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「それじゃあ、遺跡の中に入ろうか!」
「おい、待て。」
勇んで
『えいえいおー!』
とか言いながら遺跡探検いざ!
と入ろうとしたら肩を掴まれエリーヤから待ったがかかる。
「私はまだ遺跡の立ち入りを許可した覚えもないし、そもそも、なぜ先ほどまで街道に居たのに目が覚めたら遺跡が目の前にあるのかの説明も何も受けていないのだが!?」
ちっ。
ばれたか。
勢いで流されてくれないかな~とか思ったのだが、残念。
思ったよりも聡いな。
どれだけ相手を馬鹿に見ているんだって話である。
「え~
子供の身の上話なんて別に聞く必要ないでしょ~が。
それよりも国王陛下と学者先生たちに急かされているんだからぱっぱと中の魔物多としちゃいましょ~よ~」
「そうはいかない。
理由いかんによっては、力ずくでも安全な場所まで送り届けねばならないからな。」
あらまぁ、本当にくそ真面目だこと。
てこでも動かん!
と言わんばかりに入り口に立ちふさがっているエリーヤを見て、頭をぼりぼりかきながら、仕方なしに観念する。
おれより弱いのに、力ずくで何をするつもりなんだ?
と言う突っ込みをしてはいけない。
正義感や善意での発言なのだから。
「ん~。
…おれ、記憶喪失なんだよね」
「へ?」
先ほどの気迫はどこへやら。間抜けな声をあげるエリーヤ。
「記憶喪失。
ある一定の時期以前の記憶がないの。」
「お、お父上たちの記憶や出身の記憶は…」
「それ以前の記憶だよ。
親は義理の、育ててくれた人たち。
傷だらけで行倒れている所を保護されたそうだよ。
その頃、近くで争いがあったそうだし、それに巻き込まれたんだろうって。」
あまり、当時の事やその近くであった争い、と言う物に関して、両親も村の人たちも口を開こうとしないから、無理に聞こうともしなかった。
気を使ってくれているのだろうな、と察することが出来る位に、微塵も話が出なかったから。
ど田舎だし、その争いに参加したり見たりしたなら、武勇伝の一つとして寝物語でも語られそうなのに、一切なかった。
みんな優しかったし、不平も不満もない、平和な生活だった。
それで良いと思っていた。
ただ、なにか自分の中の……空虚感、とでも言うのだろうか?
満たされない感覚が数年前からあり、両親に相談したところ、旅に出る提案をされた。
決して追い出されたわけではなく!
おれ、愛されてたもん!!
『この村でそれは埋められないだろうから探しに行ってみたらどうか?』
ってね。
答えが見つかろうが、見つからなかろうが、おれが帰ってくる場所はいつでも自分たちが用意しているから、安心して行って来いと、背中を押してくれた。
保護をしてから何年も、赤の他人を育てるなんて面倒臭い事をしてくれた人たちに対して、自分勝手な意見をしてきた子供に、なんて心が広いんだろうな。
今その時の事を思い浮かべても、じんわりと心が温かくなる。
まぁ、
『旅の心得を教授せねばならないな!』
と嬉々として父が剣術、母が精霊術全般を短期間でかなりきつい方法で詰め込んでくれたので少々恨みもしたが。
そりゃあもう、心に傷を負う勢いでみっちりと。
もう一回記憶飛ぶかと錯覚したほどにがっつりと。
思い出しただけでも身震いするわ。
「おれの義理の母親が学者を昔していたんだけどさ。
古代や神代の遺跡には、目に見えないものの情報を読み取るものがあるんだって。
それがどこにあるのかとか、詳しい事は教えて貰えなかったけど、この遺跡は少なくとも剣闘時代以前の遺跡が奥にあるようだし、もしかしたら、って思ってさ」
記憶を読み取るもの、と言う言い方はされなかったけれど、もしかしたらそうかもしれないし。
そうじゃなかったとしても、学者の母に育てられた身としては、そういう古代の遺物にはけっこう興味があったりする。
家にいくつかそういう道具もあったし、それの原理を考えたり解明したり、母と一緒にあれやこれや議論するのは楽しかった。
記憶が戻る、戻らない関係なく、ある程度の区切りがついたら村に一度は帰りたいと思っているし、その時の母への土産なり土産話なりがあるに越したことはない。
とかそういう欲丸出しの理由は言ったら許可が下りる可能性が低くなるだろうから言わないでおく。
エリーヤは、なるほど、呟いて暫く沈黙する。
正義感とおれの事情とのはざまで悩んでいるのかね。
「無理はしないと、誓えるか?」
そろそろ沈黙に飽きてきたな~とか思って武器の手入れをし始めてから幾らか時間が経って、ようやくエリーヤが口を開いた。
「いや?ある程度の無理はするさ。
記憶を取り戻したいって理由もあるけど、義両親の為にも、ある程度の無理無茶はさせてもらうよ。
ただ、無謀なことはしない、と誓う」
「……──わかった。
ただし、私も同行させて貰う。
それで良ければ、王国騎士団長の下、許可を出そう。」
堅苦しいしゃべりかたすると思ったら、騎士団長様かよ!?
なるほど、無駄に正義感が強かったり、国王からの信頼が厚かったり、もろもろの理由は国の軍事分野の一番上の立場だったからか…
なるほど納得。
ただ、それだけの実力をもってしても攻略出来なかった遺跡か……大丈夫かな?
正式に許可も下りた事だし、武器の手入れと点検を終え、改めて自己紹介をすることになった。
互いの能力値が解らない状態で共闘するわけにいかないからな。
隠し玉がある分には問題ないが、最低限、得意不得意は把握しておかなければ命取りになる。
ちなみに、おれはずっと一人で旅をしてきたから連携とか全く出来る気がしないよ!
それも含めて言わねばね。
エリーヤ・ムーロメット。
ごくごく普通の家庭に生まれたが、巨人族の末裔と言われるシヴァトゴルと言う友人が亡くなる際、その力を引き継ぎ強靭な肉体を得る。
その力をお国のために役立てたいと、当時世間を騒がせていた通称≪鷹のソロウェイ≫と呼ばれる極悪非道な盗賊を退治。その功績を認められ国軍に所属。その後めきめきと実績を積み上げ現在では騎士団長の地位についている、と。
見てくれ通りの剣士で、精霊術は一切使えないが、巨人族の力の恩恵か、耐性がある程度あるらしく、火と水、あとは土の初級攻撃術に関しては全く効かないそうだ。それ以外の精霊術も、攻撃力は多少だが軽減されると。
良いなぁ、その巨人族の力。
大昔、巨人族は争いを好まない温厚な性格と、それに見合わぬ強大な力が災いして、奴隷として各地で飼われる事が多かった種族で、今は見かけることはほとんどない。
純血種は絶滅したと言われており、混血種も過去の事があるから人間の前には姿を現さないと聞いたことがあるのだが……
そうか。
裏表のなさそうなこういう正義一直一貫馬鹿みたいな人間の前には姿を現すのか。
しかも、力を引き継ぐとは……?
まぁ、詳しい話は道中聞けば良いか。
「さっきも名乗ったけど……レイシス・フィリデイだ。
義両親から教え込まれた術技だから、一般的になんて呼ばれるものかは解らないけど、細身の剣や投手剣が主な武器で、風の術だけが…まぁ、そよ風起こすくらいなら出来る。
けど、苦手。
それ以外は全般使える。
ずっと一人で旅をして来たし、連携とか出来る自信はないけど、まぁ、前衛も後衛もそつなくこなせると思うよ」
言いながら、細身の紐を渡す。
「これは?」
「え?知らない?
敵と接近戦している味方に、攻撃術が当たらないようにしてくれる道具なんだけど」
父から旅の必需品と言われて用意して貰ったんだけど、一般的じゃないの、これ??
『仲間になってくれた者や、一時的にも共闘する相手が出来たら、万が一の事があるといけないから渡しなさい』
って言われて、作り方まで指南されたんだけれど。
面倒臭い事この上ない工程がいるのに頑張って覚えたんですけど!
一般的じゃないなら覚える必要無かったんじゃない!?
いや、まぁ。
自分の術が当たって味方が御臨終なされたら目覚め悪いし、便利な道具ではあるし、覚えておいて損はないけどさぁ…
麻を編んで、そのままだと硬いから専用の液体に浸して洗ってを繰り返し!
充分に乾かしたら、今度は水の精霊の力で出した純水に自分の血液垂らした溶液に漬け込む!!
その間、不眠不休で霊力を送り続けなければいけない!!!
それが終わったらようやく術式を織り込んだ印結びをしてとんぼ玉で両端を止めて完成!!!!!
…と言う代物。
何と言う面倒臭さ。
霊力を送り続けてさえいれば良いから、水の嵩増ししたり、逆に蒸発させたり電気流してみたり、色々暇つぶしが出来るからよかったけれど、ただ霊力流し続けるだけだと暇過ぎて絶対に寝てたし。
程よい刺激が血流を良くしてくれてなかなか危ないんだよ。
実際、霊力を送り続ける、と言うことのこつや力加減がつかめなかった内は、途中で霊力が尽きたり、寝てしまった事があったしな。
寝そうになったら起こしてくれれば良いのに、誰も起こしてくれないし…
完成品が出来るまでに、何度”ただの血がしみ込んだ麻ひも”と言う不気味なものを作ってしまったことか。
エリーヤは初めて見たらしい紐をまじまじと見ながら、どうやって使うのか探っているのか引っ張ったり結んだりしながら
『へ~』
と感嘆の声をあげる。
それ、血染めだよって言ったらどんな顔するかな。
いちいち言わないけど。
「邪魔にならない所に結んでつけてくれれば良いよ。
ただ、身体から離れたら意味をなさないから、表面には出さない方が良いかもね」
術者一人に対して一本付けることになるから仲間が増えるほどたくさんの紐をつけなければならず、村の人間は腕や足に、それこそ村の人数分の紐をぐるぐると巻いていた。
もしくは、武器を肌身離さず持ち歩き戦闘中に落とすなんてありえない、と言う考えの人は武器に付けていたな。
おれの父親を筆頭とした脳筋たちだよ。
戦闘のせの字とも無縁そうな子供たちは編んで装飾品にしていたな。
女の子なんかは髪に編みこんでお洒落道具にしていた。
ようは、どんな形でも良いから身につけておけば良いのだ。
…ん?
そういえば、あの怪しさぷんぷん漂わせていた人が体にぐるぐる巻いてた紐、これだったのかな??
印結びの細かい所まではさすがに遠くて見えなかったから、なんとも言えないけど。
「ふむ…それでは、首に巻くとしよう。」
「表面に出さない方が良いって言ったよね!?」
ばっちり表面に出るようなところをなんで敢えて選ぶのかな!?
エリーヤは快活に笑いながら
「靴を脱いで足首にでも、と思ったのだが、普段つけ慣れないものに対する違和感で戦闘の感覚が鈍ってはいけないし、万が一罠にかかって足を失う可能性だってある。
首ならば、身体と離れるような攻撃を受けた瞬間に死んでしまうから、この紐の効力も関係なくなる。
レイシスも、その際は心置きなく私を置いていけば良いだけだ。」
そうだろう?と渡した紐を首に巻きつけ言った。
合理的と言うか馬鹿と言うか……
うぅむ。
なるべくそうならないように頑張らなければ。
出来れば、自分が手も足も出なかったような魔物が闊歩しているような遺跡になんて二度と入りたくないだろうに、おれの目的のために正義感から同行しようと決めたんだものな。
それが例え自己満足だろうと、おれに利得がなかったり無意味なものだったりしたとしても、善意で自分の命を投げ出そうとしてくれているのだ。
関わりのない人間なら別にどうでも良いやと思うけど、助ける、と言う名目だとしても自分から関わりを持った相手だ。
報いねば。
「では、改めて。よろしく頼む。」
言葉と同時に差し出された右手を見て、思わずばっと勢いよく目を背ける。
「?
どうした?」
「あ、あ~……ごめん。
なんでかは解らないんだけど、握手と、か…苦手で……」
「苦手、で済むような顔色じゃないだろう。
顔面、蒼白だぞ!?」
顔を背けた先に回り込み顔を覗き込んでくる、気遣うようなその顔と、引っ込めた手を見て苦笑する。
「いや、手を差し出されさえしなければ平気。
母さん曰く、無くした記憶に関わっているんだろうってことなんだけど…」
「……トラウマ、と言うやつだな。
冒険者をしていると握手を求められることは結構あるからな。
…それは不自由だな。」
虎馬?なにそれ?合成生物??
頭の上に疑問符と虎と馬を乱れ飛ばしていると今度はエリーヤが苦笑する。
「君と話していると、大昔の人間と話しているような気になるよ。
距離の単位と言い、横文字が通じなかったり……」
な~んか、馬鹿にされた気分になるんですけど~
普段小馬鹿にしている人間からの仕返しの言葉に、頬を膨らませた。