表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
プロローグ 第二章
15/110

15


ヒロさんと攻防を初めて、どれくらい経っただろうか…?


曇り空から雨に変わってしまったせいで、せっかく空が見えるようになったのに、時間の経過が分かりづらい。

日が落ちる程の暗さではないので、長くても一時間程だろうか?


ヴォルトゥムナ・バルディッシュのおかげで霊力を消耗することがないので、おれはケロッとしている。

かく乱するために多少追い詰められた演技をしたり、距離をとったり縮めたり。

繰り返しているので多少体力は消耗しているが、全力疾走を一昼夜させられた経験があるわけで。

それと比べたら全然問題ない。


片やヒロさんは、ありとあらゆる魔術を駆使し、おれを追い詰めようとしているが、その尽くが失敗に終わり魔力の残量に陰りが出始めたのか、肩で息をするようになっている。

目にくまが出来顔色は悪いし、元々精霊術の使い手だったエルフが無理に魔力を使っているせいなのか、時折激しくせき込み抑えた手元からは血が見えた。


愛する家族の為とは言え、余りにも壮絶な様だ。


「あんたの魔術はおれに通用しない!

 いい加減、おれの話を聞いてくれ!!」


二度目の勧告。

しかし、ヒロさんはこちらに解き放つ魔術でもってその答えを返す。


「……妖魔の牙よ 空虚より出でて 愚鈍なる者の心臓を抉り獲れ リープキラー!」


足元から伸びる複数の闇の触手に足を絡め捕られそうになるが、跳躍しそれらをかわし土精霊により消滅させる。

今までに繰り出された魔術と同様、もしくはそれよりも強力な術だったようで、結構な霊力を消耗したが、着地すると瞬く間に回復する。

うん、もうこれ、チーとって奴だね。


歯ぎしりしたのか、痛みによるものなのか、顔を歪ませ吐血し赤く染まった口元をぬぐう事すらせずこちらを睨んでくるヒロさん。

そんな怖い顔されましても…


「いい加減、おれの話聞く気になった!??」


「ほほぅ、どのような面白い話が聞けるのかな?

 我にも申してみよ。」


距離が開いているので三度目の勧告を声を張り上げて告げると、幼い声との違和感が強い口調の声が頭上から聞こえてくると共に魔力弾が降り注いでくる。

精霊術による防御が間に合わないと無意識のうちに判断し、ヴォルトゥムナ・バルディッシュを頭上に掲げその刃の部分で攻撃を防ぐ。


良かった、狙い通り。

霊力で作られたものだし、魔力を相殺してくれると思ったんだよ

地面へと降り注いだ分の攻撃力を見る限り、ヒロさんが発動させたどの術よりも一つ一つの弾に魔力がこもっているようだ。

詠唱をする声は聞こえなかったから、無詠唱でかなり強力な魔術が使えるようだ。


考えてみれば、洞窟内でも詠唱なんてしていなかったもんね。


ある程度の予備動作や魔力を貯める事は必要なのだろうけど、術が発動する瞬間が読めないので結構辛い。

ヴォルトゥムナ・バルディッシュのお蔭でおれの消耗した霊力の補給は常に過剰供給状態なので防御壁を出現させるのは楽勝である。

しかし、攻撃を防げたら問題ないが、一瞬でも反応が遅れたらまずいことになるのは明白だ。

今も本能的に防御することが出来たけれど、正直、運が良かっただけである。

そんな幸運が何度も続くとは思えない。


自分が無詠唱で精霊術を使う分には便利だなぁ、相手が油断してくれるし戦いやすいなぁ、と気楽に思っていたが、やられる方の立場に立たされるとたまったもんじゃない。

戦いにくい事この上ない相手である。

魔族だし。

凶悪な魔術使うし。


村の周りに展開した侵入防止用の術は、やはり、こいつには無意味だったようだ。

残念。


「フート様……申し訳ございません。」


上を見上げると、戦闘開始前におれが開けてしまった天井から、ゆっくりとエリ──フートが跪いたヒロさんの横へ下りてくる。

洞窟でのやりとりや今の状況下で、隠す必要がないと判断したのか、フートが地面にふわりと降り立った途端、独特の圧が空気を介してビシビシと伝わってくる。

息苦しく、冷や汗が頬を伝わり、声を出すことが出来ない。


心なしか、ヴォルトゥムナ・バルディッシュから流れてくる霊力が減退しているように感じるのは、奴の魔力によって場を護っている精霊の力が減少したからなのだろうか。


一部の魔族が有する“領域”と言う奴だろう。


弱者は、その“領域”の内部に囚われると身動きが取れなくなったり、最悪、生命活動の維持すらままならず死を迎える事になると言われている。

って言ったって、それって伝承にある程度の嘘か真かも判らないような文献にしか残っていない記述だったはずなんだけど。

おれも、母さんからちょろっと聞いたことがある程度の事なのでいまいち覚えていない。

確か、魑干戈時代か、もしくは更に前の時代を指す宣託示現時代に顕れたと言われている、伝説上の魔族特有の術だったはず。

まぁ、同じく伝説上の存在と言われていた大晶霊がいるんだから、それと相対する存在と言われている魔族が実際に居たとしても不思議ではないか。


フートから感じる重圧を鑑みるに、奴の魔力は現在の稜地と同じ位はあるだろう。

目覚めたばかりだから弱体化しているという現状の稜地の力でも、今のおれでは絶対的な霊力の総量が足りないため、彼の力を完璧に制御することも発揮することも出来ない。

圧倒的にこちらが不利だ。


受肉したばかりの魔族の場合、肉体の容量を超えた力を使おうとすれば、肉体が壊れるか力が暴走して自滅してくれることもあるだろうけれど、それは微塵も期待できない。

アンナさんの記憶を見る限りでは、事の発端は何十、何百年も前の話みたいだし、魂の一部こそ掌握しきれていないとは言え、奴はエリの肉体を完全に使いこなせると判断すべきだ。


……つまりこれって、詰んでない?

うわーん!

下手な正義感燃やさないでさっさと逃げれば良かった!!


≪情けない事を言わないの~

 だいじょ~ぶ、だいじょ~ぶ≫


人の窮地に対して、何!?その気の抜けた言葉!!?

他人事だと思って…


≪他人事でもないし、俺の力、貸すし。

 大丈夫だよ≫


言って、心の中で微笑んだかと思うと、稜地の力がヴォルトゥムナ・バルディッシュを中心に、領域に侵されていた広間一帯を覆い尽くす。

花が咲き乱れ緑が生い茂る、遺跡で見たのと同じ風景が眼前に広がる。

──が、一瞬で掻き消えた。


「……ほぅ。

 我の領域を破るとは、なかなかやりおる。

 しかし、見くびったか?

敵に主導権を握らせる程甘くないわ。」


言って狂気を孕んだ目を伴い、ニヤリを口元を歪ませる。

幼女の見た目でそういうことされると、物凄く怖いからやめて欲しい……


今のフートの言葉から、領域、と言う物の性質は、自分の望む属性に場を傾ける事が出来るために戦闘を有利に運ばせることができる、と言う事か?

魔族は生命の絶望や失望感、孤独を好み、そう言う負の感情を喰らい力に還元するそうだ。

それが事実なら、領域に囚えた獲物は徐々に生命活動をする力を失い、呼吸困難や倦怠感を伴いながら、その原因である魔族を目の前に無力感を味わいながら絶命することになるのだし、魔族にとって“領域”と言うのは力の補給場でもあり、恰好の餌場であるとも言えるのか。

死ぬまでは至らなくても、先ほどのおれも含め、絶対的な強者を目の前にして恐怖や畏怖の念を抱かない生物はいないだろうし、領域に囚われた時点で魔族に有利に事が運んでしまうのか。


稜地が展開した“領域”のおかげでフートの領域は破ることが出来たようだが、こちらの優位になるよう事を運ぶことは出来なかったようだ。

稜地の領域、か……どんな効果があるのか、今度じっくり聞いてみよう。


しかし、稜地は油断したのか?

せっかく作った領域なのに相殺されるなんて。


≪俺のせいじゃないです~

 あの子が強いだけです~≫


え、なにさらっと絶望的な事言ってんのよ。

大晶霊が“強い”って言うって事はおれじゃ太刀打ち出来なくない!?


「……先程から、心の声が煩いが誰と会話をしているのだ?」


不愉快そうに、更に顔を歪めてくるフートと、それを見て青ざめるおれ。


あぁ!そうだった!!

こいつ、心の中読めるんだった!!!


≪うかつだね~≫


うるさいよ!

それよりも!!おれが考えてた戦術って使えんの!!!?


やけくそになった訳ではない。

敵に聞かれている可能性が非常に高いけれども、フートがこの場に着くまでに考えていた戦術が使えるか否かを確認しただけである。

なので、奴にはどんな戦術かまでは解らないだろうし。

稜地の声が聞こえてないようだからこそ出来る会話だ。


「お前の質問に答える前に、ヒロさんに伝えなければいけないことがある」


稜地からの返答を貰い、心を落ち着かせる。

フートからは目を離さず、視界の端にヒロさんを捉えながら言葉を紡ぐ。


「アンナさんからの伝言だ。

 『私は誰も恨んでいない。だから、皆を解放してあげて。勿論、あなたも』だ。

 ……なぁ、ヒロさん。

 沢山の人を犠牲にして……それで奥さん生き返らせて、幸せになれるのかよ!?

奥さんが沢山の犠牲の上に設けられた毎日を心安らかに過ごせると思ってんのかよ!!?

アンナさんは、ただあんたが救われることを一番に願っている。

愛娘までこんな姿にしてさ……もう、終わりにしろよ。」


胸を押さえ苦しそうにしていたヒロさんの目が驚愕により大きく開かれる。


「ほぅ、あの女、生きていたのか。」


「フ、フート様!

わた、私はまだ出来ます!!

させて下さい!!!」


びくり、と反応し、青い顔色を更に悪くし慌て声を荒げるヒロさん。

その言葉を無視し、くすくすと無邪気に笑いながら魔力弾──に近いが、別の何かをアンナさんの肉体が収められている棺に向かって打ち出す。


が、当然。

そうは問屋が卸さない!

と言う事でサクッとヴォルトゥムナ・バルディッシュを使って棺にそれが到着する前に、霊力をふんだんに含んだ土の壁を作って攻撃を防ぐ。


「フート様!!!」


悲痛な叫びが広間に響く。

まぁ、自分はまだやれるって言っているのに契約不履行と言える行動取られたら不平不満も出るわな。


「チッ、忌々しい。」


フートがおれに向き直っている間に、ヒロさんはアンナさんの棺の元へと駆けって行く。


「事の発端はこの村の人たちだったとしても、そもそもの元凶は村の人たちをそそのかして操ったあんただろ?

 大人しく、倒されな」


言葉とは裏腹に心の中では『ホンマに大丈夫なんですよね、稜地さーんっ!!』って感じでドッキドキである。


正直、怒りも沸いている。

そもそもこいつがそそのかさなければ村人達だって愚行に出る事はなかっただろう。

全ての元凶はコイツである。

しかも、何十年と奥さんの復活を餌にして汚れ仕事させていた相手に対して、この仕打ち。

どうやら、死んだはずのアンナさんが生き長らえているのはコイツの力ではないようだし。

そもそもコイツの態度を見ていると、生き返らせると言うヒロさんとの約束自体、最初から守るつもりはなかったようだ。

到底許せない。


しかし、怒りも負の感情。

魔に属する者の糧となる感情だし、同時に精霊を使役する者には不要、そして邪魔になるだけの感情だ。

おれの思いはもうヒロさんにぶつけた。

ここからは稜地の言葉と勝利のみを信じて行動するだけだ。


ヴォルトゥムナ・バルディッシュを掲げ、遺跡で稜地が使っていた、9つ首を絶命させたあの術を思い浮かべる。


それと同時に地面から飛び出してくる、おびただしい数の蔦。

フートはすぐに反応し大きく後退し逃げようとするが、着地点の足元からも蔦が伸生え捕えようとその蔦を伸ばす。

数歩それを繰り返し地面を危険と踏んだのか飛び立とうとするが、それも予想済み。

壁から大きく穴の開いた上空──地上から次から次へと生えてくる蔦に遂に囚われる。

目標を捉えきれず空振りに終わっていた蔦たちも、次から次へとフートへと襲い掛かり巻きつき、その姿が見えないほどに絡まりついた。

稜地が9つ首に使った時は、このまま締め上げ絶命させていたが、エリの肉体を解放しなければならないし、今回はただ捕える事のみに意識を集中させた。

魔族に物理攻撃は効かないとされているが、霊力を遠慮なく込めているし捕縛するくらいなら出来るだろう。


……と思ったのだが、おかしい。

感覚として、蔦の内部の状況が何となく判るのだけれど……ん?違和感が。

空っぽ……??


「後ろだよ。」


声と同時に放たれた衝撃波により吹っ飛ばされる。

壁に激突するかと思われたが、そこは土属性の加護を受けていたおかげで負傷することなく終わった。

が、しかし。

咄嗟の事過ぎて、防御こそ出来たが吹き飛ばされた拍子にヴォルトゥムナ・バルディッシュを手放してしまった。


ヤバイ。

マズイ。


再顕現出来る保障なんて微塵もないのに!

さっきはヒロさんの詠唱中におれも顕現させたから時間の余裕があったし何とかなったけど、フートはそんな余裕を与えてはくれないだろう。


ヴォルトゥムナ・バルディッシュが手元にないせいで、即座に土精霊の術が発動せず、随分地面から離れた上部に吹き飛ばされたので着地をするにも一苦労である。

使い始めてすぐは『すごい便利!』なんて思っていたのに、いざ使えなくなるとモノすっごく不便に感じる。

詠唱が必要な、ほんの少し前の状態に戻っただけだと言うのに。

しかし、ここで詠唱をしては自分が弱体化しました、と言うのを公言しているようなものである。

ばれないように心の中でこっそり詠唱をしつつ足場を作りゆっくりと降りる。


心を読まれていないと良いんだけど…


どこに落としてしまったのかと思ったが、既にフートの手の中にヴォルトゥムナ・バルディッシュは納められていた。

え、魔族にそれって扱えるの!?

だとしたら本気でやばくない!!?


……というか…


「その見た目……フート、なのか?」


維持するだけ霊力を消耗してしまうので術を解除した蔦の中に、エリの肉体は横たわったままだ。

目の前に居るのは、気配は確かにフートである。


しかし、見た目が全然違う。


エリは白磁のように透き通った肌と、人形のように大きな目に納められた栗皮色が印象的な波がかかった金髪の女の子だった。

対峙しているのは、濡れ羽色、と言えば良いのだろうか?

艶のある黒く長く伸びた髪と同色の切れ長の瞳。

肌の色は白いが、そこに際立って目立つ薄く紅い笑みを浮かべた唇が不気味さを覚える、エリの外見とはかけ離れた少女が立っていた。


「完全復活までには至らないが、この姿を保てるほどには回復したようだ。」


エリと言う肉体を放棄して精身体であるフートだけ外に出て攻撃を免れたのか。

えぇい、厄介な。

基本、魔族は受肉している方が強いって言われているんだけど、フートはむしろ精身体のみの今の状態の方が強いように感じる。

なんでだよ。


≪精霊と同様、ある一定の強さの精神生命体は肉体がある方が現世に留まる事に力を削がれない分、能力を発揮できるけど、それ以上の存在となると、むしろ肉体の力の許容量が邪魔をして力を振るえなくなるんだ。

 完全に肉体と力が融合した場合はその限りではないけど、奴の場合は、エリの魂が肉体の支配に抵抗していたし。

 肉体を捨てたことにより本来の力が出せるようになったんだろうね。≫


まぁ、それでも不完全なようだけど、と足された言葉を聞いて思わずため息をつく。

なるほどね。

となると、ヴォルトゥムナ・バルディッシュを手放したのがますます痛い。

霊力を遠慮なく使えない状況では精身体に対する有効な攻撃手段を使うのに限りが出てしまう。

その上、稜地と相談していた戦術が使えなくなってしまう。

取り返さなくては。


「コレは……地神の斧か。」


言っていとも容易くヴォルトゥムナ・バルディッシュを霧散させるフート。


あぎゃーっ!!?

取り返そうと思った途端にこれかよ!?


「貴様……地神と逢ったのか。」


ぐりんっ、と虚ろな瞳をこちらに向け首を傾げて質問をしてくるフート。

美少女と言える外見でやられると軽いホラーである。


「くくくくく…

 いや、逢ったのだろうなぁ……

 何の因果か…

 私の計画を邪魔するのが、彼奴に連なる者とはなぁ……」


ブツブツと呟きながら顔を覆い、髪を逆立て徐々にその身にまとった魔力を肉眼でも判るほど禍々しく強めていく。

超こあい。


ちょっと、稜地さん!

あの怖い少女、おたくのお知り合い!?


文句を心の中で叫びつつ一歩後ずさり、愚痴をこぼしたお蔭で余裕が出来、気づいたことがある。

掌に感覚を集中させて確かめたが、おれの気づきは間違いないようだ。


「貴様自身も危険な因子を孕んでいるように見える……

 我らの計画を邪魔されぬ為にも、消えて貰おう。」


すっと怒りをを落とし能面めいた表情になった瞬間、いつの間に移動したのか眼前に迫っているフート。

奴が狂った様に呟いている間にこちらの術は完成している。

一発でも凌ぐ事が出来れば隙が生まれるだろう。

その瞬間を叩く!!


右手に鉤爪のような黒い魔力を覆い襲い掛かってきたフートに、空気の塊を出現させ攻撃をする風の精霊術をお見舞いする。


≪あれ?風の精霊術は苦手なんじゃなかったの?≫


お前、人の質問には無視しておきながら…

こんな状況にも関わらず質問してくる稜地に少々の怒りを覚える。


確かにおれは風属性の精霊術が苦手だ。

何が苦手って想定以下の威力しか出せないから、ではない。

想定以上の威力が出てしまい、結果制御が出来なくなるからだ。


洗った衣服を乾かそうと思ってそよ風を起こそうと思えば鎌鼬を発生させてしまい衣服はボロボロ、野宿の際火を熾す為にと枯れ木を集めようと思えば竜巻が起こる。

気を付けていても、だ。


精霊術を教えてくれた両親はきちんと段階を踏んで低級の術から教えてくれた。

お蔭で、風の精霊術は特に気を付けて使わなければならないと言う事が分かったので、その時は家一軒を吹き飛ばすだけで被害が食い止められた。


遠慮なしに術を使った事は今までない。


しかし、今この場なら何の問題もないだろう。

霊力の暴走をしないように制御する術は、稜地と契約した直後から日々怠ることなく学んでいる。

それに、地属性の精霊と風属性の精霊は相性が悪い。

フートの領域と相殺されたとはいえ、地属性に偏っているこの場であれば馬鹿みたいな威力は出ずに済むはずだ。


霊力を込めた空気弾をいくつも腹部に喰らって吹き飛ばされるフートを、更に鎌鼬を発生させ追撃する。

これだけ地属性に染まっている場で、こぶし大の大きさの空気弾を1つ放つつもりでいたのに両手で抱える位の大きさのものが1つと、こぶし大の大きさのものが複数個出現。

しかもその直後四方から何百と言う量の鎌鼬が襲ったのだ。

無傷では済まないだろう。


しかし、これは目くらまし。

本命は周囲に霧散しかけているモノをフートに気付かれないよう回収することだ。

これ以上大気中に溶け出さないように風の霊力で包み精霊に頼んで手元に持ってきてもらう。


「お……おのれぇぇぇええっっ!!!!!」


無様に吹き飛ばされズタボロにされたフートは瞬時にその姿を元に戻し再び襲い掛かってくる。

精身体だから見た目自体は元に戻せるのだろうけれど……

所々、綻びが出ているのか服の裾なんかは黒いもやのように霞がかって綻びが生じている。


あのもやのようなもの…9つ首がその身にまとっていた瘴気と言う奴か?


鎌鼬をお見舞いした後、おれが動かずに居るのを霊力切れの好機だとでも捉えたのだろうか?

普通なら、あの規模で精霊術を使えば確かに霊力を大幅に消耗するだろう。

しかし、おれは風精霊の術に関しては、霊力をほぼ消費せずに大規模な技を使える。

甘く見ないでほしいね。


勝利を確信し大きく笑みを浮かべ「死ね」と叫びながら肉薄してくるフート。


隙が出来たら良いな、なんて思っていたが誤算だった。

追い詰められて我を忘れて状況を冷静に分析することなく襲い掛かってくるとは。

きちんと見極める事が出来れば、おれの霊力が減っていない事位、心を読めるんだし解るだろうにな。


──空五倍子に染まる斧鉞具現せよ!

  ヴォルトゥムナ・バルディッシュ!!


フートは、振り上げた鉤爪がおれを切り裂くその寸前。

詠唱を極端に短縮し顕現させたヴォルトゥムナ・バルディッシュによってその身を真っ二つに切り裂かれ、霧散する。

一度発動させたことがあった事で術のイメージがしやすかったことと、フートによって破壊されたと思っていたヴォルトゥムナ・バルディッシュの膨大な霊力の大半が、地面へと戻ることなく大気中に浮遊していることに気づけたこと。

その上で、浮遊している霊力がそれ以上自然へ還らないよう風精霊の力を借りて閉じ込めて置いたおかげで、おれの霊力をほとんど消費することなく顕現させることが出来た。


まだ完全回復とはいかないけれど、ヴォルトゥムナ・バルディッシュのおかげで徐々に消耗していた霊力も回復してきているし、アンナさんたちの問題も解決しなければ。


アンナさんの身体が収められている棺へと振り返る。

はたと、フートとの戦いで完全に忘れ去っていたヒロさんの様子がおかしい事に気付いた。


腕が何倍にも膨れ上がり服は爆ぜ、そこから伸びている酷く腫れ上がった血管が顔面を醜く浸食し、エリと同じ赤褐色だった瞳は鮮血のように紅く白目の部分は墨をこぼしたように徐々に黒く染まって行っている。


「……っぎっっ…ぅぐぉっっぉぉぉおおああああ!!!!!


余りに現実離れした光景に呆然と立ち尽くしてしまった。

そのわずかな間に、ヒロさんは完全に魔獣と化してしまったのだった…


俺が埋葬した人たちの遺体が、大体似たような位置で倒れていたのはそもそも疑問だったのだ。

全ての人たちがこの村に立ち寄った結果、魔獣化のさせられたのではないだろうが、ヒロさんが反応した遺品の持ち主である三人は、距離にして1kmも離れていないような位置に倒れていた。

その間に倒れていた八つ裂きになっていた遺体は、たぶんこの村の人間によって魔獣化させられた三人の手によって犠牲者だと見て間違いないだろう。

商人風のおっちゃんの遺体に関しては魔獣に襲われた感が強かったし、もしかしたら同行していた人が先に魔獣化して殺されたのかもしれないが。


考えてみれば、おかしいのだ。

皆この村に訪れた時期がバラバラだろうに、なぜ死亡した時期が皆同じなのか?


今のヒロさんの状態から推測するに、フートの支配領域から外れたからなのではないだろうか?


魔族は精霊と同様精身体で出来ており、その核となるモノを破壊しない限り消滅することはない。

フートも、物質世界で自身の維持が出来なくなっただけで死んだわけではないと思う。

精身体を消滅させた時特有の手ごたえがほとんどなかったし、二つに切り裂いた後も気配がしばらく残っていた。

具現化していた肉体を切り離し、精神世界へと逃れようとしていたからだと思う。

まぁ、一部切ることが出来たみたいだし、どれ程までかは判らないが弱体化には成功しているだろうし、しばらくは物質世界に来ることは出来ないだろう。


そうすると、物質世界にフートは存在しないことになり、その影響下にあった随分昔に死んでいたはずの村人達や、元々霊力を使う事に長けていたのに魔の属性に堕とされたヒロさんはどうなるのか。

それの答えが、目の前で起きている事なのだろう。


何か…どうにか、救える方法はないのか……!?


≪……茨の檻が破られた。

 屍食鬼化した村人達がこっちに向かって来ているよ≫


村人たちはフートの魔力によって生かされていただけの存在だから、フートの支配下から外れたら当然元の死体になるのだろうと思っていたけれど…

生者、もしくは生そのものに執着・固執する“生ける屍”化してしまったのか……


魔物と化してしまったなら、倒さなければならない。


上を見上げると、地表に繋がっている穴から、次から次へと村人たちの物であろう怨念が肉体に先行して降ってくる。

おれが意識していなくても、ヴォルトゥムナ・バルディッシュの放つ霊力によってそれらの侵入は阻まれているが、霊力の壁に怨念がぶつかる度におれに思念が伝わってくる。


恨み辛みと、助けて欲しい殺して欲しいと願う気持ち。


おれに力があれば……もっと、上手く立ち回っていれば、皆、怨霊化したり魔物化したりせずに済んだのではないのか。

自分の無力さが、嫌になる。


ギリッと歯を食いしばり、そんな考えが頭を支配するが≪たらればを言っても、仕方ないよ。今、出来る事を、しよ?≫と言う稜地の言葉で思い出す。


アンナさんとの約束。

村の人たちと、ヒロさんを救って欲しい、と言う願い。


正直、無力感に襲われている今、おれの知ったことではないと全て放り捨てて逃げ出したくなる。


だけど…だけど、この強迫観念とも言えるべき『約束を守らなければ』と幾度となく遭遇してきた、心の奥からにじみ出てきて、逃げ出そうとするおれの足を止める、この気持ちは、おれの失くした記憶にも繋がる、おれの行動理念であり、おれがおれであるが故のものだ。

ここで逃げたら、確実に後悔する。


滅入っている時に言われて一瞬腹が立った稜地の言葉。

たらればを言っても仕方ない。

その通りだよ。

その通り過ぎて、言われて腹は立つが、実際その通りなのだ。

こうしておけば良かったとか、思ったって遅いのだ。


ならば、今できる最善の事をしよう。


歓喜の雨も降りだした。

場は整っているのだ。


ヴォルトゥムナ・バルディッシュを掲げ、祈りの言葉を謳う。


──済生願うは我が祈りなり

三稜の輝きを奇跡に変えて

生白磁雨を死者への手向けとし

死地へ赴く風緑を吹かせ

全ての呪縛を無へと帰し

彼の者達の御珠を解放せよ!

リカバリースフィア!!


三属性の混合精霊術。

力ある言葉や紡ぎの言葉と言われる、術を発動させるために必要な締めの言葉を基本的におれは言わないのだが、この術はそれを言わないと精霊は呼応してくれない。


術者の霊力が届く範囲内の全てのモノを浄化する、最上位の精霊術だから、軽く思った程度の気持ちじゃ力を貸してくれる精霊はいないのだ。

なにせ、その浄化の度合いが、おれより下位の存在全てに及ぶのである。

それ故に生態系を狂わせることがあるから、自然の摂理を捻じ曲げる事を嫌う精霊達から無理矢理力をぶんとって術を発動させるようなものなのだ。

集中力と霊力を物凄く消費する、おれの苦手な術である。


霊力はヴォルトゥムナ・バルディッシュのおかげで問題なし。

雨が降っているお蔭で水の精霊が言葉に応じてくれやすいし、風の精霊はフートとの戦いで場に幾人も召喚されている。

成功しないはずがない。


無いはず、だったのだが……


村人達の魂が浄化されたのも、肉体が機能を停止したのも、精霊達を介して伝わってきたから判る。

なのだけれど、ヒロさんだけが……その動きを、止めない。


一部は浄化されている。

しかし、半魔物化した身体から黒い靄のような、霧のような瘴気が留まることなく湧き上がってくる。


なんで……


「私は……負ける訳にはいかないのだ…

 フート様が教えてくださったのだ……

 この哀しみが無くなる方法を…悲劇が繰り返されぬ方法を……

 その世界を作る為に…私は……エリを………」


血涙を流しながら徐々に迫ってくる、半魔物化したヒロさん。


非常にまずい。

場が瘴気にある一定以上侵されてしまうと、せっかく浄化した村人たちの魂が輪廻へと還る前に捕えられてしまいまた悪霊化してしまう可能性が高い。


何か策はないかと対峙するが、その答えは──?

聞き覚えのある声で、ささやきが聞こえた。


アンナさんの声だ。


弱体化した精神では、フートの瘴気の影響でその姿を見る事が叶わなかったが、先ほどのリカバリースフィアのおかげで場の穢れが一時的にでも一掃されたからまた精身体だけ肉体から出てくることが出来たのか!

既に肉体は死んでいるはずのに、なぜ半死半生の状態のアマビトと化しておれの前に現れる事が出来たのか疑問だったのだが、霊力を有しているおれのような存在になら、その精身体の一片と接触することが可能だそうだ。


つまり、哀しい事にヒロさんは魔の属性に堕ちてしまっているせいでアンナさんの声が届かない。

やるせないな。


棺は、アンナさんの精神が死んだ肉体から離れていかないようにと特殊な加工がしてあり、その為アンナさんの霊力も長年その中に閉じ込められ続けているそうだ。

棺を壊しさえすれば、何百年と棺の中に満ちたままになっていたアンナさん自身の霊力と魂が解放されヒロさんを止める事も出来るだろう、と。


でも、そんなことをしたらアンナさんは……肉体は既に生命活動を止めている。

当然、死んでしまうのだ。

しかし、愛しい人と触れ合うことも出来ず、その愛しい人が壊れていく様を間近で見ていることしか出来ないこの状況。


ただ、新たな悲劇を生み出すだけしか出来ないこの状況を終わらせたい。

そういう事で、良いんだな?


確認をとると、既に、自分の姿を形作ることすら出来ないアンナさんの魂は、それでも力強くうなずいているように感じた。


解ったよ。

壊すのなら得意分野だ。


土精霊の力で棺を壊そうと槍をいくつか出現させようとするが、そのこと如くをヒロさんの魔力によって無効化される。

ヒロさん、そういえば土属性の精霊術の扱いに長けていたっけ。

精霊術を発動させる感覚や条件が分かっていれば、相殺させるのはお手の物ってか。


攻撃対象を悟られたのか、のろのろと動いていたヒロさんは、怒りからかその姿を再び魔物化させて雄たけびを上げながら魔力弾を放ち襲い掛かってくる!


ヴォルトゥムナ・バルディッシュのお蔭で屁でもない攻撃だけれど、下手をしたらフートよりも強くないか!?

自分の身体を軸に斧回転させ振り上げてその腕を切り落とす。

が、しかし。

確かに切り落したと思ったのに、切り口から触手のようなものが互いに伸びてきてすぐにつながってしまう。

流石に首を落とせば再生や回復もしないだろうけど……魔物化したまま死んでしまったら、魔のモノに魂を喰われ輪廻に戻れない可能性が高い。

正攻法で倒すよりも、やはり人任せになってしまうが棺を壊してアンナさんを解放するのが手っ取り早い。


目くらましに次から次へ土で出来た槍を出現させヒロさんに襲い掛からせる。

忌々しそうに腕を振り回し全ての槍を壊していく。

その数秒足止めされたことにより、少し出現させるのに時間はかかったが強度を上げた土の檻に閉じ込める事に成功。

檻に閉じ込めている間にも休みなく攻撃をしかける。

若干ながら小さく作ったため上手く身動きがとれず防御がままならないようで肉体にぶすぶすと無遠慮に槍が刺さっていく。

だが、刺さった物を引き抜くと、その途端傷が再生されてしまうのだからたまった物じゃない。

手を休めると檻を破壊されるのは時間の問題だと思い、全速力で棺へと駆ける。


背後で今までにない不気味な咆哮が轟くと同時に、おびただしい数の霊魂が禍々しい雰囲気を携えて空から飛来してくる。

ここら一帯は全て浄化したはずなのに!?

ヒロさんだったモノがあれらを呼んだだろう咆哮のタイミングとここまで来るまでの時間に開きがなさすぎる。

魔物と化したヒロさんの魔力におびき寄せられたのか、もしくは浄化しきれず天へ昇っている途中だった霊魂が強制的に引きずりおろされたのか…


あれらに攻撃を仕掛けられると非常に辛い。

防御をすることは可能だが、下手を打ってしまうと魂が死んでしまい二度と生まれてくることが出来ない。

魂は現世で肉体が滅びると、天世と至り来世へと巡り現在・過去・未来が繋がると言われている。

その繋がり、結びつきである輪廻こそが生きる者全ての生きる理由であり、業であり、呪いである、と。

そこから外れてしまうと、その人の魂含め前世からの魂の結びつき全てが消滅し関わってきた全ての魂にその消滅した人の魂が背負うべき業がのしかかり不幸の連鎖が起きるのだと。


確かに、呪いと言われているだけある。

…誰から聞いたんだっけな?


おれはあんな幾百もの魂とその結びつきを消滅させるのは嫌だぞ!

その責任の重さに潰されてしまう。


迷いが生じたせいで防御することが出来ず、一撃モロに喰らってしまう。

その途端、霊力を消耗するのとはまた違う感覚の虚脱感が全身を襲う。


転倒しそうになるのをぐっとこらえ、たたらを踏みながらも走る!走る!!ひたすら走る!!!

なんとか棺にたどり着き、その蓋に手をかける。


その瞬間。


足元から闇をまとった触手が襲い掛かってくる!


しまった!罠だ!!と思った時にはもう遅い。

暗闇に閉じ込められる瞬間、アンナさんの棺に向かって空気砲を放ち、おれの意識は闇に飲まれた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ