第80話 『転回する場面』
連続投稿です。
ちょっと次まで間が空くかもしれません。
第80話
『転回する場面』
「キシャー‼」
「グギャ―‼」
現れた緑色の魔物たちは小走りに横の道からリルルの前に広がる様に展開して姿を見せた。
手にはこん棒の様なモノを持ち、腰には獣の皮で作ったと思われる腰布を巻き、その醜悪な顔を歪ませながら警戒している様だ。
既にリルルの前方には5匹の緑色の魔物がその姿を見せている。
ここは村に来る時にも通った道で、ある程度の道幅もあり、視界も開けてはいるが魔物たちはその脇の森の方へと続く道からやって来ている。
「ゴブリン!」
リルルは現れた魔物を見てそう口ずさむ。
目の前に現れた魔物は見た目は普通の所謂ゴブリン達だった。
予想していたものとは違っていたがある意味リルルにとってはこれは僥倖だ。
例え数が多いとしてもゴブリン程度ならば自分でもとそう思ってしまっていた。
リルルは剣を素早く抜いて先頭のゴブリンへと有無を言わさず切りかかった。
警戒していたゴブリン達はリルルの剣を見て、大きく散開してそれを躱そうとする。
「グギャアアア‼」
先頭にいたゴブリンは右へと身を動かし剣を躱そうとするが、思いの外早く切り出されたリルルの剣を肩口に受けて斜めに胸部にかけて切り裂かれる。
リルルはその直後、右手から襲い掛かるゴブリン目掛けて剣を素早く目の前のゴブリンから抜き、横なぎにして振り払う。
見事右手からこん棒を振り上げて来ていたゴブリンの胴体を切り裂く。
斬られたゴブリンは腹から緑色の血を吹き出し後ろへと転がる。
次に後ろへと回り込んでいたゴブリンが同じくこん棒を振りかざして飛びかかる様にしてリルルに迫るが、
リルルは横なぎに振るった剣をそのまま突き立てる様にしてその後方のゴブリンへと向ける。
「ガギャ!」
再びゴブリンの腹へと突き刺さった剣で悲鳴を上げさせる。
『いける‼』
リルルは自分の中でこれならばと大きく頷いていた。
剣の切れ味も以前リルルが騎士団に所属してから使っていた剣よりも数段増している様に感じられた。
そしてここに至るまでの間にグレンにも稽古の様なものを受けていたのが功を奏したのかもしれない。エステルの町を出てからたった数日の間ではあったがグレンにお願いして訓練をしてもらっていた。
訓練と言っても食事が終わった後に何度か剣を打ち合わせてもらった程度だがそれでもリルルにとっては大きかった。
騎士の模擬戦に比べれば、より実戦的で素早いだけが取り柄だった自分に色んな事を教えてくれたものだった。元来騎士の模擬戦などは形式的なものが多く、型や演武とまではいかないが見せる様な目的の試合が多く、あまり実践的では無かった。
だがグレンとの訓練はどう切るか、どう相手を殺すかがメインのものであり、人ではない魔物に対してはとても有効的なものであったとリルルは解釈していた。
『残り2匹』
そのまま剣を突き刺したゴブリンを投げ捨てる様にして左手に見えたゴブリンへと投げつける。
左手にいたゴブリンは驚きと共にその投げつけられたゴブリンをその身に受けて倒れる。
すかさずもう1匹を仕留めようとリルルは残ったゴブリンを探すが、そこにいたと思っていたはずのゴブリンは見当たらず、一瞬視線を彷徨わせる…
ふと視線をゴブリン達がやってきた森の脇道へと移すと、そこには1匹のゴブリンとその後ろからぞろぞろと出て来る大きな巨体。同じく緑色のその化け物は今のゴブリン達と同じ様な容姿ではあったがその体格は2倍から3倍近くはあり、明らかに自分よりも大きな魔物。
3匹のホブゴブリン達だった。
『くっ!』
心の中で噛み殺すように呟いてから、
リルルは即座に足元に倒れていたゴブリンへと剣を突き立てる。
「グギャ‼」
とまたもカエルを引き潰した様な断末魔が聞こえた後、
ブンという風切り音がリルルの耳に聞こえた。
目の前に近付くその音に条件反射的に身を横へと躱し飛び退く。
その直後に頭のすぐ横を大きな木材が飛んでいった。
転げる様にしてから立ち上がったリルルに上から何かが振り下ろされている。
顔を上げたリルルは目前に迫るものを感じ、咄嗟にそれを剣で受け止める。
剣の平たい部分で受け止めたそれは重く、咄嗟に両手で受け止めなければとても受けきれなかっただろう。
しかも恐らく前に使っていた剣であれば折られてしまっていたかもしれない程の衝撃だった。
ドンという音が身体に響き、それを受け止めたリルルの体に衝撃が走る。
思わず「うっ!」と声を漏らしたリルルだったが何とかそれを受け止める事に成功した。
そこには大きなこん棒を振り下ろし、ニタァといった醜悪な笑みを浮かべたホブゴブリンの姿があった。
そして更に横からは先程のゴブリンが迫って来ている。
動けない状態からリルルは受け止めた状態のこん棒を上へと押し退けるようにして剣を両手で跳ね除ける。
僅かに上へと浮かされたそのこん棒は再びリルルに向けて振り下ろされようとするが、その浮いた一瞬の間にリルルは身を横へと転がり込ませる。
そしてこん棒が振り下ろされたその先にリルルの姿は無く、代わりにそこへと飛び込んでいたゴブリンへと振り下ろされた。
「ギャ!」
と頭を潰されたゴブリンが悲鳴を上げきる前にそのこん棒に叩き潰されていた。
転がった先で膝をつきながらも態勢をいち早く整え剣を構えるリルル、息を切らせながら視線を張り巡らせる。
見るとその先でネチャっと粘着質な音をたててこん棒を上に引き上げているホブゴブリンと、更にその脇からゆっくりと近付いてきている2匹のホブゴブリンたち。
額に汗を滲ませながらそれを見て、震えが来ていたリルルは唇を噛み締め耐えていた。
しかしそれに追い打ちをかける様にして見えたのは、その後ろから更に2匹のホブゴブリンの姿だ。
計5匹のホブゴブリンの姿を確認したリルルは絶望にも近い意識に囚われながらも、決意を込めて立ち上がった。
『ここでこのまま戦っても時間稼ぎにすらならないかもしれない』
後ろへと後ずさりながら思考する。
考える間などもう幾分も無いのは分かっているが、それでも歯を噛みしめながら必死にどうすべきかを考える。
『後ろへ戻る訳にはいかない』
今来た道を引き返せばそれこそ村へと向かわせる事になる。
私はここに何をしに来た?
『そう、囮だ』
リルルは近寄って来るホブゴブリンに向かい走り出す。
目の前に立ち塞がる巨体はリルルに向けて手にしたこん棒を振りかざす。
リルルは横へと躱して、剣を振るうのではなくそのまま横を駆け抜けていく。
しかしその先にもホブゴブリンが立ち塞がっている。
それをリルルは剣の柄を胸元に押し当てるようにしてその剣先を緑色の巨体へと向けて走り寄る。
それを見た前方のホブゴブリンは上からではなく、横なぎにする様にしてこん棒を振り払ってくる。
スピードを緩めず突き進むリルルはそのまま横なぎに振るわれるこん棒を横目に見つつも更にますっぐ進んで行く。
自分の頭に近付くこん棒が、自分の剣よりも早く到達する事を感じたリルルはそのままこん棒を上体を反らす様にして仰け反って、躱し、そのまま足を滑らせる様にしてホブゴブリンの股の間をすり抜けた。
スライディングの様な姿勢から股をすり抜ける際、ついでとばかりに剣で片方の足を切りつけていた。
「グガッ!」
という声を上げたホブゴブリンはそのまま前のめりに膝をついて屈み込む。
勿論足を切り離すほどの傷は与えられず、切り傷を与える程度で精一杯だったが、今はそれで充分だ。
リルルはそれを確認する間も惜しむ様に、そのまま起き上がり走り出す。
ホブゴブリン達に背を向けて、村とは反対の方角へと。
そしてこのままこちらについて来いと祈りながら全速力で掛け出したその直後、ドコッという音と共に背中に大きな衝撃が走った。
ホブゴブリンとは少しだけだがまだ距離は離れていたはずだが…
前のめりに転がる様にして倒れ込むリルル。
その後ろでは何かを投げ終わった様な態勢のホブゴブリンがいた。
どうやら手にしたこん棒を投げつけていた様だ。
「がはっ!ゴホゴホ‼」
とリルルは咳き込みながら四つん這いで痛みを堪える。
ふと顔を上げると目の前には緑色の大きな足が見えた。
次の瞬間その足に自分の腹を大きく蹴り上げられた。
「ぶはっ‼」
と声を上げて蹴り飛ばされ、宙へと浮かされている自分。
そのまま背中から地面へと叩き付けられ仰向けになる。
腹に受けた衝撃で思わず中のものを吐き出しそうになる。
意識も途切れそうになるが何とか堪えて視線を横へと向ける。
見るとそこには緑色の化け物がグヘヘといった醜悪な表情を浮かべ、正に自分へと足を踏み下ろそうとしている姿があった。
『すみません、ミスティ様、すみません、グレン…』
ここまでかと思ったリルルは目を閉じて、恐らくその後に訪れるであろうその衝撃に堪える様に歯を強く噛み締めていた。
しかしヒュンという音が聞こえた直後に、
「グギャ⁉」
という音がした後、ズズーンと近くで何かが倒れる音と衝撃が響いた。
リルルは恐る恐る目を開けて見ると、近くに後頭部に矢を突き刺されたホブゴブリンが倒れていた。
そしてその後ろを見ると、
「リルルー‼」
という声を上げながら、馬上で弓を持った少女の姿が見えた。
「ミ、ミスティ様‼」
慌てて体を起こしたリルルだが腹の痛みに思わず堪えきれず苦悶の表情を浮かべ腹に手をやる。
そのまま勢いよく駆けて来たミスティは速度を落とさず一直線にリルルへと向かう。
何とか驚いて道を開けたホブゴブリンを通り過ぎ、
「リルルさん‼」
と手を伸ばし、そのまま連れ去ろうと考えていたミスティだったが、
もう少しでリルルのいる場所へと辿り着きそうな所で、
「ミスティ様‼」
リルルの声が上がった。
ミスティの乗る馬はその後ろから振り出されたこん棒によって大きく転倒させられてしまっていた。
馬は『ヒヒーン』と叫びながら横合いに転がっている。
尻を殴られる形で飛ばされた格好で馬から前のめりにして放り出されたミスティは転がる様にしてその身を投げ出していた。
しかし運良くと言えば良かったのだろう。
丁度先程自らで倒したホブゴブリンの上へと投げ出された形で倒れ込んだ先はリルルのすぐ近くだった。
「ミスティ様‼」
ホブゴブリンの上へと投げ出されたミスティに慌てて駆け寄るリルル。
腹や背中に痛みはあったが、そんなものを気にしている場合では無いとほぼ条件反射的にその傍へと近付く。正確には這寄ると言った方がいいかもしれない。
「大丈夫ですか‼ミスティ様‼」
「いてててて、リルル!」
ミスティは体を起き上がらせて、リルルを見て喜色の声を上げた。
幸いにして落馬によって大きな怪我も無く擦り傷を負った程度で済んでいた。
「ミスティ様…何故来たのですか‼」
リルルはミスティが無事であった事に心底ホッとしながらも、すぐさまそう問いただす。
「だってリルルさんを置いて行けるわけないじゃない‼」
ミスティはそれに怒った様にして反論する。
そしてリルルはそれに何かを返そうとする前に、即座に立ち上がって剣を構えた。
「ぐっ!ミスティ様!お逃げ下さい‼」
痛む腹に痛む背中、ズキズキと今もその痛みをリルルに訴える様にして伝えて来る。
だがその眼前には更なる脅威が迫っており、それどころでは無かった。
既に目の前に迫るホブゴブリン、そして更にその後ろにはいつの間にかわらわらと湧いてくる様にして現れている新たな緑色の集団が見えた。
【エンリside】
グレンが家を飛び出した直後、
「村長さん、その傭兵たちの仲間っていうのは他に何人いたのか分かるかしら?」
エンリは懸念事項である魔物の事は一旦グレンに任せて、自分は今はこちらの事に専念しようと言い聞かせていた。
「う、うむ、せ、正確には分かりませぬが、儂が見たのは他に2人ほどじゃった。」
村長は思い出す様にしてからそう答える。
「わ、私は他にもっといる様に聞いてます!」
ショートがいてもたってもいられないという勢いでそう声を上げた。
ショートはボナーロ達と一緒にいる時に何人かの仲間たちが訪れて、他にも仲間がいる様な話をしているのを聞いたのだと言う。ただし詳しい人数までは分からなかったらしい。それでも少なくとも他に5人以上はいそうな口ぶりだったそうだ。
具体的には男の一人が『俺たちの団も二桁を超えたんだ、これからもっと大きくなるに違いねえ』と酒を飲みながら言っているのを聞いたのだそうだ。
「そう、困ったわね、もしまだその仲間たちがいるようならここにいつ現れてもおかしくはないでしょうね…」
顎に手をあて考える様にしてエンリは独り言の様にそう呟く。
「やっぱり本人たちに聞いてみるのが一番かもしれないわね。素直に話してくれるかは分からないけど…」
そう結論付けたエンリ。
バン‼
扉が勢いよく開かれる音がして、皆の視線がその方向へと一斉に向いた。
「た、大変だ‼あいつらの仲間がやって来た‼」
村人らしき男が部屋に勢いよく入って来てそう告げた。
【レンside】
門へと向かった俺は、飛んで行くべきかとも迷ったがどこから魔物が来ているか、そしてエルザやミスティたちの無事を確認してからの方がいいと思い、ひとまず走って門へと向かっていた。
それに魔力を込めた状態の俺の足ならば時間はさほどかからない。
既に門は見えており、そこには馬車と2人の村人の姿も確認出来る。
『んっ⁉馬車の馬が1頭しかいないな』
ミスティやエルザは馬車の中か?などと考えながら、門へと辿り着く。
「た、大変なんだ‼この間の魔物がまたやってきてるんだよ‼」
フォアはもう一方の村人に説明をする。
「おいおい嘘だろ‼またかよ!それじゃせっかくあの冒険者たちをとらえたってのに意味ないじゃないかよ!」
その村人は頭を抱える様にしてフォアの言葉に首を振っている。
「おい!門を開けろ‼」
俺は時間が惜しいので早い所リルルを助ける為の準備を終えて向かいたかった。
「あ、あんた無事だったのかい!」
フォアが驚いた様に俺を見ている。
「いや、だから俺が言ったろ!その人たちがあの冒険者たちをやっつけてくれたんだよ‼」
先程言付けを頼まれて門へと向かっていた村人だった。
「おい、そんな事よりさっさと門を開けろ!それとリルルはどっちにいったのか教えろ‼」
俺がその二人の村人に向かって怒鳴りつける。
「お兄ちゃーん‼」
それまで見当たらなかったエルザが、勢いよく俺の胸元目掛けて御者台の方から飛び出してきた。
俺は慌ててそれをキャッチし、胸で受け止める。
「おお、エルザ、良かった元気そうだな!」
「もう!お兄ちゃんの馬鹿‼」
とか言いながらよほど嬉しかったのだろう獣耳をピンと立てて、いつもは腰に巻いている尻尾も今はこれでもかという程にフリフリとさせながら、俺の胸に必死に顔をグリグリと擦り付けてきている。
「エルザ!ミスティはどこだ?」
俺はエルザが飛び出してきた御者台の奥の方を見ながらエルザに問い掛ける。
「ミスティお姉ちゃんはリルルお姉ちゃんを追いかけて行っちゃったの。」
エルザが俺の胸元から顔を上げてそう言った。
「何⁉」
それにしても修正って難しいですね。
読み返すと書き直したくなる個所が次々と見つかって収拾がつかなくなってきてしまいます。
こうなるともう全部書き直した方がいいんじゃないかと考えてしまいます(´;ω;`)




