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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
火の章
56/110

25




……話がっなが-いっっ!!!


「……つまり、この2人は魔薬の原料である大魔栽培をしていた村の生き残りで大罪人だから、死んでも構わないだろってこと?」


「そうなるな。

 重ねて、魔族の餌になる未来が待っている。

 被害がこれ以上拡大する前に排除するのは当然の事だ」


排除って…


ラシャナから聞いた話は当事者目線だったし、当時彼女はかなり幼かっただろう。

記憶があいまいなせいで不透明な所もあったけど、こいつの話でその部分も明確になった。


あの涙は、嘘ではなかったって事も、わかった。


ラシャナは、帰りたいんだ。

リネアリスの赤く背の高い草原が広がる、故郷に。

魔薬に侵される前の、つつましやかな生活だが穏やかな時が流れる、その時に。


ギルドに託されたであろう彼女が、どういった経緯でギルドの職員になったかは分からない。

いや、教会や孤児院に大金と共に預けられたが、そこから更に売られた可能性もあるのか。

なにせ、この大陸の大人たちは腐った人が多いから。

もしくは。

多少ながらリネアリスの事や魔薬の事を覚えていた彼女が、ある程度の年齢になってから、自分で志願してギルド職員になった可能性もあるのか。


……いや。

孤児の保護を、ギルドが行う場合もある。

最初から、ラシャナはギルドに預けられていたに違いない。

ギルドはラシャナがアハマドの娘だと把握していたからこそ、彼女を商会に諜報員として派遣したのだろう。

更なるギルドへの献金を期待して。

諜報員は、素性が潜伏先に知れた際、情報を漏らさないためにも自死するように固く言いつけられる。

それはどこの機関に所属して居ようと同じだろう。

預けた理由は不明だが、愛娘を生かすも殺すもギルド次第。

殺したくなかったら金を寄越せってな。


実際、金でギルドとアハマドは繋がっているみたいだし。

ただこの際は、アハマドがラシャナ達の暗殺依頼をした事は、ギルド側からしてみたら藪から棒の依頼だったことだろう。


それこそ、どうせ魔族に獲って喰われる運命にあり、アハマドもそれを了承しているのなら、なぜわざわざその前に殺す必要があるんだ?

『やっぱり前した約束なしで!』

って言うなら、ギルドには生かす為の依頼をすれば良いのに…

真意が、判らない。



ラシャナがギルド職員になり、大魔関連の仕事に率先して関わったのは、罪滅ぼしをしていたからなのだろう。

ギルドに所属する冒険者では、依頼が出されない限り潜入捜査や法に抵触するような事は出来ない。

ギルドと言う世界に共通して存在する中立組織が間に入るからこそ、それぞれの国の法律に違反するような事をしでかしたとしても、冒険者は守って貰える。


しかし、自分に都合の良い依頼が都合良く出される訳がない。


国から直接依頼された案件や、後々多額の依頼料と共に冒険者に委託する形になる厄介ごとはギルドの職員が自分たちで片付ける。

ギルドの職員は、元冒険者でその土地に永住する事になって冒険者業を廃業した人たちが多いからね。

実力はある。

自分達でさっさと片付けてしまえば、得られる金銭も多くなるし、国からの信頼も厚くなるし良いことづくめ。


魔薬関連は、国からの依頼がメインになるだろうし、それを見越して冒険者ではなくギルド職員となったラシャナが率先して解決に当たったのもうなづける。


亡くなった村の人たちの罪が、償ったら消えてなくなる訳ではない。

それでも、これ以上の被害を増やさないために、同郷の者として、自分で出来る事をしてきたのだろう。


それは正しい事かはわからないが、決して間違ってない。


罪を清算するには途上かもしれない。

一生使ったって、清算なんて出来ないかもしれない。

リネアリス村の一件のせいで、世界中の魔族の絶対数が増え、瘴気も格段に濃くなっただろうから。


でも、彼女は…頑張ってるじゃないか。

過去の出来事から目を背けず、努力してるじゃないか。


それを無碍にする権利は、誰にもない。

結果に結びついていないからと言って、その努力を無視するのは、あまりにも横暴だ。


近い将来、魔族に食べられる運命にあることは、知らなかったかもしれない。

でもまだ、死んでいないんだ。

殺されていないんだ。

生き延びる術があるかもしれないんだ。


努力をしている今、死ぬ“かもしれないから“と言う不確定な来ても居ない未来のために殺すことは無い。



イシャンは……どこまで知っていたのだろう。


ラシャナ曰く、二人が姉弟であることを、イシャンは覚えていないようだった。

年齢にして、5歳になっているか否か。

それ位の時期の出来事だ。

仕方ない。


村での出来事は覚えていないようだが、無意識の内になのか、罪を背負っていることに対する後ろめたさからか、曲がった商売はして来なかった。

幾度となく、犯罪すれすれの商品を任せられてきたようだが、それらが法に触れないよう工夫し、かつ主人であるアハマドが納得せざるをえない形で言いつけられた任務をこなしてきている。

むしろ法律違反をしている商売のあれやこれやを是正し、より良い、後ろ暗さの無い商売をしようと、あちらこちらと信頼関係を強く結びつけ、積み重ねてきている。

そして同業者からは疎まれ、結果、アハマドに命を狙われている。


そんな理不尽な所にいるのに、今もラシャナを守るために彼女をかばう位置に立っている。


大人の理不尽に振り回された子供たちが、大人へ成長するその道程で、それのしりぬぐいを必死にして来て、やっと、幸せな家庭を築けるかもしれないと言うのに…


アハマドが、あと数年もしないうちに魔族に殺される運命にある彼らを、今殺そうとしているのかなんて分からない。

同業者への義理立て?

違うだろう。

なにか、彼らの死を早めなければいけない、のっぴきならない理由があるのだ。

彼らの残された時間を、更に縮める、度外納得できないような理由が。


「犯した罪は、償っても消せないだろう。

 だけどそれは、大人の勝手な都合で押し付けられたもんだ!

 彼らが選んで、率先してかぶったもんじゃない!!

 誰であろうと彼らを裁く権利はないだろう!!!」


「権利……権利か。

 大魔関連の事件解決は各国からアスラへ依頼をされたものだ。

 そして、私はその解決を一任された。

 お前も、アスラを頼った時点で私に依頼したも同然。

 それだけでは理由は足りないか?」


「罪を償ってる最中の奴等裁く前にすることあるだろっつってんだよ!

 彼らは大魔の危険性を理解し国に蔓延しないように、どうにかしようと動いている。

 叩くべきは、アハマドや、フートだろう!!

 この人たちじゃない!!!」


刀を抜き、対峙するが……勝てる気は、微塵もしない。


正直、相手の力量の底が視えない。

父さんと対峙した時よりも、なお分が悪い。

無力化することも、傷を負わせることすら難しいかもしれない。

それでも…


「何故、私に刃を向ける?」


「おれは、その人たちの護衛だ。

 護衛対象が危害を加えられそうになっているなら、当然の行動だと思うけど?」


護衛の依頼があるからとか、とってつけた言い訳だ。

おれは、大人から押し付けられた理不尽によって運命に翻弄されながらも、懸命に生きているイシャンとラシャナと言う人物を守りたい。

たとえ、一分一秒でも長く、彼らを生かしたいと思った。

それだけだ。


「ふむ…なるほど。

 しかし、護衛対象とは言え、罪人と知っていながら庇い立てしては、お前も罪に問われることになるが?」


「その罪自体、彼らが選択する余地もなく大人の都合でかぶせられたもんだろって言ってんの!

 不可抗力の場合、その程度によって罪はなかったことになる」


「無罪放免……には、出来ない。

 どうあがいても」


なぜ?

尋ねようとしたが、心当たりが1つ浮かび上がる。


ラシャナの口から、

『私とイシャンは姉弟だ』

と匂わせるような発言があったとはいえ、明言された訳ではなかった。


『もしかしたら、同郷出身と言うだけで勘違いなんじゃないの?』

と思っていた部分が無いとは言わない。

ふとした時に似ている、と思っても、肉親だと言う証拠がある訳でもないし。

村人が全滅しているのだ。

立証する手立てもない。


しかし……

目の前の父さんの知り合いが長々と語った話の中で、イシャンとラシャナが確実に姉弟であることが明言されていた。

リネアリス村唯一の生き残りである、アハマドの子供である姉弟の話。

魔族に殺される運命にある、と二人を指して言っていたのだから、二人がアハマドの子供である事が、少なくともコイツの中では確定事項だ。


それに、ラシャナのうなじの部分に火傷のような痕があるのを、ちらりと見たことがある。

イシャンも、左手に怪我をして居る為に常に手袋をしていると、ラシャナが持ってきた依頼書の対象の身体特徴を記述する欄に書いてあった。

魔族が付けたと言う文様だろう。


先程の話が嘘であれば良いのだが……それはないだろう。

嘘を吐く必要がない。


二人が姉弟であることは、状況証拠しかないが、確定している。

つまり……


「三親等以内で子を成すのは、即行死刑の大罪だ。

 世界中に、そう義務付けた。

 どんな忌子に成るか判らない以上、生まれる前に輪廻へ還す必要がある」


そいつは、武器を構えているおれの方にあっさり背を向けた。


胸を張って自認する程度には馬鹿なイシャンは、一連の話しの意味が解らず混乱している。

ラシャナは、イシャンと姉弟の関係である事がバレ変な汗をかいて硬直している。


そこへ、ヤツは予備動作もなくおもむろに、呼吸をするかのように自然な動作で投手剣のようなものを二人へと投げつけた。


神経を研ぎ澄ませていた、おれだけがなんとか反応できた。


咄嗟に稜地を頼り全力で二人の前に土壁を出現させ、事なきを得る。

だが、しかし。

大晶霊に直接頼んで作り出した、強度抜群の壁に鈍い音を立てて刺さった剣を見て、血の気が一気に引くのが自分でも解った。

咄嗟に作ったから、加減知らずに思いっきり霊力を込めたにも関わらず、そいつの放った剣の刀身は、その壁に半分以上が吸い込まれていた。

今のおれの力なら、例え象が踏んでも耐えられる自信がある強度だぞ。

こんにゃくで出来ている訳ではない。


しかも、だ。

投手剣かと思った壁に突き刺さった刀をよくよく見ると、投手剣よりも余程薄く作られている、多分、手紙の封筒を開ける時に用いる文具じゃないだろうか。

えぇっと…そう、ペーパーナイフ。

殺傷能力なんて微塵程度しかない、脆く作られた文房具が、おれ渾身の防護壁に穴開けたってか!?


こいつ、父さんが信頼できる奴って言っていたけど、どんだけ強いんだ!?


理屈ばかりで感情論を通さない合理性や立法ばかりを重んじるあたり、おれとは相容れない。

おれはどちらかと言えば人情家のお調子者だからな。

胸を張って言う事ではない。

それは分かっている。

おれの短所であると自覚しているからな。


だが、しかし。

絶対オトモダチになれない人種であることは確定した。

こんないけ好かない奴と分かり合える気が微塵もしない。



『手加減はしない!力でねじ伏せてやる!!

卑怯とは思うなかれ、稜地にも力貸して貰って徹底的に潰してやるわ!!!』


と思っていたのだが…逆にねじ伏せられそうだ。

底が見えないと思っていた実力の差は、あくまでおれ個人の力のみで測った時。

稜地の手も借りればなんとかなるかも、と思ったのだが、甘かった。

二人の力を合わせたとしても、なかなかどうして、厳しいもんがある。


稜地と契約してからこっち、

『ま、なんとかなるでしょ』

と何に対しても思えていたのだが……これは、まずいかもしれない。


「そうか…地神と契約を交わしたのだったな。

 ……他者の力を借り受け天狗になっているのなら、その鼻っ柱、折って遣ろう」


言って向かって来いと言わんばかりにちょいちょいと手招きしてくる。


コイツ、舐めきっていやがる!

ブワッと一瞬全身の毛が逆立つ感覚がしたが、いやいや、冷静になろう。

これは好機だ。

舐めている内にこっちは全力出して、向こうの舐めた態度を改めれば良いだけだ。

そう、力を借りるんじゃない。

一体化すれば勝機も見えるだろう。


≪主、やめておいた方が…≫


稜地が内側から制止にかかるが、おれの尊厳うんぬんだけの問題じゃなく、三人の命もかかっているんだ。

彼らは、おれに守って欲しいと縋ってきた。

おれは、そんな彼らを守ると決めた。


なら、その決定事項は覆してはいけない。


「おれはもう、差し伸べられた手を離すことをしたくないだけだ!」


自分に喝を入れ風の精霊術を足元にまとわせ、一気にヤツとの距離を詰める。

右手で抜刀していた刀を振りかぶり斬りつけるが、掠りもしない。

虚しく空を切る音が響くのみ。


おれが距離を詰めたのと同時に、音もなく半身左へずれたらしい。

存在感が空気だと、目測がうまく取れないな。


ならば、半身だけでは埋められない攻撃を仕掛ければ良いだけ。

斬りつけた勢いを借りて後ろ回し蹴りをお見舞いしてやる。

風精霊の力をまとわせたままの蹴りは空間に歪を生み、近くの物を引き寄せる力を発する。

その力を借り、蹴りを回避されたとしても次の一手を喰らわせる。


そのつもりでいたのだが、蹴りを入れたその瞬間、いつの間にかうつ伏せに倒れていた。


後ろ回し蹴りを入れたんだぞ、おれは?

足払いをされたのなら、仰向けに倒れるはず。

なんでだ??


と言うか、足払いをされた感覚すらなかった。

どうなっている???


「この程度も見えないのか?

 …弱いな」


むかっ!


そうだよね。

油断している間に全力で倒すと決めていたんでした。

はっはっは~

余計な時間をかける必要はないよな。


──地神招来!!

  平伏し滅びよ

  裂界轟翔塵


無様にうつ伏せたままの恰好になるが、神威を展開。

霊力の放出により一歩下がったヤツの隙を見て空へ飛び、イシャン達を守護方陣で囲い込む。

普段なら短くても詠唱や術の展開をイメージする時間が必要だが、神威化した今、それは必要ない。

ほんの刹那の間に、裂界轟翔塵をお見舞いする。

自信満々に、残っていた霊力のほぼ全てを使って。

その力は暴力的な威力を以って地面を抉り地形を変える。


あれだけおれのことを弱い弱い連呼して、自信満々だったんだから、この技喰らっても、生き残るくらいなら出来ますよねー!?


二度目だし詠唱をちんたらしてたら厄介なことになる危険性が高いからと、詠唱をほぼ割愛。

それでも、先ほど狼の魔獣を倒したのとほぼ変わらない威力が出るのだから、稜地のサポートって素晴らしいね。

稜地自身は、いまだにコイツと相対する事を避けているようではあるみたいだが、神威化するにあたって、ため息をつきながらではあるが諦めてくれたようだ。


すまないねぇ、短気な主で。




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