17
「姫は生きておりますよ。」
「グリシャ!迎えに来てくれたのか!」
会話に突然乱入してきたのは、檻の外からおれたちを見下ろしている兵士さん。
エリーヤが身に着けていた騎士の鎧とは違う、鈍色に光る重厚そうな鎧に、朱殷色の飾りをつけた目つきの鋭い何とも不気味な外見の人物。
見間違えじゃなければ、うっすらと黒い靄がこいつの周りを囲っているように見えるのだが…
≪見間違えじゃないよ~≫
……お外に出てても心の中での会話、出来るんですね、稜地サン。
ちらりと実体化して外に出ている稜地を見るが、腕を組んで澄ました顔をして部屋の片隅で全体の成り行きを見守っている風だ。
外見と、中で語りかけてくる口調の差が激しすぎる!
文句の一つも言ってやりたいが、おれにしか聞こえない声な上に稜地が何者か把握していない可能性が高い怪しい第三者が目の前にいるのだ。
そんな軽率な事出来る訳がない。
エリーヤは、見るからにこの人物の事を信頼しているようだけれど…
最近よく見るこのもや。
稜地が見つけ次第消滅させている魔力溜や、9つ首とかフートがまとっていた、いわゆる瘴気と言うものだろう。
これが集結して一定以上の濃度になると、侵された動物は魔獣化する。
目に見えるほどの濃度はあまり見かけるものではなかったのだが…
稜地が破壊しているから嫌でも目に付くからなのか、実際、世界の危機とやらが世界各地で勃発しているようだし増えているのか。
最近よく見かける気がする。
小動物程度なら、知性も殆どないし内包できる瘴気の量が少ないからか、そこまで脅威を感じる魔獣にはならないが、人間がこれに侵されたらどうなるのか。
考えて思い当たるのはヒロさんの魔物化した姿だ。
ヒロさんの場合は肉体も精神も魔族側へと堕ちていたことと、浄化されることを拒否していたからか浄化の精霊術がほとんど効かなかった。
元の能力値が高かったのも理由になるだろうが、何十匹と言う魔獣の群れと対峙した時よりも、フートを相手にするよりも余程脅威に感じた。
フートは、能力値こそ高かったけど純粋な魔族だし、精神的な浄化の攻撃が有効だったからね。
ヒロさんはそうはいかなかったから、正直、あのまま戦いが長引いていたらどうなっていた事やら…
何かしらの要素が加わり、おれが罠にかかった後に浄化されたようだけど…
ああなるまえに、この人も浄化した方が良いだろうな。
厄介ごとも面倒ごともごめんだ。
稜地は、あのヒト浄化できる?と目くばせしながら問うと
≪浄化だけなら余裕で出来るけど…あの瘴気の混ざり具合だと、あの人自身が元々持っていた負の感情から欲望から全部一緒に消えちゃって、下手したら抜け殻みたいになっちゃうよ?≫
と恐ろしい答えを返された。
そうか、浄化って力で無理矢理干渉すると危ないんだな。
恨み、嫉み、憎しみ、自暴自棄や破壊衝動と言った感情が負の感情。
欲は…七つの大罪、だっけ?
傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の七つの欲望。
本来、生物が生きていく上では不必要と言える、人間のように理性があるが故に持つこととなる罪を誘発する感情。
それが瘴気と混ざり人間は侵されるようだが、それは瘴気との混ざり具合や強すぎる浄化の力によって無くなる場合がある、と。
……となると、廃人になる可能性もあるのか。
大晶霊、ちょう怖い。
≪さっきから、お城の中にある魔力溜を少しずつ壊して行っているんだけど、壊して行く先から発生しちゃうものだからキリがないんだよね~
元凶探して、大元をどうにかしないとダメだよ、コレ。≫
え、肉体目の前にあって精身体の一部おれと繋がっている上で、お城の中徘徊してんの?
どんだけ力有り余ってるのよ。
そんでもって、少なくとも3つの意識が別の所にある訳でしょ?
どんな感覚なのよ、それ。
稜地の強い力だと駄目だと言うなら、おれが浄化術を使うとどうなるだろうか?
≪村での様子を見るからに、いまいち加減解ってないでしょ?辞めといたほうが良いんじゃない?≫
むぅ。
そうなると稜地の言う通り、面倒臭いが元凶とやらを探してどうにかしなきゃか。
目星はついてんの?
≪あちこちに、ヒトの振りした魔族がいるし、強い奴探せば良いんじゃないかな~?≫
あぁ…フートが『種を蒔いた』って言っていたのは、これか?
魔族にヒトの振りをさせて、争いの火種となりうる元を蒔いて、戦争や紛争起こしたりして、負の感情を世界中に根深く息づかせようと、そういう事か。
そうすれば瘴気が世界中に充満し、精霊は活動が低調になり、反対に魔に属する者たちの行動が活発化したり仲間を増やしたりできる。
おとぎ話に出て来るような、魔王と言う存在が誕生したり、封印されているならその封印が解かれてしまうかもしれない。
負の感情は連鎖しやすい。
特に、国が傾けばそこに所属する国民、連なる国家を巻き込んで混沌とするだろう。
人が死ねば他者が哀しみ、地位が空けばそこを狙う輩が出てくる。
争いは恐怖を生み、疫病をもたらし更なる恐怖と死を蔓延させる。
ヴェルーキエは小国のようだが、エリーヤの話を聞く限りでは人情溢れ温かみのある好い国のようだ。
その正の感情と負の感情の幅が大きければ大きい程、魔族にはこの上ない極上の糧となる。
その証拠と言わんばかりに、大晶霊である稜地がきりがない、と弱音を吐く程度の魔力溜があちこちで発生している。
小国故住民が少ない分堕とす事が出来る魂の数こそ少ないかもしれないが、実験の場としては最適だったのかもしれない。
比較的新しい小さい国、となると古い歴史を持つ国家には必ずいるような何百年も生きているような強大な力を持つ、国に忠誠を誓っている精霊術師も居ない。
寄せ集めの国務高官が多いと水漏れが多く付け入りやすい。
国民を増やす為子供を産ませるための政策に講じていると、純粋無垢なまざりっけのない魂が手に入りやすい。
子供や幼児の方が、大人の持つ魂よりもエネルギー量が多いそうだよ。
だから、幼い時に亡くなった人間の魂は精霊化しやすいとかなんとか。
それが悪堕ちしようものなら、魔族の恰好の餌だわなぁ。
場が瘴気に満ちて居たら魔族の受肉もしやすくなるだろうし。
旧ルセアの時以上の悲劇が、この国を襲うかもしれない。
魔族ってなんぞ?
って言う問いに答えるのはとても難しい。
精霊と違って世にあまり出て来ることがないと言うか、出て来ることが出来ないと言うか。
なので生態がいまいち解っていないんだよね。
精霊と相反する力を持った存在である、とか。
数こそ少ないものの一個体が物凄い力を持っている、とかそういう事実。
太古の昔に精霊との戦いに負け、物質世界に干渉する能力が弱い、とか。
世界の異変や凶悪な事件は大抵魔族の仕業である、とかそういう眉唾な話。
物質界にちょっかいを出してくる事は本来そうそう出来る事ではないけど、一定以上の力を有する上位魔族は夢に出てきたり幻覚を見せたりして干渉し、人間を操って混乱を招こうとするそうだ。
そして、 “負の感情”を混乱した社会に渦巻かせ土壌を作り、生物の肉体を介したり死肉の塊を介して“受肉”をしやすくする。
そうすることにより精神体であった時を遥かにしのぐ力を以って物質界を侵略してくる。
負の感情により魔族が物質世界に干渉しやすくなる、ある種の空気と言うか、一種のエネルギーが瘴気で、その瘴気がある一定以上の濃度になると魔力溜と言う魔獣が生成される力の溜まり場が出来る。
その魔力溜に人間が侵されてしまうと精神が破壊され空っぽの肉体だけが残ったり、元々持っている負の感情の割合が大きくなりその精神と魔族の精神体が混ざったりして“魔堕ち”と称される状態になる。
魔堕ちにも種類があるが、魔族そのものなったり、魔族に近い存在になったり、色々だ。
いずれも、魔獣と呼べる程度の低い魔の眷属ではなく、上位の魔に連なるモノはヒトの形を取っており、それら全ての総称として魔族と言う言葉を用いる。
例外としてヒロさんのような存在も居るが……多分、ヒロさんはとても稀なケースだろう。
長年瘴気に侵され魔族と同化した魂と、エルフとして元々持っていた精霊の扱いに長けている聖なる魂とが複雑に混ざり合った結果、人の姿を基本とはしているが、全く別の存在に成り果てていた。
魔族であるフートよりも余程脅威に感じたし実際強かったけど、理性や知性を最後の方はほとんど感じなかったし、魔族、とは違う存在だと思う。
そう。
過去に目撃された魔族は好んで人間と同じ姿かたちをしている事や、対話が出来たり回りくどい方法で人間を操ろうとしたりする事から、魔族には知性がある事が予想されるが、それが何よりも恐ろしいのである。
魔獣のように強くても、本能に則って行動し攻撃を仕掛けてくるのなら対策を練ることも可能だが、知性があると言う事はその対策の上を行く対処をされる可能性がある。
その時には人間側は手も足も出ない。
基本的な能力値が違い過ぎるからね。
一般的に精霊は基本的に知性や感情を持たないとされているが、魔族は最低でも下位精霊以上の力を、上位魔族に関しては大晶霊並みの力を有しているのでは?と言われている。
この世界が瘴気で満たされた場合、魔族は他の誰の力も借りず、純粋な自身の力だけで都市を一個破壊させられるほどの力を有しており、その上で知的戦略を以って攻撃を仕掛けてくる危険性が非常に高いのだ。
それでも世界各地で魔族の目撃件数が少なくて済んでいるのは、ひとえに精霊や大晶霊達が日夜魔族が扱う魔力による物質界への干渉を押さえてくれているからだろう。
ありがたや。
不仲なわけではないけど、兄王に劣等感を抱いていた副王を悪魔の囁きで以ってそそのかして、謀反を起こさせ、城内に紛れ込ませていた魔族によって瘴気で満ちた場を作り暴動を起こさせ負のるつぼを作る。
そんな計画だったのかな。
≪魔族を受肉させる場を作るだけだったらまだマシかも~≫
ん?どゆこと?
≪魔族の数が多いし…国を蠱毒化させようとしていたか……
上位の魔族を作る場を設けようと思っていた可能性もあるよ~≫
蠱毒……って言うのは、アレか。
壺に色んな虫入れて戦わせて、最後に生き残った一匹で誰か呪ったり出来るんだっけ?
≪そう。
魔族は魂の共食いが出来るから、魂同士を殺し合わせてより強力な同胞を生み出そうとしたのかもって思ったの~
もしくは……場所的に、強力な魔族が封印されているから、ここの近く。≫
え、まじ?
≪本当~
その魔族の封印をより強固にするための楔として、俺はあそこに居たから~≫
それって、おれが稜地の封印を解いちゃったからここら辺一体の魔族たちの動きが活性化したとか、そういう事じゃないよね!?
≪……≫
沈黙で答えないで!!
「先ほどからうるさいぞ、そこのガキ。
罪人は罪人らしく、しおらしくしていろ。」
グリシャと呼ばれていた兵士が、不機嫌そうに顔を歪め注意をしてくる。
あれ?おれ、今うっかり声出してた…?
≪出してない、出してない。
瘴気にあてられたどころか、このヒト、魔族化しちゃっている感じ、かな~?≫
かな?って。
そんな曖昧で良いのか…??
稜地もフートも心を読むことが出来ていたし、読心術は精身体の特権みたいなものか。
人の心を無断で覗き見るとか……すけべぇめ。
ってなると、サクッと浄化した方が良いね!
瘴気まとわせてるだけなら強すぎる浄化術は危ないかもしれないけど、一部だろうが全部だろうが魔族化している可能性があるなら、稜地に任せるのはアレとしても、ある程度の術を使っても廃人にはならないでしょ。
──壮麗なる白百合の霞食みて 邪悪なる魂魄を滅せよ
どうせ心を読まれてしまうのなら、口に出して詠唱しても一緒だろうと思い浄化の術を唱える。
突然元部下が目の前の顔馴染みを怒鳴り散らし、その顔馴染みは何の宣言もなく精霊術を唱える。
エリーヤには混乱する以外の選択肢はなかっただろう。
ぎょっとした面持ちで、あからさまにおれとグリシャとやらを交互に見て慌てている。
フートとの戦いにおいて、魔属性の領域を作られた時、稜地の霊力によってその領域を打ち破っていた。
魔力と霊力は相反した性質を持っていて、同等の力をぶつけると無効化できると考えて良いのだろう。
大きい霊力をぶつけるだけなら簡単だが、それはどうやら人相手だとしてはいけないようだ。
行き過ぎた力は、たとえそれが聖なる力だったとしても破壊力を持ってしまうのだろう。
負の感情の反対は正の感情。
人を正しい道へ導くのは光の精霊の仕事と言われている。
と言う訳で、グリシャが肉体を魔族に乗っ取られてしまったなら弱体化位は出来るだろうし、負の感情に浸けこまれ魔族化しかけてしまっただけなら浄化出来るだろう、と思う程度の霊力を込め光の精霊が呼応してくれそうな言葉を選び心の中でイメージを練って術を放つ。
僅かに黄色身を帯びた白く輝く靄がグリシャの身体を包み込み、瘴気と触れ合うたびにその光が爆ぜる。
それから逃れようとグリシャは必死に手を振り回すが、更に込められた霊力により抵抗することもままならなくなったのか、膝をつき頭を抱えてうめき声を上げだす。
……やりすぎたか?
イヤ、まだ光が瘴気と均衡を続けている。
手を抜いたらまずいだろう。
突然の展開に慌てるのを止めおろおろと狼狽するエリーヤは稜地が制止して静観するように促している。
『俺の友達になにすんだぃ!』とか言って殴りかかってくる可能性が零ではなかったので有難い。
あ、エリーヤは“俺”とか言わないか。
冷静に考えられるだけの余裕はあるようで、術の制御も問題なし。
時間にして、一分もかからなかった。
次第に弾ける光の数が減少していき…完全に黒い瘴気のもやが消え、白い輝きは鳥の姿となって一礼した後、大気に溶けて消えて行った。
おぉ…術者であるおれが命じなくても、浄化が終わったら自動的に終了してくれるとか滅茶苦茶便利だな。
確かに、やりすぎて廃人になったらどうしよう、とか考えながら術展開したもんな。
術者の憂慮を汲んでくれる精霊達で助かった。
それを考えると、自分と精霊の属性の相性に関係なく、光の精霊は術者の意思を読み取ってくれる傾向にあるのか?
なにせ、風の精霊は力を暴走しがちだし。
土の精霊はおれのイメージ伝え切る前に術発動させちゃうし。
大晶霊が精霊を統括していると言われているし、その晶霊の性格でも反映されているのだろうか?
なにせ稜地は、人違い・勘違いでおれと契約してしまったくらいだし。
あわてんぼうと言うか、間抜けと言うか、
そそっかしいと言うか、うっかりと言うか。
「文句があるなら今すぐにでも契約破棄してやろうか?」
ちょっぴり怒り気味にその綺麗な顔を歪めて腕を組み仁王立ちで背後から物凄い霊力を放ってくる稜地。
いやん、こわい。
「せっかくキレーなお顔してるんだから怒っちゃヤぁよ~」
手を合わせて謝る動作をしつつ冗談めかしたおれに呆れたのか、やれやれと言いつつ溜息をつく。
むぅ…冗談でごまかせないかと思ったんだけど、本当に呆れられて契約破棄されたらどうしよう。
一人旅をしていた間は特に思わなかったのだが、稜地と契約してからは旅の道中を共にする人が居る居心地の良さを知ってしまった。
破棄されたら……寂しくて泣くかもしれない。
「泣くな、泣くな。
しないから。」
後頭部をぽんぽんと優しく叩き、顔を覗き込み柔和な笑みを浮かべ微笑んでくる。
ほ…っ!惚れてまうやろーっっ!!!
イヤ、冗談だけどさ。
綺麗な顔のドアップに思わず赤面してしまった…
本気で、稜地はこの世のモノとは思えないほどに綺麗な顔をしている。
召喚する精霊達も整った顔をしている事が多かったし、精・晶霊は綺麗な顔である傾向にあるのだろうな。
実体を取っていなかった時は、それこそ『晶霊だし』とスルーしていたのだが、改めて実体化した姿を間近で見ると、心臓に悪い位に綺麗である。
おれ自身も悪い顔ではないと自負しているのだが…
今鏡を見たら粉々に砕いてしまいそうなほどに自信がない。
「心の声がだだ漏れになってて少々恥ずかしいんだが…」
あれ?おれ口に出してた??
こっくり頷いてくる稜地とエリーヤ。
おやおや、これは失敬。
「…と言うかだな。
話が見えないのだが……グリシャは一体、どうなったんだ?
それに、この人は一体、誰だ?晶霊がどうの、稜地様がどうのと言っていたが…?」
まとっていた瘴気が消え、気絶したエリーヤと稜地を指さし疑問符を頭の上に大行進させているエリーヤ。
グリシャの件はともかく、なんで稜地??
面識あるよな??
「あぁ…主が規格外過ぎて失念していたな。
先のイドリシチェとの戦いで世話になった、地の大晶霊だ。」
言われて、あごが外れて地面に着くんじゃないか?と思うほどに大きく開けた口から魂が出かけているエリーヤ。
それに対して握手を促し手を前に差し出す稜地。
「なんだよ、おれが規格外って。」
ムスッと突っ込みを入れたおれの言葉で正気に戻ったエリーヤが差し出された手を握りもせず土下座をして『数々の無礼をお許しください!!』と床に頭を何度もぶつけた。
ちょっと、額からタラリ血してるんだけど…大丈夫?色々。
どうやら、エリーヤは霊力が高くなかったせいで、遺跡では稜地の声と膨大なエネルギーの塊である事しか認識できていなかったそうだ。
んでもって、一般的な精霊術師でも精霊はエネルギーの塊としてしか認識できず、稜地ほどの力を持っている大晶霊相手でも、その姿の全容を捉える事は難しいとのこと。
崇めている対象の精霊が個人的にヒトの前に姿を現しそれを認識しやすい形にかたどり、感激したヒトが歴々の彫像や絵画に落とした例はあるそうだが、基本的には、気まぐれで召喚されたその時限りで力を貸してくれる行きずりの精霊なんかは特に姿を視認させてはくれないのだと。
精霊は、魂の形を把握されたら、その把握された人物に自分の力の一端を握られるも同然だからだとか。
えぇ…勿体ないなぁ。
あんだけ綺麗な存在をきちんと認識できないだなんて。
そう言えば、受肉し完全に肉体を自分の物としたフートは、寒気を覚える程禍々しい位に綺な顔をしていたな。
精神体だと自分の好きなように見た目を作ることが出来るのかな。
…ちょっとうらやましい。
今は精霊の力が世界に満ちているのでその心配は必要ないと一般的にはされているが、世界の異変だとか精霊の一番上に位置すると言われている大晶霊の口から言われたり、フートのように受肉して何十年経っている魔族が実は物質世界を混乱に貶める為に計画を練っていましたと言われたりすると、物質世界の均衡が崩れる、その可能性が高い程度の話では済まされない所まで今は来てしまっているんだろう。
ただでさえ、旧ルセアの内紛では沢山の魔族が受肉し、そのうちの何体かは滅ぼしたり精神世界へ還す前に取り逃がしてしまったりした、と言われている。
そいつらが更に仲間を物質界に呼ぼうと画策していると考えるのが自然だ。
自分たちを窮屈な精神世界に追いやった精霊達への復讐なのか、全くの別の理由があるのかはヒトであるおれには判らないが、とにかく魔族と言う奴は物質世界に来たがっている。
フートは、どうやらルセアの悲劇よりも前から受肉しあの村で悪事を企てて居たみたいだし、もしかしたら旧ルセアの悲劇もフートが一枚かんでいたのかもしれないな。
フートやヒロさんのように、人間のふりをして長い年月生活をして社会に参画している魔族が、実は人間が気づいていないだけで数多くいるのかもしれない。
そして、瘴気により土台を作り、人間の皮をかぶって受肉し、元の人間の振りをして生活をし更に仲間を増やそうとしている。
その事実をグリシャの件で知ってしまった。
グリシャの記憶をも喰って魔族がグリシャの振りをしているのかもと思ったが、浄化したグリシャには息があった。
精神体が消滅するなり輪廻へと還ったのだとしたら、そこに残るのは空っぽの死体だけである。
完全に魔族に喰われたわけでも、魔族と混ざり合ってしまったわけでもなかったようだ。
受肉されて時間がさほど経過していなかったからこそ、死なずに済んでいるのだろう。
グリシャのエリーヤに対する行動や言動を見るに嘘をついたり演技をしているようには見えなかったし、魔族が彼の振りをしていたのではなく、精身体が魔族と混ざりかけていたパターンだ。
姫が無事だと言う情報をエリーヤに伝え、脱獄の手引きをして副王の手で殺させようとしたのか、副王を殺させて逆賊扱いしようとしたのか、意図は酌めないがエリーヤを利用して瘴気の発生を促そうとしたのだと思う。
エリーヤ自身を魔堕ちさせようとした可能性だってある。
エリーヤほど実直な性格で精霊の力を殆ど持たない人間は滅多にいない。
そして今エリーヤは人間の身でありながら、魔の眷属の力を内包している。
前例を知らない為、そう言った人間が魔族に受肉された場合どういう結果になるのかは判らないが……物凄く弱い魔族が出来上がるか、阿呆みたいに強い魔族が出来るかのどちらかだろう。
多分、物凄く強い魔族が顕現する危険性が非常に高い。
魔力を扱う素質が肉体にあるのだから、受肉した魔族がその肉体を扱うのが容易になるし、相反する力に能力を制御されることもない。
非情に恐ろしい……
それを考慮しても、エリーヤは住民たちと同様、置いて行った方が良い気がする。
本人はそれを好としないだろうから、何かしら対策をしなければいけないな。