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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
プロローグ 第三章
22/110

21

霊力の動きから無事に移動が終わったことが判ったので目を開けると、薄暗いながらも内部の状況が把握出来る部屋に転移したことがわかった。

城の一室と考えると小ぶりな気もするが、それはそれは豪華な部屋を窺い見ると、侵入者予防なのか、窓は装飾が施され縦に長細い作りのものがいくつもあり、そこから月明かりが射していた。

照明器具が1つも点いていないのに、部屋の状況が判るのは、このおかげか。


てっきり、エリーヤの部屋とか副王が居そうな謁見の間的な所に転移すると思っていたんだけど……

……ここ、どうみても少女趣味かつ頭の中お花畑ないかにもお姫様が過ごしていそうなお部屋なんですけど…


どういう事か問い質そうと横を見上げると、口を開いて硬直しているエリーヤの姿。

おれ、まだ、目開けて良いよって声かけてないよね…?


「おいこら。

 なんでこっちが何も言ってないのに目開けてんだよっ」


「レイシスが詠唱を始めた時に何の説明も宣言もなく突然触って来たから何事かと思って目を開けてしまったんだ。

 済まない…」


横腹を肘鉄で小突いて注意をすると、悪態をつきたくなる言葉を返してくる。

おれがコイツに触れたのは詠唱を始める前の事だ。

つまり。


「……詠唱も?」


「…………済まない…」


如実に答えの内容が判る申し訳なさそうな顔と、謝罪の言葉。

あぁ、もう。

父さんに叱られる…恐ろしい……


「本当に済まない…

 それにしても、やはり凄いな、君は。

 神代以前の言葉を操ることが出来るなんて。」


「ん?お前、あの言葉がどういう意味か解んの?」


「座学で多少学んだことがある程度だし、クァムジュが使われていた時代、もしくはそれ以前に使われていた言語だからその全てが解明されている訳ではないから正しく理解できている訳ではないだろうがな。」


おぉ、見た目脳筋な割に意外と知識人!

それとも、王子とかそう言う身分の人間はこういうこと学ぶのも当たり前なのか?


「詳しい話を聞きたい所だし、言いつけ破った罰を与えたい所だけど、既に敵の陣地に潜入しているから全部後回しな。

 んで、ここは今どの辺?」


質問してきたのはレイシスなのに…

と愚痴をこぼすエリーヤの言葉は華麗に無視して説明を促す。


この部屋はエリーヤの妹であるお姫様の、現在使われていない部屋だそうだ。

幼い頃に使っていた部屋で、現在は誰も使用しておらず、位置としては謁見の間などの政務を行う場所が固められている天守閣に近い位置にあるようだ。

ただ、城塞にも隣接しており、そこに魔堕ちしている兵士や副王派の敵対している人間が詰めて居たら交戦になった際こちらに不利になる可能性が非常に高いとの事。

少なくとも、見回りなどの勤務をしていない兵士は通常そこに居り、城に泊まり込みをして警護に当たるような騎士の寝所もその城塞の上階にあるそうで、現在謀反を起こしたとされているエリーヤは見つかったら非常にまずい事になりそうだ。


魔堕ちうんぬん関係なく、誤解とは言え反逆者は見つけ次第即行囚われるだろう。

しかも、脱獄している事実は変わりないしね。

兵士や騎士の役目として、脱獄者を放っておくわけにはいかないわなぁ。


他人事のように言っているが、おれもそうだね。

脱獄者だったね。

はっはっはっ。


置いといて。


副王が居る可能性が高いのは、現在おれらが居る居館の上部か中央部の天守閣のどこかだろうとのこと。

居館は上部に行けば行くほど身分が高い者が過ごす私室が設けられており、このお姫様の部屋は真ん中よりも少し下の位置にあるそうだ。

天守閣へ続く渡り廊下がこの1つ上の階にあるそうなので、天守閣を目指すならそこを利用した方が早いとの事。

居館上部にいるなら、渡り廊下とは反対方向へと進み階段を利用する必要があるそうだ。

しかし、侵入者対策も兼ねて各階ごとに扉が設置されており、通常なら解放されているそれもこんな状況だと固く閉ざされ施錠されているだろう、と。


悪人は高い所に居るのが定石だけれど、現在まだ国王になっていない副王が国王の部屋に居るとは考えにくい。

王位に固執していたであろう輩だと天守閣に設けられている謁見の間の玉座に居る可能性が高いか…?


うん。

まだ、夜の帳も下りたばかりのこの時間。

深夜なら私室に居る可能性が一番高いが、この時間なら、玉座でふんぞり返ってニヤついていると考えるのが妥当だろう。


エリーヤが脱獄したと言う知らせは既に副王の耳に入っていると思っておいた方が良い。

見回りをしている兵士の足音こそ聞こえはしないが、稜地が対処しきれないと匙を投げる程の量の魔力溜が城内にはびこっている所為なのか、嫌な雰囲気が渦巻いているのは解る。

正直言って、酔いそうな程に不快な空気だ。

そのせいもあり、気配がいまいち読めず上階にどれだけ人が居るのかとか、どれだけの人間が階下の詰所に居るのか、大体でも把握できないのが辛い。

稜地がやってくれたみたいに、自分の霊力で脳内地図の表示が出来ないかと試しにやってみたのだが、イメージが追い付かないのか、魔力に阻まれているのか、はたまたかなりの高等技術でおれの霊力が足りないからなのか、残念ながら出来なかった。


おぼろげに、この城の大体の広さやどういう構造になっているのかは分かったけれど。

エリーヤの説明と照らし合わせて、

『あぁ、この高い塔が西に位置していると言う監視塔か』

とか

『おぉ、中央へ続く渡り廊下と言うのはこれか』

とかその程度の把握が出来る程度だった。

勿論、何の予備知識もない状態よりは行動しやすいだろう。

それこそ、かなり集中すれば渡り廊下の幅がどれだけあるのか何か隠れる事が出来るような障害物があるかがぼんやりと解るので、戦闘になった時どういう行動をとれば良いのかあらかじめ考えておくことができる。

気配として……渡り廊下の端と端にそれぞれ二人一組で見張りがいるっぽい事も解った。


そうか。

この調子で中央の謁見の間とかに人が居るかどうかだけでも見ておくか。


集中力が必要な精霊術使いたいから、とくぎを刺してエリーヤに外を警戒しておくようにお願いして、渡り廊下より先の天守閣へと意識を向ける。

長い廊下を抜けたどり着くのは吹き抜けになっている玄関。

嫌味に見えない、しかし絢爛豪華な作りの装飾品と、一部焼き払われてしまったようだが、多分、大きな王の肖像画が飾ってある。


ある程度術の行使に慣れてきたのか、結構物が鮮明に見えるようになってきたぞ。

威厳はあまり感じられない、柔和な雰囲気の王の肖像画の横にはドレスを身にまとった綺麗な女性や愛らしい子供たちの肖像画も飾ってある。

男の子は…面影があるし、エリーヤかな?

王以外の肖像画は破壊しなかったのか。


奥の扉をすり抜けても、まだ謁見の間にはたどり着かない。

広い、柱が沢山並んでいる広間を進む。

その柱のいくつかは中が空洞になっており人が入れるようだ。

侵入者が来た時に不意打ちの攻撃をしかけられるようになのか、細く小さな穴が開いていた。

天井も、いくつか装飾に紛れて人が忍ぶことが出来る箇所が見て取れる。


そこを突き進み広い、広い大広間。

謁見の間のその先にある階段の上に位置している玉座。

そこに居るのは、肖像画に描かれていた王ではなく、顔立ちこそ似ているが雰囲気はまるで違う、威圧感をまとった中年の男性だった。

眉間に深いしわを刻み、物思いに耽っているのか目を閉じている。


……が、その目が不意にあいて、こちらを睨みつけた。


精霊を介して現場の状況を窺っているだけだし、こちらに気付いている訳がない。

普通ならそう判断して調査を続行するが、確かに、目があった。

……気がした。


気のせいだとは思えない程、これは不味いと頭の中で警告が鳴り響いているのが解る。

ヤバイ。

逃げなければ。


「……失せろ。」


逃げの判断を下した途端に、その男性が一言、呟くと同時に部屋の四隅に半端ない規模の魔力溜が出現。

そこから魔力が一気に溢れ出して、触手のようにうねりながらこちらに向かってくる。


どういう事だよ!?

と文句を吐きたい気分だがそんな暇があったら逃げなければ。

慌てて術を解除しようとするが、その途中、幾多にも襲い掛かってくる魔力の触手のせいで集中できず解除するのにどうしても時間がかかってしまう。


四方から襲ってくるとか卑怯だし!

背後から一撃を喰らうも、悪態をつきながらやっとの思いで術を解除し、元の部屋へと意識を戻すことに成功した。


あの、最後に喰らった攻撃の感覚。

あれだ。

稜地に魂直接揺さぶられて起こされた時に似てる。

あれは、精身体への直接攻撃を仕掛けられていたのか…

逃げ遅れて居たら、魂が消え失せて、おれ、死んでたところ、だった、のか……


……こわっ!!!


え、精霊術使っているつもりだったんですけど!?

魂直接飛ばしてしまっていたの!!?おれ!!??


慣れない術をぶっつけ本番で使ってはいけない、と言う事だね。

勉強になりました…


最近、稜地と契約してからなんだかんだ言って初めて使う術でも結果として問題なかったから油断していたと言う事か。

あれは、おれの力じゃなく、稜地の補助があってこそなせる業だった。

おれの力自体は強くなっていない。

そう、おれは人並み。

強くない。

驕ってはいけない。


うん、油断していたつもりはないけど、自分の能力を過信しすぎていたと言う事だね。

気を引き締めていこう。


虚脱感を多少覚えるが、身体を動かす事自体は特に問題ないな。


「エリーヤ、副王の位置を確認した。

 術の行使に失敗して、侵入したのばれたと思うし、玉座に急ぐぞ」


「……どうも、展開が早くて飲めないのだが…」


そうね、特に説明もなく精霊術使っているものね。


「説明は余裕があったら走りながらしよう。

 侵入者発見の伝令が伝わりきってしまう前に目的地着きたいだろ?」


エリーヤも、元部下や顔なじみの人間と剣をかわすのは不本意だろうし。

親玉倒す前に交戦しすぎて体力尽きてしまうなんてことがあっても笑えないし。

極力戦闘は避けた方が良いに決まってる。


……そうだよね。

うん、うん。


エリーヤには悪いけれど、仕方ないよね~

説明する時間の余裕、無くなるけど文句は受け付けないよ~


部屋から外の気配を窺い、今廊下に人が居ない事をお互い確認。

短く『行くぞ』とだけ告げ扉を一気に開け放つ。


渡り廊下の方へ走ろうとするエリーヤの胴締めをムンズと掴み部屋の正面に位置していた窓へと走る。

引っ張られるまま穿き物が落ちないように押さえて『え!?えっ!!?』と間抜けに混乱しているエリーヤを無視して窓を蹴破り、風の精霊術を展開して彼を浮かせ外へと飛び出す。


その際、いつも通り少々暴走してしまった風精霊のせいで、蹴破った窓ごと壁が破壊されてしまって大穴があいてしまったのはご愛嬌だ。


……後で修復代とか請求されないと良いな。


おれは着地の寸前で風精霊術を真下に放って減速して、エリーヤは尻から落ちたものの、おれが窓から飛び出す瞬間に展開した風の防護壁のお蔭で、それぞれ無事中庭に無傷かつ体力の消耗も無しで着地。


力技って素晴らしいね!


「玉座までの最短ルートは!?」


「えぇ~……

 左手走って二つ目の角を曲がると出入り口正面。」


文句を言いたい気持ちをグッとこらえて質問に答えてくれるなんて、エリーヤは大人だね!

向こうからしてみれば、侵入者が正面から殴り込みに来るだなんて思わないだろうし、警備は手薄だろう。

おれからしてみたら謀反を起こした悪人を倒すべく参上した正義の味方が正面から堂々と馳せ参じるのは、それこそ定石と言う物だと思うからね。

ちょうど良い。


先行してエリーヤが走り、一つ目の曲がり角は誰の気配もないので無視。

魔力溜が見えたが、小さかったしそんなものを消して回っていたら敵さんがわんさか群がってくる可能性があるし後回しにした方が良いに決まってる。

二つ目の曲がり角を曲がる前にエリーヤが制止するように手で合図として来て、そのまま植え込みへとしゃがみこむ。

何をしているのか?と覗き込むと植え込みの下の土をはらいだす。

すると、小さな金属の扉が出現し、そこを開くと隠されていた機械がいくつか出てくる。


数字が書かれている突起をいくつか押し、右の棒を押し倒す。

次に別の数字を今度はいくつも押し、左の棒を押し倒し、右の棒を左へと倒した。

すると、曲がり角の向こうで重く鈍い音が聞こえた。


再びエリーヤはその操作器具に土をかぶせて隠し、手に着いた土をはらいながら先に進むよう促してくる。

言われた通りに二個目の曲がり角を曲がると、城と街をつなぐ跳ね橋がゆっくりと上がっていくのが見えた。


流石見えないけれど騎士団長殿なだけある!

そうか、小さいとはいえ一つの国だものな。

建造物にこういう仕掛けがあるんだ。

街を巡回している副王派の兵士が応援に駆け付ける事が出来ないようにしたのか。


自分の庭なだけあって、こういう所は頼りになるな~


エリーヤは正面の扉が施錠されているのを確認すると、今度は壁を探り出して先ほどと似たような操作盤の小扉を開きいくつも数字を押していき開錠した。

中へ入ると今度は柱に細長い棒を差し込み、操作盤を出現させ扉を閉じ施錠。

おれが先ほど精身体を飛ばしてきた渡り廊下へと続いている扉も全て次から次へと閉じて行った。

流れるようなその作業。

なんか、おれが知っているエリーヤとは別人のような錯覚を覚えてしまうぜ。

かっくいぃ~


……マジで、別人になったりしていないよな?

と一抹の不安を覚えたので片眼鏡を通して視るが、とくにこれと言って問題も違和感もなかった。

てっきり、魔力を帯びるようになったし敵の魔力に感応して魔堕ちしてしまったんじゃないだろうかと危惧したのだが、それは無いようだ。

今までだと頼りないわ弱いわ、ドが付くほどの御人好しって所以外良い所なし、って感じだったけど、一国の騎士団長を任されている位だし、本来の姿はこっちなのかもしれない。


おれが精神体ですり抜けた扉もきっちり施錠されていたのでエリーヤが開錠してくれたので無事に入ることが出来た。

こんなお高そうな扉をさすがに破壊するのは気が引けるもんな~

必要なら当然壊すけど。


扉の先の気配を窺いつつ扉を開けるが……先程、副王らしき人物が踏ん反りかえっていた玉座には、誰も居ない。

まさか、逃げたのか?


「レイシス。

 叔父上がここに居たのは間違いないのか?」


「お前と玄関にあった肖像画に似た面影のある、髪の毛後ろになでつけた細身の中年男性がお前の叔父上ならここに間違いなく居たよ」


罠とかじゃないと良いんだけど…と思ったが、先ほどおれを襲ってきた魔力溜。

部屋に入った直後にはなかったそれが、さっきとは比べ物にならない位に徐々に大きく膨れ上がっていた。

表情筋が意識せず引きつってしまうくらいには恐ろしい。


「玉座の後ろに非常口と、王の寝所へ直接つながっている隠し扉とがある。

 そこからどちらかへ向かったのだろう。

 王と、その子供しか知らないはずの道なのだが…」


冷や汗を頬に伝わせながら剣を抜き、今もなお膨れ上がる魔力溜に対峙するエリーヤ。


王と“その子供”ね……

姫さんの安否確認、まだ出来ていないし嫌な予感がするな。


出来れば早急に副王を追いたい所だが、魔力溜の一つがこちらに向かって襲い掛かって来たので、これは避けられない戦闘になるだろう。

おれも抜刀し戦闘態勢に入る。


「エリーヤ。

 こいつが肉体を得てしまうと魔獣になったり魔人になったりしてかなりマズイ。

 なんだけど、肉体を得ていない状態だと物質的な攻撃は一切効かないと思え。

 自分の魔力を剣に帯びさせる訓練、したの覚えているか?」


「まだ、完全にものに出来ている自信はないのだが…

 ここでやらなければ男が廃る、と言う奴だな。」


「その通り!ってね!!」


おれ達の肉体を奪おうとしているのか、攻撃をして来ているのかは判らないが、魔力の靄──瘴気が襲ってきたので、言って大きく跳躍しそれをかわす。

先程はこの魔力溜、触手と言う完全な物質で攻撃を仕掛けてきたのに、今認識でいるのは大きさとしては比べ物にならない位デカいが、単なるどす黒い魔力の塊でしかない。


精神体で認識する魔力や瘴気は、肉体を通して認識するのとでは違って見えるのだろうか。


二手に分断されてしまったが、この魔力溜は肉体を得ておらず、先ほどから単純な直線的な攻撃しかしてこない。

単なる力の塊でしかない状態ならば、効果的な攻撃手段さえあればエリーヤでも苦戦する事はないだろう。


風は建物を破壊する危険性があるし、火は屋内ではまずい。

土に接していないと城壁を使っての攻撃しかできないから却下だし、残る属性は水・氷・雷に、あとは光と闇か。

おれが比較的扱い慣れていて失敗する確率が低い術となると、基本精霊と呼ばれる前者三つの属性の精霊術になるな。

光と闇は基本精霊の上位属性になるし、霊力の消費量もあがるからあまり使った事がないんだよね。

先程使った事がない術を使って失敗を仕掛けてしまったし、慣れていない術は使わない方が良いだろう。


その上で、エリーヤを巻き込まない術となると、雷はダメだな。

広範囲にわたる術しか知らないし、制御が基本精霊の中では一番難しい。

屋内で使ったこともないし、金属振り回しているエリーヤに通電する危険性が高い。


攻撃をかわしながら、そのエリーヤをちらりと見てみると、振り回している金属──もとい、剣に魔力を帯びさせた有効な攻撃が10回中2、3回しか出来ていない模様。

防御の時は確実に出来ているみたいだから、意識して扱うのにまだ慣れていないんだろうな。

それでも、防御は成功している分、吹き飛ばされて壁に激突したと言う事がない限り被害は出ないだろう。


そっか~

制御のしやすさを考えると、水の攻撃が一番良いな。

氷の精霊術も、比較的制御が難しいと言われているし。


──秘められし色は強欲なる水流の戯れ

  移ろいし色は狂気なる清冽への誘い

  流転の渦潮よ駆逐せよ!

  

力ある言葉に精霊が呼応し、渦巻く水の柱が出現し目の前に存在していた魔力溜を穿ち水の柱でそれを飲みこんだ。

残る三つの内、一つはエリーヤの取り分だから残りの二つも破壊してしまおう。

…と思ったのだが、想像以上に魔力溜に内包されている力が多かったのか、一つを破壊し尽くしたところで水の柱は消えてしまった。


全部破壊するつもりで結構な霊力を込めたつもりだったんだけど……

あぁ、そういえば、この国って地精霊崇めているんだっけ。


確かにあの魔力溜の力が多かったのは事実だろうが、地精霊と水精霊の相性が悪い事を考えると、通常よりも水精霊の力が弱体化しているのかもしれない。

あまり、そういう気配を感じさせないんだけどなぁ…


考えても仕方ない。

別の術を用意せねば。


って言っても、制御しやすく周りも巻き込むことなくってなると水の精霊術が最適なんだよな~

霊力多く消費することになるけど同じ術使うか?

戦術変えるか??


有効な攻撃手段が少ないエリーヤはともかく、おれは稜地から言われていることもあるしなるべく魔力を使っての戦闘は避けたいし、エリーヤと同じ戦術は使えない。

ってなると、氷系の術か…

氷の属性って、土属性との相性どうだったっけ?

問題なかったっけ??


なんて考えながら攻撃をかわしていたら、先ほどの自分の術により濡れた地面に足を取られてすっ転んでしまう。

おぉう、ダサいことこの上ない。


あ、そっか。


──氷結せし瑠璃の刃

  駆けよ!


足を取られた水たまりに触れ、紡いだ言葉に呼応した精霊達が幾百もの氷の刃を生成し標的目がけて飛んでいく。

滅多刺しになった二つの魔力溜は、その力を失い霧散した。


かなり短略化した詠唱だが、場にある水に霊力を込めたお蔭で問題なく発動してくれたな。

良かった、良かった。

お蔭で広間の温度が幾分か下がってしまったが、まぁ、霜焼けにはならない程度だし、大丈夫だろう。


ちょうど、おれが全ての魔力溜を消却させた所でエリーヤの方も片付いたようだ。

満身創痍──かとも思ったが、意外と余裕なようだ。


少々乱れている呼吸を整えながら汗をぬぐってはいるものの、怪我を負ってはいない。

さっき見た時の調子だともう少し時間がかかるかとも思ったが、実戦の中で飛躍的に経験値を上げていく分類の奴だな、こいつ。

抜身の剣に常時魔力をうっすらと帯びさせておくことが出来るようになったようだ。

片眼鏡を通して視ているからか刀身が鈍く煤竹色に光っているのが解る。


ただの魔力だと、さっき襲ってきた魔力溜しかり、フートが放ってきたような魔力弾しかり、寒気を覚えるほどの暗黒色に視えるんだけど…

人が扱うと違ってくるのかな?

ヒロさんが使っていたのも黒かったし、どうなんだろう…??


エリーヤのまとっているそれは、確かに暗い色だけど、多少紫色も帯びている茶色と言うか??

銀煤竹に近いかなぁ??

一応、煤竹色は地属性の精霊が呼応してくれる色の呼称だし、エリーヤもこの国の国民だから地の精霊を崇めているのだろうし、それが影響しているのかな??

霊力が込められている武具は、その属性によってまとう色が違うけど……魔力もなの??

霊力とは反対の位置に属する、と言われている魔力が扱う人によってその性質を変える??


魔力を扱える人間と言うのを見たことが全然ないので判断できないな。

とりあえず黒色以外の魔力をまとえる存在も居る、と言う事だけ覚えておこう。


「……やはり、君の力には叶わないな。」


おつかれさん、とエリーヤに声をかけて駆け寄ると、少しションボリしながらそう言った。


まぁ、長旅しているし実戦経験多いと思うし、そもそも物質的な攻撃効かない相手な時点でエリーヤみたいな霊力を持たない人間には不向きな相手だからねぇ。

仕方ないんじゃね?

……じゃ済まされないのか。


「会ったばかりの時と比べたら飛躍的に強くなってんだ。

 他者と比べた所で強くなる訳じゃないんだから、やさぐれてないで堂々としてろよ」


言って腰の部分をベシベシ叩く。


おれからしてみれば身長高い分手足が長いのが物凄く羨ましいと言うのに。

力量も霊力も、鍛えて磨き上げていけば錬度は上がるけど、そういう身体的なものは努力した所でどうにもならないのだから。


まだまだ成長期ですし!

伸びる予定だけどさ。

エリーヤとの身長差、頭二つ分近くあるんだぜ?

……最悪、足の骨折って身長伸ばしてやる、とか思っている位に今のおれの身長低いし。


小さいは小さいなりに、敵の攻撃が当たりにくいとか、潜入する時に見つかりにくいとか、まぁ、色々便利な部分はあるんだけどさ。

どうしても身長が低いと子ども扱いされがちだし、女に間違えられるので、おれの自尊心はひどく傷つけられるのだよ。


「君は……強いな。」


言って眉を下げながらも微笑み、頭をポンポンと軽く叩いてくる。

また人の尊厳を傷つけるような事を簡単にしやがって。

……お前に恋をしている乙女ならば、ここで照れたり喜んだりするのだろうかね?


「背伸びしたり虚勢張ったりするのなんて、誰にでも出来るだろ?

 こんな状況でも自分の身より妹や国の事を憂う優しさを持っている、お前の方が余程“強い”って言うんだよ、エリーヤ」


笑って腰当を小突くと、鳩が豆鉄砲を喰らったように目を丸くするエリーヤ。

なんだよ。

おれが他人を気遣うような言葉言うのがそんなに珍しいのかよ。

確かに珍しいけども。


「ははっ。

 …ありがとう。」


きょとんとしたのもつかの間。

破顔し笑いながら礼を告げてきた。


うむうむ、元気が出たのなら何よりだ。

士気が下がっては勝てる敵にも勝てなくなってしまうからな。

まぁ、二人しかいないんだし士気もクソもない気がするけどね。


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