第84話 『救出』
第84話
『救出』
『ミスティがリルルを追いかけて行った』
エルザからその話を聞いた俺は大いに焦っていた。
『グレン!』
レンが頭の中で同様にして焦っていた。
『行くぞ!』
エルザを胸元から下ろして、フォアにエルザを連れてエンリの元へと向かう様に伝えた。
当然エルザは『お兄ちゃんと一緒に行く!』と駄々を捏ねたが、『戻ってきたらお願い聞いてやるから我慢してくれ』と伝えて何とか言い聞かせた。
『絶対だよ‼』と渋々ながらに了承してくれたエルザを置いて、俺は門を出てリルルたちの元へと向かうべく、駆け出した。
後ろで門が閉じていくのを走りながら確認した俺は、そのままエアムーヴで飛び上がった。
それほど高くではないが、上から見た方が早いと判断し、数メートル程浮かび上がった。
眼前にはこの村に来た時の道とその両サイドに広がる森が見える。
そのまま高度を維持し、その方角へと向かって俺は飛んだ。
『あれか』
視界の先に森の道の奥から歩いてくる緑色の一団を見つけた。
俺は素早くそのまま滑空する様にして、その一団へと速度を緩めずに向かって行った。
【リルルside】
「りゃああああ!」
踏み出したリルルは声を上げながら眼前のホブゴブリンに上段に剣を構えたまま突き進む。
ホブゴブリンはそれに対して同じく上段から勢いよくこん棒を振り上げて迎え撃とうとしている。
振り下ろそうとしているこん棒よりも一瞬早く射程内に到達したリルルは、上段から剣を斜め上から袈裟切りの要領で振るってその腹を切りつけた。
「グガアアアア‼」
リルルの渾身の一撃を腹に受けたホブゴブリンは切られた腹から血を流し、後ろへと倒れ込む。
しかし力を込めて放ったリルルは剣を下へと振り切っており、その直後脇から現れたホブゴブリンに対処出来なかった。
「リルル‼」
ミスティが思わず悲鳴に似た声を出してその名を叫ぶ。
『しまった』という意識に囚われながらもリルルは自らに迫る大きな拳を必死に剣で受け止めようと反射的に身構える。
何とか剣の平で受け止める事には成功したが、勢いを殺す事は出来ないままに、そのまま大きく横合いへと吹き飛ばされる。
「がっ!」
またも地面に打ち付けられてから転がる様にして飛ばされた。
しかしここで倒れる訳にはいかないと転げた直後、すぐさま態勢を立て直して、正面へと剣を構えてから、殴りつけられたホブゴブリン目掛けて特攻する。
剣で受けたからと言ってもかなりのダメージが残っている。
「ああああああ!」
と自らを鼓舞する様に再び声を上げてがむしゃらにその剣を突き刺そうと前に出るも、一歩先へと踏み出した直後、横から脇腹に強い衝撃を受けて軽くバウンドする様にして飛ばされながら転がっていく。
横からもう1匹のホブゴブリンが足を蹴り上げていた。
嘘みたいに自分の方へと吹っ飛ばされて転がって来るリルルを見ていたミスティは、慌ててそれに駆け寄る。
「リルル‼」
がはっ!と口から血を吐き出し蹲ったままのリルルの傍へと駆け寄ったミスティは回復魔法を掛け始める。
「お、お願いします、ミ、ミスティ様、お逃げ下さい‼」
ゴホゴホッ‼と激しい咳き込みを抑えきれず、またもリルルが地面へと血を吐き出す。
「ダメだよ!絶対に逃げない!リルルと一緒じゃなきゃ私はここに残る‼」
必死に両手をかざして回復魔法をかけながら、ミスティは首を左右に振っている。
「後生です‼せめてあなただけでも!」
リルルは四つん這いの状態になりながら、張り裂けんばかりのありったけの願いを込めて大声で叫んだ。
そう言葉にした直後にリルルの蹲る視界の端に緑色の足が映った。
あれだけの勢いで飛ばされたにも関わらず剣は手放さなかった自分に少しだけ誇りを持ち、口元を僅かに吊り上げたリルルは振り返る間も惜しんで、身体を起こすと同時に剣を握っていない方の手でミスティを大きく突き飛ばす様にして押し出す。
そして目の前に近付いて来ていたホブゴブリンの足へとその剣を突き刺した。
「ギャ!!」
突き刺されたホブゴブリンは自らの足に刺さった剣を見ながら痛みから逃れる様にして、もう片方の足でリルルを思いっきり蹴飛ばした。
リルルはそのまま吹き飛ばされて今度は木に背中から激突した。
「ぶっ‼」
と大きく口から血を吐き出しながら倒れ、前方に項垂れる様にして木に身を預けている。
幸いかどうかは分からないが背中からぶつかったおかげで頭への衝撃がそれほど無かったからなのか意識だけはまだ残っていた。
僅かに残る意識の中、右手の方ではミスティが叫んでいる姿が見える。
その近くで足に剣を刺された緑色の魔物が蹲っている。
そして眼前には近付いて来るもう1匹の魔物。
身体はもう痺れて動かない。
かろうじて意識を保ってはいるが、それも時間の問題だろう。
『ミスティ様お逃げ下さい、せめてあなただけでも…』
そう思った直後、自分の頭を握られる感覚が襲う。
ガシリと握られ、そのまま宙に体ごと引っ張り上げられている。
だらんと手と足に力が入らずなすがままという姿勢で。
閉じかかった目の先には醜い顔をした緑の魔物の姿が目に入る。
ニタァとしたいやらしく歪んだその表情で少し小首を傾げた様な仕草で自分を見ている。
『ここまでか…グレン殿会いたかったな…』
そう思った直後、ゴウッという音と共に一陣の風が吹き、自分の体が大きく横から攫われる様な感覚がリルルを襲った。
次の瞬間抱きかかえられる様な形でズザザザザという滑る音が聞こえた後、
「大丈夫か?」
今本当にリルルが心の底から待ち望んでいた声が聞こえた。
これは夢なのかと思える程の喜びが生まれ、今にも意識が飛びそうな中でハッキリと聞こえたその声はたとえ幻聴であったとしてももう抑えきれなかった。
リルルは痛みも忘れ、ただ目の前の存在に触れたくて、自分の中に残る力の限り抱きついてその名を呼んだ。
「グレン‼」
涙を浮かべて抱きついたその存在は幻では無く、現実で、埋めた胸には暖かさがあり、しっかりとその存在を感じられる。
頭を優しく触れられたその感触の後、
「…よく頑張ったな、後は任せろ。」
そう声が聞こえ、心から安心したリルルはそっと意識を手放した。
【グレンside】
緑の軍団に向けて滑空した俺は先頭にいるゴブリンよりも2サイズほど大きな化け物を視界に入れてから右手で腰の刀の柄へと手を伸ばす。
俺を目にした魔物たちは驚いている様で『グギャ?』という声を上げている。
見た所こいつらが村へと向かっている魔物だと確信し、後ろにもいる化け物どももここで今殲滅するべきだと俺は判断する。
俺は目の前にいるその魔物の首を魔力を込めた刀で一閃し、すれ違いざまにぶった切る。
面白い様に飛んで行く魔物の頭を尻目に、俺は前方に視界を移す。
速度は落としていたが、目の前にいる魔物を縫う様にして自らの身体を動かしつつ、刀を魔物の首元に振り込んでいく。
何匹か小さな魔物の姿も視界に入ったが、今はスルーだ。
とりあえず今は大きい方をと、宙に体を浮かせたまま、まるで斬り躍るかの様にして刀を振るう。
一旦速度を落とし、魔物の肩を土台にしてジャンプし、宙を回って回転しながら刀を振るう。
次に俺目がけて振り回してきたこん棒の様なものを躱して刀を振るう。
相変わらず「キシャー」とか「グギャアアア」といった耳障りな声が聞こえる中、俺は刀を振りまくった。
7匹ほど切り殺した後で、声が聞こえた。
今も上がる魔物の悲鳴や断末魔とは違った声。
その方向へと顔を向けて、反転している俺の視界の先に何かが見えた。
「くそがっ‼」
俺はそれを視界に捕らえた瞬間、横の魔物の顔面に刀を突き刺し、身体を反転させて発射台にする様な形で魔物の胸元を両足で蹴ると同時にその方向へと飛び去った。
俺の視界の先には緑色の化け物が片手を上げて掴み上げている人の姿がある。
俺はそのまま真っ直ぐにその場所へと飛んで行く。
左手に刀を持ち変えて、その化け物とその掴まれた人との間をすり抜ける様にして割って入る。
すれ違いざまに左手の刀で化け物の腕を切り落とし、右手で掴まれていた人の体の腰辺りを抱える様にして振り返る。
滑りながら後ろ向きに着地して抱き抱える様な姿勢のままその顔を見る。
驚いている女の顔だ。
まるで信じられないと言った表情を浮かべた後、目に涙を浮かべていた。
「大丈夫か?」
俺は一言そう声を掛ける。
それを聞いた直後リルルは俺の名を呼び、抱きついて来た。
『怖かったんだな、騎士と言っても女だもんな』
俺は刀を再び右手に持ち替えてから、左手でリルルの頭を優しく撫でた。
「…よく頑張ったな、後は任せろ。」
俺がそう声を掛けると、ゆっくりと笑顔を浮かべたまま瞼を閉じた。
「グレン危ない‼」
ミスティの声が上がる。
グレンのすぐ右脇、先程リルルに足を刺されて蹲っていたはずの魔物が、剣を足に刺された状態で中腰に起き上がって、両手を組んで上から振り下ろそうとしていた。
「ガアアアア!」
とその両拳を振り下ろそうとした瞬間、
「黙れ‼」
俺は右手でそちら側へは顔を向けずにただ刀だけを振るう。
「グガッ⁉」
『あれっ⁉』みたいな感じで出された声の後、魔物の足は横へとずれた。
片足を失った魔物は態勢を崩して両手を組んだ状態のまま斜め前、グレンの丁度すぐ脇の場所へと倒れていく。
「邪魔だ!」
俺は刀を握ったままの右拳で、倒れ込んできたその魔物の顔面が近付いて来たところへとぶちあててその拳を振り抜いた。
当然魔力は込めてある。
拳が顔面にクリーンヒットした魔物は冗談みたいに飛ばされていく。
ズドンと言う音が響き、頭から後ろの木へと真っ直ぐに突っ込んでぶち当たってから止まった。
「グレン‼」
ミスティがこちらも泣きそうな、いや少し泣いた状態で近寄ってきた。
「悪かったな。」
俺はミスティの姿を見て元気そうで良かったとホッとしていた。
見た所それほど大きな怪我も無く無事な様だ。
「全くもう‼遅いよ…」
ポカポカと泣きじゃくる様にして俺の背中を叩いている。
『相変わらず可愛すぎだな』
「いや、ミスティすまないが、リルルを頼む。」
抱いたままのリルルを寝かせる様にミスティの前へと下ろす。
俺はリルルの姿を見て、自らの魔法を唱えるべきか迷った。
「ミスティ、リルルを助けられるか?」
「うん!絶対治して見せる‼」
ミスティは瞳を滲ませながらも真剣な表情でリルルに回復魔法を掛け始める。
『万が一の場合は考えるが今はミスティに任せよう、俺は俺の仕事をするか』
「さてと、礼をしなきゃな。」
俺は振り返って魔物の群れを見て、不敵に笑って見せた。
【エンリside】
「なるほどね。」
エンリは今家の中で縛り上げられた男に話を聞いていた。
二人は気絶した状態のままだったが、残りの一人は意識があり、縛られた状態でエンリに話を聞かれていた。
より厳密に言えば脅されていた。
初めは『誰が仲間を売るもんか』とか『お前らに話す事なんてねえ』とか喚いていたのだが、エンリははあとため息を吐いてから、「ごめん、ショート、さっき渡したお守りを貸してくれるかしら」と言い、それを受け取ったエンリは縛られた状態の男へと近寄り、男の耳元で、
「仲間を切られるのと、あなたの息子を切られるのとどっちがお好みかしら?」
と甘い声で囁いたのだ。
当然男は脅しだろうと思い、「ふ、ふざけるな!だれがそんな事で喋るもんか‼」と声を荒げたのだが、
「あら、別に切り落としても生きてはいけるわよ。それとも試してみましょうか。」
と男の下半身辺りを舐める様な視線で見ながら平然と言ってのけたのだ。
男は血の気が一気に引いて喋らざるを得なくなった。
周りにいた村長や村の男たちも同時に股間を抑えて震えあがっていたのだが…
レフトとショートだけは『カッコいい!』とか『御姉様‼』とか憧れの眼差しを向けていた。
男の話を聞いて、大方の状況を把握したエンリは、
「それじゃあなたたちはここで見張っていてもらえるかしら。わたしは一旦…」
そう言っている間に…
「火事だあ‼」
と言う声が家の外から聞こえて来た。
慌てて家の外に出たエンリが目にしたのは村長の家の方角から火が上がっている所だった。
『しまった!』
急いでエンリは、
「みんなここにいて頂戴‼」
そう言い残して、村長の家へと向かう。
『まさか火を放ってくるとは、最悪ボナーロ達が逃げる事くらいは予測していたけど、スーちゃんは大丈夫かしら』走りながらそんな心配をしていたのだが…
村長の家に着いたエンリが見たのは、既に鎮火し、全焼とまではいかないが、半焼に近い様な状態の黒ずんだ家の残骸とその前にうつ伏せに倒れるローブ姿の男。そしてその男の頭の上に乗っかっている鳥だった。
あんまし寝てまてん( ̄q ̄)zzz




