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砂漠の冬は雨が降る。
そんな事誰が言ったんだ!?
確かに夏季に比べれば湿度は高いのだろう。
しかし逆にそのせいで不快指数は爆上がり。
中途半端な蒸し暑さと
上から下から浴びせられる熱射と日差しで焼売にでもなりそうだ。
せめて石鹸体魔獣のカトゥラスだけでも排除しなければ良かっただろうか……
今更ぼんやりと詮無い事を考える。
いや、今更、と言うなら約一月前の行動まで遡らなければならなくなる。
そもそも徒歩を選ばなければ良かったのだから。
幾度目かの後悔と共に何度目か数えるのも馬鹿馬鹿しくなる位繰り返している
靴の中に入り込んだ砂を外に出す作業をしながら溜息をついた。
索敵を広げすぎると集中力がいるので一人旅をしている間は
万が一の事があると危ないのでその訓練は辞め
引っかかった敵を遠隔攻撃する訓練に切り替えた。
瘴気は一時よりも随分落ち着いているとは言え
他の大陸に比べたらまだ魔獣が比較的多い。
金銭的に困って居る訳ではないので倒した魔獣から採集できる
素材も特に必要としていないしな。
自分の身に降りかかるかもしれない火の粉を遭遇前に倒し続けて幾星霜。
以前よりも火の精霊の動きが活性化している為
相変わらず反対属性である水の精霊が呼びにくいこの砂漠地帯。
石鹸体と同様魔獣であるカトゥラスも立派な水分補給の手段だ。
生かさず殺さず無力化してその体液を取り出し浄化し飲むのが一般的。
カトゥラスは頭頂部についている花から出る麻痺効果のある花粉と
全身から放って来る棘攻撃に気を付ければ
精霊術が使えなくてもある程度武装した男衆が数人連携すれば勝てる。
動きもさほど早くないしカトゥラスに襲われて亡くなった人の話は聞かない。
花を切り落とし、もしくは花粉と棘を全て撃たせて無防備になった所に
穴の開いている吹き矢で攻撃して体液を取り出すのだとか。
んで、そこに聖水を混ぜて浄化して飲む、と。
棘の代わりに矢が突き刺さりまくっている図を想像すると
他の魔獣で考えるとかなり醜悪な光景に思えるが
活きが好い状態だと体液を取り出せないし致し方ない。
殺してしまうと一瞬でその体液が蒸発してしまうのだ。
自分が生き残るために水分補給をしたいのにそれは宜しくない。
なので無害で純粋な植物である石鹸体が見当たらない場合は
カトゥラスと遭遇できるか否かが砂漠から生還できる分岐点となる。
おれは浄化しなくても魔獣の肉を食べ慣れているので体液をそのまま飲める。
青臭いけど。
浄化しても青臭いのには変わりないし手間を省ける分そもまま飲む。
凄く健康的な味がするけど。
だが!しかし!!
そのカトゥラスまで索敵に引っかかった途端ついうっかり即倒してしまうから
他の魔獣たちと同様サウィーヤを発ってから
一度たりともカトゥラスと遭遇できていない。
精霊術が使えるからと水筒も小さいものしか持ち歩いていない為
切実に水分が欲しい。
元々火精霊の割合が多い事に加え
瘴気から解放されてから何か月も経っていないせいか
大気中の霊力の調整が上手く出来ておらず
水精霊の力を借りて湯のみ一杯程度の水を出そうとするだけで
広範囲型上位精霊術を一発放つくらいの霊力を必要とするのだ。
この霊力消費は割に合わないと生命の危機を感じる所までいかない限り
精霊術による水分補給はしたくない。
水分不足も命の危険に及ぶが
一人旅の霊力枯渇だって危ないからな。
稜地もいるし、紅耀もいるし。
葵帷さんとも繋がっているんだし砂漠なんて楽勝さ~
なんて甘く見ていたあの時のおれ、ぶん殴りたい。
サウィーヤでイシャンに言われ
ディライヤで宿屋のおっさんに言われ
ディラウィーヤで馬屋のじいさんに言われ
ディリーヤでギルドのお姉さんに言われ
ダルイーヤでは漏れなく商屋・宿屋・馬屋・ギルドの人全員に
『徒歩での砂漠越えは危険だから考え直せ』
と散々言われた。
言われ続けても
『まぁそうは言っても今までなんとかなって来たから問題ないさ』
と油断した。
因みに今上げた町名は全部似ているけど違う町を差す。
発音に気を付けないと地元民には通じない。
この三つの街は、名前が似ているあたり元は同じ街だったんだろうな。
徒歩二日もあれば余裕で着けたもん。
足元が悪くて歩みが遅くても
日差しが強くて干からびそうになってもなんとかなった。
氷の大晶霊である葵帷さんが浄化した影響なのかただ単に冬が来るからなのか
体感気温こそ高いが気温自体はそこまで高くはないからね。
二日程度の距離なら全く問題なし。
ディリーヤからダルイーヤまでも、まぁ、一週間かからなかったし。
特筆するような問題なかった。
なのだが。
リヤド共和国最北の街ダルイーヤを発ってから町がない。
村もない。
人も通らない。
馬車の一台すら見えない。
冬移動する人は余りいない
と聞いていたけど全くいないではないだろうし
最悪通りかかる砂漠の移動位に慣れた人に同行させて貰おうとか思っていたのだ。
馬車に同乗させて貰うならお金払っても良いしさ。
な!の!に!
なんじゃこれ!?
何故ここまで見事に誰とも何とも遭遇しないんだ!!?
稜地のなびげーたー?と言うやつで今どの辺にいるのか把握できているので
道に迷う心配はない。
しかし見渡す限り砂漠一色と言うのはなんともまぁ心細くなるものである。
変化のない景色の中をひたすら北北東へ進む。
一度に複数の事が出来るようになるとぱにっく?を起こしにくくなるだろうと
カタカナ言葉の勉強やしりとりを大晶霊二人としながら。
一人で難しい顔をしたり何か閃いた顔をしたり。
百面相をしながら一人で歩いている様を誰かに見られたら
怪訝な顔をされるかダッシュで逃げられそうなので
まぁ、誰も通らないこの状況で良かったと思っておこう。
ん?
そもそも誰か通ってくれればこんな状況にはならなかったか。
オンリーボッチなジャーニーなのがそもそもバッドなのだ。
≪ヤバい。
主君がルーになっちゃう≫
≪この世界にいない人の名前出されても通じないよ~≫
”るぅ”とは精霊界で有名な人の名前だろうか。
野菜のごった煮に放り込めばカレーが簡単にできるあれの事ではないよな。
単語を覚えるのに精一杯で日常的にどう使えば良いのかいまいち判り辛い。
次の街に辿りつけた時には人間観察してカタカナ語をマスターしてやるぜ。
実は紅耀のお小言が煩いんだよね。
≪いつの時代の人間だ≫ってさ。
おれも愚痴愚痴言われたくないし
円満な同居生活をする為にも改善出来る所はしないとな。
言葉を沢山覚えれば
今迄みたいに会話の最中に齟齬が生じる事も少なくなるだろうし。
日が暮れはじめ砂漠が赤く染まって行く。
夜間は日中と比べると体感気温が一気に下がる為
また砂嵐が発生しやするくなる為にすぐに野営の準備をする。
って言ったって穹廬──テントは持ち歩いていないので
稜地にイメージを伝えて適当に霊力を持って行って貰って
簡易的な塒を用意するだけだが。
気温が安定しており砂嵐による被害を受けにくいことを理由に
地下室を掘ってそこで寝るのだ。
ここら辺は日不見も蚯蚓も居ないようで地中で過ごしても
外敵から襲われる心配もないし地下に避難さえすれば一安心だ。
移動時間が短いのもなかなか次の街に着けない理由だよな。
夜が来れば気温は氷点下まで下がる。
そして朝太陽が出てからそこそこ気温が上がらないと動けない。
寒いのもそうなのだが夜の内に霜が降りた砂漠の表面温度が
太陽光を浴びた直後一気に上昇する為水蒸気が立ち昇る。
視界も悪くなるし服が蒸気を吸って重くなるし
熱中症を起こしやすくなるので非常に危険なのだ。
そのせいで移動できる時間が酷く短く
一日に稼げる距離が想定よりも随分少ない。
一月近く経とうと言うのに未だにリヤドの国境を超える事すら出来ていないのは
確実にそのせいだ。
今日は用意する水分が少なすぎたせいで酷い目にあった。
明日の分は大目に用意しておこう。
水筒を一杯にして明日食べる予定の保存食も水に漬込んでおく。
水袋も……重くなるから嫌だったけど仕方ない。
満たしておくか。
明日の準備を淡々とし使ってはいないが武具の点検も怠らずする。
ジューダスとの手合せで折れてしまった脇差も、勿論だ。
折れた所同士を繋げることが出来ないのかと思って
砂の中から破片の回収はしたが痛々しく折れた切っ先が鈍く光る。
錆びてしまってはその望みも絶たれると思い欠かさず手入れはしているが
折れてしまったら刀は修復出来ないと父さんから言われている。
脇差の割には長い、しかし反りは浅い刀身が特徴的なおれの愛刀。
よく約んだ板目も肌も、匂いの締まった直刃も
美しくそのまま存在していると言うのに。
なのに、その身が一部痛々しく欠けている。
おれが不甲斐ないばかりに。
なんとか、したいな。
イシャンが言うにはカハマーニュ共和帝国の最西ダウラビース州には
闘技場が置かれているだけあって様々な武具とその職人が集まっている。
珍しい武器をいくつも見た事があるから
もしかしたら刀を扱える職人もいるかもしれない。
そう言われ一縷の望みを抱いているのだが……
職人は気難しく金を積めばどうにかなる類の性格をしていない事が多い。
札束ビンタすればどうにかなるのなら思い入れのある武器を復活する為だ。
幾らでも積むがそうじゃない場合は……どうしようかな。
土下座でも何でもおれに出来る事はするが。
正直リアル土下座なんてされても心は冷めるばかりで
心に響くどころか嫌悪感を抱かれて終わりだろう。
いや、特殊な性癖の持ち主ならば昇天レベルで悦ぶかもしれないが。
そもそも、刀を打てる職人がいるか否かすら分からないのだ。
今から悩んだ所でどうにもならない、か。
いつもより広めに地下空洞を作って貰う。
昨日は白熱してしまい勢い余って壁に突っ込んで痛い思いをしたからな。
夜外を出歩けないから、しかし寝るには余りにも長い時間すぎるから
と言う事で指輪に溜め込んである霊力を使って寝るまでの間
稜地と紅耀に具現化して貰い手合せをしているのだ。
飲み水出すのには霊力ケチる癖に
と思われるかもしれないが指輪に溜まっている霊力はおれの霊力じゃないし。
溢れてしまうと輝石が壊れてしまう危険性があるし。
いや、流石に契約の指輪に使われている輝石がそんなやわじゃないとは思うが。
万が一があるといけないからね。
内包量が多いのか具現化するのに使用する霊力量が少なくなったのか。
自分の霊力を消費している訳ではないので判断し辛いが
夜手合せをして貰うようになってから既に三週間は経っている。
それでも指輪に意識を向けてもそんな溜まっている霊力の割合は減っていない。
つまり指輪に溜まっている分の霊力を使う分には問題ないのだ。
契約の指輪に溜められた霊力は
それぞれの輝石に応じた霊力の属性に変化している。
地や火の契約の指輪に溜まっている霊力は葵帷さんの手助けに送れない。
そもそも属性に染まってしまった霊力は不要らしく
輝石に溜め込まれた霊力は受け取ってくれないのだ。
道中たまに見かける霊力が偏って多い場所の何色にも染まっていないものは
送れば喜んで受け取ってくれるのだが。
葵帷さんの手助けに使えないのならば有効活用しよう!
と思っても飲み水を出すのにも指輪に溜まった霊力は使えない。
出来ても氷の指輪から氷の塊を生成して口の中に放り込むくらいだ。
それはやったのだが溶けにくいから水分補給としては使えない。
なので敵に襲われる心配もなく万が一霊力枯渇を起こしても問題の無い
この塒の中で明日の水分を用意する訳だ。
明日は少しくらい太陽が陰ってくれると助かるな。
稜地とは獲物が長い相手との戦闘
紅耀とは一撃が重い相手との戦闘
それぞれ対応の仕方が変わってくるのでなかなかに好い訓練になっている。
長生きしているからか二人とも物凄く強い。
大晶霊だからと言う素質……そう、スペックを度外視しても有り余る位に強い。
素養として培われた部分だけでおれよりもはるかに強い。
正直へこむ。
実戦慣れしている者の独特の強さを持っているのだ。
そりゃこれだけ強いんだもの。
紅耀がおれとの契約を渋る訳だ。
主人としなければならない契約者が自分より弱いってやきもきするもんな。
不平不満がお小言と言う形に現れるのも頷ける。
素手での手合せを最初していたのだが
素手の方が加減がしにくいからマズイと言ってシフトチェンジしたんだよね。
その時は紅耀が相手をしてくれたのだが
懐に入り込まれた直後腕を折られかけるわ
前襟掴まれて投げられそうになった時頭から落とされるわ。
鮮やかかつ流麗な動きで殺されかけた。
稜地が脳天がぶつかる寸前に地面を柔らかくしてくれていなければ
おそらくおれは今頃輪廻へ至って居た事だろう。
おそろしや。
おれをめり込んだ地面から救出した後
≪ダメでしょ~≫
なんて紅耀を小突いていたけど主の危機です。
もっと真面目に叱って頂きたい。
素手の相手をするのはセリエルで慣れている筈なんだけどね。
それでも死にかけたとなる言うのが未だに信じられない。
得物ありでの接近戦の手合せは散々村でして来たしおれの得意分野だ。
そして二人が手加減しやすいと言うなら訓練には丁度良い、
長斧も大剣も相手した経験って少ないから余計にね。
手合せで殺されたら本気で洒落にならないし。
今はそれぞれの専用武器で相手をして貰っていると言う訳だ。
うすうす分かっていた事ではあるが稜地は身内に甘いようだ。
何かしら禁句があるようだがそこに触れさせしなければ基本にこにこしてるし
のんびり屋で面倒見も良く
叱りはするが頭ごなしに否定したり怒鳴るような粗暴な事は決してしない。
”理想のお兄ちゃん”選手権があったらきっと優勝を掻っ攫ってくれることだろう。
料理も何故か得意だし気遣いにも長けているので
”理想のお婿さん”選手権も併せて優勝してくれると信じてる。
紅耀はと言うと。
普段文句が多いし事あるごとに小言を言ってくるが
手合せとなると途端に無口になる。
集中力が高い上に加減をする事が苦手なせいで
おれが『参った』と言っても手を止めようとしないので
稜地が静止をかけてようやく止まる。
猪のようである。
軽口を叩くし舐められている事には変わりないのだが
契約をしてからは自分があからさまに悪いことをした時には
稜地に促されながらも小さい声ではあるが謝罪をしてくるようになった。
狼を手なずけた時の気分ってきっとこんな感じ。
つまりは紅耀が気性の荒い主人以外には懐かない野生動物で
稜地がその飼い主っぽい。
まぁ、その実生前は血の繋がりのある兄弟だったそうだし
お兄ちゃんっ子の紅耀が兄である稜地の言う事は基本聞く
と言うのはある意味当然なのかもしれないな。
兄弟仲が悪い家庭も勿論あるだろうが
おれが知っている兄弟って大抵助け合って仲良くって
喧嘩と悪戯の絶えない元気な奴らばかりなので二人の関係は頷くしかできない。
いつか夢で見た稜地が人間だった頃の記憶の断片から察するに
稜地は長男で好いお兄ちゃんをしていたのだろう。
もう一人の青年の信頼を寄せた顔と
今は気難しそうな紅耀が人懐っこい表情で稜地に抱き付いていた様を見ても
おれのイメージする兄弟像から離れていないと思う。
今まで与えられている情報だけで考えると
大晶霊の内、地・火が生前血縁関係にあって
氷は地のお嫁さんって滅茶苦茶身内で固まっているんだよな。
何か大晶霊になる為に血統とか家系図とか条件があるのかな。
気になる。
しかし大晶霊達の生前の話をするのは正直気が引ける。
稜地に対する数少ないエヌ・ジー・ワードが兄弟に
と言うよりは稜地と紅耀の間の兄弟に関する事なのだろう。
話したくないようだったからな。
仲が良いように見えたし嫌っているから、と言う理由ではない。
何か、別の理由があるんだろうけど……
全く想像が出来ない。
その稜地が話したがらない内容を別の人から聞くのも好くないし。
聞けるのなら、稜地の記憶以外の事も聞きたいのにな。
……この前見た夢も、もしかしたら精霊や大晶霊の記憶なのかもしれないから。
本日分の手合せを終え就寝するための身支度を整え
外套──マントを腹にかけ考える。
稜地の記憶に出てきた青年達を幼くした感じの二人と少女が一人。
半透明の布で隔離されたおれの寝所を見舞ってくれた夢。
夢と言うには余りにもおれはあの子に同調しすぎていた。
そのせいで痛みと苦しみ、そして死の感覚が今も尚強烈に残っている。
あの、絶望しかないような自分を取り巻く環境。
あの、愛しさが溢れかえるような感謝の激情。
そして……あの、世界から隔絶されて閉じる感覚。
飛び起きた直後は自身が本当に生きているのかが余りにも不確かで
思わず自傷したおれを咎める稜地の叱責で我に返った。
紅耀の記憶なのかな?
と最初は思ったが稜地の記憶を見た時
その視点に立っていたおれの足元に飛びついて来た少年が生前の紅耀だ。
健康そのものだったし流石にあの子と紅耀は別の人物だろう。
そもそもあの子は女の子のようだったし。
葵帷さんの記憶か?
とは思わない。
性別こそ同じく女性ではあるが
視界に映った棒切れのような手は非常に小さく幼かったし
稜地の前世のお嫁さんだったと言う葵帷さんが
あの年齢で死んでいるとは考えにくい。
一人称で判断するのは早計と思えるが白亜でもないだろう。
彼女の雰囲気とおれが体感した自己の認識がかけ離れている。
そう考えると未だ見ぬ今向かっている先にいる大晶霊の記憶なのだろう。
大晶霊は皆身内説を推すなら稜地の記憶にも今回の夢にも出てきた
合計四人の子供たちは皆大晶霊になっているのかな。
でも、稜地のもう一人の弟も大晶霊になっているのなら
隠しても嫌がってもその内合流する事になる。
今のうちに彼には心の整理を付けて置いて欲しいものである。
いや、あくまでも大晶霊になっているのなら、の話だが。
生前と大晶霊になった後の外見はあまり変わらないようだし
兄弟三人皆どこか似ている。
見たら分かるだろう。
どの属性なのかな~
いや、あくまでも大晶霊になっているなら、の話だけど。
稜地と紅耀の兄弟以外に二つの過去に共通して見かけた
あの綺麗な顔立ちの子、どこかで見た覚えがあるんだよな。
どこだろう。
大晶霊の知り合いなんて限られてるんだけど。
白亜の顔ではなかったと思うんだけどな~
似てなくはないけど、同じではなかった。
はて?
どこで見たんだか。
≪カハマーニュ共和帝国に入ったね~
今のペースで進めば二日後には首都に着けるだろね~≫
日が昇りきり蒸気が立ち消えた事を確認。
塒から這い出て万が一のために地下空間を埋めて綺麗に元通りにした後。
今日も今日とて延々見飽きた砂漠地帯を歩かなければならないのか
と肩を落としながらだらだら歩いて数時間。
稜地から進言された。
やっと砂漠から抜けられる!
そんな歓喜に打ち震えて
諸手を上げたおれを妙な違和感と紅耀からの警告が襲う。
違和感とは索敵に引っかかった魔獣を手馴れて来た手順で
遠隔攻撃をしたのに気配が消えない事。
警告とは
≪サラマンドルだ!≫
と撃ち損じ続けている魔獣の名前を叫ぶ声だった。
皿満田?
聞いたことの無い名前だ。
この土地の固有種かな。
≪のんきに構えてないで!
逃げるかエスケープかとんずらするか選んで!≫
逃避の選択肢しかないんかい!?
何??おれじゃ倒せないとかそう言う事!??
≪そうじゃない!≫
舌打ちと叱責と共におれを囲むように炎の壁を出現させる紅耀。
物凄い勢いで急接近してきた魔獣がこちらへ向かってくる速度が落ちる。
こんな暑い地域に生息しているくせに火に弱いのか?
いや、大抵の動物は火に弱いけどさ。
でも!
このあっつい場所で火壁とか何考えてんの!!?
そう文句を言おうと思ったが、不思議と熱くない。
≪聖火だからね≫
霊力のみで生み出された炎は術者が意図した対象のみを焼き払う特性があり
条件から外れる者は熱を感じる事もないんだとか。
へ~。
それなら敵味方の区別つけるための組紐用意しなくても良いし便利だね。
そうは言ってもかなりの集中力が必要だし特訓しないと厳しいよと釘を刺された。
一朝一夕で出来ないのくらい分かってらい。
てっきり近づいてきたサラマンドルを焼き払う為か
近づかせない為の牽制的な意味合いの炎なのかと思ったがそうではなく
奴に敵ではないと認識させるための聖火なのだそうだ。
サラマンドルは見た目こそ大きい蜥蜴だし鱗は強固だし
炎も吐けば致死性の毒も持っている。
魔獣と遜色ない、もしくは下手な魔獣よりかなりタチの悪い奴だが
れっきとした精霊側の存在──妖精の一種で霊力の循環を司る
重要なふぁくたー?だそうだ。
攻撃されて驚いたから害ある者なら排除せねば!
とこちらへ猛スピードで向かって来たが
聖火を出す事で無害をアピールしたんだって。
妖精さんとやらは仕事熱心だねぇ。
逃げろって言ったのは
おれがサラマンドルを倒してしまったらいけないからだったそうだ。
それを考えると索敵に引っかかった時に倒せなくて良かったんだな。
倒してしまっていたら葵帷さんの負担を
軽減してくれる存在を消すことと同意で
彼女を開放できる時期が遠のくことになる。
家族は一緒の方が良いもんね。
長い間離れ離れになっていたんだし早く稜地と一緒に暮らさせてあげたいものだ。
……おれの中でいちゃいちゃされたら嫌だけど。
四大妖精と言われている存在が各地におり
火はサラマンドル
水はウンディーヌ
風はシルフィード
地はピグミン
とそれぞれ呼称があるそうだ。
皆魔獣に間違えられてしまう見た目で損をしているが
彼らが居ないと精霊だけで解消できない霊力の偏りが更に酷くなるので
もし見かけても絶対に攻撃して弱らせたり倒したりしないように
と厳重注意された。
もし妖精が出た時には是非とも教えてください。
おれは見た事ないから分からないし
気配だけでは魔獣とそんな変わらないから判断できないんだもん。
聖火の壁ごしにじっと此方を伺うサラマンドルを見て
改めて魔獣との相違点を探すが……いまいち判らん。
そもそも霊力と魔力の気配の違いって大きくならないと掴みにくいし。
大きいと霊力は神々しく感じるし魔力は禍々しく感じる。
霊力の扱い方が上達した時にその差も把握しやすくは確かになった。
しかし見た目のせいなのかサラマンドルはやはり魔獣にしか見えない。
魔獣の反対ならば聖獣とでも言うのだろうか?
少なくとも妖精と言う単語から連想される可愛らしい羽の生えた存在とは
かけ離れすぎている。
≪聖獣は別にいるよ~
主がイメージ浮かべたのはピクシーだね~
立派な魔族だよ~≫
え、昔絵本で見た覚えがあるんだけど。
悪戯好きの七色に光る羽を持つ小さな妖精の物語。
あれも魔族が描かれていたのか。
単なる創作物だから実在する存在とは違いますと言う
注意書きが文末にされていたのかもしれない。
細い瞳とにらめっこをする事暫し。
サラマンドルは大きく口をくわっと開き聖火をむしゃむしゃごっくん。
……食べよったぞ、彼奴。
けぷっとおくびを出した瞬間その身にまとう炎を一瞬大きくする。
その後丁寧に一礼し砂の中へと消えて行った。
ごちそうさまでした、とでも言っているような雰囲気だったな。
輝石や大気中に漂う霊力の代わりに
偏って存在してしまって害になり得る霊力を食べたり
魔力溜になりかけている場所の魔力を食べたりして
周囲のバランス調整をしてくれるのが妖精の役割なんだとか。
今は聖火を出現させたことにより
おれの周囲の霊力が一気に高まったために聖火を食べて
霊力を一定値にしようとしたんだね。
食べて、おくびを出して、そのおくびによって霊力を
まんべんなく周囲にまき散らすと。
……おくびじゃなく、もうちょっと見た目的に汚くない
均す為の方法は無かったのだろうかと思ってしまう。
しかし≪ゲップがいやならおならになるよ≫
と言われたのでそこに遭遇しなかっただけ幸運と思おう。
臭くはないだろうけど……気分的におくびよりも更に嫌だ。
完全な魔力溜になってしまった場合は
そこに身投げして中和するとか聞いてしまい何とも言えない気分になる。
決して見た目が可愛い訳でも格好良い訳でも親近感が湧く訳でもないのだが
犠牲者出すのだめ!自己犠牲もだめ!!絶対!!!
キャンペーン実施中なので妖精さん達が自死をしない為にも頑張らねばね。