第86話 『ライトの決意』
第86話
『ライトの決意』
エンリは思わずその声が聞こえた方向へと振り返る。
そこには数人の村人たちが慌てた様子で走って来ている姿が目に映った。
ある者は必死の形相で後ろを振り返り、ある者は転んでは起き上がり、何かから逃れようとするかの様にして走っている。
「何があったの?」
エンリは走り去り横を通り過ぎようとしていた村人に声を掛ける。
声を掛けられた村人の男は、息を切らせながら後ろを見て、
「あ、あっちで魔物が現れて大変なんだ‼あんたも誰だか知らんが、早く逃げた方がいいぜ‼」
男はそう告げてからエンリの前から走り去っていく。
『あっちって…マズいわね』
エンリは眼前に横たわる男を一瞥してから、その方向へと走り出す。
【ライトside】
エンリが男たちを置いて走り去って行った後に残された俺たち。
今家の中には3人の縛られた男と、村長、村の男が二人でそれを見張っている。
そして家の外では自分と弟のレフト、姉のショート、それにさっき助けた女性とその脇に小さな女の子がそこにくっつく様にして身を寄せている。
さっきいた部屋はそれほど広い訳でも無く、村長の家に比べると半分程度の広さだったので、かなり手狭な状態だった。
「お前らは外に出ておるんじゃ、こやつらはワシ等が見張っておる。」
村長が俺たちを見ながら告げる。
「ああ、そうだな、折角だから何か食い物でも探して来てくれると有り難い。」
「緊張して喉がカラカラだしな。」
と続けてゲツとツーの二人が、縛り上げた男たちから取り上げた剣をそれぞれ握り締めて言った。
部屋には食料は見当たらず、荒らされていて床には恐らく水が入っていたであろう桶も転がっていた。
捕まっていた男たちの内の一人で、意識のあった男も今は観念したのか大人しくしていた。
『俺だって見張りぐらい出来るのに…』
そう不満顔を見せたのだが、
「うん、分かった!」
とレフトがそれに答えてから、
「早く行こうお兄ちゃん‼」
と俺の手を引いてくる。
俺は不満ながらもここにこうしていても変わらないだろうと渋々それに従って家の外に出た。
ショート姉ちゃんはエンリが家を出た後、すぐに家の外に出て女性たちの側に付いていた。
縛られていた女性は泣きながら女の子を抱いて、そのまま外へと連れ出されていたのだが、今は大分落ち着いていたみたいで、「有難うございました」と姉ちゃんにお礼を言いながら頭を下げていた。
姉ちゃんはそれに対して「私は何も…」と首を振りながら答えている。
そう俺も姉ちゃんも助けられたのだ。
確かにさっきあの男たちからあの女の人たちを助けたのは俺たちかもしれない。
でも俺も姉ちゃんも弟も助けられたのだ。
いや俺たちだけじゃなくこの村は助けられたのだ。
あのグレンって冒険者の兄ちゃんに…
俺は見た、男を殴り飛ばして一撃でやっつける人を。
そして魔物が来た事を聞いて、そこへ一目散に走って行く漢の姿を。
あれこそが冒険者だ!俺の中の英雄だと。
家の外へと出た俺たちは、
「姉ちゃん、何か食べ物持って来てくれって村長たちが…」
レフトが姉のショートの服を引っ張る様にして告げる。
「そっか、それじゃ私たちの家から持って来ましょうか。」
姉は少し考える様な素振りをしてから、
「あなたたちはここで待っていて頂戴、私が行って取ってくるわ。」
ショートはニコッと笑顔を作って俺たちにそう言った。
「俺が行く‼」
ここでただ待っているよりはその方がまだマシだ。
何の役にも立たないよりは少しでも何かの役に立ちたい。
あの人ほどで無くとも今の俺でもそれ位は出来るんだ。
少し困った様な顔をしたショートだったが、ライトの顔を覗き込んでから、ふぅーと息を吐き出して、
「その顔じゃ何を言っても聞きそうには無いわね。分かったわ、それじゃお願いするわね。」
ショートはこれ以上言っても無駄だろうと判断してライトに任せる事にした。
『この子は変に頑固な所だけは父さんに似ているんだから』
「その代わり、気を付けるのよ!調子に乗らないで、何かあったらすぐに戻って来るんだからね‼」
両手を腰に付けて顔をライトに近付けて言うショート。
「何かって何だよ!それ位余裕だっつーの!」
腕を組んでプイと顔を背けるライト。
「だからそう言う所が心配なのよ!全く‼」
「じゃ、ひとっ走り行ってくるわ‼」
俺はそう言って頬を膨らませているショート姉ちゃんを置いて走り出す。
『あんな所で小言が始まったら面倒だしな』
俺の家はここからそう離れてはいない。
村長の家の方角とは逆の方向へと走り出す。
暫く走り、数軒先の自分の家を見つけてそこへ駆けこむ。
幸いにして家は荒らされてはおらず、そのままの状態だった。
ひょっとしたらさっきの奴らに何かされているかもと思ったのだが思い過ごしで良かった。
俺は急いで飲み水の入った樽の蓋を開けて中の水を確認し、横に置いてある柄杓で桶へと水を移し、部屋の貯蔵庫にある干し肉と木の実を幾つか入れた木箱を持って家を出ようとした。
しかし、
『これで足りるか?あいつら結構食いそうだしな…』
振り返ってもう少し持っていこうと思い踵を返した。
「ぐあああああ‼」
という声が家の外から聞こえた。
思わず手にしていた桶を床に落として、その水を床にぶちまける。
俺はそれに構う事なく手に持っていた箱をその場に置いて入り口の扉から外を見た。
そこには首を掴まれ体を高々と上にあげられていた男の姿とそれを持ち上げている緑色の化け物の姿があった。
その周りにはぞろぞろと後ろからやって来る同じ姿をした化け物たち。
『あ、あいつらあの時の‼』
俺はどうするべきか凄まじく迷った。
以前の俺ならきっと一目散に逃げ出して、どこか隠れられる場所を見つけてそこで蹲って震えているだけだっただろう。
今も勿論足は震えているし、逃げ出したいと本当は思っている。
『俺だって…俺だって…』
歯軋りしながらその魔物を見つめる。
首の骨を折られてブランと力なく掴まれていた男は、その首を掴んでいた魔物に首を掴んだままに引き寄せられて…腹に噛みつかれていた。
「グガアアア」という声を発しながら…肉をひきちぎる様にして食っていた…
「ひっ‼」
俺はその光景を見て、顔が引き攣り背筋が凍った。
下半身もそれに呼応するかの様にしてじんわりと濡れてきている。
周りの化け物たちの1匹がこっちを見た。
ボサボサの髪に緑色の肌、体型はそれぞれだが、外見は筋肉が盛り上がり、普通の大人よりもひと回り程大きく見える。腰に布の様なものを巻いているものや中には人の衣服を着た様な格好のものもいた。
手には剣やこん棒、中には斧を手にしているものもいた。
だが俺から見ればどんなものを着ていて、どんなものを持っていようがその全部が化け物だ。
あの時村を襲った時に見た化け物たちの中にもいた奴等だ。
あの時は一瞬見ただけで逃げ出したのでハッキリと覚えてはいなかったが、今はもうハッキリとそれが分かる。
震える足を何とかして動かそうと知らないうちにガタガタと震えていた歯を噛みしめてみるが中々その震えは止まらない。
俺に気付いてこちらに視線を向けたその化け物はそのまま俺の方へと体を向けている。
家の中に逃げこむか、今すぐあの貯蔵庫に入って蹲るべきではと俺の思考が訴えかけてくる。
その時また、
「うわああああ!」
という声が上がる。
数名の村人が魔物の姿を見て逃げ出していく。
「いやああああ!」
「助けてくれ‼」
「ああああああ‼」
という悲鳴が所々で上がり出す。
その内の何人かは逃げきれず化け物たちに捕まえられている。
家から出て来てそれに捕まる者、慌てて走り出そうとして転んで腰が抜けたのか動けなくなって捕まる者。
そして化け物が手にした剣に切られて倒れた村人を見た、『姉ちゃんたちが危ない』そう思った瞬間、俺は家の外に出て走り出していた。
それまでゆっくりと向かって来ていたはずの緑の化け物はそれを見た途端、凄い勢いで追いかけて来た。
幸いにしてまだ距離はあったが、このままじゃ追い付かれる。
そう思いながらも今は無我夢中で走り続ける。
『早くみんなに!!』
その気持ちとは裏腹に空回りしているかの様な足がもつれ、うまく走れない。いつもならこんな距離すぐにでも走れるはずの距離なのに今はとても遅く遠く感じていた。
捕まったら殺される、このままじゃみんな殺されてしまう。
走り出しながら頭の中では過去の事が思い出された。
ライトの母親は幼い頃に死んだ。
自分が4歳の頃、レフトを生んで間もなくして死んでしまった。
その頃の事はよく覚えていない。
母親の顔も今ではうろ覚えで、温もりだけは薄っすらと覚えている程度だ。
正直ライトにとっては母親の記憶は殆ど無く、物心ついた頃には姉のショートが母親役であった。
レフトに比べれば自分はまだ幸せな方では無いかと考えて今はそれほど気にしていない。
父親はいる。
だがライトにとってはもはやいないのと同じだった。
数年前会ったのを最後にその後は音沙汰も無く今もどこにいるかは分からない。
姉もその事についてはあまり多くを語ろうとはしなかった。
彼の父親は冒険者だった。
最初はカッコいいとか凄いなあと憧れもした時期があったのだが、中々帰ってこないばかりか帰って来ても遊んでくれることは殆ど無く、すぐに次の依頼があるからと家を出て行ってしまう。
確かに自分たちを面倒見る為に仕事をしてくれているんだと頭の中では分かっていたつもりだが、母親も死んで幼いレフトや全てを姉に任せて家を蔑ろにしている父親なんてと怒りや憎しみの方が勝っていた。
10歳の俺の誕生日に家に帰ってきた時も、
「お前は男の子なんだからしっかりとお姉ちゃんや弟を守ってやるんだぞ」
とかカッコいい事言っていたがそれもまた気に入らなかった。
それから父親とは一度も会っていない。
以前姉に、
「あのくそ親父、姉ちゃんの成人の日にも戻って来やがらねえなんてありえねえよ‼」
と言ってみたのだが、姉はそれに苦笑いを浮かべてから、「こら、ライト!そんな事言わないの‼今日はお姉ちゃんの成人の日なんだから、いつも以上に腕をふるったのに、ライトには食べさせてあげないわよ!」
と怒られた。
『くそ!何だってこんな時に親父の事なんか‼』
俺は次の瞬間、後ろに何かの気配を感じて咄嗟に振り返ろうとする。
「ライト避けて‼」
そんな声が聞こえて俺は振り返らずに反射的に横へと跳んだ。
転がる様にして横へと倒れ込むと後ろにはこん棒を振り上げて睨むさっきの化け物の姿があった。
そしてギロリと目を動かして俺を睨んできている。
「うわああああ!」
俺は腰が抜けてしまったのか立ち上がる事も出来ず、動転のあまりそう声を上げる事しか出来ないでいた。
『殺される』
そう頭に響いた直後、目の前の化け物の顔へと石が当たった。
魔物は俺から石が飛んできた方向へと視線を逸らす。
立て続けに何度か石が飛んで来ていたが、
「こっちよ!あんたみたいな化け物怖く何てないんだからね‼」
俺はその声の主を探す様にして視線を向ける。
姉ちゃんが今も手にした石を投げようとしている。
自分の方へと注意を向けようと大声で叫んでいる。
「姉ちゃん!」
緑の化け物はダメージは全く受けていないが、それが煩わしかったのか、ライトの前から動きショートの方へと向かおうとしている。
『俺は何にも出来ないのか』
『なんで俺はこんなに無力なんだ』
相変わらず身体は思う様に動かない。
今もこの場から逃げ出したくてしょうがない。
でも…
ライトは魔物の視線が自分から外れた事もあってその金縛りを解く様にして、拳を強く握りながら地面の土を掻き掴み、それを目の前の化け物の顔へと投げつけた。
そしてそのまま姉のいる方向へと走り出す。
腰はまだ抜けていなかったのかなんとか立ち上がり、未だおぼつかない足取りで前へと進む。
土を顔へと投げつけられた魔物は思わず片手で目元を覆い、手に持つこん棒をブンブンとその場で振り回している。
「ライト!!」
姉ちゃんが駆け寄ってくる。
俺は足をもつれさせながらも何とかそこへたどり着く。
すかさず姉ちゃんの胸元が近付き俺は抱きしめられた。
「大丈夫?」
姉ちゃんが俺の顔を心配そうに覗きこむ。
「あ、当たり前だろ、楽勝だよ。」
乾いた笑いと震えた声で目には涙が浮かんで来る。
「グガアアア!!」
「早く!!」
ライトの手を取り、ショートは駆け出す。
緑の魔物はそれを追って迫り来る。
このままでは追いつかれる。
そう思った直後、再び魔物へと横から石が投げられた。
今度は先程よりも石の軌道はやまなりで威力も全然ないのか、体に当たっては弾かれる様にしてポテッと下に落ちていく。
それが全く効いていないのは一目瞭然で、それを振り払うこともせず魔物はチラリと石の飛んでくる方向を見やる。
「お姉ちゃんたちから離れろ!!」
レフトが少し離れた所から石を投げていた。
「馬鹿レフトやめろ!!」
俺は思わず姉ちゃんの手を離して立ち止まって叫んだ。
魔物は立ち止まったライトを見て手にしたこん棒を降り下ろそうとした。
「危ない!!」
ショートがライトを庇うようにして飛び込む。
押し倒された俺はその上からこん棒を降り下ろそうとしている魔物の姿が目に入り、
『助けて!!』
と心の中で叫び目をつむる。
「うおりゃああ!!」
「喰らえぇ!!」
と言う声が聞こえて、俺は思わず目を開けた。
ブシュ!!
ブシュ!!
と何かが刺さる音が二回。
そこには魔物の横から剣を突き刺す男二人。
そうゲツとツーだ。
二人の剣は見事にその魔物の腹を貫いている。
「よっしゃー!!」
「はは、一度の突撃で二度の攻撃!!これぞ併殺だ!!」
剣を突き刺したゲツとツーは喜びに顔を緩める。
しかし、
剣を腹に突き刺された魔物は手にしたこん棒で二人を凪ぎ払うようにして振るった。
「うわ!!」
「ぐわ!!」
と吹き飛ばされる様に転がっていく二人。
魔物は一歩下がって、自らに刺さっている剣を見て、おもむろにそれを抜き始める。
ブシュ、と音をたてて引き抜かれ、腹からは緑色の液体が流れ出ている。
カランカランと2本の剣が腹から引き抜かれ、地面へと落とされる。
引き抜いた魔物は特に痛がるでもなく平然としており、腹からは血の様なものが流れてはいるがそれを気にした様子もない。
「うわあああ!!」
遠くでレフトが声をあげながら相変わらず石を投げるが、今度はそれも気にせず、こちらを見た。
『な、何だよこいつ、どうすればいいんだよ』
俺はもうパニクっていた。
助かったと思ったのに、また助けられたはずなのに…
目の前の魔物が一歩踏み出そうとする。
『もうダメだ、今度こそ終わりだ』
俺がそう観念した時、
「逃げてライト!!」
目の前に短剣を構えた姉ちゃんがいた。
『何で…』
俺はさっきも姉ちゃんに助けられた。
そして姉ちゃんに庇われて、また姉ちゃんに助けられるのか…
俺は助けられてばっかりだ。
『お前は男の子なんだからしっかりとお姉ちゃんや弟を守ってやるんだぞ』
「くそおおおおお!!」
俺は姉ちゃんを押し退けるようにして前に出る。
「ライト!!」
ショートはライトに押されて横へと倒れこむ。
「姉ちゃんは俺が守る!!」
両手を広げ、ショートの前に立ち塞がるようにして立つ。
今も足はガクガクと震え、心臓はこれまでにないほどドクドクと強く早く脈打っている。
目の前の魔物は全くそれを意に介する事なく、無慈悲にこん棒を振り上げ、それを降り下ろそうとした。
ライトは目を強く瞑った。
両手を広げたままで。
「フリーズ!!」
そう声が聞こえて、目を開けると今度は目の前の魔物が凍りついていた。
こん棒を振り上げたまま、まるで彫刻の様に動かなくなっている。
「間に合ったわね。」
ライトが後ろを振り返るとそこには手を突き出したエンリがいた。
「よく頑張ったわね。流石は男の子ね。」
エンリはウィンクしてライトにそう伝えた。
【村の外れ】
時はまた少し遡る。
グレンが村の門から出ていった頃。
ここは門とは逆の方向にある場所で、ロンドたちが集まり馬を繋いだ場所。
そこに今、緑の一団の姿があった。
数は11、その内の10は全員緑の肌をしており、手にはなんらかしらの武器を持っている。
服装はそれぞれでボロボロの衣服を纏ったものや腰布だけを巻いているもの、鎧の一部を肌に食い込ませる様にして身に付けているもの。
そしてそのどこかしら肌を露わにしているものたちとは違って灰色のローブを纏っている者が一人。
その者は肌の色も分からず武器も持っていない。
正確には武器を持っているのかどうかすら外見からは判断出来ないというのが正しいか。
既にそこに繋がれていたはずの馬はいない。
いたはずの場所には肉の破片と骨の様なものはバラバラと落ちているが動いている馬はいなかった。
「…殲滅しろ…誰も逃がすな…」
ローブの男はそう告げる。
その言葉が発せられた後、緑の肌をしたものたちは一斉に村へと歩き出したのだった。
ここの所、寝る前にYouTubeを見出すと止まらなくなり寝られません…
なので最近はアニメのオーディオコメンタリーを聞きながら寝てますd(^-^)
でも続きが気になって聞きながら小説を書くと全く進まなくなりますΣ(´□`;)
ほんとラジオや音楽を聞きながら書ける方たちは凄いなと思ってます。




