7
薄く開いた扉から、ちらりと見えた影に二人そろってげんなりした。
八岐大蛇ですら首が八本しかないというのに…そこに更に一本足してくるとか、大盤振る舞いにも程がないか??
その八岐大蛇だって、べろべろに酔っぱらわせて神様がやっと倒したような化け物だったというのに…
そこそこの数の遺跡を攻略したと自慢していたエリーヤが
『あれ以上強い魔物は居ない!』
と豪語していたのにも関わらず、嫌な想像が当たってしまうとか。
頭を抱えたくなる。
甘く考えるなら単なる見かけ倒しの首が多いだけの魔物、なんだろうが…
そう考えるのは危険なんだろうな。
弱いならわざわざエリーヤが扉を閉める必要もないだろう。
無駄にさわやかにあげていた笑い声をそのままに、9つ首の魔物を切り捨てれば良いだけだ。
6つ首が3つ首の倍くらいの強さだったと仮定するなら、9つ首は6つ首の倍の強さって考えれば良いのかな??
それも単純すぎるか。
目頭を押さえながら、エリーヤは目撃した魔物の情報を伝えてくる。
「敵は一体。
首は9つ。6つ首よりも3周りは大きいが体の一部が地面と一体化していて…全容が解らない……手も、解らない。羽はなかった。尾も見えなかったから解らな……っ」
説明している言葉を遮り、扉の向こうから熱源が近づいてくるのを察知したので思いっきりエリーヤを蹴り飛ばす。
片足で着地したのち、おれも即座に大きく後退する。
彼は勢いに乗って通路のはるか向こう側まで空中五回転したのち顔面から綺麗に着地。
む。
死んでないと良いけど。
自称実戦経験多い王国騎士団長なら、不意の攻撃にも対応しろよ。
ださい。
その刹那。
繊細な彫刻が施された扉がじわっと赤味を帯びると同時にどばっと溶けて勢いよくエリーヤが元居た場所の土を溶かしていく。
地面溶かすとか、どんだけ高温なんだよ…
目じりをぴくぴくと引きつらせ、自分でも判るくらい血の気が引いた顔で溶けた扉の向こうに控えている、山のように大きく感じるその魔物の9つの口から煙が立ち昇っているのを確認。
炎でも口から吐いたのでしょうかね…
全ての口から炎なり息なりが吐かれたのは、どう判断すれば良いかな…
あくまで、一斉攻撃しか出来ないのか、先制攻撃として一番火力が強い攻撃を仕掛けてきたのか…
目の前の赤く熱された土と、苔か小動物でも焼けたのか、ちろちろとあちらこちらで小さく燃えている火を横目で見る。
灼熱の息による攻撃なら、扉が融けることも、土が高温により熱を持つことも、ある。
しかし、口から煙が上がることも、焼けた動植物から火が上がることもないだろう。
蒸気程度ならあるかもしれないか。
遠く離れているからどちらか見た目では判断できない。
炎なら目に見えるから避けることも可能だが、灼熱の息になると目に見えにくいから、きちんと避けるのはかなり難しいな。
空気が熱で歪んで見えるからある程度なら判るけれど……いちいち戦闘中にそんな細かい所まで見ながら戦える自信は微塵もない。
目線はあくまで遠くに見える魔物にむけつつ、思考を巡らせる。
確かに、9つ長い首が確認できる。
地面と一体化しているのか、扉の向こうの地面そのものが魔物の本体なのかまでは判断がつかないが、地面から3本、直接首が生えているように見える。
6つ首は、おれには楽勝だったけど…あくまで、遠距離の攻撃がなかったから懐に入りやすかったこと、動きがそこまで早くなかったこと。
あとは不意を突いた攻撃が出来たことが主な勝因として上がるだろう。
エリーヤと長期戦を交えていたとか、遺跡から離れて魔力が低下していたとか、そういう要因も勿論あるだろう。
遺跡に入ってからのエリーヤの戦闘力を観察してみたが、申し分ないと言うよりは、一国の騎士の長を治めているだけあってそこら辺の冒険者よりも余程強かった。
馬鹿にしてごめんなさい。
連戦で体力が削られていたとはいえ、それを蹂躙できるくらいには6つ首は強かったことを考えると、おれが簡単に倒せたのは様々な要因と幸運が重なったから、と考えるのが妥当。
勿論、おれは精霊術や魔法が使えるから遠距離攻撃の対抗手段位はある。
しかし、あの先制攻撃は攻撃力が高すぎる。
判断を誤ったら即、お陀仏だ。
地面で燃えている消し炭と化した物を見るに、骨も残らないだろう。
下手に水や氷の精霊術を使って防御しようものなら、水蒸気爆発が起きそうだ。
魔物による直接的な攻撃じゃなく自爆して死亡、なんてエリーヤを馬鹿に出来なくなってしまうから絶対却下だ。
単純に考えて、6つ首の時と同じように首を一本一本確実に切り落して戦闘力を落としていくのが良いかな。
今はまだ相手の手札が解らなさすぎて最善策が思い浮かばない。
何より…9つ首の身体から、黒よりも尚黒い、闇でもまとっているんじゃないかと錯覚してしまう、見るだけで寒気を覚える“もや”が立ち昇っているのだが……それが、嫌な予感しかしない。
触れればそれに侵され、二度と戻ってこれないような……そんな、不穏さをまとっている。
「エリーヤ!
生きてるか!!?」
「……一応。」
咄嗟の蹴りに反応できないとは情けない…とか言いながら顔面の土ぼこりを払いつつ、気弱な言葉を返してくる。
情けないという自覚はあるんだね。
まぁ、文句言えるだけの余力があるなら大丈夫だな。
エリーヤを戦力に加えて大丈夫だと判断し、左手に投手剣を構え、右手に小さい透明の石が付いた短い杖を懐から取り出し9つ首に向ける。
間合いから随分外れている以上、抜刀するのは得策じゃない。
おれの一番の獲物は帯刀している刺刀と小太刀だが、鯉口を切るにはまだ早すぎる。
鞘走りなんてしようものなら隙が出来るうんぬんではなく、村から父さんがすっ飛んできて烈火のごとく怒りに来そうだ。
怖さを知っている分、目の前の化け物よりも余程恐ろしい。
抜刀なんてもっての外だ。
首に刀をはじかれでもしたら戦力が大幅に削られてしまう。
前衛を得意とするエリーヤをけしかけつつ、投手剣と精霊術で援護するか?
いや、エリーヤは扉を溶かした攻撃が来ることを察知できなかった。
次また同じ攻撃が来た時一発であの世行きだろう。
それは避けたい。
安全圏でおれだけ助かるのも当然目覚めが悪いし。
騎士団長殿が抜けた国は軍事力が大幅に削られ、下手すりゃお国が傾く。
そういう意味でも、この実直馬鹿の誠意に報いる為にも、五体満足で生きて帰したい。
竜種なのか蜥蜴種なのか判るだけでも戦い方の方向性が変わるのだけど…
6つ首の特徴を思い出しつつ戦略を練る。
毒牙があって爪は鋭く硬かった。
外皮硬くも柔軟性があり鱗甲があって…
……ん?
手!の!!形!!!
そうだ。6つ首は少なくとも五本指ではあったが蜥蜴のような指の形をしていなかったな。しかし鰐のように目の周りまで硬い外皮に覆われており鉤爪の形は正しく蜥蜴のものだった。
竜種のように指が3本と言うことはなかったが、炎を吐いたりするのは竜種独特の攻撃方法だ。
外見的特徴は穿山甲に一番近い気がするが……首が長い。
あぁ、地中から直接生えているようなやつは穿山甲に近いか?
だけど、舌は長くなかったし歯も生えていた。
諸々考えると、合成生物の可能性が高いかも……?
仲良く、3,6,9つ首と順に待ち構えていたことをかんがみると、下手をしたら自然発生ではない、人為的に作られたものの可能性もある。
そうなると、非常に厄介だ。
例えば穿山甲が元となった魔獣は背中の外皮こそ下手な刃物を折ってしまうくらいに硬いく、一見鋭く凶悪に見える爪よりも、その硬い鱗に覆われた尻尾の方を気を付けなければならない。
触れてしまえば摺り鉦で下されてしまったかのように肉をごっそり持っていかれるからだ。
しかし、尻尾による攻撃を避け、蹴り飛ばしたり土晶霊の力を借りたりしてひっくり返しさえすれば、非常に柔らかい腹部を一突きして終わり。
蜥蜴種は逃げるのと忍ぶのに特化していて外皮の色を変える事が出来る。
鉤爪は鋭く獲物に突き刺さったら離れない。
無理に引きはがそうとすると肉を抉られるか、最悪深く刺さった部分が腕なら一本持っていかれる。
しかし、擬態を得意とするだけあって結構臆病者である。
なので逃げてくれればそれで良し。
戦うことになった場合は気配を読み爪による奇襲に気を付ければ良い。
外皮もそんな硬いと言う訳じゃないし、何より極度の熱変化に弱い。
特に寒いのが苦手なようなので、氷の矢をあちこちに放ちまくれば直接当たらなかったとしても動きを鈍らせることが出来、そこを仕留めれば良いだけ。
だが、合成生物の場合は、そうはいかない。
その二つの生物の合成生物の場合、大抵それぞれの強い所を併せ持った魔獣になる。
気配を読んで奇襲に気を付けつつ接近戦の爪の攻撃も、中距離戦の尾による攻撃にも対処しなければならないのだ。
それだけならエリーヤに時間稼ぎして貰いつつ、おれが精霊術で致命傷を与えれば良いのだが…
問題は、竜種の因子が混ざった合成生物だと散見できること。
竜種は基本的な攻撃力も防御力もそこら辺の魔獣と比べたら失礼に値するくらいにずば抜けて高い。
治癒力も高く浅い切り傷程度ならこちらが回復薬の瓶の蓋を開ける位の時間があれば余裕で治ってしまう。
正直言って卑怯な位の強さである。
地方によっては神として崇め奉られることもあるくらいだし、それもある意味当然なのかもしれない。
しかし、倒せたことこそ無いにしても幾度か戦ったことがある経験と、他の戦闘経験者の話から考えるに、弱点となるところも確かにある。
竜種は一つ属性を持っており、それとは逆の属性攻撃は比較的傷を負わせやすい。
あとは、竜種の鱗を傷つけるのに有効な金属があり、それが配合されている武器だと攻撃力があがる。
竜殺しの属性付与が成されている武器も同様に攻撃力が上がる。
なんと!おれの刺刀は竜殺しの属性が付与されている。
6つ首はあまり竜っぽさを感じなかったから見落としていたが、やつとの戦闘においてやけにあっさり倒せたのも、この竜殺しの属性のおかげなのかもしれない。
そのほかにも色々な属性が付与されているのだが…あまりにも多すぎて覚えていないというのが正直な所。
それこそ、今先ほど目の前の敵が竜っぽいよな~と思ったところでそう言えば武器に竜殺しの属性ついていたっけ?と思い至った程なのだ。
自分の命を預ける武器の全容を把握していないのはある意味心もとないのだが、これをくれた父さんもまた別の人から貰ったそうで、それが随分前の事だから覚えていないそうだ。
だけど、かなり強い武器だから、武器に使われるような情けない事にならないように、とくぎを刺されている。
あの父さんが“強い武器”と言うからには信用して良いだろう。
老いも若きも男も女も関係なく、おれの村は戦闘慣れしている人が多く、村の人よりも強い冒険者を今まで見たことがない。
そのうえで、父さんはどの村の人よりも強かった。
その人が“強い”と言うのだから、間違いないだろう。
……うん、そうだよ。
今までだって一人でどうにかこの武器たちの力のおかげでどうにかなってきたのだから。
どうにかしよう。
今はもう一人分の命も背負っているのだ。
どうにかしなければ!