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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
火の章
69/110

38




イシャン達は二人きりで話し合わない事もあるし、それを終えたら明日に備えて早々に寝ると言って馬車へと戻って行った。

暫く後。


『……寝るってそういう意味かよ!

妊婦さんになにさせとんねん!!』

とツッコみを入れたくもなる悩ましい声が聞こえて来た。


まぁ、無いようにはするけど、万が一、憶が一しくじってしまったら明日で今生のお別れだもんね。

仕方ないわなぁ。


いや、それを理由にしたいだけに違いない。

あんちくしょうどもめ。



「……あのさ、ジューダス」


「早く寝ろ」


おぉう、相変わらず取りつく島もない。


「あっちが落ち着くまでは中々、ねぇ…

 あのさ。

 明日無事に戻って来た後も、フートの問題や火の大晶霊達の問題が解決するまでは暫く一緒に行動するんだよね?

 その間、おれに稽古つけてくれない?」


「お前の師は、アスラだろう」


「その父さんの御師様はジューダスなんでしょ?

 それに、父さんは精霊術に関しては全然だったし。

 体術と精霊術組み合わせた技術とか、神威の事とか、アンタの力の一端でも身に着ける事が出来れば、今後の困難への対処も自分一人で解決できるようになるかもしれないし」


「…一人で旅を続けるつもりか?」


月明かりと、焚き火とに照らされた横顔は、こちらを見る事もなく言葉を返してくる。

さして興味もないのだろうけど、会話をしてくれるのなら目線位こっちくれても良いじゃない。

大きい独り言を言っている気分になってしまう。


いや、そっけない態度をしてくる割には言葉を返してくれる。

きちんと話を聞いてくれている証拠だ。


「イシャン達の長期依頼受けて思ったけど、おれの旅は、どうしても世界規模の問題を抱えているから、魔族や凶悪な魔獣が道端の石ころ状態で、頻繁に遭遇する事になるみたいだし。

 足手まといになってしまうような、そこそこ程度の実力がある人間じゃダメなんだって痛感してるんだよね。

 イシャンも、ラシャナも、決して弱い訳じゃない。

 だけど…そうだな。

 それこそ、一般的に見て弱い訳じゃない彼らから見たら『物凄く強い』って言われるおれだってジューダスに比べたらてんで弱くて。

そのジューダスがフートを『強い』って言ってるって事は、下手したら次に遭遇したらおれでも敵わない可能性があるって事でしょ。

 そんな危険な旅路に誰かを巻き込むなんてしたくない。

 なら、一人で何でも解決できるように、自分の実力磨くしかないじゃん。

 そうすれば、今回みたいなことがあった時に、自分とその周りの人間位は守れるようになるだろうし」


頬杖をついて足をぶらぶらさせながら、イシャンの依頼を受けてからずっと考えていた旅の仲間に関して、おれが思ってることを吐露した。



仲間って良いな、とは思う。


冒険者ギルドで、依頼を終えたパーティの人たちが祝杯を挙げているのを何度も見てきて、楽しそうだな~とぼんやり思った事が何度もある。

合同依頼を受けた時、その場限りで組んだ人たちと打ち合わせをして、自分にない戦術や意見を教授された時とても頼もしく思った。

楽勝って思っていた内容でも依頼を終えた時は、言いようのない充実感を得られた。

打ち上げをした時の普段以上においしく感じられた料理の味なんて、忘れようもない。


思い返しても、一人旅では得られない感動があった。


父さんから聞いた武勇伝で憧れているのもある。

その中に登場するジューダス──アークと、もう一人の英雄オラクルはそれぞれが背中を預けられる、そして預けて貰える関係で、数々の、一人ではとてもじゃないが越えられないような困難を共に乗り越えてきていた。

火を噴く山を越え、息出来ぬ海の中を彷徨い、空を駆け氷の大地を踏みしめる。

数多の精霊を味方に付けヒト同士の争いに終止符を打ち、それを裏で操っていた魔族を倒し封印し……

仲間と共に歩んできた、在りし日の仲間を想い、道程を語る父さんの瞳は輝いていた。


いつか、冒険者になったら。


その日を夢見て実際に冒険者になって。

いつか、仲間が出来たら。


そう思って今日まで来たけど……仲間を、足手まといだなんて思いたくない。

そんな憧れた関係性に幻滅したくない。


だけど、実際に困難に陥った時に足を引っ張られたら、おれはそう思わずにいられないだろう。


なにせ、基本自分勝手で我儘だし。

他の冒険者達よりも頭一つ分実力が出てしまっているが故に、それを増長させている部分がある。

自覚はあるさ。


でも、自分が何者なのか。

ぽっかり空いてしまっている埋められない記憶の穴は、時におれを自虐的にさせ、さらに空虚感を広げ、時に他者を蔑むことで埋めようとする。

…傲慢だよな。

それも、嫌って程に自覚している。

でも、どうしても。

制御できない時がある。


そんな、おれの精神状態いかんで、仲間を振り回す訳にいかない。



仲間と言うのは、対等でなければいけない。


実力が伴わなかった場合には、精神的に支えてくれるような存在であれば良いだろう。

旅を始めた初期の父さんは、英雄として語り継がれている今では想像もつかないが、他の二人の実力には見合っていなくて、劣等感を抱いていたそうだ。


ずっと、自分を守ってくれる彼らの背中を見る事しか出来なかった。

彼らに置いて行かれないように、背を追い続ける事しか出来なかった。

それだけで精一杯だった。


だけど、『自分たちはお前に支えられている』と言う言葉を聞いて、その言葉に恥じないよう鍛錬を行い、懸命に過ごしたと言っていた。

そのたゆまぬ努力の結果、実力をつけ、背中を預けて貰えるだけの関係にまで自分を高める事が出来たと。


最初から相手の全てを信じられるような存在なんて、早々いない。

最初から、自分の全てを預けられるような存在なんて、もっといない。


旅を続けるうちに、信頼関係と言うのは築かれるものだ。

受け入れてくれる存在がいるのなら、自分の実力が劣っていたとしても、その環境に甘える事無く精進すれば良い。


いまの、おれと稜地の関係がそれに近い。

稜地は、理由こそ分からないがおれを自分が仕える主だと受け入れてくれている。

おれがそんな彼の力の全てを振るえるようになるために努力をしている、その最中。


でも、おれがその受け入れる側の存在にならなければならなくなったら?

記憶喪失により不安定だからと言う理由もあるが、単純に精神的に未熟で、周りからも指摘されるように常識から外れてしまっている。

旅を共にする存在に、迷惑をかける事は必至だ。

だが、おれは、子供だ。

逆に迷惑をかけられた時、それを受け入れられるほどの余裕を持てる自信が微塵もない。

きっと相手を責め、なじるだろう。


しかも、旅の目的が困難極まりないものだ。

自分一人の身を守る事ですら精一杯になる程の危険が高いのに、同行者の身の安全の保障なんてできる訳がない。

その責任を負うことが出来ないのに、簡単にお前の命を預けてくれだなんて、言えない。


今回イシャン達の依頼は、既に受けてしまっているし、首を突っ込んだ責任を全うする。

命をかけて。

冒険者として。。

それこそ、ジューダスと言う強力すぎる程に心強い助っ人も現れてくれたのだし、まぁ、なんとかなるだろう。

と言うか。

何かある前に、お守りとしてジューダスがなんとかしてくれるだろう。


だけど…次は?

なんとかなる、と甘く見通しをつけて今回みたいにもののついでと依頼を受けてしまって、結果、依頼人を守りつつ魔族の相手をするなんてことしていては、自分の身が持たない。


暫く、人が関わってくるような依頼は受けないようにしようと思っている。

今回はイシャン達の命を狙う魔族からの攻撃に巻き込まれた形になるけれど、おれが依頼人を巻き込む側になったら?

そんなこと、あってはいけない。



イシャンの依頼を受けずにバルナに向かっていたら?

と考えた事がある。


イシャンとラシャナは…ガラルから折り返してメネスに向かう道中、ここへたどり着く前に死んでいた可能性が高い。


野盗や魔獣の対処は、ガルムの羽だっけ?

彼らみたいに、この地で名の売れている、そこそこ腕の立つ冒険者でも出来る。

しかし、カガミの実力は、故郷の中では高くなかったが一般的には高いそうだし、魔薬のせいで理性に欠けていた彼は、問答無用で対象であるイシャン達一行を屠っていただろう。


おれはその対象にはならないだろうから、何も知らず、何の問題もなくここまで来れる。

多少の野盗には襲われたかもしれないが、脅威にもならない。

あの暴風の正体だった狼の魔獣に、何の予備知識もなく遭遇したとしても、神威をしなくても対処は出来た。

馬車を守らなきゃ、とか後続に危機を知らさなければ、とか考えなくて良い分余裕を持って。


そして、人目がつかないような場所まで赴けたなら、コンパス・キーを使って火の大晶霊の居場所を特定し、そこに寄り道せずひらすら突き進み、たまに稜地と馬鹿な会話をしたり、観光がてら彼の知識から色々学び、楽しく旅をするのだろう。


イシャン達が死の危険にさらされている事なんて知りもせず。

断った依頼の主の事なんて、今まで振り返って考えた事がない。

当然だ。


瘴気に侵されてしまった大晶霊の元へたどり着き、瘴気に侵された大晶霊の浄化や契約までとなると、骨は折れるだろうし、難しいかもしれない。

けど、なんだかんだありつつも、稜地の助けを借りつつ、なんとか契約までこぎ着けられただろう自信がある。


ヴェルーキエで対峙した火の大晶霊は、脅威だと感じたし、その膨大な霊力量に驚いたものだが、稜地と比較した時に同等程度であると予測がついた。

瘴気に侵されていた分、弱体化していたし。

そのせいで理性的ではないとなると、彼ほど友好的に、トントン拍子に契約は出来ない。

だが無理難題を突き付けられても対応は出来る自信がある。


そう言う時の運の強さもあるけど、それ以上に稜地が隠している『おれを主とする理由』がその自信を後押ししてくれる。

ヴォーロスのおっさんが、おれに全ての大晶霊と契約をしろと言った時、稜地は『それは無理』『駄目』と言う否定的な言葉は一切洩らさなかった。

むしろ、積極的だった。

大晶霊と対峙した時、相手が弟である火の大晶霊じゃなかったとしても、稜地は全力で契約の後押しをしてくれるだろう。



一人につき一つの属性の大晶霊としか契約できない、と言う話は聞いたことがない。


父さん達が活躍した時代では、アークかオラクルが全ての大晶霊を従えていたと言う逸話が残っている。

父さんから明言された事がないから、事実かどうか知らないけどさ。

だって、伝承でもアークが光の大晶霊、オラクルが時の大晶霊と契約しているって伝わっているんだし、どちらかが全ての大晶霊を従えたっていうのはおかしいもんね。

それでも、伝わっている以上は、二人で全ての大晶霊を従えていたのは間違いない。


少なくとも、ヴォーロスはおれに“全て”の大晶霊と契約しろ、と言っていた。

奴は、実現不可能な事を要求してくるような底意地の悪い人間ではない。

つまり、おれでも出来るのだと判断して間違いない。

霊力の総量も未だに増え続けて行っているし、余裕とは言えないかもしれないが、現状の実力でも複数の大晶霊と契約する事は可能だろう。


伝説の英雄二人と同等、もしくはそれ以上の事を成す、となるとなかなかお腹が痛くなる案件ではあるが、現実的に不可能ではない。

おれ一人で、できるんだ。



諸々考えた時に、

『現実問題、旅の同行者が必要なのか?』

と言う疑問に

『否』

と言う答えしか出てこないのだ。


絶対に必要だ、と言う理由が見つけられない。


「そんな顔をしながら、わざわざ独りを選ぶ必要はないだろう。

 縁とは、勝手につながるモノではあるが、自分から掴みに行くものでもある。

 可能性を自分から潰す必要は無い」


神妙な面持ちでもしてしまっていたのだろうか?

声に誘われて視線を向けるが、相変わらずたき火へ目を向けている。

どうやっておれの顔を覗き見たんだ??


「……おれが唯一、一緒に旅したいと思っているのってジューダスなんだけど?

 って言ったらどうする??」


「その申し出は光栄だがな。

 ようは、お前は自分よりも強い、甘えられる存在が欲しいだけだろう?

 信頼と、甘えは違うぞ」


肩をすくめながら放たれた言葉は、的を的確に射ていた。

伊達に長生きしていないな。


甘え……そっか。


言われて気付いた。

稜地との契約が解除されたり、しなければいけなくなるかもしれないってなった時。

一番に感じたのは寂しさだった。

精神的に甘えられる、拠り所が無くなってしまうことに対する、恐怖が強くあったと思う。

信頼関係を築けている場合、おれが稜地を信頼のおける“仲間”だと思っていた場合、抱いた感情はもっと別の所にあっただろう。


稜地とおれの関係が、旅に出た当初のジューダス達と父さんの関係に近いって思ったけど、全然違うじゃんね。


だから、自分より実力的に弱い存在は思考する段階で却下しているのか。

むむぅ…

自分でも自覚していなかったことだが、言われてみれば確かにその通りだと頷いてしまう。


「私も、一応は冒険者と言う立場だ。

 依頼として稽古をつける事を望むのならば、同行している間限定で承ろう。

 ただ、師弟関係を結び一連の厄介ごとが片付いた後もその関係を理由に同行期間の延長を謀ろうとしているのならば、辞めて置け。

 私には……その資格がない」


資格?

相変わらず、こちらへ向けない瞳が、一瞬だけ揺らいだ気がした。


「それを抜きにしたとしても、私は探し物をしている旅の途中だ。

 アスラからの頼みだから今回こちらへ赴いたが、それをむやみやたらと後回しにしたくない」


「それは…申し訳ない」


「謝罪の必要は無い。

 アスラから進言を受け、私が了承した事だ。

 お前が責任を持つ必要性は無いのだから」


言って、こちらへ顔を向け静かに微笑んだ。


最初の印象が最悪だったけど、基本、良い奴なんだな。

厳しい事も言われたが、頭ごなしに否定する訳じゃないし、自分の駄目な所と向き合う良い機会を与えてくれた訳だ。


否定された、と言うよりは、優しくたしなめられた感じ?

親が子に言うように。

久しぶりに父さんと話したこともあり、懐郷病にでもかかりそうだ。


瞳ににじんできた涙を隠すため、布団代わりに身体にかけていた外套を頭までかぶり、『ありがとう。おやすみ』とだけ告げて、そのまま眠りについた。


ほんの数時間前まで、本気で殺されると思った相手が目の前にいるのに、不思議なものだ。

砂の上でお世辞にも寝心地が良いとは決して言えない野宿にも拘らず、おれは久しぶりに深い眠りについた。




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