4
「これはこれは、ご立派な……」
到着した遺跡の入り口を見上げ、おれは感嘆の声をあげた。
目の前にそびえたつのは、たぶん、400年ほど前の、近世・修羅闘神時代の建造物。
その時代に建てられた遺跡は特徴があり、当たりとはずれがある、と一部の研究者の間では言われている。
修羅闘神時代の前時代にあたる中世・魑干戈時代には、今より精霊の数が多く、更に晶霊と呼ばれる数多くの精霊を統べる王様的な存在があったそうだ。
人ならざる絶対的な強さを誇る精霊と、その上位関係の晶霊。
人間の多くが彼の者たちを崇拝し、その信仰心が彼の者たちの力を更に強くした。
彼の者たちは、慈愛に満ちており、信仰する人間たちを無碍にすることはなかった。
手と手を取り合って仲良く精霊様・晶霊様たちの力を借りて暮らしましょー
と言う平和な時代もわずかながらあったみたいだけど、巨大な力を手に入れると人は、狂う。
自分の本質や強さを見誤り驕り、次第に信仰心は薄れ、精霊・晶霊を無理矢理使役し世界中で戦争が勃発。
それにより晶霊達は、世界中の霊力が薄れ具現化出来なくなったとも、人間の愚かさや傲慢さに嫌気がさして地上を去ったとも言われている。
どんな理由があったにせよ、魑干戈時代を境に晶霊や力の強い精霊は姿を消した。
姿かたちは見えずとも、恩恵は多少ながら残っており、威力の弱い簡単な術は使えたそうだが…
人間はそれを封印したそうだ。
今まで精・晶霊たちに頼り切っていた人間は、自分たちの無力さと行いを後悔し、一切の精・昌霊術の使用を禁止。
強靭な魂は強靭な肉体に宿る、と言う教えが広がったこともあり、自分たちの肉体の鍛錬に励む。
精霊術の使用を禁止することで、自分たちが消耗した世界の霊力が回復することを祈って。
そして、頼り切っていただけだった晶霊と再び相見えた時に恥じることのないように。
ただ、晶霊が消えた程度で戦争はそうそう終わるものじゃない。
晶霊が消えたことで確かに事態は終息へと向かったし、被害も格段に減ったが、国境をどこに据えるのか、敗戦国の行方をどうするのか。
それを考えなければならなかった勝国も、晶霊術による発展を遂げた国は物理的な攻撃にとても弱い。
せっかく優勢だったのに形勢逆転されてしまうかもしれない。
そう危惧した国で急速に発展したのが今もなお多くの剣士が修士している修羅介者剣術と、今は廃れてしまった阿修羅素肌剣術だ。
一時は身軽な服装で剣をふるう後者の方が人気があったのだが、防御力がほぼ皆無で接近戦をしなければならないとなった時、一撃必殺で相手を屠らなければ殺されてしまう。
技術や才能が何より必要だったため、後世に残りにくかったのだろう。
前者は防具を身に着ける事を前提としていて、防具や武器と言った身に着けるものの進化が著しく、また組討術の同時発展により、進化と退化を繰り返して今日まで残り発展を続けている。
その、当時二大剣術が生まれた頃を境に、修羅闘神時代が幕を開ける。
同時に、もしかしたら自分たちの声に呼応して晶霊たちが戻って来てくれるかもしれないという思いもあり、各地で精・晶霊を崇める教えが広がった。
精・晶霊崇拝の遺跡は、崇められた晶霊や精霊の力の強さに比例して大きく、比例して殊更細かいレリーフが彫られていることが多い。
大きさや細工の緻密度がその信仰心の表れと言わんばかりに。
まぁ、確かに手間とお金はかかっているよな。
特に晶霊は、その呼称の元となった『水晶に住まう精霊』から察することが出来るが、宝石を好むと言われており、遺跡には奉納品の金銀財宝が数多く眠っている事が多い。
また、精・晶霊に戻って来て欲しいという願いからか、どれだけの信憑性があるかは不明だが、当時の人間たちの善行を書き綴った書物も同時に発見されることが多い。
光の精・晶霊を崇めている遺跡なんかは、善行だけではなく悪行も書き残し、集められるだけの情報が収集された世界の年表が記されていることもあるそうだ。
光の精・晶霊は人の心を読むことが出来る存在だった、とかなんとか。
隠し事をしても無駄ならば清く澄んだ心で全ての行いをさらすべき、とかなんとか。
それだけだと、はずれの遺跡である。
遺物としては当然価値が高いのだが、これだけだとはずれなのだ。
あたりの方になると、更にすごい。
晶霊が集まりやすい土地と言うのにはある一定の条件がある。
その晶霊が好む宝石が多く出土する、とか。
精錬され澄んだ荘厳なる空気感がある、とか。
そう言う土地に遺跡が建っていることが多いのだが、晶霊の頂点に立つ大晶霊と仮称される存在があり、それが具現したことがあるであろう土地には中世以前──古代の遺物が残されているというのだ。
ただ、世界でも発見された数はそう多くない。
その遺物は地下にある事が多いからだ。
最初から地下に建てられたのか、地殻変動により地中に埋もれて行ってしまったのかは定かではないが、修羅剣闘時代に、古代の遺跡の上に更に別の遺跡を建てたものがまれにあるのだ。
まぁ、当時は遺跡と言う感覚は当然なく、精・晶霊の長を信仰するための教会や、崇めるためのお城のつもりだったのだろうけれど。
なぜ、わざわざ元ある遺跡を利用せずに、その上に更なる建造物を設けたのか。
古代遺跡を隠す為に建てられたとか?
発見された数があまりにも少ない為、また、その古代遺跡の所在地は人間が住むにはきわめて困難な所にある為、また内部も酷い事になっている為に、残念ながら理由の解明も含め研究があまり進んでいない。
いくつかのはずれの遺跡と、あたりの遺跡を1つだけ過去に視たことがあるのだが、表面の建造物はほぼ変わらない。
地上に建てられた方の遺跡は年代が大体一緒だし、崇められている精・晶霊の種類によって多少の差異はあっても、大幅に異なるところはないと言っても過言ではない。
建物自体は。
精霊が集まりやすい土地、と言うのは霊力が高い土地と言い換えることができる。
そして、霊力が高い土地と言うのは人ならざる者が集まりやすい土地とも言い換えることが出来る。
霊力が高すぎる土地は獣の突然変異種である魔獣はあまり見かけない。その代わりに、魔獣が更に進化したと言われる魔物が内部にはびこっていることが多いのだ。
しかも、ほかの土地では見ない、独特の進化を遂げている魔物ばかりで非常に危険だ。
更に、魔物が多い土地には魔族、と呼ばれる人間よりも霊力や身体能力が桁外れに高いものの存在が確認されることがある。
魔族の存在はあまり過去に確認されたことがなく、どういった存在なのかがわかっていない──と言うよりは、魔族が顕れた場所は大抵荒野と化すので後世にその異質さを伝えられることが少なく、
『とにかく異質で兇悪である』
と言うことくらいしかわかっていないのだ。
ルセア共和国の旧首都なんかが良い例だわな。
血で血を洗う争いに終止符を打ったのは魔族と言われている。
負の霊力が満ちた旧首都を頂くために更なる蹂躙が魔族により行われたと、文献に残っている。
旧首都から逃げ延びた人間たちから”人間の形をした異質な存在”の目撃情報が多数あった事と、旧首都に向かった者が一人として帰ってこない事を考えると、魔族の関与が強いということが伺える。
物理攻撃は効かず上級の精霊術しか傷をつけることが出来ない。
人間の見た目をしているが肉体を持たず、どちらかと言うと精霊に近い存在。
魔族は悪意を溜めこんだ精・晶霊の成れの果ての姿であり、自分を堕とした人間を恨んでいる。
幻の国ヒイヅを滅ぼしたのは魔族である。
などなど、まぁ色々な推測と妄想がなされている種族だ。
あたりの遺跡は、その、魔族が根城にしている可能性がとても高い。
らしい。
おれが知っているあたりの遺跡は、駆逐された後だったのか、魔族も魔獣も居なかったので、あくまで学者や研究者の間でそう言われている、と言う話だ。
ただ、見たことのない6つ首の魔物の存在と、王の勅命で動いた自称実力者であるエリーヤとその仲間たちを蹴散らすほどに強大な力を持つ多数の魔物の存在から推測するに、この遺跡は“あたり”の可能性が非常に高い。
気がする。
遺跡は霊力を閉じ込めるような構造が成されているそうで、外に魔物が出てくることは滅多にない。
霊力の高い土地で生まれた魔物は基本霊力が高い土地でしか生きていけないからだ。
四肢を切り落して人間にとって安全な状態で観察された研究だそうだから、少々信憑性に欠けるが、一応、それが常識だ。
何故6つ首の魔物がエリーヤ達を追って遺跡の外に出たのだろうか…?
理性や知性が乏しい分野性的な生存本能が強いとされている魔物が、生存可能領域から出るなんて余程の理由がないとありえない。
この遺跡の魔物が特殊なのか?
とも思ったが、到着してから幾度か入り口の様子を窺っているが、特に魔物の声が聞こえるとか、気配がするとか特にないので、あの6つ首が特殊だったのだろう。
戦った時の行動と言い、特殊な馬鹿だったのかなぁ…??
エリーヤ達が6つ首に下手な攻撃をしてしまって相手を怒らせてしまった、と言う可能性もある。
頭に血が上って自分の領域から出てしまった事に気付けなかったのかも。
そこそこ先ほどの場所からこの遺跡は離れているようだし、あれだけ簡単に倒せたのは、もしかしたら体内の魔力が失われて弱体化していたからなのかもしれないな。
あぁ…
そう、魔力と言う表現。
おれの出身地がど田舎だからなのか、旅に出てからこの言葉を言っている人間と出会った覚えがないのだが、村では精霊や晶霊などに貸してもらう聖なる力は霊力、魔物や魔族などが主に扱う負の力は魔力、と言っていた。
また、貸して貰う時に消費する精神力を数値化したものもそれぞれ霊力・魔力と呼んでいた。
過去、どれだけ昔かは判らないが、魔力を扱える人間はとても少なくそれ故異端扱いされ忌み嫌われ疎まれ殺されてしまうことも少なくなかった、らしい。
基本的に霊力しか扱えない人間の方が圧倒的に多く、理解できないものは排除しようという風習は昔から根強いもので、それと同じくらい、強大な力は政治的・軍事的に利用されるだけ利用され捨てられることも多い。
旧ルセアの首都もそうだし、過去に行われた戦争もどれだけ多く魔力を扱える人間を自国の戦力に加えられたかが勝負の分かれ目になった、と言われている。
霊力と魔力はお互いを消しあう力を持っているらしく、人間が10の力を込めた時、それに呼応してくれる霊力は1、魔力は5だそうで、魔力を扱える人間は単純に霊力を扱える人間の5倍の戦力を持っていると。
ただ、うまい話には裏がある。
おれは霊力も魔力も持ち合わせていて、感覚として違うことがわかるのだが…
精霊たちは人間が言えば快く「はいどうぞ」と力を貸してくれる感覚に対し、魔力の元となる存在は「貸してやっても良いぞ」と恩着せがましい感覚があり、霊力を扱う時よりも余程体力や気力が削られる気がする。
扱うのにこつが必要と言うか?
利息が高いと言うか??
生命力が削られる感覚、とでも言うのだろうか???
後々来るんだよね。
霊力は寝れば体力・霊力共に回復するけど、魔力は削られた精神力がなかなか戻らなくて結構大変なのだ。
下手をすると2、3日寝込むことになる。
あまり積極的に使いたいとは思えない代物だな。
見識眼の片眼鏡に込めるのも魔力だけど、あれは短時間ならそんな魔力も精神力も消耗しないし使うけど。
がっつり魔力を大放出しました!
って言うのは絶体絶命の状況下で、片手で足りる回数しか使った事がないから、きちんと実証されている訳ではないが、命に関わりそうだし。
両親からも、エリーヤを回復した時に使用した術や遺跡に移動した時の術以上に使うな、とくぎを刺されているし。
遺体を埋めるときに使用した土の精霊術や、汚れを洗い流す為に使用した水の精霊術。
これは精霊術であり、霊力を多少使用し作用の少ない術が展開する。
が、遺跡を移動した時の術とエリーヤを回復した時の術に関しては、また、それぞれがちょっと違う。
違うと言っても、感覚で違うことがわかっているだけで、あれに関してはおれも原理が良くわかっていない。
それぞれの術は文句を丸暗記しただけで、それぞれの言葉が何の意味を持つのか、全く理解していないのだ。
とりあえず、精霊術に近いものだと言う事と、感覚として魔力と違って禍々しいものでも危険なものでもないので安心して使えるが。
消費する霊力の量が物凄いのでなるべくは使いたくない。
そんなしょっちゅう使っていたらおれの精神力が持たないし、なにより、ばれた時に父からどんな折檻が待っていることやら…
考えただけで恐ろしい。
想像して身を震わせたとき、ふと、背後から視線を感じた。
気配はない。
まさかよもや父が視察でも飛ばしてきたのか!?と背後を振り向くと……変な人が立っていた。
初対面の人物に対して、変、と形容するのは失礼なのは重々承知の上だが、それ以外になんといえば良いのか…
茶色とも緑とも黄色とも形容しがたいけったいな色をした帽子付のゆったりとした外套を、脱げないようになのかあちこち飾り付の紐で固定していて、その隙間からちらと見えるのは見たことのないような布地で作られている、清廉ささえ覚える青味がかった白色の細袴。
顔は透けている布地で口元が隠されており、外套の帽子のせいで目元しかよく見えない。
どこかの民族衣装でない限りは、街中であんな恰好の人を見つけたら、
「警吏さん!こっちです!!」
と即座に通報してしまいそうな位に、怪しい格好だ。
所々紐により身体の線はある程度分かるのだが、男なのか女なのか、どっちもなのかどっちでもないのかも判断がつかない。
一応、細身と言うことならわかるが…
「何故、ここに居る…?」
変な人がぽつりとこぼす。
ん?おれに言ったの??
ぼそっと呟いただけの声音は中性的で耳に心地よい響きを持っており通りも良く、ずっと聞いていたくなるような安心感と懐かしさがあった。
恰好があまりにも怪しさ満載なのが非常に残念だ。
目元だけしか完全には出ていないが、透けて見える部分も含めて、目鼻立ちも整っているように見えるし、実はこいつ、かなりの美形なのでは!?
尚更もったいない…
周囲におれ以外の人がいないかの確認と、何よりも見た目と声の落差に眩暈を覚えて少し目線を外したと思ったら、変な布の塊はいずこへと消えていた。
あれだけ印象深い見てくれじゃなかったら、遺跡が見せた幻とも思えたんだろうけれど、さすがに無理があるなぁ。
なぜここにいる、の言葉。
おれ個人に対して言ったのか、この遺跡にいる存在に対して言ったのか。
外見は布に覆われていたから判断付かないけど、聞き覚えのある声ではなかったし、なんで遺跡に人がいるのか、と言う疑問なんだろうな。
確かに、おれもなんで立ち入り禁止区域であろう場所におれとエリーヤ以外の人間がいるの!?と思ったし、お互い様だろう。
………ん??
そうだよ。
なんでおれ達以外の人間がここにいるんだ??
あぁ、いや、勿論。
体型とかいまいちつかめない所があったし、顔もほとんど見えない状態だったから、低いにしても獣人族や魔族の可能性だってあるけれども、そうじゃなく。
国の管轄下の立ち入り禁止区域だぞ。
盗掘者とか?
あんな動きにくそうな恰好はしないか。
確かにあの布の下に盗掘した金銀財宝を隠し放題だろうけれど、遺跡の中にはびこっている魔物との戦闘において圧倒的に不利になるだろうから、わざわざあんな恰好をして遺跡に忍び込もうとは思わないだろう。
それなら、エリーヤの国から派遣された人間とか?
エリーヤが逃がしたという仲間たちが、全滅したことを王様あたりにでも報告して、別の人間を魔物の駆逐隊に送り込んだとか。
そうじゃなくても、エリーヤが予定より帰りが遅いからと様子を窺いに誰かしら派遣された可能性だってある。
「それはありえないな。」
遺跡の出入り口に戻ると、エリーヤが目を覚ましていたので変な人の話に併せ考えを述べると即座に否定された。
なんでも、エリーヤは国一番の剣士で、剣術において右に出るものはおらず、同行して貰った仲間も、国を拠点に活動している指折りの冒険家達だったと。
連携こそ最初はぎこちないものだったが、お互いがそれを補えるだけの強さと経験値があり、遺跡の内部調査に入るころには5人と言う小規模構成ながらも、国の一個中隊に負けるとも劣らず、と言ってよい程の強さになっていたとか。
さすがにそれは眉唾と言うか、言い過ぎではないだろうか…?
まぁ、その時最強の面子で遺跡に赴いたということだ。
なので、エリーヤ達が全滅してしまうような遺跡の調査に国軍の中から誰かを派遣できる訳もなく、たまたま通りすがりにとても強~い冒険者が居たとしても、命の保証が出来ない依頼は受領されない。
国王が駄々をこねて依頼を出したとしても、そんな訳ありな依頼を受ける輩なんて、余程の変わり者じゃない限りはいないと断言できる。
……と言うことだそうだ。
が。
その余程の変わり者に見えたから何とも判断しにくいのであってだね…
まぁ、良いか。
もし遺跡の中で会った時に、こちらの妨げになるなら排除すれば良いだけだし、あちらに万が一の事があったら、また墓守の真似事でもすれば良いだけだ。
あんな見た目がまずい奴と共闘出来る自信は微塵もないので、余程お互いに困ったような状況じゃない限り、それはないしな。
関わりを持つつもりがないのだから考えるだけ時間の無駄だろう。
人は見た目で判断してはいけません。
とは言えども、なにをどういう思考を持ったらあんな恰好が出来るのか、理解できないしなぁ…
あ、指名手配犯とか?
それなら尚更共闘なんて出来ないって。