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イシャンさん一行の護衛は、意外と大変なものだった。
アゼルバイカンの首都であるガラルまでの旅路が何の問題もなかったから余計にそう思ってしまうのはあるだろうが、ま~、野盗の多い事、多い事。
イシャンさんの主人が有名な商人だと言う事で、その紋章を掲げている商隊はどうしても狙われやすいのだとか。
しかも、5台連なって走っているからどうしても警備の穴が開きやすいだろうと言う事で余計に狙われやすくなる。
それじゃあせめて紋章を外せば良いじゃん、と言ったら呆れたような顔をし
『俺みたいな下っ端にこういう派手な紋章渡して置いて、悪党の目をわざとこっちに向かせてんの。
んで、ご主人様たちに比較的安全な買付をして頂くんだよ。』
と説明された。
なるほど、納得。
規模を見る限り、イシャンさんが自称する程に、彼が下っ端の使いっ走りのようには思えない。
しかし、本当に彼が下っ端なのだとしたら、少しでも主人の危険性を減らすための策略を巡らせるのは当然だろう。
彼の主人は自分の目で見て仕入れをする事を矜持としている為、そしてこちらの大陸では珍しい体格の持ち主、つまりはぶーでーなので、目立つからどうしても買付の道中狙われやすい。
専属の護衛は勿論いるが、危険な事には変わりない。
どうにかできないものかと、ご主人の下に就く者達共通の紋章を作り、そのリスクを分散させようとこの提案をしたのがイシャンさんであり、それが高く評価され、手代勤めの年数こそ少ないが今回の任務をこなせば賃金を貰えるようになり、なおかつ妻帯を赦されるのだとか。
奥さんを迎え入れるのに許可が必要って、なんじゃそりゃ?
と思ったが、そういうものだそうだ。
親が居ない孤児として育ち、若いうちに才能を見出され主人に買って貰い飢えることなくここまで育てて貰った。
充分すぎる恩を感じずにはいられないのに、その上で評価され出世させて貰った。
しかし、それでも買われた主人の所有物には変わりない。
そんな中、一人間として家庭を持つことを赦される事は、本当に有難い、異例な事だ。
……そうだ。
ラシャナは孤児では無かったが、口減らしの為親に数年前売られたそうだ。
美しい娘だったため、最初は主人の側室として屋敷に迎え入れられたそうだが、淑女として身に付けなければならない作法には疎く、屋敷に来てすぐは散々な目にあったそうだ。
礼儀作法が身に付かなければ、外出の多い主人である。
恥ずかしくて連れ歩く事は出来ない。
しかし、せっかく買ったのに使えないのはもったいない。
そう思った主人は何とか使える道はないかと、試しに幼いラシャナが興味を持った帳簿付の手伝いをさせてみた。
すると、四則演算をすぐに覚え、女にしておくには勿体ない程の商才を開花させる。
共に連れ歩くと交渉術を自然と身に着けて行き、見た目が良い為少々不利な商談もスムーズに結ぶことが出来る事が多くなった。
そして、いつの間にやらイシャンと意気投合し、彼の商隊の規模を大きくする手伝いをしていた。
主人に直接意見を言うのは不敬だと思い憚っていたが、同僚の彼なら何の問題もないだろうと思ったそうだ。
そんな中、仲間意識が芽生え互いに互いを尊敬し尊重し認め合う戦友のような感覚から、いつの間にか恋愛感情に発展し、子供が出来るに至ってしまったそうで。
「……主人に許可貰う前に?」
「いやぁ、若気の至りって奴だな!」
荷馬車の上に取り付けられた椅子の上から疑問を投げかけると、笑い飛ばしながらイシャンさんは誤魔化すように馬に鞭を振るった。
若気の至りって、ラシャナのお腹の大きさ考えても、半年も前の話じゃないよね?それ??
孤児だった自分と、口減らしのために売られたラシャナ。
どちらも、親に捨てられた身。
親近感があり最初から心の壁が無かった。
自分たちが家庭を持つ将来があるのだとしたら、自分たちはそんな事絶対しない。
子供たちにまで自分たちのような苦労をさせたくない。
そんな夢物語として抱いていた理想が、現実に叶うかもしれない。
堕ろすなんてとんでもない。
出生率も下がっているこの国で、堕胎は大罪だ。
そのせいで孤児が増えていると言う理由もあるが、心情的にも、主人の下から大罪人を出しては主人の顔に泥を塗ることになってしまう。
だからと言って、主人の所有物である自分達の子供となると、売り物にされてしまうか、孤児として教会に引き取ってもらうか……捨てるか。
三択を迫られた。
しかし、
『ゆくゆくは、暖簾分けしてやっても良いかもしれない』
そう言われていたイシャンは、主人が自分を認めてくれている事を自負していた。
そして、交渉に交渉を重ね、どんな無理難題でも成し遂げてみせるから、どうか二人の関係の許可を頂きたい、と最終的には土下座をしてお願いした。
そしてその為に出された提案と言うのが、バルナ共和国の首都メネスからアゼルバイカンの主要都市ガラル間の陸路の確保だそうだ。
大きな川沿いに街が発展しているゴンドワナ大陸では、主要都市間での物資の行き来は基本河川舟運に頼っている。
しかし、冬場は時たま起こる鉄砲水によってそれが叶わないし、なにより、野盗や凶悪な魔獣が出没する陸路より安全なので利用者が多く、足元を見られ重い関税と船賃がかけられる。
その関税が商人にとってはかなり痛手となっている。
なんとか出来ないか、と思っていた所にイシャンさんの『何でもやる』発言。
誰もやりたがらない面倒事をこの際イシャンに押し付けよう、と言う魂胆だったのだろう。
無駄のない日程で、どれ程の商隊の規模で最短どれだけの日数がかかるのかの調査。
砂漠を通らなければならない道もあるから、無理をするのは禁物である。
しかし、多少の無理をしなければ運べる物資に限りが出て来る。
なのでそのさじ加減も考慮に入れなければならない。
河川舟運の何十倍も時間がかかり利益率も低いなら、そもそも陸路を確保する必要は無い。
その判断もイシャンさんに委ねられた。
この先、何年、何十年分のゴンドワナ大陸の経済がその判断で左右されてしまう。
かなりの重圧である。
判断を間違えないように、客観的な視点が必要だ。
その為にはデータを集める必要がある。
生息する魔物の危険度、出現頻度。
勿論、野盗が出没しそうな場所の調査もしなければならないし、幾度か往復して平均値を取り、どれだけのリスクが潜んでいるかも調査しなければならない。
今回おれが請け負ったガラル-バルナの旅が終わったら、数日後またバルナからガラルへと発つそうだ。
精霊信仰が盛んな地域ではないので、通称“救いの小屋”と言われる教会が運営している簡易停泊所はこの国には殆どない。
あってもかなりお布施と言う名の利用費がかかる。
ルーレシアにあった救いの小屋ですら、雑魚寝なのに結構な値段を取られたぞ。
こちらの経済状況を考えれば、更に理不尽な金額を要求されるのだろう。
ならば自分たちが建設した方が早いのか、どうなのか。
勿論、危険を犯して陸路を確保し輸出入をするだけの価値を持つ商売の種があるのかどうかも調べなければならない。
陸路を以ってでしか確保できないような商品があり、それを他国で独占販売できるなら、商会は更に発展する。
最低、そこの調査は外せない。
頻繁に陸路を利用するメリットは無かったとしても、そういう特産品があるなら定期的に陸路でもって商品の仕入れをする必要がある。
諸々、正直イシャンさんとラシャナさん二人で行うには無理がある内容を、自分の直属の部下十数名しか使えない状況で一年以内に調査しその結果をまとめ報告しなければならないらしい。
冬と夏とでは全く気候の違う砂漠地帯で、一年足らずでどうやって報告書をまとめるんだって話だが、それは他の商隊や冒険者に金を握らせ聞き込み調査をして予測を立てているそうだ。
この土地に生まれ育ち、長年商売をしているから、ある程度の情報が集まれば問題ないとの事。
冬場は比較的まとまった雨が降る事が多く、水路ほどの危険度は低いにしても、なけなし程度にある街道が水没してしまうことがある。
その時期は陸路もただでさえ少ない商隊の行き来が更に少なくなる。
それをチャンスと捉え荷馬車を出すなら、何日サイクルで雨が降る事が多いからそれまでにこの街からあの町に移動し、何日停泊し、その間こういう物産品を買付け、そこではこういう物を仕入れ値の何割増しで売り……
説明は受けたがちんぷんかんぷんだ。
おれは商売人じゃないので原価に対して何割以上で売らなければいけない、なんて話を聞いてもなぁ…
いや、勿論。
市場で買い物するにあたって、売値がこれだけなんだから原価はこれだけだろうし、どれだけ値切れるかな、と言う予想を立てられるようになるし、無駄な知識にはならないんだけど……
普段聞きなれない言葉が雑ざってしまっているから理解が追い付けないんだよ。
もう一つ出された条件と言うのが、アゼルバイカンで確保してある商品を受けとり、要所要所の国での売れ行きを見て欲しい、と言うもの。
こっちが主要任務だそうだ。
要所要所とは言われたが、引き取ってきた荷物の量からして、各国の首都でしか売れる機会はないだろう、と言うのがイシャンの考え。
残ってしまった時の事も考え、バルナで売る事は考えない。
アゼルバイカン・レビ・カハマーニュ・リヤドの4か国で売り切るつもりで行動した方が良い。
積荷を4等分した時、中規模都市程度の所で売ってしまったら首都で売る量が少なくなりすぎる。
要所要所での売れ行きを見る事が任務なら、初めて扱う商品になるだろう。
引き取った時に積荷の説明はされなかったが、売れる自信が主人にはあるからそこそこの量の積荷が確保されているのだろう。
中身の説明がろくになかった、と言うのがなんだかきな臭い気がするんだが…
…と思ったら、詳細の説明がなかっただけで、ただの飲み物だそうだ。
売人に売るのに知識がないのはいけない、と申告したら一本だけ試飲用に下ろして貰ったそうだ。
その際、
『奥方には飲ませないように』
と釘を刺されたそうで、酒か何かだと思う、と言われた。
実際、積荷を売る場所が確保できたら現地の酒の販売価格の調査を行った上で慎重に売るように言いつけられているのだとか。
まだ飲んでないのかよ。
ツッコミを入れたら、売るのはアゼルバイカンの首都・バキについてからだし、飲むのはそこについてからにしようと思っていた、との事。
酔っぱらった状態で馬車に乗るのは色んな意味で危ないし。
幅広い人の意見を聞けないのは残念だが、酒ならラシャナに飲ませるのは避けるべきだし部下たちに飲ませるのも良くない。
当然、おれにも飲ませられない。
子供だから、と言う訳ではなく単純に護衛の仕事をしている訳だから。
仕事の最中に飲酒は良くないね。
酒は課せられる税金も高くかなり貴重品だから、一度部下たちに飲ませてしまって癖になりでもしたら大変だから、バキに着いたら宿場で一人飲もうと思っていたんだって。
んで、現地で人気の酒の味と比べて目新しさがあったらショバ代払ってでも良い場所確保してに売ってみよう、とか、似たような傾向の味ならやっぱり良い場所確保して売ってみよう、とか思っていたそうで。
どっちみち場所の確保は金を払ってでもするのね。
読心でもされたのか、
『店を構えた時の立地条件で売れ行きは何倍も変わってしまうのだから当然だろ!』
と返された。
主要都市でしか売ってはいけない、とは言われていないし、本当は町街ごとに新しいものへの好奇心がどれほど集まるのかを調べるのも必要だから少しずつは試しに売ってみても良いかな~とは思っているそうだ。
ただ、ガラルはルーレシア大陸と隣接している土地の為、他国の文化に触れ慣れており目新しいものへの興味が薄い傾向にある。
商会の紋様を掲げている以上、商品を売れ残らせるなんて事はあってはならない。
効果的・効率的に商売が出来ないのなら、いっそのことガラルでは仕入れのみに留め販売しない。
ルーレシアから流れてきた商品が一番安く仕入れられるのはガラルだから、通ってきた道すがら、何が売れているのか、何が足りないのか、何があったら良いのかはだいたい把握済み。
それらをなるべく安価で仕入れ、引き取った荷物を積み込んだ荷台の余っているスペースに積めるだけ積む。
んで、酒は全土に置いて希少品なので、バキに着いて市場調査と実際の売れ行き傾向を見て、それ次第で荷物主要都市以外でも販売するのか否か、するとしたらどこの町でどれだけ売るのかを判断するんだって。
当然、荷物が多ければ多い程馬は疲弊しやすいし、馬が疲弊すれば移動時間がかかる。
移動時間がかかれば従者たちの体力も削られるし、そうなると判断能力が鈍り奇襲を受けた際に下手すれば死んでしまう。
その時々の状況に応じて的確な判断をしなければならないので、おれも体調不良や些細でも気になる事があったら即申告するように語気を強めて言われた。
あれこれ考えながら旅しなきゃいけないなんて、大変だぁねぇ。
一人で冒険者やっていると、そういう気遣いをしなくて良いのは楽だな。
自分一人の身だけ守れば良いんだし。
自分の事だけ考えれば良いんだし。
……と思った所で、また野盗だ。
本当、多いわ。
「進行一時方向に小規模野盗待機。
人数、目視出来るだけで8。
六時……からは無し。
距離、一里──3キロメートル程。
速度落として」
「あいよ~。」
流石に何度も厄介ごとに遭遇しているとある程度やり取りに定型が出来てくる。
おれが発見するか稜地が察知次第、イシャンさんにどちらの方向からどの程度の規模の危機がどれくらいの速度で接近しているのか、待機しているのかを簡潔に報告するようになっていた。
今回は、街道から少々外れている小高い丘の上に10人未満、注視してみるとイシャンさんには8人と報告したが、奥の方に更に2人影が見えるので、合計10人の野盗達がたむろしているのが視てとれた。
この道を通る商人なり、冒険者なり、獲物になりそうな人たちがいないかを見晴らしの良い所から物色しているんだろうな。
姿勢をわざわざ低く保たず見下ろしているのは、慣れ過ぎてしまって自分たちのこれまでの成果で天狗になって居るのか、はたまた慣れていないだけなのか。
奇襲をするならこちらに察知されたら無意味だろうに。
後者だろうな。
イシャンさんの商隊は規模も大きく、有名な商隊の紋様をあしらった幌馬車を率いている。しかし護衛らしい人間が一人しかいない。
これは楽勝じゃね?
と言う事で格好の餌食になりやすいんだろうな。
む。
それを考えるとおれのせいで舐められてしまい、襲われることが多いと言う可能性があるのか。
護衛の人数が多いと、戦闘に至る前に向こうが諦めてくれるかもしれない、と言う考えからか、確かに護衛任務では
『○人以上』
と人数指定されている場合がある。
イシャンさん達の今後の為にも、
『商隊としては少数精鋭よりも人数集めた方が良いんじゃないのか?』
と、とりあえず意見は言っておいた。
その場合は依頼料少な目で飯と宿の手配だけはキッチリするとかして出費の帳尻合わせるのがなかなか大変だなぁ、とブツブツ言いながらなんか覚書をしていた。
りすく?と言うのを金勘定しなければいけないなんて、商人は大変だなぁ。
つくづく、独り身の冒険者で良かったと思わずにはいられない。
仲間……そのリスクと言うものを分散させるために、とか、減らす為に、とか。
そう言う理由で募集するのもなんか違う気がするんだよなぁ……
自分にとって都合が良いからと仲間を募るとなると、便利道具として見ているように思えるじゃないか。
一時的にパーティを組む時なんかは、実際そう言う思惑があり誘ったり誘われたりと言うのが往々にしてある。
だが、もしかしたら一生涯共に過ごす、家族のようになるかもしれない仲間をそういう目で見るのは……
稜地なんかは、どう思う?
≪俺みたいな存在が沢山出来る事想像すれば良いんじゃないの~?≫
尋ねると、なんだかすごい事を想像するように言われた。
この真面目な時と気が抜けた時の印象差が激しい兄ちゃんがふよふよあちらこちらに浮いている図を思わず想像してしまう。
うん、そうじゃない。
大晶霊が沢山、と言う訳でもないのは明白。
いや、もしかしたら契約をして行ったらいずれはそうなるのかもしれないけれども。
あ、そうか。
おれ一人じゃ能力的な問題で全ての大晶霊と契約出来ないかもしれないんだし、受け皿として強い精霊術師がいる、と言う問題もあるのか!?
考えなきゃいけない事が山積みだ……
いかん、いかん。
とりあえずは、先に見える野盗の処理が優先事項。
お仕事、お仕事。
──出でよ 高潔なる鮮緑の“茨姫”
稜地がいつぞや使っていた対象の体力を吸い取る茨を出現させる精霊術。
あれの劣化版となる茨垣を出現させる精霊術を唱える。
イメージトレーニングを重ね、実際に術を唱え、練習を幾度か重ねるうちに様々な術の詠唱を随分と短縮させることに成功した。
劣化、と言ってもしょぼいわけではない。
稜地の術は茨自身が対象物を追いかけ覆い、絶命するまでその勢いを納める事無く襲い掛かる追撃系ものだったが、おれが出現させた茨は役割が違う。
迎撃に特化させており、任意の場所に術を展開。
第一段階として、そこへ対象が近づくと地面から茨が出現し行く手を阻む。
第二段階として、それを越えようとしたり茨を排除しようとした対象に絡みつく。
それでもこちらへ危害を加えようとした場合は第三段階に移行。
徐々に肉体を締め上げる。
途中で戦意が削がれ次第術が解除されるようにされており……まぁ、絶命するか諦めるかどっちか選んでねって感じ。
茨の鞭が女王様のイメージなので、それよりも段階踏んでるだけ優しいよね!
幼い感じだよね!!
と言う事で術の名前を“茨姫”にしました。
何か、詠唱の結びの言葉。
つまり術の“名”を口にする事は、精霊に対して術発動の命令をするのにとても重要な役割を持っているのだそうだ。
術者自身にも、結びの言葉を言う事で集中力が上がったり、気合いが入ったり、良いことづくめだし術ごとに名前を付けるべきだ、と稜地から進言があったので自分で適当に名前を考えてつけている。
もしかしたら、既にある術で学校なんかでは全然違う名前で教えられたりしているかもしれないけど、それはおれの知った事ではないし。
おれが想像し、おれが名付けた術はこれ。
そう精霊に申告して力を貸して貰うのに、他の人が付けた名前を使う必要はないだろう。
勿論、精霊側が
『この術はこういう名前だからね!』
って言って来たら、その名を使うべきだろうけど。
今の所、術を発動する際に口にする名前の指定なんて、大晶霊にしか言われたことないなぁ…
旅に出る前、母さんの商会で短期間学校に在籍した事はあったけど、おれには堅すぎて合わなかったし、ろくに勉強してこなかったから一般的な術の名前って知らないんだよね。
殆ど覚えてない。
少しは覚えているけどさ。
火の精霊の力を借りた弓矢なんかは“炎の矢”“フレア・アロー”って結びの言葉を言うんだけど、そのまんま過ぎて面白味もへったくれもないじゃない。
臙脂色ってあるじゃん?
それと弓矢の矢って“し”って読むし、おれは“臙矢“って呼ぶことにしたのだ。
その方が文字数少ないから言いやすいし!
無詠唱でも術が発動できるようになるならそれに越したことは無いし、臙矢と言う呼び名におれも慣れて、応えてくれる精霊も慣れてくれれば、臙矢って言葉をに霊力を込めて口に出しただけで術が発動するようになる。
とっても便利。
とっても楽ちん。
≪その思考が、独特だってこと意識しない所が主だね~≫
なんか、変わり者の烙印を押された気がするぞ??
なんでや。
稜地の言葉に不満を抱いていると、いつも通りイシャンが一定の律動を刻んで笛を吹く。
後続の馬車に向かって危険を知らせる為の行為だそうだ。
笛を吹く長さでどんな脅威が接近していて、それに対して停車するのか減速するのか加速するのかを伝えるのみだが、これで後続の馬車が途中で脱落する回数が減ったんだとか。
お蔭で一気に商品を運ぶことを可能とし、商品が盗まれることも部下が殺されることも減り一気に支出が減ったそうだよ。
これもイシャンの提案で導入されたそうで。
商魂たくましいね。
下賤な連中が真面目に働いている人間から金品強奪して美味しい所だけ持っていくのも理不尽で腹立たしいし、その頻度が減るのは良い事だ。
特に、不幸な事故が原因で死人が出なくなる、と言う点が素晴らしい。
さほど距離の離れていない後続の馬車から次々に了解の合図として同じ律動の笛の音が返されてくる。
そして、最後尾の5番目の馬車は笛を吹く代わりに精霊術による空気砲を空へと放ってきた。
一番離れている馬車の場合、笛の音だと天候や距離によっては、先頭を走っているイシャンさんの耳に届かない場合があるので、簡単な精霊術を扱える部下を配備している。
伝令の為もそうだし、最後尾はなにかと狙われやすい為だ。
どれだけ護衛の人数が多くても、やはり主に護衛されるのは主人と高価な積荷になるからね。
前方に護衛は集まりやすい。
その方が奇襲を受けた時も対処しやすいから、どうしたって後尾は手薄になってしまうのだ。
商隊を守る為にも後方に術師を配置するのは賢い方法と言えるだろう。
想定していたよりも、自分達が待ち構えている場所まで到達するのに時間がかかった事に痺れを切らしたのか、野盗の一部から弓矢が放たれてくる。
精霊術ではない、単なる石つぶてが付いている原始的な弓矢だ。
あ~、茨姫ってこういう飛び道具は守備対象外なんだよね。
おれが脅威とする者を野盗のみに無意識に指定しちゃっているんだろうけど、今まで弓矢や投石器による攻撃は防いでくれたことがない。
精霊術には反応してくれるたんだけどね。
要改良だな。
矢じりっていうのは意外と繊細な飛び道具で、適当に作った物では命中率が低い。
これだけ離れているのに放ってくる理由は、けん制なのだろう。
案の定、大半の弓矢はこちらまで届かないし、運よく届いたとしても明後日の方向の地面に突き刺さっている。
脅威ではないものの、このまま放たれ続けて、万が一でも馬に当たりでもしたらその馬は使い物にならなくなってしまう。
弓矢以上に繊細だからね、お馬さんは。
なにより可哀相だし。
──柳波!
その衝撃波、しなやかな柳の葉のごとし。
今まで扱っていた空気弾は、球体に出現させた空気の塊を敵にぶつけるものだったが、今回使ったものは風になびく柳の葉のようにしなやかな鞭状になっており、対象物を叩き落とす・叩き壊す・風で包み込みからめ捕る。
術者の意のままに、三つの役割を果たしてくれる。
からめ取るのは少々集中力と霊力を他の二つよりも必要とするのであまり使わない。
今回は回収してもお金にもならないような弓矢だし、生還した野盗が回収してまた悪さしてもいけないし、全て破壊する。
取りこぼしがあってもいけないし、時間差攻撃仕掛けられてもいけないし、ついでに防護壁も出して置こう。
──堅牢たる聖なる守護を
花葉壁
金密陀のように薄い赤味を帯びた黄色い障壁が、おれがイメージした通り、商隊を構成する5つの馬車全てを包み込む。
色合い的に光属性の防御術の気もするのだが、建造物内で練習した時よりも外、と言うか地面の上で使った方が術が強固になるので、土属性との混合術になるのだろう。
その割には半透明の膜が覆っている程度で、先を進むに何の支障も出ないのでとても有難い。
土属性の防御術って、正しく土壁!
植物の生垣!!
って感じのものが多いので視界を遮られてしまうものばっかりなんだ。
敵を撒く時や時間稼ぎの時はとても重宝するが、今みたいに敵の動向を探りつつこちらの身も守りたい、と言う時には少々不便なんだよね。
…あぁっ!稜地に文句がある訳じゃないからね!!
慌てて弁解をするも、中でのの字を書いていじけているのが解る。
うん、ごめんね。
守りは不得手でも、攻撃手段として有用な物多いし助かってるよ!!!
育ち盛りの冒険者には嬉しい、果物お野菜食べ放題で超感謝しているよ!!!!!
たまに素っ頓狂な事を言ってくるにしても、それは愛嬌だと思っている。
なにより稜地自身が滅茶苦茶強いし、こちらの意図を酌んで行動してくれることが多いし、行動を共にするのにこれ以上頼もしい奴はいない。
一緒に旅をした人数がさほどいないので説得力は低いかもしれないけど。
しかもその誰もが短期間に行動を共にする一時的なパーティだと最初から期限していを指定していたし、お互いちょっとの不平不満は
『あと数日の事だし』
『どうせ今回だけだし』
と我慢していた。
連携が上手くいくわけもないし、互いの事を尊重し合うような事はなかったな。
今みたいに弁明とか弁解もすることなく、その場その場を適当に過ごしていた気がする。
今だって、稜地が不穏な雰囲気がするって進言してくれて、注視したら野盗をかなり早い段階で発見することが出来たんだ。
余裕を持って対処できるのって確実性が増すから良いよね。
いや、もう、まじで。
稜地さん、パねぇっす。
この稜地を『旅の仲間』の基準にしてしまうと、滅茶苦茶狭き門になってしまうよな。
強くて、頼りがいがあって、喜怒哀楽がはっきりしていて、一緒にいて楽しい。
そんな人間が、果たして居るのだろうか…?