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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
風の章
103/110




通された個室は想像していたものよりもずっと簡素で狭かった。


てっきり公爵様の名の下に贅の限りを尽くした

無駄に豪華で華美な装飾がされた掃除の大変そうな広さの部屋を

用意されると思っていたのだが。


まぁ、それでも充分広いけどね。

大人二人が並んで寝転んでも余裕がありそうなベッドが一つ。

その横に引き出しがいくつかついた小さな机。

大きめの衣装棚と武具の収納箱。

物書用の椅子と机もあるし冒険者用の宿屋と比べれば上等である。


屋敷自体のセキュリティもある程度整っているし

公爵様のお眼鏡にかなった実力を持つ人達が詰めている。

多分この街で一番安全な場所がこのお屋敷になるだろう。



ジューダスがメネイー公爵の屋敷に入っていくのを目撃した後。

すぐに来た道を引き返しギルドで紹介状を発行して貰った。


何か審査や説明があるのかと思いきや

ギルドに管理されている冒険者としての経歴で振るいにかけられ

最低条件を満たしていれば誰でも紹介状を発行して貰えるのだと言う。

意外だ。


おれは"金"な上人が嫌厭しがちな依頼をよく受ける。

難易度が高い依頼を数多くこなし依頼人からの悪評もほぼない。

その上

『異国の衣装に身を包んだ幼い"金"の冒険者』

は噂になっていると言う

『ゴンドワナを救った英雄』

なのでもし武闘会参加を希望したら

是が非でも参加させるようにとお達しが来ていたそうだ。


わ~、おれってば有名人。

って、まぢか。


英雄様御一行が訪れたと言って上等な燕尾服に身を包んだ執事から

恭しく不気味な程に丁重にもてなされ

後ほど公爵様が直々に挨拶しにいらっしゃいますと告げられ

参加希望者に宛てがわれる部屋は一律な為狭い部屋で申し訳ないと腰を折られ

一人部屋に残されても落ち着くことができずに

気を紛らわせる為部屋の物色をしている所だよ!

こう言う状況って慣れない!!


おれが知ってる上流社会の人間って砕けた調子の奴が多いけど

本来は迂遠で馬鹿丁寧な言葉遣いと

肩肘張った仕草を身につけているものなんだよな。

少しのやりとりしただけで肩が凝った気がする。

落ち着かないな~


っと。

扉を叩く音に返事をすると入室してきたのは

『英雄様御一行』のシオンとレセルヴァータだ。

同じ日にほぼ同じタイミングで紹介状を発行して貰い

その上一緒に屋敷を訪れたのだ。

連れと間違われても致し方ない。


と言うか、執事の勘違いをシオンが首肯し

おれにも調子を合わせるようにと耳打ちして来たのだ。

後で説明するって言っていたしその話をしに赴いたのだろう。



公爵の名で武闘会参加希望をする人間は当然の如く多数おり

予選と称して選考会が大体週に一度の頻度で行われているそうだ。

そこで落とされた者は宛てがわれた部屋から即行退室させられ

次に訪れる参加希望者がそこに滞在する事となる。


なので沢山並んでいる扉のうち空いてる部屋は規則性がなく

本来ならば同じパーティメンバーでも隣り合った部屋が提供される訳ではない。


つまり俺たちの前にここに来たジューダスがどの部屋にいるのか

全く予想がつかない。

個室ならば逃げも隠れも出来ないだろうし

ゆっくり話が出来ると思ったのだが……残念。

一つ一つ確認するのにはどうしても時間がかかるし

あいつの横っ面一発殴るのは後回しにしよう。


だがシオンは”英雄御一行”を笠に着せ

おれとレセルヴァータと三人続きの部屋にさせた。

『全員同室だと大変助かる。』

と最初言っていたのだが執事に規則に反するからと首を振られ

『譲歩しても三人続き部屋だ。

 これすら通らないと言うのなら雇われることはできない。』

等と言って半ば無理やりに。


公爵に雇って貰って武闘会に参加出来ないと困るのは自分なのに。

偉い強気な交渉だと思ったものだ。


しかし”ゴンドワナを救った英雄”を是が非でも

今回の武闘会に参加させたいと思っている

公爵の意に反する事が出来ない執事はある程度の我儘は聞き入れざるを得ない。

不興を買って出て行かれた上

噂を聞いた別の貴族に雇われでもしたら執事の首が飛ぶ。


雇って貰う側のおれ達の方が立場が上と言うのがおかしな感じだ。

おれはこいつらと同じ部屋で寝るなんて心の底から遠慮したいので

別室になって安堵したよ。

むさくるしい空気の中寝るのなんて勘弁だもん。



部屋に備わっている椅子では

体躯の大きいレセルヴァータの重量に耐えられるか判らなかったので

彼にはベッドを提供し

その近くまで椅子と机を運んで詳細説明とおれの事情をかいつまんで話す。


盗聴防止の為の術を手際よく展開の準備をするシオンを見て

使い慣れているな~なんて感想が出る。

実際よく使っているのだろう。

詠唱に少し無駄があるようにも感じるがもしかしたら

おれの知らない術強化の文句かも知れないし大人しく待つ。


雑談一つするのにも神経をすり減らさなければいけないような

お貴族社会で生きているのだ。

不本意な寝言を聞かれない為にも私室では常に展開しているに違いない。

こいつは風の精霊術を得意としていた。

補助の道具を使えば余裕で一晩意識せずとも術の効果を持続出来るだろう。


術が無事に展開されたのを確認し終えると

会話の主導権を握ったのはシオンだ。


「さ、て……

 あんだけ嫌がってたのに掌返したのは何でだ?」

「そこからなんだ?」

「お前の立ち位置如何で話せる内容が変わんだよ。」


結構明け透けにシオン達の事情を話されたと思っていたのだが

勧誘の際に言っていた事情以外にも

もしくはそれ以上に厄介な案件を抱えていると言う事なのか。



おれがこいつらに話せるのってどこまでになるかな。


大晶霊と契約する旅をしているのは言ってはいけないだろう。

単なる一般人なら問題ないがこいつらの立場が立場だ。


ブリタニアは精霊術の権威であると同時に精霊信仰の総本山と言える。

永い間姿を顕すことの無い、存在さえ不確かとする人の多い大晶霊を

一個人が契約しようとしているとなれば

ただでさえ魔族のせいで崩れている世界の均衡関係が更に崩れる。

むしろ崩壊してしまう。


身の内に宿して改めて実感した。

大晶霊の力は強い。

国が傾く程に。

世界に影響を及ぼす程に。


今でこそ世界規模の戦争は行われていないが小競合いなら起きている。

人員不足と言うのはつまり軍事力の不足を意味する。

既におれが三柱もの大晶霊と契約している事が明るみになれば

何が何でも自国に囲い込もうとするだろうな。


一人で何百人、何千人の兵士よりも力を有するのだ。

敵対しない為に

国民の安心を買う為に

平気でおれの意志なんて無視するに違いない。


「おれ達が最初にここに来た時、屋敷に入って行った奴が居ただろ?

 ゴンドワナを救った英雄だなんて言われているけど

 やってのけたのはおれ一人の力じゃない。

 むしろおれはおまけ。

 主に動いたのはあいつなんだ。

 礼もろくに言えないまま別れた上に

 手柄だけおれが受け取る形になっちゃってさ。

 武闘会に出るつもりなんて全然無かったけどこの機会逃したら

 次いつあいつと遭遇できるか判んないし。

 だから紹介状書いて貰って、ここに来たの。

 屋敷の内部に入ってあいつと話をするのが目的だから

 ぶっちゃけ武闘会に関しては割とどうでもいい」

「ギルドで武器を直したいって言ってたのは?」


あの喧噪の中聞いてたのかよ。

お局級の地獄耳だな。


「勿論直せるなら直したいけど……難しいのは解ってるから。

、厄介事巻き込まれる方が嫌かな」


お前の事情に巻き込むなよ、と牽制しておく。

舌打ちして唯でさえ悪い目つきを更に細めて眉を吊り上げるシオン。

軽装になって兜を外したレセルヴァータは無表情のままだ。


「……嘘は言ってねぇな。」


手元に置いてある道具を弄りながら呟く。

そしてその呟きに対し縦に首を振るレセルヴァータ。


まぁ、確かに嘘は言ってないけど……

そんな言葉の真偽を確かめる道具なんてあるんだ??

裁判の時とか便利そうだね。


嘘は言っていないが全ては言っていない。

この国に来た一番の目的を隠して二番目を告げ

掌を返した理由はそのまま事実を述べただけだ。


一番の目的である大晶霊は街中に入る前コンパス・キーで確かめた方角的に

闘技場か貴族街にいるようだ。

丁度、貴族街で該当するのはこの公爵のお屋敷近辺だと思う。

街中でコンパス・キーを使えたら良いのだが

シオン達にコンパス・キーが発する光を目撃されてしまったら

良い言い訳が思い浮かばない。


こいつらが部屋から出て行った後気配を探ってみよう。


しかし、闘技場にしても貴族街にしても

今までの大晶霊と違って神殿や遺跡がある風には見えない。

本当にこんな所にいるのか

コンパス・キーが正しい方角を差しているのか

疑問に思ってしまうな。

まぁ、過去三英雄たちが使っていた代物なんだし間違いないだろうけど。


「俺たちの国のモンがここで行方不明になってるって話はしたよな?

 ゴンドワナが精霊の敵対勢力に支配されてるって情報が入った時

 まず疑ったのはそいつらによって排除されたって可能性だ。」



ブリタニアから各地に人員が派遣されている噂は聞いたことがある。

斥候しているとか有能な人材の引き抜きをしているとか。

世界の代表として争い事が起こらないよう情勢の調停をしている

って話も聞いた事あるな。

それは実際には父さん達が担っているけど。


斥候はともかくスカウトと調停をしているのは事実だと肯定し話は続く。


陸路でゴンドワナ大陸に入るには

高い入国税・通行税・出国税を払ってアゼルバイカンを通るか

男性の通行税だけなら安いカハマーニュを通らなければならない。

海から行くことも可能だが安全な航路を通るには

アゼルバイカンの陸路を選ぶよりも高い税金がかかる。


世界の経済を回すためにそれも已む無しと言えなくはないが

流石に自国の経済を潤すためならまだしも

無駄遣いできるだけの金銭的な余裕は哀しいかな、今はない。

国民の数が減って生産性が下がっているのだ。

世界最古の国と言えどもそれは致し方ない。


なのでゴンドワナに派遣された人たちは皆陸路でカハマーニュに至った。

そこまでは定期的に送られてきた報告書が悉くカハマーニュ以降、途絶える。

追加派遣を小師団単位で行っても、だ。

国内指折りの騎士ですら何の情報も送って来ない。


同盟国も同様だと言う。


それが突然、二月ほど前に

ゴンドワナから派遣した者が多数戻って来た。


長い間魔族の支配下にあり精神汚染され動けなかった言い訳と

”金”の冒険者による上位魔族の駆逐と人民の開放がなされた報せを持って。

それ自体は大変喜ばしい事だ。

世界中が魔族の影響により疲弊し精霊の恩恵が少なくなっている中

ギルドに登録された人員がそれを解決し敵対勢力に一矢報いたのだ。


しかし、それでもなお戻ってこなかった者達がいる。


カハマーニュに派遣された者。

しかもその内特に強い者が誰一人として戻ってこない。

言ってしまえば情報を何も得られず魔族の支配の余波を受け

無気力に怠惰を貪っていた無能な連中は戻って来た。


更に言うのであれば

貴族街に出入りするだけの信頼を短期間で勝ち得た優秀な者。

それが揃いも揃って闘技場へ足を運んだ翌日から行方知れずになっていた。


そこまでは掴んだ。

しかしその後の足取りも貴族が何かをしたと言う証拠も手掛かりも

何一つ得られない。


やっと得られたのは全くの別の国からもたらされたカハマーニュの黒い噂。

単なる、噂だ。

しかし事実ならば人道的にも

世界の代表としても放って置くことは出来ない。

早急に解決しなければならない。

事は、一刻を争う。


「単なる他国民の奴隷化や人身売買ならまだ良かった。

 貴族連中が剣闘士同士に殺し合いさせるってのも

 まぁ胸糞悪ぃがまだマシだ。

 ……邪法って知ってっか?」

「魔族を降ろしたり呪ったりする奴だよね」

「それも邪法の一種だが……ここでやってんのは更にタチが悪ぃ。

 人を核にした合成魔獣の生成だ。」


いや、魔族降臨の儀式の場合失敗するなら執り行った者が

痛い目を見るだけで済むが

成功した場合は世界中に被害が及ぶ。

タチの悪さで言ったらどっちもどっちな気もするが。


合成魔獣って言うのは名前の通り

まじないや外科的手術によって様々な魔獣をくっつけた存在だ。

その生成は本来、世界中で禁止されている。


自然の摂理から外れるとか

大昔作り出した合成魔獣の制御が出来なくなり滅ぼされた国があるとか

色んな理由があって禁忌とされた。


実際、過去作り出されるも駆除出来なかった個体が

世界のどこかで生き延び近隣の村から子供や家畜を攫うような

悪事を働いていると言う話を聞く。

これは都市伝説の類の噂。


合成()()の生成は禁止されているが

それ以外の合成獣を作り出す事は禁止されていないだろう

と屁理屈をごねて頭の螺子が外れた研究者が大量殺戮生物兵器を

作り出そうとしていた国がありその研究結果の一部が世に放たれてしまった。

これは事実。

野生化したか、魔獣や討伐隊に駆除されたかは不明。


都市伝説と混ざって被害が報告されている可能性もあるよな。

迷惑な話である。



基本的に合成魔獣に使われるのは強い魔獣だ。

巨大で力があり精霊術まで使えるような奴。

しかし魔獣と言うのはいかんせんオツムが弱い。

見世物小屋にいるような幼い頃から飼育され愛玩動物と化した個体と違い

力で以って制御するのは難しいだろう。

信頼関係を築くなんてもっての外。

恨みつらみと言った負の感情を内にため込んだ野獣が魔獣へと変貌するのだ。

その根幹は人が人へ抱く感情によるものだ。

憎しみの対象である人が簡単に制御出来る訳がない。


しかし人は野生動物と違い理性がある。

恨みつらみを抱いてもそれを御する事が出来る精神的な強さを持っている。

なのに、精神は酷く脆く脳は勘違いをしやすい。

核を人間にすれば洗脳し感情を抑える理性以外を取り除き

製作者の思いのまま都合の良いように操る事は簡単だろう。

呪紋を刻んで逆らえなくすれば尚更だ。

主の言う事を従順に守る魔獣以上に強い生物を生み出せる。


それを事実実行しているのがカハマーニュの黒い噂だった。


しかし、真偽こそ不明だが噂の出処はきちんとある。

しかも信ぴょう性は高い。


その噂を持ってきたのはブリタニアと友好条約を締結している

ヴェーダよりも更に東にあるシャムと言う国。

ジャーティの南に位置する国だったかな。

ブリタニア同様精霊信仰の篤い国で別名『微笑みの国』。


特産物があり経済も安定している為

隣接している国から戦争を吹っかけられる事が過去に多々とあり

世界で最も巨大な国家であるブリタニアと同盟を組むことにより

その受難から解放されたとかなんとか。


その国で。

ゴンドワナの魔族支配の解放と同時期だったために

当事国以外には注視されなかった事件がそこであったそうだ。



『実験していた被検体が逃亡した』

と言う報せが風の精霊によりもたらされた。

早馬よりも早く確実に報せたい対象に伝令が届くから使い勝手が良く

上位風精霊術師を抱えている国家には馴染みのある連絡手段だ。


こんな連絡手段を取れる国は限られている。

ブリタニアからの報せかとシャム国の防衛大臣は大いに慌てた。

しかし差出人はかの精霊大国ではなく

お世辞にも発展しているとは言い難い

しかし近年急成長を遂げている隣接国であるカハマーニュ。


実験体の危険性に併せて貴重な検体故遺体でも良い。

確保したら謝礼は支払うので処分しないで欲しいと。


被検体の詳細は明らかにされていない。

姿形も分からないものを確保しろとは無理を言う。

世迷い事の類かと無視する事も出来たが念の為ブリタニアに報告を知れ

万が一の時は助力頂きたいと要請をしておいた。


同じ時期、そのシャムに見た事のない巨大な魔獣が舞い降りた。

見るからに兇悪そうなその見た目は

魔獣の強そうな所を不細工に切り取り継ぎ接ぎしたような異様さだった。

その縫い目からはどす黒い血のような腐臭を放つ体液がたれ流れ

落ちたそれによって草木は枯れ落ち大地が痩せた。

見るだけで怖気が走るような、その魔獣。

友好を図りに来た訳ではないのは一目瞭然。

国は遠目でその個体を確認し即座に総出で猛攻撃し

外壁の一部が崩れる被害は被ったものの一人の犠牲者を出す事なく

魔獣の討伐は叶った。


……はずだった。


驚異的な生命力を持つその魔獣は

死体を確認しに赴いたその国の騎士団が到着した時まだ息があったのだ。


…──小師団で足りるか。

そう逡巡した騎士団長は目を見張る。

彼が見たのは不気味な巨大魔獣に下半身が縫い付けられた

死に体の旧知の仲である人間の姿だ。


それは、密命を受けカハマーニュに居る筈の自分の部下だった。


その副団長が語ったのはハサンジャミニ・メネイー公爵を筆頭とした

カハマーニュ貴族の人体実験と合成魔獣生成の禁忌の内容。

生者を冒涜するその語りに幾人もが嘔吐し幾人もが涙した。


そして、最後に。

一度混ぜられた生物は分離する事が出来ないため

化け物として生き永らえる事しか出来ないから

いっそのこと殺してくれと言う懇願を口にした。


苦楽を共にした部下の変わり果てた姿に騎士団長は独断で刃を振りおろす。

そしてその場にいる部下達に

この件を内密にするように申し付け副団長を魔獣諸共埋葬した。


カハマーニュにはその事は報告していない。

ブリタニアにも出来なかった。

証拠もない状態で他国を貶めるような報告をしようものなら

下手をすれば戦争になってしまう。

そのような軍事力は元々ない上貴重な戦力である副団長は没した。

国力が下がっている事を同盟国とはいえおいそれとさらす訳にいかない。


カハマーニュから件の個体を確保したという報告は今まだ尚入っていない。


だから単なる、噂だ。

事実として表に出たのは

『カハマーニュから実験体が逃亡した』

と言う情報だけなのだから。


しかし見た事のない兇悪な、時には人の言葉を介す魔獣の目撃情報と

行方不明者が爆発的に増えた時期とが一致する。

噂発祥の国は確かに巨大生物との攻防が繰り広げられた爪痕が残っている。

腕に覚えのある信頼のおける猛者が各国から幾人も派遣され

そして等しく消息を絶った。

その行方不明者の最終目撃情報はメネイー公爵邸

もしくはそのメネイー公爵が主体となって建造された闘技場。


偶然にしては余りにも多くの事柄が怪しく一か所に辿りつく。


有能な人材をこれ以上失いたくない。

噂が事実だとするなら自国の要人が核となった魔獣によって他国が蹂躙され

それが原因で戦争に発展する危険性がある。

どの国もこの件からは退いている。



しかし最古の国の矜持を背負うシオン達はここで退く訳にいかない。

そして失敗させる訳にもいかない。

どうにか調査を完遂し公爵の悪事の証拠を掴まなければならない。


最低でも”銀”でなければ紹介状は発行して貰えない。

それでは潜入調査が出来ないからと”鉄”までは上げていた冒険者証を

正しく飛ぶ鳥を落とす勢いで”銀”まで位を上げた。


しかし、潜入出来たとしてもどう考えても人手不足な上戦力も不足している。

自分もレセルヴァータもこの短期間で”銀”まで辿り着ける位の実力はある。

だが果たしてそれで通用するのか?


そんな焦燥を抱えながらも前に進むしかない。

紹介状を発行の手続きをしていた、丁度今日、この日。


旧知でありゴンドワナの噂の渦中にいるおれが現れた。

背は幾分か伸びているが特徴ある外見だ。

見間違える訳がない。


天啓だと自身の守護精霊に祈りを人知れず捧げる。

しかし旧知と言ったって共に過ごしたのは数か月程度だし

自分から一方的に話しかける事の方が多かった。

どちらかと言うと煙たく思われていただろう。


そもそも、覚えているだろうか。


様々な不安が渦巻いている内に目的の人物は

ギルドを立ち去ろうとカウンターを離れてしまった。


そして思わず、肩を掴み引き留め

願出頭を垂れなければいけない立場にも関わらず


「……口から出たのは在りし日の軽口だった、ってか」

「結果的にお前はこうして公爵の館に来たんだ。

 あの対応で間違ってなかったってことでいいだろ。」


よく言うよ。


シオンの語った内容でブリタニアだけ、カハマーニュだけの問題ではなく

世界単位で考えての脅威をこの国が

メネイー公爵が抱えているであろう事はよく解った。


そうなると、父さんに確認を取って人材派遣をして貰うべきかな。

合成魔獣とやらがどれだけの強さか判らないけど

確かに合成獣は厄介な存在だ。

倒すにしても何らかの方法によって混ぜられた人間を解放するにしても

おれだけで万事解決するのは無理だ。


……ジューダスがここにいる理由は

たぶんこの一件の調査及び解決の為だろう。

仕事熱心だね、まったく。


ジューダスがどこまで把握しているかは判らないし

どこまで解決するのが仕事なのかも判らない。

やはり、直接話を聞きたいな。


恩を返すためにも手伝えることは手伝いたいし

父さんの役に立ちたいとも思う。

世界平和の為に活動しているジューダスが抱える案件を解決すれば

シオン達が抱える問題も併せて解決出来るだろう。

奴なら今回もどうにかしてくれるだろうとつい考えてしまう。


おれは大晶霊と契約しなければならない。

そうは言っても話を聞いてしまった以上他人事ではなくなったし

おれも一端の責任を負う義務が生まれてしまった。

他人事だと構えることはしたくない。


多くの手だれが犠牲になっている可能性が高いこの問題を抱えた上で

それをするのは非常に困難だとは分かっている。

だって、大晶霊に力を示さなければならなくなるだろうに

その前にメネイー公爵の言質取ったり証拠掴んだり奔走して

胃を痛めて神経すり減らして

その上合成魔獣と闘って疲弊してしまったらろくに戦えないじゃないか。


事情を知った上で行動し

人数を確保しその人達に投げられる案件は投げよう。

人一人が解決できる事なんてそう多くないんだから。

誰かに何かあった時に即座に対応出来る人間は多い方が良い。

うん。

後程父さんに相談しよう、そうしよう。



シオン達の目的を確認し終えた所で、扉を叩く音が響く。

とっさに応じようと声を上げるが

そう言えば盗聴防止用の精霊術が展開されているんだった。


当然今の返事は扉を叩いた人には届かない。

再び扉が叩かれる。


術の解除をお願いしようとしたらシオンに

自分達がここにいる事を悟らせるなと睨まれた。

首を傾げながらも頷き術を解除して貰う。


いや、正確に言うとおれの周りだけ術が解除された。

その途端、シオンとレセルヴァータの姿が視認できなくなる。


なるほど。

盗聴防止どころか更にその上の術である韜晦(とうかい)の術式が組み込まれているのか。

隠密行動にとても適して居そうだ。

是非とも教えて貰いたい。

あとで聞こう。


はいはい返事をしながら慌てて扉を開けると

部屋に案内してくれた執事さんと

貧弱かつ気弱そうないかにもお坊ちゃん然とした男性が立っていた。


「お初にお目にかかります、”金”の英雄よ。

 私の名はハサンジャミニ・メネイー。

 この地で公爵の地位を賜っております。

 お会いできて光栄です。」


貧弱な坊やが微笑みながら胸に手を当て優雅に一礼をする。


まさか立場ある人間が本当に部屋まで挨拶に来るとは思わなかった。

挨拶したいし準備出来たら呼ぶから来いよ

って事だと思ってたんだけど。

シオンの話ぶりからして凶悪そうな

いかにも悪い人相を思い浮かべていたんだけど

どちらかと言うと悪人に虐げられそうな風貌をしているな。


「貴族の方が冒険者風情に腰を折らないで下さい、恐れ多い。

 ”金”の冒険者、レイシス・フィリデイと申します。

 英雄と呼ばれるような功績は何もしていないので恐縮ですが……

 此度は武闘会参加の資格を与えて頂き有難う存じます」

「ゴンドワナの悪しき者に蹂躙されていたのは弊国も同じこと。

 精霊を使役し解放して下さった武勇は既に世界であずかり知るところです。

 どうぞ、謙らず胸を張ってください。

 国を代表して心より御礼申し上げます。」


正直言って良い?

纏う空気も表情も手の動き一つ取っても

悪い人には微塵も見えないんだけど。


自分の気が弱い事も才覚の無い人間だという事も自覚しており

強者に憧れるが故

そしてそう言う手合いの活動の応援をしたいと思い

頓挫しかけていた闘技場建設の事業を成し遂げたとか

今年でそれも記念すべき10回目を迎えるとか

言葉の端々を弾ませて話す様は

貴族としては失格かも知れないが親しみやすく

とてもじゃないが強者と魔獣を合成して命を冒涜するような

狂った人間には見えない。


是非とも旅の道中の武勇伝を聞きたいと夕食に誘われた。


どうしようかな。

シオン達が自由に歩き回れる時間を作った方が良いし

黒幕とされている人物の言葉を聞いておきたい。

姿も声も届かないとすぐ近くにいるのに相談が出来ないのが辛いな。


「連れが二名いるのですが…」

「従者が居るとは聞き及んでおります。

 希望があれば隣室に控えて頂いても構いませんよ。」


当然ながら身分のある人と招待されていない一介の冒険者風情が同席する

と言うのは有得ないよね。

実際には公爵よりもやんごとなき身分の二人だったとしても。

今はそれ内緒だもんね。


「いえ、そんな不敬で厚かましい申し出は致しません。

 連れの一人は術師なだけあり非常に好奇心旺盛ですし……

 不作法があったら失礼ですから」

「基本的に参加資格を有している間は館内は自宅のようにゆるりと

 自由に過ごしてください。

 自慢ではないですが

 当館は私の趣味が高じて様々な収集品が飾られています。

 博物館並とまでは申しませんが知的好奇心を満たせる品もあるでしょう。

 英雄殿も是非後程ご覧いただきたい。」


シオン達があっちこっち探りを入れて回っても

いつもの事だから気にしないでね。

やましい事は無いんだからね!

と先手を打ったつもりだったのだがあっさり了承を得られた。


まぁ、当然と言えば当然か。

どんなうかつな悪人でも誰でも出入りが出来歩き回れるような場所には

証拠に繋がりそうなものは置かないだろう。


侯爵の言葉通りこの部屋に案内される時も

広い廊下や出窓に趣味の好い調度品の数々が飾られていた。

単なる飾りとして置いてある訳ではなく自分の収集癖の結果を

自慢したいと言う欲もあっての事なのだろうね。

経済的に余裕があると招いた客人を牽制する意味もあるかもしれない。



是非にと返事を返すと

夕食の支度が終わり次第使いを出しますと言い公爵は執事を伴い立ち去った。

その姿を礼をもって見送りその姿が小さくなったのを確認してから部屋へ戻った。


意識を集中させれば判る空間の歪みとそこに出来ている微妙な綻び。

そこを無理矢理押し広げて()へ入る。


「お、おま…っ

 非常識なことすんな!」

「さっさと招き入れないお前が悪い」


考えごとしてたんだよ、とか

荒唐無稽にもほどがある、とか色々ぶちぶち文句を言われた。

ちゃんと術式解読して開けた穴も元からあった綻びも

綺麗に埋めたんだから良いじゃないか。



さて。

盗聴防止用の精霊術も問題なくその効果を発揮しているようだし。


作戦会議といこう。




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