25
目を開くと、見慣れぬ景色が目の前に広がっていた。
背の低い天井でもない。
ゴツゴツした石造りの牢屋でもない。
なにも……何もない景色。
そう、知覚認識が出来るものが何もない、360度どころか足元も頭上も全方に向真っ白な世界が、どこまでも、どこまでも広がっている。
見慣れないけれど、見た事はある風景。
立っていると認識する事は出来るがその感覚もなく、足元には立つべき地面も存在せず、温度も感じる事の無い、不思議な空間。
あれだ。
リーナを治す為に治癒術を使った時に見た白昼夢。
あの光の中に居るかのような辺り一面白く輝く世界。
それが四方どこを見渡しても広がっている。
つまり、ここは夢の世界…?
夢は幾度となく見たことがあるが『これは夢だ』と意識して観た事は今まで一度もないなぁ…
頬をぽりぽりと掻いて、どうすれば夢から覚める事が出来るかと思案していると、白かった空間は閉ざされ、突如景色が目まぐるしく切り替わる。
とある青年が、あの遺跡で少女と邂逅する場面。
遺跡の奥で青年に面影が似ている壮年の男性と、その人物より少し若い男性が口論している場面。
そしてその男性が控えていた兵士に命じて壮年の男性を殺す場面。
遺跡から戻った男性が民を統治するが、次第に国が衰退していく様。
成長した青年が傍らに少女を携え男性を討つ場面。
新たな統治者となった青年とその伴侶になった少女が子をもうけ皆に祝福される場面。
少女が国民に弑されそうになり、内に秘めた力が暴走する場面。
青年が遺跡の奥にある宝石に、自分の子ら数名で力が暴走した少女を封印する場面。
彼らが去った後、少女が流した涙から瘴気を放つナニカが生まれ出、いずこかへ消えた場面。
やがて青年も老い、その子供が父親の墓所に少女が封印されている宝石と共に埋葬する場面。
幾ばくかの時が流れ、何者かがその墓を暴き宝石を持ち去ってしまう場面。
更に場面は切り替わる。
エリーヤの叔父である副王が膨大な紙束の資料を読み頭を抱える場面。
提出された資料を国王が読み思案したのち、ギルマスを呼び出し何かを言いつける場面。
国王と副王が口論している場面。
副王がエリーヤに何かを渡し、エリーヤが旅経つ場面。
リーナが副王に手渡された資料の束に目を通し涙を流し崩れ落ちる場面。
副王が苦虫を噛み潰したように顔をしかめた後、リーナが国王を弑逆する場面。
二人が時計台の中央にはめ込まれた宝石から伸びてきた黒い靄をまとい封印を解呪しようとする場面。
そこへたどり着いたおれ達と戦う二人と、宝石の封印から逃れ出た二つの影。
一つはおれの放った治癒術により浄化され掻き消えたが、もう一つは逃れ王宮内へと至る。
そいつは歩みを進めると共に人の姿へと形を変え、血塗られた玉座に腰掛け、ニタリと不気味に口を歪めると、身の内に残っていた魔力をまき散らし、消えて行った。
──辺りは再び白一面の景色に戻った。
この国の前身となる国の成り立ちから何百年と言う間の歴史を一気に叩きこまれたせいで酷く頭が痛む。
その痛みを伴う頭を抱えている所にナニカが現れる。
叩きこまれたこの国の歴史の最後──最後と言うか、現在の状況を最後に見せられただけか。
リーナ達の戦闘後、血で染まった玉座に腰掛け薄く不気味な笑みをこちらに向かって浮かべていた人物が、その時の姿恰好そのままに現れた。
そして──
《あなたも、こちらにおいでなさい》
その人物が、口を開いた。
おれに向かって。
どうやら、無理矢理記憶を頭に叩き込まれた影響で幻覚を見ている訳では無いようだ。
「……今のは…?」
《この大地に眠る、記憶の欠片よ》
不気味な笑みを浮かべたまま口を開くその人物は、よくよく見ると髪の色こそ違うが、先ほど見せられた風景の中に出てきた封印された少女の姿をしていた。
少女の髪の毛は紫檀色をしていたが、目の前のこいつの場合は純黒だ。
《間違いなく、本人よ。
先程は、どうも》
立ち上がり優雅に一礼をしてくる少女。
やはりと言うか、おれの考えが読めるらしい。
先程、と言うのは屋上での戦いを指しているのだろう。
こいつが先ほどの“大地の記憶”で見た少女と、屋上で対峙した魔族と同一人物だと?
正直、信じられない。
あの少女はそんな禍々しい力をまとってはいなかった。
どちらかと言うと稜地に近い、神々しいまでの霊力を持っていた。
見た目こそ同じだが、雰囲気は真逆も良い所である。
……あぁ、宝石に封印される前後で、今の雰囲気に近い物にはなっていたかも?
正直、一気に目まぐるしく記憶を叩きこまれたせいで、いまいち詳細を覚えていない。
《あなた達の言う所の“魔堕ち”をした聖隷を見るのは初めて?
聖隷以上に、新しい魔族なんて生まれないものね》
言葉を1つかけられるたびに、後ずさりしたい衝動に駆られる。
綺麗な見た目をしているくせに、能面のように貼りついている口元だけに浮かべている笑み。
そして、どこを見ているかも判らない視線に知らず知らずのうちに、得も知れぬ恐怖を感じてしまうのだ。
あれだ。
フートと対峙した時に近いものがあるかもしれない。
いや、それでも、あいつは感情をむき出しにして襲ってきた分、まだ人間味があった。
絶対的な力の差にこそ恐怖を覚えたけれど、目の前のこいつは力の差以前に、まとっている禍々しい雰囲気に恐怖を覚える。
しかし、この国を取り巻く不幸の原因の一端にこいつが関わっているのだろうし、なるべく情報を引き出したい。
凄い速度で頭の中を過ぎ去って行ったが、この国の歴史はある事を繰り返している。
呪いのように。
なんども、なんども。
兄王が弟に殺される、と言う悲劇が。
「……こっちに来いっていうのは、どういう意味?」
《そのままの意味よ。
神みたいな傲慢な奴に付かずに、こちら側にいらっしゃいって言っているの》
神?
いやいや。
神様だなんて会ったこともないし、そんな会ったこともないような存在の味方に付いた覚えなんてないんだけどな……
ん?……神??
そう言えば、稜地はギルマスとかフートに地“神“って呼ばれていたよな。
神って、大晶霊の事を指して言っているのだろうか。
《ご明察。
大晶霊と呼ばれている存在は太古から魔族と相対している神サマ達。
その神々の親玉と、魔族の王はこの世界が生まれる前からの因縁があるの。
私はまだ新参者の立場だし、出来れば強い力を持つ存在をスカウトしてこちら側の勢力拡大を図りたい所だったの》
言葉と共に玉座の前に立っていた姿が消えた。
そして首筋に、背後から回された血の気が引くほど冷たい手の感触が伝わってくる。
《……ね?良いでしょう?
偉大なるヨゴスよ》
首へと回され力が込められる、その女性の、指。
その手を振り払うようにバッと裏拳をかますと、ゴッ!と鈍い音が響いた。
え、まさか夢の中なのに攻撃出来るの?
……と思ったが、違った。
目を開けて上体を起こすと、悶絶してうずくまっているエリーヤが床に転がっていた。
何というか、こいつっていつもこういう目にあうよね。
そう言うお星様の下に生まれちゃったのかな?
それをしたおれが言えるセリフじゃないか。
「おぅ、やっと目ぇ覚ましたか」
言って寝台の周りを囲っている薄く透き通っている天蓋を開けたのは、神威を解いて元のクソジジイの見た目に戻ったギルマスだった。
「三日三晩目ぇ覚まさねぇもんだから、エリーヤが心底心配していたぞ」
「…ギルマス、そういう事は本人のいない所で言って下さい。」
おれが殴った所とは別の、頬を赤く染めてギルマスに文句を言うエリーヤ。
様子を見るに、あの魔族の脅威は去ったと判断すれば良いのだろうか。
さっきまでの雰囲気と違い軽快に繰り広げられる会話。
夢の中でとは言え魔族と対峙していたものだから、いまいち安心して良いのか判断に困る。
頭の処理が、混乱しているせいで追いつかない。
脳みそが寝惚けているのもあるだろうが。
現実と夢とがごちゃ混ぜになってしまっていると言うか…
…あ。
あの白昼夢?で視た青年……よりも、その子供の成長した姿。
ギルマスの神威化した姿、そのままなんだ。
若返った、じゃないや。
若い時のギルマスの姿。
そうだよ。
エリーヤの容姿。
呪いの始まりの出来事。
あの、魔族化したと言う自称・元晶霊の少女。
彼女の伴侶となった青年の父親らしき壮年の男性を殺した、あの男性に似ているのだ。
えぇっと、たしか……
「…クレイ バンリ…?ハルカ…??
……モリス ダイチ…?」
確か、そんな名前で呼ばれていた居た。
モリス・ダイチは……えぇっと、どこで聞いたんだっけ?
「おい、小童。
何故その名前を知っている」
へ?
突如放たれる、殺気とも言える異様な雰囲気に身が縮こまる。
おれ、なんか言ってはいけない言葉言っちゃったの??
大地の記憶の中で聞いた名前言っただけだよね??
「森須 大地と呉井 万里、並びに呉井 遥。
それはこの土地に忌名として封印された名前だ。
何故お前が知っている。」
鬼気迫る勢いで両腕をがっちり掴まれ、いつもとは違う真面目な雰囲気で問い質される。
「ギルマス!
レイシスは病み上がりですよ!
なにが貴方をそうさせるかは判りませんが、彼を乱暴に扱うのは辞めて下さい。」
おれとギルマスの間に割って入ってギルマスを落ち着かせようとなだめるエリーヤ。
ギルマスは渋い顔をしながらもゆっくりとその手を放してくれた。
正直、助かった。
あのまま腕を掴まれたままだったら、下手をしたら折れていただろう。
それ位緊迫した雰囲気で力任せに乱暴に掴まれた。
寒くもないのに両腕をさすりながら、おれは先ほどまで見ていた白昼夢の話をした。
宝石に封印されていたであろう、自称・元精霊なる魔族に見せられた大地の記憶の欠片の話を。
「──…そうか。」
何の前置きもなく目まぐるしく過ぎて言った大地の記憶を、拙いながらも一通り説明し終えると、終始無言を貫いていたギルマスが一言告げ、また口を閉ざした。
稜地も、おれの中から出てきて一緒に寝床に座っているけれど、会話には混ざらずギルマス同様重い空気を漂わせて何か思いに耽っている。
エリーヤと顔を見合わせるが、空気を読んで互いに何も言えずにいる。
それこそ、エリーヤは自分が不在の時に何がこの国で起こったのか、グレゴリーから聞いた偏った内容しか知らないのだ。
それとおれが話した内容とが違ったら、何が本当に起こった事なのか真実を見極めたいだろう。
そうでなくても、この国が繰り返して来た歴史の末端に彼は居る。
ギルマスにしても、稜地にしても、この様子を見るとなにかしら知っているだろう。
当事者の一人なのだから、あれこれ二人に聞きたいだろうに、我慢し口をつぐんでいる。
なによりも。
おれ、目冷めたばっかで手水も行きたいしお腹もすいているんだけど……
そんな事を言い出せるような雰囲気ではなかった。
唯一の救いが、エリーヤが水差しを用意してくれていたのでそれで水分補給が出来た事だな。
ありがたや。
「──…話は、この国の成り立ちまで遡る」
自分の心の整理が出来たのか、おもむろに口を開くギルマス。
語られたのは、おれが視た大地の記憶を当事者目線で捉えた、何百年も昔の話だった。
おれの膀胱、破裂しないと良いな。
古代、今とは違いここら辺一体の土地は豊かな土壌に恵まれていた。
カリスマ性溢れる王が存在し、他国に劣らず聖隷の恩恵も授かることが出来、それはそれは発展した大きな国が存在したそうだ。
聖隷の中でも上位とされる雷に属するものに愛された、豊かな国。
高位の聖隷が数多く存在し、豊かな暮らしが約束された愛された土地。
民は恩恵の感謝を祈りに捧げ、信仰心を表すように国王は聖隷の主が居るとされる遺跡の上にそれを崇める為の大きな神殿を建てた。
遺跡の上に神殿、と言うと聖隷の住居を潰しているかの感覚を覚えるが、そうではなく。
昔は崩れかけたみすぼらしい、自身が崇める聖隷に似つかわしくない遺跡の上に、信仰心を表す為に立派な神殿を建てるのが常識だったそうだ。
その信仰に応えるように聖隷は力を増し、祈りに呼応し人々に力を授け、ますます発展していき──発展しすぎた。
今では失われた他国より何十年も先を行く技術が当然のように使われ、働く者の方が少なく、諍いも少ない代わりに刺激もない。
幸福であることが当たり前になった生活。
それを狙い侵略しようとてくる国もあったが、聖隷の加護によりそれらは尽く退けられ、安寧を約束された暮らし。
それが平常となって数十年。
次世代の王が国を治めるようになって数年。
ぬるま湯に浸かっているかのような安心感を覚える政治が続いた。
──しかし。
いつの世も、求めすぎる物は滅びの一途をたどる。
より裕福な生活を求める王弟と多数の国民。
それを好しとしない王と、争いの恐ろしさを知る年老いた少数の国民。
二つの勢力が対立した。
欲にまみれた者には聖隷の加護は少なかったが頭数は多い。
今の恵みに感謝している者たちは強力な力が授けられたが味方が少ない。
拮抗した内紛は数年に及び、大地は血にまみれた。
その大地に住まう聖隷は穢れた血を浴び力を徐々に失い、国王派は嘆き悲しんだ。
聖隷の加護が徐々に失われるのを察知して近隣の国々は虎視眈々と王国に攻め入る隙を狙って来ている事も、悩ましい状態。
そんな折に、王弟から降伏の旨が書かれた書状が届く。
元々平和主義であり戦を好まぬ性格の国王は、喜びそれを受領した。
しかし、その王子は王弟の狡猾な性格を熟知しており、その書状を訝しんだ。
停戦協定を聖隷の前で誓う約束の日。
約束通り単身神殿へと足を運ぶ国王。
その後をこっそりとついていく王子。
王子は道の途中で国王を見失い迷子になってしまう。
その時だ。
聖隷の身でありながら、人々の想いを受け物質へと至りヒトの身へと転じた少女と出会ったのは。
神々しいまでの力と美貌を有する少女の言葉に導かれるままに、王子は国王救出のために神殿の奥、遺跡の最深部へと向かうが、時すでに遅し。
柱の陰に潜んでいた王弟派の兵士の手によって、王子の目の前で国王は殺される。
このままでは王子の身が危ないと、国への加護を使命とされた少女は王子を伴い亡命。
その力を以って王子が力を付けるまで、陰ながら支える。
王弟が新たなる国王となったその国。
国土を順調に広げ植民地を増やし、かつてない程裕福な暮らしが実現する事となった。
植民地から連れ去ってきた奴隷への加虐心が芽生えた国民は、更なる刺激を求め純粋な穢れ無き心を失っていく。
その一見裕福な暮らしは自分達の武功によるもの、侵略により勝ち得た物であり、聖隷の恵みなどではない。
自分達の実力であり、聖隷などに頼らずとも生きていける。
そう、人々は聖隷への祈りを一切しなくなり、元々薄れていた恩恵は無に等しくなっていた。
その期を見逃さなかった、植民地化されていた各国と侵略を狙っていた諸国は戦争を起こす。
大地の恵みは減り、子は育たず、徴兵され男子は居なくなる。
そんな暮らしに不満を募らせた国民は、過去王弟がもたらした富と裕福な暮らしを忘れ、厚顔無恥にも新たな筆頭を据え、王弟を相手取り内紛を起こす。
その時大頭したのが亡命先で力をつけた王子だった。
王子は生来のカリスマ性により、亡命先で築いた人脈を以って軍民を率い、聖隷の結晶とも言える強力な力を持つ少女を携え見事王弟を討ち、王国を立て直すことに成功。
王子は王弟の子供たちに慈悲の心を与え、これ以上の血を流す必要な無いと処刑はせず、自分と国を支える事を誓わせ副官として役職をもうけた。
王子と少女はやがて結ばれ子を授かり、平和な世の中に──なるはずだった。
王妃がいつまでも若く美しいままである事。
それを不思議に思う国民は、いなかった。
戦争が起こる前は、今よりも聖隷と人間の関係がとても近く、聖隷がヒトへと至ることも、またその逆も、頻繁にではないが起こり得たからだ。
王妃の存在は、また聖隷からの恩恵が与えられる事が確約されたも同然である証拠だと、それを喜ぶ者ばかりであった。
王弟を討取った力に恐怖する者も居なかった。
力のある聖隷はヒトの想像に及ぶことも出来ない次元の術を使う事が出来たからだ。
その恩恵にあやかることが出来る事の幸福を、生き神とも言える存在が国の頂点にいる事の幸運を、国民は喜び心から崇め以前にも増して更に国は豊かになって行った。
戦争の愚かさと聖隷の加護が無くなる事への恐怖から、聖隷信仰、また王妃への信仰心は更に深い物へとなっていく。
しかしそれに、疑問を持った者がいた。
国王、その人である。
自分が立つべき歓声の中にいるのは王妃であった。
自分より秀でた魅力を持ち、民草に愛された王妃を、それに酷く劣る自分を見限りいつか訪れるかもしれない裏切りを、王は恐れた。
その心こそ恐ろしいと、王は祈りを捧げる為神殿深部で懺悔した。
自身の父親が殺され、血塗られた、その場所で。
その場にいたのは、聖隷でも、その主である神でもなく、聖隷と人々の聖隷への祈りによって力を封じられていた強大な力を持つ魔族であった。
そして、封印の間が血に染められたことで封印の効力が薄れていた。
更に、信仰心が一時期でも無くなってしまったために、魔族はその期を見逃さず力を徐々にだが取戻し、その時、封印はあってないようなものとなってしまっていた。
心の隙に漬け込まれ、封印されていた魔族に囁かれ、王は遂に王妃を手にかける決意をする。
そして悲劇の始まりである、王妃の封印に至る。
王妃は神殿に封印されていた魔族であると触れこみを出し、ねつ造された証拠品を次々と国民へ知らしめ、国王は王妃を捕え糾弾した。
王妃は事実無根であると、王に、王子に、国民に、全ての者たちに訴えた。
しかし、誰も王妃が“魔族ではない証拠”が出せなかった。
しかし、魔族である証拠は真実味に欠け、聖隷である証拠は出せないものの聖隷ではない証拠も同様に出せないと、王子は母が処刑されることに最後まで抵抗した。
だが、たった一人では無力。
息子による訴えにより、せめてもの情けで殺しはしない、聖隷の主に浄化して貰う、と言う名目で王は王妃を神殿の奥まで連行していった。
実際は、魔族が王妃の霊力を喰い自分の復活のための糧にする為に王をそそのかしたのであったようだが……それが裏目に出る結果となる。
封印の直前。
愛する者に裏切られた王妃は、哀しみに血の涙を流し、その強大な力を闇へと堕とした。
そこに封印されていた魔族を優に凌ぐその力の前では、強大とされていた魔族も無力であり、王妃にその力も核も全て喰らい尽くされた。
そして王妃は、裏切ったヒトを、自分を生んだ大地を呪った。
≪幾度となく繰り返す愚かな歴史に終止符を打つために、必ず復活してやる≫
そう呪詛を吐きながら封印されていった。
王妃を魔堕ちさせた事によりその土地の聖隷に見放された上、人の身による威力が弱い封印で王妃を封印した為、神殿からは瘴気が溢れ出た。
そして、大地は痩せ枯れていき、過去余程の事がない限り確認されなかった魔獣が近隣にはびこるようになった。
魔族の掌で踊らされていた国王は、王妃にその魔族が喰われたことによりその幻惑から解放された。
自分のしたことを悔いた国王は、王位を退き晩年は王妃への贖罪の為にのみ生き、死後も王妃の怒りを鎮める事にのみ魂を捧げたいと、王国に代々伝わる聖剣を用い王子にその胸を貫いて貰い、王妃が封印されている宝石と共に神殿の奥地にて埋葬される。
しかし、瘴気は薄まる事なく、国民は困窮した暮らしに疲弊していった。
そんな中、その国に英雄と囁かれた三人の旅人が現れる。
英雄の一人により魔獣を皆殺にして貰い、
英雄の一人により封印を強固にして貰い、
英雄の一人により聖隷を呼び戻して貰う。
王位を継いでいた王子は英雄の薦めにより王位を退き、唯一の血縁であった自身のはとこ達に譲った。
そして三人の英雄に祝福され、その身を半聖隷へと転じさせ永い時を生きる、この地を守る守護者となった。
そうして国は再起されたかに思えた。
しかし、後に判明した事がある。
王妃の呪いの為なのか。
この国の国王は、必ず、兄は弟に殺され、弟は兄の息子に殺される。
そして、必ず世継ぎが生まれ呪いが発動する度に、封印が綻んでいく。
王妃を封印するに至った一連の騒動を再現するかのごとく。
どれだけ未然に防ごうと、どれだけ対処しても。
男児が生まれたら次の子は産まぬようにと定めても、意味をなさなかった。
必ず双子で生まれて来るせいで。
弟を国外へ養子へ出しても意味がなかった。
必ず巡り合い、諍いが起きて兄が殺されるから。
人の知恵を絞った対処をしても全く意味を為さない。
正しく、呪いだ。
長年経過した王妃の封印は、中世へと至った際にその効力を更に弱め、世界中で溢れ出はじめた魔族に更なる力を与える瘴気をより濃く放つようになる。
守護者となって呪いの対処や国の発展・衰退防止に粉骨砕身の努力を重ねていた元・王子は、自身の力量不足を嘆きながらも、古代英雄を召喚し、再び瘴気を封じ込むための施しを乞う。
そしてその願いを叶えるべく、英雄は大地に楔を埋め込んだ。
封印された王妃が魔に転ずる前にその身を満たしていた雷の霊力と反する、地を司る神を。
もはや最高位である地神程の力を持つ者でなければ抑えられない位に、その地は瘴気を放つようになっていたのだ。
生物の住まう土地としては適さないと、最盛期の何十分の一と言う規模にまで縮小してしまった弱小国家と成り果てた国を立て直す為にも、この地から離れるべきだと英雄から進言された当時の国王は、数百年続いた国家を畳み、新境地にて新たな国、ヴェルーキエを興す。
そこから、稜地の居たドハラ神殿の方向へ向かって毎日礼をするのが、国民の義務となり日課となった。
稜地へ力を与える為に。
王妃の封印が綻ばぬように。
瘴気が二度と溢れ出ぬように。
しかし、現代では魔族そのものの脅威が薄れている。
そのため、魔族を鎮める意味合いはほぼなく、精霊に感謝をするための祈りの儀式と言う形式だけ残って伝わっている。
精霊はその祈りを受け大地に恩恵を与えるべく、瘴気を消す為に日夜奮闘。
力の消失の際その姿を輝石へと変えて、この国を守るための祈りの儀式の糧となり、またその糧を受け、精霊は神殿から微弱に漏れ出ている瘴気を消す。
土地を移したことと稜地が封印を担っていた事もあり、新国家となってからは封印が綻びる事もなく安定していたように思えたのだが…
「副王が何かしら謀反を起こす考えに至る資料を発見して、今回の騒動が起きたと言う事か」
ギルマスはゆっくりと頭を左右に振り、話を続ける。