第76話 『交渉』
ここで一旦区切りとして投稿させて頂きます。
会話と言うかやり取りが長くなっていますが、少し長めに書かせて頂きました。
いいのか悪いのか作者的に判断が難しかったのですがご了承下さい(>₋<)
第76話
『交渉』
門を抜け、俺たちは村の中を進む。
中に入ったのは俺とエンリとライト兄弟の4人だ。
それを先導する様にして、俺とエンリの武器を脇に抱えて歩く戦士風の男と、チラチラとこちらを伺う様にして歩く盗賊風の男。主にエンリの胸元を見ている様だがエンリは気にしていない。いや正確には見て見ぬふりをしているといった所か。
俺としてはニヤけた顔面を今すぐにぶん殴ってやりたい衝動に駆られたのだが、仕方が無い。
因みにフォアはそのまま残って門を見張っている。
ミスティとリルルは俺たちを見送る際、少し心配そうにしていたが『すぐ戻るから安心してくれ』と俺が声を掛けると、
「グレン殿なら大丈夫だとは思いますが、どうかお気を付けて。」
「あんまり心配させないでよね。」
と二人共少し表情を緩め、優しく見送ってくれた。
エルザは何故か上機嫌で手を振っていた。
その膝で暴れているスーを抑えながら…
「おい、エンリ、普通に話をして通用するのか?」
「多分難しいとは思うけど、交渉はしてみるつもりよ。」
「金か?」
「いえ、それも一つの手段ではあるけど、手札がある内はわたしに任せて欲しいの、勿論あなたが危険だと判断したら動いてもらっても構わないけど…」
俺とエンリは歩きながら小声でやり取りをしていると、
「おい、そこでちょっと待て‼」
と戦士風の男、ランストンは顎でしゃくる様にして1軒の家の前で立ち止まり、そちらを促す。
「妙な真似はするなよ、いや、別にしてもいいが、どうなってもしらねぇぞ。」
相変わらずエンリの胸元を見てニヤニヤと笑みを浮かべる盗賊風の男、ガストは言った。
ガストはそれからささっとランストンの前に躍り出て、トントンとその家の扉をノックし、
「俺だ、ガストだ。さっき話したやつらを連れて来た。」
そう言うと、
中からゴトッと言う何かが動いた音が聞こえてから、扉が開き、「そいつらか?」と少し警戒した感じで男が顔を出す。
「ああ、さっき言った、俺たちに話を聞きたがってるって…」
「二人か?」
体つきはガッチリとした男が目を少し細めて俺たちをジロジロと見ている。
「ああ、後ろのガキはおまけだが、門のところにも何人か残っている。そいつらも中々の上物だ。後で楽しむには充分だ。」
へへっと鼻に手の甲を擦り付けながらガストは小声でそう返した。
「…分かった、入れ。」
男は扉を開き、中へと招き入れる。
「付いてこい。」
そう言ってランストンは扉の中へと入る。
俺たちもそれに続くべく中に入ろうとするが、
「おおっと、お前らはここまでだ。さっさとどっかに行きな。」
ガストがライト兄弟を手で制止する。
「えっ!?」
「何でだよ!!」
二人が声をあげるが、
「話があるのはそいつらだけだ、お前らはお呼びじゃねえんだよ。」
シッシッと手で向こうへ行けと促される。
「ごめんなさいね、ちゃんと話をしてくるからちょっと待っててね。」
エンリもそのまま彼らも中には入れてくれないと思っていたのか、レフトの頭に手をのせて、軽く頭を撫でながら言い聞かせた。
「で、でも姉ちゃんが…」
ライトは食い下がろうと声をあげるが、
「大丈夫だ、少し待っててくれ。」
そこは俺がライトの肩に手をのせて言い聞かせる。
「本当に大丈夫なのか?」
「ああ、信じろとまでは言わないが、期待して待っててくれ。」
別に是か非でも助け出そうと言うわけではなかったが、少なくとも話を聞いた上で理不尽だと俺が判断したらこいつらの姉くらいは助けてやろうとは思っていた。
「おい、さっさとしろ!」
扉を開けたまま待っていた男が声を荒げる。
「分かったよ、今行く。」
俺はポンと一回ライトの肩を叩いて、エンリと共に扉の中へと入った。
家は1階建てで、中に入ると人が二人ほど通れる幅の通路の両サイドに幾つかの扉が見える。
外から見た感じでは結構家の中は広そうなイメージだったが、この分だと部屋の中がかなり広そうだな。
先行したランストンの姿はもう見えなかったが、今は先程姿を見せた、軽装ながらこちらも戦士風の格好をした男が先導している。
その後ろにエンリ、俺、ガストが続いている。
先導して歩いていた男は通路の一番奥の扉の前で立ち止まり、
「入るぞ。」
と一声掛けてから扉を開いた。
「さあ、入れ。」
そしてそのまま扉を開けた状態から半身をあけてエンリと俺たちを中へと顎で促し誘導する。
促されるままに俺とエンリはその部屋に入る。
中に入ると長方形の机の両脇に3人の人間が座っている。
一人は机の上に足を投げ出し、気怠そうにして背もたれに身を預けている盗賊風の男。
そして反対側にはがっしりとした体格でドカッと座る戦士風の男とその隣にちょこんと座っている女性がいた。
「お前らか、俺に話があるって奴らは?」
ギロリと視線を向けて来たその男は顔に大きな傷のある戦士風の男で、手にしていたおそらくは酒が入っているであろうそれをグイと飲み干してから、カンっと勢いよく机に置いた。
「ええ、あなたがボナーロさんかしら?」
エンリがその訝しむ様な視線にも怯む事無くそう告げる。
それを見た戦士風の男は、
「がっはっはっはっはっは‼」
と部屋に響き渡る様な大声で笑い声を上げた。
その瞬間、隣にいた女性はビクッと体を弾ませて驚いていたが、黙ってそれを堪えている様だ。
「たくっ、相変わらずボナーロさんの笑い声は豪快すぎるっつーの。」
その斜め前、女性の正面に位置していた男はふわぁあと大きな欠伸を入れながらそれを呆れた様な表情で見てから、
「そいつらが、ガストの言ってた奴らですかい?、んっ?そこの女、どっかで見た事ある様な…」
目を細める様にしてエンリを見ている。
「がっはっはっはっは!イイ女じゃねえか!俺の視線にも怯える事無く、その毅然とした感じがそそるじゃねえか‼」
依然として大きな笑い声を上げた後、そう言ってエンリを嘗め回すようにして見ていた男は、
「わざわざこんなとこまで話を聞きに来てくれたんだから丁重にもてなしてやらねえとな。レッグ、そこをどけ!」
そう言って男は顎で斜め前に座る男に横にはける様に指示し、それにへいへいと言った感じで足を下ろし、ソファーから立ちあがって指示に従う男が気怠そうにしながらもゆっくりと正面にいる女の後ろへと回り込む様にして歩く。
「まぁ、座りな。」
男はさっきの男に指示した時と同様に顎でしゃくる様にして俺たちを前のソファーへと誘導する。
俺とエンリが黙ってソファーに座ろうとすると、
「お前はそっちだ!」
俺がその男の正面に座ろうとした所で、またもやその男がそこじゃねえと顎で指示を出す。
俺は内心イラッとしたが、黙って体をずらし、その男の正面では無く、隣の女性の正面の場所に腰を下ろす。
エンリは俺と入れ替わりに男の正面へと腰を下ろした。
「それで、話ってのは何だ?」
男は右腕をソファーの後ろに投げ出すようにしてから、エンリの顔を見ながら話しかける。
「単刀直入に聞かせてもらいたいのだけれど、この村を襲った魔物について聞かせてもらえるかしら?」
エンリは眼鏡を掛け直す仕草で男に質問する。
「…嫌だと言ったらどうするよ。」
男が体をソファーに預けながら、エンリの質問にそう返す。
「そうね、それじゃあ、どうすれば聞かせてもらえるのか教えてもらってもいいかしら?」
「ほう、聞き訳がいいじゃねえか。」
ニヤリと男の顔が歪んだ笑みを浮かべる。
「ならそうだな、とりあえずは…金だな。」
「いくら払えばいいのかしら?」
「そうだな、内容にもよるが、質問一つにつき金貨1枚ってところか。」
それまで腕を組んで黙って話を聞いていた俺だが、そいつの横柄な態度と不遜な物言いに加えて舐めた要求に腹が立ち、思わず体を動かそうとする。
しかしそれを見て周りの男たちもまた、ピクリと反応し、視線を集めてきた。
一触即発とまではいかないが、妙な緊張感が張り詰めそうになった瞬間、俺の動きを制する様にエンリが俺を手で制止した。
「分かったわ、それじゃ質問させて頂戴。」
「前払いだ、まずは金を貰おう。話はそれからだ。」
エンリは胸元に手を入れ、黙って金貨を取り出し、机の上へと置いた。
胸元から金貨を取り出す際、部屋中の視線が集まったのは言うまでも無い。
正面に座る女性も例外では無く、綺麗な顔立ちではあったがよく見るとどことなくあどけなさの残る少女といった感じで年の頃はレンと同じ程度の年齢にも見える。その少女もまたチラ見ながらエンリの胸元を見ていた。
男はエンリの胸元から出された金貨を手にし、それを口に持っていき、ガリッと噛んでから、
「いいねぇ、気に入った。なんなら金じゃなく、体で払ってもらってもいいんだぜ。」
とその金貨を見て、舐める様にしてから乱暴に自分の懐へと仕舞った。
その態度にも動じることなくエンリは、
「じゃあ質問だけど、この村を襲ったという魔物の特徴について教えてもらえるかしら?」
あっさりと本題に入ったエンリに『ちっ』といった表情を一時浮かべた後、
「魔物?魔物ねぇ?ああ、あれの事か、どんなやつだったけかなぁ、おいニック覚えてるか?」
男は扉付近に立っている男に向かって問い掛ける。
「ああ、あの緑色のやつですかい。」
ニックと呼ばれた戦士風の男は考える間も無くそう答える。
「そうだ、そうだ、緑色のやつだ。」
まるで今思い出したみたいなリアクションでボナーロは答える。
「それは何匹くらいいたのかしら?」
エンリは真面目に答える気が感じられない男たちの態度に呆れる事無くそう続ける。
「ああん、何匹だあ?そうか、それじゃ金貨もう1枚だ。」
「……」
「さっき言ったろ、質問一つにつき金貨1枚だ、答えて欲しいんなら先払いだ。さっさと出しな。」
トントンと机の上を指で叩きながらボナーロは要求してきた。
『おい、これはもうぶっ飛ばしていいやつだよな』
『ちょ、ちょっと待ってよ、確かにこれは酷いけど、まだエンリさんが…』
俺は横目でエンリの顔を見ると、怒っているのかと思いきや、ふぅと一度ため息を入れた後、
「そうね、分かったわ、これじゃお金がいくらあっても足りないみたいだし、別の手段で聞くしかないみたいね。」
「おっ!何だ、金じゃなくて体で払ってくれるのか?」
ボナーロは余裕のにやけ面でエンリを見る。
ニコッと一度ボナーロに笑みを見せてから、
「わたしはエステルの冒険者ギルドのエンリと言いますが、あなたたちが行ったこの村への要求は不当なものであると判断し、報告をさせて頂く事になります。速やかにこの件についてご協力頂けないようでしたら、残念ですが不当占拠の形での犯罪行為とみなし、それ相応の対処が必要になると思いますが宜しいでしょうか?」
「「「「なっ⁉」」」」
ボナーロだけでなく部屋の男たち4人が一度に同じ反応を見せる。
正確には声を発しなかっただけで、目の前の少女も同じような反応をしていた。
ただし他の4人と違い、どこか希望を見出だしたかの様な喜色が感じられた瞳を向けていた。
「この村の人たちにも事情を聞かせてもらいますが、構いませんね。」
エンリはその反応を気にする事なく話を続ける。
「て、テメェ…」
ボナーロは睨み付ける様な視線でエンリを見る。
「あなたはこの村の人よね?」
エンリはボナーロの横にいた少女に話し掛けた。
突然話し掛けられた症状は少し困惑の表情を見せたが、
「は、はい、そうです。」
と何度も首をコクコクとさせ頷いている。
「おい、待ちやがれ!俺を置いて話を進めるんじゃねえ‼」
机をバンと大きく叩き、その話を中断するボナーロ。
ビクッとその音に反応して体を震わせる少女。
「ギルドだからって好き勝手出来る訳じゃねえ、俺たちにはこの村に請求出来る権利があるんだよ!」
ボナーロはフンと大きく息を吐き、腕を組んでふんぞり返る。
「そうだぜ、ギルドだろうが何だろうが俺たちにはこの村のモン達の契約書があるんだ。それがある限りは口出しできねえはずだろ!」
それまで黙っていた盗賊風の男、ガストが声を上げる。
「ええ、まぁ、普通ならそうかもしれないわね。」
「普通なら、だと?」
ボナーロが怪訝な顔でエンリを見る。
「例え血判による契約書でもそれを履行する上でいくつか前提条件があるのは知っているかしら?」
「条件?」
「一つはお互いの同意の上で成り立っている事が前提、そして他にも、その契約書は犯罪者が施行主の場合には適用されないと言う条件よ。」
「………」
エンリの言葉に部屋の男たちは黙り込み、剣呑な空気が漂い始める。
「おい、嬢ちゃん、あんた俺たちが犯罪者だって言うのか?」
それまで余裕の顔つきだったボナーロは急に険しい表情となり、再びエンリを睨みつける。
「あら、違うといいたいのかしら?多分私が見ただけでも、あなたたちの内2人は犯罪者だと思うのだけれど。」
エンリは少女の後ろにいる男を一度見やり、再びボナーロへと視線を向けた。
「エンリ…エンリ…あっ!」
視線を向けられたレッグと呼ばれていたその男は何かに気付いた様に声を上げた。
「思い出してくれたかしら、…確かレイチェルだったかしら?」
エンリはクスッと口元を緩めそれに反応した。
それまでやりとりを黙って見ていたボナーロだったが、
「そうか、そういう事か…」
と一人呟いた後、
「がっはっはっはっはっは‼面白え!面白えじゃねえか‼」
「ぼ、ボナーロさん?」
突然笑い声を上げた男に心配そうに声を掛けるガスト。
「とんだ茶番じゃねえか、ええ、そうだろ!」
扉の方に立つ男に向かってボナーロがそう切り出す。
「なあレッグ、お前の名前も知られちまってるって事はそういう事だよな。」
レイチェルと呼ばれた後ろに立つ男にも話し掛けてから、
「で、俺の事も知っているのか?」
「そうね、あなたは多分、タナトスだったかしらね?」
エンリは身を乗り出して聞いてくるボナーロと呼ばれていたその男に眼鏡に手を掛けてそう返した。
「えっ⁉タナトス?この女何言ってやがるんだ?」
一人ガストはキョロキョロと扉に立つ男やソファーの後ろに立つ男たちを見ている。
「そうかい、そうかい、知っていやがるとは驚きだ。」
ゆらりと再びソファーへと背をあずけながら、
「それで、一応聞いておくが、これからどうしようってんだい?」
「あなたたちがこのまま黙って協力してくれるのなら見逃してあげてもいいわよ。ただし、今回はだけど。」
エンリは机に腕を組み、そこに口元あてながら覗き見る様にした姿勢で告げる。
「ほう、今回はねえ…」
ボナーロはソファーの後ろに立つ男に目くばせする様に視線を送る。
「それで、あんたが俺たちを見逃すとして、俺たちがあんたを見逃す必要は無いんじゃないか?」
「大人しく協力する気は無いという事かしら?」
エンリは確認する様にそう告げる。
「そうだな!」
途端、男は目の前の机に足を掛け、エンリに向かって襲い掛かろうとする。
俺はいち早くそれに反応し、男の顔面目掛けて殴りかかろうとするが、正面にいた男が俺に向かって懐に隠した短剣を投げつけようと動いていた。
『ちっ』
俺はその短剣を躱しつつ、ボナーロに蹴りをみまうべく視線を向けたが、そこには既にボナーロの姿は無く、後ろへと吹き飛ばされている光景が目に入ったのだ。
見るとエンリが正拳突きの構えで残身を取っていた。
その直後、ドカンという音と共に後ろの壁へと激突するボナーロ。
そして呆気にとられる部屋中の人たち。
パラパラと粉塵を上げながら、壁に背中から突撃したボナーロを見ながら呆気に取られていた男に俺が同じく正拳突きを見舞った。
『ぐばっ!』と一声挙げたその男も同様に吹っ飛び壁へと突っ込む。
ズズンという音が部屋に響き、またも呆気に取られている周りの男たち。
「グレン、ちゃんと加減してるわよね?」
拳をひき、立ち上がったまま俺に身を寄せてくるエンリ。
「ああ、勿論だ、っていうか、エンリも手加減してるのか?」
俺は正直エンリがここまでやるとは思っていなかった。
エンリもかなり強いとは思っていたが、実際俺の予想を超えてくるものだった。
動きもそうだが、その威力も中々だ。
加減云々よりもどっから来てるんだその力と思わざるを得なかったが、自分もそうなので納得せざるを得なかったのだが。
「それでこれからどうするんだ?」
俺はエンリと身を寄せつつ会話する。
「本当は穏便に済ませたかったのだけど、ダメみたいね。こうなったら大人しくしてもらってから話を聞くしかなさそうね。ああ、殺したりしたらダメだからね。」
「て、てめえらふざけやがって!」
ガストは懐から短剣を出し、壁と俺たちを交互に見ている。
もう一人の扉の横にいた男はというと、形勢不利と見たのかいち早く扉を出て逃げ出そうとしていた。
『どうする?こいつをぶっ倒して追えば問題ないか』
俺は咄嗟にガストをぶっ飛ばそうと前へと出るが、
「グレン避けて!」
後ろからエンリの声が上がる。
横手から凄まじい勢いで俺へと向かってきたのは先ほど壁に激突したはずのボナーロだった。
ショルダータックルの様な姿勢で向かって来るボナーロに意表を突かれた格好だが、俺はそれに合わせて右手をアッパー気味に突き上げる。
お互い吹っ飛ばされる形で後方へと飛ぶが、俺の方が態勢不十分なのは否めず、俺は横へ空中で1回転し壁へと飛ばされる。ボナーロは肩に衝撃を受けたが少し後ろに下がっただけで持ちこたえている様だ。
俺は左手で壁に手をつきなんとか床に着地する。
無理に突き上げた反動で肩の辺りが若干痛む。
そこへすかさずガストが短剣で襲い掛かって来ていた。
俺は今度は左手に魔力を込め、振り下ろされる短剣を躱しつつ、相手の顎目がけ突き上げた。
ガストはもろにその拳を喰らって天井に頭から突き刺さる様にして跳ね上げられていった。
後にはぷらーんと天井に頭をめり込ませて宙づり状態の男がおり、カランとその下に手に持っていた短剣が転がった。
「流石グレンね。あとはこっちだけね。」
エンリは先ほど壁から飛び出してきたボナーロに身を引く様にして少女を庇っていた。
「グレン、悪いけどこの子を連れてさっきの人たちを追ってくれないかしら。」
エンリは『行って』と言って少女を俺の方へと押し出すようにして寄越した。
「俺がこっちをやるってのじゃダメなのか?」
「どっちかって言えばそれでもいいんだけど、今はここで問答している暇は無いわ!」
「分かった、任せた。」
俺は少女の手を引き、部屋を出ようとする。
『えっ⁉いいの?』
『どっちにしても危険なのは変わりない、今はあいつらを逃がす前に捕まえるのが先決だ。俺の方が早いだろうが、エンリでもやれるはずだ』
特に根拠がある訳では無いのだが、ボナーロを倒すのとさっきの二人を相手にして仕留めるのとでは同じ程度の危険度だと判断したのだ。
強さと言うよりはより迅速さが求められる後者と1対1て対峙している状況との差で判断した。
多分ここでボナーロを2人で倒して追う、または俺が素早くぶっ倒して追うと言う判断もあったが、それでもしあの二人に逃げられてしまえば面倒な事にもなると考えたのだ。
『さっきのエンリの力と今までのエンリの落ち着きっぷりからしてあの位なら何とかなるさ』
「行かせるかボケ!!」
ボナーロはいつの間にか手にしていた片手斧を振りかざし俺を止めようとするが、
「ウィンドウシールド!!」
エンリの声が響く。
すぐさま俺とボナーロの間に障壁が生まれ、その斧を弾き返す。
見ると緑色の風の壁の様なものが現れている。
『魔法か…』
実際俺は蹴りで斧を横から蹴り飛ばそうと考えていたがどうやらその必要も無かったな。
俺はそのまま部屋を出て、次にどうすべきかを考えた。
『他の部屋を探すか』
『家の外に出て探すか』
の二択だったが、
「あそこです!」
少女が声を上げ、指差した方向には一つの部屋があり、
『何故そこなんだ?』とも思ったが今はそれよりもと俺はその部屋の扉を蹴破った。
バンと蹴破られたその部屋の中には最初に会った戦士風の男、エルストンが何か大きな袋の様なモノを担いで驚きの表情を浮かべてこちらを見ていた。
「ちっ!くそが‼」
エルストンは袋を投げ捨て腰の剣を抜こうとする。
俺は素早く魔力を足に込め、前へと踏み出す。
男との距離を瞬時に詰め、その男の顔面へと拳を叩き込む。
「がっ‼」
男は剣を抜ききる前に後ろの壁へと吹っ飛んで行った。
そして後ろの壁にドカッと勢いよくぶつかり白目を剥いている。
俺は振り返り、
「何でここにいるって分かったんだ?」
と少女に聞くと、
「ここにお金とかがあるから逃げるなら持っていくんじゃないかと思って…」
『なるほどな…』
男がさっき投げ捨てた袋には金が入っていたらしく、袋の中から銅貨やら銀貨が何枚か零れている。
俺は辺りを見回すが他に人影は無く、もう一人はどこか別の場所に行った様だった。
代わりに部屋の隅には俺の刀とエンリのレイピアが置かれているのを発見した。
とりあえず俺は自分の刀を手にし、腰に備えながら、
「そう言えば名前聞いてなかったな?」
と何気なくその少女に話掛けた。
少女はあっ!という表情をした後、
「ショートと言います。」
と丁寧に頭を下げてお辞儀した。
「お前、ライトたちの姉か?」
「えっ⁉あっ、はい、その…ライトたちを知ってるんですか?」
少女は勢いよく頭を上げて俺を見てくる。
「ま、まぁな。」
『なるほどな…しかしショートか…てっきり…』
「表にライトたちもまだいるかもしれないから、とりあえず一旦外に出るぞ!」
俺はレイピアを少女に渡してから、そのまま部屋を出て外へと向かった。
もう一度エンリのいる部屋に戻るか一瞬迷ったが、魔法も使える様だし大丈夫だろうと考えてもう一人を追う方を優先した。
俺たちが外へ出ると同時に、
ピュルルルルルルという音が聞こえ、
パン!
と空で何かが弾ける音がした。
見ると家のすぐ外で、筒状のモノを手にして空に向かってそれを掲げている男がいた。
そう先程部屋から逃げ出した戦士風の男だ。
名前は確かニックとか言ったか…
反対側の腕には首を絞められるような恰好で一人の少年の姿があった。
「レフト‼」
少女が声を上げて呼びかける。
すると男が俺たちに気付き、手にした筒を投げ捨てて、腕に捕まえていたレフトに向けて、剣を抜いてその首へと押しあてた。
「く、来るな‼」
そのすぐ近くで殴られたのか、倒れているレフトの姿も見える。
こちらは横向きで倒れて腹を抑えて痛がってはいるが、パッと見だが出血も見えないので今の所は命に関わる程では無さそうだ。
「さてと、どうするかな…」




