第83話 『作戦その3』
ストック連続放出です。
とりあえず頑張ります…とりあえず…その前に…寝ます…
第83話
『作戦その3』
ロンドの当初の計画、いや、この村で立てた作戦においては…簡潔に言えば、仲間をうまく誘導し、二手に分かれさせて一方に意識を集中させている間にボナーロ達をまとめて始末し、金を奪ってトンズラするという事。
今回の誤算としては相手の戦力、正体がハッキリと分からなかった事とその陽動に思い通りに上手くかかってはくれていなかった事。
陽動作戦が失敗した時点で既に見限る必要もあったのだが、今思えば変に契約書などに拘らずいち早く金だけ確保してから、その後で纏めて葬ってしまうべきだったのだという事だ。
ロンドが今回以前から考えていた事を実行に移そうと考えたのは、村から信号弾が上がったのを見た時だ。
以前から考えてはいたのだが、実際にここで今決行しようと決意したのはその時。
この事が無ければ、村で合流してから、金を確保した後に酒でも飲ませて眠らせた後、纏めて殺すか、騙して殺してから焼き払うかと何れにしても殺すつもりではあったのだが。
下手に追ってこられても面倒だし、自分が姿を消すのにもその方が都合が良かったからだ。
ただここに来る事になる前までは実際にそれを決行するタイミングはもう少し後にするつもりだった。
エグザイルの町で待機していた時に、交渉先へと向かわせていた仲間二人が予定を過ぎても戻って来ず。
彼らの一人に持たせていた『命の行方』という魔道具が壊れた事で彼らが死んだ、正確にはロコという盗賊の男が死んだという事が分かり、その事をボナーロ達へと報告すべく村へと向かっていたのだが、その時点でこの団に見切りをつけていた。
『あいつらにやられたって事は恐らくもう潮時だ、後はうまいこと金を奪っておさらばすべきだな』と。
ロンドは村へと向かう最中、決行するのを数日前にするべきだったかと後悔していた。
やるならばあの村を襲った直後にしていればと。
町で待機していたのにも当然理由があった。
次に町が魔物からの襲撃を受けた際、それを追い払った様に見せかけ、無茶な要求を突きつけ金を巻き上げたりする為だったのだが、ロンドはそれを最後に先程の計画を実行する予定だった。
最後の襲撃のどさくさまぎれに金品を奪い、村に集めてある金もまとめて持ち逃げするつもりで算段を組んでいたのだが、今回の件で一応はそれが早まった形だ。
最後の仕事だと決めていたのだがそこまでの猶予があった分裏目に出た、下手に欲を出さずに切り上げるべきだったのだと。
ロンドはすぐ脇に落ちていた血に塗れたままの短剣を横目に鳥を見た。
まだこちらに気付いていない。
今ならばと、ロンドはそれまで気を失っている様に見せる為、息を潜めて動かないでいたが、ここを契機と見て上体を素早く起こして短剣を拾う。
そして一連の流れで転がる様にしてその短剣を鳥へと投げつける。
その行方を確認するまでも無く部屋の入口に向けて飛び込んだ。
「キュイ!」
スーは投げつけられた短剣を羽を交差させ防ぐようにして弾き返す。
薄い障壁の様なものを自らの身に纏わせ、無傷でそれをやり過ごす。
『効かないだわさ!』
すかさず、入り口へと転がり込もうとする人影に向けて羽を広げる様にして自らの羽を数本ほど飛ばす。
ロンドは飛び込む際に既に何かしらの反撃がある事は予期しており、
「ウィンドウォール、ウィンドウォール、ウィンドウォール」
と態勢をすぐさま立て直した後に3連続で魔法を唱えた。
鳥との間に即座に風の障壁が張られる。
先程あっさりと破られた障壁だが3重ならばと展開したのだ。
普通の矢程度であれば1つでも充分な強度ではあったが、スーの羽はその障壁をあっさりと2枚破り、3枚目でようやく止まった形だ。
3枚目も続く羽に破られてはいるがそこで何とか勢いだけは殺せた格好だ。
もとよりロンドはそれで反撃をしようとした訳では無い。
相手がどの程度の力を持っているのか分からないのでいわばただの時間稼ぎだ。
今はこの場からいち早く逃げる事が先決だ。
もはや金を奪って逃げる事は諦めて今はまずこの部屋から、この家から逃げる事を優先していた。
障壁を破られる事も前提に入れて羽を防いだ直後には、部屋の廊下へと逃れていたロンドは後ろを振り返る事なく、右手に見える扉へと突撃した。
扉を破って転がり込む様にして外へ飛び出したロンドは、振り返りざまに、
「ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール‼」
繰り返し手を、自らが飛び出てきた扉へと向けながら矢継ぎ早にそれを叩き込む。
連続して火球が家の中へと放り込まれる様にして繰り出される。
そこにはロンドを追ってやって来ていたスーが羽で自らを守る様にして受け止めている姿がある。
「ウィンドネクスト‼」
ロンドはその姿を目視するよりも早く、既に魔法を唱えていた。
『ウィンドネクスト』
ロンドの持つ最大の魔法の一つ。
風を旋風の如く吹かせて相手を吹き飛ばす魔法。
瞬間的にだがかなりの風速を起こし、風を巻き起こす事が可能な魔法で風の適性によってその威力も上がる。
ロンドは火と風に適性を持つ魔法使いだ。
ロンドはそれほど威力の強い魔法は使えないが、この魔法ともう一つの魔法にだけは確固たる自信を持っていた。
凄まじい風が扉の中へと吹き荒れる。
空中にいたスーにもその余波は襲い掛かる。
先に飛んでいた火の玉もその勢いによってかき消されていく。
だがスーはそれに押される事なくその場で同じ姿勢のまま耐えている。
「喰らえ‼ファイヤーエミション‼」
ロンドは勝利を確信したかの様な笑みを浮かべて未だ痛みの残るはずの頬骨を動かしながらそれを唱える。
恐らく痛みはあるのだろうが今はそれも大量のアドレナリンにより薄れている様だ。
何より先程からロンドにとっては大量の魔力を消費しており、余裕など微塵も無い。
今は必死になって全ての余力を魔法に集中させている。
『ファイヤーエミション』
ファイヤーボールの上位版。
より正確に言えば火球のファイヤーボールに比べてこれは直上に伸びる火炎の様なものだ。
火炎放射の様なものと言えば分かりやすいだろう。
ロンドはこのファイヤーエミションと風の魔法との複合によって更に威力を上げる事に成功している。
元来火と風の魔法の相性はいい。
火と水、風と土、といったものは相性が悪いがその逆もまた然りである。
ロンドにとってこれは切り札であり、この二つの魔法を組み合わせて放つ事で相乗効果を発揮させている。
あらん限りの魔力を込めて魔法を放つロンド。
風の魔法と相まって家の中は放たれた火で轟轟として燃え盛っている。
魔力が尽きかけたロンドは後ろへと腰をついたまま後ずさる様にしてから、腰のポーチからポーションを取り出し、自らの口に含む。
今も顔の全体と首の付け根辺りが酷く痛んでおり、ポーションの味も気にしていられない程の状態だ。
そして家から逃げ延びて、今目の前に燃え盛る炎に包まれた家を見て、テンションだけは上がっている。
急いで飲み干したポーションの瓶を投げ捨ててから、
「ぷっ、ふ、ふはっ!ふはははっ、あはははははははあ‼ざまあ見ろ!鳥の分際で僕に逆らうからこうなるんだ‼」
燃え盛る家を見て自分の勝利を確信したロンドは大声を上げて笑い出す。
しかし…
燃え盛る家の中からピカーっと光が見えた瞬間、
「えっ⁉」
ロンドの笑い声が止まった。
燃え盛る炎の中からまるで不死鳥の如く浮かび上がってくる鳥が1匹。
家の扉があったその部分の周辺を叩き壊す様にして現れたその鳥は輝かんばかりの光を発しており、その大きさも先ほどの鳥とは比較にならない程の大きさをしていた。
「なっ‼」
ロンドは驚きのあまり動けずにいた。
本当なら一目散に逃げだしたかったのだがその衝撃に目を見開いた状態で動く事が出来ない。
『やれやれ、折角ご主人から魔力を貰ったのにもう使う事になるなんてついてないだわさ』
「キュイー!」と一声挙げたその鳥は空中に浮かんだまま広げていたその翼をバサッと風を起こす様にして軽くふるった。
するとそのたった一羽ばたきで周りの炎は瞬時にして消え去った。
まるで手品の様に一瞬にして…
巻き起こる風も一瞬にして消え、後には燃え盛っていたはずの家が吹き飛ばされる事なく、絶妙な力加減でその炎だけを掻き消されていた。
「な、なん…」
『な、なんだこの鳥は!嘘だろ‼有り得ないだろう‼』
ロンドは目の前のその光景に言葉を上手く発する事も出来ず頭の中では今も全力で逃げろと最大級の警告がなされているにも関わらず、首を左右に僅かに振ってじりじりと後ろに後ずさる事しか出来ない。
身体がうまく動かせないロンドは目の前の光景から目を逸らせずにいた。
『さてと』
「キュイ」
その鳥は一声そう声を発し、ロンドを見る。
「ひっ‼」
鳥と目が合ったロンドはまさに蛇に睨まれた蛙。
いや、鳥に睨まれたミミズ状態かもしれない。
立つことも出来ず、這う様にして金縛りに合っていた身体を何とか逃げるんだと捩らせ、背を向けた瞬間、首元に何かが刺さったと感じた瞬間に、その意識を手放したのだった。
【リルルside】
リルルたちは今追い込まれていた。
後ろにはミスティ、前方には剣を構えるリルル。
更にその眼前には緑色の肌を持つ魔物の集団。
その数はもはやホブゴブリンたちだけは無い。
対峙こそしているものの、勝てる要素はまるで感じられず、今すぐにでも襲い掛かられようものならすぐに決着がつく。
いまやリルルたちの前には数十匹の魔物たちがいる。
次の瞬間にでも自分は死ぬのだろうかと実感させられるのには充分な脅威だ。
「ミスティ様、お願いします。今すぐこの場をお離れ下さい。」
リルルは剣を構えたまま視線を正面に据えて、ミスティに顔を向ける事無くそう告げる。
若干声が震えた様に聞こえるのは気のせいではないだろう。
今も痛む腹と背中、その痛みが無くとも額の脂汗がひく事は無かっただろう。
「そんな!無理だよ‼」
ミスティはリルルの後ろから絶望的とも思えるその光景を見ている。
何故かそのまま襲い掛かって来ないホブゴブリン達。
しかし続々と後ろからも現れている緑の集団。
横で転がっている馬は何とか体を起き上がら様としている。
そこへ煩いとばかりに、こん棒を振り下ろし、止めを刺すホブゴブリン。
頭を割られて声を発する間もなく息絶える馬。
「あっ‼」
と声を上げたミスティ。
「お願いします‼」
リルルは今も額に汗を垂らしながら剣を構えつつミスティに再度そう投げ掛ける。
『このまま切りかかっても何も出来ない、せめてミスティ様が逃げるまでここで少しでも足止めしないと』
もはやリルルに出来る事はここでこうして剣を構え、こちらにやって来た魔物をほんの幾分かでもくい止める為に盾になるしかなかった。
勿論出来る限り抵抗はするつもりだが、勝機はゼロと見ている。
今もこうして対峙している状態が次の瞬間には崩れ去る事を理解しながら、
「お願いします!今ここであなたに何かあってはグレン殿に顔向けできません!どうか、どうかお願いします‼」
渾身の思いを乗せて振り返らずにリルルは訴えた。
「分かった…」
ミスティは観念した様な声音でそう告げる。
それを聞きリルルは心底ホッとしていた。
恐らく、いや間違いなく自分はここで死ぬのだろう。
だが無駄死にでは無い。騎士としてこの方をお守りして自分は死ねるのだと。
大した力を持たない自分でも誰かを守る為死ねるのだと。
そう思うとそれまで辛うじて立って剣を握っていた自分に力が漲ってきた。
より握る剣に力を込め、それに伴って腹や背中が痛むが気にはならない。
グッと歯を噛み締めてより強い覚悟を持って眼前の敵を睨む。
依然として先程の緑の魔物たちはこちらを見ていたが、後ろを歩いて出てきている他の魔物たちはその歩みを止める事無く村の方へと向かっていた。
『囮としては失敗ね』
それを見つつもリルルは今の自分の役割を忘れてはいない。
今は自分はミスティ様をお守りする、逃がす事だけを考えるべきだと。
そう意を決していた彼女の背中がほんのりと温かみを感じた。
思わず後ろを振り返ろうと顔を動かそうとするリルルに、
「動かないで‼」
ミスティの声が聞こえ、急いで視線を正面へと戻す。
「ミスティ様何を‼」
正面を向いたままリルルは声を投げ掛ける。
背中から広がるその温かみは次第に腹へと伝わり、その痛みを和らげてくれている。
「ここでリルルと一緒に戦うわ。」
ミスティはリルルの背中に手をかざしながら答える。
「ダメです‼」
即座にリルルはそれを否定する。
「いや!逃げるなら一緒に逃げなきゃ意味が無いから‼」
そうミスティが告げた直後、目の前にいたホブゴブリンがこちらに近付いて来る。
それまで見ているだけだったその緑の魔物は歩き出して、それに続く様にして後ろからも2匹の、合計3匹のホブゴブリンたちがこちらに近付いて来ていた。
リルルは先頭を歩くホブゴブリン目がけて踏み出す。
もはやミスティに声を掛ける間も惜しんで、背中に僅かに残った暖かい光を感じながらも剣を振りかぶり向かって行った。
【エラル山麓の洞窟】
時は少し遡る。
グレンたちがライト兄弟と会って、エンタ村へと向かっている最中。
ここはエンタ村とエグザイルの町とほぼ同程度の距離に位置する山、エラル山と呼ばれるその麓にある洞窟の中。
その洞窟の中の一つの空間で男は呟く。
「デッドリーフューチャー」
男の前には長方形の石壇の上に寝かされる様にして男が一人置かれていた。
その男は体の数カ所から血を流し、既に息はしていない。
口からも血を流し、顔は蒼白で精気は微塵も感じられない。
薄暗い空間で僅かに洞窟の壁に掛けられた明かりを発するランプの淡い光がその顔を浮かび上がらせているだけで、その前に立つローブを全身に纏い、顔を覆っているその男の顔は全く伺う事が出来ない。
ローブの男の手から黒い靄に似た霧が発せられ、その男の体を覆う様にして纏わりついていく。
途端、ビクッと体を動かした男の体は徐々にその全身の様相を変えて行く。
身に纏っていた鎧や衣服を突き破る様にして隆起していく筋肉。
それに耐え切れずに露わになる肌の色は緑色に変色している。
口からは唾液と共に「ぐごあああああ」と言葉にならない嗚咽にも似た声が漏れ出て来る。
「キシャシャ、ヨロシイデスカ」
そこへローブの男の後ろから緑色の肌をした醜い生き物が姿を現し、声を掛ける。
「…なんだ…」
ローブの男は振り返らずに呟く。
「シャシャ、ツギハドウシマスカ」
見た目はゴブリンとも言えるその生き物はローブの男に近付いた。
「…村を襲え…皆殺しにしろ…」
男はまるで感情を出す事なくそう呟く。
「キシャ!ワカリマシタ、ドノクライツレテイキマスカ」
嬉しそうにして顔を歪めながらそのゴブリンの様な生き物は問い返す。
「…任せる…好きにしろ…」
男は相変わらず振り向く事無くそう告げるのだった。




