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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
プロローグ 第二章
12/110

12

「……本当に、行ってしまわれるので…?」

「おにぃちゃん、いっちゃうの…?」


朝食と言うには豪勢過ぎる程の食事を遠慮なくしっかり摂った後。

食事と寝床の提供にお礼を言って、そろそろ出発を…と切り出したら祖父孫そろって八の字眉毛に涙目と言う同じ顔で口々に言われた言葉。

正直、恰幅の良いおっさんに言われても何も響かないが、小さい子供に言われてしまうと少々良心が呵責する。


村にはおれよりも小さい子があまりいなかったこともあり、世話を焼きすぎてしまったのか…?


のんびりとした村のようだし、刺激も少ないだろう中突然現れた冒険者と、その口から紡がれる冒険譚が余程気に入ってしまったのだろうか。

食事の際に世間話ついでにと、これまでの道中に起きた出来事を多少、いや、そこそこ結構脚色してお話ししたのだが…それが良くなかったのか。


嘘はついていない。

嘘はついていないとも。

だけど…とても良い笑顔で、語る端から手を叩いて喜んでくれたものだから、調子に乗りすぎてしまったようだ。


しかし、困ったな。


結果的に身になったから良いけれど、想定外の遺跡探検をしたせいもあって大幅に旅の予定が遅れている。

更にここに何日も留まるわけにいかない。

出来れば、冬を迎える前にブリタニアに到着して、長期滞在可の安価な宿を確保したいのだ。

真冬の大雪の中、冒険家稼業をする人間も中にはいるが、冬は小動物は冬眠し、獲物が少ないせいで腹が減っている魔獣たちはより凶暴性を増す。

寒いと思うように身体も動かないし、野宿をしたら命の危険性が格段に増す。

良い所が正直言ってないのだ。

その為、大半の冒険者は冬はなるべく大きい街に滞在し、商店や宿の手伝いをしたり、術展開の巻物を作ったりして日銭を稼ぐのが一番利口だ。

伝手と頭があれば、精霊術の臨時研究員になったりも出来るけどね。

色々面倒な手続きがあるからそれはしたくないし。


なので、おれは冬はごろごろ宿屋に籠っていたいのだ。

なんとか納得して貰えないものか…


≪何か物で釣ってはどうだ?≫


な、なんと姑息な…!!

とは思えども、『ちょっと待っててください』と答えの是非を待っている村長一家に断りを入れ、稜地の言葉にひとつ頷き渡せそうな物がないか道具袋を物色する。


一瞬、懐から沢山持ってる暗器の一つを、とも思ったが…5歳程度の幼子に武器を渡すわけにいかないし、即行却下する。


思案しながら、あれでもない、これでもないと却下して床に置いて行った品々に、村長さんが言葉をかけてくる。


「…レイシスさん、これは……?」


かけられた言葉に顔を上げると、少々顔色を悪くした村長さんが持っていたのは、いつぞや埋葬業者の真似事をせざるを得ない状況下で遺品として回収していたいくつかの品。


そういえば、すっかり忘れていたけど遺跡探検の後から連続変死体をめっきり見なくなったな。

平和なのは良い事だ。


「あぁ、ここに来るまでの道中で見かけた仏様が持っていたものです。

 冒険者には遺品回収と提出の義務がギルドから出されているので。」


ギルドと言うのは、大まかに言えば依頼斡旋所の事だ。


イヤ、綿密に言えば違うそうだが。

依頼斡旋所や情報売買所など、様々な冒険者に必要な機関が一つの建物に集まっていることが多いのだが、それら全て合わせた通称をギルド、と言うそうだ。

主な業務と建物の大半を占めているのが依頼斡旋所なので、おれも含め、ギルド=依頼斡旋所と勘違いしている人は多いらしいが。


稜地に教わった。

本当に、なんでおれよりも世間に詳しいんだ、この晶霊様は。


1つは商人風の男性が持っていた、通行手形証明証。

1つは巡礼中っぽい老人が持っていた、たぶん精霊を象った小さい木像。

1つは旅人であろう女性が持っていた、赤い石がはめ込まれた小さな杖。


手ひどく荒らされた遺体から回収できた、その人の証明になりそうな品の数々。

旅をするみんながみんな、冒険者証を持っていたら話が早いのだが、冒険者証の発行にもあれこれ手続きが居るし、実力も必要だからなかなかそれは難しいんだよね。

まぁ、その冒険者証を危機から逃げている途中で運悪く落としちゃったり、魔獣に食べられちゃったりしたら、当然道中に残された遺体は当然所持していないので、誰も彼もに発行した所で結局意味がないんだけど。


少なくとも、おれが相手をした仏様たちは冒険者証は持っていなかったので、仕方なく多少かさばるが物品を回収させて貰っていたのだ。


「そう…でしたか。」


何やら思いつめた表情でそれらの遺品と孫とを交互に見る村長さん。

どれか、身内か知り合いの遺品でもあったのだろうか?


「何か書くものを頂ければ、ギルドへ提出する簡易届出書きますけど。

 そこに受領署名さえ頂ければ、そちらの品、お返し出来ますよ」


ギルドにいったん届けてしまうと、例え家族であろうが面倒な手続きを踏まないと遺品って返却して貰えないんだよね。

冒険者は、遺品の横流しをすると冒険者証の差し押さえをされる可能性が極めて高いので拾った遺品は届ける事の方が多い。

一時の得よりも、それが発覚した時に存する度合いの方が高いからだ。

各国の宿屋や武具、薬草や回復薬の割引制度は勿論だが、なによりも依頼斡旋をして貰えなくなるのが痛い。

お金を貰いながら実戦経験も積める、護衛や魔獣退治の依頼。

旅の道中に採取した素材の売買。

目的地さえあえばついでに出来る、依頼料と人からの感謝の言葉も貰える手紙などの御届け物。

などなどなどなど…


冒険者はギルドを通してすることが多過ぎる。

なので、悪用されない為にも冒険者証取得の手続きは面倒だし実力も必要なのである。


その面倒な手続き諸々をどぶに捨て、恩恵全てが無くなる、りすくを負うだけの物品は早々ない。


そういう訳で、大抵の遺品はギルドに届けられる。

各国のギルドに定期的に情報交換され一覧が一般市民にも公開されるので、ギルドの体制が整ってからは生死不明者の数がぐんと減ったそうだ。

おれみたいにギルドに届ける前にうっかり人目に付くところにその遺品をさらしてしまい第三者に高価な品を盗られた、なんてことがまれにあるそうだが、その場合は出来るだけ回収した遺品の情報をギルドに伝えれば基本、おとがめはない。


届け出は義務だが強制ではないので。


そういう事なので、『遺族であろう人間が見つかったので、この国のここら辺で見つけたこういう特徴の仏様が持っていたこういう品を、この受領署名した人に渡しましたよ』と言う届出をすれば、万が一村長さんが第三者だったとしても、遺品を渡したおれは責任を追及されなくて済む。

その場合、本当の遺族の事を考えると少々胸が痛むが、あそこの村の村長さんが持ってますぜって情報を同時に届ければ良いだけだ。

それを受けて、遺品を取り戻すための依頼を冒険者に出すことも、当然ある。

その際、依頼料は当然発生するが。


「…返す……?」


訝しげな表情で言葉を返してくる。


あれ?故人の遺族とか、友人関係とかじゃないの??


疑問が生じると同時に、急な睡魔に襲われる。

寝起きに睡魔に襲われるって、どんだけ成長期!?

ってそんな馬鹿な。


どう考えても危機的状況にもかかわらず、のんきに呆けてしまった自分に突っ込みを入れながら、おれの意識は闇に飲まれた。



≪おはよう、主。≫


意識が覚醒すると同時に稜地が声をかけてくる。


目は、まだ開けない。

呼吸音でもしかしたら目覚めたことがばれるかもしれないが、近くにこちらの状況を窺ってきているような雰囲気を持っている意識は──稜地以外いなさそうだ。

物音を建てたり騒いだりしたら、誰かしら来るかもしれないが、とりあえずは安全なようだ。

気配の確認をしてから、目を開く。


口には猿ぐつわがしてあるので大声を出したりむせび泣いたりして騒ぐことは出来ない。

両手足も縄できっちり拘束されてしまっている。

身に着けていた防具は没収されていないが、手に持っていた外套と、隠し持っていた暗器以外の武器の類が近くにない。


おはよう、稜地。

本日二回目のやりとりだね。

さっそく聞きたいんだけど、おれが意識失った後の事、解る?


おれが覚醒したことに気づけたことや、今までの事を踏まえると、稜地はどうやらおれの中に居はするが、宿主のおれが寝たからと言って、稜地も眠るわけではないようだ。

精霊や晶霊は肉体を持たない精身体、と教わったことがあるし、それが事実なら当然と言えば当然か。

食事の代わりに、中でおれ自身から霊力を補給しているようだが。

術を使った後のような霊力を消耗した、と言う感覚はないのでいつどのようにして補給をしているのかがいまいちよくわからない。


精霊は感覚器官と言う物を有していない。

しかし、おれの感覚器官を通して周りを感じ取るわけでもないようだ。


いや、聴覚とか、共有している部分もあるようだけど。

おれが聞こえている事は基本的に聞こえるみたい。

脳が音を認識していれば、感覚が伝わってくるそうだ。

おれが認識していない音も、聞こうと思えば聞こえるみたいだけど、それはおれの身体の外に出ないと難しいそうだ。

触覚や嗅覚、味覚は基本的に判らない。

精身体なのだから、生命が危機から逃れるために備わった感覚器官は認識できなくて当然と言えば当然か?

味覚は、食事をとる必要がないから、同じく。

視覚は、当然眼球を通して脳が認識している訳ではないようだが、映像を認識する感覚は備わっているそうだ。


おれは肉体があるので、それらの感覚がいまいち解らないが…

眠っている時だとおれは当然目を閉じているので、もしおれの視覚を通して稜地が周囲を把握しているのだとしたら説明できない事が多々としてある。


野宿をしていたある晩、危険を察知した稜地がおれの意識?精神?を直接揺さぶり、遠くに我捨髑髏や狂骨の群を見たとたたき起こしに来たことがあった。

その時は言い表しようのない衝撃に目を白黒させ飛び起きたものだ。

その幽霊系の魔物の群れを見たのは何里も離れた場所の事だそうだ。

結局、それだけの距離が離れていれば当然と言えば当然だが、その時は何事もなかったことと、おれも何年も旅をしている身なので自分に害が及ぶような危険が迫っていたら目を覚ませることと、併せて『人は寝ないと死ぬんだから余程の事がない限り起こすな!』ときつく言って聞かせたのだが……


そのせいなのか、今回は起こして貰えませんでした まる


少なくとも、“余程の事”に該当しなかったから起こしてくれなかったのだろうし、とりあえずは大丈夫だろう。


≪意識を失った、と言うよりは……あの幼女が睡眠誘発の術を唱えていたからな。

 その術にかかったと言うだけであろう。

 主が眠った後は、村長と幼女が

『なぜ食事の毒が効かなかった』

『なぜこのタイミングでバレたんだ』

などと口々に呟いていたな。≫


……えぇっと、つまり?


≪最初からかどわかすつもりで家に招いたのだろうな≫


ですよねー!?

え、なんで!!?

宝珠の機能回復させた恩人に対して、何この仕打ち!!!??


しれっと言ってのける稜地の言葉に更に混乱する。

毒って言っている時点で、眠らせて宝珠の霊力補給のための道具として飼い殺し★って訳ではないだろう。

眠らせたり痺れさせたりすることを目的とするなら“毒”と言うよりも“薬”って表現になるだろうからねぇ。


と言うか、食事に、毒??

お上品に一人一皿用意されたわけではなく、田舎の家庭料理を大皿でどーんっ!と何皿か用意され個々で食べたいものを食べたいだけ取る、って形式だったんだけれど。

いつ、どうやって盛ったんだ?

村長の野郎もお子ちゃまも同じ料理食べていたのに。


≪魔獣の肉を使った料理だったんだろう≫


おぉ!なるほど!!

魔獣の肉は一般人には毒になるんだもんね!!


あの村全体がそうなのか、あくまで村長一家限定でそうなのかまでは判らないけれど、自分たちは普段食べているから問題なく食べられるが、客人には毒だと分かって居ながら魔獣の肉を提供した、と。


その意図は…?


なんだろうね。

解るわけがない。


年貢納めるの厳しいって言っていたし、追剥とか?

だとしたら眠らせた後、盗る物盗ってどこか適当な所に放り捨てるなり、最悪殺せば良かったのだから、それをせずに手を縛って猿ぐつわをして隔離する必要はないだろう。

一人で旅をしている油断した奴ほどよいカモは居ないからねぇ。


おれのことだよ。


それにしても、わっかんないなぁ…

魔獣肉の毒を使って殺すつもりだったんだろうに、無防備に寝ている奴を捕えるとか。


何かしらの理由があって意識を失わせて、何かしらの目的に使おうと思ったのか?


だから、何かしらってなんだよって話だ。

思考が堂々巡りになっている。

理由が分かって付き合ってらんねぇってなれば、さっさと無詠唱で縄切って脱出して逃げるのに。


あぁ『なぜばれた』って言ってたんだっけ?

何をおれにばれたと思ったのか…

何も察していないおれにばれた、と早とちりしてしまうくらいに余程後ろ暗い事を切迫しつつも行っていたのだろうなぁ。


おれはただ単に、ハゲデブ村長の無神経な発言に辟易し、こんな弟妹欲しかった!と幼子に萌え萌えしていただけだと言うのに…

あの子が、おれを眠らせるだけの精霊術を使ったんだよなぁ…?

と言うか、誰か特定の対象を眠らせる精霊術なんて、あったっけ??


≪風精霊を用いて、眠り薬を空間に漂わせたり、酸素濃度を操り気絶させることは出来るが、直接的に眠りに誘う術となると、精霊術ではなく、魔術、だな≫


おぉ!生き字引!!

ってか、酸素濃度操るってなにそれ、怖い…窒息させるってことですよね……

そうだよね。

閉じた空間に酸素を供給することが出来るんだもの。

その逆もまた然り、だよね…

一般的に化学の概念がないのって、知識があるとこういう恐ろしい考えが浮かぶからなのかしら…


それにしても、魔術か。

年単位で旅を続けて色々な国を回ってきたけれど、魔術を扱える人間なんて今まで見たことないんだが…

まさか、こんな名もない小さな村に居るとは。


≪主と同じく、エルフの血を引いているからだろう≫


え、なに、その問題発言。

おれってエルフの血引いてんの!?


≪言葉の端々で疑問に思っていたのだが……

 主は、馬鹿なのか?≫


え、ひどい!

なにこの晶霊!!?

ただ単に記憶喪失だから自分の出自とか解ってないだけですー!!!

馬鹿じゃないですーーー!!!!!


思わず頬を膨らませ、心の中で不満の言葉を口にする。

全身で遺憾の意を表したいが、いかんせん今は両手足を縛られたままである。

陸に上げられた海老のようにぴょんぴょん虚しく跳ねるだけだ。


≪……あの騎士に対する方便ではなく?≫


どんな事情を抱えてたら記憶喪失です、なんて嘘をつくと言うのかな??


≪ふむ……我に告げた真名が外交用の名と違うし、てっきり……≫


……ん?

え、稜地に名乗ったっけ??おれ???


≪契約を交わす際は魂に刻まれている名でなければ不履行となる。

 主は、我との契約の際、キチンと真名を名乗ったぞ≫


えぇー!?

おれって無意識下では記憶失ってない状態だったってこと!!?

まじかー

おれの脳みそどうなってんのよ!!??


≪脳が認識している・いないに関わらず、身体が覚えている記憶、と言うものがあるからな。

 脳の回路としては現在と過去の記憶が繋がって居なくても、ふとした拍子や無意識下では繋がることもあるのだろうな。

 ふむ…となると……猫をかぶらなくても良い、と言う事か。≫


え?猫??

一瞬疑問に思うも、


≪こういう堅っ苦しい喋り方するの昔から苦手だったんだよぉ。

 真顔をずっと続けると顔が筋肉痛になりそうで大変だったんだよねぇ。

 筋肉ないけど!≫


先ほどまでのきりっとした表情から一転。

大晶霊としての威厳も何も感じさせない“ほにゃん“とした表情に崩れたかと思えば間延びをした口調で頬をむにむにつまんだり引っ張ったりしながら、突然、晶霊独特の冗談か何か判らないが、告げた後にケラケラと笑い出す。

えぇっと……これは、本当に、稜地?????

あの、9つ首と対峙した時の荘厳さはどこへやら。

どちらかと言うと下町の路地裏でゴロツキに絡まれていそうな雰囲気を漂わせている兄ちゃんへと変貌を遂げている。


≪雑魚っぽいとか、親に似て失礼だな~

 そんなんだから舐められないようにって頑張ってたのに~≫


腰に手を当ててプンプン!と怒り出す。

等身まで変わって見えてくる、このミラクル…


……え、親!?


≪あははーマヌケ面―

そだよー

 君の両親とは昔からの付き合いだものー

 …って言ったって、自分で自分の記憶探すって決めてるんでしょ?≫


稜地は、にこにこと器用に空中で頬杖をつきながら今更な問いかけをしてくる。


人間臭さがより一層濃くなったせいで考えちゃったけど、晶霊だから器用もくそもないか。

物質の肉体を持っているおれが精霊術を用いて空中で同じことをしようとしたら、この恰好を維持するのにどれだけの精神削り取らなければいけないんだって位に難しいけれど、稜地には何の苦にもならないわな。


“両親”って、この流れなら当然、血のつながりのある親の事、だよな…

『当たり前だろ?』

とキリッとどや顔で返すと


≪そんな恰好でキメ顔されても笑えるだけだよー≫


と間の抜けた言葉と笑いを返された。

そういえば、猿ぐつわされた上で後ろ手にえびぞり状態で縛られているんだった。

締まらないな、こんちくしょう。



こっそり目覚めたことを察される前に逃げようかな、とも思っていたのだけれど、旅道具一式没収されてるので、それはするべきではないと判断する。

暗器の類は身体検査をしなかったらしく感触があるので、それからは逃れているようだ。


ずさんだよな。

とは言え、困った。


父さんからこっそり拝借した物も多いし、何より何年も道中を共にした思い入れのある道具たちをこんな所に置いていくなんて選択肢は選びたくない。

エルフとか言われてもピンと来ないが、おれも相手を眠らせる魔法を使える素質がある。のなら、同じように相手に使ってその間にとんずら出来ないかな。


≪やめておけ。

 魔術なんぞ、使えば使うだけ魂が穢れるだけだ。≫


…うん、その雰囲気のスイッチ突然切りかえるの辞めて。

まぁ、思わず真面目な雰囲気漂わせてしまうくらいにしない方が良い事ってことだよね。


精霊術使った時とは違う、あの虚脱感を味わうのは確かに嫌だし。

ただ、どんな理由があれ人間を殺したり痛めつけたりするのは性に合わないし、出来れば無傷のまま事を終わらせたいんだよな。

そう考えると、不特定多数なり個人なり、相手を選んで眠らせる術ってものすごく便利だと思う。

どうにか、精霊術で似たような事出来ないかな。


酸素供給辞めるとかしたら、後遺症が残るかもしれないからそれ以外の方向で!


宝珠に霊力供給した時の喜び様、村の人も村長さんも演技には見えなかったし、何かしらの気の迷いとか、そうせざるを得ないのっぴきならない事情があったとか、そういう事なら、見逃したいんだけど…

おれ、無傷だし。

久々の御馳走も頂いてふかふかのお布団も提供して貰ったことだし。

無事に没収されたものさえ戻ってくればおれには得しかないんだし。


稜地が脳内に見せてくれた現在のおれの状況としては、あらかじめ用意されていた牢屋とかではなく、何か、物置っぽい雰囲気の場所のようだし。

なにせ、農具や長期保存できる野菜の類が置かれているのだ。

どう考えても物置だろ。

ちょっと離れた場所にはつるはしとか手押し車とかも複数個あるみたいだし、村全員が共有しているのかな。

牢屋まで用意してあったなら、完全あうとー!と言うが、突発的にしたことなら、情状酌量の余地、と言うのを与えても良いんじゃないだろうか?


あぁ、でも、なにかしらがばれたと思っているんだっけ?

おれを口封じ的な感じで処分しようとか思ったのなら、次の被害者が出ない為にも、そのばれたと勘違いしている悪事を公にする為にも、見逃すべきではないのか?


『たすけて…』


もんもんと考えていると、幼い子供の声が聞こえた。

気がした。


稜地、今、何か言った?もしくは、聞こえた?


≪んーん。特に何も。≫


今稜地はおれの中に居る。

物理的に聞こえて、それをおれが認識したなら稜地も同じく認識できていただろうし、空耳か……もしくは、脳に直接呼びかけてきたか。

もう一度呼びかけがあるかもしれないと、集中するための上体を起こすと同時に、今度は確実に声をかけられた。


「へぇ…おどろいた。

 もううごけるんだ?」


幼い見た目と声の調子とは裏腹に冷たい口調に落ち着いた印象を受ける、その子。

村長さんのお孫さんだ。

エルフの血を引いている、となると孫じゃない可能性も多分にあるけど。

一般的に、エルフとその血族は長寿の傾向にあり、人と似たような姿を取っているけれど

実際に生きた年齢で比べた時、人間よりもはるかに若く見えるそうだから。


ん?

つまりはおれもそうなのか??


「まのもののちにくもきかないし、わたしのスリーピングもきかない。

 みょうなふんいきのぼうけんしゃだとはおもったが、おまえはいったい、なにものだ?」


おぉう。

その見てくれで物々しい真面目な雰囲気漂わされてもいまいち締まらないですよ…!

稜地に同じようなこと、さっき突っ込まれたばかりだから人の事言えないか。


「りょうち…?

 だれだ?それは?」


えぇ~、稜地と同じく考えが読める系ですか。

おれの人権、どこへ行った!!?


「さきほどからしねんがうるさいとおもってようすをみにきてみれば…

 いえ。

 きさま、なにものだ。

 なぜわれわれのけいかくをしっている。」


締まらない絵面だとしても、単なる脅しではない事が解るくらいに急激に高まる、こちらに向けられた掌の中の魔力。

自分で使う時は特に気にしたことなかったけど、確かにこれは禍々しい力だわ。

稜地の忠告通り、使わないに越したことはなさそうだ。


「何者って聞かれても、おれは単なる冒険者で、この村にはたまたま立ち寄っただけだって」


「ふんっ、しらじらしい。

 きさまのにもつのなかにあったしなをみれば、すぐにわかる。

 ほうじゅにあれだけのれいりょくをチャージしたのも、むらびとをかいじゅうしようとした、せんぱくなかんがえからだろう。

 そのしょうこといわんばかりに、われらのきょてんにまんまとせんにゅうしてい…っ!!?」


御高説の途中で大変申し訳ないですが!

掌に込められた魔力の高まりがそろそろ臨界点を超えそうだったので隙をついて手足を縛ってあった縄を切って脱出。

同時に床土を効くかどうかは分からないが目つぶしとして投げつけた。

縄を切るのも目つぶしも精霊術の方が当然早いし効果的だが、霊力が高まれば感知されてしまう可能性が高い。

しかも、無詠唱とは言えど、口に出さずとも頭の中では詠唱することになる。

思ったことがどの程度相手に伝わっているかもわからないが、霊力うんぬん抜きにしてもばれる可能性は高い。

相手の言葉に耳を傾け、なるべく脱出しようとしていることを考えないようにしつつ、手首に巻いてある布で隠してあった刃物で地道に縄を切ったのだが、思ったより時間がかかってしまった。

ぎりぎりでも、攻撃を受ける前に脱出できて良かった。


点検はしているつもりだったが、切れ味が落ちてしまっているな。

今度きちんと砥がないとね。


縛られて居たため足首が多少痛むが気にせず村長の孫(?)の横を一気に駆け抜ける。

相手が油断しきっている、この好機を逃したら一生逃げられない気がするからね。

あの魔術はやばい。

本能がそう告げているんだから、実際かなりの威力を持っているのだろう。

逃げるが勝ちなのだ!


「稜地!」


頭の中でどういう術を発動させたいのかを思い描き、稜地にそれに見合った霊力を渡す。


他の精霊術と違い、大晶霊に術を行使して貰うには想像力が何よりも大事なようで、稜地と契約を交わしてからはイメージトレーニングと言う物を毎日欠かさず行ってきた。

咄嗟の時いかに効率良く、自分の想像した現象を具現化出来るか。

それが何よりも大事だと言われたから。


その効果が目の前に現れる。


おれが稜地に頼んだのは、土壁により相手と空間を寸断する事。

質量保存の法則に従い、周りの床が幾段か低くなってはいるものの、見事に幼女を土壁の向こうに閉じ込める事が出来た。

魔術を使うようなので、出来るだけ頑丈かつ無機物で壁を作りたかったので土塀と言うよりも鉄板がそびえたっているように見える。

厚みも持たせるように創造したのだが、穴をあけて確認をする訳にもいかないし、さっさとここを脱出しよう。


倉庫だと思っていたが、稜地が脳内に提供してくれるこの場所の地図を見るに、どちらかと言うと採掘場跡の洞窟を倉庫として使っている、と言った方が正しいのかもしれない。

いや、つるはしとかある事を考えると現役か?

四方八方に伸びて入り組んでいる洞窟内部の道が示されており、おれがいたのは比較的出入り口に近い行き止まりとなっている場所だったようだ。


土を司る晶霊なだけあって、地図製作はお手の物のようだ。

しかも、おれの没収された荷物も土属性の物なら場所が解るとの事。


稜地、偉い!すごい!!


心の中で拍手喝采である。

さすがに没収した品をあちこち分散して置くなんて面倒臭い事しないだろうし、実際複数のおれの荷物は一か所にまとまって置いてあるようだし、まずはそこを目指そう!

多少痺れて痛む手足に治癒の精霊術を施しながら、すたこらさっさとひたすら走った。


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