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ひと気のない裏路地へと最中、覚書を懐から取り出し、先ほど聞いた詠唱と、最近図書室に籠って進めていた勉強の成果とを組み合わせて術の構築を試みる。
一番大切なのはイメージ。
それが上手く伝わらない時の為の補助として、どの属性の精霊にお願いをするのかの指定。
精霊を代表する色や、物、名前。
そしてどのような結果が欲しいのか。
それらを足していくのが詠唱の構成となっている。
『ピョエスァ ヤムドゥ ワー スィア ピュンワール クィルンワンス』
エリーヤと遺跡に移動する時に使用した術の詠唱だ。
とても短く、実は発音こそ難しいが、とても単純な作りになっている。
ようは、クィルンワンスと言う存在に『力を貸して』と言っているだけの術なのである。
クィルンワンスは時間を統べる精霊の名称を原初語発音したもの。
地を司る大晶霊=地神=稜地のように、この存在にも名前はあるのかもしれないが、残念ながら名前は解らない。
しかし、先ほどの術師たちは“時間を統べる気高く尊き我らが至上者”と表現していたし、他の術の詠唱同様、特に真名を言う必要もないみたい。
ここ最近、稜地やヴォルくんみたいに対象の呼称を指定して術を使う事が多かったから、基礎を忘れてしまっている。
敬い奉り、自分がいかに低い存在か、精霊や大晶霊がいかに偉大な存在か。
それを言葉で表現し心でイメージする。
それに呼応してくれた精霊が力を貸してくれる。
だから、力が強い精霊の力を借りようとすれば、どうしてもその分詠唱が長くなる。
イメージの固定をするのには文章として起こした方が想像しやすいからな。
しかし、おれが教わった原初語の詠唱は、単純かつ短い。
しかも敬う言葉なんて一つも入っていない。
『時の大晶霊様、力を貸してください』
としか言っていない。
いや、まじで。
それを考えると、実は詠唱ってあんまり意味を為さないものなのかもしれない。
あくまで、イメージが大事。
無詠唱で発動できる術だったあるくらいだ。
むしろ、イメージだけで良いとも言える。
力を貸す側である稜地もそう言っていたしね。
そのイメージをより確固たるものにするための、詠唱はツールでしかない。
ならば、構築もクソもないんだよな。
あとは、その術を発動するのに必要な霊力があれば良いだけ。
ひと気がない事を確認し、その仮説を試すべく杖を取り出し意識を集中させる。
とりあえずは、原初語の直訳で術が発動するか試してみよう。
──時を統べし霊神よ
我を彼の者の元へ導きたまえ
しかし、何も起こらない。
霊力こそ場に満ちたが、転移の術展開がされる時独特の浮遊感や周囲と隔絶される雰囲気が微塵も感じられなかった。
転移の術は何度か発動させたことがある術だから、ある程度イメージは出来ているはずなのだが……想像力が足りないのだろうか?
霊力が足りない可能性もあるだろうけど、ヴォルくんから供給される霊力の補助を受けながら転移をした時の消費量から換算すると、今おれが内包している分で足りるはずだし……
単純に、おれの力量不足かな。
学校ではより効率化された詠唱と言う物を教わることがあるように、それぞれの術に適した文句と言う物が世の中には存在している。
つまり、今の文句では術の発動の条件は満たせなかったと言う事だろう。
城の屋上で頭の中に直接響いた詠唱なんかは、おれの力量不足や霊力が不足していたとしても発動できるように、多分大晶霊であろう存在が自分が力を貸す為に効率的に霊力を巡らせることが出来る文句を教えてくれたのだろう。
と思われる。
詠唱を、唄のようだと言う人も居る。
稜地や氷の大晶霊(?)が使った術なんか花が咲いているようだったし、光の浄化術は羽が空を舞っているかのようだし、精霊や大晶霊と言う存在は結構、雅で趣深いものが好きな傾向にあるのかもしれない。
今の詠唱とも言えない直接的な言葉は、全然美しくないもんね。
なのに原初語でなら応えてくれるってなんでやねーん!
ふむ、と一つ考え覚書を再び懐から取り出し、時を統べる物を指定するなるべく美しい言葉を探す。
四季…春秋……いまいち。
色は…黒に近い色だったっけ?
曹灰長石も天眼石も今は手元にないから輝石による補助は無理。
紺は氷の精霊の色だし……藍色?
藍色も氷の精霊指定に使うことあるな、おれ。
思いついた言葉を殴り書き、なんとか形になった文句を再び唱える。
──烏兎統べし 相済尊ぶ歯車よ
永世流るる輓近の 現世に降り立ち
我が願い 我が云入れを聞き入れたまえ
あ、入れるって言葉重なっちゃった。
これは言葉の流れがとても不細工だ。
頭痛が痛いとか、馬から落馬する的な、とても残念な事になってしまっているぞ。
──やつがれ憂うその寛大なる御心のままに
強大なる御力の一端を与えたまえ
周囲の霊力はある程度まで上がり、もう一押しって所まで来ていると思うんだけど、術の発動に必要な霊力には至らない。
とりあえず自分を下げて、精霊を上げる言葉を使って、ってしたんだから、あとは強く念じるのみ!
──時雨にて濡るる 拙也の卑し子に慈悲の心を!!
「なっ、なんだ!!?」
転移に必要な霊力の値を超えた!
と思った途端にフッと、足元の感覚が消えたかと思ったら、目の前にエリーヤがいる。
目の前に居ると言うよりは、腕の中にいると言うか、抱えられていると言うか。
お姫様抱っこをされている状態。
転移自体は成功したけど、結局滅茶苦茶詠唱長くなってしまったし、転移先の座標はあっているにしても、着地地点が不安定なのは考え物だな。
ただ、霊力が最高値に至ったと思った瞬間に転移が出来た。
出来たと言うか、転移しちゃった感が強い。
今までは、ジワジワと場の霊力が上がっていき、最高値に至り、そこから転移の準備に入る感覚だったのだ。
霊力供給が充分になりました。
座標の指定に入ります。
指定完了しました。
転移準備入ります。
転移します。
転移完了しました。
言葉にすると、こんな感じ。
今回に関しては、散々詠唱しながら念じていたせいかもしれないけど、
霊力供給が充分になりました。
転移完了しました。
ってパッと移動した感じ。
転移先にエリーヤが居たから良かったものの、そうじゃなければ床に腰をしたたかに打ち付けていたかもしれない。
ダサいうんぬんもあるが、単純に痛いのは嫌だし。
改良の余地あり、だな。
解る言葉での転移が出来たのは良い事だけど、長いと意味ないし。
窮地に陥った時に、その場から離脱する為に使用しようとした時長々と文句を唱えるなんて無理だし。
どの言葉が肝になるのか、どの言葉を置き換え省くことが出来るのか。
とりあえず、先ほどの言葉の羅列を控えて、また色々試してみよう。
「えぇっと……状況が飲みこめないのだが、とりあえず、降りて頂けるだろうか?」
覚書帳を開いて文字を書き殴っていると、頭上から声をかけられる。
あぁ、そう言えば降りるの忘れてた。
失敬、失敬。
でも、忘れたらいけないしちょっと待ってね。
…………よしっ、終わった。
「悪いな。
ちょっと新しい術の実験してたら失敗した」
手をビシッと垂直に立てて謝罪の言葉を口にする。
「なんだ、さっきの術もう試したんか」
不遜な物言いをする声の方へ振り向くと、ジジイ、もといギルマスも居る。
と言うよりは。
エリーヤ、エリーヤの近くに控えていた騎士、ギルマス、ギルマスの近くに控えていた冒険者。
そして、目をうさぎのように赤くし、小さな手巾では足りなかったのか、大きい手拭を顔に当てて未だ泣きじゃくるアデリナ。
あの処刑台から撤収していった人間が全員集まっていた。
あと、偉そうな態度の見知らぬオッサン数人。
おぉっとこれは、空気を読んでいない登場だった感じかな!?
ギルマスの言葉に、控えていた騎士と冒険者にざわめきが生じる。
あぁ、術が使える騎士だけで詠唱していたのかと思ったけど、冒険者の人たちも術の発動に手を貸していたのか。
まぁ、消費霊力の事考えると、確実に発動させるなら10人単位の術者によって発動させた方が良いもんね。
って言ったって、転移させたのエリーヤ・アデリナ・ギルマスの三人だけだったはずだよね。
念には念を、と言ったって大仰しすぎな気がする。
違う色の腕章をつけている騎士の、それぞれの色が表す階級と言うのは解らないが、冒険者がこれ見よがしに胸元に付けている冒険者証の色は銀。
おれのと同じか。
あの年齢で銀とか、対した事なさそう。
そんな奴らに褒められたりしても嬉しくないな~
「役者は揃ったし、本格的な議題に入ろう。」
エリーヤの鶴の一声で場が静まる。
その彼に示された席に座り、どんな議題を論じていたのか把握する為大人しく聞くことにする。
おれは当事者たちから直接聞いていたとは言え、この場にいる人間のほとんどが聞いていなかった、今回の騒動の流れと今後どうするのかが主題。
あとは、アデリナの処分について。
建国から王妃の呪いに至るまでは、国民の間では寝物語で伝え聞いている者も居たそうで
『悪さをすると王妃に呪われちゃうぞ』
と戒めの為に使われることもあったそうだ。
単なる作り話にしては具体的だったり、他の戒めの為に作られた物語と違って“呪われる”と言う不穏かつ普段聞きなれない言葉が使われたりしていたので
『あぁ、あの物語は事実として過去あったことなんだ』
と案外すんなりと受け入れられていた。
それこそ、この場にいるうちの一人である商業組合の頭取なんかは、代々その勤めを果たしてきた世襲制だそうなのだが、ギルマスの父親に当たる初代、で良いのかな?
国王が反旗を翻した時に多大な手助けをした武器商人が、その功績を認められて頭取となったそうで、かなり真実に近い事が口伝されていた。
それを把握していなかったようで、ギルマスは苦笑するしか無いようだ。
やはり、人の口に戸は立てられない、と言う事だな。
全てを白紙にしてやり直すために、先代だったか先々代だったかの国王がこの場所に改めて国を興したと言うのに、一部だろうが真実が伝えられてしまっていたってなったら、意味がない。
いや、まぁ。
呪いが微塵でも弱まり、エリーヤの代では弟が生まれなかったのだから、全く意味がなかったと言う訳ではないか。
結果として、エリーヤの父親は亡くなってしまったが、呪いからは解放されたしね。
そんで、本題。
呪いから解放された今、急いて絶対君主制を辞める必要はない。
しかし、もし近い将来政治体制を変えようと思っているのなら、タイミングとしては今が一番望ましい。
ただし今は国の頂点の地位が不在だ。
諸外国からの干渉や、今は浮かれている国民が日常に戻った際の事を考えると早急に対応するべきである。
反乱があって王政を辞める訳ではないので、酷い混乱が起きる事はないだろうが、自分の生き方や身の振り方を改めなければいけない者も出て来るだろうし。
ここで疑問なのは、絶対王政を辞めた後。
全国民が平等であると言う社会主義になるのか、国のトップは据えるがその権力に限度を設け、司法や行政それぞれ国政に必要な項目ごとにもまとめ役を設ける立憲君主制にするのかだ。
前者は、不平不満が一部から確実に上がるだろう。
どんなに御綺麗な国でも、必ず黒い部分はあるわけで。
ある程度の地位に居る人間は後ろ暗い事をしているものである。
その地位がなくなり、一個人として生きて行かなければならなくなった時、実力があれば良いけど、世襲制でその地位に就いた人物の場合ろくな仕事が出来なくてのたれ死ぬ可能性が非常に高い。
そう言う問題が根本にあるし、それ以上に、今まで当たり前のようにあった甘い汁がすすれなくなったら文句の一つも二つも出て来るだろう。
それこそ、そういう一部を筆頭に反乱が起きる危険性がある。
国民を見る限り、先代までの国王は悪政をしていた訳では無いようだが、アデリナの処刑の流れをエリーヤが独断で決められたり、呪い回避の為とは言え首都を引っ越してしまったり、結構道理が通らないような命令でも国王が言えばその通りになってしまっていた。
絶対君主制の怖い所はここだわな。
正しい事が出来る人物が国王なら良い。
しかし、そうでない人物が国王になった場合。
旧ルセアの二の舞になるかもしれない。
それこそ、王妃に呪われることになったのも、王妃のカリスマ性に嫉妬した国王が封印を独断・強行したからなんだし。
呪い程度で済んでよかったね、と言うお話だ。
旧ルセアで魔族たちに魂を囚われた人間たちは、終わる事の無い苦しみを今も味わい続けている事だろう。
第二、第三の悲劇を防ぐ為にも、王妃からの呪いから解放されたこのタイミングで改めるのは良い。
本当は、首都を引っ越したタイミングでした方が良かった気もするが。
過去の事だ。
気にしても仕方ない。
エリーヤは、“全人民が平等”と言う社会主義国家を理想としていたようだが、その場にいる殆どの人間に反対された。
いくら現在国の頂点に位置する身分を有している人間の意見とは言え、遅かれ早かれ破たんする危険性の高い制度を設ける事に賛成するような浅慮な奴は居ないらしい。
いや、後ろに控えている騎士たちは賛成のようだ。
今まで国王や騎士団長のエリーヤからの指示や命令を忠実に守ってきたような者たちだし、首を縦に振っているだけで何も考えていないように見える。
エリーヤがまだ若い事。
今はまだどの地位にもついていない人物である事。
何よりも顔馴染みの国においての権力者ばかりが集まっている事。
様々な理由において、キチンと『恐れながら』『愚考いたしますが』と言う言葉こそつけども、反対する理由付けを丁寧にしつつ意見のやり取りをしている。
冒険者なんかは、色んな国政も見てきているし、それぞれの利点や欠点。
そこに住まう国民の様子、冒険者視点からの意見を述べている。
なんでおれ、ここに呼ばれたんだろうね??
居る意味なくない??
とかボ~っとしてたらお鉢が回ってきた。
「私としては、地神様の意見もお聞きしたい所なのだが……稜地様は今何処へ?」
「稜地?
最近外出してること多いから……あ~…」
中にいなくても会話を聞く術があったのか、本人から御呼出しを拒否された。
人間が勝手に祀っているだけで、精霊達は世界の秩序を乱す者を排除し平穏と安らぎを与える事が仕事なだけ。
今回は主人であるおれの要望に応えただけで、特別個人に対して思い入れを持つことは無い。
つまり、この国の行く末に興味もないし関わるつもりはない。
そんなことを馬鹿正直に言ったらエリーヤなら半べそくらいかきそうだ。
はて、どうしたものか。
「お坊ちゃんよぉ…
地神の名前ってもんはそう易々と口に出して良いもんじゃねぇぞ。
力を持たない者はそれを認識することも許されねぇ位に尊大なものだ。
それに、仮にも神だ。
人間のくだらないイザコザに神様巻き込もうとするんじゃねぇよ」
思わぬところから助け舟。
『地神様は本当におられたのか!?』
だの
『是非ともご神託を頂戴したい!!』
だの。
ざわついていた連中もエリーヤと同様、ギルマスの言葉を聞いてしゅんと縮こまってうつむいた。
そうか、人間味を感じる機会ばかりが増えて有難味が薄れてきているが、稜地は大晶霊で各地で祀られ、あるいは恐れられている神様の一柱だ。
直接話を聞く方法があったとしても、それに一度でも頼ってしまったら、今後その絶対的強者の意見がなければ何も判断が出来ない・行動が出来ない人間になってしまう可能性がある。
ただ単に、人間の王様が支配する絶対王政から、この際は稜地の意見が絶対的な支配権を持つ政治に変わってしまうだけ。
なんの意味もない。
むしろ、人間に与する存在だとは言え、人ならざる者が治める分たちが悪い。
稜地がこの国のために意見を述べてくれるような奴だったと仮定しよう。
しかし、良かれと思って発言した事でも、人間にとって必ず良いものとなるとは限らない。
何せ、稜地には老いがない。
人間のように脆弱じゃないし、肉体も持たない。
国の発展に役立つ意見があっても、今、自分たちの時代に恩恵を授けて欲しいと願っているのにその結果が何百年も後にしか現れないなら国民は疲弊するだけ。
稜地が片手間に出来るような、例えば水路を引く工事でも、人間が施工したら何年単位で時間もお金もかかる。
やってられるか、と言う話になってしまうのだ。
なのに、精霊信仰をしている人たちは
『精霊様からのお告げは絶対である』
と心の底から思っている。
健康のために毎朝腹踊りをしろと言われればするし、極論、死ねと言われれば喜んでその身を捧げる狂信者だっている。
不服が出たとしてもそれを表面に出さない・出せないし、そもそもそれに不満を抱く自分こそが愚かだと自分を罰すような者も出て来るだろう。
そうなれば人間心の病にかかり生産性が落ち、経済が回らなくなり、国としての機能が成り立たなくなってしまう。
人間が無機生命体の一生を理解できないように、精霊達もまた、人間の視点で物事を考えられるわけがない。
精霊に国を治めて貰う、もしくはご意見番になって貰う、と言うのは仮に協力を仰げたとしても、現実的ではないのだ。
まぁ、その割には稜地は人間臭いと言うか、人間の文化を下手すればおれよりも理解しているみたいだけど。
比較的、人間と近い距離に存在していた為なのだろうか?
稜地なら、もしかしたら良い具合に人間の都合も考えた意見を出してくれるかもしれないが……本人は拒否しているんだし、考えるだけ無駄だ。
ジジィに説教されションボリしている良い年した男連中に対し、やれやれ、とため息をついたギルマスがキビキビと自分の意見をつらつらあげ連ねる。
「国の方向は、もう定まってんだろ。
エリーヤ坊ちゃんは騎士団長の地位継続して防衛のトップ。
副王が回復したら奴が政治的なトップ。
アデリナ嬢ちゃんが司法のトップ。
権力分立させて、それぞれのサポート役任命して、不具合が生じりゃその都度改善。
手探りでも、この国の国民性考慮すりゃ問題ない。
国と国民が互いに支え合ってより良い方向を模索すりゃ良いんだ。
これが現時点でベストな落としどころだろう。
俺がコイツ呼べって言ったのはお国の政治的な話する為じゃねぇのよ。
世界の危機に瀕してる現状、この国がコイツをどんな体制でサポートするのかって話だ」
あぁ、おれの事呼んだのってエリーヤじゃなくジジィなのか。
何だか、規模が大きい話になる予感??
そう言えば、ギルマスはおれに全ての大晶霊を集めて、魔族を封印する為だったか弱体化させるためだったかの楔を打ち直せって言っていたっけ。
稜地と契約したあと、色々なお話聞いてある程度は覚悟していたつもりだけど、本当におれが“セカイヘーワ”の為に動かなきゃいけないの?
まじで??
記憶取り戻すこと優先させちゃうかもしれないのに???
神様に文句言うためって言うのが理由で覚悟決めたっていうのに?????
こんな自分本位で世間知らずなおれが……何かの冗談じゃないだろうか。
落ち込んでいた連中も、顔を上げてこちらに注視してくるので、先ほどよりも居心地が悪い。
お行儀よく着席し続けるなんて芸当は出来ないんだから、さっさと本題に入ってぱっぱと決めるべきこと決めて欲しい。
「俺ぁギルマス権限で金の指名をすることが出来る。
条件は銀であること。
それだけだ。
お前は年齢で制限喰らっているだろうが、実力的にも、調べさせてもらった実績的にも十分金に昇格できる。
金になれば今よりも行動の制限を受け難いし、優遇されることも多い。
この国に所属かつ俺の推薦状があれば、珠まで持って行くことも可能だろう。
どうだ?
受けるか?」
内心冷や汗をかいている所にギルマスの爆弾発言が投下され、主にギルマスの後ろに控えていた冒険者がざわめきよりも先に殺気を放ってくる。
ちょうこあい。
冒険者には大雑把ながらも序列があって、実績や冒険者業を続けている年数などに応じて
鉛、錫、鉄、銅、銀、金の順に冒険者証が発行される。
受けた依頼の数や難易度。
依頼人の要望に応えられているか。
それらを世界各主要都市に置かれているギルドが情報共有し、昇格希望者に試験を受けさせる
合格すれば、めでたく昇格し、位に応じた色が付いた冒険者証が交付される、と言うのが一連の流れ。
おれは銀。
継続年数としてまだまだ若輩者なので金以上になるにはあと十年以上かかるだろう、と銀を取得する時に言われた。
おれの年齢で銀にするのも特例だったそうで、実際におれの実力を見ていない各国のギルドマスターたちからは批判の声が上がったそうだ。
なにせ、金はここ数十年で取得できた奴は片手で足りる程しかおらず、銀も平均すると一年に一人輩出できるか否か、と言う状態だからだそうだ。
過去の、精霊術が盛んだった頃からこの制度があるせいで、交付条件が大昔のまま統一されてしまっていてなかなか条件にかなう人物がいないらしい。
おれで一気に銀になれた事を考えると、ぶっちゃけ世間一般様が貧弱なだけな気がしなくもないが……
おれが非常識らしいので、おれの常識で物事考えちゃだめだな。
反省、反省。
交付してくれたのはジャーティ国の中央都市のギルドマスターだ。
ジャーティは政権交代が激しく、それに伴い貧富の差も酷く、内紛も暴動も日常茶飯事。
多数の冒険者が途中辞退したり、遂行出来なかった依頼を赤札と通称で言われているのだが、それをジャーティ出身だと聞いていた母さんのコネを使って解決しまくった実績を前面に推して、見事おれの銀を交付してくれた。
実際はこの国出身だそうだけど……なんで母さんはそんな嘘をついたのだろうか??
何百年も前にこの国を出たって話だったし、あまりにも昔過ぎて忘れてしまったのだろうか。
……痴呆が入ったりしてないよ…な??
だなんて失礼な事を考えていたら背筋に寒気が走る。
あの母さんの事だ。
悪口を察知して念の一つでも飛ばして来たに違いない。
おれ自身の実力だけでは決してないので少々心が痛むが、ジャーティのギルマス曰く
『そういう横の繋がりや相手を黙らせることが出来るだけのバックグラウンドを持っているのも実力の内だ』
と言う事だそうだ。
実戦経験こそ少ないが、精霊術も剣術も申し分ないのだし、自信を持っても良い、と言うお墨付きも貰って。
しかし、たかが国一個の窮地救う手助けしただけで、金になんて昇格させて良いのか?
おれが稜地使ってアコギな金儲けしたり、セカイセーフク企んだりするとは思わないのだろうか??
ようは悪用する危険性だって孕んでいるだろうに。
おれは正義の味方でも何でもないし、吟遊詩人の謳う冒険譚に出て来る英雄のような事は出来ないぞ。
「少なくとも、国所属ってのはナシ。
珠なんて、三英雄にしか与えられていない位じゃないか。
おれには荷が重すぎるね」
そう。
一般的には知られていないが、金の上にもう一つ“珠”と言う位がある。
古代じゃない方の三英雄である、オラクル、アーク、アスラにのみ交付されていると言われている特別な位。
実際は他にも殉職してその位を賜った人物もいるようだが、存命中にその位が交付されたのは三人のみ。
現在、生涯を冒険に捧げた人間ですら、金になれる事は殆どない、と言われているのに、それを何百年、何千年も前に大晶霊と契約したり大戦を終結させたりして世界を平和に導いた英雄殿たちと同じ位に、若輩者のおれがなれと?
むり、むり。
ってか嫌。
珠の冒険者証がどんなんかはちょっと気になるけど、そんな大層な事出来る訳がないのに地位だけ貰うのは違うでしょ。
……やらなければならないのは三英雄達と同じような事みたいだけどさ。
それこそ、出来た時にく~ださ~いな~って言えば良いだけだし。
何もしてない今、出来るかも解らないのに貰うのはだめ、ぜったい。
「金に関しては、確かに交付されれば色々やれることあるし魅力的だけど……
わざわざコネ使って交付されなきゃ得られない地位って訳でもないんだし。
自分の実力で獲るよ」
銀の時は冒険者証そのものを発行する段階で、単純に申請の時に
『今獲得できる一番上の位が良いっす~』
って言ったからと言ってしまったが為に、どのランクをスタート地点にするか、と言う協議期間の内に、ジャーティのギルマスに言われたあれやこれやを解決してたら、いつの間にか交付された、と言う流れだった。
だから、今度こそ自分の実力で獲りたいんだよね。
本当に、金の実力があるんだったら、勤続年数なんて些細な事だと思わせる位のことやってのけなくちゃ。
なにせ、珠の冒険者達と似たような事しなくちゃいけないんだから。
金位簡単に獲得しなくちゃね。
うぅ、胃が痛い。
「けっ、そーかよ。
お前ぇらも、嫉妬する前にコイツ見習って実力磨け!」
ギルマスのコネを使って金に昇格!
うらやま!!
って思って殺気放って来ていた冒険者達もしゅんと縮こまる。
え、なんなの、この絵面??
大の大人たちが怒られてションボリしている室内とか滑稽でしかないんだけど。
「そんなもん……って言ったら反感買うかもしれないけど、冒険者は“何にも囚われない自由”が信条だろ?
そんなもん受けたら、窮屈でたまらないよ」
言って笑うと、ギルマスが動揺を隠しきれずに鳩が豆鉄砲喰らったような顔になる。
ん?
何に動揺したんだい??
このジジィは。
「あ~……ちょっと、席外させろ。
ガキ、お前ぇも来い」
「え~
ジジィと二人きりでとか、ないわ~」
口では文句を言いながらも、とりあえずギルマスの後ろに付いて退席する。
政治の事とかチンプンカンプンだし、妙な空気になっていたから、どうやって抜け出そうかと思っていたんだよね~
僥倖、僥倖。
エリーヤは、付いてきたそうだったけれど、こいつがいなければ何も話が進まない訳だし、離れる訳にもいかないだろ。
すぐ戻る、と応接室に残された人たちに一言残して退席した。