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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
火の章
33/110

2




数週間前、ルーレシア大陸の南西にある小国、タタール国ヴェルーキエにて。

魔族にかけられた呪いによって起きたひと騒動を、その国の王子であるエリアンニスとギルドマスターのヴォーロス、あとは稜地と共に解決した後のことである。


早々にエリアンニス達と別れなければいけない雰囲気になってしまったため、さわやかに斡旋所の応接室から出た後、窓口に急行。

なんだかしんみりとした雰囲気で別れたのに、ばったり会ってしまったらダサいことこの上ないので、大慌てでヴェルーキエ周辺の全図──地図、と一般的には言うそうだ──を見て、ある程度暗記させて貰い現行の坤輿、じゃなかった。

世界地図を購入。

調べるより聞く方が早いと、窓口のお姉さんに首都から一番近い南方向の町の所在を聞いた。


なんで南って、次に契約をしようと決めたのが稜地の弟らしい、火の大晶霊だからである。

『火を司る大晶霊なら暑い地域にいるのかな?』

って思ったって、ただそれだけです、はい。


ちょうどよくそっち方面で荷運びの依頼なんかないかな~とは思ったが、もう日が傾き始めている時分。

そんな都合の良いものがあるはずもなく……と思ったら、日付としては翌日以降に掲示板に張り出す予定だった、なるべく急ぐ、と言う程度の依頼があった為、それを紹介して貰う。

依頼人に、受付自体は明日の物だが本日預かりでも良いかの確認をし、許可が出たので荷物を預かり、ついでに斡旋所から預かった手紙も持って足早にさっさと次の町へ向かった。


なるほど、最新版の地図なだけあり寸借の狂いもなく道に迷う事もなく、早歩きを続けていたら日こそ暮れはしたがその日中に、届け先の町に到着。

タタール国の最南端に位置する、要塞と一体化した町だ。

国境に位置する為、その線に沿って出入り口を中心に長い壁が左右に伸びており、外見だけは物々しい。

とは言え、タタール国自体は戦争とも内乱とも無縁なため、圧迫感があるのは見た目だけで、所定の手続きさえ済ませて中に入ってしまえばなんてことは無い。

首都よりも見回りの兵士の数も少なく、平和な田舎町と言った雰囲気が漂っていた。



要件を門番の人に告げ案内され通されたのは依頼斡旋所ではなく、町長さんの所だった。


余程タイミングが悪くない限りは、冒険者ですら通り過ぎるだけの何もない町である。

斡旋所を置く方が治安が悪くなり仕事が増える、と言う事で何かしら起きた時の相談役も各所から届く荷物も町長さんの所へ集められるそうだ。


『仕事が早い!丁寧!!確実!!!』

と預けられた手紙数通を町長さんに渡し、メインの依頼である荷物を依頼対象人物に届け言われたのは手放しの賛辞だった。

届け先におだてられ、早期任務達成報酬の一環として町長さんと依頼対象人の紹介でその町唯一の宿屋の宿泊費・晩と朝の食事を無料にして貰い、幸先良いじゃん、なんて充実感満載でその日は寝床についた。


そして次の日。


ヴェルーキエのギルマスであるヴォーロス。

あのジジィから受け取った、大晶霊の位置を指し示してくれると言う、コンパス・キー。

それを世界に二つとない貴重品であるコレはなるべく人目に付かない所で使った方が良いだろう、と稜地に言われ、この町を出るまでの使用は控える事になった。


だからと言って方角も決めないままやみくもに世界中を歩き回る訳にもいかない。

仕方ないので、稜地の感覚に頼り彼の弟だと言う、火の大晶霊がいるであろう大体の方向を聞いた。

正確な場所はまだ解らないため、だいたいそっち方面の、各要所にある大きい街を目的地として設定し、その間どのような日程で旅を進めるのかを相談していた折。


外側から見たら年端もいかない、駆け出しの冒険者にも見える子供が一人で、うなりながら地図とにらめっこしていたのだ。

仕方ないのは重々承知しているのだが……からまれた。


道に迷うのはもうこりごりだ!

と言う事で奮発して一番良い地図を買ったせいで、お金を持っているように見えたか、お金を持っている親のすねをかじって冒険者証を発行して貰ったろくでなしにでも見えたのか。


いや、後者だな。

粗悪でお粗末な地図を、いちゃもんつけたり、あれやこれやと魅力的に見えてくる言葉を巧みに使って、世間知らずに売りつけてくる阿呆が居ると言うのは聞いたことがある。

まさしく、チンピラ然としたそれに遭遇し、

『坊ちゃんが持っているそんなモンよりもよっぽど良い品ですぜ!』

『これは宝の地図なんですよ!』

『今なら5000ヤーンの所を3000ヤーンに安くしておくよ!』

などとゴチャゴチャ言って来て鬱陶しかったので、ちょっと、本当にちょこっと痛い目見せて二度と絡んでくる事の無いように、と手を振り払って腹部に拳を叩きこんだら……


とっても小気味の良い低くて鈍い音がしたね!

小魚不足ですかね?

やーだー


…なんて、目の前で悶絶している野郎に全ての責任を押し付けられるわけもなく。


周りに居た人たちの証言のおかげで、ゴロツキがほぼ悪い、と言う流れには持って行って貰えたのだが、いかにも悪人です!って顔に書いてある輩が、例え“鉛”だろうが実は登録がきちんとなされている冒険者だったのが運のつき。


冒険者同士で公共の場での私闘は厳禁。

おれも罰則を受ける羽目に。


……と思ったのだが、罰則を言いつけられるために、町長さんの家で待機させられていたら、慌ただしく駆け込んで来た町長さんと、そこの要塞を守る兵士長から言われたのは謝罪の言葉だった。


なんでも、昨日おれが持ってきた手紙の中に、本日付でおれの冒険者証が“金”に昇格している旨の報せが入っていたそうだ。

金の冒険者に対して、この町専属の冒険者が不敬をしてしまい申し訳なかった、とただただひたすらに頭を下げられた。


昇格申請も試験も何も受けておらず、なんのこっちゃ??と疑問に思ったのも一瞬の事。

ヴォーロスのジジィが言い放った

『金にしてやろうか?』

と言う言葉と共に浮かべたニヤニヤとした、あの下品な顔を思い出す。


きっぱりと断ったはずなんだがなぁ…

頭を抱えていると、兵士長から申し訳なさそうに進言を受ける。


実はおれが伸した相手が、タタール国の南端に位置するこの町と、これより南に広がるゴンドワナ大陸の最北端に位置するアゼルバイカンと言う国の間を行き来する商隊や荷運び業者専属の護衛の一人であり、彼が居なければ物資の輸送が滞ってしまうと言う事。

依頼任命書と一緒に書簡を用意させて貰い、帰り道はどうにかするので、どうか既に荷積みまで終わっている、今日出立予定の荷物の護送をお願いしたい、と言う話だった。

勿論、謝礼は“金”の冒険者に見合う相応のものを支払う、と言う。


おれの短気が招いた事だし、普段なら二つ返事で了承するのだが…

大晶霊集めと言う面倒臭い……じゃなかった。

なるべく早急に事を運ぶべき使命を担っているので、寄り道は避けた方が良い。


町長たちに断りを入れて真新しい地図を確認すると、アゼルバイカンと言う国は現在地よりも随分南に位置する場所らしい。

一応、方角としては稜地に言われて目星をつけていた方向と同じである。

とりあえず南を目指し、道中誰も居ない事を確認できる、町から離れた場所まで行けたら目指すべき正確な方角をコンパス・キーで測りたかったのだが……


稜地が言うには、アゼルバイカンとその更に南にあるバルナの両国は炎の都、火の帝都とそれぞれ別名で呼ばれている、との事だ。


元々は大きな一つの国だったが、長い歴史の流れの中でいくつかの国に別れてしまったようだ。

自分が感知した火の大晶霊の気配も南方向だし、そちらへ行けば火の大晶霊に近づくことは可能だろう、と言う。

人目が付く所でコンパス・キーの使用を避けるなら、特にバルナは火の神伝説が数多く残る街だし、行って損はないだろう、と。

ゴンドワナ大陸の主要国である、アゼルバイカン→レビ→カハマーニュ→リヤド→バルナの順で進めば、路銀を稼ぎながら移動できるし丁度良いんじゃないの?

と言われた。


『困っている人を助けるのが冒険者の使命ですから!』

と自分の行いを棚に上げて、営業仕様の笑顔で務めて明るく振舞うと、さっそく町長たちが用意してくれた依頼締結書類に署名し締結を行う。



用意された前金に驚いてしまったね。

同じ依頼でも、任務達成の確実性が上がるから、と言う事で階級によって割増料金が加算されることは知っていたけど……

たかが荷運びの護衛である。

魔獣の発生頻度がここ数年で上がったとはいえ、整備された街道に沿って行けば大抵の危険からは回避でき、ケチって護衛を雇わない人も居る。

それでも何の問題もなく旅を終えるが出来る事が多い、荷運び業。

安全かつ小遣い稼ぎがし易く、駆け出しの冒険者が依頼を受け負う事が多い、荷運び業。


なのにも関わらず銀貨の山が出てきた。

かなりの量である。

正直、重そうだし、なにより見たことのないお金が出てきてビビりまくった。


「ゴンドワナ大陸に行くなら、あちらは独自の信用貨幣が流通しているのでこちらをお渡しした方が良いでしょう。

金貨で渡せたら良いのですが、あいにくなくて…

 口座に預けておくことも可能ですが、いかがいたしますか?」


そう、あの時に!

ローラシア大陸の最南端であるあの町で!!

変な見栄を張らずに知らない事は知らないから教えてくださいな~って言ってさえいれば!!!

今みたいに金銀銅貨の相場が解らず苦労する事も無駄に怒られることもなかったと言うのに!!!!!


重いのも銀貨同士がぶつかる音でうるさいのは嫌だから、と言う単純な理由で十枚ほど懐に入れさせて貰い、残りは口座とやらに預けさせて貰った。

現金を持ち歩かなくても良いと言うのはなかなかに便利で良いね。

何気に場所取るし重いし。

かといってないと困るし。

口座と言う物があれば、各町、各国の冒険者ギルドの窓口で冒険者証を提示、申請し、所定の手続きさえすれば預けられているお金がいつでも手に入るとのこと。

依頼料も手渡しと預け入れと選べるそうだ。

ジャーティが田舎だから、体制が整っていなかったのかなぁ??

冒険者証にそんな機能があるなんて初めて知りましたよ。

何の説明も受けていないし。


そこで知った新事実。

おれはその時初めて口座と言う制度がある事を知った訳なので、当然、それの開設手続きなんて一切していなかったんだけど、既に存在していたそうだ。

日付は昨日。

“金”の昇格手続と同時進行でヴォーロスが開設したんだろう。


そ!し!て!

その口座とやらの中に!!!

開いた口がふさがらなくなるような桁の金額が預けられていた。


これは……ヴォーロスが預けたのか、エリアンニス達が一連の騒動の謝礼金として預けたのか判断はつかなかったが、まぁ~、時には草の根もかじるような貧乏冒険者を続けてきたおれには滅茶苦茶嬉しい朗報であった。

しかしそれと同時に、恐怖を感じた。


金はヒトを狂わすと言う。

小躍りしたくなる位に、大金が急に自分の懐に入ったことが嬉しい反面、贅沢を覚えて人格破綻者になったらどうしよう……

……と言う悩みが同時に出てしまったので、既に口座にあったお金は手つかずの状態にしておこう、と心に決めたのである。


そう、これは一時的に預かっているだけのお金だ。

ヴォーロスからのものなら貰う理由がないし、エリアンニス達からのものだとしたら、彼らはこれから新体制の国を造る訳だから色々入用になるだろう。

その時に『やっぱ返して』って言われないとも限らないし。

イヤ、彼らは言わなさそうだけど。

万が一ってこともあるかもしれないし。

そうだきっとあるに違いない。

だからおれはこのお金に手を付けてはいけない。


なにより、金の冒険者は依頼の割増交渉をしなくても、単なる護衛任務程度でこれだけの金額を貰えるのだ。

勝手にお金も貯まっていくだろうし、むやみやたらと使わなければならない理由もないし。

これは使わない!

そして昨日の今日で手紙を書くのも気が引けるので、ある程度の時間が経過したらお礼の手紙でも書こう。


んで、自動的に前金は手渡し、達成報酬は振込、任務放棄等違約金は引き落とし、と言う事にして貰った。

面倒臭い本人確認と書類手続きこそいくつかはしなければならないが、それでも通常の手続きの半分以下のやり取りと署名で済むのでとっても便利。

誰が考えた仕組かは知らないけど、声を大にしてありがとうと叫びたい。


その荷運びの護衛は楽なもんだった。


荷台の上に護衛専用のいすが設置されており、危険対象が居ないか常時確認がしやすいように工夫がされていたのだ。

てっきり、依頼主は荷馬車に乗って、護衛はその横なり後方なりについて歩くんだと思っていたので、肉体的にもかなり楽。

馬の歩く速度って、決して遅くはないんだけど、他者の歩幅に合せるのって意外と気を使うんだよね。

ずっと一人旅をしてきたから、余計にそれがしんどく思う。


なんでも、ゴンドワナ大陸は陸地が砂でおおわれている土地が多く、下手に人間の足で進もうとすると、慣れている現地の人だとしても時間も体力も無駄に消耗してしまう。

しかし、護衛を付けたい心配性の商人もいれば、野盗や野獣の類だって当然出る。

そこで考案されたのが、不恰好ではあるが馬車の上部に設けられた護衛が見張りをしやすいようにする椅子だった。

これを利用すれば護衛が体力を消耗することないし、索敵もしやすくなる。

数年前に、バルナと言う国で有名な商隊がやりだしてからゴンドワナ大陸全体で爆発的に広がったそうだ。


しかし体力を消耗せずにいられる利点と引き換えにしなければならない事もあった。

おれも例にもれず、道中はその問題解決に勤しむこととなる。


それは……尻が痛いと言う事。

おれが護衛をされた馬車は、お世辞にも良いものとは言えず結構使い込まれたものであった。

そこに取り付けられた椅子は、子供の工作程度のとりあえず設置しました感漂う出来栄えで、ただでさえ揺れる馬車の一番高い位置に設置されている。

それは想定以上に揺れるから酔いやすい。

その上、振動が滅茶苦茶伝わってくるものだから下半身が痛いし痺れる。

当然木製だしギシギシ、ミシミシと大きな揺れを感じるたびに音が鳴るのもなかなか心が休まらない。

万が一戦闘になった時に、これは心身ともに疲弊してしまい即対処できなくなってしまう。


それでは金の冒険者となって初の仕事が失敗に終わる、なんて失態を招きかねない。

半ば強引に、おれの意思と関係ない所での昇級だったとは言え“金”になって初の仕事なのに、そんなケチがつくようなことをしては幸先が不安過ぎていけない!


そう判断し、周りに気付かれないよう“一定の霊力を断続的に使用する訓練”も兼ねて街道の舗装整備をず~っとしていた。

小石を取り除いたり、でこぼこした道を平たんにしたり。


大地を司る精霊の頂点に位置する稜地と契約を結んでいる為、比較的土属性の精霊術の扱いには長けていると思っていたのだが…

これがなかなか難しい。


攻撃術など瞬発的な物は力加減も結構イメージしたとおりに出来るようになっていたのだが、慣れない内は、簡単なことを断続的に行い続けると言う事に使用し続ける霊力のさじ加減がなかなか大変だった。

何せ、霊力の細やかな制御なんて今までしてきたことがなかったのだから。


稜地と契約した直後に、霊力の制御訓練を兼ねて、お湯を沸かす為に一定の火を熾し続けると言う事をしたけど…

あの時は、まぁ。

加減を間違えたら鍋が融けるとか、お湯が一気に沸騰してやけど負った程度で済んだんだけど……


あの時はまだ霊力が不安定だったから失敗しただけ!

今回は小石を無くして道を平らにすれば良いんだから、上から何か押し付けるイメージすれば良いんだよね!!

大丈夫!!!


と安直に考えてやったら、上からかける力が強すぎて地面が街道の幅以上の広範囲で陥没すると言う悲惨な事故がおこりましたよ…


力加減も解らないし、試しに遠くに見えるあの岩で試してみようかな!

とか思って良かった。

自分たちの進路方向にやったら、今頃、突如現れた穴にもれなく皆さん落ちてお馬さんは骨折し荷物は大破していただろう。

下手したら皆あの世行きだったよね!

いや~、参った、参った。

はっはっはっ。


笑い事ではない。


だが、おれはきちんと失敗から学ぶ奴だ。

ゴツゴツした岩を潰しまくり砕きまくり力加減を学び、無事小一時間程度の所要時間で地面を均す術を体得した!

そのお蔭で途中からは随分と負担の来ない快適な旅をすることが出来たよ。

気を抜くとどうしても術の効果にムラが生じてしまうから、流石にまだ意識せずともある一定の術を常に発動させておく、と言う事は出来そうにないが…


まぁ、それはおいおいね。

出来るようになれば、不意打ち対策の防御術を常に展開させることも可能になるのでなるべく早く身に着けたいものだ。


現段階では、危険をいち早く察知してくれる稜地に促されたら盾の術を展開するか、確実に戦闘になるだろうことが予想される時に早めに守護方陣を展開するかしか出来ないからね。

効率の良い霊力の使い方を習得しできれば、霊力の無駄遣いをしてしまって、いざと言う時霊力枯渇起こして何も出来ずに人生終了、なんてことを防げる。

そんな事態になったら笑えないもの。


旅が快適になると、馬や荷馬車への負担が減り、そうなると当然それぞれの世話や整備調整の回数が減り依頼人への負担も減る。

正確に言えば今回の依頼人はあくまで町長さんになるか?


まぁ、そんなこんなで予定よりも随分と早くアゼルバイカンの主要都市・ガラルへ到着する事が出来た。


途中、アゼルバイカンの国境に沿ってある砦での検問に少々引っ掛かってしまったが、それに関しては顔馴染みの物流を支えてくれている商人が、通常よりも早く砦を往復できたことに対する純粋な疑問を兵士が持ったからで、特に問題は無かった。


『タタール方面の街道が今まで以上に整備され、これからは今以上に人の行き来が多くなるぞ!』

と護衛対象である商人のおっちゃんが興奮して息巻いていた。

さすが商人。

商売の機会を見逃さないね。


順調に進んで三日程かかると言われた道が、一日半。

約半分の時間しかかけずに済んだと言うのは商人たちにとってかなり嬉しい誤算だろう。

なにせ時は金なり!といつも忙しなく慌ただしそうにあくせく動いている人たちだ。

予定から一日も時間が浮けば、したいのに出来ずにいたことも出来るだろう。


それに、荷運びが短期間で済むようになれば、その分危険を負う懸念が減る。

危険を想定して運べなかった高価な商品が運べるようになるかもしれない。

鮮度の問題で運べなかった商品なんかも扱えるようになるかもしれない。

夢が広がるね。


野獣や魔獣の類に襲われることもなく、快適な旅が出来た事のお礼を言われ任務終了の署名を貰った。

その際、なんとなく気づいていたようで、街道の舗装整備のお礼も重ねて言われた。

自分たちの馬車が進む先からちょっと離れた所で岩が砕け地面は陥没すると言う自然破壊を突然目の当たりにしたか思えば、それが落ち着いてきたころから道が均され快適順調な旅路を進める事が出来た、となれば

『いつもと違う護衛が何かした。

だってこいつ、金の冒険者だし』

と言う思考が働くのも当然なのかな。


まぁ実際、おれが犯人な訳だしね~

いやいや、犯罪を犯したわけじゃないし。

功労者と言った方が良いかな。


『個人的な依頼を出す時も是非お願いしたい!

 商売仲間たちにも宣伝しておくよ!!』

と言われ依頼料に上乗せ金である銅貨数枚と一緒に名刺を貰った。

依頼人が冒険者と個人的にお付き合いをしたい時に、たまにある事だ。

ただでさえ、金貨一枚を前金で貰っていると言うのに更に貰ってしまうとなんだか申し訳ない気になってくる。


イヤ、その時は申し訳ないと心から思った。

しかし、このお金のおかげで随分と助かったもんだ。



護衛はここ、アゼルバイカンの主要都市:ガラルまで。

運よく首都・バキまでの護送任務や配達任務、もしくは更に先のレビ国やカハマーニュ国までの依頼があれば良いのにな~

と都合の良い事を思いながら依頼達成の報告をしに依頼斡旋所──冒険者ギルドへ。


入ってすぐの所にある掲示板を確認し、良さ気な依頼がない事に若干凹むが、そんな幸運がいくつも重なる訳がない、と自分を窘め依頼完了報告の為に窓口へ。


依頼完遂報告書を提出し、預かっていた書簡を提出すると、その中身を確認し怪訝そうな顔を浮かべた窓口のおっさんが、無言で手を出してきた。


犬のようにお手でもしろと言うのだろうか?

首を傾げると

『金ともあろう冒険者がな~んも知らねぇのかよ!』

と鼻で笑われたのが癪に障ったので、至って平和的解決をしようとそのおっさんの周りの空間だけを切り取り足元から水を発生させた。

ギルド内で、冒険者同士の私闘は厳禁だが、窓口に居る人間に手を出してはいけない、なんて決まりはないからね。


舐めた態度を取られたら、お灸を据えねばなるまい?


突如自分の足元に出現した水と、入れ物に水をそそぐかの如く徐々に上がってくる水に恐怖したおっさんが、その中で聞き取れこそしないものの謝罪の言葉を叫ぶまで水攻めをさせて貰った。

水を飲み過ぎて溺死されても困るし、一応謝罪の言葉を述べたのであろうし許してやろう、と術を解除。


指を鳴らすと同時にずぶ濡れの自分と足元の濡れた跡だけがその場に残る、と言う怪異を経験し腰を抜かすおっさん。

いや、余程の恐怖を味わったのか、おれが出したのは冷水だったのにもかかわらずおっさんの股間からは湯気が漂う臭う水たまりが出来ていた。


良い歳をして水攻め程度で情けない。


好奇心むき出しでこっちを窺って来た奴らの顔は青白く染まり、喧騒が消え瞬く間に静まり返るギルド内。


建物を吹き飛ばしたり、対象に重傷を負わせてない分、かなり大人しい制裁で済ませたと思ったのだけど…

やっぱり、そこのギルマスからも呼び出しを喰らった。


おれはどうやら問題児らしいよ。

今回はおれが一方的に悪者になりましたー

解せぬ。



こちらに来て間もなく、社会の仕組みが解っていないから致し方ない部分があるのは事実だ。

しかし“金を名乗る”“子供の冒険者”と言うのは二つの意味でかなり異質であり、冒険者証を偽造している可能性だって否定できない。

と言うか、むしろそれしか考えられない。

常識的に考えて、ありえないから。


そうなると、誰か間抜けな冒険者から盗むなり、落し物を拾うなりして得た依頼達成書をおれが窓口に提出しに来た、とおっさんは考えたのだそうだ。

そして、それを目をつぶって受領する代わりに、いわゆる袖の下を寄越せ、と言う要求の動作だったそうだ。

お手をしろと掌を出してきた訳ではない、と。


ここら辺はルーレシア大陸のように安定した気候ではなく、貧富の差も激しく治安も悪い。

達成した依頼書の売買が商売として成り立っているのだとか。


勿論、違反行為である。


だから、それを見逃す代わりに金寄越せ、ってことね。

罰しろよ、ギルマス。

何故違反行為している窓口のおっさんではなく、善良なおれが罰せられるのか。


……このギルマスも、それによって利益を得ているから、か。


登録書類に不備や改ざんがない事などから、おれが間違いなく金の冒険者であることは認識してくれた。

しかし、国ごと、地域ごとによって常識は大きく違う事。

綺麗ごとばかりで世間が回っている訳ではない事を釘刺された。


んで、ちゃっかり教示料金と称してお金を請求された。


依頼達成の後払い金はすべて口座振り込み。

おれの手持ちの銀貨では一枚だけでも払い過ぎになってしまうだろう。

これ以上世間知らずの無知さ加減を理由に見下したような目で見られるのは勘弁ならん。


そう言えば、と、商人のおっちゃんから貰った銅貨を衣嚢に入れてあったのを思い出す。

おっちゃんに感謝しつつ、それを卓上に叩き付け退出しようとすると、

『これだと貰い過ぎだから、もう一つ教えましょう。

南方へ旅を続けるなら、貴方はこちらの常識をもっと学んだ方が良い。』

と背中に声をかけてきたギルマス。

真意が解るはずもなく、乱暴に扉を閉めてその場から離れた。


ちっ。

あれでも払い過ぎだったか。

場数を踏んでいないとは言え、いまいちヤーンとの換算が解らない。


階段を下りた途端、おれの姿を視界にとらえた者から静まり返っていく冒険者達。

完全に、ここのギルドでは厄介者になってしまったな。


仕方ない。

ルーレシアとは全然違う文化圏に入ったから、少々の観光をしながら、一応真面目に火の大晶霊に関する情報を集めたいと思っていたのだけど、これでは身構えられてしまい会話をすることもままならない。

こんな事なら、ここまで護衛を頼まれた商人のおっちゃんに、もう少し話を聞いておくべきだった。

話好きなようだったし、おれへの印象もかなり良かったみたいだし、きっと聞いたら色々教えてくれただろう。


しかし、後悔しても始まらない。

さっさと次の街を目指そう。


1つ溜息をつき、ギルドを後にした。




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