第85話 『殲滅戦』
第85話
『殲滅戦』
『一気に纏めて俺の魔法で蹴散らすか…いや、それじゃ収まらないな』
俺は今かなり気持ちが荒ぶっている。
怒りとも少し違い、憤りにも似た酷く胸の奥で燻ってうずうずとしているこの感覚。
今すぐに発散したくてたまらないこの症状。
まるでバイクのキーを回してエンジンを吹かせている様なこの高鳴り。
次から次へと厄介事を起こされて、次から次へと心配させられて、極めつけは仲間を、リルルを傷付けられて泣かされて…鬱憤が溜まりに溜まったこの状態…
『魔法1発で終わらせるかよ』
眼前に未だ現れ続けている緑の肌をした魔物たち。
前回村を襲った時は20匹ほどだったらしいが今は優にその数を超えている。
それを見やり、俺はコキッと一度首を鳴らしてから、ゆっくりと左手で腰に差した刀を抜く、無論右手に抜き身の刀は持ったままだ。
両の手の平から魔力を自らの持つ刀へと注ぐ。
両足にも同様にして魔力を注いでいく。
そして徐々に高まっていく俺のテンション。
魔物達は先程俺が切り込んで、飛んで行き、同胞を吹き飛ばされた光景を目の当たりにしたからか、警戒して一定の距離を保つようにして近付いては来ていなかったが、俺が刀を抜いた瞬間身構える様にして、得物を構え、奇声を発していた。
俺ははやる気持ちを抑えながら一度大きく息を吐き出した。
そして、
『レン!行くぞ‼』
『うん‼』
「グレン!推して参る‼」
俺は目の前で一度刀を交差する様にして見せてから、それを両サイドに扇状に広げて足を前へと踏み出した。
みるみる近付いてくる緑の魔物たち。
不思議と恐怖、やられるかもしれない等という概念は一切浮かばず、次第に近付くその獲物に気分が益々高揚している。
真っ直ぐに向かったその先に驚いた表情を浮かべた魔物が迫る。
俺は思わず左右に広げた状態の両手の刀に力を込めた。
その瞬間抑えきれなかった、いや、これまで抑えられてきた魔力が刀から溢れ出る様にして、両の刀から発せられる。
右からは炎、左からは冷気…
前方でギョっと目を見開いていた2メートル程の緑の魔物に向けて踏み込み、右手の刀を横凪ぎに振り払う。
「ゴッ!?」
悲鳴すらあげる前に何が起こったのか理解する事も出来ず、体を真っ二つにされている魔物。
グラグラと揺れ、バランスを崩し、切られた箇所から炎を吹き出して後ろへと倒れていく。
丁度後ろに隠れる様にしていた小さな魔物は上に燃えたままの上半身を落とされて下敷きにされている。
右足に力を込めてその場から跳躍し、空中で一回転して緑の魔物たちの群れのいる奥へとジャンプした。魔物の隙間に入り込む様にしてその頭上から刀を降り下ろす、着地した時には目の前の魔物は縦に真っ二つにされている。
左右に離れる緑の身体。
断面は凍らされている為に、血や体の中身が飛び散ることなく。
至近距離にやって来た敵に困惑しつつも反射的に、いや畏怖を感じてとにかくがむしゃらに得物を振るおうとする魔物たち。
もはや近くにはおいて置きたく無いと魔物たちは感じているのか今はとにかくこの脅威を排除しようと襲いかかる。
そこからはとにかく切って切って切りまくる。
手当たり次第に刀を振るい周りにいた魔物目掛けて斬りまくる。
降り下ろされたこん棒を相手の腕ごと切り落とし、反転する様にしてその胴体を薙ぐ、四方から迫り来る相手を問答無用で斬りつける。
それは演舞と言うよりはただの力業にも等しい。
勢いに乗ってただ斬りまくる。
四方八方迫りくる魔物に向けてただひたすらに刀を振るう。
右にいれば切り裂いて、左に見えれば切り落とし、正面のものを貫いて、後ろのものへととって返す。
ひたすらそれの繰り返し、ほんの数分の出来事。いや実際にはそこまでの時間も経っていなかったかもしれない。
グレンにしてみればただ己の高まりに身を委ねているだけだ。
既に襲いかかろうとしていたはずの魔物も徐々に後ろへと下がっている。
だがグレンにとっては関係ない。
今はこちらに来ようが来まいが斬るだけだ。
しかし周りの魔物たちにとってはたまらない。
何が何だか分からない内に周りの同胞たちが死んでいく。目の前の恐ろしい生き物、いや得体のしれない何かに全て巻き殺されていく。
燃やされるか体を切り刻まれるか二つに一つ。まるで台風の様なそれは触ろうとすれば即死に繋がる。
それが徐々に自分へも近付いてくる。
この魔物たちが恐怖に直面した時取る行動は二つだけ。
逃げるか目の前の恐怖を殺そうと足掻くか。
考えなど無い。
ただ本能で動く。知能があれば交渉や別の行動、命乞いや話し合いが出来るかもしれない。
ただこの緑の魔物にはそれが無い。
相手の力量も分からずただ殺されに行くか、この場から逃げ出すかのどちらかだ。
そして今取る行動は一つだけ。
魔物たちは背を見せ逃げ出そうとするが、グレンはそれすら許すつもりは無かった。
背を見せた魔物へと踏み込み切り捨てていく。
斬りまくって気が付けば、辺りの魔物は一掃し、残りは数匹が逃げようと元来た脇道へと逃げ込もうとしている。
すかさず俺はそれを追い、殲滅する。
数体の魔物を後ろから、小さい魔物は首を刎ね、大きい方へは胴を薙ぐ。
最後の一体を横凪ぎに真っ二つに斬り終えて刀を振り払うと、
「キシャ!!」
上の方から魔物の声が聞こえた。
途端足元へと一斉に小さな何かが這い寄って来ていた。
緑の小さな魔物、見た目はゴブリンだが地を這う様にして四本足の姿勢で俺の足へと噛みついて来ようとしていた。
それはまるで潜んで俺を待っていたかの様なタイミングで四方から一度に低空から跳んできていた。
『誘い込んだのか?』
俺はそれを上へと跳躍しかわした。
下では噛みつき損ねて4匹の魔物が空を仰ぐ、
「キシャ!!」
またも魔物の声が聞こえた。
そこへ更にそれを狙っていたかの様にして1匹が俺の足目掛けて飛んできていた。
「舐めるな!」
俺はそれを空中で刀で突き刺し迎撃する。
腹を刺された魔物は声を上げる事無くジタバタとその身を動かして俺へと手を伸ばし、足掻こうとする。
『こいつ効いていないのか』
よく見ると今までのゴブリンと若干違う様な気がした。
顔が醜悪なのは変わらないが、これまでのゴブリンよりも肌の色がどす黒く、口からは牙の様なモノが突き出ており、目も真っ黒で白目の部分が見当たらない。
俺は突き刺した刀に僅かに魔力を注ぎ、その亜種の様なゴブリンをその内から燃やし始める。
落ちてくるのを狙って下ではタイミングを図る様にして四肢に力を入れて今にも飛び上がろうと身構える4匹がいたが、俺はそのまま地面へと…
着地しない、そのまま串刺しにした魔物を下へと投げ捨てる。
投げ捨てられた魔物は燃えながら4匹の魔物たちへと落下する。
それを避ける様にして魔物は跳び退く。
そこへ俺は下へと刀を向け降下し、着地と同時に眼下の魔物の頭を貫く。
続いて残りの三匹も残らず切り裂く。
すべからず切られ燃やされた魔物たち。
気が付けば辺りは緑の魔物の死体で埋め尽くされていた。大小合わせてその数およそ50以上。
先程切った魔物も合わせれば恐らく60は超えているだろう。
そこまできて漸く俺の鼓動も収まりつつあった。
僅かな時間ではあったが思いっきり剣を振るえて溜飲が下がったとも言える。
しかしバーンの時とは違って物足りなさがあるのは否めない。
『まあゴブリン程度じゃこの位か』
大半はゴブリンかホブゴブリンであり、最後の5匹だけは少し違った様にも思えたが所詮はゴブリン。
数の暴力は脅威ではあるがそれでもこの程度ならまだエクシル村やエナンテの時の方が歯応えはあった。
「あとは…」
俺は木の上を見やってから、ジャンプする。
「グギャ!?」
木の枝の上に隠れる様にしてゴブリンが一匹、驚いた様な声を上げる。
ただそのゴブリンは他のゴブリンとは一風変わった所が一つあった。
目の部分に黒い眼鏡を掛けていたのだ。
鼻眼鏡と呼ばれるこの世界ではいわゆる一般的な眼鏡ではあるのだが、流石にゴブリンが掛けているとは思わず俺は意表を突かれてしまった。
『おい、レン、この世界ではゴブリンも眼鏡をするのか…』
『分からないよ!』
先程木の上からまるで合図をしていたかの様に声をあげていた魔物、それがコイツだろう。
右手には短剣、左手には何か玉の様なものを握っている。
一瞬躊躇するも手にした刀を振り払おうとした瞬間、目の前が突然光に包まれた。
そして光に包まれる瞬間、目の前でゴブリンが何かを投げ出す仕草をしているのが俺の目に入った。
何を投げたかは分からないが、今の方向は…
俺は考える間も惜しみ、目の前のゴブリンは捨て置いて、浮かび上がった状態のまま急いで何かが投げられた方向、ミスティたちの元へと飛んで向かった。
しかし流石に視界がハッキリとしない状態のまま飛ぶのは無理があり、「ミスティ!!」と俺が叫ぶと「レン!!」と言う声がすかさず返ってきたので、俺は声が聞こえた方向を頼りに飛んだ。
何度か頭に枝が当たったりもしたが、返事が返ってきた事にひとまず落ち着いてなんとか地面に着地する。
「レン!!大丈夫!?」
近くからミスティの声が聞こえる。
目を凝らすと意外なほど近くにミスティとその傍に横になっているリルルの姿が見えた。
俺は急いでその場へ駆け寄った。
「そっちこそ大丈夫だったか?」
見た所何かが飛んできて、この場所に被害が出た様には見えなかった。
『さっきあのゴブリンが投げたのは何だったんだ?それにあの閃光弾みたいな光は…』
「うん、大丈夫だよ!!」
ミスティはすぐ傍で眠る様にして横たわるリルルを見てそう言った。
ミスティの額には大量の汗が流れていたが、苦しさは見せず、今は優しい笑顔、ホッとする様な視線でリルルを見ている。
ミスティの事も心配だったがリルルの容態も気になっていたので俺も心底ホッとしていた。
正直これでリルルに何かあったら俺はまたも後悔する事になっていただろう。
恐らくはあの魔法を使ってでも甦らそうとしていたかもしれない程に…
【エンリside】
村長の家の前で鳥を見つけたエンリは慌ててその傍へと駆け寄る。
「スーちゃん!大丈夫?」
「クア?」
とこの場では結構間の抜けた様な返事?を返したスーはエンリの姿を見て、
『まああちしにかかれば楽勝だわさ』
と言っているが、実際には「クワ、クワ、クワワ」みたいな声を発しながら、どや顔をした鳥がエッヘンみたいな感じで胸を張っているようにしか見えず、少し困った様な表情を浮かべながらエンリは、今は黒ずんで焼け焦げた家の方を見ている。
『ボナーロ達は逃げ出したのかしら?それよりも今はこっちか…』
エンリは視線を鳥が後頭部に乗っているローブを着た男の姿へと向ける。
「スーちゃんちょっといい?」
エンリはスーを抱きかかえる様にしてその頭からどかそうとする。
スーはクワッとエンリの手から身を躱し、
『あちしをその身に抱いていいのはご主人だけだわさ』
と華麗に身を逸らした後、『今度こっちで何かあったら任せるからな‼今度エンリたちを危険な目に合わせたら二度と魔力はやらないからな!』という自らの主人に告げられた言いつけを思い出す。
仕方が無いのでスーはとりあえずエンリの肩へと着地した。
今もスーのご主人、グレンの魔力は感じられている。
本当なら今すぐにでもご主人の元へ飛んで行き褒めてもらいたかったのだが、いくらエンリから口添えがあったとしてもこの場で何かあったら絶対にあちしのせいにされるだわさとスーは考えている。
結局エンリの肩に落ち着いた形だが…実際にはスーは何度もミスティやエルザに抱かれてもいる。
エンリは肩に乗ったスーを見てから、再びフードの男へと視線を戻した。
その男の首筋には1本の羽が刺さっていた。
「あなたがやったの?」
エンリは改めてスーを見る。
スーはもうあまりその事には興味が無いのか「クワワワアアア」と大きな欠伸をしていた。
『本当にグレンの言った通り出来る子なのかしら?』
正直に言うとエンリはグレンの言った事を額面通りには受け取っていない。
あの状況ならばこれだとあの時は決断していたが、半信半疑であった事は否めない。
幾ら凄い鳥であっても所詮は1匹の鳥、やっつけてくれとは言ったが実際にそれが出来るかはかなり怪しかった。グレンを信じていない訳では無いが、エンリはスーの実力を見てはいない。
普通に考えればそれは当たり前の事なのだが、エンリはスーの評価を若干自分の中で見直した。
再びうつ伏せになったその男を見やり、まずは拘束しておこうと、ポーチから取り出したのは小さな二つのリングが繋がった様な形状のものをその男の両手を後ろ手にしてからその親指に嵌めて、一言「バインド」と唱える。
エンリが取り出したモノの名は『バインドリング』。
一目で恐らくこの男は魔法を使えると判断したエンリは目を覚ました場合に備えておくべきだと判断したのだ。これは一種の魔道具であり、大まかに言えば魔法を使える者を拘束する為の道具だ。
男に嵌められたリングが少しだけ光を発したのを確認したエンリは、そのままうつ伏せになった状態の男を仰向けに転がす様にして向けた。
男の顔は恐怖に引きつった、まるで信じられない様なものを目にして固まった様な表情をしたまま、白目を剥いていた。
元は端正な顔つきであったのだろうが、今はそれを感じさせない程に歪められていた。
「この男は…」
エンリはその顔を見て驚いた。
歪んだ顔を見て驚いたのではない、いや勿論その事についても『何があったの?』と疑問は感じたのだが、それも一瞬、今はその事よりも、
『何故この男がここにいるの?』
エンリはその男の顔を目を細めて見つめながら考える。
『どうしてここで…』
するとそこへ、
「助けてくれえええ‼」
という悲鳴が、エンリの後ろから聞こえて来たのだった。




