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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
プロローグ 第二章
14/110

14


ヒロとアンナ、仲睦まじそうに微笑み合う夫婦とその二人に抱かれ眠るエリと呼ばれる赤ん坊。

人里離れた土地でひっそりと穏やかに流れる時を慈しみながら自給自足で暮らしている、幸せそうな家族。


ヒロは農地を耕し作物を育て、アンナは子育てと家事の傍ら木彫りの工芸品を作り、ヒロがたまにそれらを遠く離れた町々に売りに行き必要な品を買い貯め戻る。

そんな日常を繰り返していた。

何年も。

何十年も。


転機が訪れたのはエリの子育てにひと段落ついてから。


ヒロは山から採れる金属を使い鍛造細工を始めた。

アンナは神木たちの枝を加工し寄木細工を始めた。

時間も手間もかかるが二人とも精霊の加護を受けたエルフであり、人間がそれらを行うよりもより効率的に、より美しく繊細な物を作り出すことが出来た。

評判を呼び弟子にして欲しいと懇願しに二人の住居を訪れる者が増え、門下に集い近くに家々を建て住むようになり、好意を無碍に出来ないと技術を教え……やがて小さいながらも質の良い工芸品を卸す有名な村となった。


しかし、長く人間との繋がりを絶っていた二人は忘れていた。


人間の自己保身故に自分の愚かさを顧みず責任転嫁をする、その傲慢さを。

過慢と卑慢により幾度と破滅の道を歩むことになろうと、悔い改めない事を。


世は魑魅魍魎はびこる時代。


天変地異と呼べる規模の天災があちらの町を焼き尽くし、こちらの街を飲みこんだ。

魔族が受肉しそちらの都市を滅ぼし、どちらの国を支配した。

そんな不穏な噂ばかりが流れてくる日々。


注文された品を納入しに行ったは良いが、あるべき場所につい先月まであった街がないから収入が得られない。

やむことのない雨のせいで農作物は全滅し徐々に食料の備蓄は減っていく。


明日食べる物すら確保できなくなってどれくらい経ったのか…?


先週生まれた赤子が母子共に餓死で死ぬ。

今日主が死んだ家の財を村人達が略奪する。


そんな地獄のような日々を終わらせようとヒロはいつもより遠い土地へと担商に赴く。


……そこに、悪魔のささやきが人々を犯す。


なぜ主人は起き上がることすら出来ないのにヒロは旅が出来るほどに体力が残っている?

なぜ家内は出産も出来ないまま死んだのにアンナは今も美しく健康な身体をしている?

なにより、なぜ、村の子供たちは全滅したのにエリだけが生き残っている?

なぜ? なぜ!? なぜ!!?


そうだ、きっと食べ物をこっそり隠し持っているんだ。

そうだ、きっと自分たちだけ裕福な暮らしをしているんだろう。

そうだ、きっとこの飢饉もあいつらのせいに違いない。

そうだ、きっと生贄を捧げれば神の怒りとも言える災害は鎮まるだろう。


妄執に憑りつかれた人間は、誰かに操られたかのように槌を手に取り鍬を引きずり、村の外れにあるヒロ達の家を襲った。


エルフの血を継ぐヒロ達は、精霊に愛されているが故に大気に漂う自然エネルギーでもって、かろうじて生き長らえているだけだったのに。

貯蔵してあった食物は全て村人に施していたのに。

一方的な好意であってもそれを裏切るまいと厚意で返し続けてきたのに。


なのに、その気持ちを裏切られ、抵抗も出来ず蹂躙されるアンナ。

そして……


堕ちた。


二人のエルフの血を継ぐ夫婦の間に生まれた、より濃くエルフの特性を継いだ、その子供。


エリは目の前で母を犯され殺され人間を、世界を深く憎んだ。

その結果、膨大な力を以って周囲の精霊を巻き込み堕天し、その精神を村人をそそのかした魔族に喰われた。

村に帰ってきたヒロにはアンナを復活させることを餌にして自分の手足となるよう命じた。

ヒロの協力を得た魔族は堕ちた精霊を使い、受肉と同時に殺戮した村人達に仮初の生を与え命令を下す。


再び戦争を起こし、魔王復活の糧になるよう更なる混沌を世にもたらす為の工程を。


魔族の囁きにより朦朧とした意識になっていたとは言え、アンナを殺したことがそもそもの元凶であり、逆らえば平等に訪れる無限とも思える苦しみの末の死が待っている。


村人たちは従う他なかった。


鍛造技術を生かし密造・密輸され続ける武器。

工芸技術を生かし作られる悪堕ち用の木工品。


一見素晴らしい出来栄えのそれらに釣られて来る旅人を、買い取った商人を、例外なく時間をかけてでも堕とし魔族を受肉させる土台にした。

適応のなかった人間は……全身を引き裂かれ見るも無残な姿で洩れなく死んでいった。


突然原因不明で死ぬ人間を目の当たりにし恐怖が蔓延する。

そしてまき散らされた戦争の種と、増殖する肉体を得た魔族たち。

何年も。

何十年もかけて。


しかし、急速に世界大戦に向けて進むであろうと思われた矢先に突如終息した、ルセアの戦争。

蒔いた戦争の小さな種も次から次へと何もかに潰されていく。


功を焦った魔族は秘密裏に行動を起こすことを止め、村を訪れた人間に遠回りな方法ではなく直接的に魔族を受肉させようと画策する。


魔獣や魔族の血肉を使った料理を旅人に振る舞い肉体の内側から浸食させたのだ。


血肉を分け与える分、魔族自身の魔力は落ちるがさして問題はない。

受肉するための器が出来る確率が上がる上に、適応力がなかったとしても脆弱な人間が死ぬか魔獣化するだけの話。

今度こそ上手くいく。


そう思っていた矢先。



「──おれが現れた、ってことか」


神妙な面持ちで頷くアマビト──アンナさん。


って事は、村人たちはみんな、もう、死んでいるのか。

雑木林で見たあの不気味なもやは、死人の発する魔力や瘴気によるもの、だったのだろうか。

……生きているのは村長だけ、か。


村を守る宝珠の霊力が少ない事を理由に精霊術を扱える旅人を留まらせもてなし、魔獣や魔族の血肉で作った料理を食べさ魔族を受肉させるための器を作り仲間を増やしていたのか。

恩をあだで返すとは、風上に置けない奴等め。

って言っても、エリの中に居る魔族の命令で動いているんだっけ。

魔族による命令は、一度受領したら魂レベルで縛られるから逆らう事は出来なかったんだろうな。


それを聞くと考えてしまうのが、エリーヤの事である。

あの騎士団長殿は魔獣の肉を食べて死にはしなかったものの、泡を噴いて死にかけて居た。

魔獣化することもなかったが…大丈夫なのだろうか??


いやいや、目下の問題はこの村の事だ。


宝珠に霊力を込めた時の村人たちの喜び様。

あれが演技だったとは思えない。

それに、アンナさんが見せてきた記憶から、村人は自分たちが生者じゃない事や魔族に魂を握られている事を理解しているのだろう。

そして、解放されたいと願っている。

宝珠により自分たちの魂を拘束している魔族自身が弱体化したり浄化されたりすると思ったのだろうか?

もしくは、自分たちが浄化されると思ったとか?


魔族に魂を握られた人間が解放される条件は、主となる魔族がそれを望むか、死ぬか、浄化されるか。

この三つの方法がある。

言い換えれば、この三つの方法しかない。


魔族なんて相手にしていたら命がいくつあっても足りない、と言われている位に魔族と称される存在は強い。

魔獣の強さを1、魔物の強さを5とした時に魔族は10,000だと言われている位だ。

簡単に浄化されてくれるはずがない。

現在の冒険者たちにはそれが当たり前の認識となっているが、何十年も前から時間が止まっている生活を強いられている、外界との交流がほとんどない村人たちがそんなこと判る訳ないし、宝珠による魔族の浄化を期待をしたとしても仕方ないか。


正直、魔族を相手にするのは無謀と言って良いだろう。

さっさと武器を取り返して逃げたい気分だ。


だけど…


洞窟内で聴いた声は、たぶん、空耳じゃない。

アンナさんの声と近いものがあった。

きっと、魔族に喰われたエリの魂の断片だ。

元々強い力を有していたそうだし、肉体の支配権を奪われ魂をも喰われてしまったが、魔族の力を以ってしてもその魂の全てを喰らう事が出来なかったのだろう。


手の届く範囲に居る困っている人は、なるべく助けたい。

両親から教わった、守るべきことの一つである。


今は保留にしてある稜地から聞かされた、世界の危機だとか言われても、ピンと来ないしそういうのは国が対処する事だと思っているから、おれがやるべきことだとは思えない。

どう考えたっておれの能力の範疇外の事だと思うからね。

だけど、今回は違う。


今回はって言うよりは、今回も、かな。


騎士団長殿の時のこともそうだし、それ以前の旅の道中で解決してきたことを振り返る。

出来れば逃げたい案件の事柄は数多くあったけど、それら全て、ギリギリ命が繋がったって程度のことばかりで危ないのは事実だけど、やって来ているんだ。


やろう。

美人さんに頼まれたから、とか、可愛い幼女を救うため、とか。

そういう頼まれごとをされたら断りにくい人種ベスト5に入る人たちに頼まれたからって言う理由もあるけれど!


稜地の力を借りた精霊術を試す良い機会にもなるだろう。

死なない程度に、頑張るさ。


死にそうになったらとんずらさせて貰うからな。

そう、アンナさんに告げると彼女はコクリと儚げに頷いた。


村人たちの手を借りてエリの身体を乗っ取っている魔族がいつ村に戻ってくるかわからない。

決意を固めたらさっそく行動だ。


まずは村長──随分とアンナさんの回想からの印象と違うが、ヒロさんと話をしてみよう。


魔族とどんな契約を交わしたのか詳細は知らないが、彼は罪を償わなくてはならない。

先にしてはいけないことをしたのが村人たちだとしても、巻き込まれて数えきれない人が死に、魔族が受肉しそれらが災厄を世界にまき散らしている。

魔族の甘言に乗せられ沢山の不幸を自分の手で作ったのは事実だ。


おれが道中で見た仏さんたちは、遺体のそばに魔獣の肉体の一部が落ちていたから、てっきり魔獣に襲われ交戦した跡なのだと思っていたけれど、そうではなく部分的に魔獣化してしまった肉体が、内側から力が暴走して爆ぜたその成れの果てだったのだろう。


武器を沢山積んだ荷馬車は、戦争を起こす為に密輸途中だった武具って所か。

あの商人はそれこそ悪事の片棒を担いでいたのだろうし同情の余地はないが、困っている村を助けようと善意で手を貸してくれた人たちまで犠牲にしたのはいただけない。

何十、何百年も魂を拘束され望まない事をさせられ続けている事は同情するが、自業自得と言ってしまえばそれまで。

この際、村人たちの救済は後回しだ。


優先すべきは、完全な被害者であるアンナさんとエリを救う事。


長命種族であるエルフであることを考えると、肉体自体は村人たちと違って無理矢理形生き長らえさせられているものではないだろうし、魔族から解放された途端寿命を迎えて死亡、と言う事はないだろう。

もしかしたらエリの中に居る魔族を追い払うなり消滅させるなり出来れば円満解決できるかもしれない。

洞窟でおれに語りかけてきたのがエリなら、魔族に肉体の主導権を握られているだけで、中にまだ精神が居る可能性が高い。


記憶を見た限りではアンナさんは村人に殺されていたが……生霊として目の前に居る以上、何らかの方法で生命活動を止めてはいないのだろう。

しかし、アマビト化しているのが気がかりだ。

どれだけの時間的猶予があるのか判らない以上、早く行動した方が良い。


相棒ともいえる武器が手元に戻って来ていないのが心もとないが、そもそも魔族は精身体であり物理的な攻撃は効かない。

探すことに時間を割いている暇があったらさっさと決着をつけるべきだ。



──天鵞飛び立ち 行き渡るは千歳の緑

  出でよ薔薇そうびの棘にて我に仇成す者達の行く手を阻みたまえ

  アんチインとるーダー


≪……結びの言葉の発音が成ってない≫


うるさいなぁ…

横文字自体まだ慣れていないんだから仕方ないじゃないか。


心の中で愚痴ると、やれやれ、とため息交じえながらも、それでも“力ある言葉“=”結びの言葉“に呼応し術を展開してくれる稜地。


うむ、ありがたや。


稜地に教わりながら唱えた精霊術。

術師が許可した者以外の侵入を防ぐ効果のある防御障壁を作る術なのだが…


似たようなものならおれも母さんから教わったので知っていた。

“出でよ薔薇の棘にて”の部分と“結びの言葉”がない形式の術だったけど。

それでも充分防御の術としては役に立っていたし、特に四方に防御壁を作りたい時は9つ首との戦闘で使った防御術よりも利便性が高く、背後から襲われた時用に逃亡するときなんかに使うことが多かったのだが…


本来の使い方としては、自分の身を護るための物ではないそうだ。


宝珠が普及したせいで廃れた術だそうで、集落への侵入者を防いだり野宿をする際に襲われないようにする為の設置式自動発生型防御術とのこと。

一度発動させると術者が意識を傾けなくても、術を展開する際に意識した“もの”の侵入を防護壁が持っている防御力の及ぶ範囲でなら何でも何度でも妨害してくれるのだそうだ。


だから、単なる防御の術として今でも使われているんだろうな。

気を張らず安心して野宿出来るなら、使い勝手も良いし覚えておいた方がよさそうだな。


個人を護るだけでも中級以上の土精霊の力を借りなければいけない術との事だが、おれには稜地と言う最強の大晶霊様がいるからね。


文句が違うからか、展開された術が具現化した姿も随分違う。

俺が知っていた方は数本地面から伸びたキヅタが術者の身体の周りに展開し薄く緑色に光る壁を生じさせるものだった。

稜地に教わった方は、完全にバラの蔦だ。

棘を伴った茨で作られた檻が村全体を隙間なく覆っていた。


エリの肉体を乗っ取っている魔族もこれに阻まれて入ってこられないのが一番だが、まぁ、期待はしない方が良いだろう。

村人の侵入を最低限防げればそれで御の字だ。

それすらままならない可能性も一応あるし、村長の──ヒロさんの元へと足を進めた。


徐々に気配が薄れて行ってしまっているアンナさんの精身体に案内され、家の奥まった所に隠されていた地下への階段を下りる。

どうやって作ったのか…とも思ったが、アンナさんの記憶の中では、ヒロさんは土属性の精霊の扱いに特化していたように見受けられたので、作ろうと思えば作れるか。

一見製造不可能に思えるような地下空間も、精霊と、それを使役できるだけの霊力と信仰心があればすぐに出来る。

精霊への感謝や祈りは欠かさずに行っていたようだけど神聖視している訳ではなさそうだったし、共存しているって感じだったのかな?

階段の状態や壁・天井の出来具合を見るに、随分と有能な術者だったようだ。

アンナさんの記憶の人物と、今のハゲデブで下世話な人物とがいまいち結びつかないけれど……長年の非人道的な行動で見た目から性格から何から何まで変わってしまったと言う事なのだろうか??


≪姿に関しては、光精霊の干渉があのヒトの周囲で確認されたし、たぶん視認出来た姿と本来の姿は違うよ~≫


空間に干渉を起こす精霊術の場合は訓練をしないと意識しても隠された本来の姿を認識することはできないそうだ。

稜地は晶霊だし、格下の精霊程度の術展開なら丸視えだそうだけど。

あとは、おれの持っている片眼鏡なんかを通せば多分視えるとの事。

それを考えると、片眼鏡はかけ続けていた方が良いかな?

魔に属するものの鑑定・認識に特化しているとは言え、目に見えないものの情報を表示してくれることには変わりない。

また道具袋に入れっぱなしにしていて紛失したり奪われたりしたら最悪だしね。


改めて片眼鏡をかけ魔力を込める。

一応、地下道に侵入者予防の罠はなさそうだ。

稜地にも確認したが無いとの事。


10分も進まないうちに、開けた空間へと道が続いているのが視えた。

祭壇のように恭しく設けられている部屋の奥には、アマビトの姿そのままの美しさを持った女性が水晶で作られたかのように淡く輝く花と共に透明な棺に納められていた。

その棺にすがり、祈りと鎮魂の言葉を繰り返す男性。


「……ヒロさん…」


おれに気付いていたのか、祈りを止めゆっくりと立ち上がるヒロさん。

村長として対応していたでっぷりした姿と、アンナさんが見せてきた姿そのままの背格好の男性が重なって見える。

稜地の言う通り、この片眼鏡で精霊術の干渉を視る事が可能なようだ。


「君が宝珠に込めた霊力を視た時……こうなるかもしれないと言う予感はあったんだ。」


振り返りもせず、棺を撫でながらぽつりぽつりと語り始める。


「永く生きているが、あのような爆発的な霊力を持つエルフも、ましてや人間も見たことがない。

 それを御する事が出来る存在なんて、神か魔王か、それに限りなく近しい晶霊や魔族のような存在しかいないだろう、とね。

 フート様の御力も凄まじいものがあるが…君のそれは遥かに上回る。」


幻視の術を解いたのか、重なって見えていた村長としての姿が消え、アンナさんが見せてきた姿のままのヒロさんが空ろな瞳をしながら振り返る。


「君は、神の使いか何かかな?

 もしくは、本当に神そのものなのかな?」


言って差し出された右手の魔力が急激に高まっていく。


「ヒロさん!

 話を聞いてくれ!!」


「問答無用……

 冥府への扉開かれし時 我らの行く手を阻む愚かなる者に終焉の光を与えたまえ……」


既視感を覚えるあの魔力の高まり。

間違いなく、エリが──ではなく、エリの中に居る魔族が使ってきた術だ。

何でエルフが魔力を扱えるんだよ!?


≪あの魔族によって堕とされたことで、魔力があつかえるようになっているんだね。

 レイシス、戦闘準備を!≫


言われなくてもわかっているよ!!

稜地に『とっておき』と言われた術を唱えるべく意識を集中させ、頭の中で鳴り響く稜地の声に自分の声を重ね、詠唱を始める。


──其は大地の秘められし守り神

  運命さだめの門開かれる刹那の刻

誇り高き御名を呼ぶ魂の叫びに応えたまえ……


その途端、みるみるじぶんの霊力が吸い取られていくのが解る。

これ、下手したら途中で霊力枯渇で失神するんじゃないだろうか?と疑問が頭をよぎる程度には危機感を抱くレベルである。

稜地に鍛えられて霊力の総量増えているはずなんだけどなぁ…

それだけ、この術は上位かつ威力の強いものなのだろう。

父さん印の霊力回復薬(いちご味)を飲みたい衝動に駆られるが、詠唱途中でそんなことをしたら集中力が途切れてしまい術展開が霧散する可能性がある。

そんな危険な事はしたくない。


これだけ膨大な力を持った術が暴走したら、下手をするとこのあたり一帯吹き飛んでしまう。


──かざすは脅威 振るうは断罪

空五倍子に染まる斧鉞なり

  具現せよ!

  ヴォルトゥムナ・バルディッシュ!!


先ほどと桁違いな勢いで吸い取られた霊力により手の中に顕れたのは、褐色がかった灰色の刃が鈍く光る馬鹿みたいに大きい両手斧だった。

遺跡で見た、稜地が抱えていたもの、だろう。


とっておきって、大晶霊専用の武器を顕現させることだったのかよ!!?

武器を顕現させるだけでこの霊力の消耗具合……大晶霊自身を正攻法で召喚するには、果たしてどれだけの霊力が必要になるのだろうか。

考えただけで意識が飛びそうだ。


と言うか。

すでに霊力枯渇のせいで失神しそうである。

こんな状態で果たしてヒロさんを無力化出来るのだろうか。

明確な殺意を以って対峙されているが、おれにはヒロさんを殺す理由はない。

アンナさんやエリを救うつもりでいる以上、ヒロさんだって救わなくてはいけないと思っている。


甘いかもしれないけどね。


≪良かった!ギリギリでも具現化出来たね~≫


おい、こら。

明確に成功する保証もないまま術を発動させたのかよ。


≪まぁまぁ、結果お~らい!≫


命の駆け引きをしている場面のはずなのに、稜地の緊張感のない言葉のせいで気が抜ける。

一瞬でも気を抜いてしまったら霊力を保てずに斧が霧散するか、霊力枯渇により気を失うかしてしまいそうな、この場面なのに!!


と思ったが、ふと、気づく。


詠唱を始めてから遠慮なく瞬く間に吸い取られていき、枯渇寸前だったおれの霊力が、みるみる内に斧を介して回復していっているのだ!


≪具現化出来たならこっちものんだよ!

 ヴォルくんは、大地から霊力を吸い取ってくれるから陸地戦なら向かう所敵なしなのだ!≫


ヴォルくん……ヴォルトゥムナ・バルディッシュと言う名前の武器だから、かな。

本当、緊張感の欠片もない…


だけど、それが本当なら有難い。

見た目の身長180cmを超えている稜地が持ってもなお大きいと感じていた大振りの斧。おれの霊力で形作られているからなのか、持ち上げてみるととても軽く感じる。

と言うよりは、重さを感じない。

肉体の一部、と言う感覚と言っても良い程手になじんでいるのだ。


稜地の言葉通り大地の力強さが感じられる、無尽蔵に供給され続ける霊力に先ほどとは逆に霊力過多により眩暈を起こしそうだ。


≪ヴォルくんの効果は地属性精霊術の詠唱破棄と、地属性攻撃の絶対防御だよ~

 さ!ふぁいと!!≫


『さ!』じゃないよ!!

さらっと言ったけど物凄い効果じゃないですか…?


物は試しと言う事で戦闘を行うには少々手狭に感じる広間を広げるイメージを土精霊にお願いをする。

すると、特に詠唱もせず軽く頭の中で思い描いた通りにお願いをしただけで目の前にその効果が表れる。

具体的に言うと一瞬で100m四方に空間が広がったのだ。

そこにあったはずの土はどこに消えたのやら…?


天井が少々低いだろうか?

と疑問に思っただけで頭上も開ける。


えぇっと……降り出した雨粒が冷たいね。


ちょっと待って。

コレ、制御出来て居なくない!?


「俺達の邪魔をするな…

 ディザスターライト!」


少々混乱を起こしている所にヒロさんの攻撃呪文が完成したらしく、その掌から周囲をどす黒く浸食するかのような錯覚を起こす球状の闇が放たれる。


ひえぇぇぇええっっ!?

あれ!!当たったら絶対あかんやつ!!!


思った途端、間髪入れず発動する土属性の防御障壁の数々。

いくつかは破壊されたが、障壁が持つ霊力とディざすたぁライトが有していた魔力が相殺された所で術が消え失せたようだ。

何十と上位防御術を瞬時に発動させたにも関わらず、全く減ったように感じない霊力。

本気ですごいね、ヴォルトゥムナ・バルディッシュって。


感覚に慣れるまで大変だけど、こういう咄嗟の防御に関してはかなり心強い。

本能的に自分を守らなければ!と感じれば瞬時に土精霊たちが全力で守ってくれるのだ。

ありがたや…


ヒロさんは元々土精霊術に特化した術師だったみたいだけど、魔族との契約で霊力は扱えなくなったと思っていいだろう。

精霊術を扱える最低条件が、堕ちた時点でなくなるからだ。


その分、たちの悪い魔術が使えるようになっているみたいだけど、霊力と同じで魔力だって自分の中に有することが出来る量には限りがある。

こちらは霊力が限りなく供給され続ける訳だから、持久戦に持ち込んで魔力枯渇で失神した所を捕縛すれば良いだろう。


……霊力と一緒で、魔力が枯渇した時に気を失うなら、だけど。

魔力枯渇は起こしたことがないから何とも言えないけれど、減る感覚はあるから限りがあるのは確実だ。

それに、過去に戦ったことがある魔族は少なくともある程度戦ったら舌打ちしながらどこぞへと消えて行ったし、失神するまではいかなかったとしても、不利な状況にはなるのだろう。


攻撃されれば防御壁を出し、合間に致命傷に至らない程度の術を喰らわせる。

ヴォルトゥムナ・バルディッシュの直接的な攻撃力も気になる所だけど、塵も残さないような攻撃力だったら最悪だし。

なにせ大晶霊様の武器だもの。

ありうる…


≪そだね~

 ヴォルくんは大地を切り裂き山をも穿つって言われているよ!≫


うん、ダメ、絶対。

時間はかかるだろうが、ヒロさんを疲弊させる方向で攻めましょう。


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