をする。

保温性も優れているようだし、引っ張ってみると柔軟性を伴っていて丈夫そう。

霊力と魔力、それぞれの抵抗値も調べてみたいものだ。

破いたらいけないので、流石にそれは本人の了承が必要だけど。


起き上がりきょろきょろと周囲を見回してみるが、持ち主の姿はない。

砂漠の夜は寒い。

寝る時かけたおれの外套だけでは心もとなさそうだと思い、気遣って、自分のものをかけてくれたのだろうか。


冷酷無比のように思えた第一印象から随分とかけ離れている行動である。

おれが勝手に抱いた印象なだけで、話していくうちにそうではない事はよく解ったけれども。


あいつは機械的でもなければ冷徹でもない。

信念のような、一本譲れない芯を持っていてそれに反することはしない。

それだけだ。

まぁ、そのせいで、今回のイシャン達にしたような非道に映ることもあるだろう。

でも、理由なくする訳ではない。


あいつの中の矜持に反しなければ、牙を剥いて来ることはない。


その矜持というのが自分本位のものだとしたら、殴ってでも逆らって止めようとするが、父さんと同じく世界の均衡を保つ為のもののようだ。

もし、今後ジューダスと相対することがあったから、自分の行いが正しいものであるか疑い、キチンと振り返らなければならないな、と胸に刻むくらいには信じることができる。

世界レベルで考えても五本指に入ると思われる実力を有していながら、それに奢ることもなくひけらかすこともなく、ただ正義のため、世のため人のために使っている。


立派な人物である。


おれなんて、稜地の力を私利私欲のために使っていると言うのに。

主に、食事方面で。



人情家と言う訳ではないが、言った事は守るし信用できるやつ。

おれの中での印象と照らし合わせると、自分から言って来た見張りを放棄するようには思えないんだけど…


はて?

どこに行ったのだろう??

見回りにでも行ったのだろうか???


いや、ここら辺は稜地と神威をした時の術により、守護領域が広がっている。

余程の事が無い限りその必要はなさそうだったけれど…


あれだけ神出鬼没なのだ。

考えても仕方ない。

戻るべき時が来たら戻ってくるだろう。


目も冴えてしまったし、せっかくだからどこからともなく聴こえる歌でも聴きながら、朝食でも作りましょうかね。



海ならセイレーンと呼ばれる、唄で魅了し船乗りを海の藻屑にすると言う伝説を持つ魔物を警戒する所だ。

しかし、よくよく耳を澄ませてみると聞き覚えのある声である。

問題はない。


かすかにしか聞こえない事と、歌声と普段の声との差があったので最初気付けなかったが、探し人は意外とすぐ近くにいるようだ。

今まで聞いた事のある、どの吟遊詩人よりも好い声をしている。

出来れば、所々微かに聞こえる、程度の聴き方ではなくもっと近くで腰を据えて聴きたいものだ。


風に乗って周囲を浄化するかのような、その音に聞き惚れながら、とりあえず鍋を生成した。


……と、その直後。

歌声が僅かにぶれた。


あ、霊力使ったせいでおれが起きたのを悟られてしまったか?

だとしたら勿体ない事をしてしまった。

謳っている詩の意味こそ解らないが、せっかく綺麗な旋律なのに。


まぁ、起きた事を把握されてしまったのなら、今さら遠慮もいらないだろう。

小さくなってしまったたき火の近くに置いてあった木の枝を折って火にくべ熾し直し、料理の準備を続行する。


歌声の主も、一瞬ブレさせはしたものの、途中だからか再び安定した歌声の披露を続けた。

本人は披露しているつもりないのだろうけど。



寝惚けていた時は気付けなかったが、意識を向けてみるとここら辺一帯の霊力が上がり、領域が広がっている。

カガミに渡された宝珠に霊力を込めた時と比べると、おおよそ3倍ほどの広さ…かな?

いや、徐々に広まっているし、もっと広いか。

守護領域、とまではいかなくても、霊力値が上がっている区域は更に広い。

歌による浄化の術なのだろうか?

確かに、形態化された詠唱を歌のようだと思った事はあるが、歌そのものが術として成りえると言うのは面白い。


ラシャナのお腹の中の子が霊力を放った時は、周囲の霊力をラシャナを中心に渦を描くように一か所に集め、一気に異常に上昇したせいでその霊力が結晶化までしていた。

範囲としてはかなり狭い。

その後、徐々にその霊力は意識を向けて集中すれば何とか感じ取れる程度の瘴気と中和されたり、周囲に流れて行き、薄まっていった。

そのせいもあり、おれと稜地が作った守護領域の範囲はある程度の精度こそ高まったものの、その範囲は狭まった。


しかし、この歌声の効果により。

上空に、地下に渦巻いていた瘴気の一切が無くなり、精霊が過度に集まると言う事もなく周囲の霊力は等しく均されている。

その区域の端が随分遠いので、直接見に行って確かめる事が出来ない事と、未だに範囲が広がって居る為何とも言えない部分はあるが、ラシャナの子供と、おれと稜地の領域と違い、浄化された範囲が瘴気に侵される、と言う事は今の所ないようだ。

霊力が高まり、瘴気と混ざり合い中和される、ではない。

浄化されているんだもんな。


考えてみれば、そりゃそうか?


どうやって大陸全土を浄化するんだろう?

と思っていたのだけれど、なるほど。


光の大晶霊と一緒に歌うたって浄化して回るって事なのかね。

ゴンドワナ大陸の広さが分からない為、どれだけかかるのかは判らないが、認識できるだけでも結構広い範囲の浄化が成されている。

やって出来ない事は無い。


……喉に良いとされるはちみつを調達するのがおれの役目、って事はないよな。

確かに、ゴンドワナの名産品らしいけど。

超高級品だってお話ですよ。

蜂と格闘して自分で作れと??



こういう貧困に喘いでいる国は、娯楽が少ないからさぞかし喜ばれることだろう。

いつの世も、世知辛い現実から逃避する為、求められるのは英雄譚が多い。

しかし、こういう歌もたまに聞くぶんには、忙しない時間を忘れ酔いしれ、ゆったりとした時間を過ごすことが出来て良い。


なら、こんな警戒されるような外套ではなく、それこそ吟遊詩人のように装飾に気を使って見目良くすれば良いのに。

顔を隠している、透けている布から見える輪郭的には、不細工に見えなかったし。

むしろ整っているように見えたし。

神威をしていた時なんかは見惚れる位に美しいと思ったし。


世界各国、浄化の歌を歌いながら探し物する。

良いんじゃないの~??


……歌も上手で剣技精霊術何をとっても一流ってなると、どんな嫌味な存在だって話だな、おい。

ジューダスさんよ。



父さんを卑下すわけではないのだが、正直。

父さんの力量とジューダスとを比べた時、ジューダスの方が凄くないか?と言う疑問が出てしまう。


父さんの剣術は確かに素晴らしい。

後世に語り継がれ、その剣術は形態化され受け継がれるほどのものだ。

だが……それだけなのだ。


なんで、父さんの方が有名なのだろう?


手合わせをしていないから何とも言えない部分があるが、真っ向から対峙した限り、ジューダスの剣術は父さんと同等、もしくはそれ以上の実力だ。


父さんを贔屓目で見れば、勿論

『父さんの方が強いし格好良いし右に出るものなし!』

と言う評価が下される。

父さんの本気というものを見たことがないので、判断しにくい部分は確かにある。

しかし、隠してる実力があるならそれも父さんが世界最強の剣士である事を後押ししてくれる要因だ。

乱取り稽古の相手をして貰った時、足が震え冷や汗をかいたのは、無様ながらも良い思い出である。


しかし、ジューダスは…


あいつが剣を抜いていないにも関わらず、絶対に勝てない。

こちらは剣を抜いているにも関わらず、そう一瞬で悟った。

気を抜けば腰が抜けそうな程の恐怖。

対峙する事を本能が拒否する程の実力を秘めている。

その上で、精霊術も使えるし体術も得手のようだ。

雑破に何でもそこそここなせる、という訳ではない。

全てにおいて秀でた実力を持っている。

精霊術なんて、光の上位大晶霊である白亜を従えているし神威も自在に操れる。

霊力の扱いにも長け、本当、隙がない。


加えて見目も良い、はず。

偶像崇拝の対象にすらなりそうなものなのに……


なぜ、巷にあふれている英雄譚の大半は、英雄王:アスラの伝承ばかりなのだろう。


父さんがあまり他の英雄達のことを話さなかったことにも、何か理由があるのだろうか。

そもそも、父さんが寝物語として話してくれた内容と、語り継がれている英雄譚では違う所が多すぎる。


巷では、アスラが三英雄の頂点に達した君臨し、他の2人が補助の役目を担うのが三人の力関係だ。

金魚のフン的な。

霊力の適性があまりなかったアスラが、世界に平和をもたらす為に精霊の長を統べる為、精霊術に秀でた才能を持っていた二人を見つけだし、旅のお供にするのが英雄譚の始まりである。

アスラの足を引っ張り、自分たちが得意とする分野の問題に直面した時だけ出しゃばってくるような、そんな印象を受ける話が殆ど。

基本、村人がアスラに助けを求めたり、アスラが率先して困っている人を見つけ、難問を解決し、世に平和をもたらす。


実際は旅をしていた2人に、金魚のフンの如く付いて回ったのは父さんの方だ。

命を救われた、と聞いたことがある。

持ち前のしつこさと負けず嫌いな性格とで、煙たがられ撒かれそうになっても根性でついて行って、仕舞いには旅の仲間として認められた。

我が義父ながら、呆れるような逸話である。

言葉を誤魔化し詳細を濁されはしたが、基本的に事の解決に当たっていたのは父さん以外の2人だ。


酒場や食堂で、街の広場で披露される吟遊詩人の英雄譚を初めて聞いた時には衝撃を受けた。

んでもって、

『おれが知っている内容と違う』

と抗議をしたら

『これだから東の田舎者は』

と周りの奴らに大笑いされたものだ。


ジューダスはあぁだし、オラクルも似たような感じなら。

言葉や態度から誤解を招くことも多いだろうし、そもそも困っている人から依頼を受ける事も困難だったことだろう。

外交的な事は皆んな父さんが行なっていたから、語り継がれる対象も父さんになった、と言うことなのだろうか?


言葉だけ聞くと美味しい所だけ総取りしたのが父さんっぽくて嫌だな。

悪人のようだ。


外交担当が父さんだったとしても、大半の英雄譚が

『アスラ凄い』

となると、作為的なものを感じる。


ジューダスから昔話聞ければな〜

してくれなさそうだけど〜

ついでに目の前で歌ってくれたらオヒネリ投げちゃうのにな〜

無理だろうけど〜



考えながらイシャンの部下達の分も含めて大量の食事を作る。

一人分しか作らない事の方が多いから、なかなかに大鍋を前にするのは新鮮だな。

いや、同中携帯食じゃ物足りないからって、おやつ作っていたらイシャンにたかられて余分に作った事くらいならあるけどさ。


そうじゃなく。


今回は最初から振る舞うために作っている。

母さんが村で厨に立つ時、ご機嫌な様子で鼻歌を歌っていたが、その気持ちが少しわかった気がする。

食べさせたい人が居て、その人が食べてくれる、その上で美味しいと言って喜んでくれることを想像したら、勝手に気分が高揚するものなんだな。


せっかく作った料理を、父さんが仕事優先で冷めさせてしまった時の、あの母さんの顔も覚えているので、期待をしすぎてはいけないな。

うん、食べてくれたら良いよ、それで。


一般人に魔獣の肉は毒である、と言うことを学んだので使うのはキチンと市場で買った燻製肉だ。

旨味がただ干した肉よりも出るので、今度から自分用の携帯食も燻製にしようかな。

手間はかかるが長期保存が見込めるのは良い事だ。


野菜はいつも通り

『あざーす!稜地さん、あざーす!!』

って感じでアレコレ出して貰っては切ったり千切ったりしてそれぞれの鍋に放り込む。


ジューダスの歌の作用なのか、久しぶりによだれ垂らすほどにぐっすり深く眠れたからか、完全回復まで2、3日はかかると思っていた霊力はほぼ回復。

疲労はすっかりどこかへ行った。


これなら、問題なくメネスまで飛べる。


あとはお腹を満たして、今日の流れのおさらいをする。

そして、腹がこなれた頃に作戦決行だ。




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