第88話 『活躍』
第88話
『活躍』
『よく頑張ったな…後は任せろ…』
あの人の声が聞こえた。
あの人の顔が見られた。
あの人の温もりを感じた。
あの人が来てくれた…
身体はとても重いのに心はとても柔らかい。
痛いはずだったのに今は苦にもならない。
心地いい夢の中で薄れていく意識…
暫くして暖かい光に包まれる…
「リルル起きなさい!!」
私は馬車の中で眠っていた。
「全くいくら昨日から楽しみにしてたからって、遅くまで起きてるから眠くなるのよ。」
お姉様が少し頬を膨らませて私の横で怒っている。
『だって仕方ないじゃない、初めての舞踏会ですもの、お姉様みたいに何度も行っている訳じゃないんです』
昨日からちゃんとみんなの前で踊れるか心配で眠れなかったなんて恥ずかしくて言えないわ。
「あなたももう今日で14歳よ、もう立派なレディなんだからブリッツ家の名に恥じない様にしっかりするのよ。」
『分かってます、お姉様に恥をかかせない様にするから安心して』
私だってそのくらい出来るもん。いつまでも子供扱いして、お兄様もお姉様もいつも私の事お荷物扱いするんだから。
ヒヒーンと言う馬の鳴き声と共に馬車が大きく揺れて、前へと大きく体が引き寄せられ、つんのめる。
そこで突然馬車が止まった。
馬車の外から男の人たちが入って来た。
人数は二人、顔は布で巻かれていて見えない。
お姉様は立ち上がって、私の前に立ってから、
「何者ですか!!この馬車をブリッツ家のものと知っているのですか!!」
と声を荒げていた。
確か馬車の周りには何頭か馬に乗った護衛の人たちもいたはずだ。
どうして助けてくれないんだろう…
「おら!!立て!!」
顔を隠した男の人が私の手を引っ張ってくる。
「お止めなさい!!連れていくなら私だけで充分のはず!!」
お姉様が必死に馬車の外へと連れ出されようとするのに抵抗している。
「ほら、さっさと来い!!」
私は引っ張り出される様にして馬車の外へと出されそうになる。
「お止めなさい!!」
私の手を引っ張っていた男の顔をお姉様が叩いた。
男の人の顔に巻かれていた布がほどけてその顔が顕になる。
でも私の方からその顔は見えない。
何故か一瞬こっちを向いた様に見えたのにボヤけていてよく分からない。
「あなたは!?」
姉の声が驚いている。
「くそっ!!」
男の人は手にした短剣の様なものでお姉様の胸を貫いていた。
「馬鹿野郎!!」
「一人いれば充分だろ!!」
男の人たちは言い争うようにしていた。
そこからの事はよく覚えていない…
暫くして暗い場所に閉じ込められて、次に気付いた時には、
「大丈夫か?」
優しい声で私の顔を覗き込むようにしながら、とても心配した様な表情で私の頭を優しく撫でてくれていた。
『ああ…そうだ…お兄様…』
私はあの時決めたのだいつかお兄様の様な、誰かを助けて心から安心させられる様な人になりたいと…
…うっすらと目を開けると…
「大丈夫か?」
男の人の声が聞こえた。
「お兄様…」
「グレン!まだ気が付いたばかりなんだから落ち着いて!!」
「グレン…」
ハッ!?目を開けて急いで起き上がろうとする。
「ぐっ!?」
体に電気が走る、特に背中が痛くて起き上がれない。
「ほらグレンが急に声を掛けるから!!」
「すまん…」
「リルルごめんね、大丈夫?」
また暖かい光が私の体を包み痛みを和らげてくれている。
そこにはばつの悪そうな顔をした男の人と心配そうな顔をしながら手をかざしてその光を発してくれている女の子がいた。
「すみません…大丈夫です。ありがとうございますミスティ様…それにグレン…」
何故だが俺の名前を口にしたリルルは顔を真っ赤に染めてから顔を反らす。
「まあ、大丈夫そうで良かった。」
俺は心底安心していた。
やはり目を覚ますまでは気が気じゃ無かった。
とりあえずさっきの変なゴブリンがまだいないか探してはみたが結局見つからず、仕方が無いのでリルルが目を覚ますまでミスティとひとまず休憩していたのだがどうしてもリルルの事が気になってしまっていたのだ。
チラチラとリルルの様子を伺いながらパンをかじっていた俺が何度ミスティに注意された事か…
レンにまで『落ち着きなよ』と言われたのは何気にショックだった。
こんな事なら魔法を使っておけばと少し後悔してしまった。
「ふぅ。」
回復魔法を掛け終わったミスティが大きく息を吐き出す。
「本当にすみません、ミスティ様…」
リルルは体を起こす。
「あっ、まだ無理しないで!!」
「もう大丈夫です…くっ!!」
体を起こした後、立ち上がろうとするがまだ回復しきっていないのか少し顔を歪ませたリルル。
「そうだ、まだ無理するな…」
『だが、かといってここでのんびりしている訳にもいかないな…』
あっちもまだ気になる事が残ってるし、鳥に任せただけじゃ心配だしな。
「ほら、行くぞ!!」
俺はしゃがみこんだ姿勢でリルルに背を向けた。
「えっ!?」
背中の方でリルルが声を上げる。
「ここでジッとしてる訳にもいかなくてな、まだ残党が残ってるみたいなんで行かなきゃならん。ミスティ、悪いが俺の背中にリルルを乗せてくれ。」
ミスティに視線でそれを促す。
「えっ!?あっ、うん、分かった…」
「い、いえ、その、私は大丈夫です!!それにその一人でも…」
「いいから早くしろ!!なるべく揺らさない様にするから。」
何かミスティもリルルも遠慮してるのか中々話が進まなかったが、何度か似たようなやり取りをしてから今はリルルは黙って俺の背中に乗っている。
何か背負った後、しきりにモジモジしていて背中に当たる感触がとても気持こそばゆかったが気にしないでおこう。
流石にこの状況でリルルの感触を気にしたらアカンよな。
『ねえグレンあっちは大丈夫かな?』
『まあ、エンリもいるし何とかなるだろ』
『そうだよね、仲間って言ってもリーダーはもう捕まえてあるんだし』
『ああ…そうだな』
『まあ、エンリならあの程度の傭兵にやられる事は無いだろうが…』
あの逃がした妙なゴブリン気になるな…それにオークだかの髪の生えた魔物があそこにいなかったのも気になる…
俺はしらずと少しだけ歩く速度を早めていた。
【エルザside】
「むうー。」
『お兄ちゃん…』
「ほらお嬢ちゃん、そんなにむくれないで、お兄ちゃんたちもきっと帰ってくるからおじさんたちと待ってようね。」
エルザは今フォアと一緒に村長の家へと向かっている。
最初エルザは『お兄ちゃんが帰ってくるまでここにいる』と言って動かなかったのだが、フォアに『でもお兄ちゃんからお嬢ちゃんを村長の家まで連れて行くように頼まれてるんだ、ここにいると危ないからおじさんと一緒に行こうね』と言われて仕方なくフォアの後をついて行っていた。
本当は駄々をこねても良かったのだが、前にエルザは『エルザ、俺が危険だと判断したら絶対に言うことを聞くんだぞ、それが出来なかったらこの先一緒に連れていってやれなくなるかもしれないからな』と言われていた事を思い出していた。
馬車はあの場に置いてきた。
村人も一人念の為あの場に残っている。
グレンたちが帰ってきた時に門を開ける役目と、もしも魔物が来た時に皆に知らせる為だ。
足の早い彼の方が知らせるのも早いと判断してだが…結構渋っていたのは仕方が無いと言えよう。
暫く無言で歩いていたエルザたちは村長の家の近くに来た所で、慌てて向こうから走ってくる人の姿を見つけた。
「どうしたんだ!そんなに慌てて?」
フォアが息を切らせて走ってきた村人に声を掛ける。
「ま、魔物が来たんだ!!」
「何だって!?向こうからもか!?」
フォアは村人の言葉に思わず口を滑らす。
「向こうからもって!?あっちからも来てるのか!?」
村人は目を見開きフォアを見る。
「いや、向こうはまだ入ってきていないが…」
フォアは後ろを見ながらそう返す。
「それじゃ門の外には来てるのか!?…お仕舞いだ…」
村人は力無くその場に膝をつく。
「やっぱりあいつらの言う通り守っていてもらうべきだったんだ…変な奴等を村に入れたりするからこんな目に…」
その言葉に視線を反らすフォア。
「違うもん!!グレンお兄ちゃんがやっつけてくれるもん!!グレンお兄ちゃんなら大丈夫だもん!!」
エルザが村人に向けてそう言い放つ。
「何だあの子は?」
村人は顔を上げてエルザを見やり、フォアに視線を向ける。
「…今あのお嬢ちゃんの仲間とお兄ちゃんが門の外で魔物たちの囮になってくれている…」
「囮?」
「ああ、何の報酬ももらわずに何の契約も結ばずに村の為に体を張ってくれてるんだ…」
フォアは目の前で膝まずいている村人を見る。
「俺はそれに報いる為にもこのお嬢ちゃんを村長の所まで連れて行く約束をしたんだ、今魔物はどの辺まで来てるんだ?」
「村長の家!?」
意表を突かれた様な表情で村人が顔を上げる。
「何かあったのか?もう魔物がそこまで来てるのか!!」
「いや、俺がここに逃げてくる時に村長の家の前を通った時には村長の家は燃えた後みたいで…」
「燃えた!?」
「ああ、魔物はまだ後ろの方にいたはずだけど…」
「村長たちはそこにいなかったのか!?」
「村長の姿は見てない…でも家の前にいた女性に呼び止められたんだ。青い服を着て眼鏡をかけた…今思うと綺麗な人だったなあ、あれ誰だったんだろう?」
「そ、それでその人はまだそこにいるのか?」
「いや、俺は魔物が来てるから逃げろって言ったんだが、後ろを振り返った時には魔物のいる方へと凄い速さで走っていっちまってたんだ…」
それを聞いたエルザは男が走ってきた方向へと即座に走り出した。
『お姉ちゃん…』
エルザにとってはエンリは優しいお姉さんだった。
初めはグレンお兄ちゃんにちょっかいを出すんじゃないかと警戒していたが、エステルの町を出てからの短い間、ほんの数日だが一緒に旅をする内に仲良くなった。
多分今エルザの中ではグレンの次に好きな人かもしれない。
ミスティは口煩いお姉ちゃん。
リルルはグレンを取り合うライバル。
エンリは優しいお姉さん…もしくはお母さんに近いのかもしれない。
皆と一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たりもしたが、その中で一番包容力があり、何故だが落ち着いたりもした。
匂いも他の二人と違って何だか懐かしい様な和むような、そして大人の匂いがしていた。
そのエンリお姉ちゃんに何かあったのかもしれないと聞いて走り出したのだ。
エルザの脚力は何気に凄い。
流石は獣人といった所で、後ろから聞こえていたフォアの声もあっという間に聞こえなくなり、今はもう既に村長の家のすぐ近くまで来ていた。
『あれか…』
エルザは村長の家を知らなかったが、走っている最中焦げた様な匂いが感じられ、その方向へと走ると黒ずんだ家が目に入った。
そこには焼けて所々が焦げ落ちて黒くなった家と木が焦げた臭いの中にすえた臭いが混じった様なものが漂っていた。
エルザは思わず鼻を覆う様にしてその家へと近付いた。
そこで家の側に仰向けに倒れているローブ姿の男を見つけた。
エルザはそれを見て、どうすべきかと迷う。
・まずは男に近付いてみる。
・エンリお姉ちゃんたちがどこに行ったのか聞いてみる。
・このまま無視してスルーする。
そんな事を考える。
そしてエルザが出した答えは…
エルザは近くに落ちている小さい石を拾いおもむろに倒れている男に放り投げた。
それほど勢いがあった訳では無いが、当たった場所は太腿の付け根辺り、そう丁度股間部分であった。
エルザはそこを狙った訳では無かったのだろうが…いや多分…軽くガッツボーズを決めてはいたが多分違うと信じたい。
直後、男の体はビクンと反応した。
『やっぱり生きてるんだ…』
エルザが何故石を投げたのか、それはフードの男が怪しいと思ったからだ。
何故怪しいと思ったのか、それは着ている服からだ。
別にフードを着ているから怪しいと思った訳では無くその服の臭いに。
男が着ているフードからは血の匂いがしている。
それも一人や二人の血の臭いでは無い。
エルザは鼻がいい。今は家の焼け焦げる臭いや鼻を衝く様な異臭が混じっているが、フードの男の服から漂ってくる血の臭いまでは消されていない。
そしてまた近くに落ちていた石、今度は先程よりも少しばかり大き目の石を手にして投げつけた。
それほど力一杯投げつけた訳では無いが、コントロールは正確で見事頭に命中した。
「がっ‼」
という声がしてから、そのフードの男はどうやら目を覚ましたようで首を僅かに動かして辺りを見ている。
『な、なんだこれは⁉』
ロンドは自分が今置かれた状況を理解出来ない。
『確か僕はあいつらを殺してから…』
体を起こそうとするも身体がうまく動かない。まるで全身が痺れているかの様な状態で、特に首を動かそうとすると酷く首筋が痺れて痛む。
『くそ、どうなってるんだ‼』
ロンドは何とか周囲を見回して状況を把握しようと努める。
目の前には焼け焦げている家が見える。
『そうか、僕はこの家から逃げ出して火をつけて、その後…あれっ⁉僕は何から逃げ出したんだ?あれは確か…』
そこでまた首筋がズキっと痛む。思わず首を動かし横を見た。
そこには少女がいた。
猫耳を生やした獣人の少女だ。顔は可愛いく哀願奴隷として考えればかなりの値が付くだろう。
正直ロンドはこれまで獣人にそれほど興味は無く、今までに獣人の奴隷を欲しいと思った事は無かったが、目の前の少女であれば欲したであろう程の美少女だ…ただしその手に大きな石を持っていなければ…
ゆっくりと近付いて来る少女に流石にロンドは焦っていた。
手を動かそうとするも何故か今後ろ手にされて何かに縛られており、痺れとは関係なく手の指がくっついた様に物理的に動かせない状態だ。
おまけに風の魔法を使おうと魔力を練ろうとするが、これもまたうまく練れない。
目の前の少女が何をしようとしているか分からないが、この状態で身動きが取れない状態では碌な考えは浮かんでこない。
「ちょ、ちょっと、ま、待ってくれ‼」
まだ痺れが抜けていないからなのか焦っているからなのかうまく喋る事も難しい。
「ぼ、僕を助けてくれないか、き、君に、き、危害を加えるつもりはないよ!」
エルザは一体どこから持ってきたのか、自分の顔位ありそうな大きさの石を男の頭の上へとかざす様にして持ち上げる。
「ひっ⁉」
ロンドは何でこの少女がいきなり自分の顔の上に石を持ち上げてるのか理解出来ない。
「ここの家にいた人たちがどこに行ったか分かる?」
「えっ⁉は、な、何を言って…」
「ここの家にいた人たちがどこに行ったか分かる?」
エルザは同じ質問を繰り返す。
『ま、まさかコイツこの村の奴隷?いやこの家の者の知り合い?それとも奴等の仲間なのか??』
ロンドは思考を巡らせるが答えは出ない、いずれにしてもこの場をどう逃れるかだ。
「い、いや、し、知らないよ‼と、というか僕も被害者でね、この家が燃えちゃったから逃げ出してきたんだ。そしたら、き、気絶しちゃって、何でか縛られてるみたいなんだ、だ、だから、お、お嬢ちゃん、これを何とかしてくれないかな?で、出来ればこの腰にあるポーションを飲ませてくれると助かるんだけど…」
ようやく口は動かせる様になってきたが、身体の痺れは相変わらずで上手く動く事が出来ず、未だに首の辺りに痛みが走っている。
『ガキ程度ならうまく騙して利用すればイケるはずだ』
「エルザはそんな事聞いてないの、それにあなたからは嘘の臭いがする。」
エルザは石を持ったままロンドを覗き込む。
『嘘の臭いだと⁉』
「な、何を言ってるんだいお嬢ちゃん!う、嘘なんてついてないよ、本当だよ‼」
ロンドは額に汗を掻きながら答える。
「5つ数えるよ。」
「へっ⁉」
「ごー、よーん…」
『ちょ、ちょっと待てコイツ何言ってるんだ⁉まさかその石を落とそうって言うのか⁉』
「にーい、いーち…」
「い、いやちょっと待って!わ、分かった答えるから、村長たちなら向こうへ行った!ここにいた人たちはみんな向こうに行ったよ‼」
ロンドは必死に今も痛む首を無理矢理に回してしきりに向こうへ行った事をアピールしている。
「ありがと。」
エルザはそう言って手にした石を大きく上に掲げてからゆっくりと…離した。
「うわあああああ‼」
それを見たロンドは再び気を失った。
ドスンという音がして石はロンドの顔のすぐ脇に落ちていた。
「おーい!お嬢ちゃん‼」
そこへタイミングよくフォアが走って来た。
エルザはフォアに『この人怪しいから見張ってて』と告げて再び走り出した。
ここで一応解説しておくと、エルザがどうしてこんな強硬手段に出れたのか?
それはエステルの町を出てからの事、食事が終わってリルルがグレンに稽古をつけていてもらっていた時に、
『エルザにも教えて!』とグレンにお願いしたら、『分かった、それじゃまずはエルザには基本的な事から教えてやろう』と言われて学んだのが以下の事だった。
一人の時には、
・知らない男にはついて行かない。たとえ何かくれるからといっても絶対ダメ。
・怪しいと思った男がいたら、警戒する事。決して油断して近付かない事。
・もしそれでも万が一その男に近付く場合には、必ず武器を持っていく事。
だった。
それから武器が無ければ武器になりそうなものを探せとか、相手をビビらせれば勝ちだとか、こうすれば相手は怖がるとかそういった事を中心に教えてもらっていたのだ。
因みに何故、怪しい人では無く、怪しい男なのかはグレンがそう教えていたからとしか言えない。
理由は単純にエルザを狙う輩は男だろうと彼が勝手に思っての事だ。
多分これが無ければ、普通に近付いて普通にエンリたちの事を聞いてみて、普通に拘束を解いてしまっていたかもしれない。
本来ならばスルーするという選択肢が正解だったのかもしれないが敢えてエルザはそれを選ばなかった。
理由としては勘だ。
あの男の人は何か怪しい、このまま放っておくのは危険だと判断したのだ。
野生の勘とも言えるかもしれない。
それと嘘を見抜いたのは正確には勘では無い。何故だかエルザには嘘が何となくだが分かるのだ。
無論臭いで判断している訳では無く、本人曰く、誰かがそれを教えてくれている様な感覚に近い。
これまで魔物と一緒にいた時はあまり感じなかったのが、たまにお母さんがつく嘘が分かる事があった。
その時はそれが嘘であってもあまり気にしていなかった。何故ならたとえそれが嘘であったとしてもお母さんが自分の為についてくれているものだと信じていたからだ。
ただし100%嘘が見抜ける訳でも無く、そう言った点から見れば直感に近いのかもしれない。
閑話休題
【エンリside】
『ひょっとしてスーちゃんなの⁉』
エンリは今一つ状況が理解できていなかったが、どことなく目の前の鳥に見覚えがあった。
紅い鳥であの独特の鳴き声。
見た目は大きく変わってはいるが、これがスーなのだとしたらグレンのいう事も分かる様な気がすると。
目の前に転がっていた魔物はハンマーを持って立ち上がろうとするが、
それを見たその鳥は「キュイー!」と一声発して、その見事な両翼をその場で前へと向けて大きく羽ばたかせた。
すると前方に凄まじい風が生じ、その魔物を後ろへともの凄い勢いで吹き飛ばす。
飛ばされた魔物は後ろにあった納屋の様な建物へと背中から突っ込んでいく。
ドーンと大きな音を立てて崩れる小屋と舞い上がる土煙。
『凄い!』
エンリは目の前の鳥の凄さに目を奪われていた。
「キャー‼」
後ろで悲鳴が聞こえる。
エンリは後ろを振り返ると他の魔物たちが村人たちを襲っていた。
『しまった』
依然として魔物たちは残っており、こちらに集中している間に既に何体かはここから逃してしまったかもしれない。
エンリはとりあえずは目の前の魔物に集中しなきゃとレイピアを再度握り直してから、魔物へと走り出す。
『水の精霊よ!』
「アクアスクリュー!」
レイピアに水が渦巻く様にして纏わりついた。
村人を襲っている2匹の魔物へと突っ込み、その後ろからジャンプしてレイピアをその頭部へと突き刺した。
「ガッ‼」
という声と共にその魔物の頭部が飛散する。
着地した所へともう一匹の魔物が振り返って斧を振り下ろしてくるが、その行動を読んでいたかの様にあっさりと横へと身を動かしてそれを躱す。
そしてそのまますかさず魔物の左胸へとレイピアを突き刺す。
削られる様にして胸を抉られた魔物は後ろへと大の字にして倒れた。
「早く逃げなさい!」
横で頭を抱えていた女性に声を掛ける。
「は、はい!有難うございます‼」
女性はそのままその場から駆け出す。
エンリはそれを見てから振り返り、他の魔物へと視線を移す。
また新手の魔物が視界に入る。
『何体いるのよ‼』
これまで倒した魔物は5体。
『あっちにいるのが2つ、更に奥に現れたのが2つ…近くにいるのは村人?』
緑の魔物の奥からゆっくりと近付いてくるローブ姿の人影が見える。
そちらに一瞬だけ意識を奪われたエンリは後ろの気配に気付くのが遅れた。
エンリが油断していたという訳でも無い。前方に見えた魔物を警戒しすぎて既に倒したはずの後ろの魔物へは意識を割く余裕は無かったのだ。
実戦から離れていたというのも要因かもしれないが、相手の数がハッキリと分からず、今はこちらに集中すべきと分かってはいても、もしあちらへも逃がしてしまっていたらという焦燥感も相まっていた。
既にエンリの後ろでは先程胸を抉られ倒れたはずの魔物が起き上がり斧を振りかぶっていた。
咄嗟にレイピアをかざそうとするが、恐らくこれが間に合ったとしてもダメージは免れない。
魔法を唱える時間も飛び退くタイミングも既に逸している。
しかし斧は振り下ろされる前に、またもや「キュイー!」という声と共に目の前の魔物へと数十本の矢が飛来した。いやそれは矢に見えた羽だ。
羽が魔物の身体へと突き刺さっていく。
エンリはその隙に大きく横へと飛び退く。
『それでは効かない!…まさかあれでも起き上がってくるなんて‼』
エンリはその魔物を見て思う。
恐らくこの魔物は痛みを感じない。だが再生能力は無いのではないかと。
最初レイピアで腹を突き刺した時も腹の血は止まっていなかった。
今もその魔物の胸は大きく抉られたままだ。
氷漬けにすればイケると考えたが先程の魔物の様に破られてしまったら村人がまた襲われるかもしれない。
ならば止めを刺して動けなくした方が確実だと考えた。
次に頭を砕いたのはこれならばと考え、最後に胸を抉ったのは恐らく心臓の様なものはあるのではないかと推測していたからだ。
相手の魔物の弱点を探りながら戦っていたのは長年の冒険者稼業で培われたノウハウでもあった。
しかし、どうやら最後の読みは失敗していたらしい。
頭を砕くしかないと。
しかしエンリの心配は杞憂に終わる。
魔物は羽が突き刺さっても尚動こうとしたのだが、その瞬間身体全体が大きく燃え上がった。
盛大な炎と言う訳では無いが、燃え上がった炎は一瞬にしてその魔物を塵と化した。
『えっ⁉』
レイピアを構えたエンリが心中で間の抜けた声を出していた。
区切りが悪かったんで二話分纏めてみました。
一応エルザとスーの活躍でしたがまだ続きます。
タイトルが毎回迷ってしまい中々決まりませんσ( ̄∇ ̄;)




