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商人は冒険者とは違う。
商業組合に所属すれば融通は利くが、なくても商売は出来る。
身分や出自なんていちいち調べられないし、イシャン程の商い根性溢れる人物なら、追手の問題と魔族の呪いさえ解決できれば、素性を隠して一から出直したとしても、どこでも生きて行ける。
追手の問題はラシャナが書類改ざんすればどうとでもなるし、魔族の呪いはおれかジューダスか、もしくは全く別の所で魔族討伐に動いている人がいずれ結果としてどうにかすることになる。
イシャンが持っている問題は、全て安全圏に居れば時間が解決してくれる問題なのだ。
なのに『報いるため』と言って命をかけてくれる。
おれが至らない交渉事をしてくれる。
ありがたいことだ。
拝んであげようか?
へへ~
残る問題としては、姉弟なのに夫婦である、と言う禁忌に触れている事に関してだが……まぁ、それはおれが干渉する事ではない。
男女の問題だし。
超個人的な問題だし。
おれは経験がなにもないから助言も何もできない。
バレたら死刑だが、言ってしまえばバレ無ければ良いだけだ。
ジューダスも今の所見逃しているみたいだし、そのまま気が変わってくれない事を祈るばかりだ。
「子さえ、作らなければ良い」
あれ?おれ、口に出してた??
それを理由に、ふりだとしても殺されかけたイシャンとラシャナがジューダスに視線を集中させる。
「自身の命を賭してでも守りたいモノが確固としてあるのならば、倫理に反してでも、自分の正義の下、守り抜け。
しかし、兄妹や叔姪間の子は倫理云々の問題ではない。
世界の均衡を揺るがす恐れのあるモノ。
その子は……問題ないが、次が、そうとは限らない。
子は、二度と作るな。
それが守られるなら、私がお前達の命を狙う理由は無い」
「「あ…ありがとうございます!!」」
言葉を重ねてジューダスに五体投地する二人。
そこまですることか?とも思ったが、世界を股にかけた伝説が残る英雄の一人に付け狙われている状況が続いたら、暗殺者より魔族よりもたちが悪い。
枕を高くするどころか地面の中で寝る事すら出来なくなる。
土下座をしてまでお礼を言う事はやりすぎにはならないか。
ただ、そう言えば…
白亜が二人に言っていた言葉で、今さらながら引っ掛かる単語があったな。
“審判”
ジューダスは、先ほどの言葉から察するに二人の覚悟の程度と言うのを試した、と言う事なのだろうか。
覚悟、と言うか……
わざと二人を揺さぶる言葉をかけ、わざと生命の危機に瀕した演出をして、クサい台詞になるが、愛の大きさを試した、と言う?
んで、二人はそれに合格した、と??
どうしても、世界の均衡を崩すほどの霊力を持った子供が生まれて来るといらぬ争いを生んでしまうから、本人の為にも近親相姦による子供は成してはいけない。
けれど、それを命がけで守るなら良いですよ。
そういう事ですかね。
父さんと同じく、世界の均衡を保つための調停者としてジューダスが動いているのなら、当然の行動だと納得できる。
人員不足のせいで、争いの火種が起こる前、飛び火する前に調停者としての行動に移せない事は多い。
そのせいで、ゴンドワナのように魔族による支配を許してしまったり、シウ合衆国のように内紛が絶えなかったり、大陸や国規模でもめ事が起きてしまう。
そしてそうなると、介入はなかなか難しい。
それでも、精霊の力が偏らないように、魔獣の発生による脅威に脅かされないように。
全ては世界に魔族による介入をさせないため。
英雄の名の元に世界平和の為に動いている。
…らしい。
火種を消すことが出来ず、既に魔族に介入されてしまっている上、大陸全土にわたって問題が勃発している、今回みたいな規模も深刻度も大きい場合は解決が難しくなる。
時間も手間もかかるとなると、どうしても後回しにされやすい。
下手したら、村の総戦力を投入しなければいけないような案件になる訳だし。
少なくとも、魔薬の一件は、最初魔族が後ろにいると言う事実を把握していなかったせいでカガミは傀儡となり、他の人たちは…安否がおれには分からないが、まぁ、ただでは済んでいないだろう。
カガミとその相方の二人だけでも、やろうと思えば“銀”の冒険者チームが指名されるような魔獣の異常発生区域を鎮められるだけの力は持っている。
そんな二人ですら手も足も出ないのが魔族なのだ。
だから、どうしても行動が慎重になるし、魔族が関わっていない、まだ介入に至っていない、確実に解決できる案件から片付けることになってしまう。
父さんが出られればまた違うんだろうけど…
英雄王:アスラは肖像画や石像が様々な国や地域に存在しており、まことしやかに現存しているとささやかれている。
そんな伝説の人物が動いてしまったら、それこそ世界の均衡が崩れてしまう、と言う事で父さん自身はなかなか村から出る事が叶わない。
おれが引き取られてからは、認識している限りでは、一度も村から出た事がない。
各国から送られてくる依頼状や、瘴気のたまり場の把握、霊力のたまり場の把握。
それぞれの解決難易度によって村人達の派遣の采配をするので忙しいから、出ようと思っても出られないっていうものあるけどね。
くせが強いのが多いから、父さんからの命令じゃないと動かない村人も多いし。
オラクルは現存していることがはっきりしているが、彼も、調停者として動いているのだろうか。
おれが聞いた事があるのは、精霊術を再び一般的なものにするべく研究をしたり、優秀な術者を育てているって話だけだけど。
まぁ、広い意味で言えばそれは魔族に対抗できる勢力強化につながる訳だし。
調停者として直接は動いていないにしても、一役買ってはいるのか。
本人は肯定していないけど、ジューダス=アークと言うのは間違いないのだし、近代三英雄全員生きているってことになるんだよな。
一番古い伝承が宣託示現時代と呼ばれる、えぇっと……1000~2000年は前の時代にオラクルが精霊術を一般化した、と言われている、か。
単純に考えても、すんげぇ長生きだこと。
三人とも、純血のエルフだったりするのだろうか。
今各地でエルフと呼ばれている人たちは、大抵ハーフエルフか、それ以下の血の濃さでしかないが、純血の人間と比べたら確かに長生きだ。
だけど、流石に何千年と言う単位では生きられないからね。
せいぜい、ハーフエルフで数百年程度。
それ以下の血の濃さだと、人間と同じ位の寿命だけど老いが遅く来る、と言う程度の人だっている。
純血のエルフと噂されているブリタニア初代国王は、現在隠居して2代目となる息子に国王の座を譲って居る為民衆の前に滅多に顔を出すことは無いが、今も尚、生きているそうだ。
建国祭に何十年かに一度顔を出す為、虚構ではない。
ブリタニアの建国も宣託示現時代、およそ2000年前と言われている。
初代国王は建国前から生きているので、最低2000歳以上。
眩暈がする程長生きだな~
流石に御目文字叶う事は出来ないだろうが、父さんの活躍をその目で見た事があるのなら、一度で良いから第3者の目で語って頂きたいものだ。
父さん自身の口から出てくる物語は、ちょっと、いやかなり、大げさに活躍が盛られている気がしてならないし。
だって、
『右手にかまえた光り輝くその刀身で、空を切り裂き大地をも割った』
とか
『紫電放ち雷帝を呼び出し焔に包まれし大陸全ての炎を消し去った』
とか、どんな規模だよ。
どんだけ凄ぇのよ、おれのお父様は。
義理とはいえ子供に良い所見せたいからと盛りに盛ったに違いない。
だって、光り輝く剣にしても、雷を呼ぶにしても、精霊術のことだろ?
その証拠と言わんばかりに、父さんが精霊術使っている所なんて見たことないもん。
物語としては心躍る楽しいものだったけど、実際は違うでしょ。
「それで、ジューダスは結局おれ達と行くの?
それとも、単独行動するの?」
「アスラに頼まれているしな。
お前のお守りはしてやろう」
いちいち癇に障る言い方をする奴だな。
でも、やったー!
おれの負担が減るし皆の生存率爆上がりじゃん!!
そんじゃ、このあとの行動をどうするか。
作戦会議だな。
イシャンの言う通り、目的地、及び通過点としてバルナ共和国:メネス到着が第一の目標として設定される。
そこまでの道中、まだイシャン達を狙う連中が襲ってくるならその都度撃破。
バルナの国土に着いた時点で、理由が無くなるからギルドに雇われた冒険者たちは襲ってこなくなる。
イシャン達を安全な場所に隠すとしたら、バルナについてからだな。
近くに置いておいた方が守りやすいしある意味安全だけど…
そこは、現在のバルナの状態を確認してから要相談、かな。
何処に居ても危険度が変わらなさそうなら、一緒についてきてもらう。
出来るならイシャンとラシャナにはそこでギルドで依頼破棄の手続きなり改ざんなりをして貰う。
危険排除は出来るだけ早い方が良い。
万が一でも、バルナに着いた後に二人だけ国外に逃がさなければいけないような状況に陥ってしまった時、依頼が生きているかいないかで、二人の生存率が変わってしまう。
瘴気が渦巻いている、と言うが、その程度も把握しなきゃだ。
片眼鏡で情報に不備がないように、しっかり確認しなきゃな。
せっかくお守りをしてくれると言うのだ。
瘴気の発生している中心となっているであろうバルナに入った時点でジューダスの目的である大地の浄化に必要な行動があるなら、おれに出来る事は手伝おう。
使いっ走りくらいは出来るだろうしね。
バルナ国の首都・メネスの外れにあると言うフートの館。
そこが第二の目的地、及び通過点。
そこにフートが居るのか否か。
アハマドが居るのか否か。
あとは、イシャン達に紋様を刻みつけた魔族が居るのか否か。
どうしても、それによって行動は変わってくる。
出来るのなら、せっかく天涯孤独の孤児として育ったイシャンとラシャナの実親が生きているのだし、そしてリネアリス村の数少ない生き残りな訳だし、アハマドの説得を試みる事ができるならしたい所だ。
孫も生まれる訳だし。
あれだろ?
頑固親父も顔を見ると破顔する程に“孫”と言う存在は強烈なんだろ?
大魔の件は勿論償わなければならない事も多い。
ヴェーダ大陸の方では多くの死者をだし、今も後遺症で苦しんでいる者が多いそう。
しかし、ゴンドワナ大陸の流通の大半を担い、社会貢献してきたのもまた事実。
損失も大きい訳だし、言葉が通じるのなら、生かす方向で進めたい。
おれ個人としては、ね。
魔族連中は見つけ次第、各個撃破。
特にフートは、魔族の中でも上位の存在のようだし。
完全に力を取り戻していないのなら、今のうちに消しておいた方が後々の事も考えて良いだろう。
完全復活を果たしてしまっていたら…
その時は、ジューダスに丸っと投げてしまうか!
いや、強いし。
下手に手出して足手まといになったらいけないし。
まぁ、フートがその場に居たら、その部下らしいイシャン達に紋様を刻んだ魔族もいるだろうからさ。
その時にはおれがそっちを担当すれば良い。
適材適所と言う奴だ。
違うか。
そっちしか居なかった時にはサクッと大晶霊解放に向かうためにも力を合わせて消そう。
…ジューダスが、それをさせてくれれば。
一人で全部解決してしまいそうな気がするのは気のせいだろうか。
少なくとも、それだけの実力はある訳だし。
まじで、お荷物にならないように注意しなきゃ。
試してみたいこともあるけど…それは余裕があったらだな。
ゴンドワナは魔族が支配している、とイシャンは言ったが、ゴンドワナ大陸は現在5か国で成り立っている。
その全ての国の統治者が魔族なのだろうか?
一番大きな国であるバルナの国王が魔族の傀儡であるが故、ゴンドワナ全域にその影響を及ぼすから、そういう言い方をしたのだろうか。
話を聞いた時は即座に判断がつかなかったのだが、ある意味両方。
主には後者、と言った所だろう。
もし全ての国が魔族に支配されているのなら、瘴気にムラがある訳がない。
どの国ももれなく息をすることすら、身体を動かす事すら億劫になる程の陰鬱した雰囲気に包まれている事だろう。
アゼルバイカンの瘴気は比較的薄く魔族の影響も少ないとイシャンは言っていた。
そして、バルナはイシャンの目でも確認できるほどに暗く重っ苦しい雰囲気に包まれていると。
つまり、アゼルバイカンは魔族がはびこる中心地からは遠く、バルナは近いと言う事になる。
しかし、アゼルバイカンや他の国でも死体を国の命令により集められている。
各国がある程度魔族による侵略を許しているのは間違いない。
あとは、リネアリスの位置を考えてみても、バルナかリヤドを中心に魔族は寄生している。
その二か国が近いからね。
そして、そのバルナとリヤド。
二つの国を比較した時、世界への影響力が大きいのはバルナだ。
ゴンドワナ大陸随一の発展国。
世界の先進国と比べた時にはどうしても劣るが、巨大なオアシスを中心に造られたその国は、鉄鉱石や砂鉄の採鉱が盛んで、更に火の精霊が多く棲んでいる事を利点に金属の生成技術を長年かけて磨いてきた。
その為世界有数の製鉄技術を誇り、鋳造技術が特に優れている。
武器の製造もそうだが、日用品の製造も多くしているので、それらを仕入れる為に別大陸から買い付けに来る商人も居るし、まぁ~人種が多様である。
その為諍いが多いとか。
国が違えば、大陸が違えば、どうしたって生活習慣が違ってくる。
そういう人たちがたくさん集まれば、争いって言うのはどうしても起きやすくなるものだ。
更に、奴隷制度を国が認めている事もあり、貧富の差が激しい為、不満や疑念が多く渦巻いている。
土台が最初から出来ていると言えるので、魔族が巣食うのにはうってつけの場所だろう。
総合して考えると、がっつりばっちり支配されているのは一番の大国であるバルナ。
そして、魔族の傀儡になっていると言う王族や貴族、国の上役連中はやはり立地的に考えてメネスに集中しているのだろう。
魔族の排除、瘴気の軽減。
メネスを目指せばその二つは間違いなく成せる。
順調にいくなら元凶であるフートの排除。
アハマドの対処。
その二つも追加で出来る。
その際は残る問題が大晶霊の浄化・救出だけになるから非常に有難いんだけどな。
そこまで、都合良く事が運ぶわけないので、行動の主軸を決めて、その都度臨機応変に対応できるようにしなきゃな。