31
「魔族と精霊の違いは知っているか?」
話に混ざってきたのは、何を見ていたのか知らないが、戦いの後からずっと馬車をゴソゴソとしていた誰かさん。
「知らない。
ついでに言うと、アンタの名前も知らないし、不便だから教えて貰えると助かるんだけど?」
「え、光の大晶霊様を従えているんだし、英雄アーク様じゃないのか!?」
「そう名乗った覚えは一度もないな」
イシャンの発言に引っ掛かる物言いをする変な人。
と言うかイシャンさん?
例え本人だったとしても、“英雄”とか“様”とかつけて呼ばれたら
『その通り!私が英雄ですとも!』
なんて恥ずかしくて名乗れないと思いますよ??
もしそんな事して来れる奴がいたなら、確実に偽物だろ。
それに、怪しさ満載のコイツが威張り散らして胸張って言って来たらヒくわ~
間違いなく通報案件である。
「んじゃ、なんて名乗ってんの?」
≪この子が自分から名乗るなんて事する訳ないじゃな~い≫
ころころと笑いながら姿を現したのは、そう言えばいつの間にやらいなくなっていた光の大晶霊:白亜。
稜地も、結構おれの中から出入りを自由にしているが、白亜はパッとポンッと何もない空間からどこからともなく現れる感じで少々心臓に悪い。
稜地はね、おれの身体からにゅる~っと出て来る感じなの。
はたから見たら心霊現象に見えそうだね!
幽体離脱的な?
どっちみち周囲の心臓に悪い。
まぁ、稜地を認識できる人間が早々いる訳ではないので、そういう突っ込みは一度も入った事がないけど。
「父さんに言われてここに来たって事は、暫く一緒に行動するんだろ?
なら、教えてくれないと不便で仕方ないじゃん」
物おじせずに言葉を続けても、沈黙を続ける変人。
もう、変態とか変人とか言う呼び方でも良い気がしてきた。
≪さすがにこのヒト相手に、それはちょっとどうなの…?≫
中からツッコミをされるが、おれはこの人がどんな大人物なのか知らないし。
いや、あたりとしては三英雄の一人だとついているけどさ。
少なくとも、本人がそれを認めない限りは英雄様を相手にするように遜ったり敬ったりする必要はない。
本人も、奉られる事を好としているのなら自分から名乗るだろ?
父さんが信頼を置いている人物なんて限られていること。
『名乗った覚えはない』と言ったと言う事は、呼ばれた事はあるのかな?と考えられること。
たぶん、父さん以上の実力を有していること。
アークの特徴である光の大晶霊を従えていること。
その光の精霊は、六属性を司る精霊の、更に高位に配される、闇と対となる存在だ。
水・風・火の属性攻撃の大半を吸収し、魔の力を祓う、つまり魔族を退けると言われている。
おれも、浄化の術や守護方陣の展開で幾度となく世話になっているよ。
英雄アークの伝説は、大抵魔族と大規模な争いが起こったとされる場所に根強く残っている。
リネアリス村もそうだね。
英雄の一人が魔を退ける薬草を授けた~ってやつ。
光精霊の特性を考えたら、確かに魔族との戦いは白亜を従えているコイツの得意分野になる。
英雄として称えられ後世にその武勇伝が僅かだろうが残っているのも頷ける。
それに、リネアリス村であった出来事の経緯とその詳細を詳しく把握していた。
直接関わったから、と考えられる。
そう言う観点から考えても、こいつがアークであると言う確信材料が増えるね。
その他もろもろ改めて考えてみても、コイツがアークであることを決定づけさせる根拠がありすぎるよね。
否定されても、そっちが嘘だろとツッコミ必至だ。
だが敢えて。
おれは不遜な態度を取らせて貰いますよ。
こてんぱんに叩きのめされたからなんかじゃないですよ??
えぇ、そうですとも。
アークは、魔を祓う者の二つ名で語り継がれている。
まんまだな。
しかし、剣闘神・英雄王アスラの伝説が数多く溢れている事と、現存することが確認されている神の知識を持つ賢者・英雄オラクルの伝説に圧されて、正直、あまり有名ではない。
三大○○と名がつくものは、大抵三番目は何だっけ?となりがちだ。
こいつも、そう言う存在だと言う事。
存在感と同じで名前すらも影が薄いのだ。
一番人気なのはアスラだね!
数多くの伝承や吟遊詩人が詠む唄の数々に主人公として登場している。
それに、中世から近世に於いて、精霊術を使わなくても魔の物に対抗できる戦術を編み出した、と言う事で身近に感じられる存在だから、と言うのもあるだろう。
世界各国に、アスラが残した剣闘術の道場が存在している。
義理の子供としては誇らしい限りだ。
よくその英雄王・アスラである父さん本人から直接聞かされた寝物語も、自分の武勇伝ばかりだったので…正直、アークやオラクルの話は、あまり知らない。
思い返してみれば、言うのを憚っているようにも思えたな、そう言えば。
…あぁ、そうだ。
父さんが、アークやオラクルについて話をした時に、しまった、と言う顔をしたのを覚えている。
慌てる事があまりなく、何事にもどっしり構えている人だったから印象に残っている。
何の話をしていた時だったっけ…
あぁ、父さんの、親の話をしていた時の話だ。
それこそ、何百年、何千年前の話だよって、今考えれば疑問に思うな。
そもそも、一般的にエルフですら長くても数百年の寿命だと言われているのに、何で父さん達はこんな長生きなんだ??
あぁ、つい、どうでも良い人間に対してと、父さんに対しての思考だと父さんの方に偏ってしまうな。
そうそう、アークね、アーク。
えぇっと……その父さんの、剣の師匠だ、と言う話を聞いた覚えがあ、る、なぁ……
……剣の腕前において右に出る者なし、と言われ、剣闘神と言う二つ名で呼ばれている、英雄・アスラの剣の師匠。
ま、まぁ、弟子が師匠を超えるって話も良く聞くしね!
青は藍より出でて藍より青し、だっけ?
確かに強いけど。
滅茶苦茶強かったけど。
流石に、ねぇ…?
上位の大晶霊従えてて霊力の底が視えなくて、その上で剣の腕前まで英雄王以上ってなったら、さすがに卑怯にも程がある。
長年生きているんだし?
経験値の差だってあるだろう。
けど、ここまで力量差が全く掴めないとなるとそれだけでは埋められないモノを感じずにはいられない。
天賦の才と言う、努力では越えられない壁。
父さんから筋が良いと褒められたことがあるだけに、こういう奴が世の中に居る事実を、現実を突きつけられると、へこむな~
ここまで証拠が揃っていて今さら人違いです!なんてこと流石にないだろうけど、万が一でもこいつが魔を祓う者・アークじゃなかったら、更にへこむ。
そう言う奴が、少なくとも父さん以外に二人も居るってことだもんね。
オラクルは剣術はてんで駄目だったようだし、強かったとしてもノーカンだ。
あ~あ!
ちょっとの差ならやる気も起きるのに、ここまで差があるといじけたくなるね!!
対峙して居た時は、心が折れかけていたから埋めようのない実力差に泣いて平伏しそうにもなったけどさ!!
おれは今調子に乗ってる絶好調☆状態だし、もともとが負けず嫌いだから、絶対こいつの鼻も明かせてやる!!!って気持ちが強いけどさ!!!!!
「…アルカ、アルク、アルバ、アルヒェ、アーク、イェズ、エヴァン、エルク、カース、グランツ、ジェズ、シエル、シェン、ジャードゥ、ジュディス、ジューダス、デュー、デワム、ドーン……挙げ出したらキリがないのだが」
一呼吸置いてから、指折り数えながらつらつらと名前をあげていく。
えぇっと、それって……
「それ、全部今まで名乗ってきた名前…?」
「イヤ、アスラがその時々で私を指し示す為に呼んでいた名だ」
お義父様??
なにしてんですかね??
とりあえず、本人が本名は名乗るつもりがなくって、父さんは何故かその都度その時々でこの人に色んな名前付けて呼んでいたのね。
何気に“アーク”の名前も挙げているし。
肯定するつもりはないが、隠すつもりも特にないのか?
「その中から適当に選んで呼べば良いの?」
「アーク以外ならな」
あぁ、英雄の名前は他の人が名乗っちゃダメなんだっけ?
アーク本人だけど、有名な名前だから名乗りたくないのか、アーク本人じゃないから名乗っちゃ駄目だから呼んで欲しくないのか。
まぁ、アークはオラクルと違い現存している、と言われていない。
変ないちゃもんつけられない為なんだろうけど、受け答えが端的すぎて、いまいち判らないなぁ…
聞いてる限りでは、アの名前が多いんだな。
本名がアの字がつくと言う事なのかな。
いや、音の統一性がないから、父さんもその都度適当に付けたんだろう。
旅先の土地特有の名づけ文化もあるし、行動するのに怪しまれないために聞きなれないような名前で呼んだりもしていたのかな。
もしくは、当時から自分の名前を名乗らない不躾な態度が変わっておらず、面白がった父さんに遊ばれて色んな名前で呼ばれていたのか。
これだけ候補が多いと、どれを選べばよいのかイマイチ判らない…
「アーク以外で、よく呼ばれていた名前ってどれ?」
「……ジュディスか、ジューダス、か…?」
いや、聞かれても困るからね。
≪随分と、自虐的な名前だねぇ…≫
僅かな沈黙の後に告げられた二つの名前を聞いて、稜地なんかはおれの中でため息をついている。
自虐的、ねぇ…
何か、意味を孕んでいる言葉なんだろうな。
どんな意味か知らないけど。
古代語とか原初語なのかな。
「んじゃ、ジュディスじゃ女性名になっちゃうし、ジューダス、かな。
おれはレイシス。
よろしく、ジューダス」
「こちらから宜しくされることは無いがな」
形式上だけでも良いからよろしくされろよ。
いや、おれも形式上の“よろしく”の儀式の代表格である握手が出来ないから人の事言えないか。
「それじゃ、呼び名も決まった事だし今後の事、話し合おうか」
「……お前、こいつ等から聞いたのではないのか?」
「ん?ゴンドワナ大陸が魔族が支配しているって事?
聞いたけど、それが?」
聞き返すと、目元しか見えないのにも関わらず、ジューダスが心底呆れたような表情をしているのだろうな、と言うのが見て取れた。
目は口ほどにものを言うと言うが、正しく、だね。
あんなに無機質で機械的だと思っていたのに、表情と言うのを掴むことが出来ると、途端に親近感がわくから不思議なものだ。
「……精霊が神に属するモノだとするならば、魔族は魔王に属するモノだ。
神側は創造神を筆頭に、時・元素の大晶霊、光・闇の大晶霊、地水火風氷雷の大晶霊、その下に上・中・下位精霊と続く。
魔に属するモノは、魔王を筆頭に、陸海空を統べる魔族と七つの大罪を統べる強大な力を持つ魔族が居り、それ以下は生まれては滅びを繰り返す雑魚。
更にその下に魔獣がいる。
雑魚を合わせれば魔族の方が数は多いが、個々の力は精霊の方が遥かに上回っている。
しかし、魔王と上位10名の魔族は格が違う。
少なくとも上位精霊並み、もしくはそれ以上の力を有していると考えておく方が良い。
そして、この土地を支配しているフートだが…陸を統べる、古来よりバハムートとこの土地では呼ばれ恐れられている魔族だ。
下手に手を出したら、死ぬぞ」
あ、だからフートは地属性の魔術を得意としていたのか。
納得。
魔族が精霊と同様、10の属性に別れている、と言う訳ではなく、たまたまフートが陸、つまりは地と似通った属性を司る?統べる??魔族だった、と言うだけの話しなのか。
海を司る魔族は水精霊と似た属性になるんだろうけど、他の空と、七つの大罪?と言うのはどういう属性になるんだろう。
そもそも、精霊と同じように属性を持っている、と言う訳ではないのか。
“統べる”って言ったもんね、コイツ。
司るのとどう違うんだろう。
選んだ言葉が違うだけで、深い意味がない可能性もある。
「おれ一回ヤツと戦ってるけど…そこまで強いとは感じなかったよ?」
「あいつの配下に負けた癖に何を…」
あっけらかんと言い放つと、ジューダスは深~いため息をつきながら、ぽつりとつぶやいた。
ん?配下??
アハマドを傘下に入れた魔族とはおれは面識がないはずだ。
魔族の知り合いなんて、フートとヴォーロスのおっさんの母親くらいしかいない。
それ以外のフートの、配下……
「あんた……あの時、あの場所に居たの?」
「さて?何のことやら」
しらばっくれやがったぞ、この変人。
フートの配下と言うのは、多分、ヤツに魔族化させられたヒロさんの事だろう。
家族を人質に取られて、長い年月をかけ思考誘導と罪悪感によって魔堕ちしてしまったヒト。
“フートの配下”と聞いておれの中で該当する人は彼しかいない。
フートを退けたは良いが、その後ヒロさんの罠にかかっておれは戦線離脱を余儀なくされた。
その後、稜地がヒロさん含めたあの村の住人の魂は無事全て浄化されたって言っていたけど…
そう言えば、詳細を聞かずにここまで来てしまっていたな。
当時のおれの霊力は、今の1/3程度、もしくはそれ以下しかなかったとはいえ、その時に使えた全力の浄化の術を放った。
いや、ヴォルくんを使ったのだ。
その上、天気雨が降っていた。
浄化の術を使うのには、これ以上ないと言う条件下だった。
全力以上の力を出せていたと思う。
コイツの言う、魔獣よりは上位に位置する雑魚魔族くらいなら瞬時に浄化できる程度の威力ならあったはずだ。
下級魔族、とでも言えば良いのだろうか?
ギルドから出される依頼で言うなら銀30人程度の徒党を組んで挑む魔族でも、複数体浄化出来る威力は持っていただろう。
誇張ではなく!
それですら取りきれなかった程のヒロさん達の穢れを、誰がどうやって取り除いて輪廻へと戻したのだろうと思っていたのだけど…
確かに、あれだけの力を持ったコイツなら出来るだろうな。
数百年単位で彷徨っていた悪霊と成り果てた人たちの魂の浄化。
≪あの時のフートは、本調子じゃなかったからね。
あれから…何か月かは経っている上、瘴気に侵されたこの土地にいるなら力を取り戻すのも早いだろうし、あの時とは比べ物にならない位に強くなっていると思うよ≫
「稜地は、全力のフートと戦った事あるんだ?」
≪あ……う、うん。
随分、前に、だけど……≫
なんでそんな歯切れの悪い物言いなのよ。
おれの知らない事がごまんとあるのは重々承知しているが、それを誤魔化されたり隠されたりするとちょっと引っ掛かるものがある。
教えてくれれば良いのに。
ぶ~!ぶ~!!
まぁ、すねた所で始まらない。
「フートの強さって言うのが、おれが思っている以上のモノだったとしてもさ。
火の大晶霊と契約しに、いつかはメネス方面に行かなきゃいけない訳だし。
それなら、ジューダスはおれの手伝いをしにここに来てくれた訳なんだろ?
強力な助っ人がいる内に問題ごとサクッと解決した方が良いじゃん」
「アスラに言われたのは貴様の手伝いではない。
死なぬよう助ける事とマヤク関連事件の解決。
ガンとなっている大地の浄化と、こ…火の大晶霊達の救出の方がメインになる」
≪あ、紅耀の名前ならうっかり主に漏らしちゃったし、言っても問題ないよ!≫
いや、稜地さん?
確かに聞いたけれど、うっかりだったんだ??
本当は漏らしちゃダメなんだ???
ズビシィッ!って良い笑顔で親指立てる場合じゃないですよ?????
その言葉を聞いたジューダスは、先ほどおれに向けたのと同じ眼差しを稜地に向ける。
世界中で崇められている大晶霊様に対してこんな見下したような視線を送れる奴なんて早々いないよな~
おれも、確かに稜地の発言に呆れる事位はあるけど、さすがにここまで軽蔑を含んだ眼差しを送る事はないぞ…
「はぁ……紅耀と、それに連動して風と水の大晶霊も精神汚染をされ始めて居る。
早期解決が望ましい。
……つまり、足手まといは必要ない」
「イシャンとラシャナは連れていけないって事?」
「自分は足手まといにならないとでも思っているのか?」
むきー!
質問に質問で返すんじゃありません!!
確かに、さっきコテンパンにのされた後なので胸を張って
『大丈夫、何の問題もない』
だなんて、先ほどの稜地みたいに親指立ててズビシッと言える訳がない。
でも、当初の予定だった火の大晶霊の契約もあるし、風や水の大晶霊まで精神汚染され始めている、つまりは瘴気にあてられているんだろ?
下手をしたら瘴気によって大晶霊が魔堕ちする危険性がある。
おれの当面の旅の目的はその大晶霊達との契約だ。
そんな話聞かされては、ジューダスが問題解決するまで良い子に待ってろ、と言われた所で待てる訳がない。
魔堕ちした者の浄化なんて、ただでさえ骨が折れるんだもの。
その前に解決した方が良いじゃん!