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『困難に立ち向かってこそ冒険だ!』
だなんて父さんみたいな熱血漢な事は流石に思わない。
おれは基本面倒臭がり屋だ。
何事も楽して結果が得られるなら嬉しいな、とは確かに思う。
でも、だからって全て他者に丸投げして問題解決が成された後ハイエナのように美味しい所だけ貰って行く、なんて出来ない。
相手がコイツであってもだ。
実力差は確かに天地以上にある。
それでも、おれにだって出来る事があるはずだ。
足手まといだって言われたとしても、無理矢理でもついて行ってやる。
「イシャンとラシャナをバルナの首都まで無事送り届けるのが、おれが請け負った依頼だ。
おれは、それを遂行する為にメネスに向かうだけだよ。
アンタの優先事項がおれの手助けなのか、魔薬事件解決なのか、大晶霊の救出なのか、それは父さんとのやり取りを聞いていないから、知らないしおれの知った事じゃない。
アンタはアンタで好きにすれば良い。
おれも、おれの好きなようにするだけだ」
イシャンの依頼は、火の大晶霊と契約をして貰うついでに道中請け負った依頼だ。
そう、ついでだったのだ。
本来は優先順位として極めて低い位置に当たる。
冒険者側からの依頼破棄は自分の名に泥を塗る行為として、信用を失墜させる行為として余程の事が無い限り誰もしたがらない。
だけど、状況が状況なだけに、こちらから違約金を払って依頼の破棄を申し出ても、誰も責めはしないだろう。
むしろ、彼らの方からこれから魔族との戦いの地となるメネスに赴くこと自体、もしかしたら辞めると言い出すかもしれない。
ただでさえ、魔族に命を狙われているのだ。
自分達の生存率が更に低くなる道を選ぶことはしたくないだろう。
特にイシャンは、ラシャナに危険が及ぶ可能性が微塵でも、より高くなる道は避けたいに違いない。
そうなったら、今言ったように依頼うんぬんを理由におれがアハマドやフートと対峙する理由は無くなる。
こじつけるなら、依頼人が安心安全にメネスへと戻る為に奴らをまずぶっ飛ばす!と言った感じになるか?
まぁ、依頼だから、と言うのはコイツに拒否されてもこの先に進みます、って体裁整えるための言い訳に使わせて貰っただけだ。
それでも、使わせて貰って以上、義理は通す。
彼らの命は、おれが守る。
依頼は続行するが、一時的にイシャン達は避難。
問題解決後、改めてメネスへ向かうなら。
おれたちがゴンドワナに巣食う魔族を一掃して脅威を無くすのを、彼らには出来るだけフートなりその部下なりがいるメネスから遠いガラルで待つとか……
もしくは、どこかの国に保護を求めても良いだろう。
例えばブリタニア連合王国の研究所とか。
いずれにせよ、別行動をして安全圏へ逃げて貰う事になる。
それぞれに焼き付けられた紋様は呪いの類になる。
呪いを消すことは出来なくても、効果を抑える事自体は幾重にも組まれた複雑怪奇な方陣があれば出来るし、魔石が外れ監視が無くなった今なら、国外逃亡だって出来る。
おれたちが問題解決をするまでの一時しのぎさえ出来れば良いのだ。
『魔族の呪いに関する人体研究材料になる』
とでも言えば、良い研究資料になると言って喜んで保護をしてくれる国は、ブリタニアに限定せずとも結構あると思う。
ただ、ブリタニアが一番精霊に関する研究が盛んだ。
魔族の呪いを打ち消す方法を持っている可能性が一番高い。
あぁ、でも。
近くで言うならヴェルーキエも良いだろう。
あそこにはヴォーロスのおっさんもいるし、自称ブリタニアには負けていない熱心な研究員たちが沢山いる。
なんなら、おれがエリアンニスに一筆書いても良い。
元とはいえ王子から直接頼まれたら、研究員たちも断りづらいだろうからな。
あの国は、世界樹の分木が花開いたおかげと、国民の精霊信仰が厚いおかげで他の土地よりも瘴気の浄化効率がとても良い。
あの都市にいるだけで、呪いの効果が軽減できる。
はずだ。
ふむ。
ブリタニアに亡命を求めるよりも、そっちの方が良いかも。
近いし、道中のリスクが低くて済む。
イシャンが、その案を飲んで国外へ逃亡。
しかし、おれがアハマド達をぶっ飛ばすことを、依頼の範疇外と判断して依頼の破棄を申し出て来たら。
ギルドを通していない依頼は互いが納得いく着地点を決めて解消され、それで終わりだ。
今なら、カガミがくれた宝珠もあるし、魔獣や野獣の襲撃の心配はいらない。
対人間の護衛に飛鶸をこっそり付けて、適当な冒険者を見繕って、来た道を戻ってヴェルーキエなりブリタニアへ至って貰えば良い。
二人の行く末をきちんと見守る事が、過干渉になってしまうため出来なくなってしまうが、それは仕方のない事だ。
冒険者として、過剰に情を感じてはいけない。
そこは割り切らなければ。
その際は、おれはまず火の大晶霊の元へ向かうことになるかな。
そうなると、コイツと一緒に向かう事になる。
性格に難ありのようだし、道中おれが一方的に嫌味を言ってギスギスした雰囲気になって疲れそうだな。
でも戦力アップはした方が良い。
コイツ曰く、現在のおれの実力ではフートを倒す事は難しいそうだし。
弱者は強者の実力を見誤るが、強者が弱者の実力をはかり違える事はそうそうない。
つまりは、そう言う事だ。
現状のおれ一人では、フートを倒せない。
つまりアハマドを倒せないし、魔薬事件も解決できない。
もしくは、解決するのに時間がかかりすぎる。
金魚のフンのようになってしまう為に少々引っ掛かるものはある。
コイツの瘴気による大晶霊の精神汚染解決の手伝いをしつつ同行させて貰い自尊心を保つとしよう。
その後解決したら大晶霊に契約を願い出る、と言う流れだ。
この変人と一緒に行動すれば、大晶霊との契約もすんなり出来る可能性が増すし、パッパと契約させて貰おう。
そして新たに契約した大晶霊の領域の力で、一部でも良い。
瘴気を打ち消す。
大地の瘴気汚染も大晶霊の問題と同時に解決されるならそれが一番望ましい。
まぁ、魔族による支配のせいで瘴気が濃くなっているのだし、全ては消せないだろうけどさ。
瘴気の濃度を下げる事が出来ればこちらは精霊術を使いやすくなり身体の不調が緩和され行動もしやすくなる。
逆に魔族は精霊達が活発化し瘴気が減れば行動しにくくなるし力も振るいにくくなる。
後に戦う魔族たちの弱体化も狙えるし、解決の確実性が増す。
イシャン達を安全圏に逃すことが出来るなら、急がば回れ、だ。
少しでもメネスに乗り込む前に瘴気発生の原因を取り除こう。
その後は、カガミ担当の依頼を引き継ぐ形で魔薬問題解決のために行動することになる。
メネスでアハマド達の所在を捜索。
場合によっては父さんに追加で人員派遣して貰って、問題の解決に当たる。
正直、変人:ジューダスがいてくれたら対魔族戦はとても楽になる。
イシャンが依頼を破棄しようがしまいが、おれの行動がアハマド達討伐を先にしようがしまいが、共に行動してくれるととても助かるのだが…
おれの優先するべきことと、コイツの優先すべきことが違うのだから、仕方ないか。
確かに、ゴンドワナの魔族支配はつい最近始まった問題じゃないし、魔薬の流通だってイシャンが運んでいた積荷が破壊されたことによりとん挫している。
悠長に構えられないが、だからといって焦る必要はない。
しかし、瘴気による汚染は、長時間瘴気に侵されることによって重篤化していく。
早期解決が望ましい、と言うのは正しくその通りだ。
こうやって頭を悩ませている間にも、この地の精霊や大晶霊やこの地に住む人々は瘴気によって苦しめられている。
本当は、すぐにでも行動した方が良い。
もし、イシャンがこのまま予定通りメネスを目指すと言い出したら。
ジューダスとは途中で別れることになり、戦力増強も出来ないまま、おれ一人でフート達と対峙する事になる。
依頼を理由に先に進むと宣言した以上、冒険者として、おれの優先事項はイシャンの護衛になるからな。
依頼を理由にするのは浅はかだっただろうか?
そう思わなくはないが、アレコレ理由をこじつけられてコイツにこの先に進むことを全否定されてしまわない為には、おれの頭ではコレしか思い浮かばなかったのだ。
仕方ない。
散々忠告を受けているのだ。
しくじって死ぬことはないだろう。
しかし、慣れない土地で、情報収集から潜入、殲滅まで全て一人でする事になる。
おれの方の問題が解決するのにはどうやったって時間がかかる。
先に大地の浄化をし、火の大晶霊の元へ向かったジューダスが全て終えていた、なんて事は往々にしてありうる。
まぁ、その時には、お礼を言って甘んじて恩恵に預かろう。
ハイエナになるのは納得出来ないけど。
自分自身にはらわた煮えくり返るくらい憤りを感じる事になるけど。
それこそ、仕方ない。
自分の実力が伴っていないのだから。
瘴気で弱体化しているであろう火の大晶霊に、回復の時間も与えないまま自分と契約させるために戦い吹っかけるの?
卑怯じゃない??
と思わなくもないけど、ほら、時の運も実力の内、と言う事で!
もしくは、稜地に説得して貰う。
大晶霊と戦うなんて骨が折れる事したくないし。
うん、そうして貰おう。
丸っと稜地に投げてしまおう。
それ以上に癪に障る流れが1つ、想像できる。
おれが魔薬関連の解決をしている途中で大晶霊の問題解決終えたジューダスが合流をして、パッパと全て解決してしまうパターン。
そうなった時には……全て自分の納得いくように世界が回っているなんて思っていない。
実力が足りない云々、頭では分かっていても……
それでも、度外納得できないと暴れてしまうだろう。
自分の不甲斐なさを突き付けられて。
仕方ない、と割り切る事も出来ず。
駄々っ子のように。
いや、そうならないように頑張るけどさ。
甘い考えで行くなら、フートはまだ弱体化していて本調子じゃないから、と言う理由で全て部下任せにして来て今回戦わずに済む、と言うこともあるかもしれない。
そうなれば最初から全力出して魔族殲滅作戦遂行するのみだ!
ゴンドワナ全土の瘴気による汚染の浄化と、大晶霊達の救出が、ジューダスの優先事項。
大陸全土の浄化、なんてどうやるのだろう?
規模が大きすぎてどうやるかなんて想像もつかない。
正直、長年瘴気のるつぼと化して瘴気が大地に根付いていたとは言え、小規模な村の一つですらまともに浄化出来なかったおれが、その何百、何千倍の広さもある一つの大陸の浄化を出来るのか。
またその手助けが出来るのか。
任せとけ!と胸を張っては言えない。
ってか、無理無理。
霊力枯渇して干からびるわ!
助力位なら出来るかもしれないが……下手に手出しをするくらいなら、大人しく正座して待っていた方が良いことだってある。
そうなったら、本当おれって役立たずだな。
とほほ。
大晶霊達の救出に関しては、汚染された大晶霊と対峙した事が無いので何とも言えない部分はある。
救出って、人間にするのと同様、浄化の術を使うのだろうか?
はたまた、薬みたいなものがあるのか??
まさか、力任せに押さえつける、なんてこともありうるのだろうか???
などなど。
力任せ、となったらおれは大人しく避難すべきだな。
自分の身を守るだけで精一杯になる自信がある。
嫌な自信だ。
しかし、火の大晶霊を無理矢理使役して神威をしていた人間と、稜地の全面協力の元無理矢理神威をした人間との戦闘を見たことがある。
その時は、通常の精霊術による攻防戦とは全く違う規模の術がバンバン使われていて、目が飛び出るかと思うほどの衝撃を受けた。
慣れていない状態で神威化したら、大晶霊が持つ本来の力よりもかなり劣った状態での戦いしか出来ない。
それは現状のおれがそうだから理解している。
そんな未熟な神威同士での戦闘ですら目を疑うほどに大規模な戦いだったのだ。
瘴気に侵され正気を失った大晶霊と戦うことになったら、近隣が焦土と化す勢いの力と力のぶつかり合いになるだろう。
死なないように逃げ回っている間に全部終わってしまいそうだ。
ジューダス程の実力があれば、力の衝突になる前に、大晶霊を無効化する事も出来るのかもしれないけど。
おれには、逆立ちしたって無理な芸当だな。
コイツじゃなければ解決できないそれらの事に、ほいほい軽い気持ちでついて行って本当に足手まといになってはいけない。
勿論、足手まといになるつもりなんてない。
でも…あそこまで実力差を見せつけられてしまっては、ね。
『お前は足手まとい』とはっきり言葉にされ宣言された訳じゃない。
けど、先程の言葉は、イシャンやラシャナだけじゃなく、おれも足手まといだと宣言した言葉だ。
ジューダスが、自分一人で事の解決に当たった方が早く確実でおれは不要だと判断し、同行も、これ以上関わる事も拒否してきたら。
その時は……
身の程をわきまえて行動するのが良い気がする。
おれの出来る事はイシャン達の護衛。
それについて回るあれやこれや。
彼らを守ると、自分自身に誓った。
ならおれは、それだけでも遂行しよう。
そうしよう。
イシャンが回れ右したとしても、魔族に狙われている現状は変わらない。
目的地がメネスじゃなくなるだけだ。
安全な所までの護衛はしよう。
だんだん弱気になって来ているのは自覚している。
だけど……
……いやいや!
弱気は短気以上に損気だ!!
こういう考えは良くない!!!
ジューダスが、魔薬に関する一連の事件の解決を優先して一緒に来てくれるなら何の問題もないんだよ。
他人任せにする訳じゃなくさ。
手伝って~ってお話なのよ。
一緒に行動しようよ~ってお話なのよ。
イシャンとラシャナの命を狙っている魔族も、魔薬を製造し広めようとしている魔族も、そしておそらくゴンドワナを支配している魔族も同一だ。
ヤツらのせいでゴンドワナは瘴気が充満している。
魔薬の一連の問題解決はその瘴気を消す事を意味する。
そっちを優先させてくれるなら、後の大晶霊解放も比較的楽に出来るようになるだろうしさ。
他力本願な考えになるけど、思い直してくれないかな~
はっ!
自分で他力本願だって言ってしまった!!
いやいや。
自分も行動するのだから丸投げしている訳じゃないのだよ!!!
決して!!!!!