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ふと、金属のぶつかるような音が聞こえた気がした。
気のせいか確認する為に、手を止め耳を澄ませると、確かに激しく金属がぶつかる音。
つまりは戦闘をしている音が、煙の流れを見るに風上の方から聞こえる。
もしかしたら次の仏様候補が今まさに戦っているのかもしれない。
まだ遺体を焼き終えるのに時間はかかるし、助太刀するのが当然だろう!
これ以上内臓ぶちまけて心臓と脳みそがえぐられているような醜怪な遺体なんぞ見たくないしね!!
好きでなった訳じゃないのに醜いとか言ってごめんよ!見知らぬ人!!
思い立ったら即行動と言わんばかりに前傾姿勢で走り出す。
街道とは言え石もあれば雑草だって生えている。
音の聞こえた方へ一直線に走るためにも邪魔な障害物となりうるものは全て精霊の力を借りて進行方向を真っ平らにしながらひたすら走る。
暫時速度をなるべく落とさず走り続けると、血をあちらこちらから流しながらも剣の構えを解かない剣士風の男と、今まさにそれを切り裂かんと鋭利な爪を振りかざしている、見たことのない類の魔獣が対峙していた。
良かった。
途中で金属音が聞こえなくなったから手遅れかな~とか走りながら思って居たのだが、間に合ったらしい。
と言っても窮地には違いない。
首が6つもある特徴的な魔獣…魔物かも??
一度見たら忘れられないし、新種か珍種なのだろうな。
類似種も思い当たらないし、相手の力量が解らないなら先手必勝。
すぐさま花ち弁と呼ばれる八方型の投手剣を懐から取り出し、6つ首の魔獣めがけ狙いをつけて勢い良く放つ!
ギヤャァァァアアァアッッ!!
深々と剣が刺さったその腕を天に仰ぎ、苦痛に満ちた悲鳴を不気味にくねらせ、それぞれの口からあげる魔獣。
そんな隙だらけだと、すぐに屠ってしまうぞ?
にやりと笑い一気に間合いを詰め、踏込ざまに抜刀し花ち弁の突き刺さったのとは逆の、突如現れた敵であるおれを切り裂こうと振り上げた腕を切り落す。
思った以上に弱い、切りごたえのない感触に拍子抜けですよ。
見た目は凶悪なのになぁ。
花ち弁の刺さり具合からして、もう少し防御力が高いと思ったのだけれど、これなら以前戦ったティンニンって大型の蛇もどきと同じくらいの堅さだし、どうにでもなるな。
背丈も6尺強程度だし、剣士の状態的にもっと強い事を想定していたのだけれど…
これなら、雑魚だな。
剣同士がぶつかっているような音が響いていたから、爪だけは注意した方が良いかもしれないけれど。
痛みに弱いのか、突然の襲撃者に混乱しているのか、せっかく首が沢山あるのに、そのどれか1つでも食い殺しに来るでもなく、ただぐねぐね動くだけで、仕舞にはいくつかの首は互いに絡んで結ばってしまっている。
雑魚どころか、単なる馬鹿か…
魔獣の弱さと間抜けさを確信し、安全だと判断したので剣士の元へと走り寄る。
「無事か?」
簡潔に状態を尋ねると、死に体と言う言葉が合いそうな、今にも息絶えそうに細く、かろうじて息をしていた剣士が目を見開いた。
「後ろ……ッ!!」
回復が想像以上に早かったのか、やっと怒りが痛みを凌駕したのか、花ち弁を刺したままの腕を再び振り上げている魔獣の気配を感知する。
と、同時に振り向きざまにその腕を、抜身のまま遊ばせていた刀をおもむろに振り上げ刎ね飛ばし、左手で更に抜刀。
ぐっと膝をかがめ跳躍し魔獣の背丈よりも高く空を乱舞し、全ての首を胴体と一気に切り離す。
血振りをし、絶命した魔獣を横目に、双振りとも納刀。
「無事か?」
同じ質問を、目をかっぴろげ、大口を開けたままの剣士にする。
……額から流れている血、口に入るよ?
美味しくないよ??
……え、そういう趣味?????
そんなわけないか。
「ぶ~じ~で~す~か~!!?」
数秒待っても固まったまま返事をしない剣士に少々苛立ちながら、眼前で手をひらひら振って三度目の同じ質問をする。
仏ですら三度同じことをしたら敢えて何もしないそうだし、おれも見放して良いだろうか。
うん、これで反応がなかったら放置しよう。
そして死んだとしても埋葬もしてやらない!
冗談です。
最低限それはします。
「!?
あ、あぁ………っぐぅ!!」
先ほどよりも少々張った声に対してか、目の前で左右に振られた手に対してか、やっと正気に戻って返事をしてくる剣士。
おぉ、反応された。
良かったような、面倒臭いような。
ぎりぎりの状態だったのだろう。
くぐもった声を上げて構えていた剣を落とし仰向けに倒れる。
気力で何とか臨戦態勢を保っていたのか、気が抜けた瞬間それが崩れてしまったって感じだな。
それでも、背中を切られまいと仰向けに倒れたのは他人ながら天晴れだ。
うむうむ、気に入ったぞ。
目の前で死なれるのも目覚めが悪いし、特別に大盤振る舞いして止血以上の事をしてあげようじゃないか!
おれってばえらーい!!
やっさし~い!!!
偉そうに一人でうなずきながら、村を出る時に父さんから持たされた手作りの妙薬を取り出し一気に飲み下す。
霊力を上げると言われて渡されたものだ。
ちなみに、飲みやすいようにいちご味である!
もう少し体力があって血もここまで流れていなかったら回復薬やら薬草やらを渡すのだけれど、もう、虫の息って感じだし。
止血だけじゃもともと助からなかっただろうし、外部から回復の手助けをしないとどうにもならないでしょ。
限りがあるからあんまり使いたくないけれども、自分でも作れないことはないし。
父さんも人助けの為なら本望だろう。
勝手に殺すなと突っ込みを入れられそうだ。
道具袋から治療に必要なあれやこれやを取り出し、水の精霊を召喚。
精霊が大気から集めて濾過してくれた綺麗な水で洗い、千切れかけている足は無理矢理もともと生えてた部位に持っていく。
最初は断末魔に近い声をやかましく上げていたが、体力がもう限界なのか、はたまた諦めたのか。
それも絶え絶えになり仕舞にはぶつぶつと口の中で辞世の句なんぞを詠みはじめる。
覚悟が出来ているなら見捨てようか…?
と言う考えが一瞬よぎるが、遺体と仲良しはもう御免だ。
助けよう!と気まぐれでも思ったんだし、その責任は持たなきゃね。
深呼吸をしたのち、回復の呪文を覚書を取り出し、そこに書いてある文句を唱える。
「蛍華巡る泉下へ誘われし御霊旅立つ岩戸を閉ざし
若草広がる天地へと留まらせ
今ここに荘厳たる大地の愛しき子に白亜の穂孕む光と祝福を与えたまえ
乳白の未来紡ぎし彼者の終焉の戒めを解き放て」
長ったらしい文句を唱え終える。
すると、空から天虹の道が差し、そこから白く輝く鳥が舞い降りた。
その鳥が剣士の周囲にまばゆい光を降り注ぎ──流れ出る血は細い筋となりやがて止まり、えぐられた肉が盛り上がりはするが肉芽となることもなく、綺麗に復元された。
砕けた骨は更に強度を増してくっつき、かろうじて皮一枚で繋ぎ止められていた大腿部は千切れかけてた痕跡も残さず綺麗に修復された。
ふぅ、と傷が全て癒えたことを確認してから術を解除し召喚獣を還し、一つため息をこぼす。
剣士を見やるが、
「すまない、シヴァト…今そちらに向かうよ……」
などと、ぶつぶつうわ言を止めようとしないので、正気に戻す為蹴り飛ばす。
手加減の仕方を間違ったのか、大きいたんこぶが出来てしまったのは、ご愛嬌だ。
正気に戻った剣士は、エリーヤと名乗った。
なんでも、エリーヤは”鷹のソロウェイ”と言う二つ名で恐れられていた、ここら辺一体で有名な悪党を打ち倒した英雄的存在だそうだ。
自ら“英雄”などと名乗るとは、恥ずかしいやつめ。
英雄殿は、その悪党討伐実績もあり国王の御目に適い、イドリスと呼ばれる魔物の退治を直々に頼まれたそうだ。
すぐに冒険者斡旋所で募った中隊規模の猛者達と共に勇んで出陣。
しかし、道中こそ順風満帆で良かったものの、イドリスが住んでいる遺跡に着いた途端、魔獣や魔物の質が激変。
味方に重大な損害を被ることなく、何とか襲いかかる数々の敵の屍を積み上げたものの、雑魚でその強さだ。
本命のイドリスは更に厄介な敵になるだろうと思い、全滅させられる前にほうほうの体で出奔。
気取られないよう細心の注意で遺跡から脱出したと思って居たのだが、聞くに及んでいたイドリスと特徴の似通う魔物が後方から襲ってくる。
金で雇っただけの未来ある善良な冒険者をこんな所で死なすわけにもいかないからと、エリーヤはしんがりを務め、仲間を逃がした。
一昼夜休むことなく戦ったが、それだけ命がけの戦闘をしていたら体力を消耗して当然。
拮抗していた戦力差もどんどん縮まり追い抜かれ、
『もうだめか…』
とあわや命を落とす直前でおれに助けられたのだそうだ。
回復した途端、長々と身の上話をしてくるとはどんな神経をしているんだ、こいつは??
それよりも気になることが。
「えぇっと……
いくつか質問があるんだけど、いいかな?」
沈痛な面持ちで事の経緯を頷きながらしていたエリーヤが言葉を途切れさせたので、浮かんだ疑問を解消するべく挙手をする。
「私に答えられることならば、勿論。
貴公は命の恩人だ。
回答に限らず、私に出来る事ならば何でもしよう。」
握り拳を胸の位置に持っていき快諾してくるエリーヤ。
大抵、何でもしようって言う人って、こちらがちょっと無理難題言うと、『いや、それはちょっと…』って断ってくるのが定石なんだよね~
伏線が張られた気になるよ。
「おれは新ピエタリの方からこの街道沿いにず~っと来たんだけど、二日くらい前かな?からそりゃあもう沢山の死体の埋葬をして来てるのね。
あんたのお仲間だとしたら、今の証言と合わないんだけどさ、それだけ強い魔物ってなると山ほどの遺体とまったくの無関係と言い切れないと思うんだけど、どう?」
口調や雰囲気、経緯の説明の際に出てきた仲間を守ろうとする心意気。
嘘だとは思えないけれど…
こいつが本当にしんがりを務めたと言うなら、他のお仲間は無事なはず。
なのにも関わらずおれが進んできた方向には遺体がごろごろ転がっていた。
こんなのんびりした雰囲気漂う街道で、遺体が短期間に大量生産されてしまうなんてこと、確かに、全くないとは言えないけれど…早々ない。
その例として、冒険者が縄張りを荒らしてしまった魔獣が人里に下りてきた、とか。
術師が練習・実験中に術の制御に失敗して力が暴走してしまった、とか。
後者に至っては爆発したような痕跡が残る場合が多いが、それもなし。
あまり確立としては高くない。
が、死にたてほやほや、とまではいかないけれど、死後そんなに時間が経っていない遺体が合計10体程。
あれらがお仲間だったのなら、正義感は強くてもそれに実力が伴っていない三流剣士が、ほかの仲間を見捨てて、下手をしたらそいつらを囮にして危機一髪、命からがら逃げだした、と言う場合もあるかもしれない。
遺跡に眠っていた魔物──イドリス、だっけ?──の顰蹙を買ってしまい、エリーヤとその仲間たちを探している魔物が出会った人間を手当たり次第に襲った可能性も多分にある。
もしくは、その遺跡から出てきたイドリスから逃げてきた、別の魔物や魔獣が住み慣れた土地を追い出された腹いせに目についた旅人を襲った、とかもあるかもしれない。
こう考えると、一番最初に見かけた商人っぽい恰好をしていた人が何故死んだのか、理由が説明できそうである。
旅人を襲う魔物は多いが、魔物避けの香を焚いている、危害を加えてこなさそうな商人を魔物が襲うなんて話そうそうない。
魔物も魔獣も人間ほどじゃないが知性はある。
商人を襲っても何の得にもならない事を知っているのだ。
余程腹を空かせていた、とか、理性が飛び暴走していた、とか。
そういう理由がない限りは、無害な人間を襲って自分たちが討伐対象になる、と言う事をなるべく避けるものなのだ。
魔物が人間を次々と襲った根本原因がエリーヤたちある場合、責任問題の追及はできない。
不可抗力だし、村や町の外で襲われた場合は、完全にその人本人の責任だからな。
それが嫌なら守護方陣に守られている集落から出なければ良いのだ。
ただ、魔獣が殺気立ってるから注意が必要であることを近くの村なり町なりに寄り道して知らさなければいけない。
小さな村の場合は、守護方陣の力が弱く避難が必要になるかもしれないし。
いたずらをしたいお年頃な子供たちが大人の制止を無視して外に遊びに出てしまうかもしれないし。
「私はロヴァテツ川の近くにある、蛇の咢と呼ばれる遺跡から逃げ…て、きたのだ。
方向としては逆方向だな…」
退治しようとした魔物からしっぽを巻いて逃げてきた事実を認めたくなかったのか、悔しかったのか、一瞬言葉を詰まらせながらも説明責任を果たすエリーヤ。
うむ、えらい。
しかし、蛇の咢なんて名前の遺跡、全図にも載ってないし聞いたこともない。
「ヴェルーキエと言う、数年前にルセアから独立した小国にある遺跡だよ。
ルセアとワテュルセアの間に位置する、商業拠点になっている国なのだが、これと言った名物もなく…正直、財政難が続いていてな。
遺跡の怪物を一掃して観光名所にしたいという国王のちょっとした我儘をきく、簡単な仕事だったはずなのだが、想像以上に敵が手ごわくてな。
本当に助かった。
感謝する。」
いや、後半はすでに一回聞いたし。
まだ怪我の後遺症でも残っているのか…?
呆けるにはまだ早い齢だぞ。
とりあえず、父さんから貰った地図はあてにならない事がよ~くわかった。
ヴァルーキエに関しては、エリーヤの言い方からしても若く知名度が低い小国なのだろう。
全図に載っていないのも頷ける。
が。
ワエテュルセアと言う国は、説明の注釈が入らなかったことを考慮すると一般認知度の高い国のようだ。
ルセア規模の。
あるのが当然の、何十年も前からある国なのかもしれない。
観光が盛んな国なのかもしれない。
それなのに全図に載っていない。
あのおっさん、一体、どれだけ前の全図を持たせたのか…
国なんてものは衰退と繁栄を繰り返すものだから、もしかしたらこの全図に載ってない国や載っていても存在しない国があるかもしれない。
な~んて、確かに言ってたけどさ。
ここまでの道中で通ってきたジャーティ三皇国も天山山脈もほぼ全図通りだったから、あまりぴんとこなかったんだよね…
しくじった。
それにしても、遺跡か…
「その遺跡ってさ、もう調査隊入ってたりとか、するの?」
「ん?いや。
入りこそしたが、王は迅速に事を進めたいらしく、ただでさえ調査の時間をあまりとれないと言う状況なのに、魔物の巣窟だったせいで調査は中断しているんだ。
五大陸の、過去に視たどの遺跡とも違う、傾向も法則性も年代すら特定できない遺跡だから、ぜひとも観光地として開拓する前に隅々まで調査したいから早く魔物を駆逐してくれと、考古学者連中が嘆いていたよ。」
その願いも私の実力では叶わないようだが、とエリーヤは肩を落とした。
六大大陸のうちの五大陸の遺跡調査をしたことがあるって、かなり稀と言うか、優秀と言う言葉では片づけられない位に凄い事だと思うんだけど…
小国のくせに、良い学者・研究者には恵まれているようだ。
ちなみに、五大陸とはここローラシア大陸、ヴェーダ大陸・ゴンドワナ大陸・アメイジア大陸・オネスト大陸の五つ。
確実に人が住んでおり、文明が存在していることが確定している大陸で、長年世界はこの五大陸から成ると言われていた。
どれくらい前だったかな?
現在では、メガラニカ大陸と呼ばれる、氷に閉ざされた大陸が発見されたことで一部では六大大陸と呼ぶようになっている。
だが、そこまで到着する事すら不可能だと言われる、大悪地と呼ばれる絶対不可侵の大陸だ。
そんな場所に文明が栄えているとも栄えていたとも思えないし、無理矢理上陸しようとしても成果が期待できないからと、考古学者も強欲な領地を広げたい権力者すら手を出さない不毛の地だと言われている。
なので、今でも五大大陸と言っている人の方が多い。
話がそれた。
「その遺跡って、国の管轄下の物だよね?」
当然と言わんばかりに深くうなずくエリーヤ。
観光地にして国の財政源に!なんて言っているんだから、そりゃそうだよな。
「エリーヤさんでは、そこの魔物退治は出来そうにないんだよね?」
呼び捨てで良い、と断りを入れエリーヤは再びうなずく。
若干、悔しそうに顔を歪ませていたのを見落とさない。
「仲間は散り散りになってしまったけれど、国王の命令は絶対だし、エリーヤはまた魔物退治に行くんだよね?」
いぶかしげに眉をひそめ、先ほどよりもいっそう不快そうに顔をしかめるも、更にうなずく。
「あのさ、その魔物退治、おれ、やっちゃ駄目かな?」
「とんでもない!」
眉間に深いしわを入れ、散々縦に振ってた頭を横に振り声を大きくした。
ちぇっ。
勢いで許可出してくれると思ったのに。
「確かに、君は強い。
もしかしたら私が今まであったどの騎士よりも強いだろう。
だが、まだ若い。
若いということは経験が不足しているということであり、強さに自信がある故不測の事態に陥った時に失態を演じる可能性が非常に高い。
まだ年若い幼子に何かあったら…私は自分を許せそうにない。
何より、君の親御さんに申し訳がたたない。」
褒めたと思ったら、くっっっっっそ真面目なこと言いながら人の事子ども扱いしたり、なんなんだ、こいつ。
いや、根が真面目なのだろう。
女子供年寄りは守ってあげなきゃいけない、とか思って居る人種だ、こりゃ。
だが……背伸びしたいお年頃の子供に対して「子供」発言がどれだけ見下されているように感じるのか、知らないのか1?
怒るぞ!!
「おれの親は元冒険者だ。
旅の危険性を充分に理解した上で送り出してくれた。
家出をしてきた訳でも、若さゆえの無謀な挑戦をしている訳でもない。
きちんと理由と信念があって冒険者になった。
子供扱いするのは、あまりにも失礼じゃないか?
経験不足を埋めるだけの技能は持っているつもりだし、そもそも、危険を恐れていたら経験値なんて一向に積めないだろ?」
感情的にならないように気を付けつつ、なるべく整然と自分の意見を述べる。
ここで怒ったりしたら、ほら、やっぱり子供じゃないか、とか言われる可能性があるからね。
そうしたら合法的に遺跡探検が出来る確率がさらに減ってしまう。
ん?
許可が下りなかったら、それとなく遺跡の位置を聞いて忍び込むつもりだよ。
当然じゃん。
国管轄の立ち入り禁止区域に勝手に入ったら、下手すりゃ手打ちものだ。
なるべく許可を貰った上で調査をしたい。
しかし、遺跡にもよるが、何万年か前に突如として現れた文明には、いまだほとんど解明できない人工物がわんさかあるそうだ。
多少なりとも解析できた部分やものは生活を一変させるほど優れたもので、神々が大地に暮らしていたころの遺産ではないのか、とまで言われている。
本当に神仏の遺産だとしたら、お国の罰則なんて気にならない程の魅力を孕んでいると思わないかね!!?
「わざわざ申告してくると言うことは、盗掘目的ではないのだろうが…
そこまで我が国の遺跡に固執する理由は、何だ?
理由によっては、条件を提示させて貰うが、陛下から許可を頂くことに尽力しよう。」
む。
言葉的にはがっつかないように気を付けていたつもりだけど、遺跡探索を是が非でもしたい、と思って居る事は態度や語調でばれてたらしい。
忍び込もうとまで思っている事までは察されていないようだが。
おれもまだまだ修行が足りないな。
理由をでっちあげる事なんて簡単だし、この男は、命の恩人であるおれの言葉を疑いもせず信用するかもしれない。
だけど…それはしたくないと思った。
断った理由こそ、おれを不愉快にさせるものであったが、危険だから許可できない、と言った。
国王からの命令は絶対だろうに、それを看破できるかもしれない奴を目の前にして、相手の身の安全の方を優先するなんて、余程のお人よしなのだろう。
誠実には、誠実に応えたい。
それに、基本的に国直属の研究者とその護衛位しか立ち入ることが出来ないとされている遺跡に、まったくの部外者、しかも冒険者なんて根無し草の立ち入り許可を、かなり面倒な事だろうに正式な手順を踏んでくれると申し出てくれている、馬鹿真面目そうな人間に対し、それをするのは気が引けた。
ただ、本当の理由を正直に話したとして。
この愚直な男はどんな態度をとるのだろうか…?
……想像しただけで、頭が痛い。
「理由を話せば…長くなる、と、思う。
エリーヤには関係ないみたいだけど、さっき、おれが通ってきた道に遺体が沢山あったって言っただろ?
その一つの埋葬がまだ途中なんだ。
中途半端に野ざらしにするのは気が引けるし、話すのは、それが終わってからでも良いか?」
少々声色を落とし、真面目な口調で言った効果があってか、神妙な面持ちでおれの言葉にエリーヤはうなづく。
「それでは、私は待っている間にこの魔物の処理をしておこう。
見たことのない、皮もなかなか強度がある魔物だから時間がかかるだろうから、…君が帰ってくる頃に全て終えられている自信はないが。」
ふと、何かに思い至ったのか視線を上へとめぐらせる。
珍しい鳥でもいたか?
「失礼。
私としたことが失念していた。
君の名前を、まだ伺っていなかったね。」
あぁ、なんだそんな事か。
つられて上を向いてしまって馬鹿みたいじゃないか。
そういえば、言っていなかったか。
特に隠す理由もないので、冒険者証に登録している名前をそのまま告げる。
「レイシス。
レイシス・フィリデイだ。」