第79話 『次から次へと』
第79話
『次から次へと』
魔物の群れが迫る中、門ではどうするべきかリルルは頭を悩ませていた。
『このままここにいてはミスティ様が危ない』
『かといって村を離れて逃げるわけにもいかない』
一つに村に入れずここにこうしている訳だが、たとえ強引に村へと入った所で魔物に襲われてしまっては元もこもないし、とてもこの前にある門程度では魔物たちを防げるとも思えない。
事実前回も防げてはいなかったと聞いている。
リルルは魔物たちの強さや規模がどの程度のものなのかは計り知れていないが、自分一人では撃退出来るとは思えなかった。
そしてリルルが出した結論は、
「ミスティ様、村の中へ!!」
「えっ!?」
言われたミスティは思考がまだ追い付いていないと言った様子だ。
「フォア殿!!お願いがあります!門を開けては頂けないでしょうか!!」
リルルは門の上を見上げながら声を張り上げる。
魔物の群れを見ていたフォアは戸惑いながら、どうするべきかとこちらも迷っていた。
「お願いします!!その代わりに私が囮になって魔物の気をそらします!!」
「なっ!?何を言ってるのリルルさん!!」
ミスティは流石に今の言葉を聞いて黙っている訳にはいかなかった。
「ミスティ様、グレン殿にこの事をお伝え下さい!!何とか私が時間を稼いで見せます!!ですからどうかその間に!!」
「そ、そんなのダメだよ!!」
ミスティは左右に首を振ってその意見を否定する。
「お願いします!!恐らくこの状況を何とか出来るのはあのお方くらいです!!ですから!!」
『中の状況は分かりませんがグレン殿ならばミスティ様たちを必ず守って戴けるはず、ここで私がなんとか足止め出来れば』
リルルが懸命にミスティにそう訴えた所で門がギギギギと軋む様な音を立てて開き始めた。
「は、早く中へ!!」
フォアは大声を出しながら中へ入れと手招きしている。
「フォア殿有り難うございます!!それで魔物はどちらから来てますか!!」
「あっ、あっちからだ!!」
フォアはリルルの言葉に門の前方、馬車の後ろ側を指差してそれに答える。
「ミスティ様、今は時間がありません!!お早く!!」
リルルは腰の剣に手を掛け、フォアが指差した方向に向き直る。
「ダメ!!もし行くならわたしも一緒に行く!!」
それを見たミスティは意を決した表情でリルルを見つめた。
「それはダメです!エルザもいるんですよ!!」
リルルは恐らくミスティならばそう言うと考えて、エルザを引き合いに出したのだ。
「………」
ミスティは何も言えず黙りこんでしまう。
「大丈夫です。私もこう見えてエリス騎士団の一員です。そう易々とやられるつもりはありません。それにグレン殿に二度も救われたこの命、簡単に投げ出すつもりもありませんから。」
「で、でも…」
ミスティはぐっと唇を噛み締めて泣き出しそうな表情を浮かべていた。
「ですからミスティ様、エルザを頼みます。」
そう言ってリルルは魔物のいるであろう方向へと走り出した。
『全く私もよく言ったものだ、騎士とは言っても大した強さも無くお飾り程度の実力しか無かったこの私が…』
リルルは走り出しながら、過去の自分を思い出し自らを嘲笑していた。
『リルル・シャマール』
彼女はエリス王国の一貴族であるブリッツ家の次女として生まれた。
姉と兄がいたが半分しか血は繋がっていなかった。
姉と兄の母親は既に亡くなっていた。
彼女の母親は元は父親の妾であり、生まれた直後にその母親も死んでしまった。
家はそれほど裕福とまではいかないが、金銭的な面で言えば特に不自由無く育ってきたといえよう。
ただ長男や長女と違ってそれほど家として見ると価値のある存在では無かった。
しいて挙げるなら他の貴族へと嫁がせる為の駒として考えられる者の一人だった。
別に父親から虐げられる事もなく、兄や姉から苛められるでも無かったが、それほど可愛がられている訳でも無かった。
このまま成長して恐らくはどこかの貴族の家にでも嫁いでいくことになるのだろうと漠然とそう思っていた。
しかし彼女の14歳の誕生日に事件は起こった。
彼女は誘拐されてしまったのだ。
貴族の社交界へと赴く際に馬車で姉と一緒に移動している所を襲われた。
運悪く襲われた際に姉はその者たちに命を奪われた。姉とはそれほど仲が良かった訳ではないが、それでも家族の命が目の前で奪われた事で大きなショックを受けた。
姉は一月後に結婚が決まっており、ブリッツ家としてもとても大切な縁談であったと聞かされていた。
そして、誘拐された彼女は身代金を要求された。
その間彼女は状況も分からず監禁されていたが、暫くの時が過ぎ、気が付けば一人の騎士に助けられていた。
そして解放された後で、自らが14年間暮らしていた屋敷に戻るとそこは既に燃え落ち、父親も死んでいた。
彼女が聞かされたのは、自分達を誘拐したのは屋敷の使用人が手引きをして行われた事で、使用人は屋敷に火をつけ金目のものを奪って逃げたのだということ。
更に不幸は重なるもので、戦争の為家を空けていた兄も死んでしまったと聞かされた。
気が付けば彼女は一人になっていた。
どうすればいいのかも分からず途方に暮れた彼女だったが、茫然自失だった彼女を引き取ったのがシャマール家である。
シャマール家は代々騎士としての家系であり、不憫に思った当主が彼女を引き取り養女として迎え入れてくれたのだ。
彼女は引き取られた後にも暫くは口を聞くことも出来ず、美しかったその黒髪にも白髪の様なものが混じっていた。
彼女の兄、シャマール家の一人息子であった長男も騎士であった。
そして誘拐された時に自分を助け出してくれた騎士がその兄であると知った。
兄はとても優しかった。
そして立派な兄であり、彼女はその生き方に憧れていた。
当主である義理の父も前の父親よりもとても可愛がってくれた。
気が付けば兄を家を誇りに思えるほどに彼女は思っていた。
半年ほどが過ぎ、すっかりと元の状態に戻った彼女、いや、ひょっとしたら以前よりも活き活きとしていたのかもしれない程の彼女だった。
白髪も今は一房、銀髪の様なものが残る形で名残は見えたが心の面では以前よりも充実していた。
いつかこの家の為に恩を返すのだと、自分にもきっと何かが出来るはずだと。
だが、悲しいかな不幸が再び彼女を襲った。
兄が近隣に現れたという魔物の討伐途中に死んでしまったのだ。
当主は大いに嘆き、病に臥せてしまった。
そして彼女は騎士になった。
家の為にも、そして兄の意思を引き継ぐ為にも。
騎士になるため彼女は血の滲む様な努力をした。
しかし才がある訳でも、それまで訓練を積んでいた訳でも無かった彼女がそこまで強くなれる訳もなく、何度も諦めそうになったが、それでも彼女が頑張れたのは無論兄や家の事もあったが、女性でも騎士になれると言う点が大きかったとも言える。
エリス王国では女性でも騎士になれるという典型的なお手本がいたのだ。
女王による統治制もそうだが騎士団には女性だけの騎士団もあり、それに憧れを持っていた彼女は諦めず騎士を目指せた。
こうして今の彼女がある。
そうして騎士になったリルルがいる。
『はじめは辺境の騎士団所属になるはずだった私が、あの方の目にも止まり、近衛騎士団にも入れて戴ける事になって…』
頭の中で走馬燈の様に浮かんできた半生を思いながら走っていたリルルの前に、緑色の人影が映った。
ミスティは走り去るリルルを見送った後、馬車を門の中へと動かしてから、
「スーちゃん!!」
エルザの膝の上でのびていたスーが、
「キュイ?」
『何だわさ?』
「グレンを呼んできて!!お願い!!」
『あちしはあんたを守る様にご主人に言われてるだわさ』
「でもグレンならリルルさんも守れなかったらきっと怒られるよ!!」
『…そ、それはマズイだわさぁ!!』
スーはそう言い残して一目散にエルザの膝元を飛び出して村の中へと飛んでいった。
それを見送ったミスティは、
「フォアさんエルザちゃんをお願いします!」
丁度門を閉めようとしていた所にミスティから声が掛かる。
「えっ!?あ、あんたはどうするんだい!?」
フォアは早くしないと魔物が来るのではないかとドキドキで捲し立てる様にして聞き返す。
「私はリルルさんを追います!!」
ミスティは馬車に繋がれた馬の馬具を外しながら答えた。
「エルザちゃん、グレンに宜しくね!」
強がりと分かる笑顔を作ってエルザに微笑みかけながら、ウィンクしているミスティ。
それにこくりと頷いて応えるエルザ。
「それじゃ行ってきます!!」
そう言ってミスティも馬に跨がりリルルが走っていった方向へと馬を走らせたのだった。
【ロンドside】
門がある場所と村を挟んで反対側に位置するこの場所で5人の男たちが座り込んで集まり話をしている。
「それはマズいですね…」
村の中から慌てて戻って来た盗賊の男キースからの話を聞いてロンドは考え込む様にしてそう呟いた。
「ど、どうしやす?」
村から戻ったキースは先程自分が見た光景をロンドたちに話終えて、少し息を乱しながらそう問い掛ける。
「……」
ロンドは顎に手をあてて、考え込んでいる。
「おい、キース!ボナーロさんたちがやられてたってのは本当なんだろうな!」
戦士風の男がそれまで黙って話を聞いていたが堪えきれずキースに掴みかかる様にして問いただす。
「ほ、本当だよ!ボナーロさんだけじゃなくて皆やられてて…」
むきになって反論するキースだったが目を逸らす様にその事実を伝える。
「それで誰がやったのかは分からないんですかね?」
ロンドは顎に手を当てたままキースに問い掛ける。
「そ、それは……!、そう言えば見た事のねえガキが一人いました!腰に刀をつけたガキです‼」
キースは思い出したかの様にして付け加える。
「ガキ?」
「ええ、腰に2本刀を差した生意気そうな赤毛をしたガキでした。ボナーロの旦那を片手で引きずってやがったんです‼」
「そのガキにやられたってのか⁉」
先程詰め寄った戦士風の男が再度声を荒げてキースを睨む様にして見る。
「そ、それは分からねえけど…」
「分かりました、とりあえず相手の戦力が分からない以上、このまま普通に突撃して返り討ちに合う事は避けましょう。僕に考えがあります。」
ロンドは自信ありげにそう持ち掛けた。
『ロンド』
彼はこの尖刃の斧の実質No2のポジションだ。
魔法使いの腕として見ればBランク冒険者にも引けをとらないと自負している。
この世界でも魔法使いと言うのは普通の戦士や盗賊たちに比べて極めて需要が高い。
簡単な魔法程度なら使えるものは多いが魔法使いや僧侶といった職業はその数自体が少ない。
そしてある程度高ランクの魔法使いともなると更にその数は限られる。
事実この団に所属するまでは冒険者として実際にランクB冒険者として活躍もしていた。
ロンドは数か月程前にこの団にやってきた。
その際にある話を持ち掛けた。
それによって団は一気に潤い、勢いを増す事になった。
そして現在の人数にまで増え、金や女に不自由する事無く生きられるようになった。
いわばこの団の立役者的存在だった。
「……という事で行きましょう。」
ロンドは各自に話し終えてから、目くばせをして確認をする。
「よっしゃ!流石はロンドさんだぜ‼いっちょやったるか!」
キースはその話を聞いてこりゃもう勝ったも同然だぜみたいなノリで言っている。
他の3人も大きく頷いてからそれに従う様にして腰を上げる。
【グレンside】
『って訳で大変なんだわさ‼』
スーがキュイキュイと身振り羽振りで机の上で喚きたてている。
窓をブチ破って中に入って来たスーはそのまま俺の顔面に飛来してきたが、俺は素早く躱して後ろの壁に勢い良く激突したスーを机の上に摘み上げて話を聞いてやった。
スー曰く、
要領を得ない話しっぷりだったのだが要約すると、
『魔物が襲ってきた』
『今リルルが囮になって引きつけている』
『あちしはそれをご主人に伝えに来た』
の3本だ。
それを聞いた俺は、
「囮だと⁉その役はお前の十八番のはずだろ‼」
スーを睨み付ける様にして怒鳴りつける。
『しょ、しょんなー‼』
スーはガーンというリアクションの後、ショボーンと頭を垂れている。
「ねえグレン何があったの?」
エンリはそれまで呆気にとられつつも黙って俺とスーとのやりトリを見ていたが、話が終わったと見て俺にそう問い掛ける。
この場でスーの言葉が分かるのは俺だけで、他の周りの村長やライト兄弟たちも何の事か分からず困惑の表情をしている。
「マズい事になった。どうやら魔物たちがこの村にやってきているらしい。悪いが俺はこれから門の方に行ってくる!」
「えっ⁉」
エンリは驚いて俺を見て、
「それは前にこの村に来た魔物たちという事?」
「分からん、だが時間がない!」
そう告げてから俺は立ち上がって、
「おい、スーこっちに来い!」
「キュイ⁉」
俺に声を掛けられたスーはガバッと勢いよく頭を上げてから、俺に飛び込んで来る。
『ごしゅじーん‼』
俺は勢い良く飛んできたスーを片手でガシッと掴まえてから、魔力を注ぎ込む。
「キュワワワワワワ‼」
とスーは身を震わせるようにして、おかしな声を上げつつもその魔力を吸収していた。
「ま、魔物が来ているというのは本当なのですかな⁉」
それまで呆気に取られていた村長も聞き捨てならない言葉に思わずエンリにそう問いただす。
「そうね、グレンの様子からしてその可能性が高いみたいね。」
ハッキリと確信した訳では無いが、エンリもそれを認めている様だ。
スーに魔力を注ぎ終えた俺は、
「いいか、スー何かあったらその魔力を使ってここを守れ!今度こっちで何かあったら任せるからな‼」
「キュイ~」
スーがフラフラとしながらも体を僅かに光らせ、恍惚とした表情を浮かべている。
「今度エンリたちを危険な目に合わせたら二度と魔力はやらないからな!」
念を押す様にそう告げると、
「キュイ⁉」
と驚いた様に反応して、
『ま、任せるだわさ‼‼』
ピシッと机の上で俺に向かって、姿勢を正しそれはもうとても綺麗な敬礼をかましてきた。
「よし、それじゃ俺は行って来る!悪いがエンリたちはここにいてくれ‼」
「…分かったわ、気をつけてねグレン…」
エンリは納得した訳ではなかったのだろうが現状を顧みてどうすべきかを考えた上で、今はそうするのが正しいのかもしれないと思い、その言葉に渋々ながら頷いてくれた。
『流石エンリだな、物わかりが良くて助かる』
実際ここであれこれ問答した所で状況は変わらない。
おまけに今エンリと俺がここを離れてボナーロ達や他のアクシデントがあった場合に対処出来なくなる。
何よりさっきの仲間たちの話も気になるしな。
だが、今俺にとって一番の急務はミスティやリルルたちの身の安全だ。
『全く次から次へと面倒な』
俺はそのまま家を出て、外に出ると同時に足に魔力を込め、急いで門へと向かうのだった。




