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巡り巡りて巡る刻  作者: あすごん
プロローグ
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1

本日の天気はハレ。

絶好の埋葬日和である──


はぁ…

思わず、ため息も出ると言うものである。


予定では、街道の状況によっては明日の昼ごろには国境越えができるはずだった。

それが出来なかったとしても、国境にほど近い街には到着し、久しぶりにまともな食事を摂れていたはずなのに…


更に言うなら、任務斡旋案内所へ赴き、運良く希望に合うような任務があれば斡旋して貰えたというのに……


それでもって、あわよくば上等な任務を無事完遂して懐を潤わせたり、上流階級の人間と繋がりが持てちゃったりしたかもしれないというのに………!


なぜ、おれは墓守でもなければ墓堀人でもないのに、こんなことをしているのか──

妄想を打ち切り、また一つため息をついた。



昨日、ルセア共和国連邦とバルティカ王国を結ぶ街道沿いで珍しいものを見つけた。


護衛が逃げ出したのか、はたまた護衛費用を惜しんだのか──


物言わぬ状態となった人からは事情聴取もできないので事実がどうか判らないけれど、そこそこ身なりの良さ気な恰幅の良かったであろう中年とその御者であろう二人の遺体を発見。

野盗ではなく魔獣に襲われたであろう酷い状態の仏様に合掌し、身分証明になりそうな物を物色。


原因不明の行方不明者の削減と魔獣による被害報告。

それは、冒険者の義務でもある。


ついでに遺体のそばに転がっていた馬車の中から金になりそうな物をあれやこれやと品定めしながら漁っていたらいつの間にやら日が傾き始めて居た。

仏様には必要ないだろうからと、調子に乗って普段なら見ないような品まで見てしまった自覚はある。


野宿6日目。


食糧の補給を出来たらしたいな~、とか。

おっさんの恰好的にちょっとしたお小遣いになりそうなものがないかな~、とか。

欲が欲を呼び、気が付けばかなりの時間が経過していた。


残念ながら、かさばる武器防具の類が多く、懐に入れさせて貰ったのは日持ちしそうな食料をいくらかと、薬草の類のみ。

武具は手になじんでいる今の装備で充分だし、おれは装備品の目利きができる訳ではないので当てずっぽうでこんなかさばる重い物を持ち歩いていたら、移動速度が遅くなる。

何よりそんな重い物をえっちらおっちら運んでいたら魔獣や魔物と遭遇した時の危険度が増してしまう。

わざわざ大荷物を置いて武器を構える時間を待ってくれる心優しい魔獣がいたら、それは人を襲う事はないだろうからね。


時間を大幅に無駄にしてしまった事実から目をこれ以上そむけてはいけないと、泣く泣く、せめて日用品のみを拝借し、早めの野宿7日目の準備をしたのであった。


骨折り損のくたびれもうけとはこのことか!?

まぁ、欲に目がくらんだ自分のせいだけど。


日が傾き始めたとはいえ、急げば国境付近まで行くことだけならできるだろう自信はあった。

冒険者としての経験値は不足しているとはいえ、山奥の田舎で鍛えた脚力と持久力は下手な魔獣よりも強いと自負している。

実際、臨戦態勢を取ったものの、数が多すぎて捌けそうにないと判断した魔獣との戦闘には逃げるが勝ち!と言わんばかりに脱兎のごとく戦線離脱して窮地を回避してきたからね!

勿論、倒さなければいけないような魔獣やら魔物やらは倒したよ!!

特に金になりそうな貴重種とか、皮や爪が武具になりそうな種類とか。


武器構えるだけ構えて、颯爽と逃げた時の魔獣のあの、顔。

思い出しただけで笑えて来てしまう。

意外と、魔獣も表情が豊かなのだと学習した。


遺体をそのままにしておくと街道に死肉を求めて魔獣や魔物が集まってきてしまう。

それだけならまだしも、最悪、魂が魔物化したり、肉体に魔物が寄生したり。

旅をする人間には良くない事ばかり起こってしまうので、仕方なく野営をすることにしたのだ。

おれは良いとしても、近隣の村やほかの冒険者に迷惑がかかるのは良くない。


と言うか。


埋葬は冒険者に課せられた義務だそうだ。

冒険者なら必ず利用する任務斡旋案内所で、最初に習う項目の一つが火葬の方法だったりする。

生命の危険がない場合に限るが。


魔物化しないよう、遺体に聖水をかけ印を結びまじない言を唱え、その後火葬する。

火葬には、火の精霊の力を借りても良いし、それが出来ない場合は火打石を使う。


明日は我が身。

義務うんぬんを抜きにしても、死んだ後に同じ冒険者や、日々世話になっている商人たちを襲うなんてまっぴらごめんだ。

余程自分が危機的状況に陥っている場合以外は、冒険者なら皆同じ思いで遺体を見たら同じことをするのだろう。


その、一回目の火葬をしたのが昨日の事だ。


火葬している最中の臭いの中食事をするのは何とも嫌な気分だが、なるべく早く寝てその日の遅れを取り戻したかったので、仏様の遺品から奪った──いやいや、有効活用、有効活用。

仏様から頂いた食事を、現場から少々離れた位置で食べ、鎮火した頃合いに念のため再び聖水をかけ、合掌し土をかぶせた。


穴を掘ったのも、土をかぶせたのも土の精霊の力だ。

おれは土の精霊との相性が良いのでこの程度の精霊術なら対して霊力も使わないし、特に問題なかった。


問題、なかったのだが……


次の日、つまり、今日。

整備された街道では早々ある事ではないだろうに、しばらく歩くと遺体が必ず転がっているのだ。


日が明ける少し前に出発したのだが、まだ太陽はてっぺんまで来ていない。

にも関わらず、これで合計7回目。


流石に心が折れそう──

大きなため息が思わず漏れる。


山を越え谷を越え、ようやく視界が開け眼前に広がるのは牧歌的なのんびりした風景。

ここからは順風満帆、とんとん拍子に血なまぐさいルセアから抜けられると思ったのに、いまだに共和国の国土内。

万国全図を確認する限り、たぶんルースィヤ領かな。

ルセア共和国の一番端の領土の。


黄泉ツ大国家ローレイシア連邦国。


その最期の何十年かは貧富の差や食料不足などの国民の不満からくる紛争や暴動、そこに付け込んだ隣国間との戦争でひどい状態だったそうだ。

停戦調停後も、改革や連邦国家からの独立が相次ぎ難民も大勢出て荒れに荒れまくり、血で血を洗い、川は赤く染まり土はどす黒く変色したそうだ。


しかし現在、ルセア共和国となった今は平和そのもの。


国土の大半は猛々しい山脈が連なっており、山に近い地域は年中雪に覆われていることもあり、人が住めるような土地は3割にも満たない。

しかも、魔獣や魔物よりも余程危険だと言われている魔族が国土に棲んでいる、珍しい国である。


しかし、その山が魔族の棲みかにちょうど良いのか人里に下りてくることは滅多になく、また、林はあれど森はなく魔獣の繁殖に適している場がほぼ無い為、人族が住みやすい平地では牛や羊を放牧しても問題ない。

世界広しといえど、見張りもつけずに個人の敷地でもない土地で放牧できる国何て、ここくらいじゃないのか、と言われている。


平地が広がっているということは見通しが良いということで、つまりは野盗が隠れたり根城にしたり出来るような場所も街道沿いにないし、土砂崩れを起こす崖もなければ氾濫するような川も無いから自然災害の心配もない。

住める土地は狭いが、その狭い土地が物凄く住みやすい、と言う事で発展した街が多いのが特徴。


道中命の危険にさらされることは滅多にないので、冒険者や旅人にとても易しい。

ルセアの街を拠点に置く半冒険者みたいな人も多いそうだ。


山から気まぐれに下りてくる魔物や魔族も居るそうだが、遭遇する事なんて滅多にない。

魔の物の詳しい生態は誰にも解らないそうだが、荒廃した土地と怨念渦巻く環境を好むといわれている。


名は体を表すというか、なんというか。

理解に苦しむ嗜好のようだ。


その嗜好を所以とするのか、戦争や紛争の終点となった、連邦国時代の元首都ピエタリまでの平地までは来るが、そこから先の現在の人間の居住区には決して来ない。


復興するには人も金も足りないから、それならばいっそと旧首都を早々に放棄し、共和国設立に伴い新しい土地に首都を設けようとしたことが、結果的に功をなした。


その場に留まっていたら、怨念が土着した地を求めた魔族に蹂躙されていた事だろう。


さっさと元首都を手放したお蔭で魔族の犠牲になる者はおらず、戦争で苦汁をなめながらもかろうじて生き残った老いも若きも、新天地で首都再建に従事する者は皆平等に仕事を与えられ衣食住も貧しいながら保障される。

明日の食べ物はおろか、今日の飲み水すら確保できなかった戦争時代からしてみれば天国とも言えるその境遇に、過去虐げられていた者たちは奮起し、わずか15年ほどで立派な新都・奇跡の中央都市ピエタリを設置したのだ。


何が奇跡って、土地柄、建造物に使用する木材の調達が難しい上に革命後だから金もないという状況で精霊術を駆使し、冬には氷霧が観測されるような極寒の環境でも耐えうる構造の建築物を考え、他国に劣らない都市を一つ造ったのだ。

都市建設途中の死者は1割にも満たない。


ご立派な教会を1つ建てるにしても、奴隷には当然死者が出るし、建造に従事する専門家達も事故が起きれば死者が出る。

1つの建物を建てるだけで、だ。


なのにも関わらず、新ピエタリ建都の際の死者数は、冬の氷点下の中酒をあおって居眠りしてしまったおっさんだとか、季節的に夏だからと水浴びをしたままの恰好で仕事を行い徐々に体温を奪われ低体温症になっただとか、自己管理の出来ない残念な人たちなだけで事故の類や喧嘩などの衝突によるものは一切なかったというのだ。


まさしく、奇跡。


しかも、かなり先を見通して建造したのが伺える街づくりがとても印象的だった。

純白ではなく、少しくすんだ白色に統一された建物は、昼はとても美しく見えるが、夕焼けに染まった時に血色に染まる。

息を飲むその禍々しいまでの赤色は、二度とこの国を血で染めないと人々の心に改めて誓いを立てさせるため敢えてその色にしたのだとか。

良い趣味だと褒めれば良いのか貶せば良いのか、少々戸惑う景色だったが。


観光客が訪れるための施設もある。


観光客の中には目が肥えている人もいるであろうに、そういう鑑識眼を備えた人も納得のまさに匠の技と言える彫刻の施された、見るものがため息をついてしまう繊細な作りの建造物の数々。

特に教会はいっそう内装に拘っており、太陽の恵みを表す赤と神の清廉さを表す白を基調とした見る者の心を奪う神秘的な雰囲気があり、街の象徴となっている。

教会が街の象徴となっているからと言って娯楽がないわけではなく、住民が不満を積もらせないため、観光客が楽しむため郊外にではあるが賭博場や、併設して酒場もある。

慣れない人間には強いがその土地の酒も飲めるし、料理も美味しい。


世界最大の発展国として有名なヒュケビス合衆国の首都フィリアでも、ここまで煌びやかでかつ統一感のある建造物には恵まれていないだろう。


……と言われている。

いや、街の中まで行ったことないから知らないけど。


未だ復興の手を緩めない新ピエタリは、もてなしは確かに素晴らしいのだがその分物価が高く、依頼の報酬額が低く設定されている物が多い。

あまり貯えのない、貧乏人にはとても厳しい街だったため滞在期間を置かず早々に旅だったのだ。


通行料が比較的安価で良かった。


せめて街を訪れた記念に、と出発を夕方まで待って夕日に染まった街並だけは見たのだが、感想に困る景色だったし。

正直、良い思い出はない。

貧乏人に厳しい都市、ルセア。


ルセア怖いよ、ルセア。


出来れば冒険の目的を果たすためにも、長期滞在をしたかったのだが…


仕方ない。

無い袖は振れないのだ。

幾らかの鉄銭と、なけなしの銀銭しか持ち合わせのない人間は宿屋に素泊まり一泊するのがぎりぎりだそうだとよ!


けち!!


万国全図から図るに、ルセアから10日もあれば国境を越えられると思ったのに、景色が変わらない所から察するにおそらく、まだやっと半分の道のりを過ぎた所だ。


旅は予定通りになど行かない。

常に危険がつきもの。


さんざん村を出る時に父さんから言われていた事だけれど、それまでが特に命の危険もなく、予定よりも好調に道中進むことができたから油断していた。


ただその油断、この全図のせいじゃないかと少々疑い始めて居る。


その、元冒険者だった父から譲り受けた全図なのだが、尺度がどうも狂っているように思える。

一か月はかかるだろうと思って居た道のりが7日程度で済んだり、今みたいに10日もかからないだろうと予想していた道のりに、面倒事が相次いだとはいえ倍以上の日数がかかると予見したり。


ピエタリまでの道中で何度かそれを疑っていたのだし、任務斡旋所に併設してあった情報の金銭取引をしている広報案内所でけちらずに現行の全図を買えば良かった。


所持金的に買えたかどうかは微妙だが。


新しい全図を買ったところで、目の前の遺体が消える訳でもないし、大人しく埋葬するけどさ…


徐々にその扱いが適当になって来ている自覚はあるので。これで最後にして貰いたいところである。


はぁ……


そこまで思考を巡らせ、また1つ、ため息をついた。



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