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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
火の章
61/110

30




……イシャンの話を聞くと、随分と今回の件の全容を把握できていたんだなと思う。


言ってくれれば良いのに…

とも思ったが、手に何か埋め込まれていたんだっけ?

カガミと同じようなものなら、盗聴されている可能性もある。

そうアハマドから言いつけられていたのかもしれないし、言えないか。


今その埋め込まれたものがどうなったのかって言うと、カガミが渡してくれた宝珠に霊力を込めた際に、突然、取れたんだって。

なので、素直に話をしても、今までと違い何も邪魔立てされることもなく会話をスムーズにすることが出来ているそうだ。

解放感が半端ない!

と言って歓喜の握り拳を作っていた。


外れた、と言う石を見せて貰ったが、確かに。

間違いなく、カガミのものと同様の魔石だった。

良い歳した大人ですら苦痛に顔を歪ませていたと言うのに、それを与える道具を、10歳程度の幼子、しかも自分の子供に埋め込むなんて…


アハマドと言う人物は、とことん外道だな。

いや、知ってたけどさ。



フートは、百年ほど前からずっと、とある名もなき村で魔族の勢力を増す為の工作をしていた。

アハマドをそそのかし、イシャンとラシャナに餌の目印を付けた魔族が、リネアリス村の封印が解かれこの世に姿を現したのが15年ほど前。

しかも、その魔族はフートを“様”付けして呼んでいると言う。

その魔族が、どれだけこちらの情報を把握しているか知りようはないが、フート自身でないのなら、そしてフートよりも下位の存在ならば。


本気の魔族と戦う事は回避できそうだ。

おれに勝ち目は、まだ、あるだろう。

よしよし。


アハマドに直接ついているのがフートではなく、その部下、と言う事が確定した。


ソイツの弱点が火属性と言う事なのかな。

フートだろうが違う魔族だろうが、自分の弱点である属性の晶霊が統治している大地から手始めに瘴気によって汚染させてやろう、と言うのはなかなかチャレンジ精神が旺盛だな。


自分の得意分野から攻めて行く方が、何事も確実だし成功率は上がるだろうに。

リネアリスに封じ込められていた魔族たちと、それらが発する瘴気と言うのが、自身の弱点を凌駕するほどに強大だった、と言う事か。


でも、引っ掛かるものがあるなぁ…



手の甲から取れた、と言うソレを改めて見てみる。

魔力はもう微塵も残っていない。

フートの紋様が刻印されている、魔石。


イシャンを操るには、これがあれば充分だ。

主人の意に反する事をわざとして痛みを与えて貰う、な~んてこと、余程の変態さんじゃない限りしないだろう。

馬車に思考誘導の呪術?魔術?がかけてあったのは、ラシャナに対してのものだったのだろうか。

この魔石が埋め込まれている以上、イシャンにまで術を重ねがけする必要は無い気がする。


いや、最初からイシャンはアハマド達に反抗的な精神を隠し持っていた。

いざと言う時対抗されても面倒だから、潔く魂を差し出して貰うために洗脳のようなものをしていたのだろう。

一号車から離れた時の二人の様子が、余りにも違い過ぎる。


二人は思考誘導されていた。

これは確定事項だ。


これを埋め込んだのはアハマドとフートの部下である別の魔族。

なのにフートの紋様を使っていると言うのは、どういう事なのだろう??


魔族にも派閥があって、その頂点に君臨している存在の紋様を皆共通して使っていると言う事なのだろうか?



精霊と、魔族は似ている、と感じたことがそう言えばあったな。


精霊はその属性ごとにそれを象徴する紋様がある。

おれが風精霊術を制御しやすくするために、いつぞや地面に描いていたのもその紋様だ。

人間が勝手に決めたのか、太古の昔、精霊と人間の関係がまだ近かった時に、精霊がそれを使うように人間に言いつけたのか。

文献があまり残っておらず、口伝で世界にまちまちに残っている程度のため、これも歴史学者の研究がとん挫しており分かっていない。


意味も由来も分からないが、その紋様を使うか否かで精霊術の効果が変わってくる。


精霊術を使う際の杖に、任意の精霊を象徴する紋様を刻む事が多い。

それによって使役するのが微精霊か、上位精霊かは関係ない。


火の精霊の紋様が刻まれた杖だと火の精霊術が扱いやすく、召喚もしやすくなる。

そう言う効果があるのだ。

通常の杖だと微精霊しか呼び出せなかった人でも、紋様が刻んだ杖を使えば低級の精霊を呼び出せるようになったり、微精霊をより多く集める事が出来て術の威力が上がったりする。


紋様は、増幅装置のようなものなのだ。


おれの杖は、わざと何も刻まれていない。

杖に使っている輝石がどの属性にも偏っていないものなので、わざわざ杖に紋様を刻んで偏らせることもないだろう、と言う考えからだ。

どうしても精霊同士に相性と言う物があるので、火の紋様を刻めば氷の精霊術の威力が弱まってしまうからね。


輝石だけでも充分に増幅装置の役割を果たしてくれるので、おれにはこれで充分なのだ。

輝石も杖も小さく短いから初心者用のものだと勘違いされて馬鹿にされることもあるけどね。

思い入れがあるから、これじゃなきゃダメなの。


魔族の紋様も、似たような意味があるのかもしれない。


魔術を使う際の目印──思考誘導をする際の対象であったり、転移する時の着地点──のようなものでもあるが、魔力の増幅装置の役割の方が大きいのかも。

もしくは、精霊の紋様も、召喚する際の目印になりうるから力の強い精霊も呼び出しやすい、と言う事なのか。


力の働きこそ聖と魔。


反対の働きをもつが、霊力と魔力は似たような性質を持っているのか?

仮説としては面白い気がするが、試してみようにも、実験する場と人が無いから難しい。

ヴォーロスに言われて両方同時に使ってみた事があったけど、失敗して大爆発起こしちゃたことがあったからなぁ…

自分一人で両方制御するのは難しい。


あ、イシャンが精霊術は殆ど使えないけど魔力は使えるんだっけ。

実験台になってくれないかしら。



フートの紋様と言うのが、精霊と同様、その持っている力の性質を現すものだとするならば、今回アハマドの後ろについているフートの部下とやらは、フートと同じ性質の魔力を扱う魔族、ということになる。

そうなると、地属性の魔術を使って来たヤツと同じ性質を持つはずの魔族が、なんで火の精霊術が弱点になるんだ?と言う疑問がどうしても出て来る。


引っ掛かっているのはその部分だ。

精霊術で言うなら、土属性の弱点となるのは風属性である。

火の属性の術にはどちらかと言うと強い。


似ている、と言うだけで精霊の性質と魔族の性質は全くの別物で、紋様の効果や意味も全然おれの想像と違う、と言うオチにたどり着きそうだな。

何故かおれの行く先々で魔力を扱える人間が意外と多いので、あとはおれ自身も扱えるから失念しがちだが、魔力と言うのは一般的な言葉ではないし、その力を扱える人間なんてそうそう居ない。


あくまで、魔力と言うのは魔族が扱うものだから。


なので、精霊術以上に研究がなされてないものなので、答えが明確に提示できないんだよ。

魔族のオトモダチでも出来れば違うのだろうけど。

そんなオトモダチやオシリアイがいたら、即魂刈り取られて美味しく頂かれる末路しか待っていないことが容易に想像できる。


ま、魔族と他生物はどうやったって相容れぬ存在と言うことだ。



ラシャナの嘘と言うのは、特になく、どちらかと言うと正しい事を言っておらず、隠し事をしていた、と言う方が正しいかもしれない。


特にイシャンに対して、実の血の繋がった姉弟と言う事を隠していたと言うのが一番の罪にあたるだろう。

最初、ギルドに言いつけられアハマドの館に潜入捜査に入った時には知らなかったそうだ。

いつも隠している左手の甲にある印を寝所で見た時に気付いたと言うのだから、まぁ、その時にはもう手遅れだよね。


勿論、情報収集のために自分の身体を使う事も厭わない仕事だけど、イシャンとはそういうつもりで寝た事はないとか、おれにとってはどうでも良い情報を言ったおかげで、またもやイシャンといちゃこらし始めたせいで中々話が進まないと言うね!

『こいつらもう放っておいて良いですか!?』

って状態ですよ!!!

羨ましいとか、そう言う感情は別にないけど鬱陶しい事この上ない。



「わっかんないな~

 その程度の嘘やら隠し事で、何でおれの死亡する確率が上がるって話になるんだ?」


名前も聞いていないアイツが、イシャン達に彼らが黙っている内容がおれに対するリスクがあり、充分な『罪』になると言っていた。

イシャンのアハマドに対する立ち位置には確かに驚いたが、信頼関係が築かれていようが無かろうが、恩が在ろうが無かろうが、魔族に与する悪徳商人はぶっ飛ばすよ、おれ。


当然、その後ろにいるフートの部下だと言う魔族だってぶっ飛ばす。

フート本人じゃないと確定した今、結構強気になっているよ。


顔を見合わせた二人もいまいちピンと来ていないようだが、暫しの間の後、イシャンが1つ思い至ったようで口を開く。


「たぶん、レイシスが極度の常識知らずだから、釘刺さなかった俺らの責任になるって話だと思うんだけど…」


へいへい、どうせ世間知らずの非常識な人間ですよ。

そのせいで厄介ごとに自分から首突っ込むことになった馬鹿ですよ。


「こっちの人間はある程度諦めているし、わざわざ口に出して言う事でもないし誰も言わないけど、ゴンドワナは、魔族が支配する大陸なんだ。」


「……はい?」


「十数年ほど前……それこそ、リネアリスが魔族に蹂躙された直後から。

この大陸の国々のトップは魔族の傀儡、もしくは魔族そのものだと言われているわ。

突然国王が変わり国政が変わり、それと同時期に地質も水質も何もかもが変わった。

 リネアリスから溢れた瘴気によって全土が精霊の恩恵に預かることが出来なくなったからね。

当然、魚も獲れない、家畜は魔獣化する、植物も瘴気に汚染されてろくに実を付けない。

そんな状態になって国に反旗を翻した連中も居たけれど…まぁ、結果はお察しの通り。

 見せしめにされて、魔族そのものを見た者はいないけれど、人ならざる力の恐怖を目の当たりにして、皆、恐怖政治を受け入れる他なかった。

 アゼルバイカンなんかは、中央から離れているしそこまで影響は受けていないけれど、バルナの方まで行くと、呼吸をするのも厳しくなる位に重い雰囲気に包まれているわよ」


あぁ~瘴気が充満しているってことか。

だから、宝珠が掲げられていない街でも、魔族や魔獣に襲われずに済んでいるのか。


ガラルの街には、魔避けの宝珠が設置されていなかった。


大抵、宝珠に霊力を込める術師が派遣されることが多いギルドか、その街一番の権力者の家の上に掲げられている事が多い。

長く滞在していた訳でも、わざわざ探したわけでもないので、治安が悪いみたいだし盗難防止のために分かりにくい所にあるのかな?

とも思ったのだが、やはり、設置自体されていなかったのだろう。


不思議だったんだよね。

宝珠が見当たらないのに、何でこの街無事なんだろうって。


魔獣や魔族も暑気あたりになるのだろうか?

とか真面目に考えちゃったもんね。

かろうじて、教会が微弱ながら霊力に守られていたが、それはあくまで司祭が暑さを和らげるために展開していた方陣によるもの。

各地で出没している魔獣避けにすらならない。


貧富の差により負の感情が渦巻いていたから、それを餌にするために魔族の連中も、わざわざ襲ったりせずに放っておいているのかな~

なんて思っていたんだけど、そうではなかったのか。


いや、ある意味そうかもしれないけど。


掌握済みか否か、と言う大きい差こそあれども、餌場として存在している、と言う解釈は正しい。

暴風の正体である狼の魔獣を放置していたのも、それによって恐怖と言う自分たちの食事が手に入るからだったんだな。

国民が文句を言わないのも、言えないだけ。

諦めてしまっているからか。



道端に転がっている遺体を、なぜ教会の共同墓地に集めないのか。

なぜ、国が回収をするのか。

その理由も理解した。

魔族が現世において物理的に活動するための肉体を得る為だ。


生きたまま魂を喰われ抜け殻となった肉体の方が、受肉しやすいし、用意する数も少なくて済む。

ある程度の力の魔族なら、一体用意すれば良いだけだ。

しかし、その場合はせっかく精神崩壊をさせても肉体との相性もあるし、徒労に終わる事もある。


死体の場合は、数が必要だが自分の思うように改造して受肉しやすい、魔力の通りが良い肉体を作る事が出来る。

リネアリスの封印から解放された魔族たちは、より確実な後者を選んだと言う事なのだろう。

腐らせずに取っておく、なんて事が出来るのかが疑問だが、そこは魔族だし。

常識はずれな事でも余裕でやってのける。


アハマド一人を使ってゴンドワナ全土を掌握するのは、いくら腕利きの商人とは言え、人間一人だけでするとなるとなかなか難しいと思うのだが…

実際、国民が魔族による支配を諦め受け入れる程度の時間内で、それをやってのけている。

イシャンの助力もあるだろうが、アハマドの能力が想定以上にずば抜けている、と言う事か。


なにせ、魔族に気に入られるなんてとんでもない奴だし。



ゴンドワナ全土が薄くでも瘴気に覆われている、となると、魔族が棲みやすいような土地作りもしているだろう。

そうだな。

それこそ、フートがやっていたように工芸品の類に魔族の紋様を刻み込んでそれを安価で売り、各地に散らばせ負の感情が増大しやすいようにするとか。


魔薬は、瘴気を栄養に育つそうだし。

魔薬に近い成分、もしくは魔薬そのものを微量でも日々の食事に混ぜ込めば魔族が受肉しやすい身体になるとか。

瘴気を養分にして育つと言う事は、肉体に取り込んだらさぞかし負の感情に支配されやすくなる事だろう。

多量摂取すると死ぬし。

その死体を国が回収して魔族に献上される。

それをたくさん集めて魔族は無事に受肉しこの世に干渉しやすくなる。

そして魔族の悲願である世界滅亡に一歩近づく、と。



しかし、ガラルの人たちを思い出しても……そりゃあ、金に薄汚いとか、態度が横柄だとか、そういう問題はあったけれど、正直、ある意味で許容範疇内。

ジャーティの貧民街と同等程度の荒み様。

その程度だった。

魔族に支配、となるともっと、こう……破滅の使者に支配されていると言う事実と、瘴気による汚染との嫌な相乗効果により胡乱とした空気が漂い絶望した感じになると思うのだけど。


大陸の中で一番魔族の支配が薄い場所とは言え、ねぇ??



魔族の呪いを受けていたタタール国の首都の話を例に出してみよう。


彼の国は呪いの影響を軽くするために首都を現在の位置に移しているのだが、移される前の首都の様子を見た時の印象なんかは、戦争のせいもあるだろうけど、正しく

『魔族に支配されている土地!』

って感じで街の人々の目は生気が感じられず濁っていた。

全て諦め、絶望しかない、無気力な者が大半。

生きる気力を失い牢獄の中でうずくまって何もせずただぼーっとしてるかシクシクひたすら泣いていたりしていた。

残りは、瘴気にあてられた人たちが暴徒と化して争いを生んだり、人や物を壊して回っていたな。

そしてそれが更に瘴気を濃くして、更なる争いを生んでいた。



なのに、あの程度で済むと言うのは…


正直、

『え、なに冗談言ってんの!HAHAHA!!』

って感じである。


まぁ、ガラルはゴンドワナの一番端の街だ。

二人も魔族による影響が薄いと言っている。

それだけで判断は勿論しちゃいけないんだろう。


けどやっぱり、いまいちピンと来ないな。




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