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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
プロローグ 第三章
31/110

30

「そんで、なに?」


応接室にほど近い所に設置されていた壁の奥にある隠し扉を使い、こじんまりとした部屋に入る。

そこはギルマスの私室らしく、ジジィからよく香った葉巻の匂いが染みついていて、甘くもあるが少々煙臭いが充満していた。

所せましと書物があちこちに積み上げられ、精霊術の研究途中の方陣が殴り書きにされた巻物が散乱していた。

が、それら全てにうっすらとほこりが被っている。

最近は、この部屋事態に出入りすらしていなかったようだ。


こんな部屋に置いてあって湿気っていないか疑問が生じる葉巻に火を点け、ふかしながら用心深く気配を探って、誰も居ない事を確認しているギルマスに痺れを切らして問いかける。

意を決したように、机の上にある灰皿にそれを乱暴に押し付けると、いつになく真剣な眼差しでおれを見据えてくるギルマス。


えぇ~。

おれ、おっさんは守備範囲外…

冗談です。


「稜地の介入ある前に要件済ますぞ。

お前ぇの親から預かってるもん、渡すわ」


言って差出してきたのは、物が散乱している室内で唯一整頓がされていた机の上にある小さな箱。

何も装飾がなければ鍵穴すらない、それ。

受け取り、開けようとするが……開かない。

引いても押しても力を加えても、何をしても開かない。

なんだ、これ?


「お前ぇの、血の繋がりのある方の親から預かってるもんだ。

 どのタイミングで渡すのが最善か判らねぇなら、今のうちに渡した方が良いと判断した。

 ──霊力と魔力、同時に箱に込める事出来るか?」


血の繋がりのある方の親って……

このジジイ、何かおれが知らない事とか、記憶に関わる事とか色々知っててむかつくなぁ…

反発心が生まれるが、それでも、言われて素直に開けようと思ったのは何故なのか。

単純に好奇心が勝っただけである。


王妃が封印されていた宝石を破壊しようとした時にコツは掴んだ。

その時と同じ要領で霊力と魔力を左右の手にそれぞれ同じ分量を込める。

……が、ウンともスンとも言わない。


込める量が足りなかったかな?

初級の術を発動させる時程度の力では駄目か。

こんな貧相な箱だし、壊してはいけないと加減しすぎたようだ。


今度は中級の精霊術が発動できる位の力を込めたが……結果は変わらず。

上級の精霊術が発動できる位の力になると、魔力を抑えるられるのかが不安なんだよな。

あんまり、使ったことないわけだし。

稜地からも極力使わないようにって釘刺されているし。


はて、どうしたものか。


「左右の手からそれぞれ霊力と魔力を出すんじゃなく、同分量を混ぜて出すって事は出来ないんか?」


「やったことないから判んないなぁ…」


「え!?ちょっ!!」


慌てて止めに入ろうとしたギルマスの言葉を聞く前にやってみたら……


部屋が消し炭と化しました。

なんじゃ、これ。


混乱して目を丸くしているおれをよそに、苦悶の表情を浮かべて目頭を押さえながら青い顔をしているギルマスが視界の端にうつる。

咄嗟に被害を抑えようと神威化したようで、若返った姿になっていたが、苦労が顔に書いてあるせいで老けた姿のままに見える、この不思議。

周囲には可視化された霊力の結晶がキラキラと輝いていた。

部屋の外は相変わらず静かなので、応接室まで被害は及んでいないようでなによりである。

ジジィが抑えてくれなかったらどんだけの被害が出ていた事やら…


あんれまぁ。

積み上げてあった本も散乱していた巻物も、燃える物なので全部見事に灰になっていた。


「……………ご、ごめんなさい」


「イヤ………こうなることが予想できなかった訳じゃねぇ。

 気にすんな。

 それにしても、流石だな。

 初めての割に、解封はキッチリ出来てやがる」


言われて手元に目を落とすと、何の特徴も無かった木箱が消えてなくなり、滑らかな手触りの天鵞絨で表面を覆われた、箱。

箱を箱に入れるとか、過剰梱包にも程がある。

入れ子人形みたいに更に箱が入っていたりしたらどうしよう。

おれの親は意外と茶目っ気があると判断すれば良いのだろうか。


と、思ったが。

残念なような安心したような。

天鵞絨の箱を開けると、そこには二つ、装飾品が入っていた。


1つは……首輪?

鎖に変な形の、鍵?のようなものがついている。


もう一つは、耳飾りだ。

とても単純な作りの、血を固めたかのように紅い緋色の輝石が付いている。

それから細い鎖で繋がっているCの字の金具。


?よく解らない。

これをおれに渡す意味は何だ??


「イヤリングの方は、お前の親が付けていたモンだな。

 稜地が贈って寄越した指輪みたいに霊力が込められてるし、ピンチの時に使えば良い。

 ネックレスの方は……コンパス・キー、だな」


こんぱすきぃ??


「方位磁針か羅針盤と言う名称の道具は知っているか?

 あれは地磁気を利用したモンだが、これは霊力を利用している。

 例えば、稜地を探してぇならこっちにダイヤル回して、地属性の霊力込めると……」


言ってギルマスが霊力をコンパス・キーとやらに込めると、淡く橙色に先端が輝き、光が一直線に南西の方へ伸びて行った。

暫くするとその光は消え、鍵は沈黙する。


「込めた霊力の量や質によって、光が出続ける時間や精度が変わる。

 さっきとは逆の方にダイヤル合わせて地属性の霊力込めると、地と反対の性質を持つ風神の元へ導いてくれるだろう。

 まぁ、ダイヤルこのままの状態で風属性の霊力込めても良いんだが」


言いながら鎖の金具を外し、おれの首にそれを回す。


「この世に二つとないもんだからな。

 失くすなよ」


生き別れの親から託されたもの♡とかそういう理由よりも、この道具の重要性からして絶対に失くしてはいけないと言う強迫観念が働きますな。

おそろしい…


誰が作ったのかは知らないけど、これがあったら世界情勢が一気に変わるな。

大晶霊を契約が出来るやつがおれ以外にも居るなら、そいつが善人でない限り一対国の大戦が起こってもおかしくない。

そうじゃなくても、そこに確かに大晶霊が居る、と言う確約の下大晶霊を崇める祭壇なり神殿なり作って信仰心煽って税金せしめる国が出てくるかもしれない。

悪用する奴の手に渡ってはいけない、と言う意味でも管理はきちんとしなければいけないな。


大晶霊自体、居るかも判らない精霊の一番偉い存在!って言うのが常識なのに、それに逢うための道具があると言うのが信じられない。

いや、まぁ。

実際稜地やその他の大晶霊の姿を見ているし、今まさに手の中にその道具があるんだから疑いようのない事実なんだけど。


あれやこれや考えていると、コンパス・キーが何もしていないのに勝手に光り、部屋を紺色の光が包み込む。

思わず瞑ってしまった目を開くと、おれが箱を開封した時に滅茶苦茶になってしまっていた部屋が元通りになっていた。

紺色の光は、時を司る晶霊、だったか。

おれが力を暴走させ、辺り一帯に被害が出る事を予想して術を封じ込めていたんだとしたら、なかなかの策士である。


「あ~、流石だわ。

 ここまでキッチリおれらがこの部屋に入った直後を指定して時間戻すとか」


言って見せてきたのは、部屋に入った後にギルマスが吸っていた葉巻の箱。

机の上にあった新しい箱を開封し、目の前で一本吸っていた。

確実に。


それが、何と言う事でしょう。

きっちり封がされ新品状態の葉巻たちが目の前に。

箱を開けると、やはり、一本も欠けることなく整然と中に並んでいる。


……この際、ジジィが吸った葉巻の煙はジジィの肺に入ったことになるの?

どうなの??

元々部屋が煙臭かったので、おれには何とも言えないな。


ただ、時の大晶霊が長年表に出てこない理由も、過去どれだけの国が歴史を洗っても、たった一人しか自分の主人を置かなかった理由は、何となくわかった。

こんなことを容易く出来たら、世界が混乱するからだ。

それは精霊達の使命に反する。


契約をしていたかは判らないにしても、過去他の大晶霊達は国や個人が使役していた記述が残っている。

この国なら稜地がジジィと共闘していた時期があったように。

渓谷にあったとある国は風の大晶霊の怒りを買い大地が抉り削られ滅んだと言う伝承があるように。

火の大晶霊が国を追われた民族に海中火山を利用し新たな大地を授けた伝説のように。

水の大晶霊の契約者が大津波の被害から国を守った英雄譚のように。


一番有名なのは、ジジィの若かりし頃と照合されるであろう魑干戈時代の精霊大戦を終結させた三英雄と、それぞれが従えていた大晶霊達の話か。

オラクル・アスラ・アークの三英雄が、全ての大晶霊と契約し人間の戦争を終結させ、それにより世に溢れ出た瘴気を鎮めた。

と言うのが簡単なあらすじ。

その一端にこの国も入っていたと言うのが単なる英雄伝説ではなく、語り継がれている物語が事実あった事だと裏付けている。


どれだけ酷い瘴気だったんだって、その影響によって世界中で精霊が消滅し精霊術が一切使えない時期があった位には、その瘴気の中和に莫大な霊力と精霊達の力が必要だったってことだよな。

何百年か経った今では、精霊も増えそれに伴い術師も少しずつ増えてきてはいる。

同時に、魔族もはびこるようになっているのが残念だが。


何にも脅かされる事の無い、平和な時代と言うのは訪れないのか。


「コンパス・キーは、自分の求める物への道筋を指し示すとも言われている。

 狭義心が勝つなら大晶霊集めるのを優先して欲しいが……

 ま、そこはお前ぇ次第だ。

 適当にやってくれや」


「あっ!

この部屋の本とか読んで良い!?」


すれ違いざまにポンッと肩に手を置いて退出しようとするギルマスの背につい、欲が膨らみ口走ってしまう。


「……元あった場所にキチンと戻すならな」


「ありがとう!」


眉間にしわを寄せて呆れながらも許可を出してくれた。

『実行犯が何言ってんだ?』

って感じだけど!!


さっきみたいに、重要な研究資料がいつ灰になってしまうか解らないからね。

さっきの会議でおれは居るだけ時間と場所と空気の無駄にしかならないし、それならここに籠ってジジィの研究読み漁る事にするのさ。


適当に足元に転がっていた巻物を手に取り見てみると、想像した通り、呪いに関する研究が主な対象のようだ。

自分の父親が理由で愛国を巻き込んだ呪いを母親にかけられたんだもんなぁ。

親の行動の責任を子が負う理由も道理もないけれど、止められなかった自責の念はあったんだろうなぁ。


床に積み上げられている、紙の材質的に比較的新しいものは呪いを解くうんぬんではなく、呪いの影響力の緩和方法の研究ばかり。

解くのは無理、と判断したのかな。

母さんの影響もあり色んな研究資料とお友達だったおれでも、難解な方陣を構成する図式と覚書、どのような効果が期待でき、どのような結果に終わったか。

それを踏まえた上で次はどんな方陣を試せるのか、試したのか。

巻物に乱暴に殴り書きされていたそれらは、机の上に積み重ねてあった本としてまとめられた資料に細かく綺麗な文字で一頁一頁整然と清書されていた。


あのジジィ、粗野な奴だと言う印象を受けていたが、端々から感じられた態度とこれらを見るにかなり几帳面で真面目な性格のようだ。

配慮に欠けた言動が目立ってはいたが、道化だったと言う事だろうか…?

いや、稜地に対しての行いを鑑みるに、一部の心を赦した相手だとおちゃらけた人間になると言うだけだろうな。


覚えきれない内容や、現段階のおれの知識では難解なものは覚書に書きとめ、注意を受けた通り元あった場所に本を戻し、本棚へと目を向ける。

日光が一切入らない部屋ではあるが、葉巻の煙のせいなのか黄ばんでしまっている本たちの中で、なぜか注視してしまった一冊に手を伸ばす。


他の、ある程度同じ人が作ったんだろうな、と解る風合いの装丁とは違う、それ。


手に取ると、他の物とは違い厚みがあるのに随分軽い。

材質からして違うようで、紙の手触りから文字のにじみから、違和感を覚える程に今まで見た本のどれとも違う。

表紙にも背表紙にも特に題が書いていなかったので、何の本か見当もつかない。

表紙をめくると、若草色の色紙に原初語で何か書いてある。


どぅ……あ~え、る………??


──親愛なる、メイヤへ

  モトミより ……


一部、意味が解らない記号のようなものがあったが、確かにそう、書いてあった。

あれ…??行方不明になっている“英雄の書”って、古代英雄の一人であるモトミが書いたもの、だったよな……??


現代では再現できない高品質の紙・染料も未知の物・大昔使われていた原初語で書かれている、って言われていたような……??


なんか、この本の該当項目多すぎる気がするんだけど……

あれ?世界中で盗んだ犯人と、本の行方を捜しているって……??


≪あ~るじっ≫


「ぴゃっ!!?」


内心挙動不審になっている所に稜地に内部から声をかけられて変な所から奇怪な声が出てしまう。

しっ!心臓が痛い位に早鐘打っているんですけれど!?


≪そ、そんなに驚かせた??

 ごめんね。

 いつの間にか通信も出来ないし、大地の所戻ったら居ないし、探しても気配たどることが出来なかったから声だけかけさせて貰ったんだけど…≫


あぁ、そう言えばジジィ、この部屋入った時に

『稜地の干渉が入らないうちに』

とか言っていたっけ??

何か、簡単には気配たどったり声かけたり出来ないような術でもかけてあったのかな?


何のために?って、やっぱり……コレのせい??

イヤ、ただ単に研究所に誰からの干渉もされたくないからってだけかもしれないけど。

実際、どこの国の研究機関も、外部から覗き見されたり情報が流出したりしないように術式を常に展開している。


『もうちょっと経ってから戻るよ』

とだけ稜地に心の中で告げ、手に持ったままの本の頁をぱらぱらとめくる。

原初語で書かれているので、解読するのはおれでは無理だろうな。


物凄い時間をかけたらやって出来ない事はないかもしれない、と言う考えがよぎるが首を横に振る。

なにせ、行方知れずになるまでの短期間だとは言え、国が抱えている優秀な研究者たちですら解読が出来なかったものだ。

個人でどうこう出来るとは思えない。


おれは、母さん以上に聡明な研究者を見たことがない。

だけど、その母さんに負けず劣らず同等程度の研究者は何人も見たことがある。

国に所属している研究者たち、と言うのは皆得手不得手こそあれども、それに類するものだと言う印象だ。

そういう人たちが何人、何十人と解明に心力を注いでも解読できない書物。


どう考えたって無理だ。


これが本物かは判らないが、少なくとも全頁原初語で記載されている。

例え『偽物だよ、ばーか』みたいな事が書いてあったとしても、所見でおれにはその判断が出来ない。

持ち出しをして良いなら、歴史的に重要な書物だ。

然るべき場所へ預けて研究して貰うのが一番良いように思う。

だけど、大晶霊ですら容易に干渉できないような部屋に置いておく位だし。

聞くだけ、無駄だろうな。


今から世界各国廻って大晶霊と契約するなり手助けして貰うなりしなくちゃいけないのに、これの研究に熱を入れている時間も余裕も、おれにはない。


ぶっちゃけ、そんな時間があったら記憶探しをしたいし。

それが旅に出た一番の理由なんだし。


暫し考え、覚書帳にいくつかの頁をそのまま書き写すだけはさせて貰った。

適当に開いた頁だし、もしかしたら原初語を扱っていた時代のお料理の紹介だったり流行った駄洒落が書いてあったりするだけかもしれないけど。


後世に“魔王”と伝えられている人物へ“英雄”が宛てた書物だ。

そう言った類の物ではなく、歴史的に重要な、有益な情報が記載されている事を祈って一言一句間違えの無いよう気を付けながら写して行った。


英雄の書(多分)をもとにあった場所に戻し、ギルマスの研究書を再び読み進める。

本棚には年代順に収められているようで、新しい本を手に取る度に、過去へと遡っていく感覚がなんだかおかしい。

今のやり方と同じように、巻物に覚書をして必要な物だけ抽出して書物にまとめて行っているのだとしたら、ある程度研究が進むまでは、何が必要で、何が不必要なのかの判断も上手く出来ない、完全手探りの状態から始めたことが伺える。


おれは現代から遡って見てきているからそれが分かるが、当時のギルマスはかなり苦労をしてこの研究を進めていたのだろう。


あぁ、この研究ここから何十年先にようやく不必要な研究だったって解った奴だ。

これは今ある原理の元となった考え方を確立させた研究か。


などなどいちいち感想を挟みながら読み進めていき、遂に一番最初の研究書へと手を伸ばす。

後半──研究初期に近づくにつれ、不必要な個所を飛ばし読みさせて貰ったとは言え、何百年と続けてきた研究結果をこんな短時間で読み切ってしまうのはなんだか申し訳ないような気分になるな。

とは思えども、取捨は必要とはいえ知識はあるに越したことない。

意を決し本を開くと、そこに書かれていたのは研究に関する物ではなかった。

終始この調子なのかと思い、古くめくりにくい紙をペラペラめくり、結果としてそうだったため、読まずに閉じ棚へと戻した。


……贖罪の、泣いているかのような言葉が綴られていた日記のようなものだった。

今でこそ飄々とつかみどころのない、失礼なジジィだけど、気が遠くなるような年月を罪の償いの為だけに生きて行くなんて、半端ない覚悟が必要だったことだろう。

誰にも聞かれない、見られない、こういう場所に心の中身を吐露しないとやっていけない事もあっただろう。

それこそ、本心を悟られないために武装した姿が、今のあの形なのかもしれない。

人間、表面を見ただけじゃ解らないってことだよな。


踏み入ってはいけない領域を勝手に荒らしてしまった事に対して多少の罪悪感を覚えつつ、目的も果たしたし、と部屋を後にした。



成り行きとは言え、政治に関する会議を中途半端に参加して途中退場、と言うとても失礼かつ戻りにくい状況下にある今、どうしたものかな~…

なんて思いながら応接室がある廊下へ向かうと、すでに要人たちは帰路につき始めて居るのか部屋で見た顔の何人かとすれ違った。

息巻いて側近と議論を交わしながら慌ただしそうに早足で去っていくのを見ると、会議は無事に終了した、と言う事だろう。

一番熱く大げさに身振り手振りを交えながら指示を出していたのは商業組合の頭取だったかな?

経済が回らなければ国は崩れてしまうし、明るい国民性が陰らないためにも、彼には是非とも頑張って貰いたいものだ。


他人事ながら偉そうにうんうん、と頷いていると応接室の扉をにゅっとすり抜けて顔を出した稜地とバッチリ目が合う。

覚悟していないと一種の恐怖体験になりうるからやめて欲しいものである。


≪主、遅い~

 今後、俺達がどうするか早く決めようよ~≫


決めようよって……大晶霊集める為に世界回るんじゃないの?


≪え!?覚悟決めてくれたの!!?≫


何を今さら……とも思ったが、最近稜地はおれの中から出ていることが多かったから、意思決定した時にその場に立ち会っていなかった、か??

面倒臭い~、とか。

なんでおれが世界の為に~??とか。

ぐちぐちうだうだした言葉しか聞いていないの、か??


いやいや、決意したあの夜は確かにおれの中に居たぞ、こいつ。

無遠慮に心を読まないように分別がつくようになったんだね!

それは大変喜ばしい。

最近、ぷらいばしぃと言うのが微塵も無かったからね!!


『ま、世界が滅んでしまったら記憶探す旅も出来ないしね』

そう心の中で返すおれに稜地は小躍りし始める。


それを横目に、思いを巡らせる。


……ジジィの話的に、多分。

おれの親──父親なのか、母親なのかは判らないけど、多分、生きてる。

おれがエルフと言う長寿の種族であると言う事もそう思う理由の一つだけど、コンパス・キーと耳飾りが入っていた箱。

ほこりが被った机の上に置いてあったが、箱自体にほこりが被っていた形跡はなく、また、箱が置いてあった机の下にはほこりが残っていた。

つまり。

あの箱は、つい最近あそこに置かれたものだ。


なぜ大晶霊を探す為の道具をなんでおれの親が所持していた?と言う疑問よりも、何の目的が?と言う疑問の方が大きい。

持っていたなら、ジジィに使い方を教えたなら、そいつもコレを使った事があると言う事だろう。


霊力の総量は遺伝する部分も大きいとされている。

おれの霊力は、稜地曰く桁違いのようだし、親もそうだと想定して良いだろう。

なら、わざわざおれにコレを託さなくても自分で大晶霊集めて世界の異変を止める事も出来るだろうに……回りくどいことをする理由が解らない。

見つけて問い詰めて、真意を聞きたいし、自分の代わりにおれを育ててくれた父さん達にお礼の一つでも言って来いと説教もしたい。


おれは怪我だらけの状態で父さん達に保護されたそうだが、村にその状態のおれを届けた人物が居た事を、他の村民から聞いている。

昔の事だし、繁忙期だったようで詳細は覚えていないにしても、その人物はおれに面影が似ていたような気がする、と言う証言も貰っている。

それが赤の他人なら、助けてくれてありがとうございます!で終わりなんだけど、その届けた人物が血の繋がりのある親なら……話は別だ。


『傷だらけで瀕死の子供放ってどこほっつき歩いて居やがった!!?』

と言って一発殴りたい衝動に駆られる。


旅をする理由が、増えた。


最優先は、大晶霊を集める事。


運が良ければ、時を統べる大晶霊と接触できて記憶を取り戻すことが出来るかもしれない。

もしかしたら、おれの親と接触した事がある大晶霊がいるかもしれない。

大晶霊居る所におれの探し求める情報あり!


親への恨みつらみは置いておいて、コンパス・キーは有難く使わせて貰う事にしよう。

一番に向かうべき大晶霊は……


「稜地。

 火の大晶霊は、お前の弟なんだよな?」


≪ん?そだよ~≫


「それじゃあ、城での戦闘後どうなったかも気になるし、まずは火の大晶霊探し、だな」


≪お~!主がやる気出してくれて嬉し~よ~≫


言いながらふわふわおれの周りを器用に踊りながら飛び回る稜地。

戦闘時のキリッとしたいかにも大晶霊!って雰囲気との差が激しすぎて、本気で眩暈がするぜ…

夕刻前だけど、ここら辺一体は浄化されたから魔獣も少ないだろうし、全図確認して行けそうならもう出発しても良いよな……

長居する理由もないし。


「なんだ、もう発つのか?」


扉がガチャリと開くと、その向こう側にはギルマス・エリーヤ・アデリナの三人が部屋に残っていた。


「ま、世界救うなんて柄じゃないけど、善は急げって言うしね」


「そんな…お礼もまだろくにしていないと言うのに……」


やっと泣き止んだアデリナが名残惜しそうに両手を掴み引き留めようとする。

が、その手をそっと離し、エリーヤが彼女を窘める。


「ならば、余計に旅立とうとしている者を引き留めるものではないよ。

 ……レイシス。

 此度の事、心から感謝する。」


言って頭を深々と下げてくる彼に思わずため息が出てしまう。


「国の頭が、そう簡単に頭下げるもんじゃないだろ?」


「王政を廃止する旨の公布は、既に出すよう命令したよ。

 これで、今、私は単なるエリーヤだ。

 騎士団長でも、王子でもない。

 新嘗月にいなめづきからは防衛隊長に任命されるが、な。」


あぁ、もう名残月も終わるから、切り良く新嘗月から新たな国家として樹立すると言う事か。

別名、神無し月とも呼ばれる不吉な月に国家開くとか、勇気ある者よ……そなたに勇者の称号を与えよう。

なむなむ。


「それで……その…もう発つと言うなら、君に言っておきたいことがあるんだが。」


「ん?なに??」


次の町までの位置を確認してから出発しようと思っていたのに、これはもう出国しなければいけないような雰囲気だぞ。

まいったな。

いや、良いけどさ。


「私は、お国のためと言い訳をして自分のなすべきことから目を背けてきた。

 君に、屋上で邪魔だと怒鳴られた時にようやくその事に気づけた。

 恣意的に生きてきた自分の愚かさと覚悟の無さ、その代償を。

 そんな私だが、リーナと国を失わずに済んだのは……君のおかげだ。

 命も、何度も救って貰った。

 改めて、礼を言わせてくれ。

 それで……リーナに引き留めるなと言っておいて何なのだが……」


もごもごと口の中で言葉が消えて行ってしまい、なんて言っているのかいまいちよく聞き取れない。


「わ…っ!

 私の名前は!!

 エリアンニス・ムーロム・クレイ・ロマノフと言うのだ。

 どうか、覚えておいて欲しい!!!」


一端言葉を切り、目を固く閉じ、意を決したように顔を真っ赤に染めながら告げてきたのは、エリーヤの本名、らしい長ったらしい名前。

なんだ。

雰囲気的にアイノコクハクかと思っちまったぜ。

いや~、自意識過剰になっちゃ駄目だね。

反省、反省。


「エリアンニス?

 おれも、自分の本名思いだせたら教えに来るよ。

 それまで、お互い死なないようにな」


言って握り拳を前に差し出す。

それを見てきょとんと間の抜けた顔をしたので

『握り拳出して』

と言い、素直にその通りに右手の拳を出してきたエリーヤ──エリアンニスのそれに自分の拳を正面から次に上から下へ、下から上へと順に軽く叩き、


「はい、手ぇ広げて~」


パァンッ!

と合わさった掌から小気味良い音が部屋に響く。


「おれ、握手出来ないじゃん?

 代わりの挨拶。

 次会った時の為に覚えておけよ」


言ってにっと笑う。

エリアンニスは音が響いた掌をじっと見つめて、小さいながらもようやく心からの笑みを浮かべ

『あぁ』

と返してくれた。

父さんが教えてくれた挨拶の仕方なんだけど、ただ握手交わしたり抱き合ったりするよりも動作多いし音響いて派手だし良いよね!


アデリナには思いつめすぎないように、誰かを頼ることを覚えるようにと激励をし、ジジィには書籍を読ませて貰った礼を、それぞれ告げて部屋を後にした。


別れなんて相変わらず、すると決まったらあっさりしたもんだ。

意外と、エリアンニスとは長めの期間一緒に居たから、少々名残惜しい気もするが……

まぁ、また会いに来れば良い。

それこそ、奇縁があれば嫌でも会えるさ。


………

……


「あっさりと、行ってしまわれましたね……」


閉められた扉を見て、残念そうにアデリナが呟く。

上目使いで見上げる兄の顔がどのように歪められているか、背のあまり高くない彼女からは見えない。

しかし、容易に想像は出来たのだろう。

それきり口をつぐんでしまう。


「や~い、振られん坊~~」


だが、敢えて空気を読まない性質のギルドマスターがアデリナの気遣いを無視し軽率な発言をその背に向けて放つ。

ぐっと、あからさまに震えた肩を見てアデリナがおろおろと狼狽える。


呪詛の類から逃れる為、世界各国の王族の中では古くから多く残っている慣習がある。


その1つが、自身の本当の名前を隠しその難から逃れやすくすること。

つまり『本名を告げる』と言う事はすなわち『告げた相手に自分の命を預ける事』と同意であり──愛の告白の時によく使われるのであった。

レイシスがその意味を分かっていないのは、王族でないので当然の事ではある。

しかし空気を察して意図を酌んで欲しかった……と思うのは、流石にエリアンニスの勝手すぎる言い分である。


実際は、空気としては察していたのだが、告げられた言葉によりその考えがありえないものだったと、自身を顧みて反省までしていたのだが…

そのような事実が、心を読む術のないエリアンニスに解るはずもない。


「レイシスの使命を考えれば、あそこで私の想いを告げるのは浅慮すぎましたし、結果として良かったです。

 次、相見えた際にそういう対象として意識せずにはいられない位の人物になれば良い。

 それだけの話しです。」


未だに痺れの残る右手を見つめ、そう言った。


若干の強がりが雑ざった言葉ではあったが、心からの本心である事は、その瞳に映る石の強さから容易に感じ取ることが出来る。

易しくない、多難となるであることが解っていながらも、この国の未来をより明るくする事に心血を注いでいくことに、迷いは無いようだ。

若干、その理由の一つが不純に思えるが、色恋沙汰が絡んだ時の人間ほどがむしゃらに一つの物事に打ち込むことが出来る存在も、そうない。


きっと、彼の努力のおかげでこの国は今まで以上に良い国になるだろう。

その努力が実り、レイシスが彼を恋愛対象として見る日が来るかは、また話が別だが。


「使命うんぬんよりも、相手が悪いな~

 こんなちっぽけな国の王様程度じゃ話にならんよ」


革張りの椅子の肘置きに背を預け、行儀悪く足を組んでいるギルドマスターが言い放った言葉に、アデリナ程ではないが目を赤くしたエリアンニスが、怪訝そうな顔をし振り返る。


「そう言えばギルマスは、レイシスが何者か知っている風でしたね。

 何か失くした記憶の手がかりとか、教えるべきではなかったのでしょうか。」


「いや~、ありゃ記憶喪失とは違うよ。

 封印してあんだ。

 時期が来たら勝手に思い出すことになるさ」


手をパタパタと振り否定するギルドマスターの言葉に対し、『封印…?』と小さく反復する二人。


「あいつも、数奇な運命に翻弄されることになるんかねぇ……」


誰にも聞こえない程の小さな声で、ギルドマスターは一人ごちた。

机を挟んだ向かいでは、アデリナが兄の想い人とのなれ初めやどういった所に惚れたのか、それに気づいたのはいつなのか、等等。

いつの時代も、こと恋愛に関しては身分も年齢も関係なく、女性は好む傾向にあるらしい。

そして、その力は何よりも大きいらしい。

どうあがいても体躯的にも筋力的にもアデリナが敵う訳がないように思える。

なのにも関わらず、赤く腫らした目よりも尚赤くなった蒸気が出そうな顔で、その質問攻めから逃れようと、部屋を出ようとするエリアンニスから根掘り葉掘り聞こうと絡みつき離さない。


「今日は、平和だなぁ……」


その様子を見て、微笑みながらギルドマスターは呟き、二人に気付かれないよう退出して行った。


国を任せられる跡継ぎが見つかった。

長年続けてきた研究の成果により、副王もじきに目覚めるだろう。

亡き父の願いの一つである、国の繁栄は約束されたようなものである。


どうあがいても自分では対処できない、母の事を任せられる人物にも出逢えた。

小生意気なガキだが、内に秘めた能力は自身が崇める存在よりも、もしかしたら大きいかもしれない。

旅のサポート体制も整えた。

旧友に頼むと頭を下げたら、当然だと言って頭を小突かれた。

頼もしい限りだ。

その他愛のないやりとりすら懐かしく感じる程には、自分の肉体が過ごした時の長さがどれ程の物なのか雄弁に物語っていた。


長く…永く、生きすぎた。

自分の使命は、終えた。


父が眠る遺跡へと彼は足を進める。

そこで待ってくれているであろう聖主に、自然の倫理に反した自身の命に終止符を打って貰うために。


……

………


中学時代に考えた物語を形にしようと一念発起してから、約一年。

『巡り巡りて巡る刻』略して『めめめ』のプロローグを書き終え、ようやく一つの区切りをつける事が出来ました。

お付き合いいただいた方々に心から感謝申し上げます。


読書する機会が減り、妄想する時間が無くなった今、いざ書こう!と思っても語彙力と想像力の低下によりなかなか筆が進まず、たったこれだけの文章を書くだけで物凄い時間を要してしまいました。

頭の中の情報整理のために今回のプロローグを書いたので、伏線のようなものはある程度ぶち込みましたが、入れたいエピソードとしては何一つ書けていないのが実際の所。


レイシスの物語を現在とするなら、過去と未来にあたる物語も考えていますし、書きたい事は山ほどあります。

少しずつでも書けて行けたらと思っているので、気が向いた時の暇つぶしにでも読んで頂けたら幸いです。


令和元年皐月 怪獣あすごん 拝

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