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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
風の章
105/110




余程窮屈に縛られた環境で育ち

身に余る重圧に耐えながら生きてきたんだろうな。

こんな(見た目は)若造冒険者如きの台詞に涙腺が決壊するなんて。


年齢的に公爵が生まれる以前からこの屋敷に仕えているであろう

表情筋死んでない?って思ってた老齢の執事さんですら

ほろほろと涙を流す公爵を見て驚いて何も出来ず硬直してたもんね。


きっと先代が完璧を求めるのを立場上見過ごす事しか出来なかったんだな。

メネイー公爵──ハッサンが退室した後

部屋に送り届けてくれたその執事さんから深く頭を下げてお礼を言われた。


幾度か見せた慇懃無礼とも取れる程に恭しく下げるような礼の仕方ではなく

心からの感謝を込めた目尻に涙を浮かべた折屈みだった。

多くは語られなかったが実の父親よりも余程

ハッサンの事を想っているに違いない。


「どうか、旦那様をお願いいたします。」


告げられた言葉の意味は友人としてこれからも付き合いを続けて欲しい

という意味なのか

悪事を止めて貰いたいと言う気持ちの表れなのか。


もし後者なら身内が状況を把握していても止められない

って事になるが……



ハッサンと話をして彼の話を聞いて思った事がある。


彼は、歪だ。


生体実験を行っている事を簡単には悟らせない

表面の繕い方の話ではなく。


沢山の人と関わった事がある訳ではない。

精神医学と言う分野は聞きかじった程度だ。

そのおれでも感じる、この違和感。


彼の中には()()()()()()()()()がいる。



大晶霊のような全く別の存在が居るという意味ではない。

彼の主軸となる人格から分かれた存在が居る。


過度の精神的負荷──ストレスが掛かる事によって

精神的な病気に罹る事があると聞いた事がある。

そのストレスから逃れる為

自分の身に降りかかってくる不幸を第三者の視点に立って見て

他人事のようにその事象を捉え負荷を軽くしようとする事によって

別の人格が作られるんだったかな。

他にも原因はあるそうだけど。

例を沢山挙げられすぎて覚えてない。


内在性解離って言うんだって。


作られた別の人格が辛い思い出や経験を引き受け

主人格を守ろうとする心の働きが原因であり理由であるのが

どの症例にも一貫していたと記憶している。


自死に至ろうとする人格が居た場合

肉体を害すると言う事は主人格も傷つけるって事じゃないか!

と思ってしまうが

こんな自分を傷つける世界から死を以て解放するのも守ると言う事だ

と言う考えから来る行動だそうだ。

あとは自傷する事で

周囲に助けを求める事の出来ない主人格の代わりに

自分が表面に出ていない間でも助力を求めている事に

気づいて貰えるよう印を刻むための行動だとか。


不健全だ。


しかしその健全性を欠いた思想こそ正しい、間違っていない

と考え行動に起こしてしまう程に追い詰められたからこそ

歪んでしまった被害者を誰が責められよう。

そんな状態になるまで追い込んだ周囲も

助けの手を差し伸べなかった周りの人間にこそ咎がある。


人間は弱いんだから。

互いに互いを支え合わなければ生きて行く事なんて不可能なのだ。


それを受け入れない人もいるだろう。

しかしその事実を素直に受け入れられなくなるまでに至った原因がある。

必ずある。


原因が分かった所ですぐに全て解決出来ないのが問題だ。

そしてそれが現実だ。


一つの原因ですぐ心を病む人は早々いない。

沢山の遠因や原因が重なった結果そうなるのだ。


複雑に絡まった複数の毛糸を解きほぐそうとしてもすぐにはほどけない。

ほどけても伸びてしまったり傷んでしまった糸の状態は戻らない。


心なんてもっと複雑だ。

簡単にいく訳がないのだ。



それでも大切な人であればある程純粋な好意を、厚意を

素直に受け取って貰いたいと思ってしまうのはエゴイストの考えか。


出来れば、彼をどうにかしたい。

やる事増やしてどうすると突っ込みを入れられそうだ。

付き合いの長さとしては一時間程度ではあるが

しかし友と呼んでくれた彼の一助になりたい。



ハッサンは幼少期から辛い思いをしてきたと吐露している。

正確には辛い経験を辛いと

自覚する事すら拒否する程の傷を負っているのだろう。

弱音を吐く事も泣く事すらも許されなかった当時の状況を

執事さんの反応も含めて考えると容易に想像できる。


彼が身の上話をしていた間周囲の雰囲気が変わっていたし。


仕えている期間が長いのであろう

先代を知っているのであろう年齢の従者は非常に驚き視線を交わし

止めるべきか否かを悩んでいるようだった。

結局は止めなかったけど。


年若い従者達は単純に戸惑っていた。

わざわざ主人の来歴を調べてから雇い入れされる人は殆どいない。

余計な情報だからだ。

もし居るとするならそれは間者だな。


……実際、あの場にも二人、いた。

物腰に隙が少ないから気になっていたから注視していたのだけれど

まぁ、間違いないだろう。


今も尚自宅ですら気が抜けない状況にある

緊張下に常に置かれているのも病気を加速させている遠因の気がする。



ハッサンの中に複数居るとまず気づいたのは食事の最中。


主菜が出てきた途端に妙に饒舌になったのだ。

話の興が乗ったのか好物が出て高揚したのかとも思ったのだが

おれじゃあるまいし公爵と言う立場に居る人間が

その程度で心の内を晒すような事はしないだろう。


しかし事実、租借回数や視線の運び方、声の調子も微妙に変わった。

身振り手振りが大きくなり厳しく躾されたはずの食事作法も崩れた。


何かの合図なのか薬でも入っているのか

執事が色付き水を差しだし

それを飲み下した後は再び元の落ち着いた雰囲気に戻っていたが。


そう言う無意識の領域下の行動ががらりと変わった事に

まず違和感を抱いた。


極めつけはジャーティの合成獣の話をし始めた時。


最初は語りだされた冒険譚に期待を隠せない熱い眼差しが向けられていたが

途中眉根を寄せ比較的長い時間目を閉じたかと思ったら

苛立ちを隠さず貧乏揺すりをし出し目が完全に座っていた。


考えてみれば主菜が出た時もまばたきにしては

長めに目を閉じる動作があったように思う。

あれが切り替わる時の動作なのだろう。

突然泣き出した時は目を閉じる動作はなかったが身体が一瞬痙攣した。


話を終えて解散って話になった時

酷く弱弱しく見えた公爵こそがハッサンその主人格なのだと思う。

幼い少年のように映った目線を合わせる事なく

申し訳なさそうに友人を欲したあの人こそが。


いや……

この短時間に確認をとれただけでも三つの人格を持っていたのだ。

守るべき主人格はもしかしたら心の奥深くで眠っているかもしれない。

もっと沢山の人格がある可能性だってあるし。


それは……正直、おれには判らない。

医者じゃないんだ。

付き合いも短い。

なんて言ったって初対面をしてから数時間しか経ってない。

この短時間で公爵の人となりを把握出来る訳がない。


おれは自分の事を強いだなんて烏滸がましい考えは持っていない。

弱者を守れる強者だなんて思えない。


それでも、あの歪で弱い彼を放って置くことがどうしても憚られてしまう。



しっかし、どうするかな。


精神的な病気は

魔族やゴーストが取り憑いたからだ!

と信じて疑わない人が大半だ。


まぁ、実際そういう人も中にはいるしね。

精神病んで弱気になっている所に魔族に肉体を乗っ取られる人を

最近よく見るようになっているから

症例としては乗っ取りの方がだんとつで多いし。


怪我や風邪のように症状が見て判るものではないし

人によって症状が変わるのだ。

先入観で病気である事を否定されても仕方ないだろう。


シオン達は精神的な病気に理解があるだろうか。

いや、この際シオン達の理解があるか否かは関係ない。


この国の法律はどうなっているだろう。


主人格のハッサンではなく

例えば垣間見えた加虐的な公爵の人格が合成魔獣作成をしているとしよう。

器は公爵だ。

しかし中身は公爵本人とは違う。

それを主張した所でハッサンは無罪になるのか。

中身が確かに別だったとしても

肉体が犯した罪は変わらずと言ってハッサン諸共裁かれるのか。


裁きを免れたとしても

彼の内側の治療をしない限り

別の人格がまた事を起こしたら同じ問題に直面する。

繰り返してしまったら根本的な解決にはならない。



この事件、どうするのが正解なんだ。


公爵の中に間違いなく黒だと思わせるだけの人格がいた。

あれだけ凶悪な視線を投げつけてきたのだ。

おれの話の意図も気付いているだろう。

近日中に仕掛けてくるに違いない。


下手人を捕らえれば万事解決

って単純な話ではない。


ハッサンの解離性障害を抜きに考えても、だ。


国王まで関わっているって大規模な話じゃなければ

失踪事件も含め主犯は公爵だ。

関わってくる貴族は間違いなく複数いる。

そいつらを一斉に断罪してしまったらこの国の政治は間違いなく傾く。


特にハッサンは有能なようでこの街は彼が治めるようになってから

短期間で飛躍的に経済的成長を見せている。

彼を裁く事を国は良しとしない。


と言うか出来ないだろう。


立地的にそんな状態になれば諸外国から高い確率で侵略されてしまう。

敏腕な治者が居なくなればすぐにでも仕掛けられるのが目に見えている。

戦争を起こしたがる国はいるだろうが

今発展途上のこの国は間違いなく避けたい案件だ。

多少の平民の被害と多数の貴族含む戦争被害を天秤にかけたら

当然後者の方が比重は重くなる。


その問題すら横に置いたとしても。


ハッサンの中の別人格が事を起こしたのだと

もしくは取り憑いた悪魔が首謀者だと言って厳罰を回避できたとしても

被害にあった人達の親族や所属国はそれでは当然納得しない。


国外逃亡した合成魔獣以外にも当然実験の成果となる生物はいる。

街中に入った後も入れるのを忘れていた索敵に

異様な気配を持つ存在が複数引っかかっており

ある一か所からずっと動いていない。


ぼかした所で意味がないか。

メネイー公爵邸から闘技場にかけて各所に魔獣や合成魔獣であろう

存在が蠢いている。

地下施設でもあるのかな。

この気配が全て人を核にした合成魔獣ならば被害者は三桁を軽く超える。

ブリタニアだけでも推定被害者は少なく見積もっても50は居るのだ。

世界各国で被害者が出ているのだからそりゃ当然か

と納得させられる数字である。


数字で考えればそんなもんだが

全て家族のいる貴き命である。

そう考えると納得できないしなんたる非道だと憤りも湧いてくる。


よくもまぁ、これだけ魔獣がわんさかいるのに

この近隣に住む人達は奴らが放つ瘴気にあてられないな。


いや、闘技場から北東は全て貴族街か。

人間の中でも腹黒い瘴気に似た気配を漂わせている事がある。

地位の高い者は特にその傾向にあるし特に健康被害は出ないのだろう。


自分が長い間風呂に入っていないと臭い所に居ても気にならない

みたいな感覚、なのかな?

うん、理解したくない。



あちらを立てればこちらが立たず

って感じで関係者全員が納得できる落としどころを見つけるのは

誰の力を頼ったとしても今回の事件に関しては無理だろう。

個々人単位で関わった貴族の権力を有効活用して

不利益を被った人達を黙らせるまでなら出来るんだろうけど…


国同士の問題となったらそう言う訳にも……

……行く時もあるけど桁の違うお金が関わってくるから

おれが考えてどうこう出来る話じゃなくなってくる。


とりあえずシオン達と合流して奴等の話も聞いてから考えよう。



食卓の席と言うのは結構重要な話が零れ落ちる事が多い。

三大欲求である食欲が満たされ心に隙が生まれやすくなるのだろうか。

単純に酒が入って脳の働きが鈍るからか?

ハッサンも酒を入れてから感情が動きやすくなっていたようだし。

ギルドで乱闘騒ぎを起こす連中も大抵酒を飲んでいる。


酒は本性を暴くと言うもんな。

お酒、こあい。


レセルヴァータはどこに行っても寡黙な為彼は情報収集には参加せず

シオンが行っていた情報収集の動向を気にする人物がいるか

どういう反応を周囲がするか見張る係に徹底していたそうだ。

所見では彼らが兄弟だとは誰も気付かないだろう。


別々に食事を摂りに食堂へ赴き付かず離れずの距離を保ち

それぞれの役割を果たして来たそうだ。


って言ってもレセルヴァータは声をかけられても誰とも喋らず

違和感を周囲に抱かせる事無く長い時間その場に居る事は出来なかったので

殺気をまき散らしつつ

出来るだけゆっくり食べてなるべく長くその場に居れるだけ居た

ってだけらしいが。

『俺の弟可愛いだろ~』

なんて兄馬鹿シオンが言っていたが可愛いのか?それは??


心落ち着けてごはん食べれないとか拷問だと思うんだけど。

実際気が弱そうな奴は青い顔をしてさっさと退室してしまったそうだし。

話を聞きたかった人も一部いなくなっちゃったって話だし

レセルヴァータの気づかいは完全に逆効果になってないか???

それも含めて可愛いそうだよ。

考えればわかるだろうに

深く考えずにやってしまう迂闊な所も可愛いだろう、と。

その感覚はおれには一生解れそうもないわ。


その後は別行動して屋敷の中の仕掛けや隠し通路の把握に務めたそうだ。

簡単な見取り図を描きどこに何があったのか

目印となるものや仕掛けの内容を黙々と書き込んでいく。

おれの脳内地図と尺度まで同じように描かれていくその工程は

見るだけで拍手を送りたくなる程に正確だ。

記憶力と観察眼がずば抜けて優れている。

字も綺麗だし几帳面なのだろうね。


見て回れたのは武闘会参加の為に雇入れされた者が宿泊しているこの北棟

鍛錬場がある別棟と武具が飾ってある西棟の一部。

北棟だけでも随分な広さがあるのによくここまで見れたものだ。


あ、身長高い分歩幅が広いのか。


展示されている武器の中には呪われた物もあったし

触らないように注意された。

シオンから。


だから、なんで目の前にいるレセルヴァータが直接言わない?



シオンはと言うと見覚えのある

その上で交流があり比較的親しくしていると言える人物数人

そしてその周囲の人と話をして来たたそうだ。


食堂に入ると同時に潜入に来たであろう人達は

考えている事が同じだったのか声を向こうから掛けてきた。

各国で把握している情報は微妙に違うし

正しい情報を得ているか否かで行動も変わってくるし

注意しなければならない事も変わってくる。


既に二次まである舞踏会参加資格を得る為の試験を終えた者も居り

その人が言うには公爵本人と先代公爵夫人の親族は確実に黒。

精霊術を扱えないが為に

証拠の残りやすい木簡でやり取りをしてくれたお陰で

証拠も既にある程度掴んでいるそうだ。

ただ、文書だけでは証拠としては弱い。

公的印が押してあればまた違ったのだろうが

残念ながら筆跡だけでは厳しい。

物的証拠なり言質が欲しい所だがそこは目下捜索中。


小さな、核心に触れない程度の証拠はぼろぼろ出てくる。

隠すつもりがないのだろう。

しかし決定的な証拠が得られず

しかも長期滞在となるとあちこちうろうろ出来ないし

なかなか調査が進められずにいる

との事だった。


顔見知りならば今回のように迎え入れられてすぐに接触を図り

自分達の調査が及んでいない所を担当するように頼む事が出来たのに

それぞれ当然素性を隠して潜入調査に来ているものだから

無駄骨になった行動がかなり多いらしい。


怪しいと思う場所や定石はとりあえず率先して調べるものね。

仕方ない。


ブリタニアのような大国と小国の関係と違い

距離のある小国同士の騎士や兵士の間に顔見知りが早々居る訳ないもんね。


情報の全てを共有した訳ではないが

二次試験まで終えている今回主に話した人物は

信頼できるとシオン側の人間

つまりレセルヴァータとおれの存在も既に教えてあると言われた。

『独断だし事後報告になるが了承してくれ。』

って言ったっておれはそいつの顔も何も分からないのに。


文句を言うとその人物は件の噂の出所であるシャム国の

副騎士団長の弟さんだそうだ。


めっちゃ被害者の身内が出てきた!


尊敬する兄の敵を自らの手で討ちたいと身分も何もかもを捨てて

今回の武闘会に参加する資格を得た

と語ったその人物が握った拳から流す血を見て

こいつは間違いなく白だし旧知の仲である事からも

話して問題ないと判断したのだと説明された理由を聞いて聞き入れた。



バークルーク・アーティッナ・サク

──今はただのバークルークと名乗っているそうだが

激昂型の人間のようだが被害者の身内代表として彼から直接話を聞きたいな。


ハッサンの中に複数の人格が居り

多分ソイツが今回の事件の主犯である事。

公爵ハサンジャミニ・メネイーの肉体を使った犯行ではあるが

別人が犯した罪である事。

それを聞いてどう思うか、判断を下すか。


って言っても、それこそ本人なり周囲の人間から

事実ハッサンは複数の人格を有しています

と言われない限りはその行動に移るのは短慮と言うものだが。

うぅむ、何を優先して行動すべきだろう。



この屋敷に滞在しているのはおれ達含め50人。

その内一次試験を抜けている者は32人。

二次試験に通過しているのは13人。

武闘会に参加登録出来るのは20人迄。


明日二次試験が行われるそうだし

その結果如何ではおれ達は参加出来ないって事か。

だめじゃん。


って言っても公爵が募集をかけ始めたのは半年前。

その間に応募してきた人間は四桁を軽く超えるのに

決まったのがたった13人だと言う事を考えれば

その上でバークルークの話によれば二次選考は

かなり厳しい試験となるとの事だ。

一次試験合格者全員落とされる可能性もあるし

明後日行われる一次試験で好成績を出す事だけを考えておけば良い。

だそうだよ。


二次試験は週に一度。

一次試験は人数が一定数集まったらそれぞれ開催される。


しかし時期的におれ達で一次参加者の募集も締め切られるだろう。

まぁ、おれ達よりものんびり屋な

明日ぎりぎり飛び込みで参加してくる奴がいるかもしれないが。


無事20人全員決まりました~!

って言っても選出された20人が過去公爵の

名義で参加した人達に

少しでも劣ると判断されたら三次試験が用意されるそうだ。

流石にその三次試験の内容までは判らない。


外部との接触が出来ればもう少しまともな情報が得られそうだが

ちょっと所用で出かけたい

と申請したら紹介状を持っている限り許可が出せないと

参加者全員外出却下されてしまったそうだ。


欲しい物があるなら代理で購入するし

誰かに言伝があるならあるなら預かります。

と言って頑なに拒否されるんだって。

無理矢理屋敷の外に出ようとすれば風精霊術によって阻まれるし

紹介状を破棄すればこの屋敷と無関係になるから

屋敷の外へ出る事は可能になるがその代わり

中に戻って来る事も出来なくなる。


それ、なんて言うか知ってるか?

軟禁って言うんだぜ??


潜入捜査に入った人達からの連絡が途絶えた理由はこれで分かったが

行方知れずになったブリタニア所属の人達の姿は一向に見当たらないし

バークルークもシオン付の近衛や有名な騎士の姿なら見た事あるし

職業柄見かけたならすぐに分かるはずだと首を傾げたそうだ。


やはり、軟禁されてただけでした

と言う簡単な話ではない、と言う事だね。



シオンからの報告が終わりおれの掴んだ情報を報告する。

おれがしたのは公爵との世間話だけだ。

シオンも自分達が行動する自由度を増す為だけのつもりで居ただろう。

頭の後ろで手を組んで軽く構えている。


しかしその中で得た不確定な情報をもたらすと

珍しく無表情が通常仕様のレセルヴァータまでも渋い顔をする。


ブリタニアは精霊信仰の篤い国で医学の進歩は残念ながらいまいちだ。

治癒術の効率化の研究は滅茶苦茶発展しているんだけどな。

人間は精霊に庇護される存在で人間の力を傲慢に過信し技術を磨くより

精霊様に祈りをささげ御力を借りるべきである。

って考えなのだ。


やはり精神的な病気の理解はない。

絶対的な存在である精霊の御力を借りた術で治せない病気がある

その事実が気に入らないようだ。


おれ自身が全てを理解している訳ではないし専門でもない。

説明しても分からないのならそう言うものだと割り切ってくれと言い

食事会の時の様子を話す。


魔族が憑いているのならソレを無理やり剥がし

公爵を被害者として守り魔族を処刑するだけで済むのだが

と言っても詮無い事を口にする二人は難しい顔を崩さない。


この言い方だとハッサンと実行犯の精神は違う物だから

ハッサンに罪はないよね?

と言い逃れはさせて貰えそうにない。

まぁ、おれを友だと言ったあの人格がハッサンの主人格なのか

はたまた別にいるのか

主人格がどの程度今回の件を把握し関わっているのか。

それ如何でおれ自身の行動も当然変わってくる。

不確定要素が多すぎる。


信頼を得ているおれは公爵からの聞き込み調査を続け

シオンとレセルヴァータは引き続き証拠と仲間集めをしようと

結論付けられた。


ある程度

『あんた等の悪事を把握しているよ』

と臭わせたから仕掛けてくるかもしれないから気を付けてね

と注意を促しておく。


シオンもおれと同様辛抱強いとは決して言えない人種なので

二つ返事で好戦的な笑みを浮かべた。

その横で彼の弟はやれやれと溜息をつく。

危なっかしい兄の行動に振り回されるのは慣れているようだ。


しかし、仕掛けてくるのなら近日中では確かにあるだろうが

一次試験の時だろうと三人ともそう結論付けた。

どうせ始末するのなら事故に見せかけた方が外聞も良いだろうし。

暗殺者仕向けるよりも消せる可能性増すもんね。



残念ながら食堂にジューダスは顔を出さなかったそうだ。

少なくとも

”奇妙な色のマントを付けた中肉中背の人物”

は二人とも見かけなかったとの事。


常にあの色のマントを身に着けていたし外すとは考えにくい。

が、しかし。

精霊術か暗示による妨害なのかあいつを認識し続ける事は容易ではなく

あのマントしか目印になるようなものはない。

それを逆手にとって現在はあの辺に目立つ外套を脱ぎ捨て

素顔を晒して何食わぬ顔で廊下を闊歩しているかもしれない。

そうなると探しようがないな。


長生きしている分人生経験豊富だろうし

複数人格保持者の対応や良い落としどころを教えて貰えるかも

と期待していたのだが。


おれ達の前にこの屋敷に入ったと言う事は遅くても一次試験で会う事は叶う。

しかし相談や注意喚起はその前にしておきたい。

おれの何十倍も強い人物だから味方につけたいし

なるべく早く接触したい旨を伝える。


シオンはおれの実力の一端を知っているのでその言葉を半信半疑にしか

受け取らなかったが

レセルヴァータは戦士故所見で相手の力量がある程度読めるのだろう。

大袈裟だ嵩高だとからかうではなく深く頷いてくれた。

その様子を見てシオンも納得をした訳ではないだろうが

文句を言うのを辞めて首肯した。


おれも明日一日は情報収集をすべきだろう。

後学の為二次試験の見学をさせて貰うのも良いが今は時間がない。

シオンから得た情報からおれにしか立ち入りが出来ないであろう場所を探し

そこを担当する事になった。


具体的に言うとハッサンから許可を得た

しかし普通に雇われた程度の人間では立入を憚られる

公爵本邸宅、中央棟である。


おれが食事をする時に招かれた場所だね。


実際に興味深そうな武器が飾られていたし

代々受け継いできた書物を保管してある図書室があるとの事で

歴史や遺物に興味があると言うと自由に出入りして良いと言われたのだ。


もし見当違いな場所に居たとしても

迷子になったと言えば許して貰えるだろう。

図書室は劣化を防ぐためだろうが日光のささない

奥まった場所にあるとの事だったし本当に迷子にならないようにだけ

気を付けなきゃだね。

いや、まぁ。

例え迷子になったとしても脳内地図見れば一発で解決するけどさ。



シオン達が部屋に戻った後。

通信機で父さんとの会話を試みたが残念ながら誰も出なかった。

大取物でもしているのだろうか。

誰かしら村には残っているだろうに通信機に応答がないのは非常に珍しい。

いや、おれは通信機使った事なんて全然ないんだけどさ。

村に居た頃おれか母さんは必ず通信機にいつでも応答出来るように

待機させられていたから。

人員不足甚だしくなってそんな事に人手を割いていられなくなったかな。


屋敷内で風精霊術による伝霊の使いを出して

知られたくない人物にその内容が伝わってもいけないし

明日もう一度連絡を取ってみて

それでも駄目なら街から少し離れた場所から使いを出してみよう。



情報収集のように根気の必要な地道な作業って結構苦手なんだけどな。


心の中で文句を言いながら奇襲防止の守護方陣を部屋に展開し

明日の段取りを反芻しようとベッドに横になる。

だがしかし、久方振りのお布団での就寝だったので

即座に寝入ってしまいろくに考えをまとめられないまま

その日は終わってしまった。



次の日。


一次試験までは接触してこないだろうと思っていた

ハッサンから食事の招待が届いた。


それも朝一で。




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