第95話 『呼応』
第95話
『呼応』
『さてと…』
俺はライトの頭から手を離し立ち上がる。
「兄貴!?」
ライトは『どうしたの?』という感じで俺を見上げる。
「お前はちょっと離れてろ。」
目線を爆風が上がった箇所からその右へと向ける。
そこには飛ばされたローブの男が土煙の中からさも何事もなかったかの如く、スッとして立ち上がった。
「『えっ!?」』
ライトとレンがほぼ同時に声を上げた。
『やはりな…』
あの程度でやられるとは思ってなかったが…
『んっ!?』
ローブの男は、先程の爆風により吹き飛ばされてはいたが、直接的なダメージは受けていないかの様な反応だった。
しかしその様相は大きく変わっていた。
まず両腕が無くなっているのはグレンからの攻撃を受けたからだが、体に纏っていたローブはほとんどが剥がれ落ち、頭に被るフード以外は剥き出しの状態になっている。
フードはその部分だけ頭巾の様にして首元で縛られており、胸の部分は喉の下から一部分だけがベストの様なもので覆われてはいるが既にボロボロで緑色の肌がその所々で露出している。
そして露出した緑の肌の部分に蠢く様にしてまとわりついている黒い靄。
下半身の緑の鎧と合わせてほぼローブで隠された箇所以外はその色合いは濃淡こそ違えど緑一色だ。
『やっぱり魔族か?もしくは…』
俺には魔物と魔族の明確な違いは分からないがそれは魔族だと思われた。
理由はあんな魔物がいてたまるかという事と下半身に鎧を纏っているという点からだ。
考えられるのはもう一つあるが…
刀を構え、握り締めて脇腹を意識する。
『ぐっ!』
『痛っ!!』
まだ痛む事を再確認する。
回復はしているが、かなり無茶な動きをしていた自覚はあった。
先程までは戦闘に集中していた分、意識していなかった事もありそこまで痛みを感じていなかったのもあるが一度意識するとそうもいかない。
『レン…行くぞ』
『う、うん』
多分脇腹に攻撃を受けた時に、レンは意識を失っていた。
いや多分意識を意識的に手放したのだろう。
その為に回復力が弱まっていたとも思える。
どうやら俺とレンとで痛みの感じ方が若干違うらしい。
『やはり元々の体だからより鋭敏に感じるのかもな…』
俺にとっては好都合だが…
「ぐがああああ!!」
突然目の前のローブ姿の男、いや元ローブ姿の男が咆哮を上げた。
『何だと!?』
頭巾姿の緑の男は、その雄叫びと共に体を纏っていた靄が膨れ上がっていく。
「お兄ちゃーん!!」
「ライト!!」
レフトとショートが後ろから駆け寄ってきていた。
俺は元ローブから視線を外さず、
「ライト!!早く離れろ!!」
「えっ!?で、でも…」
ライトは思う、さっきグレンに頭を撫でられた時に『俺も役に立ったんだ』と。
今も目の前の出来事にはついて行けず困惑しているが、その事もあってか『俺にもまだ何か…』と思ってしまったのだ。
「お前は姉ちゃんたちを守ってやれ!!男だろ!!」
依然として正面を向いたままのグレンが声を張り上げる。
「う、うん分かったよ兄貴!!」
ライトはグッと拳を握って、ショートたちの元へとかけていく。
その返事を聞いて俺は少し口元を緩めた。
その瞬間目の前の元ローブが凄まじい速度で前へと出た。
しかしローブが向かう方向は、俺ではなく…
『ちっ!!』
俺は魔力を込めた足でそれを追い掛ける。
しかしスピードは明らかに元ローブの方が早い。
元ローブが向かった先は、ショートたちの方だった。
距離的に見れば俺の方が近かった。
しかしこのタイミングでは際どいタイミングになる。
てっきり奴が向かう先は俺の方だとばかり思っていた為、反応が遅れてしまった事もある。
他の選択肢として逃げる場合も充分あり得るかとは思っていたが、どのみち前へと斬り込む予定だった為、その両方が外れ意表を突かれた形にもなった。
このままいってもほぼ同時、ヤツを一撃で仕留めなければ、かといって魔法を練る暇も無い。
ならば刀でと一瞬よぎったが、円月刀ではライトたちを巻き込みかねない。
俺は以前よりも瞬間、瞬間で大幅に考えられる時間が増した様に思われる。
理由は分からないがこれも意識を分けているこの体のおかげだろう。
だが考える時間がいくらあっても出来ない事と出来る事の違いが分かるだけだ。
無論それを実行に移せるだけの時間があれば話は別だが…
『間にあえ!!』
俺がそう思った瞬間、奴の体が一瞬沈み込むのが見えた。
『マズい!!』
嫌な予感が脳裏を過ぎる。
そうあの飛び蹴りだ。
もしくは他にも手段はあるのかもしれないが、どちらにせよこれ以上スピードを速められたら間に合わない。
靄を纏う前までのスピードならば充分間に合ったかもしれないが、今の状態であれを出されたら間に合わない。
そう思った時、奴の動きが一瞬止まる。
初めは何かあるのか!?誘われてるのか!?とも思ったが、今は関係ない。何があろうと好都合だ。
だが奴が止まったのはほんの一瞬、力を溜め込む様な仕草では無く、虚を突かれた様な、躊躇いを見せる様な僅かな停滞。
俺は素早く奴とショートたちの間に割って入った。
そこで刀を持った両腕を交差させる様にしてそれを受け止めた。
元ローブ姿の男が動きを止めた理由…
元ローブの正面にはライトが立っていた。
両手を広げて大の字にショートたちを守る様にして、だがそれで何故元ローブが動きを止めたのかは分からない。
今のところは…
元ローブは一瞬動きを止めた後、雄叫びを上げながらまるで迷いを振り切るかの様にして前へと出た。
一旦体を沈ませたモーションから、再び走り出す。
そして目の前で二人を庇う少年に向けて蹴りを突き出そうとするが、間に割り込んでくる人影を感じ、即座に上空へと足の軌道を変えて、それを降り下ろした。
ガキン!!
何かがぶつかり合った鈍い音が響き渡る。
その音で目を開けたライトに。
「よくやったな」
という声が自分の前から聞こえた気がした。
ライトの前で刀を交差させた俺の頭上から奴の踵落としが見舞われる。
『ぐっ!!』
全身の骨が軋み、脇腹が強く痛む。
思わず口に苦い鉄臭いものがこみ上げた。
魔力を注ぎ歯をくいしばりその圧力に耐えるも、上からくる重圧に悲鳴を上げている。
『よくやったなライト』
俺も負けてはいられねえな!!
魔力を両手に込めて押し上げる。
更に刀へと魔力を流し込もうとした時、フッとその重圧が和らいだ。
その直後、奴の逆側の足が俺の腰へと目掛けて繰り出される軌道が目に入る。
『どんな動きだ!!』
心の中で歯軋りする。
『もう一発喰らうわけにはいかない』
そうは感じつつも内心で焦る。
選択肢は選べない。
後ろのライトたちがいるこの状況でかわすのは論外。
だが受けるのも今の俺のこの状況では難しい。受け流せる自信が無い上に飛ばされるのもダメ。
刀へと魔力を注いでも間に合わない。
『くっ!!』
ダメージ覚悟で腹へと魔力を注ぎ込む。
同時に腰を落として足を踏ん張る。
「アクアライトニング!!」
女の声だ。
そう聞こえた瞬間、目の前の奴は上体を反らすようにして、何かをかわしてから、そのまま後方へと宙返りの要領で後ろへと下がっていった。
奴は着地した直後そのまま地を蹴り、一旦後退してまた距離を取った。
先程奴がかわした何かは今は飛んだ先にある何本かの木を切り裂いて消えている。
そしてそれを放ったのは…
「グレン!!」
後ろから走ってくるエンリだった。
一瞬ホッとした俺は体に纏った魔力を緩めた。
そして…
「お兄ちゃーん!!」
気の緩んだその一瞬を狙ったかの様にして、俺の腰へと抱きついて来たエルザ。
まるで獲物を狙うかの様なエルザの飛び突きからは逃れられず、俺は思わずそれを喰らってしまい…ある意味今日一番のダメージを受けたのだった。
『ぐおっ‼』
『あっ‼』
「お兄ちゃん‼」
物凄い勢いで走って来て飛び付いた俺の腰で、エルザがこれでもかといわんばかりに顔を擦り付けている。
喜びとマーキングを同時に行っている様だった。
そして恐らく今の突撃とその後のギューと言う力強い抱き締めでレンの意識はまた落ちた。
「エルザ、嬉しいのは分かったから離してくれないか…ちょっと…いや、超絶痛むんだよ、お兄ちゃん…」
俺も危うくそれで意識が飛びかけたが何とか立て直した。
流石は獣人の子、幼くてもそれなりのスピードとパワーを持っている様だ。
「グレン!大丈夫⁉」
俺の元へエンリが駆け寄る。
そして胸元には片手で抱きかかえる様にして赤い鳥を一匹持ちながら。
「その鳥少しは役に立ったか?」
腰のエルザが残念そうにして離れてくれたので、俺も何とかエンリにそう返す。
「ええ、何度も助けられたわ。」
エンリは胸元のスーを優しい眼差しで見つめた。
「そうか…」
今もエンリの胸元で目を閉じて大人しくしているスーを見て俺は呟く。
「悪いがエンリ、ショートたちを頼む。」
「グレン!私もやるわ‼」
エンリが抱き抱えていた鳥をエルザに手渡しながら俺に言った。
「アレは俺の獲物だ。」
ここまで好き勝手やられて黙っていられないのもあったが、今はエルザやショートたちを守れる誰かにいて欲しかった。
「…でもあれは…ううん、分かったわ。」
エンリは一瞬唇を噛み締めるも、俺の意見に同意してくれた。
「ぐああああああああああああああ‼」
元ローブは凄い咆哮を上げながら立ち上がり、上を見上げている。
その瞬間、覆っていた男の靄が一斉に湧き上がった。
そしてそのフードが露わになり、男の顔が晒される。
「あれは⁉」
エンリがそれを見てまさかと言う表情を見せ、驚きを露わにした。
「えっ⁉」
更には近くでレフトを抱えていたショートまでもが声を上げる。
『何だ⁉』
俺は今も尚、咆哮を上げている奴の姿を見て違和感を感じた。
それは雄叫びと言うより悲鳴に近く、苦しんでいる様にも思えたからだ。
『だが、あれはマズい』
あの力を使って仕掛けてくるつもりかもしれない。
自分の力に体が悲鳴を上げてるのかもしれない。
ならば…
そう俺が判断した直後、後ろから声が上がった。
「父さん⁉」
『何⁉』
俺はその言葉に耳を疑った。
声を上げたのはショートであり、俺はそれを聞いて、
『今の内に仕留めよう』と魔力を練り上げていたが、一旦思い止まった。
すると元ローブは全身から吹き上がる靄を胸の一点へと吸い込まれる様にして消していき、その咆哮を止めた。
「グレン!気を付けて‼爆発するかもしれないわ‼」
エンリが声を上げる。
『ちっ‼』
俺は迷う、ここはやはり魔法で仕留めるべきかと。
しかしあのスピード相手に俺の魔法が当たらなければ、取り逃がして爆発されたりしたらたまらない。
俺一人ならばそれでも何とかなるかもしれないが、近くにいるショートたちを危険に晒してしまうかもしれないと。
『エンリに任せるか』
『あいつを抑え込むか』
『やらせる前に仕留めれば』
そうは考えるも、やはり一人の時と違って今は守るべき対象があり、無茶は出来ない。
いつもの俺なら無茶を承知で突っ込んでいき、それを成功させられるかもしれなかったが、俺も人間であり迷いは多分にある。
いや、寧ろ迷ってばかりいるのかもしれない。
そして今もまた踏ん切りがつかなかった。
『迷いは人を殺す』という単語が不思議と今この時には浮かばなかった。
その隙を元ローブに突かれていたら危なかったかもしれない。
しかし元ローブは、
「うがああああああああ‼」
突然そう悲鳴を上げた。
まるで苦しみもがく様にして、頭を振っている。
「…ニ、ニゲロ」
そして苦しみながらもそう言葉を発した。
『⁉』
あいつ喋れるのか?それよりも今何て言った?
『逃げろ』だと⁉
俺の聞き間違いでなければそう聞こえた。
「ハヤクニゲロ‼オ、オレハモウスグ…バクハツする!」
「ダ、だから早く逃げてくれ‼」
緑の魔物は蹲る様にして叫ぶ。
それはまるで何かを抑え込もうとしているかのようだった。
間違いない、確かに奴はそう言った。
しかも最後の言葉はまるで人間の様な流暢な叫びに聞こえた。
声もそれまでの獣の音ではなく、人間の声として聞こえてきた。
「父さん‼」
今度はハッキリとショートがそう叫んだ。
その言葉に反応したかのようにして、元ローブは一度体をビクッと反応させ、
「は、早く‼…」
そしてその体を鈍く薄暗い光が覆い始めた。
「た、タノム…」
俺はその言葉を聞いた瞬間、自然と身体が前へと動いた。
俺の思考に新たな言葉が浮かぶ。
その直後、奴が大地を蹴り向かって来る。
その表情はもはや人間のそれでは無く、口を大きく開けて、牙を剥き出しにした獣の様だった。
その口からは僅かに咆哮を上げ凄まじい速度で近付いて来る。
左手の刀を腰へと納め、右手の刀に魔力を込める。
『俺魔法起動』
『重力制御式魔法発動』
『タイムストップ』
俺は今『止まれ』と大きく心の中で願った。
それはほんの1秒にも満たない時間であったかもしれない。
しかし今、確実に俺の周りの動きが止まった。
目の前から向かって来る奴の姿がその場に固定されている。
周りの音が一切聞こえなくなる。
ただ俺の身体だけは前へと進む。
止まったままの奴の胸元、黒い靄が集まっていったその場所へと俺は刀を突き刺した。
鈍い感触とそこへ沈み込んいく僅かな手ごたえを感じた。
次の瞬間、再び時が動き出したかの様にして周りもまた動き始める。
ゴウッという風の音が聞こえて、目の前の奴から、俺が突き刺した刀の先から炎が噴き出す。
ゴウッ‼
今度は燃え上がる炎の音と共に俺は奴の体を蹴り、サマーソルトキックの要領で刀を抜き去ると同時に、後ろ向きにジャンプして大きく離れた。
着地した先で、身体から大きく魔力が損なわれるのを感じた。
ガクッと膝をつき俺は前を見る。
そして目の前で今激しく燃え盛る男の口から、
「ありがとう…」
と聞こえた…
区切りの投稿になります。
ひょっとしたら次の投稿遅れるかもしれません。
仕事終わりに書けたら頑張ります。