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イシャンさんの話は続く。
冒険者に限らず、旅をする人間は情報収集が基本なのは変わらない。
依頼料のレートを見るふりをしてそば耳を立て冒険者達の噂話を聞く。
すると、酒が入った粗野な連中が口々に言う
『異様に強い、無詠唱で見たことも聞いたこともない精霊術を扱う、“金”を名乗る子供の冒険』
『この国に到着したばかりらしく、その無知をからかったが最後。死を覚悟せよ。』
『しかし依頼内容に厳しいアイメンが絶賛した位だから実力は確か』
冒険者ギルドではその噂話でもちきりだったそうだ。
いや、誰も殺してないし。
失礼な。
アイメンって言うのは、タタールの南端の村からここまで護衛したおっちゃんの名前だな。
名刺に『アイメン商会 代表:アイメン・バシャール』と書いてあったのを思い出す。
そうか、あんだけ上機嫌だったからさぞかし人の良い人物なのだと思っていたのだが、仕事の話となると厳しい人物だったのか。
そんな人物に気に入られたとは鼻が高い。
その冒険者に逢えさえすれば、言葉巧みに自分のペースに巻き込みバレないようにあれやこれやごまかし格安で護衛をお願いしよう!
子供で世間知らずっぽいし、あわよくば自分の商隊専属にしても良いんじゃね!?
だって伊達に“金”を名乗っている訳じゃないだろうし強いんだろうし!!!
限りなく100%に近い安全が確保できるなら安いもんだ!!!!!
な~んて企んでいたそうだ。
砂漠越えをするなら数日はこの街に滞在するだろうし、仕入れをしつつ聞き込みをしてそれとなく近づいて騙してやろう、げっへっへ。
ってな具合に。
だが、教会に着いて本人を目の前にしたら話が違う。
極悪非道な子供の皮をかぶった悪魔のような奴かと思いきや、近年まれに見る、教会への寄付を損得勘定なしでしてくれている。
そんなお人よしをだます訳にはいかない。
それなら正攻法で依頼を出そう!
…と言う訳で、おれに出した依頼の内容が家族の命優先の護衛任務。
その見返りとして、依頼料はギルドを通して“銀”の冒険者が貰える通常の護衛費の金額通りらしい金貨10枚。
前金として3枚。
食事の保証はしてくれ、バルナまで到着出来たら残りの7枚。
達成できた依頼内容の数で更に加算される、と提示された。
冒険者証を更新していない為、“金”であることの立証が今おれには出来ないのでそれに関しては問題ない。
ギルドに戻れば窓口でその証明をしてくれるだろうが…あそこに戻るのは気が引けるし、そもそも大金を貰っても管理しきれないだろうし。
ヴォーロス達から貰ったのであろう阿呆みたいな金額のお金が口座に入っている今、そんなガツガツとする必要もないし。
使うつもりこそないが、万が一の時に頼れるお金があるのはそれだけで心に余裕が生まれる。
それを考えると、この国の人たちに余裕がないのも仕方がないのかもしれないなぁ。
しみじみ。
そして、ヤーン以外の貨幣の価値や暗黙の了解となっている決まり事の知識の教示をする、と言うのがイシャンさんからの格安で雇う事の見返りとして提示された条件だった。
格安って言われても、ルーレシアで貰っていた依頼料と同等、もしくはそれよりも気持ち多めのようなのでおれに文句はない。
“金”は“銀”の1.5~2倍の依頼料である事を考えれば、アイメンさんの短距離護衛で金貨二枚の報酬だったのだし、まぁ、確かに安い。
想定三日かかる道のりで金貨二枚。
アゼルバイカンからバルナまでは一か月はかかる道のりだ。
単純計算10倍の金貨20枚は要求できる所なのだろう。
“銀“換算しても金貨15枚は貰える所だろう。
完遂による加算金を加えてようやくそれに到達する位の金額だし、安いは安い。
食事代なんてさほどかからないからね。
依頼料に関しては分かった。
納得もした。
大きな街に着くたびに依頼達成の報告と次の依頼主を探す手間が省ける分、良いかもしれない。
少なくとも、イシャンさんからはギルドにいた連中のような陰険そうな気配はしない。
依頼主との摩擦が起きないのは長旅においてとても重要だ。
人を見下し、使ってやっているんだぞ!自分は偉いんだぞ!!
と威張り散らしていた依頼人に見切りをつけた冒険者が、護衛途中で仕事を放棄し、依頼失敗報告をしに街へ一人で戻って来たことがあった。
あんな奴と二人旅なんて嫌だもんね~
なんて雰囲気がギルドには漂っていたが、まぁ、依頼主だった人の遺品がその後別の冒険者の手によってギルドに届出された時には、やはり嫌な気持ちになったものだ。
お互い損しかしないなら、護衛依頼は大抵目的地に向かう際に“ついで”のつもりで受けるものだ。
気が合わない人からの依頼は受けない方が良い。
その時に学んだ。
依頼締結に前向きだと言う事を察したイシャンさんは畳みかけるように、こちらの常識の教授の一環として、暗黙の了解となっている事柄を挙げた。
ちっぷ、と言う制度があり、さーびす、というものを提供された時の“お気持ち”を渡すのがアゼルバイカン含めゴンドワナ大陸にある国では当然の事だとか。
たまに見る
『釣りはいらねぇぜ!』
とは違い、渡さなければいけないお金とは別に追加で数パーセントのお金を、さーびすを提供してくれた人個人に渡す、らしい??
時と場合と雰囲気によってそのパーセンテージを変えなければいけないから、依頼を受けてくれれば暫くは教えるが、習うより慣れろ、と言われた。
うん、よくわからん。
あと、先ほども見たが、たまに打ち捨てられている孤児の遺体。
それは絶対に触ってはいけない、とも教わった。
国外から来た冒険者の中には精霊術による祝福を施そうとするが、下手に同情したらいけない、と。
単なる餓死なら良いが、病によって倒れた場合は触れる事によりその病魔がうつってしまったり、処理を間違うと国全体にその病魔が蔓延してしまう可能性があるからだとか。
十年ほど前、実際にあった事件だそうだ。
国の兵士たち、もしくは教会の司祭がきちんとした手順を経て回収してくれるし、後々の事の責任を持てないならその国の方針に逆らってはいけない、と。
ゴンドワナ大陸とは陸続きになっているヴェーダ大陸の知識も多少ならあるからそれも追々教えてくれると言う。
あとは巧い値切りの仕方や安価だが良いさーびすを提供してくれる飯屋や宿屋の紹介。
口には敢えて出さないが、おれが古臭い言葉でしか知らない言い回しの表現を日常会話の中で、そりゃあもうペラペラと言ってくるので強制的に語学の勉強にもなる。
稜地のように注釈を入れながらだと、キチンとした意味を理解しながら言葉を覚えられるのでそれはそれで有難いのだが、その度に会話が途切れる為に使いどころがいまいち解らずじまいな言葉もあるのだ。
ちび達──他の孤児たちに教えるよりも何倍も楽だ、と言ってまだ依頼締結もしていないのにあれやこれや本当に惜しみなく教えてくれている。
司祭が良い先生となり育ててくれたのも理由としてあげられるだろう。
言葉使いこそ粗野だが、無知を馬鹿にせず驕る事もなく知らない事を教えてくれるのでとても有難い。
うん、この人とそのご家族となら良い旅が出来そうだ。
謹んでそのご依頼お受けいたします。
そう言って首を垂れようとすると
『依頼主と冒険者は対等な関係だ。
頭を下げる必要ない。』
そう言って止められた。
まぁ、依頼主は自分で解決できない困難があるから依頼を出している訳で、それを受けてくれる人がいなければその困難は解決できない。
雇われる冒険者も、依頼が無ければ収入を得る事が出来ず生活が出来なくなる。
お互い、持ちつ持たれつの関係であることに間違いはない。
なのに、なぜか雇われる側の方が下位だとお互い錯覚する傾向にあるのは何故なんだろうな。
こういうものだ、と思っていたから疑問に思う事も今まで無かったな。
後々問題になってもいけないので第三者として司祭に立ち会って貰い依頼を締結が行われた。
その後、善は急げと今日の宿屋の手配すらしていない状態だったので、街の入り口で荷物番を他の従者と共にしていたラシャナさんと合流し紹介して貰った。
夫婦以外の従者も伴った買付や販売をしている、と言葉では聞いていた。
しかし、実際に大きな幌付馬車五台を目の当たりにし、かなり大きな商隊を任せられているんだな、と感心した物だ。
ここまで護衛をしてきたアイメン商会のものより二回りは大きい馬車。
それが五つ。
アイメンは定期的に国を行き来して決められた物の輸出入をしているからそれで良いのかもしれないが、それを考慮に入れたとしてもイシャンさんの商隊は思っていた以上に規模が大きい。
かなりデカい。
これは、確実にレートよりも依頼料少なくされたな。
いや、知識は金銭に換えられないから良いよ。
自分で納得した事だ。
今さらごねることは無い。
しかし、イシャンさん自身が自分でも言っていたように、商売以外は結構間の抜けた所もあるようで、依頼締結をした後に
『んで、アンタ以外のパーティ・メンバーはどこ?』
とか聞いて来た。
いや、依頼書におれだけの名前しか書いてないよね…?
それって最初に確認すべきだよね…??
おれは一人で旅をするのが当然になっているからわざわざ
『おれは一人(と大晶霊一人)で旅をしているぜ!』
なんて言わないし、イシャンさんも徒党を組んでいる冒険者しか見たことがないから
『アンタは何人でパーティ編成してんの?』
なんて聞いてこなかった。
特に、ゴンドワナは野獣ですらかなり危険度の高いものが多いそうだ。
魔獣なんて、下手したら国の一個小兵団が派遣される場合もある。
一人で旅をしている、と言っても最初は冗談だと思われた。
大抵、パーティと言うのは前衛1・2人、中衛2・3人、後衛2・3人の4~8人で組むことが多い。
依頼料の高い討伐依頼ばかり請け負うようなパーティだともっと多い場合もある。
更に、竜とか魔族を相手にしちゃうような場合は複数のパーティで討伐依頼を受ける事もある。
まぁ、そんな依頼滅多にないが。
戦闘において圧倒的にパーティを組んだ方が様々な戦略が組めるから便利だし、相手が多数いた場合苦なく捌くことも出来るので、冒険における生存率がぐんとあがる。
なので駆け出しの冒険者以外では単独行動をとる人は、まずいない。
駆け出しの場合はランクが低すぎてパーティに入れて貰えない事が多いから。
薬草等の安全な素材の収集でポイントを稼いでそこそこのランクになれた時に募集をかけたり、かけられている募集に応募したりして近しい強さの人間とパーティを組む。
それが常識。
本当、おれって常識から外れちゃっているのね…とほほ。
パーティを組んでポイントが稼ぎやすい人たちですら、“銀”の冒険者がなかなか輩出されない昨今。
先程話に出てきた“銀”のパーティは、カハマーニュと言う国出身の“銅”がメインのメンバーで固められているものの、ゴンドワナ大陸で唯一の“銀”パーティと言う事で結構有名な人たちだそうだ。
その中でリーダーと後衛、2人だけが“銀”の冒険者。
パーティの数は10人と多いが、その分他の冒険者達が避けたがる難儀な依頼をこなし、組まれてから10年にも満たない間に“銀”になった事で称賛されまくっているそうですよ。
パーティですら階級付されていると言う事を、今日初めて知りました…
“銀”がいるからと最初からパーティまで“銀”にはなれないんだって。
あくまで、パーティの実力が“銀”に見合うとギルドに判断されない限りは“銀”のパーティとは名乗れないのだとか。
彼らは、名声を広げる為、また、自分たちがいては後続の冒険者達が成長しないからと別大陸に渡って修行をするんだって。
向上心があって素晴らしいね。
今現在、冒険者証自体を更新していないから証明こそ出来ないそうだが、酒場で“金”だと言われていた人物だ。
“金”がいるパーティなら少なくともパーティ・ランクは”銀“だ。
“銀”はゴンドワナではガルムの羽しかいないからな。
他大陸から最近渡ってきた大規模なパーティのメンバーの一人なのだろう。
“金”が実在する話なんてここ最近では噂話すら聞かない。
きっと全員が“銀”で構成された他国では有名な、屈強な戦士たちとパーティを組んでいるに違いない。
身なりから察するに後衛で、見た目は子供だろうがきっとエルフで長生きしており、長年パーティを支え続けた功績として“金”に昇格したにのだろう。
イシャンさんはそう踏んでいたんだとか。
残念でした。
エルフ(らしい)以外は予想丸外れ。
一人でここまで規模の大きい商隊の護衛任務、となると確かに全方向を常に警戒して護衛をするのは大変だよなぁ…
と一抹の不安は覚える。
しかし、それに関してはヴェルーキエで覚えた術や知識を組み合わせてなんとかなるだろう、と思ったので
『大船に乗ったつもりでいたまえ!』
とイシャンの背中を叩いた。
中で稜地が
≪俺の存在、忘れてないよね…?≫
なんて言ってふて腐れていたが、強大な力に常日頃から頼ってしまっては、自分の力が弱くなりそうで不安だからねぇ。
しかし、依頼を受けたからには完璧にこなしたいので、補助だけは頼んだ。
そうなんだよね。
この先、大晶霊を巡る旅をするにあたって良い感じのパーティが組めると良いなと、思いはするんだよ。
ただ、最低条件として、大晶霊と契約するにあたり危険な場所へ赴くことも多いだろうからある程度以上の実力がなければいけない。
少なくとも、ヴェルーキエの騎士団長を務めていたエリアンニス程度の実力では役立たずだと断言できる。
彼は、稜地が居たドハラ神殿にはびこっていた魔獣を相手にする分には何の問題もなかったが、おれが瞬殺できた6つ首に殺されかけ、奥の間に居た9つ首の魔物に対しては完全無力だった。
……まぁ、おれも9つ首相手の時は死にかけたので人の事をボロクソ言えないんだけどね。
物理的攻撃担当の前衛、精霊術による攻撃担当の中衛、補佐担当の後衛。
おれは前衛の壁役こそ体重が軽く非力なため向いていないが、それ以外はそつなくこなせる。
今まではどうにかなって居たが、強敵に遭遇した時はやはりそれぞれの分野専門の人と作業を分担した方が生存率は上がる。
死なないためにもパーティを組みたいものだ。
戦闘において連携や補助をしたりされたりって憧れるよな~
父さんの冒険者時代の武勇伝を聞いて育ったので、結構冒険者になったらあれしたい!これしたい!って希望は昔からあったんだよね。
冒険者になって数年間ずっと一人で旅をしてきたおれだが、その中の一つにパーティを組むと言うのが、実はある。
父さんは現役時代、剣士で前衛。
他に両方扱える中衛が一人、精霊術師が後衛で一人の合計三人で旅をしていたそうだ。
随分少数のパーティである。
父さんが母さんと結婚したのを機にパーティは解散したと言う事だったけど、当時の事を話す父さんの、あの横顔を思い出すと、今でもわくわくする。
父さんが話し上手と言うのもあっただろうが、海に沈んだ幻の都に向かう話とか、炎に包まれた国を救う話とか。
一体どこまで本当なのだろうか?
と言う疑問を持たずにはいられない位に壮大な冒険譚の数々は、実際に冒険者になった今ではそれが現実に起こりうることなのだと知って、更におれの胸を高鳴らせた。
でも、おれのパーティ・メンバーの最低条件として、
実力がおれ以上か同等にあり、
諸々の事情を酌んでくれて、
寝食を共にするのだし気が合う人、
ってなるとだいぶ難しいだろうな~
その延長線上で、ふと、考える。
遠い将来的には、父さんのように、イシャンさんのように、家族を持つと言う事もあるのだろうか?
…と。
おれは性別的にはどっちでもない。
バッサリ言うなら生殖機能がどちらも伴っていない。
少なくとも、子孫は残せないだろう。
その機能がないのだから。
そうなると、対象は男なのか、女なのか。
はたまた両方の性別を持っている人なのか…?
嫁をとるのも、嫁に行くのもイマイチ想像できない。
同様に、婿を取るのも婿に行くのも想像できない。
見てくれ的には女に間違えられることは多いが…だからって心が乙女と聞かれたら、断じて否だ。
どちらかと言うと中身はオッサンみたいと言われる事が多々ある。
ひどい。
だからと言って恋をしたことがない訳ではないぞ。
初恋の相手は父さんだ。
先に述べた冒険譚の数々や、実際に目の当たりにした戦闘での圧倒的な力に憧れたものだ。
次の相手は母さんである。
そんな父さんを尻に敷き、微笑みながら一言名前を呼んだだけで言う事を聞かせてしまう絶対的な強者におののくと同時に羨望の眼差しを向けたものだ。
……はて?
こうやって振り返ってみると、恋とはなんだか違う気もするな。
憧れから恋愛感情に発展する事はままある事だと聞き及んでいるが、ドキドキ??したり切望したり??と言う事はないもんなぁ……
実年齢は解らないにしても、おれの見た目年齢はおおよそ15歳程。
思春期まっただ中、国によっては成人している年齢なのに、恋愛経験ないとか、子供って言われても仕方ない、のかなぁ…
それこそ、幼少期に無性で生まれたとしても、成長する際に肉体の変化が起こり男女どちらかの性別に傾くこともままあるそうだ。
そのきっかけが二次性徴期。
青い春を迎えた時だと言う。
イシャンさんとラシャナさんのなれ初めや、お互いの好きな所等の惚気話を聞きながら、自分の人生経験の間口の狭さに少しションボリした。
二人とも、年齢的には二十歳前後。
おれとの年齢差は5つ程。
村でおれの5つ上の人間を思い浮かべる。
失礼ながら、おれとそう変わらない人生経験しか積んでいないように思えた。
なのに、
『今よりも出世してラシャナと生まれて来る子供たちに不自由させないようにして、なおかつご主人様と司祭に恩を返す!』
と握り拳を握って将来の展望を語るイシャンさんと、そんな彼を微笑みながら支え自分の体内に宿っている命を慈しんでいるラシャナさんの二人は、おれよりも随分大人に見えた。
人生経験の差?
確かに、村は結構閉鎖的な場所だったし仕方ないかもしれない。
彼らよりも幼い印象で止まっているのもうなずけてしまう。
家族を持つと言う、自分の命が自分一人だけの物ではないと言う覚悟の差?
村では全員が家族のような結束を持っていたが、血の繋がりと言うのはそれだけでは語れない、特別なモノなのかもしれない。
しっくりくる理由は見つからないけど、二人がなによりもまぶしく見えて、思わず目を細めた。