第71話 『次なる目的地』
第71話
『次なる目的地』
翌日、
ギルドの部屋の一室で目を覚ました俺は少し体がダルかった。
ふと窓の外を見ると既に明るくなっており、早朝と言うよりは感覚的には昼ちょっと前と言った所か。
とりあえず明日にはこの町を立つ予定だったのだが、今日はどうするかと考えながらベッドの上でボーッとしていた。
『なぁ、レン起きてるか?』
『…んっ?ああ、おはようグレン』
良かった、レンもちゃんと起きてくれたみたいだ。
あの後結局あまり話すことなく寝てしまったからな、聞きたい事はあったのだが1日経つとタイミングを逃した感があって聞くのが少し躊躇われるな。
『お前、昨日の事とか覚えてるか?』
『えっ?エルザがベッドの中に入ってきた事?』
『んっ、ああそれもあったんだが…』
『ねぇ、ところでグレン…ここってどこなの?』
その後少し話をしたが、どうやらレンは夜中に意識を取り戻したらしく、その前の事は覚えて無いらしい。どうしてここにいるかもよく分かっていなかったらしく、昨日何度かあれ以降に俺に確認したらしいのだが既に俺が眠っていたので、仕方が無いからレンも寝てしまったらしい。
一応ざっくりとレンには説明しておいたが、何となく昨日の声の件は聞くことが出来なかった。
一通りレンに説明し終えた後、部屋の扉がノックされた。
現れたのはエンリだった。
「おはよう、グレン。体調は大丈夫?」
「ああ、まだちょっと体がダルいが問題ない。」
俺は右腕を確認する様ににぎにぎして見せている。
掌の傷もすっかり治っており痛み殆んど無くなっている。
「ほんと、凄まじい回復力ね、今度是非あなたの身体をじっくり調べさせて欲しいものだわ。」
エンリは腕を組ながら首を少し傾けて軽くため息をついた。
「ミスティたちは同じ部屋なのか?」
「ええ、3人とも同じ部屋よ。さっきここに来る前に寄って来たけど…何かあったの?」
「んっ?何かって何だ?」
「何だか3人ともそわそわと落ち着かない感じがしたのよ。それにグレンはもう起きてる?って聞いたら、みんなで顔を少し赤くしていたし…」
「そうか…」
「やっぱり何かあったんじゃない?」
エンリは少し疑う様にして俺の顔を覗き込んできている。
「いや、まぁ、良くは分からないが、みんなはもう飯を食ったのか?」
そのエンリから目を逸らしながら尋ねる。
エンリは『ふーん』みたいな間を入れてから、
「…ええ、あなたの様子を見に来たらしいけど、まだ寝ていたから起こすのも何だったので3人とも先に済ませたそうよ。」
「そうか…」
「それで結局何があったの?」
エンリはまだ諦めていなかったらしく追及してくる。
「えっ⁉ああ、それはだな…」
多分昨日のリルルとエルザの訪問が関係しているのだろうが話せる訳ないし…
「そ、そうだ!そう言えば一昨日の件で一つ思い出した事があったんだ‼」
俺は別の話題を探している中、一つ実際に忘れていた事があるのを思い出した。
「何よ急に、一体何を思い出したの?」
「実はあの金髪たちがいた店にもう一人男がいたんだが、知ってるか?」
あの逃げ出した男の事をすっかり忘れていたのだ。
「…あの店のマスターの事?」
エンリはそれまで冷やかす様な、面白がっている様な視線だったが、一変して表情を真剣にしていた。
「マスターなのかどうかは知らないが、確かにバーテンダーみたいな恰好をしていたな。」
他に従業員らしき者も、というか人影が見られなかったので多分そうだろう。
「そうね、恐らくそれがマスターだと思うわ…」
エンリは真剣な面持ちのまま呟く。
「そいつはもう捕まったのか?」
「…いえ、残念だけど捕まっていないわ。今も捜索中だけど、まだ足取りは全く掴めていないの…」
エンリは首を力無さげに左右に振った。
「あいつの事は知っているのか?」
「ええ、まぁ一応。名前はラスカ。アルフレッドたちがよく溜まり場にしていた店の主人よ。」
「あいつ煙幕を使って窓から逃げ出しやがったが、結構な身のこなしだったからな…」
俺の行動を先読みして投げつけてきた上に、表にいたスーも見逃していたみたいだしな。
「そうね、今までも何度か、以前の捜査の際にも名前は挙がっていたみたいだけど、全く証拠らしいものは見つからなかったし…」
エンリは視線を斜めに逸らして唇を噛む。
「それにあの男はどうやら今回だけじゃなく、何度もアルフレッドたちに協力していたらしいわ。」
「そうなのか?」
「ええ、あの『アウラウネの香』もあなたに使った『コカトリスの毒』もあの男がくれたものらしいし。」
「そうか…それで金髪たちから他にも何か聞き出せたのか?」
今の話からすると話の出元はアルフレッドたちだろう。
「ええ…ラスカの事はあの店を使わせてもらったり、色々な道具を用意してもらってたらしいけど、金を出すだけで素性などは知らなかったみたいだけど。今までの事件については概ね白状したらしいわ。」
「よく喋ったな。」
正直昨日の今日でよく聞き出せたものだと感心した。
確かに金髪やあの男どもは馬鹿っぽいからうまく誘導したり、脅したりすれば吐きそうではあるが…
「ええ、それは一応、ウチのギルマスが話を聞いたんですもの。しかも今回は特に制限もつけられていないのだからそれぐらいはね。」
エンリは俺の顔を見ながら、片目でお決まりのウィンクを一つ入れた。
『ガゼフか…やはり伊達や酔狂でギルマスやってる訳じゃないんだな』
「まぁこれで、3人は当分は投獄される事になるでしょうね。特にアルフレッドはもう出てこられないでしょうし。」
「そうなのか?」
「ええ、シューマッハ家に見捨てられてしまっているし、何より余罪追及で処刑すら有り得るもの。」
「処刑か…」
正直それ位の事はやっているし、同情する余地も無いのだが、親に見捨てられ、投獄されて処刑されるかもしれないとなると若干可哀そうな気がしてしまうのは、思うところが無いとは言えない。
「まぁ、ラスカの事は引き続きこちらで追っているから心配しないで、あとあなたに頼まれていた件も少しだけなら分かった事があるわ。」
エンリは少し暗くなった雰囲気を盛り上げようとしてくれている様に思えた。
「頼まれていた件?」
「もう、忘れちゃってるの?…まぁ色々あったのだから仕方が無いけど。」
エンリはちょっと頬を膨らませた感じで、
「エナンテ村の事よ。」
「ああ!何か分かったのか?」
俺は少し身を乗り出し気味にその話に食いついた。
「そんなに期待されても困るんだけど…一応あれから調べて少しだけ分かった事を伝えるわね。」
コホンと一度咳払いを入れてから、
「まずあの石祠の件だけど、あれについては現在調査中でまだ詳しい事は分かっていないわ。そこに書かれたものは一応転移系の魔法陣だとは思うけど、この大陸で使われた魔法陣とは異なるものという見解よ。」
「この大陸でという事は別の大陸で使われていたって事か?」
「分からないわ、少なくとも現時点ではそれ以上は何とも言えないわね。」
「そうか…」
とりあえずあの魔法陣はもう使えないみたいだったし、それほど心配はいらないとは思うが。
「それで、カシスという男については一つだけ分かった事、というかある情報を入手したわ。」
エンリは眼鏡を一度クイッと上げてから、
「獣人の奴隷から聞いた話なんだけど…」
「何だ?」
勿体ぶる様にしているエンリに、俺は思わず急いて話を促す。
「獣人国の王子さまの名前らしいのよね…」
「何⁉」
「まだハッキリした事は言えないのだけれど、その獣人の彼が言うには、獣人国の第二皇子の名前がカシスだと。それに髪は金髪だったらしいわ。ただ…」
エンリは言い辛そうにしていた。
「ただ、何だ?」
「その男は昔、一時期宮廷で小間使いの様な仕事をしていたらしいのだけど、皇子はその時毒殺されて死んだと言っていたわ。」
「毒殺⁉」
「ええ、その事件が起きた後、彼は宮廷を追い出されて、着の身着のまま国を出て、人間に捕まって奴隷にされてしまったのだと。」
「なるほど…」
俺は一度考えてみようとしたが、現時点でそれがあいつなのか、それとも別人なのかは判別出来ないと思い、それよりも気になる事を聞いた。
「それで、エルザの事も聞いてくれたのか?」
「ええ、勿論聞いてはみたのだけれど…」
エンリは申し訳なさそうに顔を俯かせた。
「知らなかったのか?」
「ええ、残念ながらその男は何も知らなかったわ。嘘をついているとも思えなかったし…」
「そうか、有難う、忙しいのにすまなかったな。」
「いえ、こちらこそごめんなさいね。結局不確定な情報しか調べられなくて…また何か分かったら伝えるわね。」
「いや、まぁそれは助かるが、一応俺は明日にはこの町を出る予定だしな…」
「そうね、そうだったわね…」
俺から顔を反らして、少し寂しそうなエンリの横顔が見える。
そこへ、ドンドンと結構な音のノックが鳴り響いた。
二人とも思わずビクンと体を動かしそれに反応してしまった。
「おい、グレン君、ちょっといいかね?」
野太い男の声だ。
「ギルマス⁉」
エンリは扉を見やる。
するとエンリの予想通り扉を開けて入って来たのはギルマスことガゼフだった。
まだ返事もしていなかったが、
「おう、エンリ君も来ていたのか、丁度良かった。」
づかづかと入って来て俺とエンリのいる場所へと近付いてくる。
「グレン君、もう体は大丈夫かね?」
ニンマリとした笑顔で俺にそう問い掛けた。
「ええ、何とか。」
「そうか、そうか、それは良かった。」
うんうんと大きく頷いている。
「それで、君たちはいつこの町を発つつもり何だっけかな?」
「…明日ですが。」
「ほう、それは尚更都合がいい。確か君たちは南へ行く予定だったね?」
『あれっ?そんな事ガゼフに話したっけ?』と思いながら、
「はぁ、まあ…」
「そうかい、そうかい、これはまた本当に都合が良くてビックリしちゃうね。」
思わずがっはっはっはと繋がれそうな勢いで話を続ける。
「それじゃ君にピッタリの依頼があるんだ。ああ勿論、これが昇格試験とかって訳じゃないから気楽に受けてくれて構わないからね。」
『まだ一言も受けるとか返事も返してないのに既に受ける前提で話が進んでいる気がする』
「はい、それじゃこれ、宜しくね。」
そう言ってガゼフが俺に渡してきたのは1通の手紙だった。
「それをエグザイルのギルドマスターに渡してくれたまえ、場所はエンリ君が知っているから彼女の護衛も兼ねて宜しく頼むよ。」
「はっ⁉」
「えっ⁉」
俺とエンリは寝耳に水状態で、よく分からないうちに話が進行している。
「ギルマス!どういう事ですか?」
エンリは少し呆気に取られていた俺に変わって聞いてくれていた。
「だから、南にあるエグザイルの町に行くついでにギルドに寄ってくれればいいだけだからさ、そんなに大変じゃないでしょ。」
相変わらずニッコリとした表情を崩さず、俺に言っている。
「いや、ギルマス!それはそうかもしれませんが、私も一緒にというのは?」
「ああ、そう言えばまだ言ってなかったか、エンリ君、君はエグザイルの町のギルドに出向してもらう事になったから宜しくね。」
ガゼフはエンリの肩に手を置いて、もう片方の手で親指を立てつつグッといった感じで告げた。
しかもサムズアップ&ウィンクのおまけ付きだ。
話をまとめると、
俺が南へ向かっているからその途中にあるエグザイルと言う町まで、手紙を運ぶついでにエンリを送ってやってくれということらしい。
一応依頼として受ける訳だし、案内としてエンリも付くし、受けない理由は無いじゃないかというギルマスの理論の元、そう告げたギルマスは笑いながら去って行った。
尚、手紙の内容などについては教えてくれなかったが、手紙は開けない事、無くさない事、絶対にギルマスに届ける事の3つ厳守で、後は依頼の手続きなどについてはこちらでやっておくと言われた。
最後にエンリに小声で何かを伝えていた様だったが、その後エンリは顔を赤くしていた。
「何か言われたのか?」
と俺が聞くと、
「な、何でもないわよ!私はこれから引継ぎとか色々あるから…全く急なんだからあのギルマスは‼」
相変わらず頬を染めながらもぶつくさと文句を言っていたが、チラリとこちらを見てから、
「その…宜しくねグレン…」
そう一言言ってから部屋を出て行ってしまった。
「さてと、何かよく分からんが、一応次の目的地も決まったみたいだし、ミスティたちに話に行くか。」
俺は明日以降の件も含めてミスティたちと話をすべく、身嗜みを整えてから部屋を出た。
一方、部屋から出たエンリは顔を赤くしながら、
『良かったねエンリ君、これでまだ暫くはグレン君の傍にいられるじゃないか』
先程ギルマスに言われた事を思い出して更に顔を真っ赤にしていたのだった。
段々ハーレム状態と化してきましたが、これ以上増えると収拾つかなくなりそうで怖いです。
他の作品のハーレム展開見ながら、いつも凄いなぁと感心しています。




